ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

17 噛み合わない二人、咬み合う二人

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17 噛み合わない二人、咬み合う二人


夜も更けた。自分の部屋にむくつけき大男と二人きり。男はかつて自分を死の淵に追いやり、今また夜よりも暗い表情でこちらを睨んでいる(と思われる)。眼を合わせる勇気は、今のギーシュは持ち合わせていない。
確実性は? どうなんだ。わからない。それでもやらねばならない。生きるために。死なないために。大袈裟か? いや。壁にもたれる男からの無言の圧力を背に受けつつ、ギーシュは行動に移す。
「いや、うん。確かに要望とはちょっと異なってるかも知れない。だが見たまえ! このタイに留めてある宝石を押すんだ! するとほら! 立ち上がって――」
実演しつつ、必死なアピール。椅子に座った人形の胸飾りを押す。美丈夫を模られたそれが、発条の引き絞られるジージーという音を体内より鳴らす。やがて、ゆっくりと立ち上がる。


今日の昼。愛すべき母親の計らいによって、届けられた二つの人形が届けられた。それを見てギーシュは頭を抱える。
一つは、1メイルにも満たない少女の人形。半袖のエプロンドレスと、広がったスカート。肌理の細かい陶製の肌。大きな眼をぱっちりと見開き、大きな口をにまりと逆への字に曲げている。
たっぷりの金のカーリーヘアを、小さなリボンで二つに分けている。小さい両手は元気よく広げられている。
女性への贈答用に作られたものだろう。美しさよりも可愛らしさ、可憐よりも愛嬌を感じさせる造形。ただし、全く地味ではない。部屋の華たりえる程ではないが、たとえ動かずとも、人の目は一度はこれを見るだろう。
まずいことになった。確かに人形が欲しいと言えば、プレゼント用だと思われるに決まっている。これをあの使い魔にくれてやって、それで納得するのか。もう一つの人形を見る。こちらは端から問題外だ。

二つ目の人形。ギーシュより背が高く、ギーシュよりおそらく美形の人形。シルクらしい素材のジャケット。大きく取った襟に、煌びやかな刺繍。
裾幅の広いスラックス。シンプルな茶の革靴。首にはフリルの付いた柔らかなネクタイ。ルビーが中央に大きくあしらってある。癖のある金髪をやや長めに切り、一見乱雑に散らしている。顔には微笑が張り付いている。
やけに重い。中身は鉄だろうか。苦労してベッドに座らせる。

いったいどうしてこんなものを寄こしたのか。ギーシュは同封された手紙を読む。
息子の心身を気遣う文章が並んでいる。心配性なのか、それとも自分が書いた文章が異常だったのか。ギーシュは読み進める。
二体の人形についての説明書き。小さいほう――名前は「ル・ルー」――は恋人へのプレゼントに。大きいほう――名前は「リオネル」――は恋のライバル、またはどうしてもなびかない相手に。どういうことだ?
「胸の宝石を押すと、ゆっくりと動き出し――」 読み上げながら、実際に押してみる。人形は軽く軋み音を鳴らしながら立ち上がる。両腕を広げ、ゆっくりとギーシュを抱きしめようと歩いてくる。
「立ち上がると、『ディテクトマジック』を発信する魔法装置が体内の羅針盤と接続され、移動時に重心が変化し、向きが変わります……?」 つまり、魔力に引かれて動く仕組みか。
ゴーレム一体を錬金する。魔力を流し、動かす。相対させる。人形は笑みを浮かべたまま、両の手でワルキューレを抱きしめ、
刺し貫く。
「目標を抱きしめると、腹腔から鋼の棘を打ち出し、相手を絶命に至らしめます」 青銅を貫通した三本の棘。その先端がゴーレムの背から飛びでている。陽光に白く煌めく。
「そういうこと」の為に作り出された人形というわけか。いったい母さまは何をどう勘違いしたのか。

苦悩するしかない。自分で使うことも憚られるような人形を、あの男に渡すのか? 考えた末、一つの仕掛けを思いつく。戦力を削ぎ、保身も図る。両方やらねばならないのが今の自分の辛いところだ。


久しぶりの遠出から戻った二人を待っていたのは――正確には一人を待っていたのであり、さらに言えば戻ってこないことを願っていた――ギーシュだった。ルイズの部屋の対面に座り込んでいる。女子寮に単身うずくまる愚を冒すほど、長い時間を待っていたのだろう。
人形到着の報を受けた使い魔はルイズの部屋のドアを開け、ドアを槍と剣をルイズの部屋に放り込む。あれ? カギ、掛けなかったっけ?
ギーシュを促す。急ぎ足で去る二人。ルイズはしばし呆気にとられ、そして猛然と後を追おうと――踏みとどまる。いけない。カギ、カギ。

「クソッ! おい! ほっぽってく奴があるかよ! ここつまんねーよ! 持ってけよ!」 鞄をまさぐるルイズの耳に嘆く声。部屋の中から聞こえてくる。
そのままにして置けばずっと吠え続けそうだ。ルイズは一旦部屋に入る。投げられた衝撃で、合わない鞘から錆びた刀身が少し出た剣。床に転がったまま、嬉しそうな声をあげる。
「おお、娘っこ! あいつどこ行った? せっかく暗い店からおさらばだと思ったら、またこんな色気のねー部屋にし」 剣を鞘にしまう。余計なお世話。
使い魔の剣なんだから、使い魔が手入れするべきだ。もちろん話し相手も。転嫁しつつ、部屋をざっと見回す。一日開けっ放しだったが、取られたものはなさそう。
まったくもう。なんで先に行くのよ。ちょっとカギかけるぐらい待ちなさいよね。不機嫌な顔のまま、なおも視線を室内に向ける。そのまま部屋を出る。やわらかく、弾力のある何かに阻まれた。

「あーら、今度はその剣でお仕置き? ひどい主人を持つと、使い魔は苦労するわよねえ」 開け放した入り口に、キュルケが立っていた。片手には麗々しい大剣。後ろには青髪の小さな少女。
はふうと溜息をつき、やれやれと首を振るキュルケ。教科書どおりの挑発。だからといって看過できるか。敵に後ろを見せられるか。
口論が始まる。何故キュルケが昼間買い損ねた剣を持っているのか。後ろの少女はなんなのか。デーボは今どうしてる? 全ては後だ。今は眼前の敵をやりこめる、それだけ。


美丈夫を模られたそれが、発条の引き絞られるジージーという音を体内より鳴らす。やがて、ゆっくりと立ち上がる。
デーボは壁にもたれかかり、それを無表情に眺めている。自動人形を見るのは初めてだが、特に感動は覚えない。ギーシュがなにやら説明しつつ、青銅人形を生み出す。デーボはそっと左手をポケットに忍ばせる。
無用の心配だった。人形同士が向かい合い、抱きつく。耳障りな音がギーシュの部屋に鳴り響く。
「あれ? おかしいなぁー。 棘が飛び出るはずなんだけどなぁー」 妙に間延びした声。自然体の演技のつもりか。
ゴーレムが花弁へと戻る。残された空を包む人形。腹から棘が飛び出ている。無残に捩じれ、ひしゃげた、青銅の棘が。何を画策していたのか、おぼろげながら判った。小賢しい。
人形に求めているのは人の形をしていることだけだ。それを超えた機能など、おれのスタンドには使いこなせない。

どうするか。これ以上なにかを要求しても、今以上の妨害を食らうだけだろう。病み上がりとは違い、相手も冷静になっている。
暴力に訴えるのも今は自粛すべきか。決闘の騒ぎは自分の顔と共に学院中に広まった。ルイズは教師陣から雷を落とされ、それを増幅した後に使い魔に伝達した。
今はとりあえず、この二体が手に入ったことに満足しよう。今日は疲れた。乗りなれぬ馬に乗り、話しなれぬ身の上話。デーボは小さい人形を拾い上げる。
見果てぬ恋人を抱きしめる人形を、エボニーデビルで歩かせる。拍子抜けといったギーシュの顔が、再び曇る。短く別れの挨拶を告げ、デーボは部屋を出る。

ルイズの部屋にはしっかりと鍵がかかっていた。ノブを揺さぶるも無反応。締め出された、くそ。 諦めて人形と共に廊下に座り込む。冷えた石畳が、尻の痛みを薄れさせる。そのまま俯き、目を閉じる。

遠くで何かが爆ぜる、ポンという音が鳴った。しばらくの無音。そして学院全体を振るわせる轟音と地響き。デーボは目を開き、溜息をつく。どうやら締め出されたわけではなかったらしい。


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