ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十四話 『暴走! 惚れ薬バカップル!』前編

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
ギーシュの奇妙な決闘 第十四話 『暴走! 惚れ薬バカップル!』

「…………」
「はい! 才人、あーん♪」
「……だが断る」

 香水のモンモランシー、という乙女がいる。
 水の秘薬作りに長けたメイジであり、その方面に関しては同年代の中で一番だといっても過言ではない。
 学生と言う身分でありながら、その製薬技術は卓越した者があり、上級生にも引けを取らないだろう。
 魔法のエリートが集うアカデミーなどから見れば、問題にすらならないレベルではあるのだが。

「…………」
「ふえ!? さ、さいと……? 私の事、嫌いになっちゃったの!?」
「……冗談だよ冗談」

 ギーシュ・ド・グラモンとは深い仲であり、彼と才人を中心とした騒ぎにもかなりの割合で関わっている。
 そのため、結構異常事態と言う奴に対する耐性が備わっていらっしゃるのだが。

「…………」
「……ひゃっ!?」
「俺がルイズの事、嫌いになるはずがないだろ」

 ……その彼女をもってしても。
 呼び出されたルイズの部屋で繰り広げられていた事態に、ついていけなかった。

「え? え??」

 網膜から視神経を走って、脳髄へ。
 伝わってきた視覚情報を前に、モンモランシーは間の抜けた声をあげる。

(い、いったいなにごと??)

 声をかけることすら忘れて、眼をパチクリさせるモンモランシーだったが、それも仕方がないだろう。
 今、彼女の目の前に広がっている光景は、それ程突拍子もないものだったのだから。

 まるで、台風が通り過ぎた後のように荒れ果てた室内。ボロボロのテーブルの上に並べられた朝食。

「しょ、食事中に何するのよぉっ!」
「なにって……ナニだけど」
「ひ、開き直るなぁー!」

 才人の膝の上に座って、いちゃこきながら食事を進めるルイズ。瞳潤ませ頬を染め、いつものツンなど影も形もない、見事なでデレデレっぷりである。
 彼女いない連中の股間を直撃だ。
 ルイズを膝の上に乗せて、オスマン顔負けのセクハラを披露する才人……テーブルの下に這わせた左手が動くたびにルイズが悲鳴を上げていることとは無関係だろう。
 そう信じたい。

 そんな二人が、目の前の料理を、二人羽織のように互いに食べさせている……そして極めつけは、そのすぐ傍らの、そこだけ綺麗なベッドに腰掛けて、倒れ付す半死人。

「…………」

 ギーシュである。
 顔は青いを通り越して真紫。瞳の焦点は合わず、半開きの口からは青白い何かがもわもわと漏れ出している。
 生まれついてのやわらかい金髪に、白髪が混ざって見えるのは眼の錯覚だろうか?

 ドピンクなオーラを撒き散らすバカップルと、死臭を撒き散らす半死人と。
 二つの相反するオーラが混ざり合って、中々に踏み込み辛い独特の空気が、室内に出来上がっていた。
 爽やかであるはずの朝の食事を前に、はた迷惑な事この上ない話である。

「んー? 生意気言うのはこの口かな?」
「…………っ!?」

 ……とうとう口移しで食わせ始めやがりましたよ。
 モンモランシーは硬直しつつも冷静に観察を続け、ふとあることに気付いた……二人の口の周りが、少しだがソースで既に汚れている。
 どうやら、さっきから似たようなことを何度もやってらっしゃるらすぃ。

 他の生徒達なら状況の異常に対応できず、苦情を言う事すら出来ないだろうが……幸か不幸か、モンモランシーは違った。
 ギーシュと共に巻き込まれたいくつかの事件が、彼女の神経を補強しており、現実逃避をさせてくれなかったのだ。

 自分をここまで連れてきたズォースイ先生は、オスマンを呼びに言っていない。ならば……

「……ええっと、ギーシュ?」
「……んぁ。モンモランシー。おはよう」

 とりあえず、まだ話しかけやすいギーシュに声をかけてみる。驚いた事に意識があったらしく、ギーシュは上体を起こす……眼の焦点顔色はそのまんまだったが。
 眼の焦点が合わず、紫の顔色でゆらゆら揺れる半死人……はっきり言って不気味だ。

「…………」
「…………」

 そして無言。

 やはり異常だと、モンモランシーは感じた。いつものギーシュなら、たとえ自分が死に掛けようとも、まず歯の浮くような褒め言葉をつけてくるだろう。
 灯の悪魔の時がそうだったし。

「い、一体これは何事なのよ」
「……ああ、ルイズと、才人のことかい?」

 一泊置いてから、ギーシュはのろのろと事情の説明を開始した。

☆★

「しゃ、シャトーオーブリオンの85、伝説の本物……」

 一連の話を聞き終わると、モンモランシーは絶句して頭を抱えた。
 シャトーオーブリオン85年物の、伝説の本物。
 その銘柄の示す価値もさることながら、アルコール成分と混入されたと言う薬品の反応等……数々の理由から水のメイジの好奇心を刺激してやまない研究対象である。
 それを、二人して全部飲み干したという。
 研究員を志しているわけではないにしろ、水のメイジの末端として、モンモランシーが受けた衝撃は大きかった。
 そんなモンモランシーの様子に、ギーシュは効能に驚愕したと取ったのか、気付いてないのか……恐らくは後者であろうが。

「うん……そうなんだよ……惚れ薬の話は聞いてたけど、まさかこれほどとは思わなかった……」
「……で、なんであんたの方は死に掛けてるのよ」

 気を取り直し、未だに揺れ続ける半死人に問うモンモランシー。二人のラブラブ具合と、ギーシュの憔悴具合の説明がつかないと思うのだが……

「……いやー。徹夜で一寸見張りをね」
「……見張り??」
「うん。まあ、なんというか……今のルイズと才人を、二人きりにするのは危険すぎると言うか……」

 言いながら二人に視線を送るギーシュに、釣られてそちらに視線を送ると。

 ――お二人さん、お互いの唇や喉筋についたソースやドレッシングを、舌で舐め取り合ってました。
 舐めとる時についた唾液が滴り落ちる有様が妙にエロティックである。

「…………」
「……わかるだろ? モンモランシー」

 思わず、全力全開で納得してしまった。
 確かに、人前ですらこんな過激なやり取りブチかますのだ。人目がなくなったらどうなる事やら。
 見つめあう二人。才人がルイズを押し倒し、ルイズは才人を受け入れて、暗転した画面にでかでかと浮かぶ、ピンクのハートと『 合 体 』の二文字。
 バックミュージックはサキソフォンとギシギシアンアン。
 耳まで顔を真っ赤にして頷く悶々、いや、モンモン。

「……ヴァリエール家の息女が、惚れ薬で純潔なくしたなんて、責任問題になりかねないからねえ……それで僕が見張る事になったんだけど、たいへんだったよ」
「……二人を、別々にするとかは?」
「無理だったよ。惚れ薬の効能が強化されてるみたいで、お互いの体が離れただけで過呼吸になるし」
「……だ、だったら……なんでギーシュが見張り役なのよ。先生達は??」
「……才人のルーンを物理的に押さえ込めるのって、僕のFODぐらいなんだよね」

 ゆーらゆらとメトロノームよろしく揺れながら、ギーシュは昨晩の苦労を語る。

「大変だったよ本当に……二人とも隙あらば×××しようとするし……人目が合っても『俺らの愛は止まらない!』とかなんとか。
 止めようとしたら才人は抜剣するし……愛のパワーだかなんだか知らないけど、疲れるって事を知らないし……」
「…………」

 どーりで部屋がボロボロなわけだ。

「おとなしくなったところでする事がなくて、二人のこと見張ってたら、ルイズの寝顔に見とれたとか言い出して……いきなり真っ向から唐竹割……真拳白羽取なんて、生まれて始めてやったよ……」

 なお、ギーシュは自覚してないが……昨夜の一連のやり取り、スピードだけで言うならばやたらとハイレベルな攻防になった。
 スピードだけならスタープラチナ並みのフェンス・オブ・ディフェンスと、伝説のガンダールヴである……ハイレベルにならないほうが可笑しい。

 更に言うなら、ガンダールヴの力は心の震え……すなわち、心の力の一種だ。
 ルイズへの間違った愛情で一杯になった才人のハートはこれ以上ないくらい震えまくり、その戦闘能力はえらい事になった。まさに、愛の力、ラブイズパワー。
 こんな馬鹿馬鹿しい事で強くなる伝説があっていいのだろーか。正直、才人がルイズを抱えているというハンデが無ければ、ギーシュは負けていた。

 ……才人の心の震えで記憶に突っかかりを感じたデルフだったが、状況のあまりの馬鹿馬鹿しさに、思い出すことを放棄してしまったのは、余談である。


「それで……なんで私が呼ばれたのよ」

 状況は全て把握した。
 が、自分がこの一件に協力できる要素が見つからず、モンモランシーは眉を潜めるしかない。
 確かに自分は水のメイジで製薬は得意分野だが……こういうのは、教職員に任せたほうがいいのではなかろうか。
 モンモランシーの知識など、学院に詰めている……たとえば、医務室の主に代表されるメイジに比べれば、微々たるものだろう。
 ズォースイの責任問題を避けるため? それとももっと別の……

「……事は、内密に行う必要があるからじゃよ」
「!?」

 質問に答えたのは、ギーシュではない。
 丁度いいタイミングで部屋に入ってきた、オスマンである。ズォースイを伴った老人は、まるで二人の会話を盗み聞きしていたかのように、実にタイミングよく表れて適切な言葉を放った。
 その言葉を受けて、ギーシュは糸が切れたように倒れこみ、意識を手放した……限界だったらしい。色々と。
 前触れなく返ってきた声に驚いて振り向くモンモランシーの目には映らず、気遣いすらしてもらえなかった……昨夜の激闘と言い、色々と不憫な奴である。

「ミスタ・グラモンから何処まで聞いたかわからないが……彼がアカデミーから狙われていることは、知っているな」
「は、はい」
「……仮に、だ。
 君がアカデミーの人間で、この事件の事を知ったらどうする?」
「……!」

 ズォースイの淡々とした問いに、モンモランシーは一瞬詰まってしまう。
 ……考えずとも、分かりきった事だった。
 シャトーオーブリオン85年の白、伝説の本物……そんな者が発見されたとなれば、学術的な見地から、すぐに……
 思いつかなかったから、詰まったのではない。
 連想できたからこそ、詰まったのだ。

「――そういうこと、ですか」

 モンモランシーのつぶやきに、ズォースイは静かに頷いて見せた。
 もしも、この一件がアカデミーにもれたりしようものなら……連中は『調査および二人の治療』のお題目で学内に入り込んでくるだろう。
 そして、ルイズとサイトをアカデミーに連行していくに違いない。その先は……考えたくも無い。

 本来食堂でするべき朝食を部屋に持ち込んだのも、二人の姿を衆目に晒さないためだろう……色々と教育に悪い光景でもあるし。

「やぁんっ。へんなとこさわらないでよぉ」
「んー……そーだなぁ。
 触っちゃ駄目なら、へんなとこを食べちゃおう♪」
「きゃうっ!?」

 オスマン達の入室にも気付かずいちゃこいてるくらいである。外を出歩かせたらどんな騒ぎをおこす事やら。完全に自分たちだけしか見えていない。
 総員、O指定以上R指定未満の二人から目線を逸らしつつ、会話を続ける。

「治療用の薬を作ろうにも、教職員や学院の施設を使ってしまうと、証拠が残ってしまうでな。自ら敵を招き入れる事もあるまい。
 その点、君の部屋ならば大丈夫じゃ」

 学院で所有している薬品は、名目上は『国の所有物』であり、使用のたびに国に報告する義務がある。
 ご禁制の品の原料になる薬品や、精製可能な特殊な施設……それらの危険性を踏まえた故の当然の処置ではあったが、それが今の事態において障害となっている。
 国に報告なんぞしたら、直結しているアカデミーに伝わらないはずがない。

 その点、モンモランシーの部屋ならば、個人の所有物だし報告の義務もない。何を作ろうと漏れるはずがないのである。

「材料費はワシのポケットマネーからだそう。急ぎ材料を集めて治療薬の精製に取り掛かって欲しい」
「隠密にしなきゃいけない理由は分かりましたけど……それで、何故私なんですか?
 製薬に長けたメイジなら、他にもいると思いますけど」
「まず第一に、アカデミーの騒ぎの事情を少なからず知っておる事じゃな。
 第二に、口の堅さ。第三に、薬の原料の収集方法……」
「えっと……収集方法、ですか??」


 第一、第二に挙げられた理由は兎も角、第三の理由に思い当たらず、眉を潜めるモンモランシーだった。
 原材料の収集といっても、採集したり購入したりしかした事がないのだが。
 ある意味普通の反応をしてくれる少女に、オスマンは深く嘆息して身内の恥を搾り出す。

「……他の連中はのぉ。少しでも入手が困難な材料となると、学院の薬品棚を漁りやがるんじゃよ。
 君のように、全ての材料を自分で購入しておるのは、一人もおらんのじゃ。情けない事に」
「へ?」
「叱っても、『どうせ俺達の学費で買った薬だろ』でしまいじゃ。減った材料を実験で使ったことにして帳尻併せておるが……」
「な、成る程」

 これはモンモランシーも初耳である。
 いい意味でも悪い意味でもプライドの高いモンモランシーは、学院の薬品を失敬するなどと言う情けない真似は思いつきもしなかったのだ。
 まさか、そんな恥知らずな真似が、この学院でまかり通っていたとは。
 少なからずショックを受けるモンモンだったが、彼女のショックはそれだけでは終わらなかった。

「最後に……」
「……まだ何か?」
「うむ。君の薬品棚の上から三番目一番右の薬品について少々」
「!?!!!!?!!?!」

 オスマンの口から飛び出した単語の羅列は、モンモランシーの精神に渾身の右ストレートとして突き刺さった。
 今言われた場所にある薬品、それは……

「な、なんでそれを知ってるんですかぁっ!?」
「あれって、精製する時に独特の臭いがするんじゃよね。それを、モートソグニルが嗅ぎ取ったんじゃ」

 力の限りテンパるモンモンに、オスマンはいたずらっ子の笑みを浮かべて、

「まぁ、の。ミスタ・グラモンの普段の行い見ておると、ああいうものに頼りたい気持ちは分からんでもないが……」
「ぐ……」
「あれが精製できるっちゅう事は、治療薬についても十分な知識があるじゃろうし……問題のシャトー・オーブリオンじゃが、発酵のせいでやたらと強力になっておるのでな。レシピどおりの治療薬では歯が立たんのじゃ。
 薬の薬効を理解し、治療薬の生成が可能なメイジであり、信頼するに足る者……君の事が適任だと思うたわけじゃよ。
 それに、そんなもんに頼らんでも、ミスタ・グラモンは十分君に夢中じゃないかね?」
「わ、わたしはうわきがゆるせないんですっ」

 モンモン、耳まで真っ赤である。
 ……オスマンが指摘した薬品。それの正体は、彼女自身がギーシュに飲ませるために精製した惚れ薬である。
 二股が原因でリンゴォと決闘して死に掛けたとゆーのに、未だに浮気癖が抜け切らない馬鹿に、業を煮やして作ったのだけれど。
 まさか、それが回りまわってこんな形で自分に影響するとは。

「君の動機も情状酌量の余地があるゆえ、王宮に通報するような真似はせんが。とりあえず、問題の薬は後で処分するように」
「……はい」

 オスマンのお言葉にモンモンはがっくりと肩を落とす。結構苦労して材料集めたりしたのだが……全てが無駄骨になってしまい、その脱力感は半端ではなかった。

「これが、問題のワインじゃ」

 気落ちするモンモランシーをあえて慰めず、オスマンは懐から小瓶を取り出した。香水を入れるのに良く使われる、モンモランシーも愛用している型の壜だ。
 ついでに言うなら、ギーシュの決闘のきっかけになった香水と、同じ奴である。
 中身のワインを左右に揺らしながら、

「大半を二人して飲み干してしまったからのぉ。これしか残っておらんが……」
「成分を調べまて、大至急薬を……」
「うむ。授業の事なら、わしが何とかとりなしておこう。
 この事を知っておるのは、この場におる三人と、料理長、居合わせたメイドだけじゃ。くれぐれも他言無用にな……それともう一つ」
「?」
「……ガメちゃだめじゃよ?」
「しません!!!!」


「それじゃあ、失礼致します」

 問題のワインを手に、自室に帰っていくモンモランシーを見送り……オスマンはようやく一息ついた。ギーシュほどではないが、彼も疲れていたのだ。

「オールド・オスマン。ミスタ・グラモンは既に限界のようです」
「みたいじゃなぁ」

 なにやら逝き掛けてるギーシュを覗き込んで、ズォースイが淡々と告げる。
 この男も、ギーシュと一緒にルイズ達の見張りをしていたはずなのだが……全然疲れている様子がない。
 この辺は流石、と言ったところか。感心しながら、オスマンは髭をなで上げる。ギーシュの疲労は1日やそこらで取れるような生易しい代物でない事は見て取れた。

「休ませてやりたいところじゃがなぁ……」
「なら、休ませてやりましょう」
「いいのか?」
「ええ。もう日も高いですし」

 ちらり、とズォースイの視線がバカップルに向けられる。
 相変わらずいちゃいちゃいちゃいちゃ過剰なスキンシップを繰り返していたが……それでもズォースイは大丈夫だと判断した。

「この様子なら俺一人でも大丈夫でしょう」
「こ、これでかの……?」
「昨夜……というより、日が昇るまでは半裸でした」

 今は服を着ている……つまりはそういう事である。

「少なくとも、見張りさえいれば最悪の事態は避けられるでしょう」
「となると夜はどうするんじゃ? まさか、君一人じゃあ」
「ですから、夜になるまでは休ませておくのです」
「は?」

 つまり。
 普通なら数日休ませるべきギーシュを、『今は休ませて夜になったらまたこき使おう』と、そう言っているようである。この元傭兵の聖職者は。
 改めてギーシュのほうに視線を向けなおすと、口から出てる『何か』はかなり体積が大きくなっている。放っておいたら、文字通り逝ってしまいそうだ。
 半日全開で休んだとしても、回復は難しいだろう。
 長期的に考えれば、薬の完成まで何日かかるか分からない以上……ギーシュに一体、どれ程の負荷がかかるのか。

「……倒れんかの。ミスタ・グラモン」
「薬が出来るまでの辛抱です」
「……わし、星屑騎士団に打診してみる」
「……よろしいので?」

 騎士団に打診するという事は、王宮を解さねばならない。当然、アカデミーの知るところとなるだろう。
 それが、相手の不振を呼び込む事になりかねない……そういう意味での問いだったが、オスマンは力なく頷くいて、

「別にいいじゃろ。名目は『土くれ』関連で十分じゃ」
「……そうですか」

 一瞬、力ない老いた相貌が、憤怒の表情に包まれるのを、ズォースイは複雑な心境で見ていた。

 オスマンが憎み討伐しようとしている『土くれ』は、ズォースイのかけがえの無い仲間の一人であるフーケだ。
 この老人は『土くれ』の人格やその人生を一切配慮せず、感情の赴くままに裁きを加える腹積もりである。
 だが、その憎しみの基点となっているのもまた、フーケ……ミス・ロングビルという、彼女がかつて被っていた仮面なのだ。
 憎しみを受けるのも身内なら、その基点となったのも身内……一体、どのような感情を抱くのが正しいのか、ズォースイには分からなかった。



「……のぉミスタ・ズォースイ」
「なんでしょう」
「アカデミーの連中が袖の下を使ったのは、ひょっとしてこれが目的だったのではないかね?」

 ワインを生徒に飲ませて、それを名目に学院に潜入する。その為にリゾットへ袖の下を渡したのではないか、という邪推だった。
 状況は、アカデミーに優位に動きつつあるのだし、大いにありえる話ではあるのだが……ズォースイは首を左右に振り、オスマンはそれを不審に思わない。

「ないでしょう。二人がワインを口にしたのは完全な事故ですし、もしそのつもりなら、先に銘柄を教えるような真似はしない。
 連中は俺を『フーケの一味』だと誤解しています。連中の認識では交渉の真っ最中ですから、このような策略を弄して、せっかくのフーケへの糸口を潰すような真似はしないでしょう。するのなら、交渉を終えて品が手に入りった直後にします。……それに」
「?」
「本人に直接会ったわけではありませんが。
 交渉役の話や、『黄の節制』の証言と併せると、『博士』とやらは相当に得体の知れない思考形態の持ち主……一種の狂人であるように思えます」

 今のアカデミーは、外部にも怪しまれる程暴走しておきながら、数多の操作でもその内情を他社に悟らせないという、異常な状態にあるのだ。
 普通に頭がいいのなら、アカデミーの分裂そのものを隠匿し、暴走派を秘密結社として機能させるだろう。
 普通に頭が悪いのならば、組織を暴走させるだけ暴走させて、まともな情報操作など行わないに違いない。
 ……『博士』は、そのどちらでもあるし、どちらでもない。
 外聞を気にしないほどの暴走状態に組織を追いやりながら、慎重すぎるほどに自分の身分を隠し計画を練る。マトモな思考形態の人間ならばこうはならない。

「そんな男が、こんな分かりやすく単純な作戦を立ててくるとは思えません。
 確かに学院には潜入できますが、その後の展望がまるで無い」
「むぅ……そんなに凄いのかの」
「凄いというよりは……馬鹿な天才といったところでしょう。
 おかげで、こちらは対策が立て放題ですし……」
「成る程。まぁ、君がそう言うのだったらそうじゃろう」

 この手の判断に関して、オスマンは元傭兵だというこの男を全く疑っていなかった。信頼しきっているといっていい。

 こう見えて、人の人格を見る目は結構優れているのである……問題はいい人間を見分けられるからといって、その全てがオスマンに害意を持たないというわけではない点なのだが。

「ところで。あのシエスタというメイドはどうしたのかね?」
「……朝食を持ってきた時には、気を取り直していましたが」
「が?」
「料理を並べ終わると泣いて走り出しました。ミスタ・グラモンを跳ね飛ばして」
「……彼女も休みにしたほうがいいかもわからんね」
「その方がいいでしょう」
「……やっぱ彼女、ミスタ・グラモンの事が嫌いなんかのぉ」
「当たり前でしょう」

 ギーシュ、えらい言われよう。やらかした事を考えれば当たり前とはいえ……本当に色々と不憫な奴である。
 深く深く嘆息をつく目上の大人二人に、死に掛けている友人が一人という周囲の状況を前に、肝心の二人は……

「んー♪ キスマークつけてやるよルイズ!」
「やあ! だめぇー!」
「答えは聞いてない!」

 まだ、いちゃついていやがりました。
 ……えーかげんにせーよ君達。


 ……学院の井戸端で迎える朝が、シエスタは大好きだった。
 そこで行われる作業は、学院にいる生徒たちや使用人の出す洗濯である……手も荒れるし力もいる中々の重労働だが、彼女にとっては苦にならない。
 理由は簡単。それ以上の幸福がそこにあるから。

 平賀才人。
 シエスタが恋焦がれる、ルイズの使い魔の少年。
 朝の洗濯タイムは、その少年と二人きりで触れ合う事ができる数少ない機会だったのだ。
 時には手を取って選択のこつを教えていた際に手が触れ合い、その暖かさにドギマギし。時には暖かな言葉を交し合って、二人で笑い合う。
 本当に暖かな時間だったのだ。昨日までは、本当に。

 だというのに。今は……

 隣には誰もいないわ。愛する人は別の場所でえらい事になってるわ。

「ざいどざぁーん」

 シエスタはその場で一人、じゃばだーと鼻水涙全て垂れ流し、膝を抱えて泣きべそかいていた。

 恋する対象の才人が色々とかわいそうな状態になったのはもちろんの事、その状態でルイズといちゃついているのだ。
 手が触れ合うどころか太ももとか胸とかをえっちぃ手つきでまさぐり、温かな言葉どころか愛の言葉通り越し、セクハラのよーな言葉を交し合う。

 追い討ちをかけるように、その状況を作り出したのは自分の差し入れたワインなのである。泣きたくなって当然だろう……というか、泣かなきゃおかしい。
 ……泣いてても洗濯物をきっちり終わらせる辺りが、メイドの鏡だが。

 同じメイドの友人達やコック達は事情を知らないため、かける言葉も見つからない。ただ、遠くから様子を見つつ、顔を見合わせるだけである。
 かといって、事情を知っているマルトーにもかける言葉がない……事情を知っているだけに、どんな言葉をかけたら彼女を癒せるのやら。見当もつかなかった。

(こりゃー休ませたほうがいいかもな)

 奇しくも、マルトーの辿り着いた結論はオスマンと同じものであった。思い立ったが吉日とばかりに、マルトーは周囲の人間に告げた。

「ほら、お前らは仕事に戻れ!」
「りょ、料理長……」
「シエスタの事なら俺にまかせとけ……なぁに。どうせ我等の剣関連でなんかあったに決まってるんだ。俺が話し聞いとくから!」
「わ、わかりました」

 あの鈍感、だの、シエスタちゃん泣かせやがって! だの、様々な事を言い合いながら、メイドとコックの集団は散らばっていく。
 それを見送ってから、マルトーは休養を告げるためにシエスタに近づいていく。

「しっかし……我等の剣はいつ正気に戻るのかねぇー」

 オスマンの話では、一日二日では薬が出来そうにないと言っていた。マルトーとて無学ではない……酒に混入された薬品が、発酵で変質する事くらいは理解できる。
 だからこそ、事態が数日で好転しないと分かってしまうのだ。その先にまで想像が行き届く。

「はやいとこ正気に戻ってやってくれよ。シエスタが不憫すぎるぜ」

 自分も原因の一端となった以上、ぼやかずにはいられないマルトーだった。

☆★

「何よ……これ」

 ビーカーにフラスコ、ガラス管にろ過機……製薬用の器具に埋め尽くされジャングルのようになった自室の一角で、モンモランシーは絶句していた。
 視点は、正面に置かれたシャーレから動かない。正確には、その上に横たわる紙から。

 薬品の成分を調べるために良く使われる試験紙の一種で、混ぜられた薬品一つ一つに反応し、複雑に色を変える紙なのだ。
 それが今、虹色を通り越して、十種類以上の絵の具を混ぜたような混沌を生み出している。
 間違っても惚れ薬とワインを混ぜただけでは、こんな事にはならない。発酵したとしても……

「一寸待ってよ……!」

 軽いパニック症状に陥りながら、慌てて本棚に飛びついた。その動きに勢いがありすぎていくつかの器具に接触し、ガラスの割れる音が室内に響いてたが、彼女はお構い無しだ。
 手にしたのは、試験紙の千差万別な反応を記した時点だ。細腕で持つには辛いそれを試験紙の横に放り出し、モンモランシーはページをめくる。

(この色と、この色……それと、この色はいいわ)

 別に用意した紙に、色を書き連ね、それを大きな×で塗りつぶす。
 これらの薬効が示すものは、惚れ薬とワインが持つ成分……そして、それらが反応して出来上がるであろう成分である。
 なら、残りは何なのか……!

「あ、ありえないわよ。こんなの」

 滅茶苦茶な分析結果に言葉を失うモンモランシー。
 料理に例えれば、惚れ薬が砂糖で、ワインがミルクであり……そのほかの成分が、『辛味』である。
 普通に混ぜたら絶対に……いや、どんな間違った作り方をしても発生しないはずの成分なのだ。

 その部分の解析が進むのに比例して、モンモランシーの顔から血の気が引いていく。
 そして、太陽が頭上に差し掛かかり、完全に解析が終了した頃には顔面蒼白になっていた。
 もし、この解析結果が事実だとしたら――自分だけではどうしようもない。

「お、オスマン学院長に相談しなくちゃ……!」

 自分だけではどうしようもなく。モンモランシーは真っ先にこの学院の最高責任者を頼ることにした。

☆★

「ルイズ~♪」
「才人……♪」

 同じ椅子の上に座っていちゃいちゃいちゃいちゃ。
 トイレの時すら片時もはなれない二人の見張りを淡々とこなすズォースイ……その表情と感情は、信じがたいことに少しも揺らいでいなかった。
 朝から昼にいたるまで、少しの休みも無く、二人のバカップル振りを見張り続けたというのに、気疲れ一つ起こしていない!

 昼食を差し入れにきたマルトーは、そんなズォースイの姿を見て絶句した。
 とりあえず、テーブルに料理を並べてから、そそくさと彼に歩み寄り、ささやきかける。

「……ズォースイ先生。あんた、大丈夫か」
「……何がだ?」

 表情一つ動かさずに返事を返すリゾットに、質問者はほっと一息ついた。

「いや、大丈夫ならいーんだがよ」
「だから、何がだ? マルトー」
「ん、ああ……それは、だな」

 言いにくそうにするマルトーの視線が、先程から目線に入れないように努力していた物体を捕らえてしまった。

 ディープ・キスでお互いの口に食物を流し込み合うバカップルどもの姿である。
 自分たちの剣と崇めた男のあんまりな有様に、マルトーはめまいを覚えずにはいられない。
 一瞬目にした自分でさえこうなのである……四六時中見せ付けられたらどうなるのか。
 いい例が後ろのベッドで倒れているというのに、ズォースイは涼しい顔である……ギーシュの死にそうな顔色を、マルトーはストレスによるものだと勘違いしていた。

 マルトーは、自分勝手な理由でシエスタに絡み、リンゴォに決闘した挙句、殺してしまったギーシュが好きではない。
 嫌いと問われればYESと答える。ただ、憎いのかと問われるとどうにもクビを傾げてしまうのだ。
 シエスタを助けてもらった恩がある。数々の手柄を上げたし、最近では、才人と一緒に特訓するという歯ごたえのある一面も見つけた。
 それらの事実が、マルトーの中のギーシュ・ド・グラモン像を実に微妙に屈折させてしまっている。恐らくはシエスタもそうだろう。
 そんなわけだから、こんな風に死に掛けているギーシュを見てしまうと、真っ先に哀れんでしまうのだ。
 視線の向こうに倒れているギーシュに、マルトーは小さな黙祷をささげてから、補足する。

「胃の一つも痛くならねえんですかい?」
「……そんな事か」

 相手の戸惑いの理由を知り、ズォースイはどうしたものかと悩んだ。
 説明するのは実に簡単。ただ、素直に説明するのはどうか……
 なぜなら、リゾットは単に見慣れていただけなのである。

 まぶたを閉じれば思い出す。
 同じように四六時中いちゃこいてた昔の仲間二人を……

『ソルベ~♪』
『ジェラート~♪』

(懐かしいな)

 仲間内では『あの二人、デキてるんじゃあないか? ってか、絶対デキてる!』と噂されていた二人の仲間の姿を、バカップルに重ねあわせ、ズォースイは実にいい表情を浮かべた。
 激しく違うような気がしてならないが、ともかく、ズォースイの心情はそうだった。
 二人が知ったら土下座して勘弁してといいそうな連想でも、ズォースイにとっては真実だった。

 まぁ、あそこまであからさまではなかったが、ノン気にとっての男同士のそれという、おぞましいものを見慣れたズォースイにとって男女のそれなど大した苦になるはずも無い。

「……昔取った杵柄だ」
「そ、そうですかい……(すげーなこの人……)」

 あえて暈したズォースイの言葉を、マルトーは上手く誤解してくれたらしい。彼の脳裏には、滝に打たれて鋼の精神を見につけるズォースイの姿が浮かんでいるのだ。
 口の中で簡単の言葉をつぶやいた後、そそくさと退室して行った。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー