ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-43

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匿名ユーザー

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少し時間はさかのぼり、タルブ戦が開戦する前日。

ロングビルは、学院を飛び出してタルブ村へと向かったシエスタを追いかけていた。
シエスタが馬に乗って魔法学院を出てすぐ、具体的には10分ほど遅れてロングビルは魔法学院を発った。
ロングビルは自身の体に『レビテーション』をかけて馬の負担を減らし、少しでも早く追いつこうしていたのだが、おかしなことにシエスタの姿が見あたらない。
もしかして、私の知らない裏道でもあるのだろうか?と考えはじめたところで、ロングビルは空を飛ぶ竜騎兵に気がついた。
トリスタニアの方角から、ラ・ロシェールに向かってトリステインの軍隊が移動しているのだ。
「道をあけろーっ!」
ロングビルの背後から声が聞こえてきたので、馬を街道の脇に寄せて軍隊の邪魔をしないように努めた。
彼女の騎乗した馬には魔法学院の紋章のついた鞍と鐙(あぶみ)がつけられているので、特に疑われもせず軍隊は通り過ぎていったが、それでも軍隊をみると気分が悪くなる。

軍隊の大部分がロングビルを追い抜いた後、しばらくしてシエスタの乗っていった馬を発見した。
尻に押された焼き印から、魔法学院の厩舎から持ち出されたものだと一目でわかる。
だが、馬の様子は戦争の行く末を暗示するかのように悲惨なものだった。
体の水分をほとんど失い、舌を垂らしてもがいたのが、白目をむいて苦悶の表情で息絶えていた。
蹄は砕け、足は折れ曲がっており、この馬は自身の意志に反して走らされていたのが想像できる。
「これじゃ、どっちが吸血鬼か分からないね」
そう言いながら、ロングビルは倒れた馬に杖を向けてルーンを詠唱し、馬の遺骸を街道の脇へと移動させた。

それからまた馬を走らせ、数時間。
途中で何度も「レビテーション」をかけ、馬の負担を減らしていたが、それでもラ・ロシェールまでの道を一日で駆けていくには無理があった。

換えの馬がある宿場で馬を替えようとしたが、ラ・ロシェールから避難する人間が多かったせいか、元気に走れそうな馬など一頭もいなかった。

それにしても奇妙だ、これだけ走っているのにシエスタに追いつけない。
もしかしたらシエスタを追い抜いてしまったのではないかと考えたが、この街道を通らなければラ・ロシェールにもタルブ村にも行くことはできないはず。
そう考えて、宿場を通りかかる人にシエスタの容姿を説明し、見かけてないか聞いてみることにした。
幾人かに話しかけたところで、背中に大きな包みを背負った男が、その少女に心当たりがあると言い出した。
「ああ、一時間ぐらい前に見かけたよ。すごい勢いでラ・ロシェールに向けて走っていったさ」
「どのあたりで見かけたの?」
「ちょうど中間地点だよ、その後すぐ軍隊とすれ違ったんだから、よく覚えてら」
「…わかったわ、ありがと」
ロングビルは内心の焦りを隠しつつ、礼を言った。

(冗談じゃないよ、ラ・ロシェールまで早馬で二日はかかるんだよ、それを半日で半分も走り抜くだって?)
疲れ気味の馬に乗るのは得策ではない、ロングビルは手綱を握り、馬を歩かせることにした。
ラ・ロシェールとその近辺はすでに戦場と化しているかもしれない。
だが、そんなことよりも恐ろしい考えがロングビルの頭に渦巻いていた。
波紋と吸血鬼、オールド・オスマンは相反する性質を持つと言っていたが、もしかしたら人間からみて異端なものには変わりないのではないだろうか…と。


ロングビルが、シエスタを見つけたのは翌日朝のことだった。
タルブ領の騎士に先導されたタルブ村の人々は、トリスタニアに続く街道に避難していたのだ。
馬を乗り捨ててからここまで、全速力で走ってきたにもかかわらず、シエスタはあの馬のようにやせ細った訳でもなければ足が折れているわけでもなかった。
シエスタの父の話によれば、シエスタは街道に取り残され途方に暮れているタルブ村の一団を見つけ、兄弟達の名を叫びながら近づいてきたらしい。
家族の無事を確認したシエスタは、疲れが限界にきていたのかそのまま眠ってしまった。
翌朝になってロングビルが追いついたのだが、ロングビルの乗ってきた馬が疲弊しきっているのに対し、シエスタは数時間の睡眠で体力を回復していた。

話を聞いているうちに、徐々に砲撃の音が激しくなっていった。
ラ・ロシェールに陣取っているトリステイン軍に向けて、巨大な戦艦から砲撃が加えられているらしい。
皆が恐れおののく中、ロングビルは学院長から寄越される予定の伝書フクロウをじっと待っていた。
戦争は嫌いだが、こちらには地の利がある。
それに魔法学院の秘書などという立場などいくらでも捨てられるのだから、ロングビルは戦場が近くても悠長にものを考えていたのだ。

そして、砲撃がやみ、遠目でも確認できる巨大な竜巻が巻き起こった頃、伝書フクロウがロングビルの元に届いた。
フクロウの持ってきた手紙には、オールド・オスマンからのメッセージが書かれており、ロングビルはそれをシエスタにも伝えた。

『トリステイン敗北の場合はフクロウに返事を持たせず、シエスタをつれて即時魔法学院に逃げ込むべし。勝利の場合はシエスタを傷病兵の治療に当たらせよ。』

トリステイン万歳を叫ぶ声が、風に乗ってロングビルの耳にも届く。
それを聞きながら、ロングビルはシエスタにもメッセージを伝える、するとシエスタは力強く、その役目を果たしますと答えた。
ロングビルは、その様子に心強さではなく、無理して強くなろうとしているような危うさを感た。





そして翌日から、遅れて到着したモンモランシーと共に、シエスタは傷病兵の治療に当たった。
奇跡的にタルブ村は被害を免れ、シエスタの曾祖父が乗ってきたという『竜の羽衣』も無事だった。
タルブ村に近い草原では、練金で作った支柱に布をかぶせた簡易テントが並べられており、今回の戦争で傷ついた者達はそこで治療を受けている。
「ミス・ロングビル、昼食ができましたよ」
「ああ…じゃなかった。 ええ、ありがとうございます。すぐに行きますわ」
疲れているせいか、ついつい地が出てしまいそうになる。
お淑やかな秘書に徹していられればボロを出すこともないが、あの学院長のセクハラに反撃するときはいつも地が出てしまう。
もしかしたら見透かされているのか?と疑問に思いながら、ロングビルはタルブ村の村長宅へと入っていった。


「疲れたー」
情けない声を出して机に突っ伏しているのは、『香水』のモンモランシー。
出されたヨシェナヴェを食べる気力もないようだ。
彼女はシエスタがタルブ村に向かったと聞いて、ひどく心配していたのだ。
タバサのシルフィードに乗せてもらおうかと思ったが、タバサは不在、行方を知ってそうなキュルケもいない。
何かよからぬことでも起こっているのではないかと、不安になったところで、オールド・オスマンから呼び出された。
そしてタルブ村に行きシエスタと共に傷病兵の治療に当たってくれないかとお願いされたのだ。
ロングビルから更に二日遅れて、モンモランシーがタルブ村に到着すると、初めて見る戦場の跡に血の気が引く思いをしたそうだ。
波紋と水系統の治癒を併用することで、劇的に回復効果が高まり、本来なら死ぬような傷を負った人も見事なまでに回復していく。

たった二人で200人ほどの兵士を治癒したという話が、傷病兵と兵士の間で広まっていく。
三日経った今ではもう、魔法学院には優秀な治癒のメイジがいるという噂が、兵士達の間で囁かれていた。


「大丈夫ですか?」
シエスタがモンモランシーを気遣うが、モンモランシーは返事の代わりに手をひらひらさせるばかりで、それが余計にシエスタの不安をあおる。
「あの、疲れているのでしたら食事はやめて、ベッドを準備しますけど」
「……そんな気にしなくていいわよ、寝ても覚めても治癒ばかり。こんなにたくさんの人を治癒したのは初めてだから、精神的に疲れてるのよ……」
そう言ってモンモランシーはため息をついた。

二人は、片方が元平民とは思えないほど仲がよい。
モンモランシーがシエスタを対等な立場の存在だと認めているからだろう。
平民と貴族、その境界線が、ここはとても希薄だった。
その雰囲気と、ヨシェナヴェを味わいながら、ロングビルはウエストウッド村で生活しているティファニア達を思い出していた。
(あの子達は、元気だろうか…)
もう少し状勢が落ち着いたら、里帰りでもしようか?
ついでにこのヨシェナヴェのレシピを持って帰れば喜んでくれるに違いない。
人里に出られない彼女のために、土産話とか、料理のレシピとかを伝えてあげるべきだろうかと考えていた。

食事を終えて一息ついているところに、村長が駆け込んできた。
アニエスという人がシエスタに用があるとかで、村長はシエスタを連れて外に行ってしまった。
窓から外を見ると、忙しそうに走り回っている村民の中に、軽装鎧にマントを羽織り、腰に剣を下げた女性が見えた。
その女性は平民の身ながら、タルブ村方面に侵入しようとする敵兵を何十人も打ち倒し、メイジに劣らぬ功績を挙げたと噂されている。
それが事実ならば、彼女はおそらく「メイジ殺し」というやつだろう。
鉄砲、罠、火薬……メイジよりも遙かにハングリーな平民の傭兵、その中でもメイジを殺すだけの技術と知恵を持った者はメイジ殺しと呼ばれる。
陽光に輝く金髪を短く切り、青い瞳で周囲を見渡しているその女性の姿は、シエスタではなく何か別の者を探しているようにも見えた。

しばらくしてシエスタが戻ってくると、治療の続きをしてくると言い残して村長の家を出て行ってしまった。
モンモランシーもため息をついていたが、自分で自分の頬をピシャリと叩くと、よしっ!とかけ声をかけてシエスタの後をついて行った。

本来なら魔法学院の生徒であるシエスタとモンモランシーが、傷病兵の治療に当たるということは無い。
だが、オールド・オスマンは『波紋』を治癒の力であると印象づけるために、あえてモンモランシーをここに寄越したのだそうだ。
シエスタにシュヴァリエの爵位を賜るよう申請するには、それなりの功績がなければ必要だと考えた上での行動だった。

その上でもう一つの目的がある、それは、ラ・ヴァリエール家とのパイプを太くするという目的。
オールド・オスマンが調べた話では、ルイズの姉エレオノールは魔法アカデミーで研究を続けているそうだ。
アカデミーで行われている研究は多岐にわたる、時々『アカデミーに送られたら解剖されてしまう』と冗談混じりに噂されるが、それも本当なのではないかと思わせるほどに研究が盛んなのだ。
エレオノールは妹のカトレアを治療するために、アカデミーで研究を続けているらしい。

傷病兵の治療で『波紋』の効果を確かめてから、カリーヌ・デジレの耳に「特殊な治癒能力」の話を届けるのだ。
シエスタの立場を強くしなければ、アカデミーの研究材料として捕らえられてしまう可能性があった。
そのため、オールド・オスマンはシエスタの立場を強くすべく、苦手な(本人談)根回しに奔走しているのだ。


そこまで考えて、ロングビルは椅子から立ち上がり、背伸びをした。

「一応見回りでもさせてもらおうかね」
そう言うと、懐にしまった杖の感触を確かめる。
シエスタを監視し続けるのにも少し疲れたので、気分転換をかねて外を歩くことにした。
ロングビルは上着を羽織ると、食器をひとまとめにして、村長の家を出ていった。


タルブの草原は戦場となり、美しかった草原はほとんどが焼け焦げていた。
だが野草の生命力は強い、何年かすれば元通りの草原が姿を見せてくれるだろうと、シエスタの父から聞いた。
ロングビルは戦場跡を整理する平民の兵士を見つめた。
うち捨てられた剣や鎧、弓矢などを拾い集め、荷車に乗せていく。
ただ、じっとその様子を眺めていた。

『おい』

死体からものをかっぱらうのは趣味ではない、土くれのフーケと呼ばれた盗賊は、貴族の鼻をあかす盗みしかしないのだと心に決めていた。

『おーい』

それに戦場で武器防具を拾っても、マジックアイテムの類などほとんど期待できないと知っている。
この戦いで、高級貴族のほとんどは前線に出ていないだろう。
宝石や貴金属を身につけて死ぬような輩は、この戦場にはいないだろうと考えつつ、ロングビルは辺りを見回した。

『おい、行き遅れ』
「あぁ!?何だってェ?」
ロングビルは、つい、学院長の秘書ではなく、チンピラのように目を細めて声のした方を睨んでしまった。
慌てて顔を笑顔に戻し、取り繕うようにホホホと笑って、ロングビルの後ろで荷車を引いている少年と目があった。
「ボウヤ、いい度胸だね、将来大物になるよ」
こめかみに血管を浮き出させたまま、ロングビルは少年に笑いかける。
「ち、ちがいます、こ、こいつが喋ったんです!」
そう言って少年が指さしたのは、荷車に積まれたくず鉄と剣だった。
「冗談じゃないよ、剣が喋る訳…」
『ひでーな、俺のこと忘れたのかよ』
カチャカチャと鍔を慣らして、剣が喋る。
まさかとは思ったが、そのまさからしい。
ロングビルは荷車に積まれた剣を手に取ると、懐からほんの少しの貨幣を取り出し、少年に渡した。
それを受け取ると、少年は怖いものから逃げるように、荷車を引いてどこかへと走っていってしまった。

『いやー、助かったぜ』
「…あんたさっき何て言った」
『綺麗なお姉さん』

ロングビルは喋る剣…デルフリンガーを地面に放り投げると、とりあえず踏みつけた。



『ちょ、ちょっと待てよ、だってあのまま無視されたらデルフどうすればいいか分かんない伝説困ったなあって』
「いい加減におし!」
オールド・オスマンを蹴ることで、しなやかな足は見た目からは想像できないほど鍛えられていた。
全体重を乗せた踏み蹴りがデルフリンガーの柄に命中し、デルフリンガーは兵士達が踏み固めた大地へとめり込んだ。
「で、アイツはどうしたんだい、ここにはシエスタもいるんだよ」
『それなんだけどよお、俺にもよく分からねえんだ。馬っころが俺を盾にして嬢ちゃんを守ったのは分かるんだが、その後がちょっとなあ』
「どういうこと?」
『嬢ちゃんは、ラ・ロシェールに落下する船を魔法で吹き飛ばしたのさ、その余波で自分まで大怪我しちまった』
「…魔法って、あの爆発かい。怪我の程度は?」
『よく分かんね、でも意識は当分の間失ってるかもしれねえぜ。それと頼みがあるんだけど、俺を王宮まで連れて行ってくれねーかな』
「王宮?冗談じゃないよ…」

ロングビルは辺りを見回した、剣と喋っていて不審がられないかと思ったのだ。
周囲には鉄くずを集めている平民がぽつりぽつりと見える程度で、ロングビルを気にしている人などは居なそうだった。

地面にめり込んだデルフリンガーを持ち上げ、タルブ村へと向けて歩き出す。
「直接届けるのはごめんだよ、他人に任せるけどそれでいいかい?」
『いやー、悪いね』
「あんたも一応命の恩人だしねえ」

ロングビルは、ルイズがどれほどの怪我をしているか分からないが、今はデルフリンガーの言うとおりにした方が良さそうだと判断した。
ルイズと一緒にいたのはこのデルフリンガーなのだ、緊急時にどんな行動をとればいいのか、心得ていることだろう。
ロングビルはてくてくと歩きながら、デルフリンガーを適当な布にくるんで、時期を見て王宮に届けてやろうと考えていた……が。

「そこの女、その剣をどこで拾った?」
ロングビルは、背後からかけられた声にギョっとして振り向いた。
するとそこには、殺気に身を包んだ女騎士、アニエスが、まるで威嚇するかのような目つきでロングビルを睨んでいた。



場面は戻り、ワルドとルイズ。


「うう…おおおおっ……」
ルイズの顔に、ぼたぼたと涙の粒が落ちた。
ワルドの視界はにじみ、ルイズの姿がぼやけて見えていた。
自分の頬に伸ばされたルイズの手を握りしめ、ワルドは泣いた。
「ルイズ、ルイズなのか。君はルイズなのか?」
興奮のためか、歯ががちがちと音を立てて震える。

つい先ほどまで死闘を繰り広げていた「石仮面」は、ルイズと瓜二つだったが、雰囲気はまさに戦士の風格を持っていた。
だが、地面に倒れたまま自分を見上げているこの少女は、石仮面の時とは違い体に埋め込まれた骨も消滅し、ルイズ本来の身長に戻っている。
それどころか、死を臭わせる雰囲気などみじんも感じさせない。
そのギャップがワルドの心を乱していた。

ルイズは死んだはずだが、今、この少女は自分を「ワルド様」と言った。
親同士が決めた許嫁であり、ある意味では公爵家との血筋と地位を欲した政略結婚だと十分に理解していた。
ルイズを異性として意識したことはない、それどころか恋愛対象だとも思っていなかった。
だが、いざルイズの死を聞かされた時には、ワルドの心によく分からない感情が渦巻いた。

子供の頃、ワルドは風のメイジとして優秀だった。
だが年月を重ね、思春期を迎える頃、自分が井の中の蛙だったことを思い知らされた。
ある日母がワルドに告げた、ラ・ヴァリエール家の三女と婚約しなさい、と。
そこで一つ問題が起こった、ワルドは優秀ではあるが、飛び抜けて優秀ではない。
このままではラ・ヴァリエール家から一方的に婚約を破棄されるおそれがあった。
そこでワルドの母は、ワルドを魔法衛士にすべく尽力した、ワルドもまた期待に応えようと必死になって魔法の訓練を積んだ。

その甲斐あってか、ワルドはめきめきと実力を上げ、同世代の貴族からも魔法の腕前では一目置かれるほどになっていた。

ある日のことだ、ワルドは魔法衛士隊の見習いとして、将来の魔法衛士を約束された。
その時の母のうれしそうな顔と、涙をよく覚えている。

だが、その母はなぜか、突然に、何の前触れもなく自殺した。
ワルドは悩んだ、何があったのか、母は殺されたのではないかと思い、何度も母の身辺を調べた。
だが、ワルドに向けて残された一枚の遺書が決定的な証拠となり、自殺として扱われてしまったのだ。
ワルドにはどうしてもそれが納得できなかった、遺書にはワルドに向けて謝るような内容が書かれていたが、謝られるような心当たりなど一切ないのだ。

だから、ワルドは自分が悪かったのではないかと、自分が何かミスをしたのではないかと、ひたすら自分を呪った。
魔法衛士隊の一員となったワルドは、その不満と悩みをごまかすかのように、ひたすら任務に励んだ。
達成困難な任務に挑戦し、いつしかワルドは魔法衛士隊随一の使い手と呼ばれるようになっていた。

どんな栄誉も、ワルドの渇いた心を癒してくれることはなかった。
母の言いつけ通り、誇り高く、そして強くなったワルドだが、王宮の中枢に近づくにつれてその腐敗ぶりが目に入るのだ。

ワルドの領地はトリステインの中でも大きくはない、むしろ小さい部類に入るだろう。
小さいからこそ、ワルドの母は、ワルドを虚飾や汚職に近づけることなく育てることができたのだ。

純粋培養で育てられた花が、王宮の毒に毒され、その心を病ませていくのは時間の問題だった。
そんな時、アルビオンで起こった反乱の噂を耳にした。
レコン・キスタという組織がアルビオン王家に反旗を翻したのだという、しかもその首謀者オリヴァー・クロムウェルは、自らを始祖ブリミルに選ばれた虚無の後継者だと自称している。
虚無の力は、死者をも生き返らせるらしい…

ワルドの心が、レコン・キスタへと傾き始めた頃、レコン・キスタからワルドに接触があった。
そして、アンリエッタ姫から、アルビオンのウェールズ皇太子が持っているという手紙の奪還を依頼された時、ワルドはトリステインを裏切る決心をしたのだ。


裏切る決心をして、その情報をレコン・キスタに流したワルドは、王宮に出入りしているトリステイン魔法アカデミーの研究者から、魔法学院で起こった事件の話を聞いた。
アカデミー研究員のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。

彼女の口から、ルイズが死んだことを聞かされたワルドは、心が砕けていくのを感じた。


「君は何なのだ、君は何なのだ?答えてくれ…」
砕けた足と、折れた肋骨が痛む。
その痛みをこらえつつ、ワルドはルイズの頬に手を伸ばした。
頬をなでられたルイズは嬉しそうにほほえむばかりで、何も答えてはくれなかった。

突然、ガササササと音がした。
「!」
ワルドが音のした方を向くと、そこには豚のような鼻を持った亜人、すなわちオーク鬼が群れをなして、ワルドとルイズの二人をみていた。
「くっ」
ワルドはまさに血の気が引く思いだった、左手の義手は砕け、両足の骨も折れ、肋骨は砕かれている。
杖は砕かれどこかに落ち、予備の杖も落下のショックでどこかに飛んでいってしまった。
杖のないメイジは平民と同じ、しかもほとんど動けないような怪我をしているのだ。
ワルドは咄嗟にルイズを抱きしめると、芋虫のように体を動かして、なんとか逃げようとした。
だが、反対側にもオーク鬼が待ちかまえており、逃げ道は無いのだといやでも理解できた。
肘から先が失われた左腕でルイズを抱きかかえ、右手で地面に落ちている石ころを握りしめる。

『なぜ、私はこんなことをしているのだろう?』
ふとそんな疑問が頭をよぎる。
一度ならず、二度も殺そうとした「石仮面」。
それを守ろうとしている、あまりにも滑稽だなと、ワルドは自嘲した。

「フゴォッ」
一匹のオーク鬼がワルドの後ろから近づくと、無造作にワルドの肩をつかんだ。
そのまま軽々と腕を振ると、ワルドの体はまるで紙切れのように宙を舞い、そばに立つ木へと衝突した。
「ぐ はっ!」
体を打ち付けられた衝撃で呼吸が乱れ、ゲホゲホと血が混じった咳が出てきた。
痛みで朦朧とする意識の中、ルイズの姿を探す。

オーク鬼はルイズの髪の毛をつかみ、ルイズを持ち上げて、舐めるようにその体を吟味しているようだった。
ゴフゴフと鼻息をたてつつ、人間にも理解できる下卑た笑みを浮かべ、オーク鬼はルイズの首に手をかけた。
「る…るい…ず…………ルイズーっ!」

ワルドの叫びもむなしく、オーク鬼の手に力がこもる。
そしてルイズの首はめきめきと音を立てて、引きちぎられた。
バキバキと骨の砕ける音と、心臓の鼓動にあわせて頸動脈から吹き出す血。
無造作に投げられ、地面に転がるルイズの首。

「ーーーーーーー!!!!」
ワルドの叫びは声にならなかった。

それをあざ笑うかのように、四匹のオーク鬼は、フゴフゴと鼻息をならしていた。
もう一匹のオーク鬼がルイズの腕に手をかけ、引きちぎろうとした時、異変が起こった。
オーク鬼たちはその異変に気づいていなかった。

ただ、離れたところから、まるで虫けらのように地面に放り投げられたワルドだけが、その一部始終を見ていたのだ。

首が、浮いている。

投げ捨てられたルイズの首が、髪の毛と血管を触手のように伸ばして、宙に浮いている。

ワルドはその光景に恐れを抱かなかった。
むしろ、神々しいとさえ思えた。

ルイズの首に背を向けていたオーク鬼が、ブギッ、と短く悲鳴を上げた。
背中にはルイズの首からのびた血管が突き立って、びくんびくんと震えながら血を吸っているようだった。
隣にいたもう一匹のオーク鬼がその異変に気づくと、手に持っていた棍棒をルイズの首に振り下ろそうとした。
だが、その腕はルイズの首にではなく、地面へと落ちた。

ルイズの髪の毛がオーク鬼の腕にからみつき、文字通り握りつぶしたのだ。
突然のことに反応できず、失った腕を不思議そうに見つめていたオーク鬼だったが、次の瞬間には顔面に突き立った幾本もの髪の毛に血を吸われ、瞬く間に干からびていった。


「ビギイイ!」
「ゴフ、フゴオッ!」
残った二匹のオークが、ルイズの体から手を離した。
その瞬間、首のないルイズの体がびくんと跳ね起きて、オーク鬼の心臓を右手で突き刺した。

ルイズの頭からのびた血管が、体の首へと突き刺さり、二つに分かれていた体が一つになっていく。
「ビキイイイイイイ!」
悲鳴を上げて逃げようとしたオーク鬼が、背中を向けた瞬間、ルイズの腕がオーク鬼の背中に突き刺さった。
動きの止まったオーク鬼の体から、勢いよく背骨を引き抜きつつ、もう片方の手で血を吸っていく。

いつの間にか、ルイズの首は完全に再生し、傷跡一つ残されていなかった。

あたりにまき散らされたオーク鬼の血、肉片、干からびた体。

ワルドはただ、呆然とそれを見ていた。

空を見上げていたルイズが、髪の毛をかき上げて背中に流すと、全裸のまま堂々とワルドに近づいた。

地面にはいつくばり、ルイズを見上げているワルド。
見下ろすもの、見上げるものが逆になっていたが、ワルドは不思議と恐れを感じなかった。

ルイズはワルドの体を仰向けにすると、脇腹に指を当てて、ずぶりと突き刺した。
「ぐ…」
体の中に何かが侵入する違和感に顔をしかめたが、ワルドはそれ以上何も言わず、ルイズにされるがままになっていた。
指が引き抜かれた時には、肋骨から感じられていた痛みが消えていた。
次にワルドの足に指を差し込む、右足は単純骨折だったが、左足は複雑骨折になっており、一部は皮膚を突き破っていた。
慎重に、やり直しのきかないパズルを組み立てるように、骨の位置を調節していく。

しばらくすると、痛みこそまだ残っているものの、無理をすれば立てるぐらいにワルドの足は回復していた。
内出血が酷いため、ワルドの上着を脱がせてそれを破り、足に添えた添え木と一緒に巻き付けた。

ワルドはずっと黙ってそれを受けていた。
一通りの処置が終わると、ルイズは吸血馬の遺骸…といっても風化して砂になった骨だが、その中からかろうじて原形をとどめている短い円筒形の骨を拾い集めた。
その骨を手首と足首に差し込むと、ルイズの体は骨の分だけ伸びる。

さきほどより身長が5サントほど高くなっただろうかと、ルイズの姿を見ながらワルドが考えた。

「ここは戦場に近すぎるわ」
そう言ってラ・ロシェール方面の空を見る。
グリフォンや竜がラ・ロシェールの高台から飛び立ち、周囲を旋回しつつ警戒しているのがわかる。
ルイズは自分より背の高いワルドを背負い、森の奥へと足を進めていった。

ルイズの背に揺られながら、ワルドがつぶやく。
「なぜだい?」

その一言には、ワルドを殺さなかったこと、石仮面と呼ばれている傭兵の存在、そして吸血鬼化した理由など、思いつく限りのすべての疑問が込められていた。

それが何となく感じられたから、ルイズは短く、一言だけ答えた。
「運命が残酷なのは、貴方だけじゃないわ」

背負われているワルドからは、ルイズの表情は見えない。
ルイズは歩きながら、ほんの少しだけ、涙を流していた。




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