ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-33

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「結論を出すのは早急過ぎるのでは?」
「いや、しかし『アンドバリの指輪』が盗み出されたとなれば…」
「そもそもクロムウェルという名だけでアルビオンの司教と断定するのは短絡的かと。
それに偽名を用いた可能性も否定できまい」
「アルビオンが我が国に侵攻してくると? バカらしい!
あの国とは長きに渡って友好関係を保ち続けている。
下らぬ疑惑は関係を悪化させるだけと心得よ!」

モット伯からもたらされた情報によって開かれた臨時会議は沸くに沸いた。
しかし、そのほとんどは否定的な意見が多く具体的な案を出す者はいない。
特に高等法院長のリッシュモンが中心に疑問の声は強まっていく。
一向に会議は進まず“今後の動向を窺ってからでも遅くないだろう”という結論で締め括られた。
次々と退室していく重臣の数々を見送りながらモットは席に着いたまま動かない。
「しかしモット伯がああも働き者だったとは」
「はは。明日は雨が降りますかな」
(…雨で済めばいいがな、事によっては砲弾が降り注ぐ結果になるぞ)
自分を揶揄する声を聞き流しながらモットは一人毒づく。
よくよく考えてみれば人望の無い自分の一言で腰の重い連中が動く筈がない。
せめて、もう少し発言力のある地位に就いておくべきだったか。
だが、今更言った所で何も変わりはしない。
打てるべき手は残さず打っておこうと秘書を呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
「アルビオンの動向を探る。
貴族派でも王党派でも構わん、内部に密偵を送り込め。
腕が立ち、かつ信用できる者から何名か選抜させよ」

秘書を差したつもりが、あさっての方向に向けられる指。
そういえば最後に睡眠をとったのは何時以来だったか。
ミス・ヴァリエールがやって来て即座に城下町へ。
その後、屋敷にとんぼ返りして休む間もなく薬の確認。
さらに材料を求めに国境を越えてラグドリアン湖に。
そして屋敷に舞い戻り、そのまま薬の調合。
それから王宮に赴き報を伝え、そのまま会議に参加。
…凄いぞ私。どう考えても丸一日近くフル稼働してるぞ。
これだけの激務で死なないのが不思議なぐらいだ。


「ワルド子爵などはどうでしょうか?
トリステインでも数少ないスクエアメイジにして枢機卿の信頼も厚い人物です。
多数の『偏在』を使いこなせる彼ならば危険を冒す事なく情報を収集できるかと」
「よし、彼でいこう。いや、もう彼しかない、そうとしか考えられない」
「しかし直属の衛士隊を動かすとなると姫殿下の許可が…」
「そうだったな。ではマザリーニ枢機卿との会談の席を設けてくれ」
「枢機卿はただ今、アンリエッタ姫殿下の婚礼の準備に追われていまして…とても時間を作れる状況では」
「じゃあ、この際だ。姫殿下でも構わんので会談の席を…」
「……………」

秘書が眉を顰める。
既にモット伯の眼は虚ろ、言動は支離滅裂。
姫殿下に拝謁出来ないからこそ枢機卿を橋渡しにという意味ではなかったのか。
もはやモット伯に判断能力は欠片も残っていない。
このまま放置してはただでさえ低い人望は底値にまで落ち、
最悪、変な事を口走って不敬罪で斬首刑になりかねない。
秘書は手を組み、心の中で偉大なる始祖に不忠を懺悔する。
「腕が立つなら平民でも構わん…そうだ、誰だったかな…けしからん乳の…」
「ていっ!」
びしっと首筋に鋭い音が響いたかと思った瞬間、モット伯は机に倒れこんだ。
背後に立つ秘書の手は手刀を形作っていた。
当身を試したのは初めてだが上手くいった物だと感心する。
主が少しぐらい休息を取った所で罰は当たらない。
それにしても実に楽しそうな寝顔だ。
あの少女との時間は余程充実していたのだろう。
彼女に感謝しつつ、よいしょと主人の体を抱えようとした瞬間だった。
ぐぎり!
横を向いたモット伯の首が捻じ曲がり破滅の音を立てる。
それを耳にした秘書の顔が見る間に青ざめていく。
視線の先にはプラプラと揺れる伯爵の頭。
大慌てで医者の所に運ばれたのが幸いしたのか、
モット伯は療養を余儀なくされたものの一命に関わる事はなかった。
『軽いムチウチですね』
医者の言葉に安堵しつつ、あんな音するムチウチがあるのか疑問に思う。
まあ、当分はこれでゆっくり休めるだろう。
白目を剥きながら安らかに眠る主を秘書は温かな視線で見守った。


彼はルイズの部屋の前でウロウロしていた。
ここ最近、彼女は忙しいのか構って貰えず、
周囲に当り散らすような仕草も取ったりしている。
力になりたくても「邪魔!」の一言で追い返されるだけ。
そのような状態のルイズにこんな事を頼むと叱られるのでは?
そう思って行動に移せないのだ。
「いつまでも迷ってんだよ相棒? さっさと言っちまえばいいじゃねえか」
ソリに戻ってきたデルフが無責任に背を押す。
ええいと意を決して専用の入り口からルイズの部屋へと入り込んだ。


事は少し前に遡る。
学院恒例の夏季休校。
その間は学生だけではなく下働きの平民も帰省する。
しかしオスマンやコルベールに料理をさせる訳にもいかず、
帰省の間も一部の平民は残って仕事をしていたらしい。
それで今度は戻ってきた人達と交代で帰省するというのだ。
その中にはシエスタも含まれていた。
「是非、使い魔さんにも来て貰いたいんです」
以前、助けたお礼なのか彼女は帰郷に彼を誘った。
断れば恩を返そうとしているシエスタも困るだろうし、元より好奇心旺盛な彼である。
学院の周辺を探検しつくした今、他の場所にも興味が沸く。
あまり良い思い出はないがラグドリアン湖も綺麗な景色だった。
加えて彼女の語る故郷の味『ヨシェナヴェ』は聞いてるだけで涎が出てくる。
しかし既に休みも終わり、授業が始まる時期である。
そんな中で勝手に休みが取れるものなのか悩んだ結果、ルイズに相談する事にしたのだ。

「…別にいいわよ」
実に簡潔な返答である。
いや、まさかこんな簡単に了承が得られるとは思わなかった。
しかし彼女は付いて行く気はないようで軽くあしらわれた。
というか彼女はそれどころではなかった。
会話の最中もルイズの視線は彼に向いていなかった。
彼女が目を通しているのは一冊の古ぼけた本。
それを前に必死に頭を悩ませる。
(…白紙の祈祷書が何の参考になるのよ)

彼女がこの状況に陥ったのは少し前、学院長に呼び出された日の事だった。
ゲルマニアとトリステインの間で同盟が締結される事となり、
それに伴いアンリエッタ姫とゲルマニア皇帝の結婚が決まったという。
今はまだ婚約という形だが近い内に婚姻が執り行われる。
オールド・オスマンは何の感傷も感じさせずにそう語った。
事実上の政略結婚である。
それが王室に生まれた者の定めであろうと望まぬ契りの辛さに変わりはない。
彼女の心中を察するとルイズも胸が苦しくなる。
しかし何故自分にそんな事を明かすのか、それが分からない。
それを察したのか、ここから本題と言わんばかりにオスマンは一つ咳払いをして区切る。
「王家には古くからの伝統で、王族の結婚式の際には巫女が詔を詠む事になっておる」
「はあ…」
「その巫女は貴族の中から選ばれる事になっておるんじゃが、
姫殿下はミス・ヴァリエール…君を巫女に指名したという訳じゃ」
「はぁ……はああああ!!?」
気のない適当な返事を相槌を打っていた私の口から驚愕の声が上がる。
学院長はさもありなん、さもありなんと髭を弄っている。
いや、ちょっと待って。
確かに小さな頃は一緒に遊んだりした仲だけど。
片や絶大な人気を誇る姫様、片や魔法を使えぬ『ゼロ』のルイズ。
その差は月とスッポンどころじゃない。
何故、姫様はそのような大任を私に与えるのか。
「ちなみに辞退は出来んぞ、そんな前例は一度もないからのう」
辞退しようとした瞬間、学院長は分かっていたようにそれを制す。

「で、でも私には荷が重過ぎます!」
「自分には務まらんとそう申すのか?」
「は、はい。とても私のような未熟者には…」
「しかし姫殿下の事を考えるなら引き受けるべきじゃと儂は思う」
「え…?」
叱るのでもなく諭すのでもなくただ静かにオスマンは語る。
その顔は穏やかで自分が慌てふためいているのが不思議に思えるくらいだ。
そして彼は言葉を続けた。
「望まぬ相手との結婚、ならばこそせめて自分の心からの友に送られたい。
それが姫様の切なる願いではないじゃろうか?」
「………!!」
返す言葉が無かった。
誰よりも姫様の事を理解しているつもりでいた。
それを大任の重圧で見失っていた。
そんな心を見透かすように学院長は私に姫様の真意を説いたのだ。
「分かりました。その命、謹んでお受けしたします」
「うむ。君ならばそう言うと思っていた。
ではこれを受け取りたまえ。それは『始祖の祈祷書』という。
巫女に選ばれた者はそれを肌身離さず持ち歩いて詔を考えるのじゃ」
にこりと人の良さそうな笑顔を浮かべ、オスマンは一冊の本を手渡す。
なんだ、やっぱり参考資料があるじゃない。
この中からそれっぽい小節を引用して詔にすればいいんでしょ? 簡単、簡単。
受け取って適当にどんな事が書いてあるのか目を通す。
「………………」
パラパラとページを捲る度に蒼白になっていく私の顔色。
いや、引用するも何もこの本、何も書かれてないんですけど。
ちらりと見やるとそこには視線を背ける学院長の姿。
「学院長。この本、白紙なんですけど何かの間違いですよね…?」
「……あー、その、なんだ。ミス・ヴァリエール。式の成否は君の双肩にかかっておる。
儂は信じておるぞ、君なら必ずこの大任をやり遂げると!」
「学院長ォォォォーーーー!!」
ミス・ヴァリエールの叫びが木霊する、平日の昼下がりの事。
この日から自室以外で彼女の姿は見た生徒はほとんどいなかったと言う。


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