ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-44

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間章 貴族、平民、そして使い魔



塗りつぶしたような王都トリスタニアの闇空に、青い絵具が一滴こぼれた。
王宮へと近づくにつれて、どんどん大きく形を変えてゆく。やがて
夜目にも分かる程鮮やかに竜の姿を取った時、それはぶわりと中庭へ
降り立った。
突然の闖入者に、宮廷内は騒然となった。王宮警護の当直である
魔法衛士のマンティコア隊員達が、次々と駆けつけては風竜を取り囲む。
「ね、ねえ君・・・これは流石に、目立ちすぎなんじゃ・・・・」
竜の背から飛び降りながら不安げに呟く金髪の少年に、
「一刻を争う事態なんでしょう?お上品にやってる場合じゃないじゃない」
すました顔で赤毛の少女。彼女の後から眼鏡をかけた少女が、そして
同時に剣呑な空気を纏った男が降り立つ。最後にひらりと飛び降りて、
桃色の髪の少女は大きく名乗りを上げた。
「わたしはラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズです
アンリエッタ姫殿下に取次ぎ願いたいわ」

「ああ、ルイズ・・・!あなた達!無事に帰って来たのですね!」
何故かヴァリエールの名を恐れたマンティコア隊の隊士達によって、
ルイズ達はあっさり謁見の運びとなった。キュルケ達三名を待合室に
残し、ルイズとギアッチョはアンリエッタの居室で対面する。
「姫さま・・・」
二人はひしと抱き合った。そうしてから、ルイズは旅の顛末を説明
してゆく。キュルケ達との合流、陸と空の賊の襲撃、ウェールズとの
邂逅・・・・・・。

「・・・そう、ですか・・・」
全てを聞き終えて、アンリエッタはぽつりと呟いた。
「・・・やはり 殉じられたのですね・・・ウェールズ様は・・・」

「・・・あ、あの 姫様・・・その、ウェールズ様のことは」
「まさか魔法衛士隊に裏切り者がいるとは・・・護衛達のことは
新たに考え直す必要があるかも知れませんね」
「姫様・・・?」
「この手紙とレコンキスタの情報、確かに受け取りました ルイズ、
本当にありがとう よくぞ我がトリステインを救ってくれました」
「・・・・・・いえ、滅相もございません」
ルイズは胸が痛んだ。アンリエッタは今必死に王女として、
政を司る者として振舞おうとしているのだ。ならば、ルイズが
その意志を汲まないわけにはいかなかった。アンリエッタの
ように、ルイズもまた務めて無機質に言葉を重ねる。
一通り事務的なやり取りを終えた後、アンリエッタはその表情を
少し柔らかくした。
「あの者・・・ワルドとは、杖を交えたのですか?」
「・・・ええ お陰でこの通り、皆傷だらけですわ」
ルイズは軽口を叩いてみせる。その程度には、心の傷も癒えた
らしい。それが分かったようで、アンリエッタもくすりと
笑って言葉を継ぐ。
「重傷を負った者はいないのでしょう?あのワルドをその程度の
代償で退けるとは、あなたのお友達は皆頼もしいのですね」
「・・・はい 自慢の友人達ですから」
花のような笑みで、ルイズはそう答えた。
「それに・・・言いましたでしょう?彼がいれば、どんな任務も
きっと達成して御覧にいれますと」

アンリエッタはルイズの後ろに控える男を見る。
「ふふ・・・とても信頼されているのですね、使い魔さん
もう一度言わせていただきますわ・・・ありがとうございます」
「やるべきことをしただけだ」
どうでもよさげに、彼は答えた。
「それでも、ですわ 本当に、今回は申し訳ありませんでした
まさかあの謹厳実直な男が裏切るなど、夢にも思わなかったのです」
謝意を表すアンリエッタを、ルイズが慌てて止める。
「姫様、とんでもないことでございます・・・!恐れながら、
彼の心は幼少より付き合ってきたこのわたくしにも看破すること
能いませんでした 如何な人物であろうとも、あの者の秘めたる
牙を見抜くことは出来なかったと存じます」
少々大げさだが、ルイズの心は伝わったようだった。静かに
立ち上がって、アンリエッタはくすりと笑う。
「そうですね・・・そうかも知れません さて、此度は重ね重ね
感謝しますわ ゆっくりと身体を休めなさいな オールド・オスマンに
言えば休みもいただけるでしょう」
「もったいないお言葉です」
頷いてから、アンリエッタはギアッチョに向き直った。
「わたくしの大切な友達を・・・頼もしい使い魔さん、どうか
これからも守ってあげてくださいな」
そう来るとは思わなかったらしい。刹那の沈黙の後、ギアッチョは
ちらりとルイズの後姿に眼を遣る。躊躇いがちに頭を掻いて、
「・・・まあ、な」
彼は短く、そう返した。

「・・・成る程 放蕩三昧たぁいかねーわけか」
待合室へと足を向けながら、ギアッチョは一人ごちる。並んで
歩くルイズがそれに言葉を返した。
「そりゃ、地位が高ければ高い程責任は増すものでしょう?」
「ノブレス・オブリージュってやつか 姫さんと言やぁ
好き放題に遊んで暮らしてるようなイメージしかなかったからな」
「・・・イタリアには、王室はないの?」
「ねーな 五十年程前に廃止されたらしいが、よくは知らねぇ」
「・・・廃止・・・?」
王室の廃止など、トリステインの人間にはさっぱり理解出来ない
話だろう。少し考えてみたが、ルイズにもやはり解らなかった。
そのままどちらともなく会話が途切れ・・・二人の間に聞こえる
ものは、かつかつと響く靴の音だけ。
やがて沈黙を打ち破って、ルイズが呟くように口にした。
「・・・ねえ さ、さっきのこと・・・本音だったの?」
「ああ?」
何の話か分からずに、ギアッチョは怪訝な顔をする。
「や、だ・・・だから・・・わ、わたしを守ってくれるって・・・」
正確には曖昧に答えを返していただけだったが、ルイズには
それがどうにも嬉しかった。そこで、ギアッチョ本人の口から
もう一度ちゃんと聞きたかったのだが、
「・・・さてな」
眼鏡を弄りながら、ギアッチョは適当に返事をするだけだった。
「ちゃ、ちゃんと答えなさいよ!もう!」
「まーまールイズ こう見えても旦那はおくゆかしいんだって
たとえ死んでもおめーを守り通そうと思っていても、口にゃあ
中々出せないお人柄なのさ いやぁ旦那にも可愛いとこr」
べらべらと喋るデルフリンガーの声にビキビキという音が重なり、
それきり魔剣は完全に沈黙した。「まぁ、それなら確かに
可愛いんだけど」などと思いつつ、ルイズはそれ以上の問答を
止める。ギアッチョの表情は、相変わらず読み取れなかった。

「遅いわよー、ルイズ!」
正体無くソファに背中を預けていたキュルケが言う。
待合室で雑談に興じていた三人は、その言葉を合図に席を
立った。
「お待たせ 本当、遅くなっちゃったわね」
テーブルの上に置かれた水盆に浮かぶ針に眼を遣って、
ルイズはそう答える。時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。
中庭へ向かいながら、ギーシュが問い掛ける。
「報告はもう済んだのかい?」
「ええ ・・・詳しくは言えないけど、任務は成功よ
あんた達のお陰だわ・・・本当にありがとう」
「何言ってんのよ 覚悟してなさいよ?私達が困った時は、
あなたに助けてもらうんだから」
冗談めかして返すキュルケに、
「と、当然でしょ!今に見てなさいよ!」
とルイズが答える。それを聞いて、ギーシュが笑った。
「アッハッハ ルイズ、喧嘩じゃないんだからさ!しかし
長い旅だったね・・・早くモンモランシーに会いたいよ」
「あら、あなたまだ続いてたの?」
「意外」
本に眼を落としながら、タバサはぽつりと呟いた。
「さらりと失礼な・・・僕達の愛は永遠、そして無限なのさ」
「女と見れば口説きに走る男の言うことじゃないわね」
「あんたが言うことでもないと思うけど」
他愛のないことを喋りながら、ルイズ達はシルフィードの
待つ中庭へ到着する。哨戒を続けているマンティコア隊の
隊士に一礼して、彼女達は空へと飛び立った。

居室の窓辺に立って、アンリエッタは飛び去るシルフィードを
物憂げに眺めた。彼女の右腕であり、実質的なトリステインの
首脳でもあるマザリーニ枢機卿に種々の報告と相談、指示を終え、
アンリエッタはようやく一人の少女に戻ることが出来た。
誰も入れないように命じたその部屋で、彼女は力なくソファに
座り込む。
ゆっくりと右手を開くと、そこには美しく輝く風のルビー。
その深い光を見つめながら、アンリエッタは先刻を思い返した。
この部屋を辞する間際にルイズがアンリエッタに差し出したもの、
それが風と水、二つのルビーだった。
片割れである水のルビーは、褒賞としてルイズに下賜した。
文字通り命を賭けた彼女の働きには、それでも足りない程だと
アンリエッタは思っている。――そして、風のルビー。
ウェールズの、それは唯一つの形見だった。ルイズは、
ウェールズは勇猛に戦い、そして散ったと言う。最後に一言、
アンリエッタの幸せを願って逝ったとも。
ルビーを両手で握り締め、俯いた額に強く押し当てる。恋人との
思い出が、アンリエッタの心を無数に駆け巡っていた。
「・・・あなたのいないこの世界の、一体どこに幸せがあると
言うのですか・・・・・・?」
万感の悲哀を込めて、アンリエッタはそう呟く。その声はか細く
震えていた。
「・・・・・・ぅ・・・」
耐え切れなかった。押し込めていた悲嘆が、こらえていた涙が、
堰を切って溢れ出す。
「・・う・・・ぅ・・・ううぅうぅぅうぅ・・・・・・ッ!
ウェールズさまぁああぁぁ・・・・・・・!!」
誰も踏み入ることの出来ない部屋で一人、少女はいつまでも
泣き続けた。



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