ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-26

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「……それで今、三人は?」
「はい。ミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモンの両名は捕獲され、以後は別室で軟禁する予定です」
「ミス・タバサは?」
「彼女は薬の効きが弱かったのか、比較的平常を保っていますので大丈夫かと…」
ミス・ロングビルの説明を聞きながらオスマンは溜息を零した。
どうも最近になってから溜息ばかりついている気がする。
しかも、その面子はいつも同じ。
モット伯の一件が平穏無事に済んで安心していた矢先にこれだ。
もう何か悪いものに取り憑かれてるんじゃなかろうかと思いたくもなる。

「まさか、こんな事に秘宝である『眠りの鐘』を使う事になるとは……」
正直、始祖ブリミルが知ったらさぞ嘆くであろう。
といっても相手はトライアングルを含む三人のメイジ。
戦いになればどれだけの損害が出るか知れた物ではない。
ましてや怪我をさせずに捕えるなど至難の業だ。
止むを得ない処置だったと思い耽る。
「……………」
そんなオスマンを横目にロングビル…否、フーケの視線は別の物に向けられている。
彼女の視線の先にあるのは宝物庫に封印された秘宝『眠りの鐘』。
その音を聞いた者を眠りに誘うという強力なマジックアイテムだ。
無論、普通に売り捌いても相当な値がつく代物だが、
盗賊であるフーケには別の意味でも有益なアイテムとなる。
何せ、これさえあれば下調べなど碌にしなくても仕事が容易になる。
『土くれのフーケ』から『眠りのフーケ』と呼ばれる事になるだろう。
ぐびりと喉を鳴らしたフーケをオスマンが牽制する。
「…持って行ったらダメじゃぞ」
「っ……!」
視線を落としたオスマンの顔が上げられる。
その視線は鋭く真剣な顔付きに変わっていた。
まさか、気付かれていたのか…!?

「い、いやですわ学院長。私がこんな物を盗んでどうするというんですか?」
「そうじゃのう…。例えば裕福な貴族の屋敷の近くで使って…」
(……ぎくっ!)
「警備も含め、家人が全員眠りに付いた所で…」
(……ぎくっぎくっ!!)
「まだ独身の男性の寝込みを襲って既成事実を作っちゃうとか…」
「するかっ! エロジジイ!」
投げ掛けられた声と共に投擲される秘宝。
投げつけられた『眠りの鐘』は額に命中し、
その効果とは無関係にオスマンの意識を一瞬にして絶った。


「大丈夫ですか? 学院長」
「なーに、いつもの事じゃよ、いつもの事」
コルベールの問いに、額に大きな痣を作りながらオスマンは笑う。
いつもの事だと判っているならやらなければいいのにと、
別の意味で“大丈夫ですか?”と尋ねたくなる。
「ところで例の薬、モット伯から手に入れたという話じゃが…」
「はい」
「意図的に渡したという可能性は考えられんかのう?」
「……! いや、そんな、まさか!」
オスマンの疑問にコルベールが戸惑いながら否定を示す。
それが可能なのはモット伯だけだ。
その理由が破産させられた恨みだったとしても、
そんな方法で報復するとは思えない。
人の心を狂わせる薬は持っているだけで罪となる。
モット伯とて無事では済まない。
「犯人がモット伯でないとしたら?」
「!?」
彼とシエスタ、そしてシエスタとモット伯の繋がりも調べれば判る事だ。、
それにモット伯の下に誰かを忍び込ませるか、屋敷の人間を買収する事も出来ただろう。
その人間が渡すべき品と魔法薬を摩り替えたのではないか、それがオスマンの考えだった。

「し、しかし、あの時点では話し合いでの解決は望めませんでした!
その状況でどうやって魔法薬を渡すつもりだったと言うんですか?」
「相手にとっても予想外の事態だったのかもしれん。
それで止むを得ず魔法薬の摩り替えを思いついたとも考えられる」
「そんな事をして一体……」
そこまで言葉にしてコルベールは口を噤んだ。
学院で騒ぎが起きれば調査と称してアカデミーが踏み込んでくるかもしれない。
そうなれば、事件に大きく関わっている彼も事情聴取として連れて行かれる恐れがある。
ならば元々はモット伯の屋敷で事件を起こさせるつもりだったのか。
だが、彼がただの使い魔ではないと知っているのはほんの一握り。
そのほとんどは学院の関係者で、彼を売るような薄情な人間はいない。
「まさか土くれのフーケ……いや、犯罪者には無理があるか」
「…あのアカデミーの男、もしかしたら彼の話も立ち聞きしていたのかもしれん」
「そんな…!」
青ざめていくコルベールの表情。
それを見て落ち着かせるように、ゆっくりとパイプの煙を吹かす。
思った以上に時間は無いのかもしれない。
それでも慌ててはいけない、状況を見据え冷静に行動すべきだ。
「だが全ては憶測による仮定に過ぎん。
しかし最悪の事態を考慮し、この件は学院内で預かる。
迅速に解決し、そして一刻も早く解析を終わらせるのだ」
「はい!」
コルベールの頼もしい返事を受けて笑みを返す。
しかし解析に掛かりきりになるとコルベールの手は借りられない。
そして自分は動けない、そうなると表立って動けるのは。

「……ミス・ヴァリエールだけか。心配じゃのう」


簀巻きにされた二人が部屋へと運ばれる。
杖を取り上げてしまえば鍵を開ける事は出来ない。
それまでの辛抱と心を鬼にして中へと運び込む。

「ああ、そんな! 初めてなのにタバサやキュルケと一緒になんて!
それも監禁した上に縛られて! でも大丈夫! 愛があればどんなプレイでも…」
「ていっ!」
薬のせいか、それとも天然なのかピンク色の電波を垂れ流す簀巻きのキュルケ。
それを蹴り飛ばしゴロゴロと中へ転がす。
そしてガッチリと施錠した所でタバサに魔法でキュルケの縄を解いてもらう。
ギーシュの方も問題なく封印し、これ以上の悪化を完全に防いだ。
犬に純潔を奪われましたなんて言った日には外交問題どころか最悪ゲルマニアとの戦争である。
「ありがとう。助かったわ」
「………ん」
平常そうに振舞っているタバサにも影響はある。
薬の影響であいつと離れていると情緒不安定になるらしい。
私の使い魔がタバサの腕に抱えられているのはそういう理由だ。
手足が力なくプラプラと揺れている様は正にぬいぐるみ。
無理もない。親友を失った彼は魂の抜けた抜け殻同然なのだから。


話は『眠りの鐘』を使う前に遡る。
互いに魔法を使わないものの、学院中を走り回る三人。
生徒の多くが里帰りしていなければ大騒動に発展していただろう。
そんな中、彼女達の使い魔が異変に気付き駆けつけたのだ。


「きゅるきゅる!」
収まりきらぬ怒りの表れだろうか、
閉じたフレイムの口から炎の吐息が零れる。
彼にしなだれかかる主の姿を目にしたフレイムは、
“貴様、主に何をするかー!”と言わんばかり激怒した
しかし炎を吐きかけんとするフレイムをキュルケの一言が諫める。
「フレイム、あたしのダーリンに何するの! 邪魔だからあっち行ってなさい!」
その言葉を聞いた彼の心境はいかなるものか。
どのような下らない命令であろうと必ずこなし、
主の身と誇りを守ると誓い土塊の巨人にさえも挑んだ。
自分を呼び出した彼女の笑顔を今でもハッキリと覚えている。
刹那、彼の中の大切な何かが音を立てて砕け散った…。

彼へと向けられるフレイムの視線。
それは怨嗟の声となって彼の神経に直接響き渡る。
こうなったのは何かしら原因があるのだろう。
彼とてそれぐらいは理解している。
だが、もし主がずっとこのまま元に戻らなかったら…。
(その時は…覚悟が出来ているのだろうな?)

口から漏れる吐息が渦を巻く。
さながら地獄の業火を思わせる光景に凍りつく。
それきり寂しげな背中を見せたままフレイムは去ってしまった。
その背に掛ける言葉は見つからなかった。


「なんて美しいんだ! 君に比べたら薔薇なんて雑草!
ヴェルダンデなんかただのモグラさ!」
主の無体な一言に頭を打たれたかのような衝撃が走る。
常日頃、抱きしめながら自分に向けられていた賛美の言葉。
時にはうざいと思ってしまった事もある。
それでも自分だけの大切な物だったのだと失ってから気付いてしまった。
はらはらと円らな瞳から涙が零れ落ちる。
ヴェルダンデはそこから逃げ出すように物凄いスピードで潜って行ってしまった。
彼が止める間など有りはしなかった。


突如、彼の体が宙を舞った。
否。それは彼の首輪に噛み付き持ち上げたシルフィードの仕業。
(お姉さまを独り占めなんてズルいのね! ズルなのね!)
有無を言わさず、そのまま彼を左右に大きく振り回す。
その光景はさながら巨大な振り子。
手の届かぬ場所に運ばれた彼に二人の手が伸ばされる。
ただ一人タバサだけがジトッとした視線でシルフィードを睨む。
気まずそうに視線を外す彼女の鼻先を小突く長尺の杖。
「………め」
「!!?」
まるで子供を叱るような彼女の言葉。
それを聞いたシルフィードの瞳から涙が零れ落ちる。
自分の気持ちをタバサは理解してくれない、その悲しみが胸の奥を掻き毟る。
(お姉さまのばかー!!)
あーんと泣き出すように風竜の巨体が彼方に飛んでいく。
勢いがついたまま解放されて、どこかに飛んでいく彼に慰めの言葉は思いつかなかった。

散り散りになる戦友達。
ほんの数分の間の出来事だった。
それだけの時間で彼が築き上げた友情は崩壊したのだ…。


「よし!」
「それじゃあ行ってくるぜ相棒!」
ルイズがデルフを背負い出掛ける支度を整える。
本当は相棒に付いて行きたかったがルイズ一人では暴走の恐れがある。
その為、動けない自分の代理としてデルフに彼女の事を任せたのだ。
それにしても感嘆すべきは相棒の治癒力か。
揃いも揃って薬に精神を蝕まれたというのに何ともないと言うのだ。
普通の薬ならまだしも魔法薬という未知の物質さえも無効化する体。
こんなのがアカデミーに知られたら解剖コース間違い無しだ。

「私が戻ってくるまで大人しくしててね」
「……駄目」
ルイズの言葉にタバサは首を振った。
あまり自分の意思を表明しないタバサが言った明確な拒否。
突然の一言に“ワガママ言わないで!”と怒鳴りそうになったのを堪える。
本来なら学院の生徒は皆、里帰りしている時期なのだ。
タバサの故郷がどこにあるかは知らないけど家族に会いたい気持ちは良く判る。
家での立場がない事を除けば自分だって帰りたい。
私達以外に親しい友人もないタバサにとって家族との時間はどれほど大切な物か。
それを自分の使い魔が巻き込んだせいで潰してしまうなど出来ない。
「判ったわ、二人の事は任せて。必ず何とかするから」
「…………」
タバサの両手をがっしりと掌で包む。
戸惑っているタバサに笑顔で応える。
そして今度は彼女の腕の中に収まっている自身の使い魔に語りかける。
「タバサの事、お願いね」
「わんっ!」
デルフの翻訳を介さずとも判る力強い返事。
例え離れ離れになろうとも、そこには見えない確かな絆がある。
そんな二人の関係を目の当たりにして、タバサの眉が寄る。


「……………」
「わふっ!?」
むにっと掴まれて引き伸ばされる彼の頬。
口の端が上がって、なんとなく笑顔に見えない事もない。
「ちょっ……ちょっと何してるのよ!?」
「嫉妬だな、こりゃ。下手に構うと余計悪化するぜ。」
「うぅ……待ってて! すぐに! 早急に! 超特急で何とかするから!」
言うなり颯爽と彼女は馬を走らせる。
その背中を見ながら、タバサは両手に残った彼女の温もりを感じていた。
ルイズの気持ちが伝わってくるような温かさ。
“必ず何とかする!”と言った彼女の力強さ。
自分がそう感じ取れたように、母様も同じように感じてくれるのだろうか…?

いや、それは有り得ない。
母の目に映る自分の姿は敵なのだ。
どんなに傍に居たくとも母様の安らぎを邪魔するだけ。
家に居る事さえも許されない。
だけど、いつかは……。

「!?」
突然の感触に体を震わせる。
見れば彼が自分の頬を舐めていた。
よほど自分は思いつめた表情をしていたのだろうか。
そんな顔を曇らせる彼女を彼は案じていたのだ。

そう。今は一人じゃない。
シルフィード、キュルケ、ルイズ…皆がいる。
それがどれほど頼もしい事なのか、彼女は身を以って知った。
そして、今も信頼すべき友達が私の為に走り回っている。

「……もう大丈夫」
タバサが彼に微笑みかける。
それは惚れ薬の効果などではない心からの笑顔だったと、
幸せそうに笑う彼女を見て彼はそう思った。
彼を抱えたタバサが青空の下を歩く。
心地良い風が二人を優しく包んでいた。


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