ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

割れた世界

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匿名ユーザー

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「宇宙の、どこかにいる私の使い魔! 神聖で美しく、強力な使い魔よ! 私は心より求め訴えるわ、我が導きに、応えなさいっ!」
その日何度目か解らない爆発と共に、使い魔を切望していた少女、ルイズは倒れた。
「これはいけませんね。……仕方有りません、皆さんは先に魔法学院に戻って下さい」
魔法学院の生徒達にとって、二年生に進級するための大切な儀式である、サモン・サーヴァント。
それを担当していた教師が、儀式の部隊となった草原から魔法学院に戻るよう、生徒達に促した。
「ミスタ・コルベール」
教師は、自分の名が呼ばれたのに気づくと、声のした方に顔を向けた。
声の主は褐色の肌と燃えるような赤髪を持つ女性であった、彼女は隣国ゲルマニアでは有数の貴族であり、トリステイン魔法学院に留学しているのだった。
「ああ……ミス・ヴァリエールは私が運ぼう。できれば手伝ってくれるとありがたいのだがね。ミス・ツェルプストー」
コルベールは、ルイズの実家であるラ・・ヴァリエール家と、フォン・ツェルプストー家が、仇敵であることをを知っていた。
だが彼女はただの敵としてではなく、ルイズをライバルとして期待していたようでもある、コルベールはその真意を確認するためにもわざと彼女に協力を願った。
「ええ、かまいませんわ」
「次の授業に遅れるかもしれないが」
「この学院の授業は初歩的すぎてつまらないんですもの。それに女子寮は男子禁制ですしね」
コルベールは苦笑した、女子寮に男子を誘い込んでいるという噂の張本人が、男子禁制などと言うのだから仕方がない。
だがそれよりも、ルイズの意識が有れば『誰がキュルケなんかに世話になるもんですか』と意地を張っていたかもしれない、それが可笑しくてコルベールは苦笑いをしたのだった。

コルベールとキュルケ、そしてその使い魔『フレイム』が、ルイズを連れて魔法学院に戻ったのは夕方の事だった。
医務室に運ばれたルイズは治療担当のメイジに身体を検査されたが、問題はないと診断されたので、キュルケがルイズを寮の部屋へと運び、ベッドに寝かせた。
「……明日こそ頑張りなさいよ」
キュルケは、そう言い残してルイズの部屋を出た。

「…………………あ……」
一人部屋に残されたルイズは、蚊の鳴き声よりも細い声を出した。
涙が瞼から溢れ、つつ、と肌を伝い枕へと染みこむ。
実のところルイズには意識があった、だが、声が出ないのだ、それどころか腕も足も動かない。
ルイズは自分の身体が砕け散ってしまったような錯覚に陥っていた、サモン・サーヴァントに失敗した瞬間、突然膝にヒビが入るような錯覚を覚えた。
そして瞬く間にそのヒビは広がり、身体が縦に二分割されてしまうほどの衝撃を感じ、ルイズの身体はまるで麻痺したように動かなくなってしまった。

キュルケの背中に揺られていた時、ルイズは意識の中で何度も毒づいていた。
「なぜレビテーションを使わないの」「背負うなんて恩を売ってるつもり?」「こんなのは屈辱よ、私を侮辱するつもりなの」と。
だが、水のメイジがルイズの身体を診断し終わる頃には、意識の中で悲鳴にも似た叫びを上げていた。
「私は身体が動かないの!」「どうして解らないの、身体が動かないのよ、気絶じゃないわよ」「私に気づいてよ!」

辛うじて出てきた声は、あまりにも小さく、誰にも聞こえない。
ただ悔しさと悲しさが溢れ、涙がそれに呼応するかのように溢れていた。


ルイズの異常に気づいたのは翌日のことだった。
キュルケが朝一番に、ルイズをからかってやろうと思っていたのだが、ルイズがなかなか起きてこない。
意を決してルイズの部屋に入り込み、ルイズを起こそうとしたが、そこで異変に気づいた
ルイズは眼と唇がかろうじて動くだけで、身体の何処にも力が入っていないのだ。
左右の頬をつねり、存分に引っ張っても反応しないので、キュルケは慌てて水のメイジを呼びに行った。

「コルベールくん、これはまずいよ、どう責任を取るんだね」
会議室に集まった教師の一人が、コルベールに冷たい視線を投げかける。
コルベールは会議室中からの哀れみと、嘲笑と、不安そうな視線を受けていながらも、顔を上げ背筋をただして席に座っていた。
「まあ、まちなさい、コルベール君だけの責任ではないわ。何人かの水のメイジも原因がわからんと言っておるからのぉ」
「しかし、これはサモン・サーヴァントを止めなかった私の責任です」
魔法学院の学院長、オールド・オスマンがコルベールを庇う。
だが、コルベール自身が己を許せないのか、ルイズの全身麻痺が自分の責任だと言い始めた。
「まあ待ちなさい、彼女の実家にはもう連絡を入れてあるわい。話はそれからじゃ……決して早まった真似をしてはいかんぞ」
「……はい」
コルベールは、両拳を握りしめて、返事をした。


「ねえ、ルイズ、しばらくこの娘が貴方の世話をしてくれるって」
そう言ってキュルケがが紹介したのは、一人のメイドだった。
「住み込みのメイドで、シエスタといいます。よろしくお願い致します」
ベッドの上で返事もできぬルイズに、シエスタと名乗った黒髪のメイドが頭を下げた。
「じゃ、私は隣の部屋だから、何かあったらノックして頂戴」
「はい」
キュルケは、後ろ髪が引かれる思いだったが、あえてそれを無視してルイズの部屋を出た。
ルイズが全身を麻痺していると知られた後、学院長の号令で魔法学院中の水のメイジがルイズの治療にかり出された。
ルイズの身体には何の問題もなく、むしろ健康体であったため、これは仮病ではないかという疑いの声も上がった。
軽く痛みを与えても、ルイズの身体は条件反射すらほとんど起こさないのだ、これはもう魔法学院では対処できないということで、急遽ルイズを実家に返すことになってしまった。
学院長であるオールド・オスマンがルイズにそれを告げると、ルイズは他の人には聞こえないほどの小さな声で嗚咽を漏らし、涙を流した。


ルイズの食事は、野菜が溶けるまで煮込まれた、栄養たっぷりのスープだった。
噛む力がほとんど残っていないと聞いた料理長が、これを考えたのだそうだ。
「飲み込めますか?」
シエスタがルイズの口にスプーンを運び、質問する。
ルイズはゆっくりと口を動かすと、スープを口の中で味わい、唾液と一緒にごくりと飲み込んだ。
「もう少しゆるくしましょうか? その方が飲みやすいかもしれませんが……」
シエスタの質問に、ルイズは眼で答える。
眼を左右に動かしたときは「いいえ」縦に動かしたら「はい」
簡単な合図だが、ルイズとシエスタを繋ぐ意思疎通の手段は、今はそれしかなかった。

その日の晩、ルイズが尿を漏らす前に、シエスタが尿瓶をあてがってくれたが、不思議と恥ずかしさはなかった。
早くもルイズは、自分の境遇に「あきらめ」を感じていたのかもしれない。


夜中、ルイズは夢を見た、隣の部屋にいるキュルケの夢だった。
彼女は肌の透けて見える下着を着て、自分のベッドに座り誰かを待っているようだった。
なぜこんな夢を見るのだろうかと疑問に思っていると、不意にキュルケの部屋の窓から、男が入ってきた。
男は窓から静かに入り込むと、キュルケのの手を取ってキスをした。
キュルケには男をくわえこんでいるという噂がある、それほ噂ではなくほぼ事実であった。
ルイズは、自分が何故こんな夢を見るのだろうと、諦めにも似たため息を出した。
男がキュルケを抱きしめ、ベッドに押し倒そうとしたが、キュルケは手で男を軽く押しのけて唇に指を当てた。
「がっついちゃ駄目よ、物音を立てたら聞かれるかもしれないわよ」
悪戯を思いついた子供のような、含みのある笑顔を見せる、男はそれを聞いて鼻で笑った。
「隣のヴァリエールのことか?はは、ゼロなんかに遠慮することはないよ、せいぜい聞かせてやろう」
男がそんなことを口にした瞬間、ツェルプストーの顔つきが変わった。
その眼は怒りが見えており、男はそれを見てたじろいだ。
「帰って」
「お、おい」
男を押しのけて、キュルケはベッドから立ち上がる。
「どうしたんだよ、キュルケ、いつもバカにしているゼロに何を遠慮するんだ」
「わたくし、デリカシーのない男は嫌いでございますの」
冷ややかな視線に気圧されたのか、それともいつの間にか手にしていた杖で焼かれるのを恐れたのか、男はすごすごと窓から出て行った。

「………ふーっ…」
一人部屋に佇むキュルケが、大きくため息をつくと、ボサッと音を立ててベッドに座りこんだ。
「ルイズがあんなんじゃ、張り合いが無いじゃない」
そう呟いて、首だけをルイズの部屋側に向けた。
「早く、治りなさいよ」

ルイズは、これが夢だと思っていた。
だからこそ本心をさらけ出せたのかもしれない。
夢の中でツェルプストーの正面にまわり、肩に手を置こうとした。
肩に手が触れた瞬間、キュルケは肩に置かれた『何か』の感触に気づき、正面を向いてルイズを『視た』


「……!」
フッと夢から覚め、ルイズは薄暗い部屋の中で目を覚ました。
月明かりの中でキョロキョロと視線だけを動かしていると、扉がキィ…と小さな音を立てて開いた。
「ルイズ…?」
部屋に入ってきたのは、下着の上にマントを羽織ったキュルケだった。
「起きてる?」
抜き差し差し足でルイズに近寄り、その頬を軽く突っつく。
ルイズはあえて寝たふりをしてやり過ごすことにした。

「さっき、あんたが起きた気がしたんだけど…気のせいだったのかしら」
動けぬルイズの頬を、つんつんと突っつきながら、キュルケが続ける。
「早く良くなりなさいよ…あんたが居ないと張り合いがないんだから…」

そう言ってキュルケは部屋を出て行った。
後に残ったルイズは、キュルケの意外な言葉と、さきほど見た夢が夢ではないことに気づき、しばらくの間何も考えることができなかった。


翌日、魔法アカデミーの研究員である実姉、エレノオールがルイズの元を訪れた。
何人かの研究員を引き連れてルイズの身体を検査し、異常がないことを確認すると、エレノオールは”いつものように”ルイズの頬を掴んで左右に引っ張った。
「このおちび、何とか言ってみなさい、ほらほら」
脇の下や足の裏をくすぐっても、ルイズは反応しない。
ただ眼をキョロキョロと動かすだけのルイズを見て、エレノオールの眼からも自然に涙が溢れてきた。

ルイズは、もう一人の姉であるカトレアのことを考えていた。
カトレアは生まれつき病弱で、誰かと結婚できたとしても跡継ぎを産めるか解らないほど身体が弱い。
魔法学院で一人前のメイジになって、姉を治してやりたいと考えていたルイズだったが、自分がこんな目に遭うとはまったく思っていなかった。
それを考えると目の前で涙を流すエレノオールに申し訳なくなり、ルイズは小さな声で「あ……う……」と声を漏らしたのだった。


エレノオールは学院長との話し合いで、二日間は魔法学院でルイズを預かって欲しいと頼んだ。
ルイズを実家に送るためには、揺れの少ない馬車を手配する必要があると判断したのだ。
そのためあと二日の間、ルイズは魔法学院で過ごすことになった。

エレノオールが帰った後、シエスタはかいがいしくルイズの世話をした。
風呂に入れないため、身体を清潔にするには拭くしかないし、食事もスープしか食べることはできない。
幸いにも、視線、口、排便、排尿だけはある程度ルイズの自由になったので、ベッドを糞便で汚すこともなかっった。
それでも尿瓶を使わなければ排尿もできないので、十分屈辱的だと思えたが、二日目になるとルイズもシエスタに感謝するようになっていた。
口には出さなかったが、シエスタは老齢の曾祖母を介護していたことがある。
ある程度なら、寝たきりになった人でも何を望んでいるのかが解るのだとか。
シエスタが居なければ食べることも何もできない、それを十分に理解したルイズは、改めて自分の貴族らしさを考えた。

忠孝には、報いるところがなければいけない。
シエスタが自分の世話をしてくれたことに対して、何らかの礼をしなければ、自分は貴族として本当に失格になってしまうと、ルイズは嘆いた。


真夜中になり、ルイズは肌寒さを感じた。
昼間は少し暑いぐらいだったので、シエスタが窓を少し開けておいてくれたのだが、夜中になると思ったより冷え込む。
先ほどから降り始めた雨がだんだんと強くなり、ザァザァと地面や屋根を叩く音が聞こえてきた。
風は吹いていないが、雨のせいで気温が低くなっていると解った。。
自分に魔法が使えたら、窓を閉めるぐらいはできただろうかと思うと、扉の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
ルイズの部屋の扉が静かに開かれ、中に入ってきたのはシエスタだった。
シエスタが足音を殺しながらルイズの部屋の窓を閉じると、廊下にいたキュルケがシエスタを手招きした。

「ちょっといいかしら」
「は、はい」
部屋の扉が閉じられると、静寂がルイズを支配した。
扉の外で、二人は何をしているのだろうと気になり、ルイズはその方向へと『意識を向けた』
ふわりと、石膏細工のように砕けた身体が、自分の身体から抜け出ていったような気がした。


廊下ではシエスタとキュルケが、小声で話をしていた。
「ルイズの容態って、どうなの?」
身体を性的に演出するような下着ではなく、装飾の少ない地味目のナイトドレスを着たキュルケが、シエスタに耳打ちした。
「私にはよく解りませんが、昨日から何も変わっていないと思います」
「そう……呼び止めて悪かったわね」
そう言って部屋に戻ろうとするキュルケを、今度はシエスタが呼び止めた。
「あの」
「何?」
「ミス・ヴァリエールを、気にかけてらっしゃるのですか」
「なんでそんなこと聞くのよ」
「も、申し訳ありません、その、オールド・オスマンから『隣の部屋と仲が悪いから気をつけろ』って注意されました」
「まあ、それは否定しないわよ」
「でも、私が来なければ、きっとミス・ツェルプストーがミス・ヴァリエールの部屋に入って、窓を閉めようとしたのかな…と思いまして。申し訳ありません、変なことを聞いてしまいました…」

頭を下げるシエスタを見て、キュルケは少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「ルイズには内緒よ、あの子意地っ張りだから。貴方が来てくれて良かったわ」
「もったいないお言葉です」
「じゃあ、お休みなさいね…」

そう言ってキュルケが部屋に戻ると、突然、ドォンという音と共に、魔法学院全体を揺らすような地響きが伝わってきた。


「何!?」
キュルケがその音が異常だと気づき、慌てて窓から外を見た。
すると魔法学院の宝物庫の方に、何か巨大なモノが動いているのが見えた。
「あれは、宝物庫?」

そこで最近噂になっている盗賊のことを思い出した、土くれのフーケという盗賊が、有名貴族の宝物庫に忍び込み、宝物を盗んでいるという話だ。
何百というメイジのいる魔法学院の、宝物庫を狙うような盗賊と言えば、それぐらいしか思い浮かばない。
キュルケはドレスの上にマントを羽織ると、窓を強く開け放ち雨の降る外へと飛び出た。
「安眠妨害なんて無粋じゃなくて?」
そう言いながら、宝物庫の壁を叩く巨大なゴーレムを見据える。
よく見るとゴーレムの肩には誰が人間が立っていた、おそらくそれがゴーレムを操る張本人だろう。

「意外と早く見つかっちゃったわね」
ゴーレムの肩に乗った人物は、キュルケの姿を見て毒づいた。
「あれは『微熱』のキュルケね…トライアングルだろうが、この雨の中で火のメイジがどんなものさ!」
ゴーレムの肩に乗った人物は、雨の中自分に立ち向かってくるキュルケに、攻撃対象を変えた。

雨の中でも一向に勢いを衰えさせない炎が、土くれのフーケに向けて放たれる。
濡れたゴーレムの表面を、舐めるように炎が流れるのを見て、フーケは舌打ちした。
慌ててゴーレムの身体を波打たせ、炎を散らす。
だがその時既にもう一発のフレイム・ボールが土くれのフーケめがけて放たれた。
フーケは濡れたゴーレムの土で自身の身体を包み込み、炎をやり過ごす。
そして巨大なゴーレムの身体をいくつもの石つぶてに変え、勢いよく腕を振る。
するといくつもの石つぶてが雨に混じってキュルケへと降り注いだ。
キュルケはフライの呪文を唱え、地面を滑るように移動して石つぶてを避けた。

土のトライアングルであるフーケと、火のトライアングルであるキュルケの戦いは、まさに命の奪い合いであった。


ルイズの意識はいつになくハッキリしていた。
自分ではない『誰か』の視点で、窓から外を見つめる。
キュルケが巨大なゴーレムと戦っているが、ゴーレムを操るメイジの方がキュルケより上手だと見受けられた。
炎を操り果敢に攻めていたキュルケも、だんだんとゴーレムに追いつめられようとしていた。

意識を集中させれば、まるで風系統の『遠見』のように、キュルケとフーケの戦いがハッキリと見えた。
ハッキリと見えるからこそ、キュルケが追いつめられているのだと理解できたのだ。

(ツェルプストー…!)
「つ  ……と……!」
魔法が成功しない、ゼロのルイズという不明よな称号を与えられて以来、こんなに魔法を切望したことはない。
宿敵とか、ライバルとか、そんなことはもうどうでもよかった。
キュルケに加勢したいと、心から切望した。

砕け散ったはずの身体が、震える心と共に修復されていく。
左右に分かれた身体、砕かれた足の隙間が埋められていくのが解る。
心の震えに合わせて、毛布の中でルイズ左手が輝きだした。


「早まったかしら、ねっ!」
キュルケは毒づきながら、ゴーレムの腕を避けた。
ゴーレムの腕は鉄の鎖に練金されており、まるで鞭のように広範囲の地面を叩いていく。
一発でも食らえば身体がズタズタになるのは目に見えていた。
キュルケの炎なら鉄を溶かすことなど容易いが、相手は土系統のエキスパートらしく、鎖には『固定化』がかけられており、魔法による炎でも簡単には溶かせないようだった。
「鎖にばかり気を取られていいのかい!」
「!?」
キュルケは足が不自然に沈むのを感じた。
いつの間にか地面が不自然に盛り上がり、キュルケの足を捕らえていたのだ。
「これで終わりだよお嬢ちゃん!」
ゴーレムの腕がキュルケに向けて振り下ろされる、その瞬間、キュルケは死を覚悟した。


ズドォン、と大きな地響きを立てて、ゴーレムの腕が地面をえぐった。
「………?」
キュルケは自分に振り下ろされるはずだったゴーレムの腕が、見当違いの場所を叩いているのを見て、しばし呆然とした。
それはフーケも同じだった、ゴーレムの腕は地面を叩いたのではなく、地面に落ちていたのだ。
何か巨大なパワーがゴーレムの腕を吹き飛ばしたのだと、フーケは感じていた。
だからこそ『ウインド・ブレイク』で腕を吹き飛ばされたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

なぜなら、キュルケの隣に立ち、寝間着姿で自分を見上げている少女が、『ゼロ』と呼ばれているのを知っていたからだ。

「ルイズ!あんた」
キュルケがルイズの名を呼ぶと、キュルケの足下の泥が抉られるように左右に吹き飛んだ。
「別に、あんたを助けようと思った訳じゃないんだからね!安眠を妨害されて、ちょっと怒っただけよ!」
視線をフーケから外さずルイズが言い放つ。
その迫力に、キュルケの心もまた、喜びにうちふるえた。
よく見るとルイズの身体は泥にも雨にも濡れていない、まるでルイズの身体を避けて雨が降っているよう…
いや、ルイズの身体を、見えない何かが包み込んでいると言った方が適切かも知れない。


「援護して!」
キュルケにそう言うと、まるで『フライ』でも唱えたかのようにルイズの身体が宙を舞う。
ルイズの蹴った地面が、爆発したかのように泥をまき散らした。

フーケがゴーレムの腕でルイズを捕らえようとするが、ルイズに接近した途端ゴーレムの腕が跡形もなくバラバラに吹き飛ぶ。
「無駄、無駄よ!」
ルイズは自分とフーケとの間にあるモノすべてを吹き飛ばしつつ、フーケに接近した。
「ひっ」
凄みとでも言うのだろうか、ルイズの放つ異様なオーラに恐れおののいたフーケは、残り少ない精神力を振り絞って鉄の壁を作った。
ルイズの突撃を防ごうとした苦肉の策だったが、それは明らかな失敗だった。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーーーーーッ!!!!!」

ルイズは厚さ20サントの鉄の壁を、まるで石膏細工のように粉砕した
「うぐぅっ!?」
勢いよく弾かれた鉄の破片を、勢いよく身体に受けて、土くれのフーケは宙に浮いた。
「……」
ぱくぱくと口を動かしながら地面へと落下し、土くれのフーケは意識を手放した。



崩れたゴーレムの上に、ドシャッ、と音を立ててルイズが着地すると、キュルケが駆け寄ってきた。
ルイズの左手についたルーンが発光を止めると、ルイズの身体は糸が切れた人形のように地面へと倒れた。
「ルイズーッ!」
キュルケがルイズを抱き起こす、ルイズの身体は力を失ってぐったりとしていた。
「ルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズ!」
心配してルイズの名を連呼するキュルケに、ルイズは辛うじて聞き取れるような細い声を出して、返事をした。

「ちょっと…漏らしちゃった…わ……汚い……から……触ら…なくて…いい」
何が汚いものか、何が遠慮することがあるのかと言葉で出す代わりに、キュルケはルイズを抱きしめた。



雨の音に混じって風の音が聞こえると、雨脚が急に弱くなり、雲の切れ目から月が顔を覗かせた。
月明かりを受けたルイズは、暗闇に光が差し込む晴れ晴れとした気持ちを感じていた。

弱々しいルイズの腕がキュルケを抱きしめる。

互いに抱きしめている相手は、もはや仇敵ではない。

良きライバルとしてお互いを認めた二人は、この『世界』の運命の歯車がガッチリとかみ合うのを実感した。


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