ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-30

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匿名ユーザー

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陽の光さえ差し込まない薄暗い洞窟。
長い年月を経て獣の牙のように尖った鍾乳石から水滴が伝う。
光源と呼べるものはただ一つ、大気を震わせながら咆哮を上げる此処の主の息吹のみだ。
その灼熱の炎は岩山を溶かしてこの洞窟を作ったという伝説まである。
たとえメイジであろうと人間に抗う術などはない。
そうして村の人間は自分達を守る戒律を作った。
村が襲われぬように定期的に竜に生贄を差し出す事に決めたのだ。
それは決して破られぬ事なく続けられ、遂に私の番を迎えた。
覚悟は決めていたにも関わらず膝が震える。
断れる筈などなかった。
病弱な母を連れて逃げ出せる勇気も力もない。
何より自分の我が儘で村の人達を犠牲には出来ない。
家族のように自分に接してくれたあの人達を。

竜の手が私へと伸ばされる。
瞳を閉じて最期の瞬間を受け入れる。
だが、いつまで経ってもそれは訪れなかった。
代わりに上がったのは巨竜の絶叫。
伸ばされた腕は一筋の剣閃により断たれていた。
それは決して抗えない存在だった。
その怪物が、絶対的な地位に君臨していた暴君が腕を失い困惑する。
怪物の眼下には自身を傷付けた剣士。
初めて目の当たりにする脅威に、嵐のように吹き掛けられる灼熱の吐息。
それを避けながら尚も剣士は竜に挑みかかる。
幾度の攻防が繰り広げられただろうか、
遂に炎の真下を掻い潜った剣士が竜の喉下に剣を突き立てた。
同時に不動だった巨体が地響きと共に崩れ落ちる。
喰い込んだ刃はさながら竜の墓標のよう。
それで全てが終わったのだと私は理解した。
竜を討ち果たした剣士が私へと歩み寄る。
そして彼は、私に…。

「わんっ!」

ガタガタと揺れる馬車の中で私は目を覚ました。
思った以上に熟睡していたのか、垂れていた涎を袖で拭う。
手には彼から貰った魔法薬の本。
道すがら読んでいたが途中で眠ってしまったようだ。
思えばここ数日、モット伯の一件以来ほとんど睡眠を取っていなかった。
それというのも眠る時間が惜しかったからに他ならない。
もしかしたら母様を助けられるかも知れない、
そう考えると一日でも早く読破したいという気持ちに駆り立てられた。
キュルケがいたなら『睡眠不足はお肌の大敵』とか『寝ない子は育たない』と言っただろう。
正直、同年代のタバサからしてもキュルケは育ちすぎだと思う……色々と。
自分の胸にぺたぺたと手を当てながら、視線を横に向ける。
そこには一匹の犬がスヤスヤと寝息を立てていた。
変な夢を見たのは彼の所為か。
以前にも“イーヴァルディの勇者”の夢を見た事はある。
その時の勇者は自分自身か、生前の時は父だった事もある。
キュルケが出てきた時には恥ずかしくて顔を合わせられなかった。
心のどこかで自分が頼りにしている相手、それが夢の形で顕れるようだ。
彼が出てきたのは薬の影響下にあるからだろう。
以前ならそれを自分の甘さと認識した。
だけど今は違う。仲間を頼る気持ちは弱さじゃない。
そう心から思えるのだ。

そんな自分の気も知らず、彼はごろりと寝返りを打つ。
お腹を見せる無防備な姿がどことなく自分を誘っているように見えてならない。
うずうずと好奇心をくすぐられ、彼の肉球へと手が伸びる。
「……………」
ぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷに……。
興奮のあまり飛びそうになった意識を繋ぎ止める。
薬の効果で愛情を植えつけられた彼女にとって、それは魔性の魅力だった。

国境を越え、既に馬車はガリア王国内。
窓の向こうにはガリア王国指折りの観光スポット、ラグドリアン湖が広がっている。
……否。広がり過ぎている。
湖畔の近くに建てられた民家が皆悉く水没し、
僅かにそれらの屋根だけが水面から顔を出している。
嵐か何かで増水したのかと思ったが違うようだ。
ラグドリアン湖が氾濫する程吹き荒れたのなら、ここに来るまでの道も無事では済まない。
しかし薙ぎ倒された木々や土砂崩れなど何一つ目にしていない。
(…何か良くない事が起きている)
もし嵐が来るとしたらこれからだ、と彼女の勘が告げていた。

時を同じくしてトリステイン国境。
そこでは警備の衛兵達が警戒網を張り巡らせている。
隣国が不安定な情勢にある今、何が起きてもおかしくない。
密偵、工作員、刺客など各国からの敵に注意を払う必要がある。
故に不審な人物は誰一人として見逃さない。

その彼等が動けずにいた。
たった一人の少女を前に成す術なく立ち尽くす。
平民とはいえ鍛え抜かれた兵隊達がだ。

その少女が身に纏っているのは魔法学院の生徒の物。
しかし、それはこんな煽情的な服装だったろうか?
サイズが違うブラウスは胸を隠すに留まり、へそは完全に丸出し。
そして僅かに残された生地も完全に胸を覆う事は出来ていない。
押し当てられた胸がハッキリと形に浮かぶ。
スカートにいたっては腰布と言ってしまってもいい。
下着を隠すという本来の目的を理解しているのか。
元々の女性的な体つきが密着した布によってアピールされる。
むしろ服を着ている方が恥ずかしく思えるという不思議な感覚。

「んん~、お姉さまの馬車を知らないのね?」
少女が衛兵に何の警戒感もなく話し掛ける。
その正体は風の精霊の力を借り人の姿に変装したシルフィードである。
一晩置いて頭を冷やした彼女はタバサを追いかけていた。
そう。あれは薬による一時的な気の迷い。
自分が傍にいなくてお姉さまも寂しがっているに違いない。
(今謝れば許してあげない事もないのね)
しかし人と喋る事をタバサに禁止されている為、聞き込みも儘ならない。
そこで人に姿を変え、タバサの予備の制服を勝手に持ち出し着替えたのだ。
(人間ってどうしてこんな窮屈な格好するのね、きゅいきゅい)
裸でいるのはマズイと知っていたが、
サイズが合っているかどうかなど彼女には判らない。
しかし、ある意味それは良い方向に作用した。

「い…いや、馬車と言われても日に何台も通ってるからなあ…。
せめて特徴があれば話は別だが」
男達の鼻の下が伸びる。
町の警備と違い仕事帰りに一杯とはいかない国境の仕事である。
そんな所に痴女めいた格好の麗人が現れたのだ。
それはもう下心満載。仕事そっちのけで彼女を食い入るように眺める。
そして彼女の機嫌を損ねないように質問に答える。
「うー、お姉さまはこーんなメガネ掛けてて、それでいつも本を読んでいるのね」
指先で丸を作って眼鏡のフレームを真似て顔を近づける少女。
その際に張った胸が大きくたわんで弾む。
彼女の胸の動きを衛兵達が目線で追いかける。
「えーとねー、お姉さまはシルフィと同じ髪の色してるのね」
「同じ色……ああ、そういえば」
彼女の話す特徴に当て嵌まる人物は覚えがあった。
しかし、すぐに思い至らなかったのも仕方ない。
“お姉さま”と言われて彼女より年上の人物を想像したのだ。
あんな少女が彼女の探してる人物だったとは…。
同じ髪とはいえ実の姉妹ではないだろう。
もしかしたら、そういう意味での“お姉さま”なのか…?
一見して大人しく見える少女が夜になると豹変し、目の前の女性を攻め立てる。
そんな倒錯的な光景が思い浮かび、男達は鼻に熱い物が込み上げるのを堪えていた。
確認の為に自分が覚えている特徴を少女に語る。
「あの長い杖を持った…」
「そう! そうなのね!」
「犬の使い魔を連れている少女だろう?」
「…………!」
あの犬が使い魔かどうか聞いた訳ではない。
他に使い魔らしい物がいなかったので勝手にそう思っただけだ。
しかし、その彼の返答が思わぬ勘違いを生むなど誰が予想しただろうか。
「……ふぇ」
「お、おい! どうした嬢ちゃん?」
「ふぇえええええん!! シルフィ、お姉さまに捨てられたのね!」
突然、雷が落ちたかのように泣き始める少女。
衛兵が呼び止める間もなく彼女はそのまま走り去った。
その速度ときたら暴れ馬にも匹敵する。
まるで現実から逃げ出すように駆ける彼女の背が見えなくなっていく。
唖然とした表情のまま、衛兵達はそれを見送った。
その日の定期報告の際に彼女の事をありのままに伝えた彼等は、
医師の診察を受けた後、神経症と診断され念願の城下町の警備に転属となった。
そこでアニエスに徹底的にしごかれて本当に神経症になりかけるのだがそれは別の話。

「くぅぅぅ……」
彼が応接室で背筋を伸ばす。
続けて後ろ足を一本ずつ伸ばす屈伸運動。
馬車の長旅は退屈ではなかったが酷く窮屈だった。
しかし、色々違った風景を楽しめたので良しとする。
出来れば外に出て駆けずり回りたい気分なのだが、
主からタバサの事を頼まれている以上、そうもいかない。
そして当のタバサは自分にここで待つように言ったのだ。
どのような理由なのかは判らないが彼はそれに従った。

その彼を執事のベルスランが見下ろす。
最初こそタバサに抱えられた彼の姿に驚かされたが、
久しく見ぬ彼女の温和な表情に、この忠実な老輩は感動を覚えた。
例えそれが薬の所為だとしてもお嬢様の安らぎになるならそれも悪くない。
彼は心の奥でそう思っていた。
奥様を救おうとするお嬢様の気持ちは誰よりも理解できる。
しかし、その為に心を砕くお嬢様の姿は見るに耐えない。
彼女には彼女の人生がある。
それを棒に振ってまで奥様に尽くす必要はない。
(いっそ奥様の事は忘れ一人の女性として幸せを…)
無論、不忠である事は理解している。
それでも笑顔を忘れた彼女の姿を見る度に、そう思わずにいられなかった。

瞬間、甲高い破砕音が鳴り響いた。
その異変に彼と老執事が互いに顔を見合わせる。
即座にベルスランは事態に気付き、タバサの下へと向かう。
その後を彼が追いかける。
先を急ごうにも彼一人ではタバサの居場所どころか扉も開けられない。
胸騒ぎに掻き立てられながら彼は走った。

彼が辿り着いたのは屋敷にある私室の一つ。
そこで彼が目にしたのは部屋の端で頭を下げるタバサの姿と、
ヒステリックに叫ぶ痩せこけた女性。
それを前にしても表情を一切変えることの無いタバサ。
その額から一筋の血が流れ落ちる。
タバサの足元には砕けたグラスの破片が散らばっていた。
恐らくはそれを叩きつけられたのだろう。
「下がれ! 下がりなさい!」
尚も相手はタバサに執拗に罵倒の声を浴びせる。
警戒の唸り声を上げる彼をタバサが手で制する。
そして落ち着いた声で女性に告げた。
「また…会いに参ります母様」
それはとても優しげで、そしてとても切ない響き。
感情を押し殺した彼女が初めて見せる、弱くて儚い少女の姿だった。

「さあ奥様。疲れましたでしょう、寝室にお戻りになられては?」
ふらつくタバサの母親の肩を抱き止め、ベルスランが椅子に座らせる。
それでようやく静まったのか、深い溜息と共に彼女は落ち着きを取り戻す。
その手には擦り切れ褪せた人形が固く握り締められていた。
私室に執事一人を残し、彼女は部屋を後にした。

「……………」
部屋を出てから一言も発しないタバサの後を彼が付いて行く。
自分に見られたのをショックに思っているのかもしれない。
どちらにせよ自分は彼女の言いつけを破ったのだ。
いくら謝罪しようとも容易に許される事ではない。
それにデルフがいない今、どんなに謝ろうとも伝わらない。
あまりの無力に情けなくなってくる。
自分が助けられるのは自分だけ。
そう割り切ってしまえればどんなに楽だろうか。
いくら力があろうとも少女の助けにはならない。
魔法薬さえも無効化する体も人を救う事には使えない。
彼女の笑顔一つ作る事も出来ない。
ルイズは自分を『無能』と卑下するが、それは違う。
彼女は自分やタバサの心に光を差してくれた。
それこそが今の自分が持たない本当の強さ。
その力に比べれば、この身に巣食う暴力こそが『無能』。
いや、本来『無能』であるべき力なのだ。
だけど、いつかは届くのだろうか。
彼女の背を追いかけ、光差す道を歩めば自分も彼女のように…。

ポカという頭部に走った衝撃と共に上を見上げる。
そこには、むーと少し眉を寄せるタバサの姿。
ああ、よく覚えている。これはデルフの言ってた『嫉妬』だ。
きっと自分がルイズの事を考えていたのを知られたのだろう。
“女の勘ってのは変身した相棒の触角より鋭えんだぜ”
デルフが冗談交じりにそう言っていた事を思い出す。
しゃがみ込んで自分の顔を覗き込むタバサ。
「くぅん…」
それに喉を鳴らしながら伏せて反省の意を示す。
ようやく気が晴れたのか、タバサが頷く。
だが、彼女の視線は外れる事なく自分を見据えている。
しばらく、二人とも同じ体勢のまま時が流れる。
そして唐突に彼女の口が開く。
「…大丈夫。いつもの事だから」
それは自分を気遣っての言葉だった。
彼女はそれだけ告げると背を向けて先に歩き出す。
母親が自分を責め立てる光景、それを彼女はさも当然のように受け止めた。
“いつもの事”と割り切れる彼女の強さが今はとても悲しかった…。


キュルケ達を監禁した部屋にコルベールが足を運ぶ。
手には彼女達の食事を乗せたトレイ。
自分の生徒に捕虜同然の生活をさせるのは心苦しい。
しかし、それ以外に方法はなかった。
本来ならコルベールがやるべき用事ではないが、
他に誰もいない状況で、しかも極秘となれば彼かロングビルしかいない。
それを率先して彼は引き受けた。
少しでも彼女達の不安を取り除きたいという配慮であった。
しかし、部屋を目前にして彼の足は止まった。
刹那、彼の手より滑り落ちるトレイ。
皿の割れる音が合唱の如く響き渡り、料理が残骸と化していく。
しかし、そのような物は目前の事態に比べれば些細な事に過ぎない。

「た、大変だ…」
キュルケの部屋の扉は完全に失われていた。
扉があるべき場所には焼け焦げた炭の跡。
僅かに残った火種から煙が燻っている。
そして隣のギーシュの部屋は壁がごっそり崩れ落ちていた。
室内に二人の姿は見当たらなかった。
コルベール達は大きな見落としをしていたのだ。
杖を取り上げればメイジは無力、その思い込みが命取りだった。
メイジには魔法以外に平民には無い力がもう一つ残されている。
それは自身の半身である使い魔。
キュルケはサラマンダー、そしてギーシュはジャイアントモール。
どちらも内壁や扉など物ともしない力を持っている。
となれば答えは一つ。
「だ、脱走だァァーーー!!」
コルベールの叫びがほぼ無人と化した学院に虚しく響き渡った。


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