ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-37

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
デルフリンガーにお仕置きをして数時間後。
ルイズは、ティファニアの家に泊まることになった。

ティファニアは、マチルダから送られてくる仕送りでウエストウッド村の孤児院を運営している。
だが、マチルダが現在「ロングビル」と名を変えていることや、「土くれのフーケ」と呼ばれていた事も知らないようだった。

ルイズを案内してくれた男は、既にシティオブサウスゴータへと帰っている。
マチルダからの信頼を得ているという事で、神聖アルビオン帝国の動向を、可能な限り探ってくれるとか。


子供達も寝静まった夜、ルイズはティファニアの部屋にお邪魔していた。
ベッドに座ったティファニアは、膝の上にデルフリンガーを乗せて、心配そうにデルフリンガーを見ていた。
ルイズはティファニアに向かい合うように椅子を動かし、そこに座る。

「デルフ、もう、やりすぎたのは謝るから拗ねないでよ」
『俺もうダンスなんて嫌だ…嫌だ…』
「デルフリンガーさん、すごく怖がってますけど…ダンスって、あの、踊ることですよね?」
「一般的にはね」
『な、なあ、もうその話は止めてくれねえか』
「ご、ごめんなさい」
ティファニアはデルフリンガーに謝ると、ベッドから立ち上がり、デルフリンガーをルイズに手渡した。
ルイズは受け取ったデルフをテーブルの上に置きつつ、隣の部屋から持ってきたオルゴールをティファニアに渡した。


ティファニアはどこか懐かしそうにオルゴールを見つめつつ、オルゴールの蓋を開けた。
「聞こえますか?」

ルイズの耳に、どこか懐かしく感じられる調べが聞こてきた。
「ちゃんと聞こえるわ。ねえ…そのオルゴール、もしかして音を聞くためには、何か別の物が必要じゃない?」
ルイズの言葉に、ティファニアははっとなった。
そしてしばらくの沈黙の後、ティファニアはこのオルゴールと自分との関係を話し出した。

「わたしの父は、アルビオンの財務監督官だったの。家には父が管理していた財宝が沢山あって……私は小さい頃、それでよく遊んでたの」
喋りながらも、ティファニアはオルゴールを懐かしそうに見つめている。
おそらくこのオルゴールには、ティファニアの思い出が詰まっているのだろう。
「このオルゴールは、王家に伝わる秘宝だって父は言っていたけど、でもね、あけても鳴らなかったの。だけど、わたしはある日気づいたの」

「指輪を嵌めると音が聞こえる…」
ルイズが呟く。その手には、いつ取りだしたのか、風のルビーが嵌められていた。

「やっぱり、指輪を持っていたんですか……あの、その指輪は」
「この間、ウェールズ皇太子を亡命させたとき、報酬として貰ったのがこの『風のルビー』よ」
「…………」
ティファニアが俯いたまま、視線だけ上げてルイズを見る。
何処か怖がっているのか、不審がっているのかしているのだろうか。
「マチルダに喋ったら『余計なことを…』って怒ってたわよ」

マチルダの名前が出たことで、ティファニアは少し驚いた。
「マチルダ姉さんも知ってるんですか?」
「ええ」
「じゃあ、マチルダ姉さん、王家への復讐を諦めてくれたのかな……」

ルイズはこの時、ティファニアが本当に争いを嫌っているのだと感じた。
ウェールズに味方した話をしたのだ、ルイズがジェームズ一世寄りの人間だと思われてもおかしくない。
だがそんな事よりも、マチルダの復讐を止めて欲しいと、彼女は願っているのだ。

「……驚いたわね、本当に争いが嫌いなのね」
「うん、わたし、もう誰かが傷つくのは見たくない」
「だから”忘却”の魔法を最初に覚えたのね、私とは大違いだわ…ふふっ」
ルイズはどこか自虐的な笑みをこぼした。

二人は、オルゴールについて、現時点で判っていることを話し合った。

このオルゴールは、マチルダからの仕送りと一緒に届けられたものらしい。
ガラクタとして、古美術商に安く売られていたものを買い取り、ティファニアに送ったそうだ。
ティファニアは子供の頃、父の管理する財宝で遊んでいたが、その時のことをマチルダが覚えていたらしい。
このオルゴールを覚えていてくれたのが、ティファニアにはとても嬉しかった。


