ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-23

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匿名ユーザー

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モット伯の屋敷の前、聳え立つ正門を見上げる。
その門番なのだろうか、武装した衛兵二人が彼に気付いた。
一人はその場に残り門を守り、もう一人がこちらに近づいてくる。

「…さて準備は良いか? 相棒」
デルフの言葉に黙って頷く。
元より自分の覚悟は出来ている。
彼が雄叫びを上げる。
それは戦いの始まりを告げる鐘の音だった。

「何の騒ぎだ!?」
耳障りな獣の鳴き声にモット伯が怒りを露にする。
風呂で身体を洗ってワイン片手に、機嫌良くシエスタを待っていたのだ。
しかし、さっきから聞こえてくる鳴き声によってモット伯の気分は害された。
「とっとと黙らせろ!」
「そ、それが……」
激昂するモット伯に怯えながら、
しどろもどろになりつつも衛兵が弁明する。
だが、どう説明すればいいのか。
正門前の状況は衛兵の理解を超えていた。


「おい……どうしたんだ、お前達?」
背に羽が生えた異形の犬を衛兵は嗾けた。
犬を普通に追っ払ってもまた戻ってくる事が多い。
だから犬を嗾けるのが一番の対処法だった。
少なくともそれは確実な手段だった……この犬が現れるまでは。

犬の足が止まる。
見ればそれは小刻みに震えていた。
訓練された犬は相手が誰であろうと恐れない。
たとえ銃を持っていようとメイジであろうと立ち向かう。
その犬が怯えている。
まるで怪物と対峙しているかのように固まる。

彼等は理解していた。
訓練によって研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、
目の前の犬が尋常の物ではないと告げていた。
“触れれば死ぬ”そんな言葉が頭に過ぎる。
まるで冗談のような存在だ。
そもそも生物として質が違う。
生きる為に存在しているんじゃない、
この怪物は“殺す”為に存在している。
これは獣の形をした『兵器』なのだ…!


命を捨てる覚悟は出来ている。
だが死ぬのは自分達だけではない。
この怪物に挑んだ瞬間、戦う事さえ出来ずに八つ裂きになるのは明白。
そうなれば次に犠牲になるのは背後に立つ主人である衛兵達。
決して相手を刺激してはならない。故に動けない。

番犬のただならぬ様子に衛兵も動けない。
死をも厭わぬ獣が見せる恐れは彼等にも伝わった。
吼え続ける犬を彼等はただ黙って見ているしかなかった。

「さあ、さっさとモット伯を出してもらおうか。
じゃねえと相棒は屋敷の前でずっと吼え続けるぜ」


風を切りシルフィードの巨体が宙を舞う。
その背に乗せているのは四人の男女。
「もっと急いで!」
「………了解」
ルイズの声に寝ぼけ眼を擦りながらもタバサが応じる。
シルフィードの耳元で何事か囁くと更に速度を増す。


ルイズは焦っていた。
思った以上に時間を食い過ぎたのだ。
馬では追いつけないかもしれないとタバサを呼びに行ったまでは良かった。
しかし完全に熟睡したタバサを起こすのは大変だった。
ゆさゆさ揺さぶっても完全に夢の中に落ちたまま。
本を読んでる時や食べている時と同じで、なかなか落ちない油汚れ並みの頑固さだった。
この時点で馬で行けば良かったと思うのだが、
遅れを取り戻そうと焦り冷静な判断を失っていたのだ。

“眠れる姫を起こすのは王子のキスと決まって……”
戯言を抜かすギーシュをエアハンマーで吹き飛ばした所で彼女はようやく目を覚ました。
説明しても未だ寝ぼけたままなのか、うつらうつらしてる。
ようやく状況を飲み込んだ彼女がパジャマ姿のまま杖を取る。
服ぐらい着替えなさいよ、とキュルケに注意されて彼女はパジャマのボタンに手を掛けた。
ギーシュ達が居るその場で何の躊躇もなく。
キュルケがその手を抑え、私が上から毛布を被せる。
慌てて後ろを向くコルベール先生とフレイムに焼かれるギーシュ。
こんな調子のタバサでは役に立たないと彼女が覚醒するまで待っていたのだ。

タバサを目覚めさせるのには成功したが、今度はシルフィードがダメになっていた。
口から緑色の泡を吐きながらピクピク痙攣する彼女。
何かの奇病かと焦る一行にタバサは『好物の食べ過ぎが原因』と簡潔に説明した。
とりあえず水を流し込んで胃の中を洗浄する。
そのついでに顔に樽一杯分の水を掛けて叩き起こす。
しばらくしてなんとか起き上がったものの足取りがおぼつかない。
フラフラするシルフィードを見て、馬にすれば良かったと後悔するも時既に遅し。
もう猶予は無い、下手をすれば既に屋敷に乗り込んでいるかもしれないのだ。
致命的な遅れを挽回するにはシルフィードでなくてはダメなのだ。


「どうにかならない?」
「……やってみる」
キュルケに言われ、タバサがシルフィードに歩み寄る。
そして小さく二言、三言囁くと風竜は翼をはためかせて本来の威厳を取り戻した。
心なしか顔が青ざめているように見えたけど、この際関係ない。
動けるものなら何でも使う、そうせざるを得ない状況なのだ。
「あまり無茶はしないように!」
「はい! 後の事はお願いします!」
いくら風竜とはいえ人数が多ければ速度は落ちる。
コルベール先生を残し、シルフィードの背に乗る。
ついでにギーシュも置いていこうとしたのだが、
しっかりとへばり付いてシルフィードから離れない。
時間も無いので、このまま連れていく事になった。

「責任の一端は僕にもあるからね」
「はいはい」
口に薔薇を咥えたままのギーシュに適当に相槌を打つ。
モット伯の屋敷を教えたんだから一端どころかモット伯の次ぐらいに責任がある。
それなのに平然とした顔しているこいつが気に入らなかった。
「大丈夫だって。相手がトライアングルのメイジでも彼なら……」
「それが問題なのよ!」
そもそもギーシュの考えは論点がズレてる。
勝ち負けなんて関係ない。
王宮の勅使に手を出す事自体が大問題なのだ。
ましてや、あいつは並の使い魔じゃない。
もし全力で暴れようものなら……。


小さな部屋でその衛士は椅子に座っていた。
組んだ指先がカタカタと震え、顔面は蒼白。
正気を失いつつあるが、それでも彼は職務を全うしようとした。
そして、ぽつりぽつりと目にした事を呟く。

“最初はやけに静かだなって思ってたんです”
“門番もいないし、扉も開けっぱなしだったんです”
“なんだ、何もないじゃないかって……その時、気付いたんです”
“足元が…赤絨毯じゃなくて……血だったんです”

“怖くなって人を探したんです。もう誰でも良かった”
“捜索の途中で部屋から光が射しているのを見かけたんです”
“だから誰かいるんじゃないかって覗いてみたら……燃えていたんです、人が…”

“モット伯? モット伯爵は見つかりませんでした”
“いえ、それらしき『物』ならありました……”
“私室にあったんです。服や杖は伯爵の物だったんですが…”
“その下にあったのはドロドロに溶けた『何か』だったんです”


「マズイ……確かにそんな事になったら……」
ギーシュが頭に浮かんだ最悪の予想を振り払う。
それで取り返したとしてもメイドがいなくなっていればすぐに気付かれる。
そうなればシエスタが学院のメイドだった事が判明し、そこから彼へと捜査は及ぶだろう。
使い魔の責任は主であるルイズの責任。
最悪、ルイズは縛り首。使い魔の方は解剖されて実験台。
いや、だけど彼の力なら衛士隊とも渡り合えるかもしれない。
“トリステイン王国VS究極生物!”
そんなチープなタイトルが浮かんでしまった。
冗談じゃない…!
早く止めないと笑い話じゃ済まなくなる!

風竜が空を翔る。
目指すモット伯の屋敷は間もなく見えてくるはずだ。


「それで私に何の用かね?」
頬杖をつきながら至極不満そうにモットは応対する。
その視線の先には薄汚い犬。
これからお楽しみの時間だというのに邪魔をされて最悪の気分だった。
「なに、伯爵様に是非見てもらいたい物があってな」
ソリには布が掛けられていた。
その布の端を彼が咥え引き抜く。
途端、露になるソリの中身。

「……! 何ィ、まさか、それは…!」


積まれていたのは雑誌だった。
それもただの雑誌ではない、いわゆるエロ本だ。
いくら『ドレス』の研究員とはいえ、研究所に缶詰では溜まる物もある。
そういう時に『こういう物』のお世話になっていたのだが、それが資料に混じっていたのだ。

『異世界の書物』に興味があると聞いた彼はふとコルベールの事を思い出した。
そう。バオーに関する資料もまた『異世界の書物』なのだ。
そしてコルベールが要らない資料があると言ったので内緒でぱくってきたのだ。
頭を下げたのはその謝罪。
そして、彼が適当に持ってきた本はモットの好みに直撃した。

「……………」
モットの視線が本に釘付けになっている。
つつつとソリを引っ張ると釣られてモットの視線も動く。
更に動かすと今度は椅子から立ち上がった。
「それじゃあ機嫌悪いみたいなんで出直すわ」
「待ちたまえ! 話を聞こうじゃないか!」
そそくさと出て行こうとする彼をモットが焦り呼び止める。
モットの不機嫌など完全に吹き飛んでいた。
もしデルフが笑えたらきっと笑っていただろう。
『よし、餌に食いつきやがった』と。


「分かっているとも。あのメイドだな?
すぐに解雇しよう。勿論まだ手はつけておらん」
「おいおい伯爵様よー。こっちはかの有名な『異世界の書物』だぜ?
メイド一人と交換で済むと思ってんのか?」
「むう……」
モットは自分の髭に手をやった。
これはただの脅しだ。
連中にしてみればあのメイドを助ける事が重要であって、
本の値を吊り上げるのはついでに過ぎない。
だから、ここは強引に押し切っても大丈夫だろうと踏んだ。

「…悪いが、それ以上の条件は呑めんな」
「じゃあ、この話は無かった事で」
「待ちたまえぇぇぇーーー!」
あっさりと引き下がろうとする犬を慌てて呼び止める。
まさか、そう来るとは思ってなかったのか、予想外の展開に振り回される。

デルフとてシエスタを助ける事が第一だと思ってる。
しかし、それでシエスタを助けた所で今度は他の女性が犠牲になるだけだ。
だからモット伯から搾り取れるだけ搾り取って新しいメイドも雇えないようにしてやろう。
そういう考えがあったのだ。


「そうだな。屋敷にいるメイドで実家に帰りたい連中全員ならいいぜ」
「くっ……! いや、しかし、それは…」
「考えてもみろよ。メイドにだって給金払ってるし、維持費だってバカにならねえだろ?
それが貴重な本に代わるんだぜ? 『固定化』かければ維持費なんて必要ないだろ?
長期的なスタンスに立ったらメリットだけが手元に残るんだぜ。メイドも一生若いままじゃねえんだし」
「なるほど、それもそうか…」

昔取った杵柄というべきか。門前の小僧習わぬ経を詠むというべきか。
武器屋の親父の所で年月を過ごしたデルフは、こういった駆け引きが得意だった。
そりゃあもう口八丁で良い点ばっかり強調して商談を成功させた。

早く早くと急かすモットを落ち着けてメイドたちが先と念を押す。
その後、集められたメイドの数はデルフの予想を遥かに上回っていた。
モット伯の欲深さに正直、呆れるばかりである。
だが、シエスタを除き皆の表情は暗い。
元よりモット伯に身体を弄ばれた者達だ。
このまま故郷に帰っても肩身も狭いのだろう。
嫁ぎ先も決まるかどうかも怪しいし、
元々貧しい出の者も多いだろうから生活も苦しくなるだろう。

だが、そこもデルフの計算の内だった。
メイド達を確認すると本を手に取る様にモット伯に促す。


「おお…ついに『異世界の書物』が我が手に…!」
感極まった声でモット伯がソリに載せられた本に手を伸ばす。
そして持ち上げた瞬間、驚愕の声を上げた!

「何ィィィィーーーー!!」

『異世界の書物』の下には、もう二つ『異世界の書物』があった。
つまり! 『異世界の書物』は『三冊』あった!

彼がぱくってきた雑誌は三冊あった。
万が一の事態を考慮し多めに持ってきたのだ。
勿論、指示したのはデルフである。
何も無ければ返せば良いと実弾を増やしてきた。

「さて、二冊目なんだが……」
「っ………!」
モット伯の威厳がデルフに呑まれていく。
正に魔剣と呼ぶべき迫力。
それを以って、ぼそぼそと伯爵に耳打ちする。


「メイド一人当たりに、これだけの退職金を支払うという事で」
「……! おまえ、それだけあったら酒場が一つ経営できるぞ!」
しかもメイド一人当たりである。
合計すれば金額は更に跳ね上がる。
どれぐらいかというとモット伯の屋敷の金庫の中身ぐらい。
こう見えてもモット伯は老後の心配もする慎重派。
蓄えは常に持っておかないと心配な人なのだ。
それが空になるというのは流石のモット伯も腰が引けてしまう。

だが、悪魔の囁きがそれを覆した。

「これ、さっき買ったのの続きなんだけどよ……本当にいいのか?」
「!!!」

コレクターにとって揃える事は何よりも重要である。
たとえ、中に何が書いてあるか分からなくても揃っているだけで価値はある。
逆にいえば、いくら価値がある物といえど揃わなければ価値は半減。

「さあ、どうする?どうする?」
「…いや、それは、急に言われてももう少し考えさせて……」
「そっか。じゃあご縁が無かったという事で」
「むぅぅあぁぁちぃぃたまえぇぇぇーーーー!!!」


金庫から運び出される金貨や金塊の山。
それを平等に彼女達へと分配していく。
新しく人生をやり直すための資金だ、多いに越した事はない。
最初は面食らっていたものの、ようやく飲み込めたのか感謝の言葉を口に出す。
笑顔を見せる者、中には涙を零す者もいた。

「いいって、いいって。実際には伯爵様が出してんだからよ」
「……ああ」
反面、モット伯は燃え尽きかけていた。
資産の大半を注ぎ込んだのだ、枯れ果ててもおかしくない。
しかし、そういった人間もまた悪魔にとっては標的にすぎない。

「実はよー、これ三部作なんだな、これが」
「………!!?」

そして悪魔は再び囁く。
モット伯を破滅に導く為に…。


「………………」
彼女たちは言葉を失っていた。
風を切り、吹き抜ける風を物ともせず、
ようやくモット伯の屋敷に辿り着いた彼女達が見た光景。

それは鎧や絵画などの財宝を満載した馬車にメイド達を侍らせ、
悠々と衛兵達に見送られる自分の使い魔の姿だった。

何が起きたのか、それともこれは夢なのか。
横に立っているギーシュの頬を捻り上げ確かめる。

「なあ、本当にこれで良かったのかね?」
頭に冠をかぶった相棒にデルフが話し掛ける。
悪ノリした自分もどうかと思うのだが、良くある悪者退治には程遠い。
魔王の城に乗り込んで破産させたなんて話、聞いた事がない。
こんな結末で良かったのかと彼に尋ねた。

「わん!」
実に軽快な返事。
これでいいのだ、と彼は答えた。
どんな結末だろうと自分は後悔しないようにやったのだから。


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