ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-7

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「ふう……」
学院長であるオールド・オスマンは深い溜息をついた。
凝った肩をトントンと自分で叩きほぐす。
心の休まる時が無いというべきか。
彼は憂鬱に悩まされていた。
連日のように起きる爆発騒ぎに、
先日、王宮から押し付けられた厄介事といい、
そして極めつけは生徒と使い魔の決闘だ。
ここ数日、彼の心労が絶えた試しはない。
潤いも無く乾ききった心境。
身も心も共に老いさらばえていくようだ。

そんな訳でミス・ロングビルの尻へと手を伸ばす。
そう、必要なのは潤い。
これは仕事を円滑に進める為の潤滑油なのだ。
つまりは仕事の一環。
それを誰が咎める事ができよう。
悪いのは凝った肩を揉んでもくれないミス・ロングビルと、
フリフリ動いて人を誘惑するいけないお尻なのだ。

「学院長!」
突然ノックもなしに入ってきたコルベールの姿に手が止まる。
同じくコルベールの声に驚いたミス・ロングビルも振り返る。
そこで目にしたのは自分の尻へと向けられたオールド・オスマンの手。
彼女はそれだけで全てを理解し恐ろしい形相で彼を睨む。
それに萎縮し縮こまっていくオールド・オスマンに構う事なくコルベールは要件を告げた。


「大変な事が分かったんです!」
「…! それは『例の物』についてか?」
「いえ、そちらはまだ…。それよりも、これを!」

オールド・オスマンの机に置かれたのは一枚のスケッチと古文書。
そこに共通する描かれたルーンの形。
伝説にのみ登場する使い魔『ガンダールヴ』のルーン。
事の重大さに気付いたオスマンが目配せでミス・ロングビルに退室を促す。
それに応じ、彼女も軽く頭を下げて部屋から出ていく。
残された二人の間に緊迫した空気が流れた。

「これを一体、どこで…?」
「はい。生徒が召喚した使い魔のルーンの中に見慣れぬ形のものがありましたので。
それで調べました所、形状がこれと酷似しておりまして」
「して、誰の使い魔か?」
「ミス・ヴァリエールの使い魔です」
「なんじゃと…!?」

その驚愕にコルベールも頷く。
確かに魔法を使えない彼女が『伝説の使い魔』を召喚したのだ。
驚くなという方が無理かもしれない。
だがオールド・オスマンが狼狽したのはそこではない。
ミス・ロングビルの報告によれば今、決闘をしているのは、
正にミス・ヴァリエールの使い魔ではなかったか。
遠見の鏡を使い、決闘の舞台であるヴェストリ広場を覗く。

そこに映し出されたのは倒れたゴーレムと、それを操る生徒の姿。
そして…。


「…ミスタ・コルベール。すまないが、もう一度だけ確認したい。
 ミス・ヴァリエールは何を召喚した?」
「……犬です。いえ、犬の筈、です」

言葉に詰まる。
自分は確かにあの場にいたし、彼の姿も確認している。
だけど、そこにいたのはコルベールが知る使い魔ではなかった。

「では改めて聞こう。ミスタ・コルベール。
今、ワシ等が見ている『アレ』は一体……!?」

コルベールに答えられる訳がない。
それは自分が知り得た生物、その全てに該当しない。
自分よりも長い人生を歩んだオールド・オスマンでさえ理解できないのだ。
彼に答えを導き出せというのは酷な話だ。
それでも自身の見聞、文献の中から類似した物を検索する。

「…分かりません」

言おうとした言葉を抑え口をつぐむ。
あまりにもバカらしい答え。
それ故に口に出すのも憚られた。
言える筈がない。

…まるで御伽噺に出てくる悪魔のようだなどと。

一陣の風が吹いた。
それに意識が向いた瞬間、自分のゴーレムは倒れていた。
片足でバランスが悪かったのか、それとも風の系統魔法による妨害か。
気を取り直して立ち上がらせようとしたが起き上がれない。

見れば、ゴーレムの足が白煙を上げ歪に捻じ曲がっていた。
それでも無理に動かそうとした結果、足はもげて地面に落ちた。
無残に晒されるグズグズに溶けた切断面。
…火の系統魔法じゃない。
自重を支えるゴーレムの脚の強度は岩石に匹敵する。
そんな物を溶かす魔法など聞いた事もない。

「ハッ!?」

気が付けば使い魔の姿はどこにも無かった。
我に返り周囲へと視線を向ける。
だが見渡せど見えるのは観衆である生徒達の姿だけ。
そして彼等の視線の先、自分の背後へと恐る恐る振り返った。


「なんだ…?」

驚愕に見開かれた両の眼。
そこにいるのは彼であって彼ではない。
宿主である彼の生命に危機が及んだ瞬間、
内で眠る『寄生虫バオー』は彼の精神を麻酔し、
その肉体を完全に支配した。

「なんなんだ…?」

『寄生虫バオー』の分泌液は血管を伝わり、全身をくまなく巡り渡る!
それは細胞組織を変化させ、皮膚を特殊なプロテクターに!
そして破壊された下半身を修復しつつ筋肉・骨格・腱に圧倒的なパワーを与える!
この時、彼の肉体は生物の枠組みから外れ、己を守る武装と化す!
武装現象! アームド・フェノメノン!

野生の猛獣をも凌駕する体躯
そして全身を覆う蒼い体毛。
その中で異質な輝きを放つ金色の瞳。

これがッ!
これがッ!!

「なんなんだッ!? お前はァァァアーーーー!!」

これが『バオー』だッ!!
そいつに触れる事は死を意味するッ!


「バルバルバルバルッ!!」

ハルケギニアに降り立った異形の怪物が雄叫びを上げた。
男を無視し、動けないゴーレムへと駆ける。
傷付けられた怒りか、それとも脅威と判断したのか。
漲る殺意を抑える事もなくバオーが宙を舞う。
それは翼を持たぬ生物には有り得ぬ跳躍。

だがゴーレムとて足を失っただけ。
彼を追い詰めた両腕は依然健在なのだ。
小石を払うかのように振り回される豪腕。
拳との衝突によって使い魔が校舎へと弾かれる。

恐怖に引きつっていた男の顔に笑みが浮かぶ。
確かに姿が変化した事には驚かされた。
そして外見通りの化け物じみた動きだ。
だが体格と力が違いすぎる。
自分の優位は動かないと男は信じていた。
だが、それは彼の実力を目の当たりにした事で脆くも崩れ去った。

校舎に激突する筈だった使い魔が空中で反転する。
そして壁に着地したかと思うと重力を無視したかのようにそこで停止した。
壁に食い込む爪痕。
彼は自身の爪の力だけで自重を支えているのだ。
その動きはダメージなどまるで感じさせない。


突如、響き渡る轟音と舞い上がる砂煙。
落ちてきたものは土塊。
見上げたゴーレムの肘から先は無くなっていた。
思わず乾いた笑いが込み上げる。
あれだけの体格差がありながら自分のゴーレムが力負けしている。
まるで砂で作った城のように容易く破壊されていく巨体。
いや、砕け散ったのはゴーレムだけではない。
彼自身の誇りさえも蒼い獣は粉砕していく。

腕と足を失い、身動きさえも取れなくなった巨人。
だがバオーに容赦という言葉は存在しない。
壁を蹴り、その頭上へと舞い降りる。
それが『チェックメイト』だった。
バオーはこの外敵を完全に排除するべく『第一の武装現象』を発現させた!

前足の裏から出る特別な液体!
それは分子間の結合を分解し生物、無生物を問わずあらゆる物質を溶解させる!
バオー・メルティッディン・パルム・フェノメノン!

白煙を上げ、巨人が見る間に溶けていく。
抑えつけられた頭部が消滅し肩から胸へ次々と広がっていく。
溶け落ちていく土塊の巨人を見上げながら、男は『ある光景』を思い出した。
幼少の頃、親父に連れ回されて訪れた火山での出来事だ。
落下した岩石が溶岩に沈み消えたあの光景。
火口に落ちれば自分もああなると理解し恐怖した過去の記憶。

人間の持つ暴力など比較にならない圧倒的な存在。
彼はもう一度その恐怖を体感していた…。


悠然と蒼い獣が大地に立つ。
足場であった巨人は跡形もなく消滅していた。
頭上に降り立ってから初めて足を動かす。
駆けるのではなく緩慢に進められる足取り。
歩む先にいるのは言うまでもなくゴーレムを操っていた男。

「ひっ……!」

空気を呑む音が無様な悲鳴となって上がる。
魔力などもう残されてはいない。
いや、あったところでこの怪物相手に何が出来るというのか。
目前の圧倒的な暴力に男の意識が凍りつく。
逃げるどころか指の一本、眼球の動きさえもままならない。

止せ…止せよ。
どうみても決闘は終わってるじゃねえか…。
もう十分じゃねえか、なあ。
何で誰も止めに入らねえんだよ…?
おい。なに逃げてんだよ…お前。
いつも俺の世話になっておいて…ふざけんじゃねえぞ!
戦え。戦って死ね。俺の為に死ね。 

頭の片隅に響く草を踏みしめる獣の足音。
目前にまで迫ってくる確実な死。
脳裏にゴーレム同様に溶かされた自分の姿が浮かび上がる。
原形さえも残さぬ無残極まりない死に様。


止めろ…あんなのを喰らったら俺なんて…。
俺はもう戦えないんだ。
そこまでする必要ないだろうが!
頼む…頼むから、殺さないで…。

ひたりひたりと近寄っていた獣が足を止める。
息さえもかかるような距離で上げられた前足。
触れる者を死に至らしめるソレはさしずめ死神の鎌と呼ぶべきか。

誰もその場を動けなかった。
生徒の多くは現実感の無さに忘我自失となり、
彼が心配で戻ってきたギーシュさえも恐怖に束縛された。

ただ一人、タバサだけが自分を保つ事が出来た。
しかし彼女には迷いがあった。
彼女とて生徒が学院で殺されるような事態は避けたい。
それがどれほどの下衆であろうともだ。

だが、もし風の系統魔法で彼を攻撃したらどうなるか?
あれだけの重傷を再生する治癒力だ、一撃では仕留めきれないだろう。
そうなれば彼の牙はこちらへと向けられる。
しかも、それだけでは済まない。
無関係の人間から攻撃を受けた事で警戒心を強め、
自分以外の他の生徒にも危険が及ぶ可能性だってある。
一体どれほどの被害になるか想像さえつかない。

止めるなら今しかない。
だけど……。


「た…助け、て…」
辛うじて振り絞った声も意味を成さない。
バオーは人間ではない。
命乞いなど意味を成さない。
向けられた敵意をバオーは完全に消し去る。
その唯一の行動目的の為にバオーは前足を振り下ろす。

「どきなさいっ!」

額に触れる直前、足が止まった。
耳ではない、全感覚をまかなう触覚が彼女の接近を感知した。
同時に麻酔によって眠らされていた彼の意識が覚醒する。
刻まれたルーンの効果が彼を引き戻したのだ。

目覚めた彼の前に広がる光景。
そこには倒れ伏し怯え震える男の姿。
その姿が、かつての恐怖に支配された自分の姿と重なった。
男へと振り上げられたものは足ではない、これは『手』だ。
自分を支配していた『運命の手』そのものだ…!

研究者達が彼を支配したように、
男が暴力で彼を殺そうとしたように、
彼を翻弄した『運命の手』は今度は彼自身へ回ってきたのだ。
他人の運命を支配するほどの圧倒的な暴力。
彼はそれを手にし、そして受け入れたのだ。

前足がゆっくりと下りる。
男へとではなく、自分の足元へと。
彼はその力を受け入れ、『力を行使しない』事を選んだ。


相手にもう敵意はない。
自分の命を守る為ではなく、
生きる為に喰らうのでもなく、
ただ相手を殺す為だけに力を振るう事は出来ない。
それを許せば自分は『動物』ではなく『怪物』へと堕ちる。

もう『運命の手』に屈したりはしない。
それが敵の側であろうと、自分の側であろうとも。

役目を終えたバオーの体が再び元の形へと戻っていく。
しかし彼は以前の自分の体とは違う事を認識していた。
それでも心だけは変わらない、彼はそう信じていた。

背後へと振り返る。
周囲を取り囲む生徒達を押し退けて、彼女はそこに現れた。
そして自分の姿を認めると、あの桃色の髪を揺らし駆け寄ってきた。
不意に体が抱き上げられる。
彼女の目から零れ落ちる大粒の涙。
いつもの気丈な彼女とは思えない行動に面を食らう。


「よかった…。本当に無事でよかった」

そうか…。
また自分は彼女に助けられたのだ。
最初はあの研究所の爆発から。
そして今度は自分が起こそうとした過ちから。

誰の声も届かなかった。
でも彼女の声だけが確かに聞こえた。
それが自分を目覚めさせてくれたのだ。
あのまま『怪物』に変貌しようとしていた自分を、彼女は救ってくれた。

何の為にこの力が与えられたのか分からない。
それでも自分はこの力を彼女の為に使いたい。
自分を守ってくれた小さな主を今度は自分が守るのだ。

暖かな温もりに包まれたまま、彼は誓いを立てた。
ルーンによる契約ではない、自分の意思で立てた彼女との誓い。
誰にも強制されず、されど決して破れる事のない固い誓い。

この日、彼は彼女の使い魔となる道を自ら選んだのだ…。


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