ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-21

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匿名ユーザー

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モット伯の屋敷が焼け落ちてから数週間が経過したが、大きな動きはなかった。
王宮としても現在はアルビオンへの対処に頭を悩ませなければならないのでそんな一メイジ、それも悪評が立ちまくりなやつなどどうでもよかったのだ。
領地で働いている平民には事故だと知らされ、もうしばらくすれば複数の領主がその土地を分割する手はずになっていた。
「運がよかったわね」
「そうですね。お尋ね者になってしまえば僕も困ってました」
マチルダと花京院はトリステインとゲルマニアの国境付近にある街の酒場で食事をしていた。二人が顔を合わせるのは久しぶりのこと。
マチルダが屋敷から盗み出した宝石などの貴重品を闇市場で金に替えて分配すると、二人組がどうたらこうたらと手配をされた場合に備えて別々に行動していたのだ。
それも杞憂だった、ということだが。
「さて、無事に再会したのを祝したところで、これからどうする?」
「個人的に、行きたいところがあるんですが」
「どこだい?」
「魔法学院、というところです」
マチルダはあからさまに嫌そうな顔をした。そんなところに行けば水が襲ってくるからである。仮にンドゥールが興味なかったとしてもオスマン当たりなどの実力者に発見されれば手痛い目にあうかもしれないのだ。
勘弁願いたいところである。いくら運命に身を任せたといっても急すぎる。
「とりあえず、理由を聞いてくれませんか?」
「ああ。言ってみな」
「この数週間、そこらの書店を見て周り、この世界にやってきた原因を僕なりに調べていました。それで有力なものが見つかりました」
「なんだい?」
「サモン・サーヴァント、というものです」
マチルダは、そういえばンドゥールもルイズの使い魔であったなと思った。
目の前の男もどこぞのメイジがやったそれの失敗で召喚された可能性は大いにある。
「僕の考えはどうですか?」
「……ああ。正しいと思うよ。ま、どこの阿呆がやってくれたのかは知らないけどね」
「いえ、あのまま死んでいた僕を助けてくれたのだから感謝してますよ」
笑っていた。
マチルダは自分も昔、使い魔召喚の儀式を一人で行ったことを思い出した。失敗したが。
「でもねえ、あんた、学院に行ってどうするの? まさか図書館に入らせてくださいって頼んで、やすやすと入らせてもらえると思ってる?」
「駄目でしょうかね」
「そりゃもちろん。だってこの前、盗みが入ったんだもの。注意深くなるに決まってるじゃないか」
「本人が言いますか」
マチルダがかっかと笑った。彼女はすでに花京院に自分の素性を話している。というよりも『土くれ』のフーケなんですか、と、尋ねられたので肯定しただけだが。手配書のまんまであるため気づいて当たり前だった。
「ですが、それでも駄目もとで尋ねてみます」
「仕方ないねえ……」
花京院は放っておいたとしても一人でいくだろう。マチルダとしてもンドゥールにもう一度顔を合わせて自分の感情を整理させておきたい。そこまで考え、マチルダは最初から決まってるじゃないと心の中で笑った。
「いいわ。明日にでも行きましょう」
「ありがとうございます」

二人は馬を駆り、整備されている街道を走っていった。急ぐ旅でもないため村や街に立ち寄り、時には亜人を退治して金を稼いでもいた。
そして出発してから数日後の夕暮れ、タルブという村に二人は着いた。亜人退治のために訪れたわけではない。単に休息のために立ち寄っただけである。
なんでも、変わった料理があるらしいので、ものはついでと食いたくなったのだ。
マチルダが。
「いやしんぼッ! このいやしんぼめッ!」
「お黙り! 別にいいじゃないのさ。そう急ぐもんじゃないだろ」
「まあそうですけどね。それに、景色もいいですし」
二人の視線の先には草原が広がっている。ところどころ朱に染まった花が咲き乱れ、風が吹くと草が波打っていた。
花京院がその光景を眺めながら笑みを浮かべ、語りはじめる。
「この世界に来る直前も旅をしていたんですが、過酷なところばかりでした。海中、砂漠、飛行機は落ちるし……」
「ひこうき?」
「空を飛ぶもんです。ここにはありません」
竜かなにかかしら、と、マチルダは思った。
花京院はかすかな笑みを浮かべてこう付け加える。
「それでも楽しかったものです」
「なんだか羨ましいね。ほら、さっさと宿を探すよ」
マチルダは草原から離れ、村に入っていった。花京院もあとに続く。
タルブの村はこれまで何度も訪れた農村と同じものだった。果樹園があり、畑があった。
手入れを欠かしたことがないのだろう。いまにも収穫できそうに膨らんだ果実があった。
小さな喜びを積み重ねている村の歴史が想起できた。花京院が仕事帰りの人間に声をかける。
「すいません。どこか泊まれるようなとこはないですか?」
「ん、なんだ、あんたら旅人か? それなら村長のところにいけばいいぜ」
「ありがとうございます」
二人は礼をした。
村長に話をすると、快く招いてくれた。商人をいつも泊めているらしく、離れの客室は立派なものだった。しかし、マチルダは一つだけ不満があった。
「なんで布団が一つなんだい」
「まあ男と女の二人旅ですからね。そう勘違いされるのも仕方ないでしょう」
「あんたと恋仲になったつもりはないんだけどね。飯時にでも言うか。で、これからどうする? 寺院でも見に行くかい?」
寺院というのは本来、始祖ブリミルを祭るものであるがこの村ではちっと違うとのことだ。
いや、ブリミルを崇めることには変わりないが、大昔にふらっとやってきてそのまま
居ついた人物が妙な寺院を建て、『竜の羽衣』と呼ばれる御神体を飾っているとのことだ。
興味は引かれる。
花京院は外を見た。夕日がまた落ちていない。
「そうですね。行ってみます。マチルダさんはどうします?」
「あたしも行くさ。ノリアキ」
村長にすぐ戻ると言いつけ、外れの寺院に向かった。


その寺院は村長の言葉通り、妙な形をしていた。丸木で組み立てられた門に石ではなく板と漆喰で作られた壁、木の柱、白い紙と綱で作られた紐飾り。
一般的なものとは大きく変わっている。
「確かに珍しいねえ。どういう流れでこんな形を取ってるんだろうね」
ブリミルを祭るとはいえ、始祖が降り立ってから数千年が経過しているため地方や国ごとに形は変わっている。
とりわけここ最近のものは新教徒などというものが出てきたため古い寺院と形が大きく変わっているところがあった。
しかし、この目の前のものをマチルダは見たことがない。可能性があるとしたら東方かと、彼女が頭を悩ませていると隣の花京院が地面に崩れ落ちた。
「急にどうしたんだい」
「……あまりに驚いて、その、腰が抜けました。すいません」
マチルダの手を借り、花京院が立ち上がる。彼は額に大粒の汗をかいていた。
「戻って休むかい?」
「いや、それには及びません。中の御神体を見てみましょう」
「わかったよ」
花京院は別に体調が悪くなったようではなかった。マチルダは気に掛けながらも寺院に近づいていった。
ところが、彼女はある奇妙なことに気づく。門がゆれているのだ。それも風に。
脳裏にある男の影が過ぎった。
すぐさま杖を引き抜く。精神を戦闘のできる状態にまで引き上げる。
「ノリアキ、スタンドで中を探って」
マチルダの強い声に、花京院はすぐさま『法王の緑』を出現させる。
しゅるしゅると身体をひも状にして中へ伸ばしていく。
「誰かいる?」
「いえ。ですが痕跡があります。ついさっきまで誰かがここにいました」
「そう。ノリアキ、スタンドを戻して」
マチルダは周囲を見やる。誰もいない。気のせいだったかと思いかけたとき、視界の隅に見覚えのある帽子を被った男がいた。そいつは草原の近くにある森の中に隠れるように走っていった。
なぜあいつがここにいる。マチルダは、背筋に冷たいものを感じ、即座に走り出していた。
「ついてくるんじゃないよ!」


マチルダが森の中に入り、歩き回るうちに日は完全に落ちてしまっていた。それでも彼女が見た人影は見つかっていない。見間違い、だったとは思えない。
寺院の中から吹いた風、あれは間違いなくあの男のものだったのだ。
しかし、どうやら完全に見失ってしまったようであった。彼女はひとまずタルブに戻るべきかと踵を返した。その目前に、男はいた。
「久しぶりだな。マチルダ」
「やっぱりあんただったんだね。ワルド」
男、ワルドは木の幹に背を預けている。右手に影に溶け込む黒の手袋をしていた。
あれはおそらく義手だ、と、マチルダは当たりをつけた。
彼女は杖先を向け、全身にじわりと殺意の熱を伝導させる。
体と心を構えた。
「いまさらこの国に何の用だい」
「下見だ。近々侵攻作戦が行われるのでな」
「へえ。ま、あたしは全然興味ないけどね。勝手にやってたらいいさ。でも、わざわざ顔を出したってことはそれだけじゃないんだろ?」
「話が早くて助かる」
ワルドは杖を抜いた。
「マチルダ。レコン・キスタに来い。我らには優秀なメイジが必要だ」
「いやだね。貴族やらなんやらは懲り懲りだよ」
「そうか」
風が襲い来る。強風ではなく暴風、木をへし折りマチルダを軽々空に舞わした。彼女はそれでも慌てない。宙を舞いながらしっかりとワルドを見つめ、魔法を唱えた。
ワルドのそばにゴーレムが生まれ、土の拳で殴りかかった。それは顔面に命中、したが、彼は霞になった。風の遍在。
マチルダは地面に着地し、身体を思い切り捻った。
肩に痛みが走る。血が飛ぶ。歯を食いしばり蹴りを見舞う。
「――さすがだなマチルダ」
「それはどーも。あんたのせこさに敵いはしないけどね」
マチルダは肩を押さえる。即座に反転したおかげで傷は浅い。
彼女の目の前には脇腹を押さえているワルドがいる。最初から背後に隠れ、遍在で攻撃させたのだ。だがマチルダも経験は豊富。相手の能力がわかっていればどういう作戦を立ててくるかも想像がつくもの。本物が顔を見せるとは砂粒ほども思っていなかった。
「やはりお前の力は欲しい。魔力だけではなくその判断力。レコン・キスタに入れ。
お前ほどのものであればそれなりの地位に着ける」
「いやだっつってんでしょ」
「お前の意見は聞いていない」


杖が唸りを上げて迫った。マチルダはそれを避けながら詠唱を始める。
だが、ワルドもそれは同じ。
『エア・カッター』
『ゴーレム』
ワルドの魔法をゴーレムで防ぐ。錬金が甘かったため簡単に真っ二つになったがその隙にマチルダはナイフを投げた。
「ちい!」
外したマチルダ、かろうじて避けたワルドが発する。
「姑息だな」
「そうさ。あんたみたいにね」
「そう言われれば、もっと卑怯な手を使うことにしよう」
マチルダを暴風が襲う。砂が巻き上げられ、地に踏ん張ることもできなくなり空を飛ぶ。
フライで体勢を変え地上に降り立とうとするが、彼女の視界に杖を差し向ける四人のワルドが見えた。
「マッズイわね、こりゃ」
風が幾重にも重なりマチルダに襲い掛かる。無数の刃に切り裂かれ、細かい傷がつけられる。愛用のコートもずたボロだ。どうにかレビテーションで着地をするも、畳み込むように魔法が向かってきた。殴られ切られ、弱い電撃を浴びせられる。杖は離していないが詠唱する暇がない。このままでは、なぶり殺しにされてしまう。
ちくしょう――
「ぬおあ!」
急にワルドの悲鳴がした。魔法も止む。
マチルダは痛む身体を起こした。見ると、ワルドの遍在が一体消し飛んでいた。そして彼らが睨むその方向には、深緑の男が立っていた。この短い旅で親交を深めた、花京院。
「やはり、きたか」
ワルドが呟く。
花京院は黒眼鏡を外し、懐に収める。
「まるで予測がついてたようですね」
「そうさ。だから、お前の相手も用意している」

地より水が突き上げた。
「これは……」
それは花京院へ向かう。蛇のような不規則な動きで襲い掛かる。しかし、マチルダの知るものよりはるかに速度が遅い。花京院も『法皇の緑』で宝石を打ち出し水を散らした。
「遅いぞ」
「すいませんね。いや、ちょっと準備に手間取りまして」
そう言って、もう一人姿を現した。顔の半分が火傷に覆われている。マチルダと花京院にも見覚えがあった。先日仕置きをしてやった水のメイジである。
名前は、モット。
「なんであいつが生きているんだい」
「ああ、彼は予備の杖を地下に隠しておいたのだよ。それでも、あの火災で気を失っていたようだがね」
詰めが甘かった。マチルダは悔いるが、遅い。
「よくもまあ、あっさり仲間になったもんだね。女を渡してやるとかいったのかい?」
「ああ。性格は誰よりも醜いが、力だけはある。モット殿、そっちの男は任せましたぞ」
「おお!」


モット、すでにレコン・キスタに魂を売った男は花京院を森の奥に引き寄せた。彼にとって予想外だったのは水を使った攻撃をいとも簡単に打ち払われること、それだけだ。
作戦はすでに進行している。
人がいい、その弱点を突く。
「エメラルド・スプラッシュ!」
緑の像から宝石が打ち出される。モットは俊敏さが皆無のため氷を盾にしてそれを防ごうとする。しかし、なにぶん数が多いため二つほど身体に当たってしまった。
しかし彼も水のトライアングル、すぐさま治癒は完了する。
と、続けざまに宝石が飛んできた。魔法使いではない。詠唱を必要としないのだから厄介な相手である。まともにやりあえば力押しされて今度こそ殺されるか再起不能にされてしまう。だが、モットはただの悪党ではない。腐った悪党であった。モットは物陰に隠していたものを引っ張り出した。
「貴様……」
花京院が攻撃を止めて怒りをもらす。モットの腕の中に、裸の女がいた。
その人物はモットの毒牙にかからずにすんだものだった。
「わかってるだろうなあ。お前が動いたら、この女を見るも無残な姿に変えてやる」
「人質とは、随分汚い手を使う」
「なんとでもいえ。俺を舐めてくれた代償だ。お前たちはぜっっったいに、許さん! 出て来い!」
モットの声に応じ、木の陰から武器を持ったものが何人も出てきた。着ている服から傭兵などではなく農民だというのがわかる。しかし、タルブの村のものではなかった。
彼らの中に、姉を救ってくれと懇願してきた少年がいた。彼は顔面に大きな痣がついている。
「……ごめん、にいちゃん。俺は、」
少年の瞳には涙が溜まっていた。恩人に刃を向ける、そのことがどれほど辛いことか。
そして、己に逆らってきたものたちが苦しむさま、それらがどれほどモットに心地よいものか。
「いいか! さっきの使い魔を出すんじゃないぞ! 出したら即刻この女を殺してやるからな!」
花京院はおとなしくスタンドを消した。
「やれ!」

少年とその親であろう者たちは襲い掛かった。慣れていない武器をふるって花京院を殺そうとした。しかし鍬やカマとは使い勝手が全然違ううえ心が拒否をしている。この男を、恩人を殺したくないと。
標的の身のこなしもあって、いつまでたってもこの戦いは終わりそうになかった。だが、モットはここで一つのゲームを提案する。
懐から短い蝋燭を取り出した。
「いいか。これにいま火を点ける。この蝋燭が溶けきって、それでもまだ毛ほどの傷も男になかったら、この女の胸をえぐる」
「人間、ではないな。罪悪感はないのか」
「ざいあくかんんん~? 虫けらどもにそんなものが湧くか! お前たちはただ俺を楽しませればいいのだ!」
甲高い、醜い笑いがこだまする。
「さあ、スタートだ!」
火をつけられて女の家族はもう心の枷を外した。一心不乱で花京院に襲い掛かる。
何よりも大事なのだ。かけがえのないものなのだ。そのためには罪をも犯す。
涙を流し、喚き、剣を振るった。しかし、花京院にはそれでも当たらなかった。
かすりもしなかった。
「おいおい、当たってあげたらどうなんだ?」
「断る。貴様の思い通りにはならない」
「聞いたか? お前たちの姉がどうなってもいいんだとよ。ほら、早く殺してしまえ」
モットはそういうが、花京院は軽々と避けていく。少年たちは何度も当たってくれと泣き叫んだ。
やがて時間が進み、ろうが溶けきろうとしていた。そのときになって、ようやく花京院は己の足を止めた。
「観念したようだぞ! はやくやれ!」
女の家族たちは武器を握り締め、彼を囲んだ。にげようとしなくなったので心の火が急速に勢いを弱めたようだった。
「ほらほら時間がないぞ。早くしないか」
憎い男の声がした。できることならあの人物を切り刻みたい。みなそう思っていた。
しかし、できない。無力であるから、力がないから言われたとおりにするしかない。
じりじりと、女の弟である少年が花京院に近寄っていった。ナイフの切っ先を向ける。
「――ごめん」


少年のナイフは当たるどころかかすりもしなかった。花京院はすっと彼を避けて歩みだした。拍子抜けしたモットだったが、すぐに水を花京院の目の前に突き出した。
「なんのつもりだ? この女がどうなってもいいのか?」
「いや、よくない」
「なら後ろに下がれ。下がって狩られろ!」
「それはやめておく。痛いのは嫌だ」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてない。僕は、たんに貴様の思い通りになるのが嫌なのだ。貴様みたいな小物に従わせられることが。誇りがあるからな」
「誇りだあ? お前みたいな平民がなにを言っているのか。そんなものを口にしていいのは貴族だけだ。俺のような、魔法を使えるメイジだけだ!」
花京院は笑った。
「なにがおかしい」
「おかしいさ。こんなことをしておいて、まだ自分に誇りなんてものがあると思い込んでいるんだからな」
馬鹿にした笑いだった。見下された笑いだった。
それはモットの怒りに薪を注ぎ足す行為だった。
「もう……もういい。お前たちは、泣け。泣き喚け。絶望に身をよじろおおおお!」
花京院の眼前にあった水がモットに飛び掛った。それは女を、身動きのできぬ女を狙ったものだった。
刃はやすやすと肉を突き刺した。

「なあ、なあああああ、なんんでえええ水が俺を刺したんだよおおおおおおおお!」
モットの手から杖が落ち、彼の身体を突き刺していた水は形を成さずに地面に流れた。押さえが外れたためその上に血が流れ落ちる。
人質になっていた女は、モット自身が直前に放したので無事だった。花京院は彼女を抱えて少年たちに向かって歩いていった。
そして大柄な体格をしたもの、恐らく父親に渡した。
「さて、おまえをどうするかだが、どうなりたい。モット」
「ひ、ひぎいい、痛いんだ。痛いんだよおお。な、治してくれええ。杖を取ってくれるだけでもいいからよおおおお」
「そうか助かりたいか」
花京院はモットのところに戻った。
「何も知らないままではかわいそうだ。せめてもの情け、どうして水がお前を突き刺したか、それぐらいは教えてやる。僕のスタンド、法王の緑は紐状になることができる。そして人の身体の中に侵入して操ることができる。僕はお前の意識だけを残し、身体を操った。
さて、それで、これからどうすると思う?」
「た、助けて、助けてくださいいいい。いのち、命だけは、命だけはああ……」
「お前はいままでそう懇願してきたものを助けてきたか?」
いいや、痛めつけて悲鳴を奏でさせた。
「や、やめて、やめて、やめてくれえええ」
「だめだね」
花京院はモットに背を向けた。
「絶望に身をよじり、死ね」
言葉が終わると、モットの中で何かが切れた。彼の人生はここで終結した。


花京院のもとに少年がやってきた。痣だらけの顔には、またしても涙が流れていた。だけど言葉は、生まれてこなかった。謝罪をするべきだ。
礼を言うべきだ。
でも、彼の口からは何も出てこなかった。
「俺、俺……」
花京院は布を当てる。
「その顔、君はあの男に殴られたものだろう?」
縦にうなずいた。片目がつぶれていて腕や足にも傷がついている。
「よくやった。敵わなかったが、それでも君は、この『世界』と戦ったんだ。
誇りに思えばいい。貴族でもないし、魔法も使えないけれども、君は立派だよ」
「……」
「それじゃあね。僕はあの人のところにいかないといけない。今回は駄目だったかもしれないけど、生き残ったんだ。次こそ、いつか危ない目にまたあったとき、守ってやればいい。がんばれ」
「……がんばる」
ぽんぽんと少年の頭を叩き、二人は別れた。

ワルドは改めて杖を構える。花京院とモットは少し離れたところで戦いを始めていた。
「さて、お前の頼みの綱は切れたぞ。フーケよ、まだ下らんか」
「当たり前じゃないか!」
マチルダは地面の土を蹴り上げた。それは魔法で鋭利な刃と化しワルドを襲った。
不意を突いたおかげでいくつか掠めるが軽傷だ。
勢いと重量が足らない。
「どこまで刃向かうつもりだ?」
「そうさね。どこまでもか、ね」
風の拳に殴られる。胃液を吐く。血が出ないことから内臓は大丈夫のはずだ。
打撲ぐらいにはなってたりするかもしれなかったが。
ワルドが近寄り、マチルダを見下ろした。感情のこもっていない瞳。
「お前は、なぜ頑なに拒否をするのだ」
「わからないのかい?」
マチルダは立ち上がる。ふう、ふう、と、荒い呼吸を繰り返す。全身から血が流れ、顔も土に塗れている。圧倒的な敗北、それを前にしている。それでもなお、彼女は以前戦った少年のように強く気高い視線を向けた。
「あんたってさあ、一つのためになりふりかまわず、どんなことでもするでしょう。 どんな汚いことでも、ね」
「ああ。もちろん」
マチルダは笑う。
「だからさ。こんな盗人で、どうしようもないあたしだけど、大切なもんがあるんだよ。
もし、あんたたちに与して、そういうことをして、そこそこの地位を得て、金を得たところで、その大切なもんはきっとあたしから遠ざかっていくんだよ。だから、あんたの仲間になっちゃいけないのさ。だから、あんたたちに――」
マチルダは後ろに下がった。
「負けやしないんだよ!」
杖を振り魔法を使う。その呼びかけに応じ、彼女の足元から大型のゴーレムが生まれ出てきた。
「ふん。くだらん感傷だ。マチルダ、お前には失望した」
「結構だね! やっておしまい!」


命令を受け、ゴーレムは腕を振るった。木々をなぎ倒しワルドを狙う。だがその質量のため動きは遅い。ワルドも風の扱いは一流、蝶のように避け魔法を放つ。それは直撃しないもののマチルダに新たな傷を作っていく。
さらにワルドの遍在も四体に戻り、彼女をペンタゴンのように囲んでしまう。
逃げ場所は、ない。
「まずはその煩わしいゴーレムからだ!」
五人のワルドが同時に魔法を放った。五つの風がゴーレムに食らいかかり巨体を揺らす。破壊力を逸らすこともできず、ゴーレムは粉みじんに砕け散る。土が地面へ降り注いだ。
ワルドはここで気づいた。マチルダがいない。彼女はゴーレムの破壊に乗じてその身を隠したようである。
逃げた、わけではない。土を被り息を殺しているのだろう。ワルドの顔に笑みが浮かんだ。心底滑稽だといわんばかりの。
彼は魔法を使った。風が周囲の土を巻き上げていく。マチルダごと巻き上げてしまいそうな暴風だった、が、彼女は地面に蟻のように張り付いていた。
「無様だな。マチルダよ」
そう言ってワルドは歩み寄る。マチルダはうつぶせになって睨み上げていた。
その瞳にまだ諦めはない。用心をする。
「なにか、まだあるのか?」
ワルドがすぐそばに近寄り、見下ろした。瞬間、マチルダは身体を捻りワルドの身体を剣で切り上げた。錬金で作り上げた剣を地面に埋もれさせていたのだ。
しかし、
「惜しいな。それも遍在だ」
そう言い、ワルドはマチルダの腕を剣杖で貫いた。
「ああ、あああああ!」
「ふむ、妙齢の女の悲鳴か。モットが喜びそうだが、俺にとってはただうるさいだけだ」
マチルダの腹を踏んだ。彼女は息がつまり、悲鳴も止んだ。
ワルドは杖を引き抜いた。
「さて、最期の勧誘だ。レコン・キスタに入れ」

勝敗は決した。兎が虎に勝てぬように、トライアングルはスクウェアには何があろうと勝てはしないのだ。
ワルドはそう思っていた。
マチルダは見上げた。
「あんた、あんたが――………」
「聞こえん。大きな声で言え」
マチルダはつばを飲んだ。
「………あんたが、やったんだ」
「はあ?」
「不思議に、思わないかい?」
「なにをいっている……」
ワルドは気づいた。この最期のときにおいて、マチルダの瞳に絶望というものがないということを。
マチルダは続けた。
「あんたが巻き上げた土。あれは、どこに――」
ワルドは聞けなかった。己の絶叫と、痛みで。
彼の肩に一本の剣が突き刺さっていた。杖が落ちる。
「――な、なんだこれは!」
続けて遍在にも剣が突き刺さり、消えていった。ワルドは上空を睨んだ。空には、信じがたい光景が広がっていた。
剣、ナイフ、それが宙に浮いていた。種類はそれだけだ。だがその数は、空を覆わんばかり。
それほどの無数の刃が彼らに向けて落ちてきていた。
「は、はは、さしずめ『ソード・レイン』っていったところかね」
ワルドはこの土がどこから出てきたのか、すぐに勘付いた。
「貴様、俺が巻き上げた土に錬金を――」
「正解。あたしの風だけじゃ心もとなかったからね。あんたのを利用させてもらった、よ!」
懐のナイフでワルドの足を刺した。
「逃がしはしない。この雨を、受けきりな!」
「よせ! 剣を変えろ! お前も死ぬぞ!」
「それもいいんじゃないかい?」
「そんな! そんな馬鹿な! この俺が、こんなところで――」
ワルドの声が途絶えた。喉を貫かれたからだ。さらに続けて全身を刃が貫く。
剣と血の雨が降った。


マチルダはワルドを蹴っ飛ばした。
彼女の身体には無数の傷がつけられていたが、大きなものは一つもなかった。
自身が作り上げた剣やナイフは当たりはしたが、深くはならなかったのだ。これは運がよかったというのではなく、盾を使ったからだ。
ワルドという肉の盾を。
もはや物言わぬ死体を見下ろし、マチルダは呟いた。
「こういうとき、なんていうのかね」
「正義は勝つ、でいいのでは?」
その声に振り向くと、花京院が立っていた。満身創痍のマチルダと対照的に無傷である。完勝したようであった。
「そっちはどうだったい?」
「少々疲れました」
「あたしはもう動けないぐらいだよ」
花京院が手を差し出した。マチルダはちょっと考えたものの、土と血で汚れたままの腕を差し出した。そのとき、花京院は予想外の行動に出た。
「ちょちょ、ちょっと!」
「どうしました?」
「どうしましたじゃないよ! なんでかかえる必要があるのさ!」
その通り、花京院はマチルダを立たせたのではなく俗に言うお姫様抱っこをしたのだ。
二十を過ぎてこんなことをされては彼女も恥ずかしい。だが、いくら叫んでも彼は彼女を降ろそうとはしない。
「動けないっていったのはあなたじゃないですか」
「それはそうだけど、あたしゃいい年だよ。ちょっとキツイ……」
「我慢してください」
やがてマチルダも体力がないので暴れることをやめ、花京院に身を預けることにした。
しかし、最期に一つ。
「あたしなりの敬意だよ」
魔法を使い、ワルドの体を土に埋めた。墓標はない。
「ああ、もうこれでスッカラカンだ。とりあえず眠るから、説明は頼むわ」
「わかりました」
マチルダは花京院の首に顔をうずめ、静かに眠りについた。

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