ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-20

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匿名ユーザー

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特に何も無い毎日が過ぎていった。大盗賊が襲撃してきたりすることはなく、王女が訪問してきたりすることもなく、どこぞに冒険に出かけるようなこともない。極めて平和な日々が続いていた。それに不満があるわけではない。
しかし、そこに大きな満足もない。いや、ほんの数ヶ月前までなら彼はそれに満足していたのだ。授業を適当に聞き流し、昼休みや放課後には女子にちょっかいを出してみる。本命にばれやしないかというスリルにゾクゾクしながらなんてことのない日々を送っていた。
だが、もう以前の彼ではない。世界はそんな生ぬるいものではなく、いつか襲い掛かってくることを知っている。それなのにどうして学院という籠の中にいられるというのだ。時間はあるようで、ない。戦わなければいけないときは、前兆なくやってくる。そのときのために強くなりたい。
敗北を知り、彼はそう思うようになった。

「決闘だ!」
「あんたいきなり何言ってんの?」
キュルケが馬鹿にするような声で言ってやった。ルイズも呆れた目でギーシュを見た。
「だから決闘を申し込むんだよ。受けてくれるかい?」
「誰によ」
この場にいるのは先にあげた二人とシエスタ、そしてンドゥールである。この四人で何をしていたかというと、またあいかわらず魔法の練習だ。爆発の余波を受けていた
おかげで真っ黒になったルイズはシエスタから濡れ布巾を受け取り顔をぬぐう。
「まさかンドゥールとやるの?」
「その通り!」
「やってあげてンドゥール」
ルイズがそう言うと、ンドゥールは懐から手袋を取り出し、投げた。それは丸めてあったので空気抵抗が弱く、ひゅるひゅるとギーシュの顔に向かっていった。そして当たる直前、その手袋に向かって水が突き上げた。
ギーシュは背筋が寒くなった。その手袋はなんかやばい。彼はとっさに後ろに下がった。すると、彼の少し前に落ちるはずの手袋が突如動き出して喉元に掴みかかってきた。
「ぐえええ!」
水が詰まった手袋に首を絞められた。ギーシュは暴れるも水の力は強く、手袋は離れない。声が出ないので魔法も使えない。
つまり、どうしようもないということである。
決着。


「というかだね、始めの合図も何もなしに仕掛けるのは反則だと思うんだよ。だからあれは僕の」
「負けよ」
「負けね」
「負けです」
「うん。そうだね」
アハハと乾いた笑いをしてギーシュは水を飲んだ。いまはちょっと小休憩、ルイズも精神力はともかく体力が限界に近かったので食事を摂っている。
疲労があるので食べやすい一口サイズのサンドイッチだ。
「それで、いきなり決闘なんてどうしたの?」
「いやだね、その、アルビオンではフーケに負けてしまったからね。今度は勝てるように鍛えようと思ったんだ。それで本とかを読んだりしてて、次は実戦だと、ね」
「相手が悪いわ。ダーリンが手加減してくれたのもわかるでしょ? もうちょっと実力が近い相手と戦いなさいな」
容赦ない言葉。しかし、それは事実。ギーシュは涙を堪えた。
「しかしだね、他のものと決闘しても普通の魔法ぐらいしかやってこないじゃないか。 もっとこう、こっちが驚くようなことをする相手じゃないと」
「なんで?」
「ガチンコでやりあっても仕方ないじゃないか。裏を掻くようなことをしないとフーケのように実力がはるか上の相手には勝てないだろ?」
「なるほどね」
彼の言うことももっともである。キュルケも実戦の経験、といってもちょっとした喧嘩のようなものであるが、単なる力押しで勝ったのは相手が弱く、馬鹿なときぐらいだ。時には頭を使わなければならないときもある。ギーシュはフーケとの戦いで魔法以外を使うことを知ったのだろう。
「それじゃあ、あんたこの子とやってみなさいな」


キュルケが言ったこの子とは、シエスタ、ではもちろんなくルイズのことであった。
「ちょ、正気かい? 君、ルイズは、その」
「成功率ゼロよ。でもねギーシュ、やりようによっては彼女はあんたに勝つかもしれないわよ」
「なんか腹立つわね。その通りだけどゼロゼロ言わないでよ」
「ルイズ、君はやる気なのかい?」
「当たり前よ。舐めてんじゃないわ。シエスタ、離れてちょうだい」
ルイズはまだ乾いていない髪をゴムで縛り、上着を脱いだ。煤で真っ黒になるため安いマントを羽織っていたのだ。
「さあ、始めましょう。負けは杖を落としたらでいいわよね」
「ああ、まあ、いいよ。けど本当にやるのかい?」
「くどい! さっさと構えなさい」
ギーシュはルイズの剣幕に押され、杖を懐から抜いた。だが、彼は心の中でこの決闘にまったく乗り気ではなかった。それは相手が女性だということもあるが、明らかに力が弱いということが大きな原因だった。大体強くなりたいために決闘を申し込んだのだ。弱いものイジメをしたいためではない。
しかし、彼は気づいていなかった。これとまったく同じ状況に以前遭遇していたことに。
そのとき完膚なき敗北を喫したというのに。
「ワルキューレ!」
まず手始めとして、いつかのように自慢のゴーレムを生み出した。
だが本気ではない。
たったの一体だけだ。


爆発が起こった。それはワルキューレを軽々と吹っ飛ばした。
失敗には違いない。しかし、威力は十二分にある。ギーシュはようやく本気で掛からなければいけないと、理解した。
「すまないルイズ。僕は君を舐めていたよ」
「不愉快ね」
「ああ。これからは全力だ」
詠唱し、杖を振った。すると今度は四体のゴーレムが生まれでた。それぞれ手には短めの棒が握られている。
「行け!」
先ほど倒されたものも起き上がり、合わせて五体ものゴーレムがルイズへと襲い掛かっていった。シエスタが悲鳴を上げるが、ンドゥールもキュルケもルイズ本人も動じることはなかった。
爆発が起きる。ゴーレムが吹っ飛んだ。一体ずつとはいえ詠唱は速く、ゴーレムは近づくことができない。正面からは。
「きゃあ!」
ルイズが羽交い絞めにされた。後ろに振り返ると、ギーシュのゴーレムがそれをしていた。前方に意識を集中させ、背後から忍ばせていたのだ。
「降参したまえ」
「い、や、よ」
ギーシュに応じず、彼女は魔法を唱えた。今度の爆発は超小規模で、ルイズを押さえているワルキューレの肩で起こった。それをさらにもう一度することで、拘束は簡単に解かれた。おまけに止めとばかりに

頭と胴体を爆発で抉る。
「さあ、いくわよ」
ルイズは走り出した。その進行を止めようとギーシュはまだ動けるワルキューレを向かわせた。だが、それすらも爆発で吹っ飛ばされる。これは彼女なりの成長である。
最近の練習のおかげで爆発の規模を調整することと対象を選択することがかなり細かくできるようになったのだ。


「食らいなさい!」
ルイズが杖を振るう。ギーシュは腕で守りを固めたが、無意味。爆発は彼を吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
地面に転がる。全身が痛みに呻いていた。馬鹿と鋏は使いようとはよく言ったものだなあ、と、ギーシュは思いながら身体を起こす。と、彼の目に走り寄ってくるルイズが見えた。
このままでは敗退、それは嫌である。三連敗など情けない。ギーシュはどうすべきか頭を悩ませ、逆転の方法を思いついた。
「降参なさい!」
彼の目の前にやってきたルイズがそう命令した。彼女を見上げながら、ギーシュは言ってやった。
「い、や、だ、ね」
「――ッア、」
ルイズの腹を青銅の棒が突いていた。それはギーシュの手に握られている。
彼は土の中に錬金でそれを作り上げていたのだ。
「僕の、勝ちだ!」
そして彼はそのままルイズの杖を弾き飛ばした。くるくると宙を舞い、あとは地面に落ちるだけ。完全な勝利、だと彼は思った。しかしルイズは、勝利を逃すのが我慢ならなかったのか頭が興奮していたのか、おもむろにギーシュをぶん殴った!
「オラァ!」
「へぶ!」
さすがにその反撃は想定できなかった。ギーシュはまともに顎に食らい、杖を放して地面にぶっ倒れた。と、ルイズの杖も地面に落ちた。
「勝ったわ! ちい姉さま、私やりました!」
「いい、いや、ちょっと待ちたまえ! 杖を放したのは明らかに君が先だったじゃないか! これは僕の勝利だ!」
「何言ってるの。勝負は先に杖を地面に落としたほうが負けって決めてたじゃないの」
「そうは言ってもだね、君が殴りかかってきたときにはもう勝負がついてたんだ。
潔く、敗北を認めたまえ」
「潔く? あんたが負けたのよ。あ、ん、た、が!」
「いいや、君だ。勝ったのは僕だ。君が負、け、た、の、だ!」
「違うわ。勝ったのは私。わ、た、し、よ!」
「ぼくだ!」
「わたしよ!」


口論は続くよどこまでも、というわけにはいかないのでキュルケは軽い炎を浴びせてやった。
「落ち着いたかしら。二人とも」
ルイズとギーシュはこっくりとうなずいた。シエスタが急ぎ濡らした布巾を渡す。
結構見た目は悲惨なことになっているがダメージは軽いものであった。
「で、ダーリン、この勝負はどうだった?」
「引き分けだろう」
『そんな馬鹿な!』
「私もそう思うわ。納得しなさい。大体勝ち負けを争うのは二の次でしょ。違う?」
ルイズは口を尖らせ、ギーシュはうつむいた。その通りなのだ。こんな小さなことで争っているのではない。なんとか胸のむかつきを二人は抑えた。
「にしても、二人ともよくやったわよ。強い強い」
「私はあんなもんじゃないもの。手加減してやったんだもん」
「それを言うなら僕だって。わざわざ羽交い絞めしてやったんだぞ。本当ならあの時点で勝負はついていたんだ」
「あら、それを言ったら最初の爆発であんたをぶっ飛ばしてもよかったのよ?」
「なんだと?」
「なによ」
「また口論?」
『イイエソンナコトハアリマセン』
二人は息がそろっていた。

「でもやっぱり修行するにしても全力を出せないんじゃあちょっと問題ありよね」
「そうだな。互いの命を取らないという約束があれば腕は鈍らなくても上達するには
時間が掛かる。アルビオンでのような戦いができればそれに越したことはないのだが」
ンドゥールの言葉にルイズとキュルケ、ギーシュがないないと手を振った。あんなものが何度もあれば修行云々どころの話ではなくなってしまう。
「でも、それに似たようなことならできるわ。ちょっと待ってて」
キュルケはそう言ってその場から離れていった。そして数分後、彼女はどっさりと紙束を持ってきた。
「なんなのそれ」
「これはね、宝の地図よ」
「……また怪しいものを持ってきたね君は」
ギーシュの言葉は全員の心を代弁していた。そんな宝の地図なんていうものは九割九分偽物と決まっているのだ。森林で一枚の葉っぱを探し出すようなものである。
「そんなもの、大抵亜人の巣の奥に宝石が眠ってるとかそんなのだろ?」
「そうよ。だからいいんじゃない」
ギーシュはキュルケの真意がわからなかった。しかし、ンドゥールは理解した。
「その亜人とやらを退治するのが本当の狙いということか」
「正解。さすがダーリン、話が早いわ。チューしましょいだ!」
「寝言は寝て言いなさい」
キュルケの額をルイズが杖で突いたのだった。先は尖っているので痛みはある。キュルケは涙目になりながらも改めて説明した。
「宝探しのついでに亜人と戦って経験を積みましょうってことよ」
「ああ、なるほどね。それなら決闘よりは有効だろう。よし、行こうじゃないか。 亜人退治に」

話はとんとん拍子に進み、シエスタもついて行くと言い出しどうせだからタバサも呼ぼうとなり、大所帯で冒険に出かけることになった。ルイズも最近は訓練と学業だけの生活だったので気晴らしができることが嬉しく、ちょっとわくわくしながら荷を纏めていた。だが、その最中に学院長に呼び出されてしまう。
「何の御用でしょうか?」
学院長室にルイズが入る。中にはオスマンがおり、口にくわえていたパイプを取って声をかけた。
「よく来たの。先日はご苦労じゃった。疲れは癒せたか?」
「は、はい。もう大丈夫です。それで、」
「ああ、呼び出したのは他でもない。アンリエッタ王女に関してのことじゃ。このたび公式に発表されることじゃが来月、王女とゲルマニア皇帝の結婚式が執り行われる
ことになった」
喜ばしいこと、とは一概に思えない。ルイズはあの勇敢なウェールズ皇太子を知っている。姫君は彼を愛していたのだ。その人物が散った矢先に好きでもない男と結婚など。ルイズの脳裏に愛しいアンリエッタが思い浮かんだ。
少しも笑ってない。苦しくなった。先ほどまでの心の躍動は消えていた。
オスマンは顔を曇らせているルイズを見やり、思い出したように一冊の本を差し出した。
「これは?」
「始祖の祈祷書じゃ」
それは王室に伝わる伝説の書物。なぜそんなものを、とルイズが尋ねるとオスマンは説明してくれた。
なんでも王族の結婚式では貴族から選ばれし巫女が『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしがあるという。その巫女に、ルイズは姫から指名されたのだ。
「その、詔は」
「おぬしが考えるんじゃ」
「わ、私がですか!?」
「そうじゃ。ま、草案は王宮の連中が考えるじゃろうがの。だが名誉なことじゃぞ。
王女自らが示してくださったのじゃ。普通の貴族では式に立ち会うこともできんのにの」
ルイズはアンリエッタのことを思うと胸が締め付けられた。彼女のためなら嫌だとはいえなかった。
「わかりました。謹んで拝命いたします」


「そういうわけで、いけなくなったわ」
ルイズはいざ出発しようとしているキュルケたちに向かって言った。事情を説明すると、彼女らもさすがにそれじゃあ仕方ないかと納得してくれた。肝心の巫女が行方不明になっていては結婚式の段取りに問題が生じる。
学院でじっとしていなくてはいけないのだ。
「それじゃあ、その、ンドゥールさんはどうされるのですか?」
「そうねえ。私としては来てもらいたいんだけど」
「だ、そうだ。ルイズ、俺はどうしたらいい?」
いきなり問われて、ルイズは困った。別にンドゥールがずっとそばにいる必要はない。十分働いてくれたのでここいらで羽を伸ばさせてあげたほういいかもしれないし、亜人と戦いにいくのに彼女らだけではいささか不安。トライアングルが二人にドットが一人とはいえ、魔力が切れてしまえば全員ただの人。
そうなったときにンドゥールがいれば守れるかもしれない。
だから、行かせるべきかもしれない。
「ンドゥール、あなたはどうしたいの?」
「そうだな。どちらでもいいが、強いて選ぶとするなら外へいくほうがいい。いまだに俺はここのことをよく知らないのでな」
その言葉にルイズの胸にぽっかりと穴が開いた。
「そう。なら、行ってきて。ちゃんとキュルケたちを守りなさいよ」
「わかった」
ルイズの心を切ないなにかが走りいく。
あれ、どうしたのかしら、これは。

翌日、ルイズは朝日とともに起き上がり、服を着替えて寝癖を直す。そうしてベッドに座り、チコチコと時計の音を聴いて時間を待つ。だが、いつになっても使い魔は入ってこない。
これじゃあ朝食に遅れてしまう、と思ったときに気づいた。
「そっか、いないんだ」
ルイズは小さく呟き、マントを羽織って部屋を出た。始祖の祈祷書をもつことも忘れない。肌身離さず持ち歩かなければならないのだ。とぼとぼと床を見ながら食堂まで歩いていき、時折彼女はハッとなって後ろに振り向いた。けれどもそこに背の高い男はいない。そのたびに違和感が生まれる。
歯車が噛みあっていないような。
食堂で祈りを捧げ、朝食を取り、今度は教室に歩いていくのだがそのときにも何度も後ろを振り向いた。だがいない。当たり前のはずなのに、なんだか気分が悪い。あの音が聞こえないからかもしれない。
ンドゥールの規則正しい、杖の音が。
教室でいつもの席に座り、授業を受けてもまともに集中することができない。
そばにンドゥールがいない、それだけでなにかがおかしい。
「ミス・ヴァリエール、聞いていますか」
「あ、はい。大丈夫です」
「本当ですか? なら――」
そのときの教師はルイズに問題を出した。それを彼女はすらすらと答えた。
授業は聞いていなくともとっくに予習していたのだ。

その日の授業が終わり、風呂にも入ってルイズは自室に戻った。ばったりとベッドに倒れこみ、ごろごろと回ってから起き上がる。
「ンドゥール」
名前を呼んでも返事はない。この部屋にいるのは自分だけだ。いつも藁束の上で耳を澄ましている男はいない。元々彼とは話すこともほとんどなかった。静けさも何もかわらない。ただ、自分の部屋が異様に広く見えていた。
あの男がいない、それだけ。
それだけであるが、ルイズの心には途方もない寂しさが広がっていた。まるで世界でたった一人しかいないような気分であった。いや、それは真実でもあった。
彼女はゼロのルイズと蔑まれ、いつしか殻に閉じこもるようになっていた。それが、ンドゥールの出現で変わった。

彼女の生活に入り込んできたあの男は静かに殻を壊し、外の世界へ連れ出してくれた。そのぶんフーケやワルドといった危険が迫ったが、彼が守ってくれた。
そして、気づかぬうちに孤独からも救ってくれていたのだ。そのことに気づくと、ルイズはベッドに潜り込み、毛布に包まった。そして名前を呼んだ。
ンドゥール、ンドゥール、と。

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