ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-31

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
少女が走る。
息を切らせながら光届かぬ森の中を懸命に逃げ回る。
だが開拓もされぬ獣道さえない山中の森。
前に進む度に顔や手足を切りつける茨や枝。
あちこちに刻まれる裂傷の数々。
しかし、そんな事に構っている余裕などない。
恐怖に耐えかねて彼女は振り返る。
背後からは障害物を蹴散らしながら迫る怪物。
その破滅の足音が刻一刻と自分に近づいて来る。
(何で私があんな化け物に…!)
誰が何と言おうと自分は真っ当に生きていた。
貧しく小さな田舎の山村だったが文句も言わず暮らしてきた。
食事が乏しくてもそれに不遇を感じた事はない。
少しでも閉鎖的な彼等に溶け込もうと努力もした。
病人や年寄りの看護を熱心にしたり、仕事の手伝いも進んでやった。
村での一日一日をただ一生懸命に生きてきた。
その代償がこれなのか…!?

その怪物は突然、彼女の前に現れた。
彼女の生涯に幕を引くために。
ただひたすらに逃げ回ってどれぐらいの時が経っただろうか。
ひょっとしたら一分も経っていないかも知れない。
張り詰めた緊張感が一秒を何時間にも感じさせる。
「だ、誰か……」
助けを求める声も届かない。
先程まで一緒に居た相手は無残に引き裂かれたのだ。
薄暗い森の中で助けになる人物などいる筈もない。
だが今日は違う。
彼女の脳裏に浮かぶのは水色の髪のメイジの姿。
この山村に訪れた貴族の少女。
そして今もこの森で探索を続けている。
彼女の所に辿り着けば助かる見込みはある。
しかし、このままでは着く前に確実に捕まる。

走りながら彼女が何事かを呟く。
それはメイジの唱えるルーンではない。
まるで木に話しかけるようなその声に応じて木々が蠢き出す。
蔦や枝、根など樹木を構成する末端が怪物の体を絡め取る。
(これで時間稼ぎぐらいにはなる!)
背後に振り返り、彼女は成功を確信した。
だが前へと向き直った瞬間、足に鋭い痛みが走った。
自分の足に目を向けると、そこには数本の針が突き刺さっていた。
しかし致命傷になるほどのものではない。
抜き取ろうと手を伸ばした直後、針は一瞬にして炎上した。
「ひっ………!?」
それは少女の皮膚を巻き込み、全身に燃え広がっていく。
人の焼ける嫌な臭いの中、少女の皮膚がボロボロと崩れ落ちる。
活動を停止した植物を怪物は手足から生えた刃で切り払う。
本来なら人間の手足さえも引き千切る力も怪物の前では無力だった。
「……化け物め!」
焼け落ちた少女の顔の下から出てきたのは別の顔だった。
それは苦渋と敵意に満ちた表情で怪物を見つめる。
その口元に鋭く尖った牙が見えていた。


それはいつも通りの日々だった。
外に出歩かないのを病気がちと偽り、作り出した屍人鬼を養父にして暮らす山村の日々。
苦労して手に入れた少女の皮膚を着る事である程度の日光は遮れた。
行方不明者が出てもオーク鬼の所為になるような辺鄙な田舎だ。
討伐隊など来ないだろうと高をくくっていたのだが、それが間違いだった。
犬を連れた水色の髪のメイジが調査の為に現れたのだ。
しかしメイジの一人や二人ぐらい誤魔化すのも仕留めるのも容易い。
実際に同じような危機に何度も直面した事もあった。

だが少女が連れていた犬、そいつだけは違った。
初めから私の屍人鬼を警戒し、そして私の事も疑っていた。
使い魔でもない犬をどうして連れ歩いていたのか疑問だったが全てが繋がった。
こいつは吸血鬼を感知できる稀有な能力を有しているのだろう。
そう思った私は少女、タバサというメイジを森へと誘導した。
彼女も怪しんでいたが決定的な証拠は何一つない。
吸血鬼が根城にしていると聞けば踏み込まずにはいられない。
そこで先に犬の方を片付ける手筈だった。
上手く彼女と切り離した私の屍人鬼が犬の首を押さえつけ締め上げる。
とても鈍い切断音が響いた。
首が捻じ切られる音はいつ聞いても嫌な物だと振り返った時、
「え……?」
捻じ切れていたのは屍人鬼の腕だった。
そして、そこに犬の姿はなく、
その場にいたのは腕を咥えた蒼い怪物の姿だった……。


目覚めたバオーは目前の敵を躊躇なく破壊した。
前足で五体を引き裂きメルティッディン・パルムで溶解する。
彼は感じていた。
これは既に生物ではない、ゴーレムと同じく人間の形をした道具であると。
だが…かつては人間だったのかもしれない。
それをまるで人形のように作り変えたあの吸血鬼が許せなかった。
命を弄ぶ行為、それが彼の怒りに触れた。

ここに至るまで彼には迷いがあった。
『相手は人間の生き血を吸う吸血鬼』そう聞いた彼は戸惑っていた。
自分達を脅かす者を滅ぼす、それは人間として当然の行為だ。
だが相手も自分達と同じ生物なのだ。
それを自分が殺すのは何かが間違っているのかもしれない。
もし自分が吸血鬼と同じ立場に立たされたらどうするのか?
人間を脅かす者として滅ぼされるのを待つのか、それとも…。
誰よりも生命の尊さを理解できるからこその苦悩。
だが、目の前の吸血鬼はそうではなかった。
そいつは生命の価値も認めずに容易く踏み躙った。
そして、バオーはその生物を完全に『敵』と認めたのだ。
だが死骸が相手とはいえ、人間の五体を裂き存在をも消し去る彼の戦い方は異常だった。
この場にルイズがいたならば我を忘れていたかもしれない。
主である彼女から離れた事でルーンによる制御は弱まっていた。
今の彼は純粋なバオーに限りなく近く、そこに躊躇や迷いなど存在しない。


「あ…あああ……」
木々の間が零れ落ちる陽光が本当の皮膚を焼いていく。
それでも彼女は逃げた。
もはやタバサを捕らえて人質にする事も叶わない。
ただ目の前の怪物が怖くてひたすらに逃げ出した。
そして彼女が辿り着いたのは、
「ああ…」
森の出口、太陽の光が燦々と輝く灼熱の地獄。
彼女の背後には死をもたらす蒼い獣。
進む事も戻る事も出来ず彼女は立ち尽くす。
「…………」
彼女とて無知ではない。
こんな生活がいつまでも続く筈がない。
いずれは人間に討ち滅ぼされる日が来るだろうと覚悟していた。
それが唐突に、何の前触れもなく現れた怪物によって殺されるなどと誰が予想できただろうか。
だが、これこそが相応しいのかもしれない。
私に殺された人間もきっと同じ想いだったのだろう。
だが殺した人間に同情の言葉はない。
私にとっては食料、ただそれだけの関係だった。
真に憐れむべき者は……。

トンとまるでステップを踏むように太陽の下へと躍り出た。
瞬間、ボロボロと全身が焼けて崩れ落ちていく。
砂時計の砂のように命が零れ落ちていくのを感じる。
そんな姿のまま、怪物へと向き直り告げる。
「いずれは貴様もこうなる。
孤独な怪物の末路などそんなものだ。
私と貴様、どちらが早いか遅いかの違いしかない」
果たして言葉など届くのかも判らない。
まあ、どちらでも構わない。
聞こうが聞くまいが結果は変わらないのだから。
「いくら人間に寄り添おうと貴様はただの怪物だ。
今はその力を利用しようと寄って来る人間もいるだろう。
だが、いつの日か貴様も人間に疎まれ滅ぼされる日が来る。
その日が来るまでせいぜい己の生を楽しむがいい。
……この私のようにな」
自分の胸に手を当て口元の牙を剥き出しにした笑みを浮かべながら、
己の生涯を誇るように吸血鬼は消えていった。
それを彼は黙って見届けた。

吸血鬼は消えた。
その死骸も屍人鬼も痕跡を何一つ残さず、
ただ彼の胸に自分の最期を刻み付けて去っていった。


脅威の排除を完了したバオーが元の姿に戻っていく。
勝利の余韻も生存を果たした安堵もない…本当に何もないのだ。
彼の心を占めるのは空虚。
彼女との絆である首輪がか細く感じられる。

