ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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匿名ユーザー

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今日も一日、晴れやかな日差しの中で魔法学院の授業は進む。
昼食後の午後の陽気は、どこの人間にも眠気を誘うものらしい。聞きなれた教師の言葉に、居眠りをする生徒、船を漕ぐ生徒、ごく少数に真面目に聞く生徒……。
そしてルイズは、教師の言葉が耳に入らないかのように、――左手を見ていた。
昨晩の灼熱地獄が、夢の出来事だったように感じる。あれだけ暴れまわったキュルケは、ぐっすりと自分の部屋で眠ったまま、今日の授業は欠席した。
もしかするとこのまま起きないんじゃないかと心配したルイズだったが、使い魔が脈拍がどうたら、体温がなんたらとか言い出し、結局、大事には至らないだろうと判断され、それを彼女も信じた。
……時折ニヤニヤしたキュルケの寝顔を見たので、この調子なら大丈夫よね、というか、もう少し痛めつけたほうがよかったかしらと、思ったくらいだったので。
キュルケはもう大丈夫だ。
しかし、残る問題があった。

キュルケの体から飛び出た――ギーシュの言葉を借りるなら、悪魔――誰のものとも知れないミイラの腕を、二つの月が照らす下、才人が握り締めていた。
腕は完全に干からびた人間のものであり、肘から上が、もがれたか、切り落とされたかのように千切れている。そしてそれは当然のように死体。動くことはないはずの、ものだった。
才人はそれを無我夢中でそれを掴み、今も握り締めていたが、時間が経つごとに自分が握っているものが普段は絶対に握らないものだと言うことに気付き、だんだんと気持ち悪く思った。できればこのまますぐにでも放り投げてしまいたいくらいであった。
それが突然、才人の腕に食い込んだ。肉と肉、骨と骨が交差する感覚に、思わず鳥肌が立つ。
だが、それは腕がキュルケのときと同じように同化し支配することなく、才人の手をすり抜け、手の甲から地面に、どさりと落ちたのだ。まるで抱いた猫が、抱擁の束縛を嫌って逃れるように。
「なにやってんだ才人! その『遺体』を離すんじゃねェ!」
ジャイロが才人に叫ぶ。才人は転がった腕を拾おうとしたが、ミイラの腕は手を伸ばした才人よりも早く、地面に溶け込むように、消えてしまった。
「ジャ、ジャイロ! 腕が! 腕がミイラが! 消えた! 消えたよ目の前で! これなんてイリュージョン?!」
才人の周囲を、ジャイロが見渡す。だが、腕は何処にも無い。本当に消えてしまったと、才人の言葉を信用する。
「気ーつけろ! まだそこらへんにあるかもしれねー! ……いや、取り憑こうとしてるのかもしれねェ!」
ジャイロは、自分の後ろにいた少女を見る。彼女――タバサが、アレに取り憑かれたら、今度こそお終いかもしれないと、思ったからだ。
「そ、それって……、今度は俺達も狙われてるってことなのか?!」
さっきのキュルケみたいになるのかと、才人は目を丸くする。

「断定はできねーがよォ……。とにかく油断すんな!」
周囲を見渡しながら、二人は表情を引きつらせる。
ジャイロはルイズと、タバサを見た。ルイズは立ち上がっているし、元気そうだったが、タバサは息がまだ乱れている。駆け出して逃げることも、難しいように見えた。
「おチビ! オメーは逃げろ! オメーを守ることはできねェ! こっちは自分で手一杯だ!」
ジャイロが凄い剣幕で怒鳴る。ルイズはその気迫に押され、後ろに下がった。少し歩いただけで、背中に木が触れた。
「な、なあジャイロ。……もし、もしかして、なんだけどな」
「あァ?」
腕の行方を探すジャイロに、突然才人が声をかける。ジャイロは苛立ち気味に返事をした。
「あ、あのミイラ……。あれ、もしかすると、メイジにしか取り憑けないのかも、しれない」
その言葉を聞いて、ジャイロが眉を上げる。
「……何言ってんだオメー。そんな証拠が何処にある?」
才人に向いたジャイロが、そっけなく聞き返す。
「俺が掴んでたあのミイラ、俺から逃げようとしたんじゃなくて、……俺に、取り憑こうとしたのかもしれない」
左手の甲を見つめながら、才人が言う。
「……だけど、俺がメイジじゃないから、取り憑くのを諦めて、逃げたんじゃないかって……。俺、そう思えんだ」
鳥肌が立った左腕を、見つめ、思い返す。才人はあの腕が自分と重なった瞬間を、思い出す。
あれが同化せずに通り抜けたのは、俺にはなにか、あの腕が求める……資格みたいなものが無いからじゃないか、と。
俺はあいつらと何が違うと、そう自問する。
この世界の人間じゃない。だからかもしれない。
けど、もっとなにか、決定的に違うところが、あるんじゃないか。そう、思った。
「ギーシュもメイジ……。キュルケもメイジだ。ここには魔法使いもいるけど、魔法が使えない平民って呼ばれる人達もいっぱいいる! なのにその人達が取り憑かれたとは聞かない!」
ジャイロが食いしばった歯を鳴らす。
「魔法か? 『遺体』は魔法を求めるってのか!?」
「俺もジャイロも魔法は使えない! だからあれは俺達には取り憑かない! だったら――!」
ジャイロはタバサを見た。
才人はルイズを見た。

タバサは、ようやく整った息を静かに吸い込み、ゆっくりと立ち上がり。
ルイズは、自分の使い魔二人を、きょとんと眺めていた。
ふっ、と何かが目の前を通り過ぎる。反射的に、それを受け止めてしまった。
視線を、下げる。……干からびた腕が、ルイズの両腕に収まっていた。

「き、きゃあああああぁぁっ!!」
突然の悪寒が全身を粟立てる。ルイズの左腕に、ミイラの腕がずぶりずぶりと呑み込まれるように埋まっていったのだから。
その気持ち悪さが収まったとき、腕はルイズと一体化していた。もう欠片さえ見えない。……それと同時に、ルイズはジャイロと才人に、同時に飛びかかられていた。
「ちょ、ちょっと! あんた達なにするムギュ! ……ンー! モガモガ……」
呪文を唱えられないようにジャイロに口を塞がれ、才人に羽交い絞めにされる。
「よーし! 探せ才人! おチビのどっかにあるはずだ!」
「ど、どこだよどこ! ここか? そこか? あ、それともこっちか!?」
ジャイロに口を塞がれ、首根っこを押さえられたルイズのあちこちを才人が弄る。
「モ……モガー! モガー! モムモムモーンボ!!」
こらー! ちょっとあんた達なにしてんのー!! と叫ぶが、塞がれた口ではどうにも伝えられない。
そんなことをしているうちに、才人は腕だ足だ。ふくらはぎだ内腿だと触りまくってきた。
このままでは、セクハラ以上のところまで触られかねないと危険を感じたルイズは。
まず才人の顎をボールを蹴るように思いっきり蹴っ飛ばし。
次にジャイロの鳩尾につま先を蹴り入れた。
才人轟沈。ジャイロ撃沈である。
自由に呼吸ができるようになった口で、荒く息を吸いながら、ルイズは酸欠と怒りで真っ赤になった顔で怒鳴る。
「はぁ……。はぁ……。あ、あんた達! ご主人様にむかってなんてことするのよ!!」
これはもう許せない。わたしの首を絞めてきたニョホも許せないけど、人の体を嘗め回すように触ってきた犬は特に許せない!
許せないからとルイズが振り上げた鞭が、今にも振り下ろされようというとき。

「なァ。オメー、おチビか?」
ジャイロが、場違いな声でそう聞いた。
「チビは止めてって言ってんでしょ!」
「オメー、取り憑かれてんじゃねーのか?」
「は、はあ?! 何言ってんのよ?」
「確認するぜおチビ。オメーはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだ。何度もオレ達に言って聞かせた名前だぜ。間違いねーな?」
「当たり前じゃない」
ルイズは呆れたように言う。
「次の質問だ。オメーの部屋にある、あの毛糸で出来た土のう袋みてーなのは何だ? 大分前から気になってたんだがよォ」
「し、失礼ね! あれは椅子に置くクッションを編んでたのよ!」
「も一つオマケだ。こないだ、オメーが顔を洗う洗面器にカエルが入ってたよなァ?」
「止めてよ。思い出したくもないわ」
そう言ってルイズは腕を擦る仕草をする。思い出して身の毛がよだったらしい。
「あれはな、実は才人の仕業だ」
「ちょっ! おいジャイロ! なにチクってんだぁ?!」
普段から理不尽な要求をするご主人様へのささやかな復讐のつもりでやった他愛も無い悪戯だと、やった本人は思っていることなのだったが。
「サイト」
簡潔に名前を呼ばれた才人が、ルイズの顔を見る。……才人は自分の目を擦りたくなった。人形よりも表情の無い顔がそこにあったからだ。
「は……、はい?」
間抜けに上ずった声で、返事をすると。
「ご飯抜き。プラス三週間分と、あと毎日鞭叩き五十回ね」
生殺し宣言であった。
「ひぃ! 悪かった! もうしない! しませんともご主人様ぁ! だからせめて鞭叩きだけはやめてぇ!」
「駄目! 絶ぇっ対ぃ駄目! あとなに!? 鞭叩きだけ止めてってなに!? あんたどっかで残飯漁って食べてるんじゃないでしょうねえ!?」
なかなか鋭い突っ込みにどきっとしたものの、才人は必死に許しを懇願する。……その二人の後ろで、突然ジャイロがニョホホホホッホと笑い出した。

「ちょっと! 何がおかしいのよニョホ! 言っとくけどあんたも同罪よ!」
「ジャイロ! お前のせいだぞ! なんとかしろよ!」
「いや、おチビ。たまげたぜ。……オメー。『遺体』に操られてねーじゃねーか」
「え?」
「は?」
ルイズと才人が同時に声を上げた。ジャイロの言ったことが、よく理解できなかったのだ。
「おチビ、オメーにはギーシュやキュルケを変えちまった『遺体』が取り憑いたんだ。だが……、支配されてねーんだ。もしかすると逆に、支配してるのかもしれねーぜ」
言われて、思わずルイズは左腕を見る。外見は全く変わらない自分の腕だ。しかし自分の心が、何かが自分の腕の中にいると理解していた。
あの気持ちの悪いミイラの腕が、いま、間違いなく自分の腕の中にいるのだと、改めてルイズは認識したのであった。
「まァ、おチビの反応を見るために色々言ったわけでよ……。ま、イーじゃねーか。許せ」
ニョホホ、とジャイロが笑う。
「許せって……。許せるか! お前のせーで俺がピンチだよ! なんとかしろよコンチキショー!」
才人が納得できずに噛みついてくる。
「でもよォ。カエル洗面器にブっこんだのオメーだし、事実だしなァ。ま、自業自得ってヤツだな。諦めろ」
「わースゲー正論ブッかましな意見ー。……って、それでも納得いかねぇ!」
などと口論をしながら、二人はその場から離れていく。
「ちょ! ちょっとあんた達! これ! これどうするのよ!?」
そんな二人を呼び止めるように後ろから大声で、ルイズが自分の左腕を右手で指差しながら叫ぶ。
「……」
「……」
暫し無言の二人。
「寝るか」
「だな」
さーて、ギーシュの部屋はどっちだーと言いながら、二人は足を速めて去っていく。
「い、イヤーー! 取って! 取ってえーー! 取りなさいってばーー!!」
ルイズが二人を追いかける。二人は今度は全速力で逃げていく。
深夜の大逃走劇は、もう少し続くようだった。

「『遺体』……」
焦げた匂いの残る場所から、自分の部屋に戻る途中で、タバサは呟いた。
口に出したその言葉を、彼女は記憶のどこかで認識している。
それが、思ったとおりのものだとしたなら。
歩みを止めて、沈黙しながら、タバサは物思いにふけるが。
「そんなはずは……ない」
考えすぎだと思い、彼女は頭を静かに振ってその考えを打ち消し、今度は歩みを止めず部屋に戻って行く。

そのタバサが、次の日の授業を抜け出し図書室に向かって間もない頃。
教室がまた、爆発と振動と喧騒に巻き込まれる。
今思えば、それは合図だった。
きっと――、スタートの。

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