ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-11

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
悩み多き乙女、ルイズは思案に暮れていた。
窓の外を眺めながら、心ここにあらずという表情。
構ってもらえず彼は一人、棒を掴んだりかじって遊ぶ。

「よし、決めたわ!」
決意と共に彼女は立ち上がる。
先程までの憂鬱そうな顔とは打って変わり、実に活き活きとした感じが見て取れる。
突然の変化と大声に、思わず彼も棒を取り落とす。

彼女は出掛ける支度を整えると、棚から金貨が入った袋を取り出す。
親からの仕送りを溜め込んだ彼女の貯金である。
それをちゃりちゃりと数えると『これだけあれば十分』と一人頷く。
何をしているのか判らず、戸惑う彼にルイズは話しかける。

「ほら、何してるのよ。買い物に行くから付いてきなさい」

それは唐突な発言、もとい命令であった。



事の起こりは数日前の事。
その時はギトー先生が講師を務める授業が行われていた。
講義の内容は風属性の魔法についてのものだったが、それは次第にいかに風の属性が優れているかという自説に変わっていった。
他教師も自分の系統が最も有意義であると公言しており、対抗意識を持ってしまうのも仕方が無いがギトーはその際たる者だった。

そこで終わっていれば『いつもの授業』だっただろう。
だがギトーが『最強の属性とは何か?』というのに触れた時、キュルケの反発を招いた。
風の系統が応用が利くのは認めるが、最強は全てを燃やし尽くす火であると彼女は譲らない。
何よりも我を通す二人である、もはや言葉による解決は無いだろう。
「…判った。物覚えの悪い生徒には実際に体験してもらうのが早いようだな。
ミス・ツェルプストー、君の得意な火の魔法、私にぶつけてみたまえ」
キュルケの目が驚愕に開く。
いくら授業とは教師に魔術を放つなど普通は無い。
だが、ここまであからさまに挑発されて彼女が引ける筈が無い。
呪文を唱え、作り出したのは1メイルはある火球。
直撃すれば火傷程度では済まないだろう。
しかしギトーは動じる事なく杖を振る。
同時に巻き起こった突風にキュルケの炎が掻き消されていく。
しかも、それだけでは収まらずキュルケの体さえも吹き飛ばす。

「諸君、見たかね? 見ての通り、風は全てを薙ぎ払う事が出来る。
火も土も水も、風の前では立つ事さえ……」

得意満面にギトーがそこまで話した所で止まった。
講義を聞くべき生徒達が吹き飛ばされたキュルケの方を見ているのだ。
ギトーが見た感じでは大した怪我は負っていないし、それほど騒ぐ事ではない。
むしろ自分が無視されているかのようで彼は無性に腹が立った。

しかし、彼等が見ていたのはキュルケではない。
注目を浴びているのは、突風が吹いた際に吹き飛ばされた一匹の使い魔。
そのまま壁に叩きつけられ倒れた彼が身を起こす。
床に立てられる鋭い爪。低く上げられた唸り声。
そして敵意を剥き出しにした視線。
それは広場で行われた決闘を思い起こすのに十分だった。

生徒達の脳裏に過ぎる、かの使い魔の噂。
『その逆鱗に触れた瞬間、悪魔はその本性を現す』
あの決闘を目にした者、噂を聞いた者、誰もがその恐怖に怯えた。
触れてはならない不発弾、それが壁へと叩き付けられたのだ。
次に起きるのは衝撃による誘爆。

耐え切れなくなった生徒の一人が教室の外へと逃げ出す。
その行動が彼等の最後の理性を断ち切った。
我先にと教室から逃げ出す生徒達。
余所見を注意しようと席に向かったギトーが押し流されていく。
自慢の風の魔法など使う暇さえない。

「うるさいですぞ! 何の騒ぎですか!?」
教室の扉を開け、コルベールが怒鳴り込む。
だが、タイミングがあまりにも悪すぎた。
雪崩と化した生徒の群れにあっさりと飲み込まれ消えていく。


まさに台風一過。
服に幾つかの靴跡を残したまま、よろよろとコルベールが立ち上がる。
全く…貴族としての教育が…、と小言を述べながら頭に手をやる。
そして何かに気付いたのか、辺りを必死に探し回る。
視線の先には襤褸と成り果てた金髪のカツラ。
恐らくは安いものではないだろう。
それが誰にも見せる機会もなく失われたのだ。

「おおう…」
ハラハラと涙を零しながらそれを拾い頭に被せる。
だが、既にカツラとしての意味を失っているそれは、カツラとして扱われるのを拒むように床へと落ちる。

「滑りやすい」
教室に残っていた数名の生徒が爆笑に沸く。
普段無口なだけにタバサが言った一言は強力だった。
プルプル震えるコルベールの頭が茹蛸のように赤く染まる。
そして彼は、この騒動を巻き起こしたであろう張本人の名を呼ぶ。

「ええい、黙りなさい! ミス・ヴァリエール、話があるので付いて来なさい!」


なんで私が呼び出されなきゃいけないのよ。
ルイズが初めに思った事はそれだった。
ギトー先生の挑発に乗って魔法勝負を挑んだのはキュルケ。
コルベール先生の頭を皮肉ったのはタバサ。
なんで唯一、無関係な私が怒らなくちゃいけないのか。
実はその場にもう一人、薔薇を咥えたのもいたのだが彼女は覚えていない。

『今回の騒動は君の使い魔が周りを威嚇した事で起きたもので、使い魔の主である君は自分の使い魔をきちんと管理する義務がある』
先生の話は要約するとそんな内容だった。

「…でも先生、私の使い魔は犬ですよ?」
「でも、じゃありません。犬だろうと猫だろうと竜だろうと一緒です」
「……………」
なんか先生の話は飛躍しすぎてるというか。
竜ならまだしも犬が吼えたぐらいで、あそこまではならないと思うんだけど。
これも例の突拍子もない噂のせいだろうか。
それは『メイジ相手に勝った』だの『悪魔が取り付いてる』だのという根も葉もないデタラメの事だ。
決闘相手のメイジが酷く怯えていたように見えたけど、どうせ急に腕を噛まれて杖を取り落としたか何かしたのだろう。
それに尾ひれが付いて怪物騒ぎにまで発展している。
彼女はそう考えていた。

とはいえ放し飼いにしているのは事実。
使い魔は本来、主に絶対服従。
ところが私の犬は言う事聞かないし、そこら辺をウロウロしている。
学院ならまだしも、外に出た時の事を考えると悩みは尽きない。
少なくとも、この犬が自分の管理下にある事を証明する必要がある。
その為に必要な物といえば……。


トリステイン城下町、その大通りを一人と一匹が行く。
時代や場所が違えど人の活気に変わりはない。
通りに面した店や道端の露店から景気のいい声が響く。
あちこちから漂ってくる美味しそうな匂いに誘われ、きょろきょろと視線と顔を動かし忙しなく駆け回る。

向こうとこちら、二つの世界を合わせても、町に買い物に行くなど、彼にとってはこれが初めての体験だった。
いつもとは違う景色に気持ちを抑えきれず、はしゃぎ回る。
馬に乗れず仕方なく犬用の檻で運ばれていた不機嫌など既に吹き飛んでいた。

「こら。あんまりウロチョロしない。
人通りが激しいんだから…迷子になったらどうするのよ」
彼にそう注意して再び辺りを見回す。
ここら辺の地理に詳しくない訳ではないのだが、
いつもとは用向きが違う為に少しだけ迷っているのだ。
そのオロオロした様子に、彼も不安そうに彼女を見つめる。

ご主人様としてこれ以上情けない所は見せられない。
さらに焦る彼女の前にお目当ての看板が現れた。
花開くように綻ぶ笑顔。
やはり自分はやれば出来るのだ。
自信満々で振り返る。

「ほら。ちゃんと見つけられた…で…」
背後を見つめたまま、彼女が凍る。
そこには誰もいない。
探していた店は見つかった。
だが今度は肝心の彼の姿が見当たらなくなっていたのだ。


「はぁ…暇だな」
「ああ…暇だよな」
一人愚痴る武器屋の店主。
その言葉にどこからともなく響く声が返答する。
最近は土くれのフーケとかいうメイジの盗賊が貴族の屋敷に出没するってんで、下僕に武器を持たせる領主が増えるだろうと当て込んでの投資。
それが物の見事に大外れしたのだ。

確かに客は増えた。
それも何本もまとめて買っていく大口の顧客だ。
だが買っていくのはどれも切れ味の悪い安物ばかり。
どうせ下僕に持たせるのだから根の張る物は要らないらしい。
手元に残ったのは観賞用の物と、そこそこ値の張る品が多数。
それと…。

「これだけ在庫余ったら首括らなきゃいけなくなるなあ」
「…その時はテメエも道連れだデル公」
「へっ。俺のどこに首があるってんだ」
喧しいオンボロが一本。
売れて欲しかった物が全て売れ残っているという悪夢。
下手な欲をかくと碌な事にならない事を店主は身を以って知った。
いっそ、ここの商品を使って盗賊にでもなるかとまで追い詰められていた。

そんな時だった。
突然、デルフリンガーの軽口が止まったのは。
不意に訪れた沈黙。
張り詰めた空気が冷たくなっていくのを店主は感じた。
「…おい親父」
「なんだ? デル公」
「今すぐ強力な得物を用意しろ。間違っても客に出す紛い物じゃねえぞ」
「…随分と物騒な物言いだな。ドラゴンでも来るってのか?」
デルフに冗談を言いながらも手に掛けたのは大型のボウガン。
鎧だって貫通する殺傷力を秘めたそれに矢を番える。
心臓に喰らえば大型の獣だって一撃で仕留められるだろう。

店主は知っていた。
こいつとは長い付き合いだがデルフがこの手の冗談は言わない事を。
そして自分以上に長い時間を生きているコイツの勘は確かだと。

「いや下手したら、それ以上かも知れねえ……来るぞ!」
店主がボウガンを構える。
だが羽扉ごしに見える風景には怪物の影も形もない。
何かの勘違いか、そう安堵し弓を下ろした瞬間だった。
羽扉の下を何かが潜り抜けた。
それは店主も無視し乱雑に積み上げられた剣の束…否、デルフへと襲い掛かる。



