ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔は天国への扉を静かに開く-6

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その能力、『ヘブンズ・ドアー』によって本に変えたタバサを、露伴は真剣な眼差しで見つめていた。
ガリア。王族。エルフ。母親。人形。雪風。北花壇騎士団。ガーゴイル。使い魔。幽霊。はしばみ草。キュルケ。読書。
風韻竜。シルフィード。王都リュティス。プチ・トロワ。トライアングル。イルククゥ。イザベラ。風の妖精。ジョゼフ。
そよ風。グラン・トロワ。親友。エルフの毒。ヴェルサルテイル宮殿。シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
父を暗殺され、母は自分をかばってエルフの毒を飲んで心を蝕まれている。
王家としての名を剥奪され、ガリア王国の汚れ仕事を一手に担う、存在しない『北』の名を持つ騎士団。
そんなタバサの記憶を、露伴はどんな気持ちで読んでいるのだろうか。
タバサの過去を、記憶を。一体どんな気持ちで。
「………『今起こったことは全て忘れる』………と」

「………っ」
「あぁ、起きたかい」
机に突っ伏していたタバサが顔を上げて、最初に目にしたのは真正面のイスに座っている露伴の姿だった。
右手で頬杖を付いて、左手でページをめくって読んでいるそれは、絵本だ。
「ぼくが住んでたところと文字が違うんでね、ほとんど読めない。かろうじて絵柄でストーリーがわかる絵本を読んでいるというわけさ」
訊いていないのに説明する露伴の顔を凝視しながら、タバサは必死で頭の中をバイツァ・ダスト。
何があった、何が起こった? さっきまで何をしていた? 何をされた? なにかを。いったい何を?
凝視するタバサの視線に、露伴は気付いていながらも本へ降ろす視線を決して動かすことはない。
タバサを視無い、文字通りの無視。この上なく理想的な無視だった。
どこから、ヴァリエールの錬金。爆発するのがわかってて外に出て……その後は……。
「おいおい。どうしたって言うんだ? まさか『忘れてしまった』と言うのかい? ぼくが、この『岸辺 露伴』がお願いしたんじゃないか。
ぼくが『何処へ行くのか訊いたら君は「図書室へ」といって、「迷惑でなければ連れていって欲しい」と言ったら君は了承した』んじゃないか」
……そうだった。キシベロハン。そんな名前だった。
「それが図書館に着いたら急に『倒れてしまった』んじゃないか。思い出したかい?」
………そう、そうだった。忘れていた。それに倒れるなんて、初めての経験だ。朝ご飯をもっと食べておけば良かったかもしれない。
「……お礼」
「ん? あぁ、気にする事じゃあないさ。むしろお礼を言いたいのはぼくの方さ。あんなにも素晴らしい物を見ることが出来たのだからね」
この間も露伴はタバサに視線を向けることはなかった。
そしてタバサもそれ以上何か言うことはなく、本を探しに立ち上がった。
立ち去る気配にも露伴は視線を動かさない。
じっと、机に広げられている、デフォルメされたキャラクターを凝視しながら、膝の上に乗せた静の頬をくすぐる。
それを、静はその小さな手で握りかえし、嬉しそうに笑った。


この、ヴァリエールの使い魔は本が好きなのだろうか。
そう思いながら、読みかけだった本を取って、タバサは露伴の正面の席に着く。
このトリステイン王立魔法学院の図書室には、国内はもちろん、国外で発行された本も集められている。
その蔵書量は圧巻である、彼が言った『素晴らしいモノ』とはその事だろう。
タバサ自身も、ガリア王家の出身故、それなりの暮らしをしていたとはいえ驚いたくらいだ。
本を愛するものであれば、何らかの感嘆を覚えるのは必然だろう。
だとすれば「読めない」というのは、悲しくはないのだろうか。
本を持ってきたは良い物の開かずに、タバサは露伴の顔をじい、と見つめる。
変わった服。あきらかに平民にしか見えないのに、本に注がれる視線には何か不思議な感慨を覚える。
「………こう言うときは。自分自身を読めないのが不便だな。世の中良いことばかりじゃないか」
「……何」
タバサの言葉に、露伴がようやく顔を上げた。
「ん? あぁ、いや。ただの独り言さ」
露伴はそれだけ言って再び本に視線を降ろす。
それから、露伴はその視線を上げることはなかった。
そしてタバサもあえて話しかけると言うことはなかった。
この時は、まだ。

「ふぇ……あぁ……」
一瞬、赤ん坊が声を上げたかと思ったら、露伴の方がガタンと椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
それをタバサは短く注意する。
「図書室」
静謐な図書室だ、それくらいの音でも他のモノの集中力をガオンッするには十分である。
「あ、あぁすまない、ちょっと急用が。おっと、この本は何処にあったかな」
左腕に静を抱いたまま、露伴は読んでいた本を返そうとするが、何処から取ったのか思い出せない。
「返しておく」
「あ? あぁ、そうかありがとう。ではお願いするよ」
タバサからの思いがけない申し出に、露伴はコレ幸いとその本を預ける。
実際は、その本をタバサの隣に置いただけだったが。
「それじゃまた。失礼するよ。ミス・タバサ」
それだけ言って、露伴は図書室を後にする。
露伴の言葉にはタバサは返事することなく、本に目を落としている。
露伴が急に慌てて出ていった理由は、タバサはきちんと理解していた。
ただ、その事のみに気を取られていて、もっと重要なことには全く気が回っていなかった。

出物腫れ物所嫌わず。
食べる物食べれば出すのは当然のことである。
そう、タオルケットに包まれた静がその中に………。
不快感に泣き出した静だったが、場所が場所だけに緊急手段を取った。
コレが教室だとかルイズの部屋だとかならともかく、図書室で大泣きされては困るからだ。
普段は露伴は静にはそんなことは書き込まない。
赤ん坊が泣くのは赤ん坊からのヘルプのサインであり、言葉を使えない故の唯一の意思伝達方法なのだから。
むしろ『泣かれないと困る』のだ。
泣かれて苦労するのは周囲の人間であり、最も近いのは露伴だが、露伴は子守りという経験を大切にしている。
泣かれることは苦ではない。ヘルプサインをしっかりと出してくれる分にはそれは十分納得のいく理由。
露伴が書き込むことは、極力その本人の性格や人生に影響が出ない程度。
そう、ルイズやタバサ書き込んだ『岸辺 露伴に協力する』と言った程度である。
それくらいならば、その本人の人格に影響しない。
ルイズならばぶつくさ文句を言いながらもちゃんと帰る手段を探すだろう。
タバサも、何度か会ううちに自分から協力を申し出てくるだろう。
タバサの性格は露伴も読んで既に把握しているのだ。
無口で無表情で、人と関わりと持とうとしないのは、自分のせいで心を病んでしまった母が理由。
しかし、人との関わりを断つという割には、あのキュルケを親友と感じているところもある。
結局は彼女も人恋しいのだ。
「だからこそ素晴らしい………。見てみたくなったぞ。魔法の使えない『ゼロのルイズ』。 他者を拒もうとする『雪風のタバサ』。そしてそれさえ溶かす『微熱のキュルケ』」
それが、彼女らのリアル。そして露伴が望むリアリティ。
「………まずは静の処理からだな。とりあえず汚物を処分して体を洗ってやって後着替えか……シエスタに頼むか。広場にいるかな」
彼女達というキャラクターが一体どんなストーリーを作り出しているのか、それを想像するだけで露伴は心が躍るのだ。
心の高ぶりに、露伴の脚は軽やかに螺旋階段を下りていった。

「ぐすっ………何よ、みんなゼロゼロってバカにして。ロハンも私おいてどっかいっちゃうし。何でよ、どうしてよ。ロハンまで私を見捨てるっているの………」
ほとんど半泣きで、一人で、ルイズは未だに部屋の片付けをしていた。
しばらく待っても露伴は帰ってこない、等のロハンはルイズのことをてっきり忘れてしまっていることなど露にも知らず。
幼い頃からそうだった。ヴァリエール公爵家の三女として生まれたにもかかわらず、魔法が一切使えない。
その事を、両親にも落胆され、上の姉にはバカにされ……そして使用人にすら哀れまれる始末。
下の姉だけは、いつかきっと出来るようになると慰めてくれたけれど。
ただ、使い魔が召喚できてとても嬉しかった、それが平民で前例がないとは言っても、始めて、始めて魔法が成功したのだから。
それなのに………それなのに……。
「ちょっとルイズッ」
唐突に教室のドアが勢い良く開かれる。
慌ててルイズは目の端に浮かんだ涙を拭う、こんなところを他の誰かに見られたくない。
「……何よキュルケ。片付け中よ」
慌ててやってきたのは憎きツェルプストーの女。
「あんた使い魔はどうしたのよ」
「知らないわよっ!」

ルイズの叫びにキュルケがひるむ。
「知らないわよあんな奴! 人の話聞かないし。人をご主人様だと思わないし。赤ん坊ばっか気にしてるし。勝手にどっかいっちゃうし。ご主人様ほっぽって……うっ……ぐっ……」
「あんた………泣いてるの」
「泣いてなんかないわよ! なくもんですか! 掃除の邪魔だからどっか行ってよバカァッ」
意固地になっているルイズを、茶化せるほどキュルケはバカではない。
ただ、頭の中でグルグルと何かが渦巻いて前後不覚になっている、それを一発で目を冷ます、気の利いたコークスクリューを放った。
「掃除している場合? あんたの使い魔がいまギーシュと決闘しようって言うのに、あんたはこんなところでのうのうと掃除してるってわけ?」



「今なんて?」



「あんたの使い魔が、ギーシュと決闘するって言ってんの。ヴェストリの広場よ、止めるなら今のうちじゃない?」
ヴェストリの、とまでキュルケが言ったところでルイズはその手に持っていた机の瓦礫を放り捨てて教室を飛び出した。


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