ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-37

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だれでも歓迎! 編集
宮廷の一角、そこに魔法衛士隊の宿舎は存在した。
もっとも宿舎といっても衛兵のものとは比較にならないほど立派な物だ。
主に王族の警護を務めているのだから宮廷の傍にあるという訳だ。
それに外部の人間との接触を絶つという目的もあるのだろう。
単純だがつくづく合理的だと感心しながら宿舎の扉をノックする。
「こほん」
モット伯の秘書が軽く咳払いして呼吸を整える。
主人を(半強制的に)休ませた後、彼女は詰所に立ち寄った。
とてもではないがマザリーニ枢機卿との会談は不可能。
だがワルド子爵の他に思い当たる人物はほとんどいなかった。
優れたメイジならば何人もいるが、それは強さと同義語ではない。
たとえトライアングルのメイジでも戦い慣れした傭兵に討ち取られる事だってあるのだ。
そういった意味で実力のある者はトリステインには数えるほどしかいない。
しかし『烈風のカリン』しかり『閃光のワルド』しかり、その数名が抜きん出た者達である事が多い。
多くのメイジに恵まれているが故に、中にはそういった突出した才の持ち主が見つかるのだ。
だが逆にその陰に隠れて平民の実力者が見つけにくいのも事実。
眠りに落ちる前にモット伯が指名しようとしていた人物は見つからなかった。
探しようにも名前さえ分からず特徴も不明瞭、そもそもその特徴というのが…。
「…けしからん乳ってなんですか? 私へのあてつけですか?」
泣きそうな声で呟きながら自分の胸に手を当てる。
視線の先に広がるのは丘無き平原。
同世代の人間と比べる度に落ち込まざるを得ない。
まあ、そのおかげでオッパイ好きなモット伯の毒牙に掛からなかった訳なのだが。
「あの、父が何か?」
「ひゃん!?」
突然、背後から掛けられた声に悲鳴を上げる。
振り返るとそこには厳しい顔つきの男性が立っていた。
彼もまさか声を掛けただけで驚かれるとは思っていなかったようで、
すまなそうにこちらに視線を向けてくる。。
「ああ、すみません。脅かせるつもりはなかったのですが…」
「い、いえ、こちらこそボケてたみたいで…あの衛士隊の方でしょうか?」
「はい。グリフォン隊で副長を務めさせて貰っておりますが」
副長と名乗った男の言葉を反芻する。
グリフォン隊、ワルド子爵が隊長を務める部隊だ。
彼女は枢機卿を通さず、直接本人にコンタクトを取ろうとしていた。
そして彼を説得し、密偵としての任務を果たして貰うつもりだった。
本来はあまり宜しくない行為だが、それも止むを得ない。
ゲルマニア皇帝との婚姻が迫る中、王宮の護衛を手薄にするのは危険だ。
しかし、水面下での見えない動きを放置する訳にはいかない。
「私、モット伯の秘書を務めておりますが、主人からの伝言があります。
グリフォン隊隊長のワルド子爵に至急お取次ぎ頂きたいのですが」
私の言葉を聞いた副長が眉を顰める。
やはり宮中の人間といえど衛士隊に接触するのはまずかったのか。
しかし彼の返答は私の想像とは違っていた。
「申し訳ありません。隊長は今その所在が不明でして目下、隊員が捜索に当たっております」
「え…? 行方不明、という事ですか?」
「はい。マザリーニ枢機卿からも隊長に伝言があるという事だったのですが」
「…………」
おかしい。こんな時期に衛士隊が持ち場を離れるなんて。
何かの密命を受けた? それだったら枢機卿が知らない筈が無い。
まさか殺された? あのワルド子爵を何の痕跡も残さずに? 無理に決まってる。
幾つもの答えを否定する度に浮き上がってくる最悪の想像。
彼女は何故、モット伯があれほど懸命に危機を訴えていたのか理解した。
胸を締め付けるような嫌な予感。
これに駆り立てられたら何かせずにはいられない。
今、私の胸に湧き上がる恐怖、これがモット伯を突き動かしたのだ。


窓も無い広めの荷馬車の中、やる事もないルイズは自分の日記を読み直していた。
日記を書くのは彼女の習慣であり、厚めの日記帳には彼との出会いまで記載されている。
それをペラペラ捲りながら考える。
ルイズは他の学生では考えられない程の体験をしてきた。
時には命の危険さえ伴ったが、それでも今回の件と比べ物にはならない。
初めて与えられた任務、それに懸ける意気込みは人一倍だろう。
しかし、これから踏み込む場所は文字通り戦場なのだ。
生きて帰れる保障などどこにも無い。
フーケのゴ-レムに踏み潰されそうになった恐怖、あの感覚が胸の奥から甦ってくる。
アンリエッタから貰った指輪をルイズはそっと撫でる。
それだけで姫様が励ましてくれる気がしてきた。
それを見ていたアニエスが仰天する。
彼女の視線の先にはルイズの指に嵌められた国宝『水のルビー』があった。
それはアンリエッタ姫殿下が肌身離さず持っている筈。
咄嗟に彼女の手首を掴み問い質す。
「何故、おまえが『水のルビー』を持っている!! 姫様から盗んだのか!?」
「な…なんて事言うのよ! これは姫様から貰ったの!
何かあったら売り払って旅の支度金にしなさいって…」
「デタラメを言うな! そんな物を国庫も通さずに売り払ってみろ!
即座に憲兵隊が押し寄せて裁判も受けられずに拷問後打ち首になるわ!」
「へ?」
キョトンとしたルイズの顔。
その表情はどう見ても自分が盗んだ物の重さに震える罪人ではない。
まさか本当に姫様があげちゃったのでは…、としきりに顔を顰める。
指輪とアニエスの顔を交互に眺めた後、アニエスに聞き返す。
「捕まるの?」
黙ってアニエスは頷いた。
しばらく沈黙が続いた後、ルイズは大声を上げた。
「ええーーー!? だって姫様は…」
「……やはりそうなのか。だが怨むな、あの方は良くも悪くも宮廷で生まれ育った身。
ちょっとばかり世間とは認識がずれているだけなのだからな」
天を仰いだ顔に手を当てアニエスは泣きそうになるのを堪える。
他にお金に替えられそうな物を持っていなかったからだろうが、
よりにもよって国宝を渡してどうするつもりだったのか。
今更、姫様に返しに行く余裕は無いし、姫様から彼女に与えられた物だ。
とりあえずミス・ヴァリエールに預かって貰う事にした。
この時、彼女は本気で『大丈夫なのか? この国』と思いつつあった。
ちらりと視線を横に向けると退屈そうにしてる使い魔が二匹。
ギーシュは自分から御者に志願した。
理由は簡単。アニエスと顔を突き合せたくないからである。
ルイズも御者は無理だろうからアニエスとの交代での行軍となる。
そうなれば最低限の接触だけで済むという彼の判断は正しかった。
しかし彼女は御者を交代する気はなく彼は既に半日以上、馬車を一人で走らせている。
本当なら馬車など使うつもりはアニエスには無かった。
馬が三頭あればそれで事足りるのだ。
それを使い魔を連れて行けと連中は駄々をこね始めた。
ならまだ使い道のあるジャイアントモールの方だけをと譲歩を示したのだが、
二人とも犬の方も連れて行けと言うのだ。
使い魔の安全を考えるなら置いていった方が確実なのだが彼女達は譲らなかった。
しかし、この犬を連れて行ってどうなるというのか、甚だ彼女は得心がいかなかった。


カラカラと車輪が立てる音を聞きながら、彼はあくびを押し殺した。
横ではアニエスが目を光らせていてあくびをする度に、
「このバカ犬、緊張感のかけらも無いのか。
全く主が主なら、使い魔も使い魔だな」という視線を向けてくるのだ。
いや、何回かは実際に口に出していたかもしれない。
ルイズと何度か口喧嘩してたのを目撃している。
アニエスは『メイジ殺し』と呼ばれる戦士とデルフから聞いた。
よく分からないがメイジを倒す事に特化した人間らしい。
つまり、穴熊猟のダックスフントや水鳥猟のレトリーバーのようなものだろうか。
それならルイズにとって天敵な筈だが彼女は恐れる様子は無い。
ああ、そうだった。ルイズは魔法が使えないんだった。
そして魔法が使えるギーシュは怯えている、とそう考えると納得がいく。
しかし、それを口に出さない程には彼はルイズの扱いに慣れていた。

ハッキリ言って馬車にはもう飽きた。
しかもこれから向かうラ・ロシェールはタルブ村の手前にあるという。
もう既に行きと帰りで二度も見た景色を楽しめる筈が無い。
食べる?とヴェルダンデから差し出された大ミミズを丁重に断る。
これがシルフィードだったら…と何度思った事だろうか。
あの風を切る爽快感。どこまで広がる世界を収める視点。
たとえ何度乗ろうとも飽きる事など無いだろう。
しかし、最近は主従共に姿を見せない。
それはキュルケとフレイムも同じだ。
今頃、彼女達は何をしているのだろうか?


「くしゅ!」
さすがに空の上で肌を露出するような格好は寒かったのか。
うー、と鼻をハンカチでかみながらキュルケは下を見下ろす。
そこには街道を疾駆する一台の馬車。
言わずもがなルイズ達の物だ。
それを学院から彼女達は付け回していたのだ。
彼女達と合流しようとタバサは風竜に低空飛行を指示した。
しかし、それをキュルケが止めさせる。
「どうして?」と問いかける彼女にキュルケは胸を張って答える。
「だって今行ったら暇だから遊びに入れてって感じじゃない。
それで追い返されたらどうするのよ? なんか極秘の任務っぽいし。
ここはもうしばらく様子を見てチャンスを待つのよ!
ルイズがいかにもなピンチに陥った時に都合よく現れて
“イーヴァルディの勇者”のようにジャジャーンと登場して“待ってました!”と間一髪助けるのよ!
そうすれば借りも返せるし、登場の仕方としては最高でしょ? ね?」
「………分かった」
しばらく考えてから私は頷いた。
大人しく従う私を彼女は“よしよし”と撫でる。
内心、友達の危機を期待するのはどうかと思うが、
そういう時に別行動をしていれば彼女が言うような事態にも対処できる。
それに借りを返したいのは私も一緒。
何より“イーヴァルディの勇者”というのが気に入った。
地上と空、二つに分かたれても彼女達は今もルイズ達と一緒だった。


彼が不意に外に視線を向けた。
外に誰かの気配を感じたのだが誰もいない。
日が沈み切り景色も何も闇に溶け込んでいる。
何でもこのままラ・ロシェールまで強行軍、食事と睡眠はそこで取る予定だという。
せっかくタルブ村で手に入れたアイテム『ドナヴェ』を試す機会と思ったのに。
なんでも『ドナヴェ』は焼き物の鍋らしく、長年使っている内にほとんどが熱で割れてしまうらしい。
だが、その年月を耐え抜き使い込まれた『ドナヴェ』は味が染み込んでおり、
それでお粥を作るだけで『ヨシェナヴェ』の風味を与える事が出来るという。
正にマジックアイテムも真っ青の名品である。
ああ、こうしているだけでも良い匂いがしてきそうだ。
『ドナヴェ』の匂いをフンフンと嗅いでみる。
その時、彼の鼻が『ある臭い』を捉えた。
それは自分が変身した時に良く感じるもの…『敵意』の臭いだ。
吠えるのはマズイ、距離が近すぎて相手にも気付かれる。
すぐさまソリに付けられたデルフに伝言を頼む。
「おい、気をつけな。この先に待ち伏せしてる奴等がいるってよ」
「……なんだと?」
デルフの警告にアニエスは即座に反応し、前の幕をわずかに開けて外を窺う。
既に日は落ち、目前には生い茂った森が広がっている。
奇襲を仕掛けるには絶好のポイントだ。
あながちデタラメではないようだと判断しギーシュに指示を出す。
「伏兵がいる可能性がある、馬車の速度をゆっくりと落とせ」
「…! 伏兵だって!?」
その言葉に驚いたギーシュが慌てて馬を止める。
敵の仕掛けた待ち伏せに入らないようにする為の行為。
だが、それは明らかな失策だった。
「バカ! 馬を止めるな!」
「え?」
何故アニエスが怒ったのか、ギーシュは一瞬理解できなかった。
しかし直後にそれを思い知らされる結果となった。
突然、森の中から飛来した何かが馬車の近くに叩き付けられる。
それは一瞬にして燃え上がり馬を混乱させた。
(……火炎瓶。こちらを燻り出す気か)
張り巡らせた待ち伏せの前で相手が突然止まったらどう思うか。
当然、罠に気付いたと判断し仕掛けてくるだろう。
しかも運悪く待ち伏せの外にあろうとも相手は攻撃できるだけの戦力を有していた。


再び投擲される火炎瓶。
それは馬車の背後、退路に向かって放たれた。
もはや馬のコントロールを取り戻すのを待っている余裕は無い。
手に盾代わりになる物を掴んでアニエスは外へ飛び出す。
彼女の予想通り、馬車から出てきた相手を狙い打つ火矢。
それを彼のソリで受け止めて森の中に飛び込む。
火矢を使った為に矢の出所の見当は付いていた。
薄暗い森の中で次々と上がる賊の悲鳴。
それが途絶えた直後にアニエスから指示が飛ぶ。
「こっちだ! 幌を破いて横から抜け出せ!
馬車を盾にしながら森の中に身を潜めろ!」
既に片側の弓兵は仕留めた。
注意するべきは逆方向からの射撃のみ。
それを踏まえてアニエスは的確な指示を送る。
ギーシュも馬を駆るのを諦め、アニエスの指示に従い車内に戻る。
盾として配置したワルキューレも既に数騎失っている。
だが彼が無事で済んだのはそのおかげだ。
相変わらずルイズは逃げずに徹底抗戦を訴えているが聞く耳は持たない。
馬車の床板をワルキューレでブチ抜いてヴェルダンデを送り込む。
主の命を受け、すぐさま馬車と森とを繋ぐトンネルを掘り進む。
これで連中にはまだ馬車にいるように錯覚させられる。
すぐには森の中を探し回ろうとはしない筈だ。
そこに有無を言わさずルイズを押し込み、ギーシュも後に続く。
その彼の視界の端に移ったのはルイズの使い魔の姿。
「何しているんだ? 君も早く…」
ギーシュの声も届かない。
彼の視線は砕け散った焼き物の破片に集中している。
それは彼のソリに積まれていた『ドナヴェ』の成れの果て。
一度として味わう事なく砕け散った夢の残骸。
これは誰の責任だろうか?
馬車に『ドナヴェ』を持ち込んだ自分か?
それともソリを持って行ったアニエスか?
否。断じて違う!
悪いのは馬車を襲い主人に凶刃を突きつけた賊!
然るべき報いを食らわしてやるッ!
食べ物の恨みはどの世界共通で恐ろしいのだ!

馬車から躍り出た彼が吼えた。
それをギーシュが慌てて止めようとした。
彼の力は知っている。
だが、それはデルフがいるか瀕死に至った時だけ。
もしも即死したらどうなるかなど判らない。
その彼に一斉に射掛けられる火矢。
それを彼は見えているかのように避けた。
「な……!」
変身する前の彼はただの犬の筈だった。
それは以前の決闘で目にしている。
だが今の彼の動きはどうだ?
まるで変身する前と遜色ないではないか。
フーケとの時にも段々と強くなっていく姿を目撃したが、
あれでさえまだ彼の全てではないというのか。
まるで底の見えない強さ。
ギーシュは彼がいる事を心強く思っていた。
しかし今は違う、ただひたすらに怖い。
どこまでも際限なく強くなっていく彼が何よりも恐ろしいのだ…。


闇に紛れようと森に息を潜めようと彼の触角からは逃れられない。
彼は射手その全てを射程に収め、今度は自分から攻撃を繰り出す。
彼の全身から放たれる毛の針が一斉に賊の弓へと突き刺さる。
そして、それは音も立てずに燃え広がった。
目には目を、火矢には火矢をという意趣返しを込めた『シューティング・ビースス・スティンガー』!

突然の異常事態に混乱する傭兵達。
燃え広がる火に過剰反応する者、慌てて消そうとして火を広げる者。
弓を投げ捨てて他の武器で応戦しようという者。
その彼らの下に一斉にギーシュの攻撃が仕掛けられた。
「我が道を阻む賊どもめ。このギーシュ・ド・グラモンの魔法に屈するがいい」
武器を失った弓兵を包囲し生き残ったワルキューレが殴り倒していく。
実に嬉々とした表情で自分の活躍をアピールする。
その彼を狙って背後から賊が忍び寄る。
この混乱の中でも正常な判断を保った相手はいたのだ。
しかし彼等が剣を抜こうとした瞬間、真横から誰かが飛び掛ってきた。
先立って森に息を潜めていたアニエスである。
一瞬の内に剣に掛けた男の手を捻り上げ間接を極める。
そして、そいつを盾にしながら残りの連中に銃を突きつける。
「大人しく武器を捨てて腹這いになれ」
冷たく言い放つアニエスの声に男達は動けない。
銃に込められた弾は一発、全員で掛かれば勝てるだろう。
だが最初に動いた一人と盾になった男は確実に死ぬ。
誰も捨石などにはなりたくはない。
だが時間を掛ければ仲間が助けに来てくれるかもしれない。
その期待を込めて時間稼ぎをしようとした瞬間。
「ふむ。私一人ではお願いを聞けないそうだ。
おまえからも私に従うように頼んでくれないか?」
「あ……え?」
突然、アニエスに耳元で囁かれ盾にされた男が戸惑う。
こんな美人に甘い声を掛けられた経験など無い。
正しく天にも上る気持ちになった直後だった。
べキッと乾いた音が響き渡り男は身の毛もよだつ絶叫を上げた。
「うん、実にいい嘆願の声だ。これで従う気になってくれたか」
「…………………」
男達が次々と武器を捨てて腹這いになる。
従わなければ次は逆の腕、もしくは指を一本一本へし折っていく気だ。
とてもじゃないがそんな光景と悲鳴を前にして正気ではいられない。
彼等は悟った、世の中には決して逆らってはいけない相手がいるという事を。


「よし、来たわよ! チャンス到来!」
キュルケが火の手が上がったのを見て叫ぶ。
すぐさまタバサに急速降下を命じたが彼女は動かない。
どうしたのか尋ねるキュルケに彼女は答える。
「…他に誰かがいる」
それはシルフィードからの警告。
自分達以外にいない筈の空に別の存在があると知らせてきたのだ。
それが何かまでは分からない、だが警戒すべきだと彼女は判断した。
シルフィードが進路を変える。
目指すは森の奥、未だ見えぬ相手へと向かう。

「はぁ……はぁ……」
息を切らせながら頭領は走る。
自分の部下がどうなったのか、どこまで逃げたかも分からない。
辺りに気を配る余裕を無くして頭上を風竜が追い越した事さえ気付かない。
頭領の男は歯噛みをしながら木に苛立ちをぶつける。
……話がまるで違う。
確かに相手は二、三人だったし、メイジの腕は大した事は無かった。
だが、あの犬は何だ?
随所に配した伏兵を事も無げに察し焼き払った怪物は!
あの男の出した条件の一つ、使い魔は必ず焼き殺すようにという指示。
その時は気にも留めなかったが今にして思えば明らかにおかしい。
奴は知っていたんだ、連れている使い魔が一番危険だという事を。
その上で俺達に伏せていやがったんだ。
「誰だ!?」
冷静さを取り戻した男が気配に気付き振り返る。
襲撃の相手ではない、気配は森の奥からしてくる。
殺意も敵意も無く、ただ悪寒が空気を満たしていく。
溜め込んだ唾を飲み込みながら注視する。
やがて、そいつは闇の中から月明かりの下へと姿を見せた。
美丈夫と言ってもいい顔立ちに腰に差した杖。
見覚えの無い顔だがその身形には覚えがあった。
「ま…まさか! アンタは!」
頭領を前に男は微笑む。
それを目にして頭領が凍りつく。
その笑いは仮面を捨てても尚、変わる事は無かった。
彼は理解した、この男は今も己の心に仮面を被り続けていると…。


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