ルイズはそれを聞いて、少し心が痛くなった。
マチルダから送られてくる仕送りは、マチルダが得意とする練金で稼いだものだと思われている。
彼女が『土くれのフーケ』と呼ばれ、貴族の財宝を盗んでいるのだと、ティファニアは知らないのだろう。
そもそもこのオルゴールは、ニューカッスル城から脱出する際、報酬の代わりに貰ってきたものだ。
金目の物、珍しそうな物を見繕って袋に入れ、それを体中にくくりつけて脱出したのだが……その中にこんな重要なアイテムがあるとは思っても見なかった。
このオルゴールは、報酬としてマチルダに渡したものの一つ。
巡り巡ってティファニアの元に届いたのは運命の悪戯とでも言うべきなのだろうか。



そしてこのオルゴールの音についてだが、聞こえると解ったのは偶然らしい。
ティファニアの耳はエルフと同じように尖っており、人目に付くようなことは許されなかった。
遊び相手になってくれたのはマチルダと、父の管理する宝物類だったそうだ。

ある日、秘宝とされている『指輪』を嵌めた時、どこからか懐かしいメロディが聞こえてきた。
音の出所を探して戸棚を開けていくと、壊れていると思われていたオルゴールから音が鳴っているのに気づいたのだ。

だが、その音はティファニアにだけ聞こえており、マチルダの耳には決して届かなかった。
『指輪』をマチルダに嵌めさせて、音が聞こえるか確認したこともあったが、それでも音は聞こえなかった。
ティファニアだけに聞こえるオルゴール、それが何を意味するのか、子供の頃はまったく解らなかった。

だが、王家から差し向けられた兵士に殺されそうになった時……突然、オルゴールから聞こえてきたメロディと、何かの魔法のルーンが浮かんだ。
父から与えられた杖を手に、そのルーンを唱えたところ、兵士達の記憶からティファニアのことがすっぽりと抜け落ちてしまったらしい。


「なるほど…デルフ、あんた、何か知ってるんじゃないの?」
ルイズがデルフリンガーに聞くと、デルフはカタカタと鍔を動かして答えた。
『間違いねーな、始祖のオルゴールから聞こえてきたのは、”虚無”の魔法だ』
「虚無って言うんだ、知らなかった。私のことを知ってる人は『先住魔法』だって言うんだけど、違ったのね」
「そのことは、あまり人に言わないほうがいいわね」
「どうして?」
「〝虚無〟は伝説扱いされてるの。始祖ブリミルから6000年…使い手がいないままだとされてきたわ。もしそれを知られたら、貴方の力を利用しようとする奴が現れるわよ」
「伝説? 大げさね!」
ティファニアが笑う、ルイズはその様子を見て、太ももに隠していた杖を取り出した。
「こんなできそこないのわたしが、伝説? おかしくなっちゃうわ!」
「本当よ、先住魔法だとしても、虚無だとしても、貴方は危険に巻き込まれることになるわ」
「でも、大したことはできないのよ、記憶を奪うだけだもの」
「……虚無は、記憶を奪うだけじゃないのよ」
「えっ?」
ふとルイズの手を見ると、いつの間にかルイズの手には杖が握られていた。

ティファニアは突然のことに驚いた、『石仮面』が傭兵とは聞いていたがメイジだとは聞いていなかったからだ。
「これから…貴方とは別の”虚無”を見せるわ、『イリュージョン』といって、簡単に言えば幻を作り出す魔法よ」
「あ、あなたも、その、魔法を使えるの?」
ティファニアはルイズの記憶を奪うべきだろうかと考え、杖に手を伸ばしたが、その考えはすぐに消えてしまった。
「……………………………………………」
ルイズが、虚無独特の長い詠唱を開始する、すると小声にもかかわらず、その声に聞き入ってしまうのだ。
ティファニアが聞いたことのないルーン、だが、なぜか懐かしい。

オルゴールから聞こえてきた歌のように、どこか懐かしく、そして心が安らぐのだ。

イリュージョンの詠唱が完了し、ルイズが杖を降ると、ティファニアの目の前の空間がゆらぎ、雲が集まるかのように何かが形作られていく。
間もなく、その雲は人の形を取り、色が付き……ルイズの知るミス・ロングビルの姿が作り出された。
「マチルダ姉さ…えっ?」
ティファニアがマチルダに触れようとしたが、触れられない。
驚きつつも再度触れようとするが、やはり触れることは出来なかった。
「これが”虚無”の一つ、『イリュージョン』よ。やろうと思えば空だって、闇夜だって作り出せるわ」

