ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-25

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「あれ? 何よこれ」
「あん、何だこりゃ?」
開けられたケースの中から出てきたのはヴィンテージ物のワイン。
それはいい。問題なのは……。
「コルクに穴が開いてるわね」
「なんだよ、伯爵の飲みかけかよ」
ワインとしての品質には変わりは無いし、量もそれほど減っているわけではない。
だが一度開封した跡がある以上、その価値は格段に落ちる。
換金した所で二束三文がいい所だろう。
かといって今更交換に行くのも難しいだろう。

「しゃねえなあ……これは俺達で処分するか。
相棒はワイン飲んだ事ねえだろ? いい機会だ、飲んでみな」
「わんっ」
「私は遠慮しておくわ。モット伯の飲み残しなんて」
それだけ言うとルイズは部屋を出て行った。
しかし、そうすると残るのは彼とデルフだけ。
さらにデルフはワインが飲めないので実質彼一人でボトルを空ける事になる。
それはさすがに無理なので、他の知り合いに声を掛けて回った。
キュルケとギーシュは喜んで引き受けてくれたが、タバサは部屋に篭ったまま読書に没頭していた。
サイレンスを掛け周囲の音を遮断している事から呼んでも無理だろうと諦めた。

さっそく仲間が揃った所で厨房にグラスと氷、ワインクーラーを調達に向かう。
もう厨房では既に顔馴染み、ソリにテキパキとツマミまで搭載されていく。
さながらF1のピットインといったところか。
飲み切れない分は厨房に持ってくるんで皆さんで、と別れを告げて部屋へと戻る。


「さてと、それじゃあ乾杯しましょうか」
ワインクーラーに突っ込んで三分もしないうちに、キュルケがボトルに手を掛ける。
ギーシュの制止にも係わらずにコルクを抜く。
「待ちたまえ。まだ冷え切ってないだろ? それ」
「もう十分じゃない。私、待たせるのは好きだけど待つのは嫌いなの」
そう言うとトクトクと自分のグラスを朱で染めていく。
やれやれと首を振るギーシュもそれに続いて自らのグラスに注ぐ。
そして最後に彼の皿へとワインを流し込む。
全員に行き渡ったのを確認すると、キュルケが乾杯の音頭を取る。

「じゃ、かんぱーい!」

二人が一息にグラスの中身を飲み干す。
それに遅れまいとペチャペチャと彼がワインを舐め取る。
薬品のような僅かな刺激臭を感じたが、ワインの香り自体は嫌いじゃなかった。
ぽかぽか体が温まるような感覚に心地良くなる。
その直後、室内に大きな音が二つ響いた。
彼が視線を向けた先、ギーシュとキュルケがその場に倒れ伏していた。
「おい、どうした!?」
デルフの叫びにも全く反応を示さない。
まさか毒の類だったのか、否応無しに警戒感が高まる。
突然、開け放たれる扉。
そこから飛び込んできたのはタバサだった。
彼女はその場で誘いは受けなかったが、
区切りのいい所まで読み終えてからルイズの部屋へと向かった。
いかに最優先にすべき事があるといっても、
この本をくれた彼からの誘いを断るのは気が引けたのだ。
そしてドアをノックしようとした瞬間、中から大きな音が聞こえた。
彼女の直感が緊急事態を告げた。
そのままドアを開け放ち中へと躍り出る。


「……………!」
刹那、タバサの視界が暗転した。
室内で彼女が目にしたのは悪夢の再現。
床に落ちたグラスと倒れた女性。
その姿が彼女の母親と重なる。

咄嗟にタバサはボトルに手を掛け、その臭いを嗅ぐ。
ワインの香りに混じった少量の薬品臭。
(これは……魔法薬)
彼女達が倒れた原因は間違いなくこのワインと断定する。
すぐさまコルクで封じ、キュルケへと駆け寄ろうとした。

だが、タバサの足がもつれる。
その場に膝を落としたまま一歩も動けない。
思考に霞がかった何かが広がる。
睡魔に襲われる感覚にも似た強烈なダルさ。
意思に満ちた瞳がガラス玉のように力を失う。

薄れゆく意識の中、彼女は自分に起きた異変を理解した。
これは魔法薬の効果だ。
直接飲まなくとも揮発した物を吸引するだけで効果を発揮するのか。
ディテクト・マジックなら危険を冒さずに確認できた。
そんな事も忘れてしまうほどに彼女は自分を見失っていた。


何度も夢に出てきた光景。
それでも無関係な人間だったなら彼女は取り乱さなかった。
倒れていたのがキュルケでなければ……。
他者との関わりを絶っていた自分に近づいた唯一の人間。
そして、今は無くてはならない親友。
何故、母様なのか。何故、キュルケなのか。
何故いつも自分の大切な人達が巻き込まれるのか…。
“必ず助ける……だから待っててキュルケ”
怒りに震え握り締めた拳。
それも次第に力を失っていきタバサの意思はそこで潰えた。


彼が吼える。
幾度も幾度も倒れた仲間達に呼び掛ける。
バオーの咆哮には遠く及ばない。
それでも力強く塔を揺らさんばかりに吼え立てる。
だが一向に意識を取り戻す気配は無い。

彼が助けを呼びに行こうと部屋を飛び出そうとした。
その直前、キュルケの体が僅かに動いた。
緩慢ながらも眠りから目覚めるように彼女は起き上がった。
「んん………」
まだ意識がハッキリしないのか。
彼女は頭を僅かに振るって呆けた表情を見せる。
近くに駆け寄り声を掛ける。
目にまだ力が戻っていないが呼吸も正常。
安堵した彼にキュルケの手が伸びる。
そして彼を抱え上げて両腕で優しく包む。


「心配してくれたのね…ありがとう」

ようやく意識を取り戻したのか、
キュルケの体温を感じながら無事を喜ぶ。
彼女の唇が艶かしく耳元で続きを囁く。

「ありがとう……ダーリン」

はい……?
今、なんとおっしゃいましたかキュルケさん…?

彼の戸惑いにも関係なく、彼女は抱きしめた体を密着させる。
胸の谷間に挟まれる小さな体。
こちらの都合など無視し摺り寄せられる頬。
彼女の香水の臭いが彼の体中に染み渡っていく。

「ああ……! 貴方ってばいつも無口でク-ルなのね。
気のない振りしてそっぽ向いているくせに、ホントはいつも私の心配してて。
そんな風に私を焦らせて愉しんでるんでしょう、ヒドイ人ね…」
「……いや相棒、人じゃねえし」
言葉に詰まったデルフが放った一言も盲目な愛の前では無意味。
ひたすら鼻先に繰り返される濃厚なキス。
それから逃れようと身を捩る。
「あん、もう。そんなに激しく動かれたら、もう私……きゃ!」
その度に胸元から伝わってくる感触がこそばゆいのか、彼女の拘束が緩まる。
一瞬の隙を突き離脱と同時に反転、逃走。
彼が向かった先にはギーシュがいる。
理由は判らないが彼女は正気を失っている。
何か別な物の危機は感じるが、生命の危険は感じない。
バオーの力が使えない以上、ガンダールヴの力だけで彼女を取り押さえなければならない。
しかし動きを封じ込めるのは倒すよりも遥かに難しい、ましてや犬と人間だ。
そこでギーシュを起こし協力を求めようとしたのだ。
個人差はあるかもしれないが、キュルケが起きたならギーシュも起きる筈。
運が悪い事に彼の予想は正解だった。


「ううん……」
ギーシュが目覚める。
しかし、この状況をどう説明したものか。
“この異常事態に困惑するかもしれない”
そんな不安は一瞬にして解消された。
目を開けると同時に、ギーシュが彼を抱きすくめる。
そう、彼も異常事態の一部だったのだ。

「ああ! 君はなんて美しいんだ!
このプニプニした肉球の感触! 愛らしい顔立ち!
そして、ふわふわした毛の手触り!
この世のものとは思えない至上の美だよ!」
「……だから相棒はこの世界の生まれじゃねえって」
何を言っていいのか判らない状況の中で搾り出したデルフの声。
それもやはり愛に猛進している男には届かない。
むーっと唇を近づけてくるギーシュの顔を前足で阻む。
直後、飛んできた机に壁の端まで弾き飛ばされるギーシュ。
見れば杖を手に顔を怒りで高潮させるキュルケがそこにいた。

「ギーシュ! 誰に断ってダーリンに手出してるのよ!」
「何を言っているんだ! 彼は君の物なんかじゃない!」
本人そっちのけでヒートアップする二人。
もはや互いに言葉は無用。
杖を向け合い一歩も譲ろうとはしない。
光の杖捜索隊として協力し合った彼女達はもういない。
まるで親の仇と会ったかのような視線で睨み合う。
「いいわ……決闘よ!」
「いいだろう……決闘だ!」
混迷は更に度を強め、状況を理解させぬまま彼等を押し流していく。
キュルケだけはない、ギーシュもおかしくなっている。
いや…いつもの事といえばいつもの事だが今までとベクトルが違う。
彼が美しいというのは自分と自分の使い魔、そして女性だけだ。
それがいきなり犬にアプローチするなど気が触れたとしか思えない。
原因は間違いなくワインを飲んだせいだろう。
唯一、この場にいてワインを口にしていないタバサを揺さぶり起こす。
一人ではギーシュとキュルケは止められない。
これ以上の悪化を防ぐ為に助力を求める。


「う、ん……」
まどろみから目覚めるように開かれるタバサの瞳。
念の為、急に抱きつかれる事を警戒し身構える。
しかし彼女は緩やかに立ち上がると周りの状況を確認し始めた。
何が起きているのか冷静に把握する為だ。
その動作に彼とデルフが安堵の溜息を漏らす。
「見ての通りだ。あの二人を早く止めてくれ」
「…………」
デルフに無言で頷くと彼女は杖を振るった。
突然の横槍に呆気なく二人の手から杖が奪われる。
不意を突いたとはいえ実に鮮やかな手並みだ。
タバサが無事で良かったとデルフは思った。
この二人さえも手玉に取れるタバサまでおかしくなっていたら、
ルイズでは太刀打ち出来る筈もない。
「いやー、本当に嬢ちゃんが無事で良かっ……」
そこまで言った所でデルフの口が止まった。
デルフの目前にはぬいぐるみのように抱き上げられた相棒の姿と、
その相棒に頬を摺り寄せるタバサの姿。
相棒と触れ合うその頬が僅かに赤みを帯びている。

「参ったね……嬢ちゃんもか」
絶望しきった声でデルフが呟く。
見上げた視線の先では同じく疲れ切った表情でぐったりする相棒。
ピクリとも動かない様子がいかにもぬいぐるみといった感じだ。
助けてやりたいのは山々だが、使い手から離れた剣に出来る事などない。
「こらタバサ! ダーリンを放しなさい!」
「そうだ! 彼も嫌がってるじゃないか!」
「………嫌」
追いかけてくる二人に背を向けて、彼を抱えたまま走り出す。
杖を取り上げたのは彼を独占する為か。
その光景は、まるでお気に入りの人形を取り合う姉妹のよう。
そこには彼の意思など介在していない。

「これは何事よ!?」
自室に戻ってきたルイズが目にしたもの。
それは一匹の犬を巡って見た目麗しい男女が骨肉の争いを繰り広げる、ある種の地獄絵図。
しかも、その余波で自分の部屋は壊滅寸前。
ルイズの叫びも暴れる三人とその中央で力尽きている一匹には聞こえない。
残骸に混じってひっくり返ったソリを起こし、デルフに問う。
答えに困ったデルフがまるで他人事のように呟く。

「何事って……色事じゃねえかな。もてる男は辛いねえ」


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