ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-34

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ベッドの上に寝転がり枕下に本を広げる。
いつ果てるとも知らない白紙の祈祷書との睨めっこ。
必要最低限の時間を除いて全ての時間を詔の作成に当てている。
しかし、それでも一向に節どころか句さえも思い浮かばない。
そして、ついには睡眠時間を削っての作業に入っていた。
眼は虚ろ、髪を振り乱し、かつての麗しい彼女の姿は失われていた。
そんな状態でマトモな詔が浮かぶ筈はないのだが、
今の彼女にはそんな単純な判断も出来なくなっていた。
まずは四大系統に対する感謝の言葉を韻を踏みながら詩的に表現。
要は各系統のイメージを形にすればいいのよね。
えっと…火は熱い、水は冷たい、風は涼しい、土は固い。
思いついた通りにノートに書き記してからビリビリと破り取る。
書いている時は気付かずとも再度目を通すとダメなのがすぐ分かる。
いわゆる客観的な視点というヤツだろうか。
いや、それ以前に書いた内容が子供の作文以下っていうのはどうだろうか。

そもそも四大系統に対する概念が曖昧すぎる。
もっと身近にいる人物の系統でイメージすればいいのだ。
そう、例えば…風は無口、火は色ボケ、水は色ボケ、土はただのボケ。
あ、火と水が被った。それに、これじゃただの悪口にしかなってない。
何で私の周りにマトモな人間はいないのだろうと、ぶつくさノートを破きながら文句を呟く。
そもそも人で考えるからおかしくなるのだ。
純粋に系統だけで考えるなら使い魔の方が適任だ。
よし、なんとなくイメージが沸いてきたわよ。
火はきゅるきゅる、風はきゅいきゅい、水はげこげこ、土は…もぐもぐ?
って、これじゃあ鳴き声を並べただけじゃない!
こんなの提出したら末代まで笑いものになるわよ。
よし、気を取り直して再挑戦。
火は影が薄い、風は皆の馬車代わり、土は…。
そこまでノートに書き留めて破き捨てる。
そうよね。マトモじゃない主人の使い魔だもの。
ああ、私ってばなんて巡り合わせが悪いのかしら…。


「火はボウボウ、水はバシャバシャ、風はビュウビュウ、土は……」
壊れかけた言動を繰り返すミス・ヴァリエール。
それを遠見の鏡で見ながらオスマンは溜息をついた。
やはり早めに伝えておいて良かった。
あまり詩的な表現は得意そうではなかったので考える時間を多くしたのだが、
缶詰になった所でいい詔は生まれまい。
せっかく時間があるのだから使い魔と気分転換にでも行ってくれば良かったのだが。
不安を紛らわすようにオスマンは一人パイプを吹かす。
それを咎める秘書は今はいない。
生徒達が里帰りしている間もミス・ロングビルは残っていた。
彼女の故郷がどこにあるのかは知らないし、
ミス・ヴァリエールのように帰りづらい理由もあるのかもしれない。
しかし、ずっと働き詰めというのは酷と気に掛けていたオスマンは彼女に休暇を勧めた。
だが、まだ決心はつかないようで彼女は学院に残っている。
落ち着かないんで、とりあえず秘書の仕事の方は休んで貰っているが。

そして同様に休暇を勧めたミスタ・コルベールは、
かねてから予定していた秘宝探しの旅に出て行った。
時間がないからこそ気分転換を味わって貰いたいものだ。
しかし宝探しとは、子供心というのはいくつになっても変わらない。
儂も若い頃は冒険に心を躍らせたものだ。
群がるドラゴンどもを千切っては投げ千切っては投げの大活躍。
それを自伝にしたら全63巻ぐらいはいくんじゃなかろうか。
題して『オスマンの奇妙な冒険』。
むむ、なんだか爆発的ヒットの予感がしてきたぞ。
思い立ったが吉日。さっそく執筆に取り掛かったオールド・オスマンが、
自分の文才の無さに気付いたのは数時間後に文章を読み直した時の事であった。


「…くぅん」
タルブ村に向かう馬車の中で彼が切ない声を上げる。
果たしてルイズは大丈夫なのだろうか。
朝一人で起きれるのか、ちゃんとご飯は食べているのか、色々と不安で仕方なかった。
なんか主と使い魔の立場が逆転してるが気のせいだろうとデルフは黙する。
「もうすぐですから我慢していてくださいね」
それを馬車旅に飽きてしまったと勘違いしたシエスタがフォローする。
まあ、それも間違いではない。ここ最近、馬車での移動が多かったのも確かだ。
風を切るように飛ぶシルフィードの背と違い、ゴトゴト揺られて走る馬車はどこか好きになれない。
ずっと前、まだ向こうにいた頃にもこうして運ばれていた。
窓も無い鉄の車両の中、自分は檻に入れられて何も分からないまま連れて行かれたのだ、
あの冷たく無機質な研究所の中へと…。
電車がレールの上しか走れないように、自分の運命も定められていた……この奇跡が起きるまでは。

「あ。見えましたよ! あれが私の故郷です」
シエスタの言葉に反応しピクリと耳が動く。
ようやく辿り着いたタルブ村は本当に田舎だった。
しかし彼にとっては物珍しく、それに何故だか心が和んだ。
シエスタと父親が再会を喜ぶ横で、水を差さないように探索に乗り出す。
ふんふんと鼻を鳴らし、あちこちの匂いを嗅いで回る。
その彼の上に影が差した。
見上げればそこにはコルベール先生の姿。
だけど先生がこんな所にいる訳はないから良く似た誰かなのだろう。
世界には似た人が三人居るらしいし……あ、匂いまでそっくりだ。
「君はミス・ヴァリエールの使い魔の…。ここで何しているのかね?」
あ、声も似てる。それに自分の事も知ってるなんて、ますますコルベール先生そのものだ。
「相棒。長旅の連続で疲れてるのは分かるけどよ…そろそろ目を覚ましてくれ」


運ばれてきた鍋を囲みながら一行は歓談に沸く。
勿論、話題の中心はコルベールがここに来た目的についてだった。
「“竜の羽衣”ですか?」
「そうです。それを使えば自由に空を飛びまわれると聞き及んだので」
自分の問いに目を輝かせて答えるコルベールにシエスタが少し苦笑いを浮かべる。
彼の言う“竜の羽衣”とは自分の曾祖父の持ち込んだ物だ。
曾祖父は立派な人物ではあったが変わり者という認識は誰もが持っていた。
一度だけ“竜の羽衣”を見せて貰った事があったが、よく分からないガラクタだった。
そんな物を見せても落胆させるだけだとシエスタがやんわりと否定する。
「でも、アレはマジックアイテムとかじゃないですよ」
「…いや、だからこそ探しに来たんじゃねえのか?」
「はい。推察の通りです」
かなり省略したデルフの言葉をコルベールが肯定する。
意味が分からずシエスタは目を丸くさせる。
マジックアイテムでもなく、人間を自由に飛びまわらせるアイテム。
そんな物は“この世界”には存在しない。
だが、別の世界…相棒が来た世界ならばそういう物があってもおかしくはない。
そして、それに使われているのは魔法ではなく科学技術。
そこから得られる知識はコルベールにとっては何よりの財宝なのだ。
その隣で、彼はお椀に盛られた『ヨシェナヴェ』をガツガツと頬張る。
彼にとっては興味の無い話だったし、想像以上に料理は美味しかった。
しかし彼とは無関係な話ではなかった。
コルベールが注目したのはもう一点。
竜の羽衣の持ち主はそれを使ってこの世界に現れたという点だ。
彼や『異世界の書物』を初め、こちらに来るのは召喚されるケースがほとんどだ。
なのに、その人物は召喚されずに異世界から現れたのだ。
そこに彼を元の世界に帰す手掛かりがあるのではないかとコルベールは予想していた。
そして奇しくもその予想は的中する事となった。

「こちらです」
シエスタが案内する先には奇妙な形の寺院。
丸木を組んで形にしたような門。
何かで白く塗り固めた壁。
縄を巻いて左右に広げ紙を吊るした飾り。
なるほど。これならば風変わりな人物と言われるのも仕方ない。
今までに見た事もない物を拝んでいれば怪しまれるだろう。
だが、これが異世界の風習ないしは宗教だとすれば辻褄は合う。
期待を胸にコルベールは更に足を進める。
そして、不意に彼の足が止まった。
彼の眼前には緑に塗装された異形の巨体。
これを何と表現すればいいのかコルベールは思い付かない。
「相棒、これは……」
デルフの問いに答えず彼は機体へと前足を伸ばす。
確信があった訳じゃない、ただ漠然とした予感があった。
それを裏付けるように彼のルーンが輝き始める。
まるで自分の手足のように末端に至るまで意思が通る。
『零式艦上戦闘機』……それが“竜の羽衣”の正体だった。


「素晴らしい! つまり、これがあればメイジでなくとも空を飛べるのですね?」
「それがよ、相棒によると燃料…風石みたいなもんが無いから飛べないらしいぜ」
デルフの通訳を介し、目の前の物が空を飛ぶ機械と説明した。
コルベール先生が喜んでくれるのは嬉しいが、使い方が分かっても自分では動かせない。
てっきり失望するものだと思っていたコルベールだったが熱は収まるどころか激しさを増す。
「いやいや、これの動かし方さえ彼から教えて貰えば大丈夫。
燃料の方もまるっきり未知の物質という訳ではないようですから錬金で作り出せるでしょう。
それに飛べなくとも、ここから得られる技術はとても貴重な物ですよ!」
もう喜色満面のコルベールは買って貰ったばかりの玩具のように戦闘機を触りまくる。
正直、彼の技術に対する執着は凄いと思った。
彼なら必ずこの戦闘機を空へと運ぶだろう。
そして、いつの日か自分で飛行機を作り出し自由に舞うだろう。
それは人間にしか成し得ない偉大な奇跡。
ルイズとは違う人間の強さを垣間見た瞬間であった。

シエスタの父は呆気ないほど簡単に“竜の羽衣”を譲ってくれた。
価値の分からない人間が持つより分かる人間の方が良い。
それにシエスタを救ってくれた恩人へのお返しになるなら安い物だと笑っていた。
ただ祖父の遺言である“本来の持ち主への返却”は果たして欲しいと付け加えられた。
それにコルベールは同意し“竜の羽衣”は彼の手に渡った。
「ま、どうせ相棒には必要ない物だしな」
自慢の交渉術や唸るほどの金を保有していたデルフがつまらなそうに呟く。
それを聞き流しながら、彼は僅かな疑惑を感じていた。
何でそんな事を考えたのかは判らない。
ただ、なんとなく彼を見ているとそう思えて仕方がないのだ。
「ふう…ようやく運ぶ目処が立ったよ」
運搬の手続きを終えたコルベール先生が疲れたように隣に腰を下ろす。
その彼の顔を、伏せたままの姿勢で彼が見上げる。
確かに疲労の色は出ているが、それ以上に満足そうだった。
不意にコルベールが口を開く。
「知っているかい? 彼女の曾お爺さんはアレに乗ってやって来たんだ」
「………!」
彼の上体が跳ね起きる。
その言葉が秘める意味に彼もデルフも気付いたのだ。
だがデルフは口を挟まない。
コルベールは相棒に話し掛けているのだ。
そこに茶々を入れる余地など無い。
「こちらの世界に来た“竜の羽衣”は二つ。
一つは今、私達が持っている物。そしてもう一つは日食の中に消えたそうです。
もしかしたら…元の世界に戻れたのかもしれません」
かつてコルベールが言った言葉は実現しつつあった。
それが自分の為と信じ彼は力を尽くしてくれた。
喜ぶべき事だって分かってるのに何故か辛かった。
帰る方法など見つからなければ良いのにと思っていたのかもしれない。
そうすればこの世界にいる事を悩むなくて済むのに…。
苦悩する彼の心境を察してもなおコルベールは続ける。

「本当の事を言うと、これは私自身の為にしているんです。
私が君の元いた世界に行ってみたい…そんなワガママなんですよ」
何故?と不思議そうにコルベールを見つめる。
優しげな表情は変わらないのに、彼の顔がどこか悲しそうに映った。
「そうですね。君にとって此処は“楽園”なのかもしれない。
そんな場所から出ていくなんておかしいと思うのも無理ないでしょう」
心配しているように見えたのかコルベールの手が彼の頭を優しく撫でる。
ちょっと薬品の匂いがキツイ大きな手に視界が塞がれる。
むぅと少し離れようとした瞬間、冷たい声が響いた。
「でも此処は“楽園”なんかじゃないんだ」
背筋がゾクリと震えた。
最初は誰の声か分からなかった。
それが自分の良く知る人物から発されたとは思えなかった。
コルベールはそれだけ告げると背を向けて立ち上がる。
「次の日食までには“竜の羽衣”を飛べる状態にしておきます。
それまでに自分の答えを導き出してください。
最良の選択肢が常に最高の結果を招くとは限りません。
だからこそ自分の意思で、後悔のない選択を」
そのまま顔を見せることなくコルベールは立ち去った。

一人残された彼の頭に最後の言葉が残響する。
空を見上げる、そこにはもう馴染みになった二つの月が浮かんでいた。
今夜はやけに空が近くに見える。
前足を伸ばせば月にさえ届いてしまいそうだ。
自由がなかった頃は想像さえつかなかった。
どこにでも行ける事がこんなにも苦しい事だなんて…。


「……誰だい?」
自室で一人、退屈を満喫していたフーケが尋ねる。
無論、部屋には彼女以外誰もいない。
窓を開けると微かだった人の気配が濃密に変わった。
「流石は『土くれのフーケ』…いや、マチルダ・オブ・サウスゴータと呼んだ方が宜しいかな?」
「っ……! 姿も見せずにコソコソと、一体何の用だい!?」
風に乗って聞こえる声が挑発的に耳に響く。
熱くなっては負けなのだが、自分の通り名どころか本名さえ知られていた。
その事が彼女から冷静さを奪っていたのだ。
「これは失礼。夜分に女性の部屋を訪れるのはいささか無礼と思ったもので」
「はん! よく言うよ、勝手に女性のプライバシーを調べておいてさ」
悪態をついてみたが形勢は宜しくない。
わざわざフーケの名を最初に出したのは脅迫だ。
もし、ここで人を呼べば自分の正体を白日の下に晒す気だろう。
「争う気はない、君をスカウトしに来た。我々は優秀な人材を求めているのでな」
「お褒めに預かり恐悦至極、とでも言うと思った?
どこの組織か知らないけど名前ぐらい明かすのが筋でしょうよ」
「これは重ね重ね失礼した。我々の名はレコンキスタ。その行動目的は……聖地の奪還」
その目的を聞いた瞬間、私は笑い飛ばそうとした。
まるで夢物語のような目標を、そいつは絶対の自信を持って告げたのだ。
それが熱意なのか狂気なのか判断は付かない。
ただ学院で腐っているよりは面白そうな気がした、それだけだった。


「はぁ……暇ね」
投げ出したノートを横目に見ながら、ごろりと寝返りを打つ。
気分転換にキュルケ達の所に行ったのだが皆、留守だった。
ギーシュはモンモランシーのご機嫌取りの為だろうけど他の連中は何してんだか。
少し前までの冒険の日々が懐かしい。
戻ってきたらまたどこか一緒に探検に出掛けようか。
その妄想もすぐに尻すぼみに消えていく。
理由は簡単。あいつが傍にいないからだ。
あいつが現れてから一人で過ごす事が無くなったからか無性に寂しさを感じる。
ふと思う。もし、あいつが元の世界に帰ってしまったらどうするのか?
そしたら今居るキュルケ達とも疎遠になって一人ぼっちになってしまうのか。
「やめやめ」
枕を壁にぶつけて八つ当たり。
そんな事は有り得ない。
使い魔を帰す魔法なんて無い。
そんなものは悪い想像にしか過ぎない。
目を閉じて眠りに落ちようとする彼女の耳に窓が軋む音が響く。
「……嫌な音」
まるで嵐の前兆のような風の音に、彼女は何か予感めいた物を感じていた…。


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