ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-27

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「止まれ! 当屋敷に何用か!?」
武装した衛兵が馬上の人影に問う。
纏ったコートが風に靡く。
小柄といえども相手がメイジであれば話は別。
しかも貴族にしては格好が奇妙だ。
タイ留めに描かれた五芒星は魔法学院の生徒の証。
しかし、その背には少女の体格に不釣合いな大剣。
貴族を装った賊ではないかと警戒を強める。
「よう! また会ったな」
突然、馴れ馴れしい声が響く。
それは目の前の少女の物ではない。
どこから聞こえたのか、視線で追った先にはカタカタ鍔元を鳴らす一振りの剣。
インテリジェンスソードの来客者などそういる筈もない。
「また貴様か! 今度は何を売りつけに来た!?」
「いや、別に俺は行商人ってわけじゃねえよ」
まるで詐欺師のような言われようにデルフがやれやれと呟く。
この調子ではモット伯に会うのも一苦労だなと溜息が零れる。
しかし、そんなデルフの思惑を知ってか知らずかルイズが一歩前に進み出る。

「以前、こちらで頂いたワインに酢が入っていたもので交換して貰いに来ました。
モット伯にそう取り次いで頂きたいのですが」
「あ……ああ、判った。一応、伯爵には伝えておこう」
衛兵の不信感は消えていない。
その程度の用事なら付き人か使い魔にでもやらせればいい。
なのに直々に来訪するのは明らかにおかしい。
それでも伯爵に取り次ごうとしたのは平民であるはずの自分を怒鳴りつける事なく、
恭しく敬語を用いるルイズの姿に心打たれたから……では断じてない。
少女は笑顔だった。しかし、その眼は決して笑っていなかった。
彼女の眼が完全に据わっていた。
ここで追い返したら背の物を抜きかねない、そんな気迫を感じ取ったのだ。


数分後、戻ってきた衛兵が平身低頭で中へと案内する。
通されたのは応接室ではなく、モット伯の私室。
いかに規模が小さくなったとはいえ応接室ぐらいはあるだろう。
それをわざわざ私室で会う理由、それは誰かに話を聞かれたくないからだ。
つまり、モット伯は私が来た理由を知っている。
そうと判れば話は早い。
恐らくワインの話も脅迫と受け取ってもらえた筈だ。

「初めましてミス・ヴァリエール」
待たされるのかと思ったが意外にもモット伯は既に待機していた。
そして私に椅子を勧めると自分も椅子に腰掛ける。
青ざめているかと思った表情は平静を保っていた。
「それで…君が来たという事は、あの薬を使ってしまったのだね」
「ええ、そうよ。アンタがどうしてあんな本を持っていたか、ようやく判ったわ」
モット伯の頬を冷たい汗が一筋流れ落ちる。
相手は伯爵だというのにルイズの口調は同級生を相手にした時と変わらない。
“私が上、アンタは下!”と言わんばかりの強気である。
完全に交渉のペースを握ってしまっている。
こりゃ付いて来なくても大丈夫だったかな、とデルフが舌を巻く。

「どういうつもりよ? あんな薬持っているだけでも犯罪よ!」
「いや、違うんだ! あれは別に意中の相手に使おうとか、そういう目的で持っていた物じゃないんだ」
惚れ薬を使って相手を惑わす、その効果は見ての通り絶大だ。
しかし、それを使って相手と結ばれるのは難しい。
魔法薬である以上、ディテクト・マジックで周囲の者にはすぐに判ってしまう。
ましてや急激な変化を見せれば気付かない人間はいないだろう。
「ああ、そうするとアレか。食事に誘った相手に飲ませて一晩の相手を……」
「いやいや。私の場合、相手に好かれる事が無いだろう。
無理やりというのも燃えるのだが、それだけだと飽きてしまうのでね。
それであの薬を使ったプレイを……」
「ともかく!!」
変態談義で盛り上がるデルフとモットを一喝する。
背後に漂う殺気に二人が萎縮したまま口を揃えて噤む。

「解除薬もここにあるんでしょう? それをとっとと出しなさい!」
「残念だが持ってないよ。
薬を買った時に一緒に勧められたんだがね、
あまりに高額を吹っ掛けられて頭にきて買わなかった」
「ん? それじゃあ今までどうしてたんだ?」
「それは効果が切れるまで待つしかないだろう」
デルフが知る限りメイド達がモット伯に好意を抱いていた様子は無い。
効果がどれほど持続するかは個人差があるので一概には言えないが、
長期的に作用する類の物ではないのだろう。
「せいぜい二、三日。長くとも一週間といったところだろうな」
「なんだ、その程度か。てっきり一年ぐらい掛かるかと思ったんだが…。
それなら効果が切れるのを待った方が早いな」
「はっはっは。当たり前じゃないか、吸引しただけでそんな事」


解決ムードになったモットとデルフが笑い合う。
時間さえ経てば大丈夫という楽観的な結末に収まったと彼等は思っている。
しかし私は二人の危機感の差異がどこから生まれているのか、
そして聞き逃してはならないモット伯の一言を耳にしていた。
それを確認すべく、私はモット伯にある事実を突き付ける。

「キュルケとギーシュ、あの薬を飲んだんだけど?」
ぴたりと止んだモット伯の笑い。
その代わりに段々と顔色が蒼白になっていく。
二人は互いに勘違いしていたのだ。
彼の言う“使う”とは揮発させた薬を吸引する事。
デルフの言う“使う”とは薬を直接飲む事。
その誤解を解かない限り、話が噛み合う筈がない。
恐る恐るモット伯が確かめるように呟く。
「飲んだのか…アレを」
「ええ」
「それはヤバイな。あんな物飲んだら種族や性別の壁なんて…」
そこから先は口に出せなかった。
思い浮かべた危険な妄想に伸びるモット伯の鼻の下。
その鼻の穴にデルフの剣先が差し込まれたのだ。
ふるふると剣を手に震える桃色の鬼。
その姿にモット伯は戦慄を覚えた。
「さて、問題です。これから私はどうするでしょう?
①鼻毛を切ってあげる、②鼻の穴を一つにしてあげる、③このまま奥に押し込んで…」
「むぅあぁちぃいたぁまえぇぇ!!」
「落ち着け嬢ちゃん! その薬を売った奴を探すのが先決だ!」
“バラすならその後で”と呟いたデルフの小声が更にモット伯の肝を冷やす。
一応は納得したのか、ルイズがデルフを鞘に収める。
ほぅと一息ついた所でモット伯が弁明を口にする。
「しかし……今の私に薬を買う金は無いぞ」
「ああ、心配するなよ。金ならある」
(アンタからふんだくった金だけどな!)
その余計な一言は加えずにデルフが答える。
見れば、もうルイズは椅子から立ち上がっていた。
「さあ今すぐ案内しなさい!」
断る事などモット伯には出来なかった。
もし、そんなことをすれば今度は逆に自分が案内されるだろう。
良くて牢獄、最悪あの世へと…。


トリステインの城下町、その裏路地を歩く大小二人の人間の姿。
その姿はフードに完全に隠され、性別さえも窺う事は出来ない。
このような場所をうろつけば、金の臭いを嗅ぎつけられ目を付けられそうなものだが、
それぞれ杖を手に、背に剣を負っているとなれば話は別。
係わり合いになるまいと遠巻きに見ているだけ。
「なんで私がこんな格好しなくちゃいけないのよ」
背の低い方が隣の人物にぶつくさ文句を言う。
それを口元に立てた指を当てて静かにするように伝える。
「口の利き方に気を付けるように。今は謎の貴族Aとその従者Bなのだからな」
「……でも」
「それに私一人で行くと言っても聞かなかったのは君だろう?」
「当たり前よ! もし逃げられたらどうするのよ!」
「逃げるつもりならとっくにやっている」
だが逃げるなら今の伯爵の地位も全て捨てなければならない。
それでも資産があるのならそれも可能だったが今は無い。
何もかも失いかねない状況で、それを無かった事にする機会を手にしたのだ。
それに乗らない手は無いだろう。

ルイズは切り札として学院長直々の書状を持参していた。
そこには今回の件を無事に収めた場合、他言はしないと書かれていた。
最初は脅迫されて渋々だったが助かる可能性を見出した今、彼は張り切っていた。
だからこそルイズに足を引っ張られたくない。
止むを得ず、彼はルイズに一から説明した。
「仮にだ。君に娘がいて学院に信頼して預けていたとしよう」
「う、うん。そんな歳じゃないから判らないけど」
「その娘が女癖の悪い貴族と歩いていたなんて噂が持ち上がったらどうする?
ましてや、こんな品の無い裏路地を二人きりで」
「…あ」
「そういう事だ。学院から連れ戻されたくなければ大人しくしていろ」
そう。引いては学院の信頼の為、彼女の名誉の為、そして何よりも私の為なのだ!
ラ・ヴァリエールの三女を裏路地で連れ回したなどと知れたらどうなるか?
当然、明日には晒し首になっていてもおかしくない。
権威を振り回したりしないのは感心に値するが、もう少し自覚を持った方がいいのではないか?
と自分が心配したくなる程、彼女は無頓着だった。
ちなみにデルフは喋ると足が付きかねないので黙ってもらっている。
鍔元を紐でグルグル巻きに縛って強制的に。


「それに、ほら。もうすぐそこだ」
指差す先には人だかりが出来ている。
はて?とその光景にモットは首を傾げた。
ここら辺にあるのはどれも非合法の店ばかり。
看板もなく素性を隠した裏の稼業に行列など出来る筈もない。
見れば武装した衛兵が道を塞いでいる。
恐らくは捕り物だろうか、ここでは珍しい光景に視線が向く。
徴税官を勤めているチュレンヌという男が賄賂を受け取り、
こういった店には視察が入らないように手を回していた筈だ。
そうなるとチュレンヌ自身も既に捕まったと見るべきか。
(…色々とやりにくくなったものだ)
誰が現場を仕切っているのかは知らないが、やる事が徹底的だ。
やばい事になる前に、とっとと用件を済ませて立ち去ろう。
そしてモットが背を向けた瞬間、向こう側から下手人が連行されていく。
「おら。キリキリ歩け」
槍の柄尻で小突かれながら連れて行かれる男と眼が合う。
モット伯の目が仰天に見開く。
その男は彼が会おうとした非合法の薬の売人。
捜査が入ったのは彼等が向かっていた店だったのだ。
モットを視界に収めた男が笑う。
秘密をバラされたくなければ俺を釈放させろと男の眼が告げていた。
それを余す所なく理解しモットは動く。

「むぅん!」
振り回した杖が売人の喉に突き刺さる。
そして悶えた瞬間に後頭部に打ち下ろされる一撃。
昏倒状態の男に馬乗りになり尚も拳を繰り出す。
その凄まじいまでの追い討ちに唖然としていた衛兵も動き出す。
「お、おい! 貴様、何をしている!」
「私は宮廷の勅使、ジュール・ド・モット伯爵である!」
フードを外し自ら名乗りを上げる。
衛兵には本人かどうかなど判らないだろうが、
身形や口振りから相応の人物である事ぐらいは判別は付く。
「も、申し訳ありません! 自分は隊長に男の護送を任されており…」
姿勢を正し、自分に向けていた槍を掲げる。
その釈明を聞き流しながら石を握り込んだ拳を落とし続ける。
「この外道め! 人の心を狂わせる薬を売り捌くなど言語道断!
正義のモットパンチを喰らうがいい!」
「お、お止めください伯爵様! それ以上されては死んでしまいます」
背後から抑えられ両腕を封じられても、執拗にモットキックで男を踏み躙る。
良し、これだけ痛め付ければ当分は会話もままならないだろう。
その間に男は僻地に島流しにされて二度と戻ってこれまい。
倍に腫れ上がった男の顔を確認し一息つく。


「…すまない。だが人々の癒し手である水のメイジとして、
人の心を食い物にする悪漢をどうしても許す事が出来なかったのだ。
しかし、徒に暴力を振るった私も奴の同類か…」
「い…いえ、断じてそのような事は!
伯爵は立派なお方です! このような輩の為に心を痛める必要などありません!」
私の噂を知らないのか、感じ入ったように男が語る。
久々に向けられる尊敬の眼差しが自分にはちょっと眩しい。
しかし、口封じの為とはいえ良い口実が出来た。
単純そうな男なので利用させてもらう事にしよう。
「いや、それでも君の職務を妨害してしまった事には変わりがない。
出来ればこの詫びは君達に協力する事で返したいのだが」
「…協力、ですか?」
男の目が点になる。
何を言っているのか、さっぱり判っていないようだ。
当然だろう。この状況で貴族が何を手伝うというのか。
しかし、そこはゴリ押しで納得させてしまえば勝ちなのだ。

「相手は魔法薬も扱う売人。ならば魔法を使った罠があるかもしれん。
そこで私が中に入って調査を行おう」
「だ、ダメです。そのような事を伯爵様にさせる訳には…。
それに中は関係者以外立ち入り禁止になっておりまして。
隊長の指示無しでは、とても…」
「……ほう。本当にそれでいいのかね?」
にやりと笑う私の表情に男が困惑する。
隊長とやらと話せば一番早いのだろうが時間がない。
薬が押収されてからでは手遅れなのだ。
それに説得に応じるかどうかも不明とくれば、
この男を何とか騙す方が賢明だ。
デルフが乗り移ったかのようにつらつらと並べられる嘘八百。
「メイジの使う魔法薬には恐ろしい物も多くてな。
たとえば死んだ方がマシとも思える苦しみを七日七晩味わう薬、
人形のように意思を奪われ徘徊するようになる薬などまだ良い方」
「っ……!」
「中にはひたすらハシバミ草を食べ続けなければ死んでしまう薬や
オーク鬼が絶世の美女に見えてしまう薬など……」
「わ、判りました! 伯爵のご協力に感謝いたします!」
「うむ。判れば宜しい」
余程恐ろしい光景を思い浮かべたのか、
顔中から冷や汗を流しながら男が道を通す。
通行人を遮断する衛兵の壁、その中を悠々と通って店内へと踏み込む。
始終、彼女の視線が痛く突き刺さっていたが気にしない。
これ以上、自分の評価が落ちる事はないのだから。


「ふむ、どうやらまだ手はつけられていないようだな」
無事で良かったと安堵の溜息を漏らす。
整然とした店内、もっとも見た目はただの民家だが、
乱雑に荒らされた形跡は見当たらない。
「じゃあ、さっさと済ませちゃいましょう」
「そうだな。頂く物を頂いたらこんな所とはおさらばだ」
言ってる事はほとんど盗賊の二人が捜索を始めようとした瞬間だった。
閉じた扉が大きな音を立て開け放たれる。
びくりと体を震わせた二人の視線が一点に集中する。
扉から差し込む光、それを背にして立つ女性。
動きやすさを優先した短髪が陽を浴びて金色に輝く。
武装したその姿は先程の衛兵と同じ物。
恐らくは彼が口にしていた隊長とは彼女の事か。

「…そこで何をしている?」
腰に帯びた剣に彼女の手が掛けられる。
我々に向けられた視線よりも尚、彼女の言葉は冷たく響いた。
それは、さながら死神よりもたらされた死の宣告だった。


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