彼が吼える。
遠く遥か遠くに響き渡る雄叫び。
会いたい。ルイズに会いたい。
今すぐに抱きしめて欲しい。
そうすれば自分はここに居ていいのだと確かめられる。
それはまるで捨てられた子犬が親を求めるようだった…。

「……………」
ようやく追いついたタバサがそれを見つめる。
寂しげな遠吠えが胸を締め付ける。
その姿は両親を奪われた幼き日の自分そのものだった。
彼はルイズの命に従って自分の任務に付いて来た。
危険な任務でも彼には“力”がある。
最悪、自分の命だけでも守れるだろうと思っていた。
だけど、それは大きな間違いだった。
どんなに“力”が強くとも彼の心は守れない。
私は『あの姿』が彼の本性だと思っていた。
でも違った。あの小さく、か弱い犬の姿こそが彼の姿なのだ。
吼え続ける彼の背をそっと抱きしめる。
凍える体に温もりを与えるように。
母親が泣き出した子供をあやすように。
自分にルイズの代わりは出来ない。
それでも彼女と再会するまでは私が守る。
彼の“力”が命を守るなら、私は“心”を。

手の中の指令書を広げる。
残された任務は後一つだけ。
それさえ終わればルイズやキュルケ達が待つ学院へ帰れるのだ。
落ち着きを取り戻した彼を連れ、私は向かった。
最後の地『ラグドリアン湖』へと…。


「………………」
検証結果にモット伯は頭を抱えた。
どれが解除薬かは特定できた。
しかし、それとは別の問題が浮上したのだ。
「何やってるのよ! どれが解除薬かは判ったんでしょう?
さっさと渡しなさいよ、それ持って学院に戻るから」
横でキャンキャン吠えるミス・ヴァリエールを一瞥しまた溜息。
短時間で終わると宣言したが、彼女は待ちきれずひたすら催促を繰り返した。
それに耐えながらも何とか調べてみるととんでもない結果が出てきた。
よくもまあこんなに続く物だと呆れる程にトラブルが続く。
「……その量じゃ足りないんだ」
「足りないって…ちゃんと三人分持ってきたんでしょう!?」
「ああ。ただし『吸引した場合』の三人分だ」
その返答に、ミス・ヴァリエールの口がポカンと開いたままになる。
彼女も私もうっかり見落としていたのだ。
あの薬の正式な使い方は『吸引』。
それを誤飲した人間に対して同じ量で足りる筈がないのだ。
道理で解除薬の濃度が異常に薄すぎる訳だ。
用法・用量を正しく用いる事の重要さが身に染みて感じる。
「じゃあ今すぐ城下町に戻って…」
「もう無理だろうな」
慌てて出て行こうとするミス・ヴァリエール。
その背後から声を掛けて足を止めさせる。
隠し金庫は晒したままで出てきたのだ。
とっくに衛兵が回収し証拠として保管されているだろう。
そこに手を出すのはかなり難しい。

「諦めてあいつとキュルケの結婚を祝福しろって言うの!?
アンタが原因なんだから何とかしなさい、何とか!」
「待て、落ち着きたまえ!
とりあえず剣をしまいたま…いえ、お願いですからしまってください」
「…アンタも大変だねえ」
鼻先に突き付けられたデルフに同情されながら解決策を思案する。
魔法薬の組成自体は簡単なものだった。
これなら材料さえあれば大量に複製出来る。
後はそれを凝縮する事で強力な解除薬が作り出せる。
問題は…。
「材料だけなんだがなあ」
「金はあるんだから手に入るんじゃねえのか?」
「いや、それが市場に出回ってないのだよ」
大抵の事がお金で解決出来るようになったデルフを羨ましそうに見ながら答える。
ここ最近、『水の精霊の涙』はどこにも入荷されていない。
このままでは秘薬が作れないと宮廷にも苦情が届いているのだ。
トリステインの主な水の精霊の涙はラグドリアン湖に住む精霊から仕入れている。
今は湖が増水し、精霊とのコンタクトも取れないのが現状だ。
とても手が出せる状況ではない。
「売ってないなら取りに行けばいいじゃない」
それを、まるで彼女は『パン買いに行って来い』ぐらいの簡潔さで告げた。
「いや、しかし、相手はラグドリアン湖の水の精霊で…」
「ラグドリアン湖ね。判ったわ、さあ行くわよ」
「あのなあ、仮にも一国の勅使が国境越えるのがどれだけ大事か…」
「知らないし、知った事じゃないわ」
目的地だけ聞くと私のマントを掴みズルズルと引きずっていく。
無謀で浅慮、無鉄砲で向こう見ず。
冒険者とは皆そんな者なのか。
計算ずくめの王宮の連中とは世界が違いすぎる。
ならばこそ、無い物に心惹かれたのは当然か。


「分かった、分かったから千切れる前に私の一張羅から手を離してくれ。
 ……それと君も出掛ける前に着替えてくれ、あの格好に」
「何でよ? ひょっとして……趣味?」
「違う!!」
手を離し距離を取る彼女に声を荒げて必死に否定する。
街中どころか、ヴァリエールの三女と国外に二人旅。
これが見つかり、駆け落ちなどと騒がれたら直属の魔法衛士隊だって追っ手に来る。
そうなったら二人の仲どころか体も引き裂かれかねないからな。
(はあ…全く公爵家の人間と付き合うのは大変だな)
ふと、その長女と婚約したバーガンディ伯爵を思い出す。
あまり親しい間柄ではなかったが何度か顔を合わせた事がある。
会う度にやつれていく彼の姿に驚かされたが、まだ生きているのだろうか?
(…その前に私の方が死んでいるかもな)
自嘲気味に笑う自分の顔。
鏡に映ったその顔はどこか事態を楽しんでいるように見えた。


「くっ……ダーリンを目前にして!」
彼を連れて出て行ったタバサを追いかけ、キュルケはガリア王国に向かっていた。
しかし、その行く手を厳重な国境警備が塞いでいた。
普段なら簡単に通れるが今は違う。
学生であるキュルケはオスマンの許可なくして通行証は手に入らない。
祖国ならともかくガリア王国では不可能だ。
一緒に来たギーシュはトンネルを掘り、地下から国内の潜入に成功した。
その穴を通ろうとしたのが容赦なく塞がれてしまった。
“はっはっは。誰が恋敵の手助けなどするものか”
壁の向こうからそんな事を抜かすギーシュに、
文字通りフレイムと二人で焼きを入れた後で途方に暮れる。
強行突破しようにも相手は国。
ここで騒ぎを大きくしては追い掛ける事も出来なくなってしまう。


空を見上げる。
そこには風を切り舞い上がる巨大な鳥。
「いいわね…私も羽があればダーリンの所に飛んでいけるのに」
恋に障害は付き物だけど“これは無いんじゃないの?”と文句を言いたくなる。
それにしても大きな鳥……って違う。
「シルフィード! シルフィードじゃない!」
おおい、と大きく手を振る。
フレイムも火を上空に吐いて目印の代わりを果たした。
ようやく気が付いたシルフィードが旋回し着陸する。
どことなく元気がなさそうな雰囲気だ。
そもそもタバサの傍にいるべき彼女が離れているのはおかしい。
フレイムを通訳代わりに状況を聞きだす。
(シルフィ、悪い子だからお姉さまに見捨てられたのね!)
うわーん、と今にも泣き出しそうな彼女を前に拳を握りこむ。
彼女の立たされた状況は自分に近い。
自分も愛する者と切り離されて孤独に打ち震えている。
だからこそキュルケはシルフィードの応援をしたくなったのだ。
「そう。貴方の立場は奪われたのね…でも今のままでいいの?
このまま彼がタバサの使い魔になって本当にいいの?」
(イヤ、イヤなのね!)
「ならタバサを奪い返しなさい、それも愛の一つの形……略奪愛よ!」
(…お姉さまを…奪い返す)
「そうよ! 私も手伝ってあげるわ!
私は彼を、シルフィードはタバサを奪い取る!
ほら、お互いの利害は一致したわ! 後は行動あるのみよ!」
(や…やるのね! シルフィ、お姉さまを奪い返すのね)

そんなやる気満々の二人を遠くで眺めながらフレイムは溜息をついた。
(本当にこれで良かったのだろうか…?)
主の命を守らずして何が使い魔だろうか。
しかし、主の事を思うならばあのまま閉じ込めておくべきか。
フレイムが使命と忠義の狭間で苦悩する。
そんな事は露知らず二人は略奪愛に燃えていた…。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー