ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-40

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匿名ユーザー

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ラ・ロシェールの上空。

そこにはトリステイン艦隊旗艦の『メルカトール』号が停泊していた。
艦隊司令長官のラ・ラメー伯爵は、ちらりと時計をみやる。
神聖アルビオン政府の艦隊を、国賓として迎えるためにトリステイン艦隊が出迎えているのだが、約束の時間を過ぎてもアルビオンの艦隊は姿を顕わさなかった。

ラ・ラメー伯爵は、国賓を迎えるため正装して居住まいを正しているが、その表情はどこか厳しいように見えた。
その隣に立っていた艦長のフェヴィスが、口ひげをいじりつつ、時計を見た。
「やつらは遅いではないか」
艦隊司令官のラ・ラメーは、不機嫌そうに呟きつつ、艦長の方を振り向いた。。
フェヴィスは鼻で笑うようにフンッと息を息をして、襟を正す。
「アルビオンの犬どもは、増長しているのでしょうな。おおかたにわか貴族達が着たこともない軍服に戸惑っておるのでしょう」
艦長は空軍戦力で勝るアルビオンが嫌いだったので、言葉にも刺が含まれていた。

しばらくすると、檣楼(しょうろう)に登った見張りの水兵が、大声で艦隊の接近を告げた。
「左上方より、艦隊!」
艦長と、艦隊司令は、ようやく姿を現したアルビオンの艦隊を一目見て、その規模に驚いた。

アルビオンの旗艦、『レキシントン』はまさに雲のような巨艦と言えた。
その後ろを追従する戦列艦も決して小さくはない、だが『レキシントン』と比べると、どうしても見劣りしてしまう。

「あれが『ロイヤル・ソヴリン』か……」
艦隊司令官は、あの巨大戦艦が『レキシントン』と名を変えていることを知っている。
しかし、それを建造したかつてのアルビオン王国に敬意を払い、古き名を呼んだ。
アルビオンからの話では、あの艦隊にアンリエッタ姫の結婚式へ出席する大使を乗せているはずだ。
「いや、この距離で見るのは初めてですが、あの先頭の艦は巨大ですな」
艦長の『戦場』という単語に眉をひそめつつ、艦隊司令官が呟く。
「戦場では会いたくないものだな」

艦隊司令官ラ・ラメーの背筋に、冷たいものが走る。
身体が震えるのを『武者震いだ』として思考の外に追いやりつつ、アルビオンの艦隊に接近し併走するように指示した。


かくして、彼の不安は現実のものとなる。

トリステインの王宮に、トリステイン艦隊が全滅したのを知らせる伝令が来たのはそれから間もない頃であった。

ほぼ同時にアルビオン政府からの急使が、トリステインへの宣戦布告文を届け、王宮は騒然となった。

アルビオン側の言い分では、トリステイン側が親善艦隊へ理由無き攻撃を行ったので、自衛のために宣戦を布告するとあった。

王宮には大臣や将軍たちが集められ、緊急の会議が開かれたが、会議は紛糾するばかりだった。
宣戦布告が事実であるか、アルビオンへ使者を送り確かめるべきであるといった意見や、ゲルマニアへに急使を派遣し軍事同盟に基づく共同戦線を張るべきだと主張する物もいた。
他にも様々な意見が飛び交うが、それは互いのプライドが会議を混乱させているに過ぎなかった。

バン、と扉が開かれ、マザリーニ枢機卿が会議室に入る。
「この大事なときに遅れてこられるとは何事か!」
誰が叫んだのか解らないが、遅れて会議室に現れたマザリーニ枢機卿を誰かが批難すると、他の者達もそれにつられてマザリーニを非難し始めた。
だが、マザリーニも慣れたもので、表情一つ変えることなく自席に座ると、重々しく口を開いた。
「アルビオンは我等が艦隊が先に攻撃したと告げた。しかしながら我が方は礼砲を発射したに過ぎない。偶然の事故が誤解を生んだのでしょう」

それならば、と、一人の大臣が起立した。
「アルビオンに会議の開催を打診しましょう、今ならまだ、誤解は解けるかもしれん!」それを聞いたマザリーニは頷いて言った。
「アルビオンに特使を派遣する。この交戦は双方の誤解が生んだ遺憾なるものであるとして、全面戦争に発達する前に……」


その時、突然会議室の扉が開かれた。
書簡を手にした伝令が、息を切らせながら会議室に飛び込んできたのだ。
「急報です!アルビオン艦隊は降下して占領行動に移りました!」
すかさずマザリーニが聞く。
「場所は!」
「ラ・ロシェール近郊!タルブの森です!」

マザリーニは心の中で「やはりか」と呟いた。

その頃、シエスタの生家では、幼い兄弟たちが不安げな表情で空を見つめていた。
ラ・ロシェールの方から聞こえてきた爆発音は、タルブ村を騒然とさせ、恐怖させた。

驚いて庭に出た者達は、空を見上げ、絶句した。
何隻もの船が燃え上がり、山肌や森の中へと落下していくのだ。

更にしばらくして、空から現れた雲のような巨大船が、森の中に向かって鎖の付いた錨を降ろすのが見えた。
森林の上空に停泊した船から、何匹ものドラゴンが飛び上がる。

「おとうさん!あれ、なに?」
シエスタの弟や妹たちが、父親にしがみつきながら、訪ねた。
「ありゃあ、アルビオンの艦隊じゃないか」
「いやだ……戦争かい?」
シエスタの母もまた、不安げな表情で空を見上げる。
「アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだ。この前領主様からおふれがあったろう」

「その不可侵条約をアルビオンが破ったのよ!」
シエスタの両親が驚き、声の聞こえてきた方を振り向くと、そこには大剣を背負い、フードを深く被った女戦士らしき人物が立っていた。
「な、なんだって?」
慌ててシエスタの父が聞き返す。
「アルビオンのだまし討ちよ!すぐにタルブ領主の派遣した騎士に従って退避しなさい!」

言うが早いか、タルブ村と街道を繋ぐ小さい道から、タルブ村の領主を戦闘に少数の騎士団が姿を見せた。
「『ロイズ』殿!ルートは確保しましたぞ!」
タルブの領主が、フードを被った女性に馬上から声をかける。
「村人の避難が最優先よ、頼むわね」
「はっ!」
領主が馬上から敬礼したのを見届けると、ロイズと呼ばれた女性は、一目散に北の森の中へと駆けていった。


領主は村人へ向き直り、大声を張り上げた。
「村民は家族の数を確認せよ!急いで南の森に逃げるのだ!」
それを聞いて村人達は慌てて家族の居場所や数を確認しはじめた。
瞬く間に村人達は広場に集まる。
数人の騎士が村人を先導し、南の森へと避難していくのを確認すると、騎士の一人が領主に言った。
「アストン様、さきほどの女、”ロイズ”と言いましたか……彼女は何者なのでしょう」
「わからん……だが、女王陛下より賜ったと言われる書簡は確かに本物だった」
それを聞いた騎士は、ロイズと呼ばれた女性の姿を思い出し、眉をひそめた。
「しかし、あのようなみすぼらしい姿では」
だが、領主であるアストン伯は騎士の言葉を遮るように、こう言い放った。
「それに彼女の言うとおり、アルビオンが攻めてきたのだ。少しでも早く対処できたことを感謝するしかあるまい」

領主は一呼吸置いてから、腰に下げていたレイピア状の杖を手に持ち、高く掲げた。
「相手は竜騎士だ! 皆、心せよ!」
三十人に満たない平民混じりの騎士団が、蟷螂の斧と知りつつも、杖と剣を掲げた。








一足先に森の中に駆けていった”ロイズ”は、剣を右手に持ち、空を見上げて竜騎兵を見据えた。
『それよりよー、”ロイズ”って偽名じゃバレバレでねーの?”ルイズ”と一文字しか違わねー』
カチャカチャと鍔を鳴らしつつ、どこか楽しそうに剣が喋る。
「咄嗟に思いついちゃったのよ、仕方ないじゃない」
デルフリンガーの楽しそうな声とは裏腹に、ルイズは不機嫌だった。

空に浮かぶ船…『レキシントン』から飛び立ち、タルブ村へと向かったはずの竜騎士隊はあり得ない光景に困惑していた。
本隊上陸前のつゆ払いとして、タルブ村に竜で火を放つはずであったが、村があったはずの場所には、森が広がるばかり。

「どういうことだ、これは!」
竜騎士の一人が困惑し、声を上げる。
それを合図にしたかのように、森の中から一匹の竜が飛び出した。
「な……!」
竜騎士は、飛び出してきた竜の翼に殴られ、まるで血袋が破裂するかのように乗っていた竜ごと粉々に吹き飛んだ。

「なんだ!なんだあれは!」
「翼が、四枚、新種か!ガーゴイルか!」
他の竜騎士達も驚き、竜を操って距離を取ろうとする。
だが、四枚の翼を持った竜は成体の風竜を思わせる速度で接近し、まるでヘビのように騎士ごと竜に食らいついた。
「ひいいいいいい!」
異様な光景に悲鳴を上げた騎士が、竜を上昇させながら呪文を唱え、火球を作り出した。
直径2メイルほどの火球が、異形の竜に向けて放たれたが、異形の竜は口から炎のブレスを吐き出しそれを相殺した。
「ば、化け物!」

一方、森の中では、ルイズが予想外の苦戦を強いられていた。
脇腹には、エア・ニードルで突き刺さった杖がそのままぶら下がっている。
「はあっ、はぁ……」。
呼吸を整えようとしたとき、右手に持ったデルフリンガーが叫んだ。
『右から来る!』
「くっ」
慌ててバックステップで後ろに下がると、今まで立っていた場所を炎が襲い、地面を溶かした。
「WRYYYYYYYYYYY!!!」
ルイズは、奇声を発しながら手近な木を引き抜き、竜騎兵に投げつけた。
大きく羽ばたいて上空に避けようとした竜騎兵が、遮蔽物をなくし顕わになったルイズめがけてブレスを放とうとしたその時、異形の竜が竜騎兵ごと竜を噛み砕いた。
『間一髪だな』
「ええ…」
ルイズは力なく答えると、その場に膝を付いてしまった。
それを見た異形の竜は、自身の腹を割き、袋を作った。
まるでカンガルーの親が子供を袋に入れるのように、ルイズを腹の裂け目にしまいこむ。
地面に降り立つと、『イリュージョン』で作られたタルブ村の幻影から離れるため、アルビオン艦隊の居ない方向へと走り出す。

『嬢ちゃん、大丈夫か』
デルフリンガーがルイズを気遣って声をかける。
「つ か れた……」
『イリュージョンで、村の位置を1リーグ近くも誤魔化したんだぜ、疲れて当然だ』
「タルブ村…の人は……」
『ほとんど避難できてるはずだぜ、とにかく、時間稼ぎはできたはずだ』
「………すこし……ねむ…る…」

周囲の草を取り込み、背中を緑色の保護色で包んだ吸血竜が、ルイズを抱いたまま静かに走り去っていった。

時刻は昼に差し掛かる。
王宮の会議室には、さまざまな報告が矢次に飛び込んできていた。
「タルブ領主、アストン伯は交戦中!」
「偵察に向かった竜騎士隊、帰還せず!」
「未だアルビオンより、問い合わせの返答ありません!」

自国の土地が蹂躙されているというのに、不毛な議論を繰り返す名ばかりの会議を一瞥して、マザリーニは不快感に眉をひそめた。

「ゲルマニアに軍の派遣を要請しましょう!」
「しかし、今事を荒立てては……」
「竜騎士隊を送り、上空から攻撃させるべきです」
「残りの艦をかき集めろ!小さかろうが何だろうが、特攻には仕えるだろう!」
「アルビオンに攻撃したら、それこそ全面戦争となりまず!」

マザリーニは大臣達を黙らせたいと思っていたが、それができぬ訳があった。
マザリーニが鶴の一声を出せば、大臣や将軍達を黙らせることはできるが、今はまだその時ではないと我慢していた。
本心では、マザリーニも外交での解決を望んでいる、しかし、伝書フクロウによってもたらされた一枚の手紙を読んでから、開戦もやむを得ないだろうと考えはじめていた。

怒号飛び交う中、会議室の扉がバタンと開かれた。
また何の報告だろうかと、開け放たれた扉を見た大臣達は、扉の前に立っているのがアンリエッタだと気づき、絶句した。

そこには、白を基調とするドレスではなく、その身にフィットした鎧に身を包んだアンリエッタが立っていたのだ。
視線がアンリエッタへと集中する中、アンリエッタは、その小さい身体を震わせて言い放った。
「あなたがたは、恥ずかしくないのですか! 臣民が敵に侵されているというのに、騒ぐことしかできないのですか!」
怒号の飛び交っていた会議室が、嘘のように静まりかえる。

「よいですか! 礼砲で艦が撃沈されたなど、言いがかりも甚だしいではありませんか、もとより不可侵条約を破るつもりだったのでしょう」
「し、しかし我らは、不可侵条約を結んでおるのです、攻撃などしては……」
「その条約は紙より容易く破られました、いえ、もとより守るつもりなどなかったのでしょう。それらは虚をつくための口実に過ぎません」
「しかし……」

アンリエッタはテーブルを叩き、大声で叫ぶ。
「今、民の血が流されているのですよ! 民の血が流されるのを黙って見ているのが貴族ですか!王族ですか! 民の血税を吸うだけの吸血鬼に成り下がりましたか!」
暴言ともとれるその言葉に、不満を覚える者もあったが、誰もそれに対して異を唱えることはできなかった。
「あなたたちは敗戦を望んでいるのでしょう?敗戦後に責任を取らされぬ方法を既に模索している、命を長らえようと答えの出ぬ議論を繰り返しているという訳ですね?」

「姫殿下」
マザリーニがたしなめるフリをすると、アンリエッタは構わず言葉を続けた。
「ならばわたくしが率いましょう。あなたがたは、ここで会議を続けなさい」
アンリエッタが会議室を飛び出だそうとすると、何人もの貴族がギョッとしてアンリエッタを止めようとした。
「姫殿下! お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」
そう言って一人の貴族がアンリエッタの前に立とうとしたが、横から差し出された剣状の杖に遮られてしまう。

見ると、廊下には既に魔放衛士隊が列を作っており、鎧を着込んだアンリエッタを護衛するかのように囲んだ。
アンリエッタは、グリフォン、マンティコア、ドラゴン等の魔法衛士隊を引き連れ、威風堂々と出陣した。

王宮の中庭に出たアンリエッタは、手はず通りに大声で叫んだ。
「わたしの馬を!」
王女の馬車に繋がれた聖獣ユニコーンが、馬車から外されて、アンリエッタの前に引かれてきた。
魔法衛士隊がアンリエッタの声に応じ、各自が自分の乗る幻獣を呼び寄せ、その上に跨った。

アンリエッタがひらりとユニコーンの上に跨ると、一人の魔法衛士がアンリエッタの脇に付き、それ以外の者達は後ろに並んだ。
「これより全軍の指揮をわたくしが執ります!!」
アンリエッタが声高らかに宣言すると、水晶のついた杖を高く掲げた。
魔法衛士隊の面々がアンリエッタに合わせ一斉に敬礼すると、アンリエッタはユニコーンの腹を叩いた。

ユニコーンが高々と前足を上げて走り出すと、グリフォンに乗った魔法衛士の一人がアンリエッタの隣に並ぶ。
その手には、アルビオンの象徴たる青い水晶の嵌められた杖を携えていた。

二人が先陣を切って走り出すと、幻獣に騎乗した魔法衛士隊が、「後れを取るな」などと口々に叫びながら続いていった。

城下に散らばったていたはずの各連隊は、まるでアンリエッタが出陣するのを知っていたかのように整列し、そして雄々しく出撃していった。
窓から中庭を見下ろし、その様子を見ていたマザリーニは、懐にしまったメモを握りしめて天を仰いだ。

メモは、トリステイン艦隊全滅の知らせよりもほんの一瞬早く、フクロウでマザリーニの元に届けられた伝書だった。
アルビオン艦隊よりも一足早く、ラ・ロシェールに到着したルイズからもたらされたそのメモには、人間を操り人形に変えてしまう『アンドバリの指輪』のことや、アルビオンが自作自演をしてでも戦争の口実を作るために策を巡らしていることが書かれていた。

もはや一刻の猶予もない、そう思ったアンリエッタとウェールズはすぐに戦いに赴く準備を始めた。
マザリーニは将軍や大臣達を集めて会議を開く前に、一足早くアニエスをタルブへと遣わせた。
アンリエッタが赴く前の下調べを頼んだのだ。

そしてマザリーニは会議に遅れて参加した。


トリステイン国内はいまだに戦争の準備を整えていない、その上ゲルマニアがこの戦争で我が身かわいさに兵力を出し惜しみすることは十二分に予測できていた。
マザリーニが外交によって戦争を回避しようとしたのは、決して命を惜しんだわけではない。
小を切って、大を生かす。
彼なりに国を憂いてのことだったが、その努力も泡沫のように消えてしまった。
ならばせめて、大臣、将軍、高級貴族達の目を覚まさせようと、わざと甲冑姿のアンリエッタが姿を現すまで時間稼ぎをしたのだ。

その甲斐あってか、会議室に残っていた貴族達も、一人、また一人と会議室を出て、従者に戦争の準備をするよう指示を下す姿が見えた。

マザリーニは一人ほくそ笑む。
お飾りとして育てられたはずのアンリエッタが、いつの間にか王族としての威厳を供えていたのだ。
ならば、これから自分が何をすべきかは決まっている。

マザリーニは会議室に入ってきた兵士に視線を向けた。
視線に気づいた兵士は、脇に抱えていたマザリーニ用の装束を見せた。
その場ですぐに戦の支度を整えると、急いで中庭へと移動し、今だまごついている大臣達に向けて叫んだ。
「おのおのがた! 馬へ! 姫殿下一人を行かせたとあっては、我ら末代までの恥ですぞ!」

その頃、秘薬を買いに城下町へと行っていた教師が戦争の話を聞きつけ、慌ててトリステイン魔法学院に報告した。
王宮からではなく、私事で城下町に出ていた教師から、戦争の開始を告げられ、オールド・オスマンはため息をついた。
「この様子では王宮は混乱の極みじゃろうなあ……」
現在、他の教師を王宮へと使わせ、戦争の開始が事実であるか確かめさせている。

オールド・オスマンは、アンリエッタの結婚式に出席するため、たまりに溜まった書類を片づけようとしている所だった。
書類が一段落したら、荷物を纏めようと思っていたのだが、アルビオンからの宣戦布告とあってはそれどころではないだろう。

魔法学院の宝物庫から、戦争に使えそうなマジックアイテムが持ち出されるのかと考えつつ、オスマンは水パイプを吹かした。

と、突然ノックもなしに学院長室の扉が開かれた。
「オールド・オスマン!大変です!」
珍しく血相を変えたロングビルを見て、オスマンはいつもの調子で答えた。
「戦争の知らせかの?それならもう届いておるよ」
「そうではありません!シエスタがタルブ村に向かいました!」
「何じゃと!?」

ロングビルの話では、魔法学院に出入りしている商人が、戦争の話を衛兵に伝えたらしい。
それを聞きつけた生徒から、シエスタの耳に届くまで時間はかからなかった。

「シエスタは馬で行ったのか!」
「はい、衛兵の使う馬を一頭奪って、一目散に」
「ミス・ロングビル、すぐにシエスタを追ってくれんか、他の生徒の使い魔の力を借りてもかまわん。他にも何人か教師を派遣する、戦場に着く前に取り押さえるんじゃ!」
「は、はい!」

オスマンの激しい剣幕に驚きつつ、ロングビルはシエスタの後を追うため、踵を返した。

「参ったことになったの…!」
オスマンは、モートソグニルを経由で、シエスタの後を追えそうな教師に連絡しつつ、遠見の鏡に向けて杖を振った。







アンリエッタ達がラ・ロシェールに到着した頃、アルビオンの船『レキシントン』はタルブ村にほど近い草原へと移動していた。

当初の予定では、タルブ村ごと森を焼き払い、前線基地をここに構築するはずだったのだ。
しかし、幾人もの竜騎兵が、奇妙な証言をしはじめたのだ。

『村があると思ったらそこは森だった』
『羽が六つ、首が二つある竜に仲間が食われた』

アルビオン艦隊総司令官のジョンストンは、それらの報告を一笑に伏していた。
しかし、降下したはずの竜騎兵が、異形の竜によって何人も落とされたと聞いて、ジョンストンの顔色は悪くなっていった。

慎重だと言えば聞こえは良いが、平たく言ってジョンストンは、臆病風に吹かれてしまったのだ。

結局、『レキシントン』に搭載された大砲が、かろうじてラ・ロシェールに届く距離に停泊することとなった。

ラ・ロシェールの街では、トリステイン軍がアルビオンの迎え撃つために陣形を整えていた。
タルブの草原に見える敵の軍勢は、『レコン・キスタ』の旗を掲げている。
それを見て、ユニコーンに跨ったアンリエッタは震えた。
戦場に立つのは生まれて初めてなのだ、仕方がないと言えば仕方がない。
だが、王族として威風堂々としていなければならぬと自分に言い聞かせ、眼を閉じて軽く祈りを捧げた。

アンリエッタが目を開くと、敵軍の上空に停泊する大艦隊が視界に入る。
アルビオン艦隊、その舷側に光る大砲、アンリエッタの恐怖はピークに達していた。

だが、アンリエッタの手に、一人の魔法衛士の手が重ねられた。
衛士は自分の杖をアンリエッタに見せる。
アンリエッタは、静かに頷いた。

「失礼致します。お二人の友人から、手紙が届いております」
そんな二人に声をかける男がいた。
振り向くと、枢機卿のマザリーニが立っており、ボロボロの羊皮紙を二人に差し出していた。
アンリエッタがその羊皮紙を手に取ると、ごくりと喉を鳴らした。

一瞬、ほんの一瞬だけ、アンリエッタの表情は泣き出しそうになった。

だが、アンリエッタは魔法衛士隊の姿をして自分と行動を共にしてくれるウェールズと、影ながらこの戦争を手伝ってくれるルイズの姿を思い出したのだ。

アンリエッタは、戦争の恐怖を見せぬ凛々しい表情で、マザリーニに言った。

「枢機卿、ルイズが活路を開いてくれます。私たちは『ヘクサゴン・スペル』の機会を待ちつつ前進します。指揮は貴方にお任せします」

マザリーニは、杖を掲げた。

「不肖、マザリーニ……承りましてございます」








「早く!もっと早く!」

トリステイン魔法学院から、ラ・ロシェールへ続く街道を、一頭の馬が疾走していた。
馬に乗っている少女の身体は、ぼんやりと輝いている。

シエスタは全身から波紋を流し、馬へと供給していた。
「もっと早く!」

馬は、限界を超えた力で走る。
波紋により限界を超えて走らされた馬は、汗と涙と涎と鼻水と糞便を垂れ流しながら、走る。

吸血鬼が、食屍鬼を使役するかのように、彼女は馬を走らせていた。




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