「くっ…デル公ッ!」
再び照準を入り込んできた怪物に合わせる。
その怪物は器用な前足でデルフを掴むとその柄にがじがじと牙を突き立てた。
大きさは1メイルにも満たない。
ハッハッと息を荒げ、夢中で目の前の剣を弄ぶ。
「ぎゃー、止めてくれェー!」
「は……?」
怪物の姿を視認した親父から気の抜けた声が出た。
その正体、それは一般に犬と呼ばれる生き物だった。

「何だって犬がこんな所に…」
「…おでれーた」
「そりゃ、こっちの台詞だっての。さんざ脅かしやがって」
ボウガンを戻し、店主は再びパイプを咥える。
だがデルフリンガーが驚いた理由は別にあった。
この犬に触れた瞬間に感じ取った気配。
それが『使い手』の物だと理解できたのだ。
人間以外にも使い手となる者がいたという事実が彼を驚愕させた。

「見つけた!」
羽扉が開き、誰かが店の中へと飛び込む。
はあはあと息を切らせ、桃色の髪を振り乱しているが、その格好からメイジ、それも魔法学院に在籍する貴族の子弟だと窺えた。
キッと見つめる先には剣で遊ぶ犬が一匹。
この貴族の飼い犬か何かだろうか、それはともかく降って湧いた大チャンスに、武器屋の親父の眼がきらりと光る。



「失礼ですが、こちらの犬のご主人様で?」
「ええ、そうよ。私の使い魔よ」
「誠に申し訳無いんですが。実は見ての通り、売り物を一本ダメにされちまいまして…」
男の嫌らしい顔つきに、ルイズも呆れ果てる。
損害の賠償を求めている事は一目見て明らかだった。
剣の相場は知らないが、どうせ古びた剣だ。
大した額ではないだろう。
「…そう。で、幾らなの?」
「厄介払いって事で新金貨百枚で」
ルイズは溜息をついた。
金貨百枚といえば高い金額でもないが安くもない。
買い物にと持ってきた財布のほとんどを使う事になる。
それも私にも使い魔にも必要の無い剣の為にである。
だけど支払わなければ貴族の名誉に傷が付く。
全くとんだ買い物である。

「ああもう!」
叩き付けるように財布をカウンターに投げ捨てる。
そして剣を置き、しゅんとしているバカ犬へと振り返った。
怒鳴り声を上げようとした彼女をデルフが制する。
「まあまあ、そう怒りなさんな。
こいつ、“変な気配を感じたから、つい…”って謝ってるし」
「インテリジェンスソード? また変な物を…」
不意に会話が止まった。
今、この剣はなんと言った? 謝った? 誰が?
この場でそれに該当するのは一匹しかしない。
困惑する彼女が一つの仮説に行き当たる。 


「もしかして、こいつと話せるの?」
「おう。剣と使い手は一心同体だからよ」
意外な事実にルイズは目を白黒させる。
しかし、そう考えると金貨百枚はいい買い物だったのかもしれない。
今までは言葉が通じている感じはしたけど、向こうからは何を伝えたいのか判らなかった。
その翻訳をこの剣がしてくれるというなら利点は大きい。
「デルフリンガーだ。よろしくな、相棒」
「わん!」
何より本人も気に入ったみたいで、喜んで貰えるならいいや。
そう割り切って財布ごとお釣りと鞘を受け取り、彼女は店を後にした。

「痛ででででで…!! 相棒、もう少しお手柔らかに」
ずりずりと鞘に付いた帯を咥え、彼はデルフを引きずる。
デルフは剣の中でも大型に入る。
犬が背に負うのは少し厳しい。
だからこうして引っ張って運んでいるのだが、その度に段差にぶつかったりとデルフは散々な目に合っている。


「嬢ちゃん! 嬢ちゃんが運んでくれ、頼むからよ!」
「嫌よ。どうして使い魔の物を私が持たなきゃいけないのよ」
「そんな殺生な…! 相棒、鼻歌なんか歌ってないで…ギャアー!」
横を通り掛った馬車の車輪に潰され掛けたデルフが悲鳴を上げる。
それに構う事なく彼は跳ねるような足取りで歩む。
今日一日、彼は買い物を楽しんだ。
ご主人様から買って貰った物は二つ。
一つは咥えているデルフリンガー。
そしてもう一つは…。
「大体、アンタなんか買わなければもっと良いのが買えたのに」
「いいじゃねえか。相棒も気に入ったみたいなんだし」
「まあいいわ。今度来た時にまた新しいのを買えばいいんだから」
彼の首元で鮮やかに映える皮の首輪。
この首輪は“ルイズとの絆の証”と彼は受け取っていた。
だから、これがある限り、自分とルイズが離れる事は無い。
彼はそう信じていた…。


そして今。
彼の大事な宝物、それは二つとも才人の手の中に。
この場にいないのは『彼』だけだった…。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー