ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-36

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「本当はこんな危険な任務などさせたくない。
でも私には貴方以外に頼れる人間がいないのです」
頼れるというのは実力としてではない。
信頼できるかどうか、つまりは密命の類だとルイズは理解した。
『ゼロ』であるが為、あまりに人に頼られる事も無かったルイズにとって、
親友、それも姫様が頼りにしていると言われればその気になるのも当然。
たとえ命の危険があろうとも躊躇する者は貴族ではない。
誇りの後押しを受けて彼女は自信満々でその依頼を引き受けるつもりでいた。
だが彼は鼻を鳴らす。
危険な場所に自ら踏み込む事はない。
親友の頼みといっても相手は姫様、他にも頼れる人間はいるだろう。
例えば……。
「ダメです」
突如としてアニエスがキッパリと反対を表明する。
いきなり話の腰を折られた形になったアンリエッタがむくれるが、
子供のワガママと取り合う気は毛頭無いようだ。
「私は枢機卿から姫様の動向の監視を仰せつかりました。
故に、姫様であろうとも私の意見に耳を貸して頂きます」
『意見に従わせる』の間違いじゃねえのか?とデルフは考える。
(まあ、嬢ちゃんが国を治めるなんざ無理だと思ってたが、やっぱりただのお飾りか)
ちらりと彼女達を見回すアニエスの視線。
まずはミス・ヴァリエール。メイジではあるが場数を踏んでいるようには見えない。
どうみても甘やかされて育った貴族のお嬢様だ。
仮にトライアングルクラスの実力があったとしても問題なく制圧できる。
次に、使い魔である犬。使い魔の中にはグリフォンや竜など強力な物もいる。
が、これを戦力として数えるのは無理があるだろう。
最後に良く喋るインテリジェンスソード。
ところで、これは誰の持ち物なのか?
よく見ると犬のソリに取り付けられているが犬が剣を振れる訳もない。
ミス・ヴァリエールの細腕ではあの大剣は扱い切れまい。
よって、これも戦力外。
見れば見るほど任務とか密命とは程遠いメンバーだ。
友人としてはともかく、戦力としては全く頼りにならない。
それを把握した上でアニエスは姫殿下に諫言する。
「学生如きに密命を与えるなど無謀にも程があります。
友人をみすみす死地に追いやるようなものです」
「しかし他に誰がいると言うのですか?」
「ならば私が同行します。それならば構いませんでしょう?」
本当なら一人の方が望ましいのだが、それでは姫様が納得しない。
ならば例え足手まといと分かっていても彼女を連れて行くしかない。
「……でも」
しかしアンリエッタは困惑を隠せない。
彼女の王宮に対する不信は根強い。
ましてや彼女の嫌うマザリーニの監視役だ。
こちらでも護衛を手配をしようとしているのだから必要ない。
そう断ろうとした時、アニエスは己の懐に手を伸ばした。
次の瞬間、彼女が取り出したのは拳銃だった。

「!!?」
部屋にいた全員が凍りつく。
突如として起こった事態に誰も反応できなかった。
彼女は銃を手の内で反転させると目の前に差し出した。
銃口はアニエスに向けたまま、引き金をルイズへと向ける。
「私の銃を貴殿に預ける。
もし私が不審な行動を取っていると判断したなら、その時は容赦なく引き金を引け」
ルイズへと手渡される拳銃。
ずしりと腕全体に掛かる重みがどことなくアニエスの覚悟を感じさせた。
そしてルイズに背を向けると今度はアンリエッタと向かい合う。
彼女はアニエスの見せた覚悟に安心よりも恐怖を覚えた。
もしかしたら殺されるかもしれないというのにアニエスは平然としている。
これから臨む任務とは命懸け、だからその程度の覚悟は当然なのだが、
世間と隔離された彼女はその事を本当に理解していなかったのだ。
「これでご満足ですか姫様?」
「あ…あの…私は…」
まるでアニエスに責められているような気がして彼女は狼狽する。
あれだけの覚悟を見せられた今、もはや反対する事など出来る筈が無い。
会話が途絶えた二人の間に緊張感が漂う。
いつまでも続くかのような沈黙、それを打ち破ったのは一発の甲高い銃声だった。

「姫様!!」
「きゃっ…!?」
咄嗟にアンリエッタを押し倒して伏せさせる。
今のは狙撃か!? しかし、ここにいる事を知っているのは王宮でもごく一部。
内部、それも深い所に内通者がいる…!
伏せたままアニエスが室内に視界を巡らせる。
扉には弾痕なし、それに窓も割れていない。
どこから撃ってきたのか思案する彼女の目に飛び込んで来たものは。
「わっ、びっくりしたぁ」
「あーあ、俺知らねえっと」
白煙を吐く銃口を上に向けたルイズの姿だった。
その光景に思考が停止し固まりかけたアニエス。
だが、それも一瞬の事。
すぐさま湧き上がる激情が彼女を突き動かす。
つかつかとルイズの前まで歩むと手にあった銃を取り上げる。
「何をしているか! 何を!」
「だ…だって、銃の扱い方なんて知らないもの」
いきなり発砲してしまった事に戸惑ってはいたが、
フンと鼻を鳴らしルイズはあくまで自分は悪くないという態度を崩さない。
その態度にアニエスの頭からブチブチと何かが断線していく音が響く。
公爵家のご令嬢と男勝りの女剣士、これ以上相性の悪い物があるだろうか。
「なら弄るな! 撃鉄を下ろすな! 引き金に指を掛けるな!」
「何よ! 大体あんたがこんな物騒な物預けたのが悪いんじゃない!」
二人の間で飛び散る火花。
それを見ておろおろとうろたえるアンリエッタと、
完全に観戦モードに入った彼とデルフリンガー。
女同士の争いに首を突っ込む危険性を彼らは熟知していたのだ。
「ったく…今度からは気をつけろ。懐にでもしまっておくんだな」
「はいはい、言われた通りにすればいいんでしょう」
更に悪態を付くルイズにアニエスの拳がプルプルと震える。
もし、ルイズが公爵令嬢ではなく彼女の部下だったら、
『おはようからおやすみまでランニング』か『城下町・下水道一人大掃除』の刑である。
勿論、彼女の手で直に二、三発焼きを入れた後の話だ。

なんとかケンカは避けられたとアンリエッタが胸を撫で下ろした瞬間。
突如、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
全員の視線が入ってきた人間に注目する一瞬、相手もこちらを視認した。
姫様がいる事に驚愕した侵入者の隙をアニエスは見逃さなかった。
「何をするんだルイズ! いきなり君の部屋から銃弾が…」
喋り終わる前に扉を開けようとした手を掴み、体勢を前へと崩す。
さらに重心の乗った足を払い、そのまま体落としで床に叩きつけた。
そして受身も取れずにのたうつ男の首に膝を落として制圧した。
電光石火の早業におおっ!と二人と一振りの感嘆の声が上がる。
何が起きたのか分からずに悶絶するギーシュの目前に剣が突き立てられた。
「……貴様、見たな」
心底震えているギーシュがぶるぶると首を振る。
喉が押し潰されて弁明の声も出せないのだ。
しかし、この状況は一体何だろうか?
いきなり銃弾が飛んできたと思ったらルイズの部屋に姫様がいて、
そしたら急に投げ飛ばされて剣を突きつけられて…。
「返答がないという事は答える気はないという事か?」
「…………!」
勝手に話を進めるアニエスにギーシュは必死で首を振ろうとする。
しかし首を動かそうとした瞬間、膝の圧力が増し床に縫い止められた。
「口を割る気はないか。しかし、そのような態度を取られると密偵と見なされても仕方ないが?」
「!!?」
「そうか、見上げた覚悟だ。私も拷問など掛けたくはないのだが止むを得んな」
そう告げる彼女の顔はとても楽しげで愉悦に歪んでいた。
まるで猫が鼠をいたぶるかのようにアニS、もといアニエスは目を輝かせる。
これからどうやって男を虐めてやろうかという妄想に身を震わせる。
怒りのやり場がなく極限まで溜め込んだ彼女の前に飛び込んできた獲物。
それが今のギーシュだった。

艶のある唇を舐め取り、己の悪意でメイクする女。
その女に囚われ、ギーシュは絶望の淵にいた。
(話が噛み合わない! というよりも、させてもらえないッ!)
しかし、彼はある意味納得してしまった。
ありえない光景に、理不尽な展開。
抵抗する事も許されずに身動きが取れない状況。
これらの条件から導き出される答えは唯一つ。
その答えに彼は僅かな安堵を得た。

なんだ、よくよく考えればただの悪夢じゃないか。
目が覚めると僕は草原に寝転んでいて、
ふと上を見上げるとモンモランシーの顔があるんだ。
それで気付くんだ、頭の下の柔らかい感触は彼女の太ももだって…。

だが、そんな淡い期待はアニエスの拳一つで容易く打ち崩された。


「アニエス! ストップ、ストップ!」
抑え込まれたギーシュへの連打をルイズが止める。
ち、とアニエスが舌打ちしたものの、ギーシュが二目と見れない顔になる前に阻止できた。
彼女はようやくギーシュを介抱すると姫の傍まで下がる。
「う…うう…なんで僕がこんな目に…」
肉体的なものより精神的なダメージが大きかったのか、ギーシュが泣き崩れる。
惚れ薬を飲まされたせいでモンモランシーとは疎遠になるし、
あの光景を目撃した一部生徒の間でとてつもない性癖の持ち主って噂されるし。
もうダメかもしれない、と体育座りのまま現実に打ちひしがれる。
そんな彼に優しく手を差し伸べる者がいた。
ルイズではなくアニエスでもない。
「あの、大丈夫ですか?」
声に気付いたギーシュが顔を上げる。
そこには後光を背にした美しき女神がいた。
スイカに降りかけた塩の辛さが甘みを引き立てるように、
アニエスという地獄の後で見たアンリエッタがギーシュには女神に見えたのだ。
同時にむくむくと湧き上がる気力と根拠の無い自信。
「もちろんですとも! このギーシュ・ド・グラモンがこの程度の事で」
「グラモン…、では貴方はグラモン元帥の?」
「はい。息子です」
姫殿下の前で恭しく頭を下げる。
それを聞いたアニエスが眉を顰める。
まだ会話の内容を聞かれた訳ではないが姫様が来た事を知られたのだ。
口封じの為に殺すとはいかなくとも監禁するつもりでいた。
しかし相手が元帥の息子ではそうもいかない。
だが、どこをどう見ても軽薄そうな男だ。
すぐにでも姫殿下の事を口外する恐れがある。
ならば、どうするべきか…?
ギーシュの今後の処理に頭を悩ます横で本人は更に調子に乗る。
「姫様の為ならば僕は命を投げ出す事さえ厭いません」
「…今の言葉に二言は無いわね」
「はっはっは。当たり前じゃない…か…」
ギーシュが振り向くと同時に凍りついた。
たった一瞬の出来事だったが彼にはルイズの鋭い目が光ったように見えた。
「ありゃりゃ、運が無かったな坊主」
ご愁傷様、と呟くデルフの声がやけに鮮明に耳に届いた。
彼はこの日ほど自分の口の軽さを後悔した事は無かった…。

先だって伝えられたようにアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝の間で婚姻が決まった。
これは向こう側が同盟締結の条件として提示してきたもので断れなかった。
この同盟が結ばれればトリステイン・ゲルマニアは軍事的に頂点に立つだろう。
しかし、それを黙って各国が見逃す筈が無い。
その同盟を破棄させる為の手段を講じてくるに違いない。
モット伯の報告を信じるならアルビオンの貴族派の動向も怪しい。
だからこそ迅速に対応しなければならないのだ。
「ルイズ、この手紙をアルビオンの皇太子ウェールズ様に届けて欲しいの。
詳しい事はこの中に書いてあるわ、彼に見せれば全て判って貰えるはず」
「分かりました、一命に懸けても任務を遂行します」
姫様から封をされた手紙を受け取る。
何が書かれているかなど知る必要はない。
アンリエッタは詳細な内容もルイズに伝えるつもりだった。
しかしアニエスやギ-シュを信じ切れずに押し隠した。
未だに彼女の不安は拭えない。
いくらフーケを撃退したといってもまだ学生の身。
内乱の最中にあるアルビオンに潜入し無事に帰って来られる保証はない。
しかし同時に仄かな期待もしていた。
ルイズがウェールズを連れ帰って来てくれるという都合のいい夢を。


内戦中のアルビオン。
戦いの趨勢は決まり圧倒的な戦力差で押し潰されようとしている王党派。
その彼等に接触して手紙を渡して帰還する。
考えるだけでギーシュの膝はがくがくと震えていた。
どうやってこの場から逃げ出そうか頭脳を最高速度で回転させる。
しかし、それをルイズの一言が遮った。
「ここは女子の寮塔よ、上の部屋で何やってたのかしらね」
「っ……!!」
「部屋割りを全部把握してる訳じゃないけど、モンモランシーの部屋じゃないわよね」
「そ、それは…!」
自分とて男である。
モンモランシーに冷たくされご機嫌取りもなしのつぶて。
そうなれば他の女に目が向くのも自然な事。
自分が辛い時に優しくされれば、ホイホイ付いていってしまうのだ。
決して節操無しなどではない、と必死に自己弁護する。
だが一度掴んだ弱みをルイズが見逃す筈が無い。
「あとアニエスに襲われた時も助けてあげたから借りは二つね。
必死になって返しなさいよ、期待してるわギーシュ」
ドンとギーシュの胸を拳で叩く。
これから戦地に放り込まれるというにルイズは笑っていた。
ああ、そうだな。
美人二人に期待されたんじゃ裏切れないよな。
いいだろう、戦場に咲く薔薇というのも悪くない。
せいぜい死なない程度に頑張るとしよう。
この時、ギーシュの胸には期待に応えようという強い意思があった。
されどルイズの言う期待とは囮役とか弾除けの類。
ギーシュの活躍などこれっっぽちも期待していなかった。
悪いのはルイズではない、ギーシュの過去の実績の積み重ねである。

「はぁ……」
居並ぶ面子を眺めアニエスが溜息をつく。
足手まといがまた増えた。
置いていけない以上、連れて行くしかないのだから仕方ない。
自分が何とか指揮していくしかないが貴族の子弟を死なせたとなれば大問題だ。
一人なら大抵の窮地は切り抜ける自信はあるのだが…。
ふとアニエスがルイズのベッドに視線を向ける。
いいなぁ、ふかふかしてそうで。
宿舎のベッドって硬くて寝ているだけで痣が出来そうになる。
そんな事を考えていた彼女の思考がぶっ飛んだ。
柔らかそうなベッドの上、そこに投げ出されているのは自分の拳銃。
それをカチャカチャと犬が興味深そうに弄り回している。
「犬の玩具にするなーー!!」
きゃうーん、と勢い良く奪い取られ転倒する。
アニエスは“あげちゃってもいいや”とは考えない。
顔を怒りで紅潮させたままルイズに詰め寄る。
「アホかお前は! 銃をそこらに置いておくな!」
「弾入ってなんでしょ? だったらいいじゃない!」
「それでもだ!!」
正直、アニエスは頭を抱えたくなった。
いっその事、途中で全員事故に見せかけて始末して、
自分一人でやった方が確実に任務を遂行できるんじゃないだろうかと、
本気でルイズ達の命と使命を天秤に掛けていた。


「あともう一人、護衛をつけますので…」
「要りません」
アニエスがまたもやキッパリと断る。
どんな人物を選んだのか知らないがルイズを見る限り信用は出来ない。
このままズルズルとメンバーが増えていったら修学旅行の引率だ。
頼むからこれ以上心労の種を増やさないでと心で懇願する。
「下手に数が多いと悟られやすくなります。ここは少数精鋭でいくべきかと」
「そ…そうですか。では仕方ありませんね、貴方に任せます」
「はい」
精鋭と呼ばれて鼻高々なアホ二人を背にしホッと一息つく。
まあ、私一人では限界があるのも確かだ。
これで護衛がスクエアクラスのメイジとかなら話は別だが、
どんなのが来るか分からないなら断った方が得策だろう。
しかし、このメンバーで本当に大丈夫なのか不安になってきた。
「トリステインの未来は貴女方に懸かっています。どうかよろしくお願いします」
「はっ!」
全員の掛け声が一致する。
それを見てルイズはおかしそうに笑った。
これじゃあ、まるでフーケの時と同じだと。
全く変わらない自分達の姿がどこか愛しく思えた。


「くしゅ!」
「大丈夫か? 仕事前に風邪を引かれると困るのだが」
「いいや、心配ないよ。ったく、誰かに噂されたのかね?」
まあ、私の噂するようなのはあの子ぐらいか。
フーケとロングビルの方だったら心当たりが多すぎるけどね。
ラ・ロシェールの酒場はかなりの賑わいを見せていた。
近々やってくるアルビオンへの渡航客がほとんどだろう。
酒場にいる客の多くが傭兵や商人といった連中ばかりだ。
それを証明するように、これでもかと柄の悪そうな顔が並んでいる。
そんな連中ばかりだからこそ今度の商談相手も探すのに苦労は無かった。
もっとも悪名と腕じゃ私の足元には及びもしないんだけどね。
まあ上品とは程遠い飲み方をする私には周りの奴等の品性が無くとも関係ない。
こんな酒場でワインなんて嗜むこいつにとっては不味く感じるのかもしれないけど。
元から表情の読めないヤツだけにマスクをつけていても違和感を感じない。
一人で飲むのにも飽きて話を振る。
「手土産はちゃんと届けてくれたのかい?」
「ああ。雇い主も喜んでいたよ」
「…分からないね。中身が分からなきゃ、あんなのただの紙切れと同じだろ?」
「そうだな。何が書かれているのか分からなければ、な」
「……! それって」
「話はここまでだ。どうやら相手が来たようだ」
ガタリと空いていた椅子に厳つい男が腰掛ける。
体にはあちこち刀傷や銃創などが付いており、いかにも歴戦といった感じを醸し出す。
もっとも本当に強ければ傷なんて負わないんだろうけど。
「あんたかい? 俺達を雇いたいってのは」
「そうだ。とりあえず前金でこれだけ、残りは仕事の後だ」
すっと差し出された袋からジャリジャリと金貨の擦れ合う音が響く。
その中身を確認した後で男から呆れるような声が漏れる。
「前に俺達はアルビオンの王党派で仕事をしてたんだが…その時の報酬と同額はあるぞ」
「仕事に見合った報酬を払う、それが自然の流れだろう?」
傭兵の額から汗が流れ落ちる。
高額の報酬は確かに魅力的だがそれは危険と比例する。
仮面で顔を隠している事からヤバイ仕事というのは分かっていた。
下手したら王族を暗殺しろなんて内容かもしれない。

だが躊躇してももう遅い。
最悪、受けなければ消される可能性だってあるのだ。
意を決して傭兵の頭がマスクの男に尋ねる。
「…内容は?」
「ある場所で馬車を待ち伏せし襲撃して欲しい」
「たった、それだけか…? 相手はどれぐらいいる?」
「数人、メイジもいるが大した腕じゃない」
「…どういう事だ? これだけの数を揃えなくても十分だろう」
「僕はね臆病なのだよ。必ず勝てる状況を作らなければ安心出来ない、そんな小心者でね」
仮面の男が自虐そうに笑う。
もっとも顔が見えない以上、声と雰囲気で判断するしかないが。
「いやいや、あんたは賢い。戦場で生き残れるのは臆病者だけさ」
提示したいくつかの条件を承諾した後、頭領は受け取った金貨の袋を背後のテーブルにいた男に回す。
それを黙って受け取ると数人の男が金貨を運んで行った。
その後に頭領は私達を残し席を後にした。
すでにこの酒場に多くの手下を忍び込ませていたのだろう。
もし何かあれば私達を消すつもりだった。
そして足元を見られていれば脅されて身包みを剥がされていただろう。
抜け目の無い男だが道具として使うには最適だ。
「あの連中、生きて帰れるかねぇ」
「どちらでも構わんさ、どちらでもな」
仮面の男の返答にフーケは笑う。
この男がやろうとしているのは前の私と同じ事だ。
私以上の念の入れ様と手際。
そして犠牲を躊躇わない非情さを兼ね揃えている。
あるいはこいつなら成し遂げるかもしれない。
あの死を運ぶ魔獣、その打倒を……!


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