ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-39

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匿名ユーザー

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場面は数日前にさかのぼる。

シエスタ、キュルケ、ギーシュ、タバサ、モンモランシーの五人は、オーク鬼の巣くう寺院跡からタルブ村へと移動していた。
馬なら数日はかかるであろう距離を、五人は数時間で移動している、タバサの風竜、シルフィードのおかげだ。
正午を過ぎたあたりで、シルフィードと他五人がタルブ村の広場に降りる。
突然現れた竜の姿に村人達は驚いたが、その中にシエスタの姿を見つけると、一人が慌ててシエスタの実家に駆け込んでいった。

「ここがタルブ村なの?ラ・ロシェールより遠いのね」
シルフィードの背から皆が降りると、モンモランシーが村を見回して呟いた。
「ホントの田舎よね、でもここのワインは凄く美味しいわよ」
「へえ、それは本当かい?ツェルプストーが褒めるとは珍しいじゃないか」
キュルケがワインを褒めるのを聞いて、ギーシュが感心したように呟いた。
「あら、私だって良い物には賞讃を惜しまないわよ」
どこか楽しそうにキュルケが言うと、タバサがそれに続いた。
「ハシバミ草も美味しい」

シエスタがシルフィードの背から降りると、シルフィードはシエスタの頬に自分の頬をこすりつけ、きゅいきゅいと鳴いた。
「きゅい!」(貴方といっしょだと疲れを感じないのね!)
「きゃっ、もう、くすぐったいよ」
風竜の中ではまだ幼いが、人間から見ればシルフィードはかなり大きい。
そんなシルフィードを怖がることなく頬ずりされているシエスタを見て、村人達の緊張は少しずつほぐされていった。

「おお、シエスタ、それに貴族様方まで!」
自分の名を呼ぶ声が聞こえたので、シエスタはシルフィードの頭をそっと撫でてから、声のした方を振り向く。
そこには声の主である、シエスタの父がいた。
「お父さん!元気だった?」
「ああ。何の変わりもないよ、ところで、この間いらしたミス・タバサ様と、ミス・ツェルプストー様と……他にも貴族様がいらっしゃるようだが、今日はどうしたんだい」
シエスタが父に抱きつくと、シエスタの父は困ったような顔をしながら、他の面子を見回した。
「あら、お久しぶり。今日はワインを頂きに来たのよ」
「ヨシェナヴェを食べに来た」
早速ワインを要求するキュルケと、食べ物を要求するタバサを横目に、ギーシュとモンモランシーがシエスタの父に向き直った。

「君がシエスタの父君かい?僕はギーシュ・ド・グラモン。ミス・シエスタには何度か助けられているよ」
「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。同じくシエスタに助けられたわ。今日は宝探しに来たのよ」

ギーシュとモンモランシーが姓名を名乗ったことで、シエスタの父は驚き、跪いた。
「お名乗り頂けるとは身に余る光栄にございます。ですが、宝探しと言われましても、この村には何もありません」
お宝と聞いて、シエスタの父は困ったような表情をしたが、ギーシュが『そんなはずはない』と言いたげな表情で、あごに手を当てて首をかしげた。
「竜の羽衣、というマジックアイテムがあると聞いたんだけどね、それを見せてくれないか」
「えっ!また…あ、いえ、アレはマジックアイテムのようなものではございません」
「また?」
シエスタが不思議そうに呟く。
「お父さん、また、ってどういうこと?」
「ああ、実はな…」
シエスタの父が質問に答えようとしたところで、その背後から聞き慣れた、しかし意外な人物の声が聞こえてきた。

「やあ、君たちも来たのか! 一足早い夏休みは堪能したかな?」
まるで教鞭のように杖を持ちながら、シエスタの家から一人の男が姿を見せた。
「「「「コルベール先生!」」」」
陽光を受けて輝く頭、小さな眼鏡、誰が見ても間違えようのないその姿は、魔法学院の教師、ジャン・コルベールであった。

タバサ以外の皆が戸惑っていると、シエスタの父が跪いたまま答えた。
「コルベール様は、三日前からこの村の調査に来られまして。はい」
「私は今、『竜の血』の研究をしていてね。いずれタルブ村に訪れる予定だったのだが、オールド・オスマンがすぐにでも調査しろと仰ってくれたんだよ」
コルベールが続いて説明すると、竜の血という聞き慣れぬ単語に、シエスタ、ギーシュ、モンモランシーが首をかしげる。
「竜の血って何ですか?」
モンモランシーが質問しようとしたところで、先にシエスタの家へと足を進めていたキュルケが皆を呼んだ。
「そんなことはいいから、さっさとワイ…お昼にしましょ!」

「ははは、実は私も今朝早くから地形調査をしていてね。お腹がすいてるんだ。ここのヨシェナヴェはとても美味しい。細かい話は昼食を食べながらにでもしようか」
コルベールがそう言って歩き出すと、皆もそれに従ってシエスタの家へと移動した。

シエスタの家では手狭ということで、一行は村人が共同で使う建物へと移動していた。
この建物は木材を加工して作られているが、他の建物よりもかなり頑丈に作られている。。
曾祖父の故郷では『台風』や『地震』といった災害が頻繁に起こるらしく、それを考慮して作られているのだとか。

広間の中央に置かれたテーブルに、大きめの鍋が置かれ、ヨシェナヴェが湯気を立てている。
キュルケはお気に入りのワインを一口、二口と飲んでいい気分になっていた。
始め、モンモランシーはヨシェナヴェの香草の使い方に感心しつつ食べ始めていた。
「美味しいわね。ハシバミ草なんて苦いだけだと思ってたけど、ヨシェナヴェだとほろ苦くて甘くなるのが凄いわ」
「まったくだね。ただ、僕にはすこし味が濃い方がいいな」
ギーシュは味に文句を言うが、不満に感じているわけではないので食べる勢いは悪くなかった。
タバサは乾燥ハシバミ草をちりばめた芋の冷製スープを飲み、ゲップをした。
「そんなに急がなくても料理は逃げませんよ」
シエスタが笑いかけると、タバサは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、第二、第三のハシバミ草へと手を着けていった。
「それにしても、苦い薬草をうまく調理したものだね」
コルベールも感心しながらヨシェナヴェを摘んでいた。


食事が一段落すると、おもむろにコルベールが呟く。
「ミスタ・ギーシュとミス・モンモランシーは、届け出が出ていなかったね」
その言葉にギョッとした二人は、顔を見合わせた。
「波紋の調査、研究の名目で、授業免除の届け出が出ていたのは、ミス・シエスタ。ミス・ツェルプストー。ミス・タバサの三人だけだったのだが…」
「ふっ…このギーシュ・ド・グラモン。女性が傷つくのを見過ごせません」
「あんた何の役にも立ってないじゃないの!」
キザったらしく薔薇の造花を取り出したギーシュと、それを諫めるモンモランシー。
よく見るとギーシュの額には汗が浮いている、虚勢を張っているのだと一目でわかった。
「ははは、まあ、先ほど少しミス・シエスタから聞いたが。今回の宝探しは魔法の活用を考えるよい機会になったようだね。後で私から学院長に話をしておくよ、そんなに心配することもない」
コルベールの言葉を聞いて、モンモランシーとギーシュが笑顔になる。
「ホントですか!助かったわね、ギーシュ」
「ははは…」
モンモランシーがギーシュに向き直ると、ギーシュはふぅ、とため息をついて、助かった…と呟いた。


「ところで、コルベール先生はどうしてタルブ村に?」
「その質問に答える前に、僕から君たちに質問したいが、いいかね?」
シエスタがコルベールに質問すると、コルベールは机に肘を突いて、少し前屈み気味な姿勢になり、話し出した。
「今回の宝探しで、『波紋』について何か感じたことはあるかね?まずは…ミス・モンモランシー」
「えっ?は、はい。波紋は治癒の効果を劇的に高めてくれます」
「うむ。それじゃあ次は…ミスタ・ギーシュ」
「生物の位置を関知していたかな…。そうそう、風のメイジが使う『遠見』と組み合わせれば、もっと細かい部分まで知覚できるんじゃないかと思います」
「それは良いところに気づいたね。じゃあ次はミス・ツェルプストー」
「……シエスタの手を握ると、物陰にいるオーク鬼にもファイヤーボールを当てられましたわ」
「魔法の遠隔操作性が向上する、ということだね。ミス・タバサは?」
「ハシバミ草が美味しくなる」
「いやいや、冗談ではなくて…」
冷や汗を掻きながら、コルベールがタバサを見る。
するとタバサは授業で見せたこともないような真剣な表情で見つめ返していた。
「う、うむ。まあ波紋には生物を活性化させる効果もあると言われているし、食材がより美味しくなるのも頷ける…かな」

一通り質問を終えると、コルベールは居住まいを正した。
「以前、授業でも見せた『愉快なヘビ君』を覚えているかね。実はこの村にある『竜の羽衣』には、僕の作った『愉快なヘビ君』など比べものにならないほど高度で、パワフルな装置が組み込まれているみたいなんだ」

コルベールの話では、この村に安置されている『竜の羽衣』はマジックアイテムではなく、固定化以外の魔法が一切使われていない工業品だという。
シエスタの曾祖父が残した日記から、シエスタが使っている特殊なマントを制作したコルベールは、日記に書き残されていた『エンジン』や『ゼロ式戦闘機』に興味を持った。
それがタルブ村で『竜の羽衣』と呼ばれているのを調べ上げ、ここまで調査に来たというのだ。
そのついでに、オールド・オスマンから『シエスタの曾祖父母を調査せよ』と辞令を下され、調査費を貰ってここまで来たのだと言う。

くだんの『竜の羽衣』だが、その技術と精度はゲルマニアを遙かに凌駕する上に、今まで見たこともない軽さと丈夫さを兼ね備えた金属が使われている。

魔法学院の教師の中でも、ひときわ変わり者だと言われているコルベールは、生徒に呆れられる事が多い。
だが、今日のコルベールはひと味違った。
『竜の羽衣』に使われている素材や、設計思想の転用を語ったのだ。

現在、ハルケギニアで使われている空飛ぶ船は、風石を使い宙に浮き、帆が風を受けて移動する。
『竜の羽衣』の素材を使えば、風石の消費を何割も押さえ、なおかつ移動速度を劇的に早めることができる…と熱く語っていた。

話が終わる頃、意外にも、キュルケがコルベールの考えを肯定した。
ゲルマニア出身の彼女にとって、自国の技術を遙かにしのぐという工芸品に興味を持ったらしい。

昼食の後、皆で竜の羽衣を見に行くことになった。


「こんなものが飛ぶの?」
竜の羽衣を見たキュルケが言いうと、それに合わせてギーシュも頷く。
「これはカヌーかなにかだろう? そこに翼をくっつけたインチキじゃあないのか?これじゃあ羽ばたくようにもできていないし……いや、でもこの金属は何だ?」
ギーシュは『竜の羽衣』を指で触れ、その質感に興味を示した。
キュルケも最初は胡散臭そうに竜の羽衣を見ていたが、ゲルマニアの工業技術と比較してみると、竜の羽衣は優れた点が多いと感じるようになっていた。
「この素材はジェラルミンと呼ぶそうだ。鉄でもない、銀でもない、柔らかさを保ちながら粘りが強い不思議な材質だよ」
「へえ」
コルベールの説明を聞き、ギーシュも感心したように呟く。
タバサが竜の羽衣の上に乗ると、それを見たキュルケが杖を取り出した。
「ちょっといい?レビテーションをかけるわよ」
キュルケがレビテーションをかけると、竜の羽衣はほんの少しだけ浮き、すぐに地面に降りた。
「…ふう、以外ね。レビテーションじゃ動かないぐらい重いと思ったけど、かなり軽いのね。確かにこれを船や馬車に転用できたら一儲けできそうだわ」
「やれやれ、君はまた金の話かい?」
ギーシュが批難めいた視線をキュルケに向けようとしたところで、モンモランシーがギーシュの頬をつねった。
「あんたも宝探しの最中は財宝財宝って目の色変えてたじゃないの」
「ふわ、ほんほらんひー、それはひみへのぷれへんほのはめはよ」
(うわ、モンモランシー、それは君へのプレゼントのためだよ)

「うむ…なるほど、これはやはり『竜の血』か」
「竜の血?」
いつの間にか燃料タンクを開けて、中の臭いを嗅いでいたコルベールが呟いた。
シエスタがそれに近寄ると、何とも言えない異臭が漂ってきたので顔をしかめた。
「な、なんですかこの臭い」
「この『竜の羽衣』に使われている燃料らしいね。油よりもかなり揮発性が高いようだ」「燃料?」
「以前見せた『愉快なヘビ君』よりも、遙かに完成度の高いものがこの中に収まっているんだ。それを動かすにはこの『竜の血』が必要らしい」
「へえ…」

一通り『竜の羽衣』を見た一同が外に出る。
お宝を手に入れられなかった落胆こそあったものの、これで一応の冒険が終わったと思い、皆は一様に開放感に包まれていた。

今度はシエスタの案内で、曾祖母の残した葡萄畑へと移動したが、途中でコルベールが何かをスケッチしていたのを誰も気にしなかった。

一行は、お喋りをしながら歩き、葡萄を食べ、夕焼けを見て…夕方も過ぎたところで、やっとタルブ村へと戻った。

これで宝探しの冒険も終わりということで、気をよくした五人はさながら宴会のような夕食風景となった。
モンモランシーとギーシュは、ワインをたらふく飲んで早々に寝てしまった、きっと旅の疲れもあったのだろう。

夕食が終わった後、シエスタは兄弟達と共に後かたづけをしていた。
井戸から汲んだ水を運んでいると、一羽のフクロウが近くの木に留まっているのに気づいた。


ふと、違和感を感じた。
フクロウの視線が、キュルケ達のいる建物に向けられたままなのだ。
シエスタは、いつものように本を読んでいるタバサに一言「見慣れないフクロウがこっちを見ている」と告げた。
タバサが本から目を離してフクロウを見ると「……急用ができた」と言って立ち上がった。
タバサの表情はいつもと変わらないように見えたが、雰囲気だけは明らかに違っていた。
血の臭いがするような、そんな気配を漂わせたタバサがフクロウの前に立つと、フクロウはどこからか手紙を取り出しタバサへ渡した。
手紙の内容を確認したタバサは、シルフィードを呼び、ふわりと飛び乗った。
「ごめんなさい、コルベール先生の馬車で帰って欲しい」
タバサがそう告げると、シルフィードの羽の音に気づいたキュルケが建物から飛び出してきた。
「タバサ!」
キュルケが叫ぶ、それを聞いてもタバサの表情は変わらないが、少し間をおいて口を開いた。
「これは私の問題だから。 すぐ帰るから」
「……お土産忘れないでよ」
タバサはこくりと頷くと、シルフィードが翼を大きくはためかせて、タバサを乗せて遠く空へと飛んでいった。

「キュルケさん、あのフクロウが持ってきた手紙って……」
「……例の”任務”でしょ」
「私達には手伝えないんでしょうか」
「駄目よ、そんな事をしたら、北花壇騎士が外部の者に任務内容を漏洩したって言われちゃうわよ」

「そうですか…」
シエスタが俯く。
タバサの立場を考えれば仕方のないことだが、シエスタにはそれが納得できない。
シエスタ達がタバサを手伝うだけでも、何らかのペナルティを課される可能性がある。
それがどうしても納得できないのだ。

「でも、偶然居合わせる分には悪くないでしょ?」
「えっ?」
キュルケの言葉に驚いたシエスタは、ハッと顔を上げた。
隣に立つキュルケの顔は、悪戯を思いついた子供のようでありながら、戦士のような頼もしさを感じさせる、不思議な笑顔だった。






月明かりに照らされて、シルフィードが空を飛ぶ。
タバサはシルフィードの背に乗っていても、本を読みふけっていた。
「おねえさま、みんなに助けて貰わなくていいの?」
普段は人語を使わないシルフィードだが、タバサと二人きりの時は遠慮無く喋る。
「きっとみんな助けてくれると思うのね。きゅい」
「駄目」
「どうして?みんな、おねえさまが大変だって知ってるのね、おねえさまが怪我して帰ってきたら、みんな心配するのね」
「怪我するようなことに、巻き込めない」
タバサの呟きは、小声だったが、強い意志が込められているように感じられた。
「もう、おねえさまの意固地……怪我したらシエスタの所に無理矢理連れて行って治して貰うのね」
「………」
返事せず、読書を再開するタバサ。
ふと本を閉じて月を見上げると、数日前まで重なっていた二つの月が、離れようとしていた。
それでもまた、重なるのだ。
だから寂しくないんだと、タバサは自分に言い聞かせて、再度本を開いた。


そして翌日、早朝になりシルフィードとタバサの不在を告げられたモンモランシーとギーシュは、愚痴を言いながらも馬車に乗り込んだ。
コルベールは竜の羽衣の部品をサンプルとして持ち帰るつもりでいた、そのためシエスタ達四人が乗っても余裕のある馬車でタルブ村まで来ていたのだ。
シエスタが馬を操り、荷台ではギーシュ達が景色を見たりしながら談話している。
途中でコルベールとシエスタが御者を交代し、シエスタは馬車の幌の中に入っていった。
「それにしてもとんだ冒険だったわよ」
モンモランシーが呟くと、ギーシュもそれに合わせて頷いた。
「まったくだ、オーク鬼やら何やらで大変だったよ」
「あら、領地を持った貴族がそんな事じゃ、領民を守れないわよ」
キュルケが意地悪そうにギーシュを挑発する、ギーシュは言い返せないのか、そのまま黙ってしまった。

「そういえば…あの葡萄畑って、一年中実がなってるの?」
キュルケの隣に座ったシエスタに、モンモランシーが質問した。
キュルケが気に入ったワインは、タルブ村で作られる葡萄によって作られるが、不思議なことにその葡萄は一年を通して実がなっている。
だが、不思議なことにその葡萄は他の場所では育たず、タルブ村のごく一部の場所でしか実がならない。

「はい、曾お婆ちゃんが育てたから…もしかしたら、波紋でも残ってるのかも知れませんよ」
「そっか、それは面白いわね。ねえシエスタ、学院に帰ったら波紋が植物に与える影響も研究してみない?」
「それは面白そうですね。こーーーんなおっきい芋が取れるかもしれません!」
オーバーに手を広げるシエスタを見て、モンモランシーはけらけらと笑い出した。
「あんたって本当に田舎の子ね!もう、農園じゃないんだから」
シエスタはちょっと恥ずかしくて顔を赤くし、つい俯いてしまったそうな。



シエスタたち一行は、途中で一晩野宿を経てから、魔法学院に帰還した。

皆が部屋に戻り、風呂に入って汗を流そうとしている頃、オールド・オスマンは学院長室で『太陽の書』を開いていた。
「ふむ…」
傍目には、何も書かれていないページをめくり、一人で頷いているもうろく爺に見えるかもしれない。
だが、オールド・オスマンの眼には、あるはずのない文字が映っていた。
「エイジャの赤石…か、吸血鬼を超える究極生命体など、考えたくもないわ」
ふぅ、とため息をついて本を閉じて机の中にしまうと、不意にドアがノックされた。
「ロングビルです。コルベール先生をお連れしました」
「入りたまえ」
ガチャリ、と扉が開かれ、ロングビルとコルベールが学院長室の中に入る。
ロングビルが秘書の席に座ると、コルベールはオールド・オスマンの机の前に歩み出て、肩から下げたバッグを机の上に置いた。
「タルブ村の調査と、竜の羽衣に関する調査、一通り終了しました」
「ご苦労、シエスタ達はどうしているかね?」
「旅の疲れもあると思います。宝探しの報告は後ほど呼び出すと言っておきました」
「それでかまわん。ところで君の目から見て、彼女らの『宝探し』はどうだったと思う」
そう言ってオールド・オスマンが笑った。

「ミス・シエスタから聞いた話では、オーク鬼、トロル鬼、洞窟のトラップ……さまざまな分野で、波紋は『魔法の補助』として活躍したそうです」
「うむ、魔法の補助…今はそれでよい。下がりなさい」
「はい」
オールド・オスマンが退室を促すと、コルベールは一礼して学院長室を出て行った。
そして、机の上に置かれたバッグに手を伸ばし、オスマンは報告書類などに目を通していく。
タルブ村の地図に目が留まると、『太陽の書』に書かれていた図形を思い出しつつ、オールド・オスマンは地図に印を付けた。

リサリサが残したとされる葡萄畑の位置に、小さく赤い丸が描かれた。



時を同じくして、アルビオンからの艦隊がラ・ロシェール付近に到着した。

いくつもの砲撃音の後、トリステイン艦隊全滅の報が王宮にもたらされたのは、それからすぐのことであった。




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