ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

アンリエッタ+康一-26

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世界は変じる。どんな些細な事であろうと、その流れは緩やかだが、停滞することなく進んでゆく。
たとえ昨日までと同じ朝日を拝んだとしても、世界は新しき日常に埋もれる。
それが人の在り方でもあり、生きる意味にも繋がる。
そうやって世界は廻り、昔日を積み重ねてきたのだから。

アンリエッタの居室に集まっての、あの夜の会合から数日が経過していた。
康一は会合の終わりで酔いつぶれ、生まれて初めての二日酔いというものに苦しんだ。
だがさすがにそれから頭痛も無くなって、心行くまで空気の清清しさを実感したものである。
しかし治るまでの一日の間に、もう軽々しく酒は飲まないと心に決めたが。

そんな康一の生活する王城だが。今日はいつもと違い、慌しい空気が多分に含まれていた。
潮が満ちるように人が溢れては、潮が引くように人が去ってゆく。
溢れる者は皆忙しそうに動き回り、その行動が生み出すエネルギーが他の者へと伝播し、更に活気を生んでいた。
その繰り返しが今日の城の中を駆け巡り、一時とて同じ風景のない世界を作り上げているのである。

「こーゆーのって、何か見てるだけでウキウキしてきません?」
康一が実に楽しそうな声で言った。
「確かに。何か理由がある訳ではないのですが、見てると自然と楽しくなってきますわね」
アンリエッタも城の奉公人達が、小走りに走り去ってゆく姿を見ながら微笑んで言う。

本日はかねてより準備していた舞踏会の開催日。
舞踏会。いわゆるパーティー、つまりお祭りみたいなモンである。
康一の気分は何だか文化祭とか、近所のお祭りだとかの準備を見ているようなものだ。
実際縁日の屋台が匂わせてくるような、舞踏会で出すらしい料理のいい匂いがプンプンしている。

祭りは始まる前が最も楽しい。それは世界何処でも共通のこと。
皆とこれから始まる楽しみを想像して、それが実現することが人はとても楽しいのである。
何故楽しいのか自分達でさえ分からないことな訳だが、それでも楽しいものは楽しい。
だから活気に溢れるその光景を見ているだけでも、何だかワクワクと胸がうずいてしまうのだ。

現在、アンリエッタと康一は舞踏会の会場となる広間にいた。
広間のそこかしこには装飾が施され、過大なほど華美に彩られた空間が視界を埋め尽くしている。
もちろん普段も一国の主が住まう城ゆえに、それに相応しい環境が維持されているのだが、今日は桁が違った。
今晩開催の舞踏会にはトリステインの有力貴族・名のある実力者などの豪華な面々が顔を揃える。
その面々を迎え、もてなす為の用意がこれであった。

しかし康一は少々残念そうな顔をしている。
「でもヤッパリ準備を手伝わせてはくれないんですよね~。イヤ、分かってはいるんですけど」
自分もお祭り気分に浸りたいと康一は思うのだが、周囲がそれを許してはくれない。
使い魔である康一は、立場的にアンリエッタの傍にいなくてはならないのだ。
そもそも一国の姫のたとえ平民だろうと使い魔を、城の奉公人達は手伝いに使おうなどとは絶対考えもしないだろう。

それほどの権威をアンリエッタ、その後ろにある王室は持ち合わせているのだ。
「でもわたし、そういう雑事は一切やったことがないので少しやってみたい気がしますわ」
アンリエッタもちょっぴり残念そうな表情をした。
康一から見えるその横顔には、普段あまり見せる事のない年相応の少女らしい柔らかさが見て取れる。

いつもは姫としての顔で生活しているアンリエッタが、こういう表情を人前で見せる事は珍しい。
知らず知らずの内に自然な顔を出す少女がそこにいた。
康一は自分が少しはアンリエッタの役に立てたのかなと思う。
このたくさんの悩みを抱え込む彼女の役に。

康一も短い期間だが城の中で生活するに従って、アンリエッタの柔な双肩に掛かる大変な重圧に気が付いていた。
自分をハルケギニアに召喚した女の子は、大変な荷物を生まれながらに背負った人なのである。
そして彼女自身それを重荷に思っているところが、無きにしも非ず。

国を代表するような立場というのは、想像の及ばぬほどに重いのだろう。
ハッキリ言って康一には無理だ。最後まで続けられる自信はないし、その覚悟もない。
普通の少年少女ならそれが当たり前だ。だがアンリエッタは普通ではない。
否、「普通」を求められてはいないのだ。

トリステインの象徴として大きな力を持たされ、代わりに当たり前を失った女の子。
姫という立場は危険も多いだろう。
実際に康一が召喚された、まさにその日に命を狙われもした。
後から聞いた話しでは、そんな大事件は早々ある訳ではないらしいが、それでも危険であるのは間違いない。

しかしそんな事があっても、姫の立場を降りることは許されはしない。
元々降りるための階段は何処にも架かっていないので、その選択肢さえも生まれついて無い。
だからといって同情している訳じゃあないが、やはり康一は困っている人を放っておけない性格なのだ。
博愛主義なんかじゃあなく、ただとてもアンリエッタが良い人だから。

ちょっとした事でいい。アンリエッタがほんの少しだけでもいいから、お姫様であることを忘れてほしい。
杜王町で友達とダベるような、バカな話でもしてみよう。それとも一緒にチェスやゲームでもやってみようか。
彼女にはそんなちっぽけな事が必要なんだ。
そんな事で気持ちが楽になるなら、康一は幾らでもしようと思う。

とりあえず手始めに何からやってみよう?
「さっきから今晩の舞踏会に出す料理のいい匂いがしてて、何かお腹が空いてきちゃいましたよ。
ちょっぴりつまみ食いしに厨房へ行ってみません?」
康一はそう悪戯っぽく言ってみた。ちなみにお腹が空いてきたのは本当だ。

そんな食い意地の張った康一に、アンリエッタは苦笑した。
「つまみ食いなどしなくても。コーイチさんが厨房に行って、食べさせてくれと頼めば食べさせてくれますよ?」
「違いますよ。つまみ食いだからいいんじゃあないですか。何となくシテやったって感じがいいんです」
あらあら、とアンリエッタは再び苦笑してしまう。

しかしそんなアンリエッタだが強く止めはしないようで、意外と乗り気な感じである。
「でもつまみ食いといっても、どうやって気付かれずに食べるのです?
厨房にはたくさん料理人がいて調理をしています。誰にも気が付かれないのは不可能ですよ」
そしてどうやってつまみ食いするかまで決め始めた。

元々おてんばなアンリエッタで、日頃の苦労で溜まったストレスもあるのか、結構ノリノリである。
「エコーズを厨房に送り込んで取ってくるのもいいんですけど、それだと面白みがない気がするなァ~。
とりあえず厨房の近くまで行ってみて作戦を練りません?」
アンリエッタが頷き、それに同意した。

「舞踏会が始まるまで、まだ少々時間があります。では行って見ましょう」
そう言ってアンリエッタが厨房の方へ歩き出し、康一も後に続く。
「どうせなら、僕はお肉が食べたいかな~」
「わたくしはフルーツにしておきます。………それに食べ過ぎると、これから着るドレスが」

最後の方は康一にも聞き取れない、ちっちゃな声でアンリエッタは呟いた。
主人としても女の子としても、そんなことを聞かれたら赤面モノである。
実に乙女チック。だが中々男の子にはそーゆーのは伝わらないものだが。

そんな感じで二人は談笑し続けながら廊下を歩いてゆく。
年頃の少年少女らしい、和やかな雰囲気を醸して。
二人の足取りはとても軽快であった。




ソコは薄暗く、湿気を肌で感じる場所であった。

誰もいない、いるのはこれから人に呑まれゆく運命の物達。
彼らは何も言わずに、光も差し込まぬソコで静寂を保つ。
この場所は彼らにとっては最高に居心地のよい場所であり、文句を言う筈もないのだ。
そもそも口はあるが、喋る為の口ではない。

カツン。カツン。カツン。カツン。カツン。

音がした。硬い音だ。硬い物同士が当たってする音。
断続的にする音がソコを目指して響いてくる。
この暗い世界と相まって想像力豊かな者なら、深き淵から響いてくるような錯覚をおこすかもしれない。
カツン、と最後に一つ。音は響いて消えうせた。

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ

そしてボンヤリとした光が差す。薄い光だ。
どうやら扉が開いたらしい。そしてその扉を開けた人物がソコに入ってきた。
人物の手には光の源であるランプ。
ランプの揺らめく光が、この場所にいる物達の姿を描き出した。

一面に広がる棚の群れ。そしてその棚にしっかりと置かれた瓶。
大小幾つもの瓶が一面に保管され、眠りについていた。
そして明かりを持った人物は、少し眺めるように棚を見てから歩を進める。
再び、カツン、カツン、と硬い音が響く。

だが今度の音は短いものとなった。その者はすぐに足を止め、一つの棚を見る。
その者が見つめる棚には二十数本の緑色の瓶。
瓶に張ってあるラベルは、その者が探す品物であることを指し示す。
ランプが瓶を見つめる者の手から離れ、床に置かれた。

そして空いた手で懐を探り、すぐに手は懐から抜けいでる。
何かが手に握られていた。キラリ、と握られた物が光る。
さらにもう一度手が懐に潜り込む。

今度は別の物を取り出したようだ。あまり大きくもない透明な小瓶。
しっかりと蓋がされており、中には無色の液体が納められている。
その者は先に取り出した物の端の細長い部分を掴み、引っ張った。

スポン、と音がするように先の部分が取れ、取れた部分の下に鋭く細長い物があった。
ランプの明かりで映し出されるソレは、刺し貫く為に生まれた針。
針に繋がる部分は、また細長い筒の形状。
注射器であった。先ほど取った物は、針に付けたカバーだったようだ。

注射器。小瓶に入った液体。そして棚に収められた瓶。

棚の緑の瓶がこれから起こることを予見してか、小さな気泡を悲鳴を上げるが如く吐き出す。
その者が手に持った小瓶の蓋を開けた。
小瓶に入っている液体に、注射針を浸し、それを吸い上げる。

その者は棚に向き直り、緑色のシャンパンが封印される瓶を見つめた。
注射器を片手に持って、もう一方の手でシャンパンの瓶を掴む。
液体で濡れた注射針がランプの明かりを浴びて、妖しく光った。

祭りは始まる前が最も楽しい。納得するような理由は無いが。ただ、そういう事なのだ。
カツン、カツン、と足音が。誰もが気が付かぬ静かな唸りを上げている。
硬く、重く、暗い、悪意の足音は。アンリエッタと康一。

二人の背後からヒシヒシと、緩やかに、停滞する事なく近づいていた。


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