しばらくの間、不思議そうにマチルダの姿を確認していたティファニアだったが、ルイズの言葉を聞いて現実に引き戻された。
「ティファニア、よく聞いて。虚無の魔法は強力過ぎるの…だから、絶対に人に知られては駄目よ」
「わかったわ。石仮面さんがそうまで言うなら、誰にも言わない。というか話す人なんか元からいないし、バレたところで記憶を奪えばいいだけの話だし……」
世間から外れた場所で育ってきたティファニアには、事の重大さがイマイチよく判らないのか、ルイズが思っていたよりも軽い調子で話した。

「解ってくれればいいけど…ちょっと心配ね。ところで私、ティファニアに聞いておきたいことがあるの」
「どんなこと?」
「私を是に案内してくれた彼、王家に伝わる『アンドバリの指輪』の使い道を、貴方の母が知っていたと言っていたわ。でも貴方は『母の形見だ』と言った…ちょっと変だと思わない?」
「おかしくはないわ、」
くだけていた雰囲気が、急速に冷めていく。
ティファニアの表情から笑みが消え、どこか落ち着きなさそうに虚空に眼を泳がせていた。
「些細な食い違いよ…でも、どうしても気になるのよ」
「………」
ティファニアは、気まずそうに俯いた。
「わたし、一度、人間が怖くなったの。それで、あの人にも…」
「記憶を奪ったのね」
「うん、それを諫めてくれたのはマチルダ姉さんだった。『味方してくれる人まで疑ったら、あなたは独りぼっちになってしまう』……って」
「そんなことがあったんだ……マチルダの奴、格好いいこと言うじゃない」

ルイズは少しだけ、ティファニアに同情した。
自分は吸血鬼、ティファニアはエルフ。
人間から見れば、討伐対象には違いはない。
自分は何人もの人間を殺した、だが、ティファニアは人を殺すどころか、争いそのものをを嫌っている。
なのに、人間は『エルフ』という理由だけでティファニアを殺そうとするだろう。
以前のルイズには考えられない事だったが、今のルイズには、その疎外感と孤独感、そして不安感がよく理解できた。

ティファニアは両親を亡くした、だがマチルダと子供達がいる。
私は、両親に会えなくなり、学院にも行けなくなったが、アンリエッタとマチルダがいてくれる。

半ば脅迫のようにマチルダを仲間に引き込んだが、それは寂しさを紛らわすためだと、ルイズ自身よく自覚していた。

ふとティファニアを見ると、眠そうに目をこすっている。
「今日はもう休みましょう、ごめんね夜中までつきあわせて」
「ううん…久しぶりの話し相手で、嬉しかったわ。おやすみなさい、石仮面さん」
「ええ、おやすみ」
静かにティファニアの部屋の扉を閉めると、ルイズはティファニアから指示された部屋に入り、ローブを脱いだ。
デルフリンガーをベッドの脇に置き、余計な服を脱いで、簡素な下着とシャツのみの姿でベッドに入る。
お世辞にも上質なベッドとは言えなかったが、野宿に比べれば十分すぎるほど快適だ。

「神の左手ガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる…か」
ルイズはベッドの脇に置いたデルフリンガーを鞘から抜き、刀身に足を絡め、鍔を胸で抱きしめた。

『おいおい、危ねーよ』
「あたしの身体は切れても平気だって知ってるでしょう?それとも何、女は斬りたくないとか?」
『まあ、そんなもんかなあ』
「デルフ……あなたも、もう少し丁度よい大きさなら、私の身体を鞘にできたのにね」
『!? いきなり何言い出すんだ、おめーは!』
「……この身体になってから、性別とか、あまり気にならなくなったわ。男女関係なく、食欲とは別の意味で、『欲しい』と思うのよ……」
『だからって、おめえ、俺は剣だぜ』

「解ってるわよ、でも、何かを受け入れたいと思う気持ちが止まないの、私にとって必要な人がいない…そんな感じ」
『必要な人、ねえ』
「……神の左手ガンダールヴ、左に握った大剣…デルフ、これ貴方の事じゃないの」
『………』
「あなた、6000年生きているって言ったわね、眉唾物だと思っていたけど、違うわ…貴方は本物、生きた伝説よ」
『そーだっけ?』
「とぼけないで、虚無の担い手が私とティファニア以外にもいて、それぞれに使い魔がいる…それを知っていたんでしょう?」
『思い出したのはつい最近だ、それに確実じゃねえ。なら言う必要もねえだろ」

デルフリンガーはぶっきらぼうに言い放つ、ルイズはそれに少しむっとしたが、怒りはしなかった。

「教えて」
『何をだい?』
「私やティファニアが虚無に目覚めたのは、偶然じゃない。何か理由とか、あるんでしょう」
『さあね。おりゃあ所詮剣に過ぎねえ。深いことまではわからん』
「ガンダールヴって何?あなたを使っていたのなら、それは人間か、亜人?」
『よく思い出せねえよ』
「はぐらかさないでよ、私の、私の足りないものが、そこにある気がするんだから」
『そうは言ってもよ、6000年だぜ、細かいところまでいちいち覚えちゃいねえよ』
デルフが言う
「本当に、そう?」
『…………』
「…………」

室内に沈黙が流れる。

どれくらいそうしていただろうか、気が付くとデルフリンガーの冷たい刀身が、ルイズの体温で少し暖まっていた。
それを自覚したデルフリンガーは、ルイズの寝息が聞こえてきた頃を見計らって、カチャカチャと鍔を鳴らした。

『戦って欲しくねえのさ、特に、嬢ちゃんにはな』

ルイズからの返事は無かった。

翌朝早く、ルイズはティファニアを起こした。
ティファニアや子供達に情が移ると思うと、どこか後ろめたい気持ちが心を支配するのだ。
だから、子供達が起きる前に、ウエストウッドを離れようとした。

「もっと、ゆっくりしていっても……」
「ごめんなさいね、私にもやることがあるの。洗脳された人たちを正気に戻さないといけないし…そうそう、これ、貴方に渡しておくわ」

ルイズは自分の指から『風のルビー』を外し、ティファニアへと渡した。
指輪をフィットさせるルーンを教えて、唱えさせる、すると指輪の輪がティファニアの指に丁度よい大きさとなった。

「これ、石仮面さんにとっても大切な物じゃないの?」
「いいのよ、オルゴールと指輪は貴方のもの、これから先…記憶を消す”忘却”の魔法だけでは手に負えない危機が迫ったとき、必要になるかもしれないもの」
「……じゃあ、もう、いってしまうんですね。あの…マチルダ姉さんに、危険なことはしないでって、伝えて下さい」
「わかったわ、ちゃんと伝えておくから心配しないで」

ルイズは、ティファニアに背を向け、森の中へと歩いていった。

ティファニアはルイズの姿が見えなくなっても、じっとルイズの去っていった方角を見つめていた。

ウエストウッド村から適度に離れたところで、森の茂みの中から吸血馬が姿を見せた。
よく見ると背中の辺りに大きなこぶができている。
別の世界で『ラクダ』と呼ばれる、砂漠の生物によく似たこぶが、吸血馬の背中にできていた。

「どうしたの?」
ルイズが吸血馬に問いかけると、吸血馬はルイズの肩を軽く噛み、そのまま自分の背中に放り投げた。
どすん、と音を立てて吸血馬の背中に着地したルイズは、吸血馬のこぶに手を当てた。
「これ……血?もしかして、これ、私の分?」
「ブフッ、グルルルルルル……」

並の馬よりも遙かに逞しく、グリフォンをもしのぐ吸血馬の声は、まるで怪物のようだ。
だがルイズにはその声の意図がよくわかる、おそらく吸血馬は、ルイズのために何かをしたいと思ったのだろう。
背中にあるこぶは、きっとそのために作ったものだ。

「ありがとう、あなたって本当に優秀ね、執事みたいじゃない」
そう言いながらルイズは吸血馬のこぶに右の手を突き刺した。
こぶの中には、昨日野党から吸い取ったであろう新鮮な血液が沢山ため込まれているようだった。
ズキュン、ズキュンとルイズにしか聞こえない音を立てて血液をすする。
乾いた身体、疲れた細胞がみるみる蘇っていくのが実感できた。
「WRYYYYYYYYYYYYYY……」
細胞が喜び、脳が快楽を味わう。
ルイズの口は半開きになり、舌は緊張して尖るような形を見せていた。
剥き出しになった牙、高揚して紅くなる頬。

今のルイズがフードを被っていなければ、どこから見ても、誰が見ても立派な『吸血鬼』だと思われただろう。
吸血馬のこぶに溜められた血を吸い尽くすと、ルイズは吸血馬の背中にぐったりと寝そべった。
「はあ……生き返った気がするわ……」

ぎゅっ、と吸血馬に抱きつくと、それが合図だったかのように、吸血馬は駆けだした。

目的地、シティオブサウスゴータに到着するまでの数時間、ルイズは『この世界で唯一の同類』の、逞しい背中に身を預けていた。

シティオブサウスゴータの中央通りは、幅も狭ければ空も狭い。
昼間なのに薄暗い気がするのは、建物が日陰を作っているだけでなく、そこに済む住民達の眼に生気が見られないからだろう。

ルイズは表通りを避け、裏通りを歩いて、共同住宅の建ち並ぶ一角を探した。
共同住宅の近くには井戸が作られているだろうと踏んだのだ。

なるべく人気のなさそうな場所を探し、井戸を見つけると、ルイズはそこから水をくみ上げた。
背中のデルフリンガーを鞘から抜き、刀身を水に触れさせると、デルフリンガーは違和感を感じてカチャカチャと鍔を動かした。
『…こりゃあ先住の力だ、間違いねえ、ティファニアの嬢ちゃんが持っていた指輪とそっくりだ』
「じゃあ、この井戸に『ディスペルマジック』をかければ、この街の人たちは正気に戻るかしら」
『どうかな、街の人間を全員正気に戻すのは酷だぜ、この街全域をカバーする『ディスペルマジック』なんて、難しいんじゃねえか』
「そりゃ、自信はないけど、やるしかないでしょう」
『それによ、住民が正気に戻ったとレコン・キスタに知られたら、いろいろ面倒なことになるんじゃねえかなあ』
「じゃあどうしろって言うのよ」
『惚れ薬や毒と一緒さ、時間が経てば効果が切れる。地下水脈に『ディスペルマジック』をかければ……この濃さなら、一ヶ月ぐらいで街の人間は正気に戻るだろうぜ』

「なるほど」
ルイズは頷くと、デルフリンガーを地面に突き立てた。
「デルフ、辺りに気を配っていて。ディスペルマジック……やるわよ」
『気張りすぎて気絶するなよ』

「…………………………………」
ルイズは腕の中に仕込んだ杖を、掌まで押し出し、小声でルーンの詠唱を開始した。
精神を集中させ、井戸の中を思い浮かべる。
井戸に続く魔力の流れ、水脈に沿って流れる魔力の流れが、なぜかルイズの頭の中に入ってくる。
ルイズは杖を掲げて振り下ろすのではなく、掌を井戸の中に向かって突き飛ばすように振った。

「……かふっ はぁ はぁ…はぁ……」
『大丈夫か?』
「大丈夫よ…ちょっと目眩がしただけ。それより誰かに見られてなかった?」
『誰も見てねえよ、通りがかる奴もみんな目がうつろ、嬢ちゃんには誰も気づいてねーさ』
「それなら、いいんだけど」
ルイズは呼吸を乱しながらも、井戸から水をくみ上げて、再度デルフリンガーを水に浸した。
『もう大丈夫だと思うぜ、これなら飲んでも平気だ。街の人間も徐々に元に戻っていくんじゃねーかな』
「そう、なら、バレるまえに次の場所に行きましょう」
『慌ただしいねえ』
「レコン・キスタは、アンの結婚式に先だって親善訪問を行うそうよ。その親善訪問の真意を確かめるわ」
『親善訪問ねえ』
「ロンディニウムで見たでしょう、レコン・キスタは、王党派の船をわざと市街地に墜落させていたわ。親善訪問と言いながらトリステインを砲撃するかもね」
『やりかねねぇなあ』
「でしょう?」

デルフリンガーを鞘にしまうと、ルイズはフードを深く被りなおし、街はずれの住宅街から森の中へと駆けていった。




そしてその頃、親善訪問の予定を一週間繰り上げた『神聖アルビオン帝国』の特使達は、艤装の完了した『レキシントン』号へと資材の積み込みを開始していた。

それに合わせ、慌ただしく僚艦にも慌ただしく弾薬などが補給されていく。

ただ、不思議なことに…ある一隻の船には、食料も弾薬も積まれてることはなかった。




戦争は、近い。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー