ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-10

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だれでも歓迎! 編集
唐突だが! 彼は危機に瀕していたッ!
既に四肢に自身を支えるだけの力はなく、
地に伏したまま死を迎えるばかり!

宿主を生命の危険から守る『寄生虫バオー』も、
それを察知しながらどうする事も出来ない!
たとえ『バオー』であろうとも勝ち目のない強敵ッ!!

“きゅ~くるるる”

彼の胃袋から響く異音!
それがッ!
それがッ!!
それが『空腹』だッ!!


事は先日にまで遡る。

自分の使い魔を見失ったルイズは必死に学院内を探し回っていた。
何せ昨日の今日の出来事だ。
彼女が心配になるのも無理はない。
生徒の中には彼の事を快く思ってない者も多く、
もしかしたらまた連れ攫われたのではと不安にかきたてられる。

だが、いかに彼を目の敵にしようとも、
その実力を目の当たりにした今、彼に手を出す者は皆無だった。
しかし彼女は自身の使い魔の実力を知らない。
それ故に自分が守らねばと責任感に駆られているのだ。

生徒達の非協力的な態度によって目撃情報は得られず、
学院内をくまなく探した後、外へと飛び出す。

そこで目撃したのがミス・ロングビルに撫でられて
“あう~ん、きゅーんきゅーん”と気持ち良さげに鳴くバカ犬一匹。

脱力感と同時に襲い来る疲労。
空っぽになった彼女の頭を満たした物は憤怒であり、
そこに混じった多少の嫉妬が事態を更に悪化させた。


ご満悦の彼の前に影が差す。
不意に上を見上げる。
刹那、空気が凍りついた気がした。
体が恐怖によって勝手に震えだす。
それはゴーレムよりも遥かに小さく、されどその何倍も恐ろしい。
風になびく桃色の髪からは角が見えてきそうだ。

走って逃げるか?
それともどこかに隠れるか?
ダメだ、どちらにしても死は避けられない!
ならば! お腹を見せて完全降伏の構え!

しかし“このルイズ、容赦はせん”と言わんばかりに、
ごろりと寝転がった彼に、彼女から死刑宣告が突きつけられる。

「私がいいと言うまでご飯抜き!!」


当初はさほど問題視していなかったのだ。
なにしろ、こっちには別の補給ルートがあるのだ。
むしろ、そっちの方がメインと言える。

『なに? ご主人様からご飯を貰えなかったって?
逆に考えるんだ。むしろマルトーさんから貰えるいいチャンスだって』

心の中の紳士に従い、自分のお皿を咥えて厨房へと走る。
この時には、まだ気づいていなかったのだ。
ルイズがどれほど怒っていたのか。
そして、怒りが沸点にまで達した彼女がどのような手段に出るかを。


「すまねえ。今日は諦めてくれ」

手を合わせ頭を下げるマルトー。
それを目にした瞬間、咥えたお皿が床に落ちカランカランと虚しい音を立てた。
ここに至り彼は最大の協力者を失ったのだ。
その心中はいかばかりのものか。

「本当にすまねえ。さっき嬢ちゃんがやって来て『絶対に餌を与えるな』って。
そりゃあ凄い剣幕で、俺も思わず『判った』って頷いちまってな。
男として約束破るわけにもいかねえし、もし内緒で餌やったなんてバレたらどうなるか…」

既に先手を打たれていたか…。
ここで無理にマルトーさんに頼み込めば彼の立場が無くなる。
そうなっては今後の食生活にも影響が出てくるだろう。

「お、おい! 忘れ物!」

背後で皿を振るマルトーさんに気づく事もなく、
しょぼくれた顔でとぼとぼと厨房を後にする。
マルトーさんがダメならシエスタからも望みは薄い。
となると残るは……。


「きゅる! きゅる!」
べたっと地に張り付いたフレイムが友人の来訪に応える。
思えば、最初に食事を分けてくれようとしたのも彼だった。
好意に甘えて、ぶしつけながらもさっそく餌を分けて貰えるように頼み込む。
もう朝食の時間は過ぎていたが、フレイムはキュルケからおやつを貰っている。
それを見越して彼はここに来たのだ。

だがフレイムが首を振る。
そして示した先は男といちゃつくキュルケの姿。
フレイムは他の男が邪魔しないように見張りをしているらしい。
この状況でおやつを貰いに行けばキュルケの怒りを買うは必定。

じゃあ二時間後にまた…。
またもフレイムは首を振る。
どうやら別の男との約束があるようだ。

じゃあ四時間後…。
それにもフレイムは首を振る。
どうやら更に別の男と約束があるようだ。

じゃあ六時間後…。
さらにフレイムは首を振る。

いいかげんフレイムも首が疲れてきたようなので、その場を立ち去る。
どこか哀愁漂うフレイムの姿を見送りながらエールを飛ばす。
それにフレイムも“おまえもな”と返す。
お互い主人に苦労する者同士、どこか戦友のような繋がりを二匹は感じていた…。


(お腹空いてるのね? ちょっと待つのね)
きゅいきゅい鳴きながらシルフィードが器用に手先で何かを探す。
学院上空を旋回している事が多いので、あまり間近で見る機会は無いのだが。
こうして見ると凄い巨体である。
あのゴーレムと掴み合いで渡り合えるのではないだろうか?
といっても少女思考であるシルフィードにそんな事を言うと傷付くので黙っている。
彼はその辺の気配りの出来るオスであった。

問題なのは食事の量。
これだけの体なのだから食べる量も相当なものだろう。
その中からほんの自分の食べる分だけ貰うのである。
人間で言ったらスプーン一杯分にも満たないだろう。
だからこそ気兼ねなく分けて貰えると踏んだのだ。

(はい、どうぞ)
目の前に置かれた巨大な飼い葉桶。
その中に大量に詰められた草。
それは『ある意味』予想通りで、しかし予想外のものだった。
確かにこれだけの量があればお腹は膨れるだろう。
しかし彼は基本的に肉食である。
草なども食べる事はあるが、それは胃腸を整える為で主食ではない。
そもそもシルフィードが草食だったとは知りもしなかった。


(ささ! 遠慮しないでどうぞどうぞなのね)

手で飼い葉桶を押すシルフィード。
さすがに断りきれず、一口ぐらいならと零れ落ちた草を食む。
もぐもぐと口の中で咀嚼し、じっくりと味わう。

うむ。実に苦みばしった味をベースに苦味が苦味とハーモニーを奏で、
苦味をエッセンスにさらに苦味を一段階上の苦味に昇華し、さらに隠し味の苦味が…。

ダッとそこから離れると水桶に顔から突っ込む。
舌先の苦味が緩和するまで水を飲み続ける。

彼はッ!!
彼は! 今までの人生でそこら辺を徘徊し、色んな物を食べてきたッ!
研究所で出た固形のペットフードだの、厨房で出る賄い料理だの、
そこら辺に生えてる雑草なんかだの!
だが、こんな物は味わった事もねえッ!
水をたっぷり飲んでも消えねえ!
味覚をグチャグチャにする苦味を超えた苦味を持つ草をよォォ!


ちらりとシルフィードの方を向く。
彼女は変わらずにニコニコと『草』を勧めてくる。

(さあ、遠慮せずにもっと食べていいのね)
ずずいと前を押し出されたそれを彼は押し返す。

いえいえ、もう結構ですから。
まあ、そう言わずにもう一口いかがなのね。
そんな、とんでもない。
いいから、いいからなのね。

日本式の丁重な断り方を彼女は押し退ける。
そこにはもてなすという行為に隠された黒い意思が感じ取れる。
彼は察した。
自分はお腹が空いているが、草は食べたくない。
彼女もお腹は空いているが、草は食べたくない。
つまり『共倒れ』の形になるな…。

ここで押し付けあっても、状況は好転しない。
無駄に消費されていく体力。
寮塔の下で繰り広げられる犬と風竜の押し相撲。
これを目撃していた生徒がいたならば自身の目を疑っただろう。


だが唯一、それを目撃していた生徒は動じなかった。
ぱたりと自分の読んでいた本を閉じるとクローゼットを開ける。
そこには旅の際に持っていく道具も一緒に収められている。
その一つ、非常食の詰め合わせの中から布袋を取り出す。
そして、それを手につかつかと窓へと歩み寄る。

(…シルフィード)
(なに? おねーさま)
(…お仕置き)

呼びかけに応じ振り向いたシルフィードの口に袋を投げ込む。
中に詰まっているのは言うまでも無く、二人が押し付けあっている『草』。
シルフィードの巨体が真横に倒れ、口から緑色の泡を吐いて昏倒する。
それを見届けると窓を閉じ、タバサは再び読書を再開した。

目の前で動かなくなったシルフィ-ドをつんつんと前足で突付く。
だが返答はおろか反応さえ返ってこない。
もしかしたら自分もそうなっていたであろう姿に恐怖を抱く。
彼女の無事を祈りながら、彼は逃げ去るようにその場を後にした。


そして冒頭へと戻る…。
もはや頼れる者はなく、この地で朽ち果てるのみなのか。
幾度の危機を乗り越えて辿り着いた先が餓死とは泣くに泣けない。

そんな彼に救いの手が差し伸べられた。
見上げた先には桃色。
背けた顔は赤く染まっている。

「別に…アンタなんかどうなってもいいんだけど。
使い魔に死なれたら私の責任だし。もう反省…してると思って」

もう拗ねる体力も残っておらず、がむしゃらに彼女に擦り寄る。
見れば彼女の靴が前よりも汚れていた。
それで自分を探していたのだと知り感極まる。
なんだかんだ言ってもこの人は自分を心配してくれているのだ。
嬉しくて抱きつこうと飛び上がる。

「こら。くすぐったいでしょ」

咎められるのを構わず顔を舐める。
言葉は通じない。
ならせめて態度だけでも喜びを伝えたいのだ。

そうしてじゃれあう事、数分。
二人は揃って厨房へと向かった。
そこに悲劇の結末が待っているとも知らずに…。

「え? 今から? 厨房の火、もう落としちまったんだけど」
「……へ?」
マルトーさんの予想外の返答に主従が固まる。
もう賄い料理も終わり“さあ明日に備えて寝ようか”という時間である。
一度落とした火をつけて調理に使えるようにするのは時間がかかる。
そして火を通さないで食べられる物も今は手元に無いとの事。
凍りついたままの二人に何かを思い出したようにマルトーが取り出す。

「ほら。これ、忘れ物だぞ」
それは彼のお皿。
勿論、そこには何も載っていない……空の、皿だ。


「くぅん…くぅん…くぅん」
「……………」
「くぅん…くぅん…」
「……うるさい」
「くぅん…くぅん…くぅ」
「……うるさいって言ってるでしょ!」
ベッドから飛び起きルイズが吼える。
主人の激怒にも反応せず、彼は鼻を鳴らし続ける。
もう何度このやり取りを繰り返しただろうか、両者共に覚えていない。

「……明日になればちゃんと貰えるんだから、それまで我慢しなさい」
「くぅん…くぅん…くぅん」
「……………」
枕を耳に押し当て毛布の中に潜り込む。
それでも聞こえる彼のすすり泣く声。
その夜、彼は夜が明けるまで鳴き続けたという…。

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