ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-29

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匿名ユーザー

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ここはトリステイン魔法学院…ではなく、タバサの生家。

ガリアとトリステインの国境沿いには、水の精霊がいるとされるラグドリアン湖がある。
ラグドリアン湖の知覚には、大きな古ぼけた屋敷があり、そこにシエスタとタバサの二人がいた。
屋敷に入るときに見た門には、ガリア王家の紋が見えるが、シエスタがこれが王家の紋章だとは解らない。
もしここにキュルケがいたら、タバサが実は王族であると気づいていただろう。

この古ぼけた屋敷は、現在王族としての地位を剥奪されている、旧オルレアン家の屋敷だった。

今は、タバサの母がひっそりと暮らしている。




「まさかタバサがガリア王家の人間だったなんてねえ」
キュルケは、旧オルレアン邸の庭で、シルフィードに語りかけた。
シルフィードはきゅいきゅいと鳴いて、キュルケに肯定の意を表しているようだ。
ふと、屋敷の方を振り向く。

屋敷の中ではシエスタがタバサの母を治療している頃だろう。
「きゅい…」
シルフィードが心配そうに顔を寄せた。
「何?あんたも、タバサのお母さんを心配してるの?」
「きゅい」
自分の使い魔ならともかく、他人の使い魔であるシルフィードとは会話が通じないが、この時ばかりは言葉が通じている気がした。
「そうよね、心配よね…大丈夫よ、もう誰かを失うのはこりごりだもの、きっと上手くやるわ」

キュルケは空を見上げた。

ルイズが、どこかで笑っているような、そんな気がした。


「………」
コォォォォォォ…と、独特の呼吸音が響く。
シエスタは、ベッドに座るタバサの母へ、波紋を流そうとしていた。
タバサの母の背後から、両手の指先で頭を掴み、波紋で固定する。
そして少しずつ波紋を流していくと、シエスタの身体が少しずつ輝いていった。
「おお…」
老いた侍女、ベルスランが、神秘的な光景にため息を漏らす。
「………母様…」
タバサの呟きもまた、期待と恐れのまじったものだった。

十分ほどシエスタが波紋を流し続けた頃だろうか、シエスタの額に玉のような汗が浮かび、ぼろぼろと落ち始めた。
「深仙脈疾走…!」(ディーパスオーバードライブ!)
バッ!とシエスタの身体が輝いた。
驚いたタバサがシエスタの側によると、シエスタは力なくタバサに倒れかかった。
「ッフゥゥ…げほっ、こほっ、はぁっ、はあっ…ごめんなさい、もう、限界です」
シエスタが全身から異常な量の汗を流して、タバサに謝った。

タバサの母は、うつろな目をしたまま、今までと変わらずぬいぐるみを抱きしめている。
「シャルロット…私の可愛いシャルロット…」
ぬいぐるみを娘だと思っている母の姿を横目に、タバサはシエスタにタオルを渡した。
「げほっ…あ、あの、解毒の糸口を掴むには、治癒を得意とする水のメイジがいらっしゃれば、もっと具体的に、解ると思います…すみません、私、お役に立てなくて」
「そんなことない」
タバサはシエスタの手を取る、シエスタの疲労があまりにも色濃いからだ。
全身の異常な発汗、朧気な目つき、これは魔法を使いすぎて気絶する時の症状によく似ているように思えた。

ふっ、とシエスタの身体から力が抜ける。
慌ててシエスタの身体に『レビテーション』をかける。どうやら気絶してしまったようだ。
「私のベッドに運ぶ」
タバサの言葉を聞き、ベルスランが「はい」と短く返事をした。

相変わらず、ぬいぐるみを抱きしめ、頬ずりをするタバサの母。
縫いぐるみに「シャルロット」と呼び続ける母を見て、タバサはシエスタをここに連れてくるまでの出来事を思い出していた。


はじめは、ちょっとした噂話だった。
「ねえ、ギーシュって二股してたそうよ」
「でも最近はモンモランシー一筋みたいよ」

「モンモランシーさんって、水系統の得意なあの方ですか?」
「そうよ、シエスタ知ってるの?」
「ええ、時々秘薬や薬草の用法を教えて貰うんです」

「モンモランシーは『香水』って言われてるのよ、シエスタも香水を作ってもらったら?」
「でもシエスタはオールド・オスマン預かりなのよね…香水なんかつけたらスケベジジイに悪いことされちゃうんじゃないの?」
「大丈夫ですよ、そんな事になったら私の『魔法』で一ヶ月ほど眠って貰いますから」
「………シエスタって」
「………結構怖いわね」


授業の合間、ほんの二十分ほどの休み時間を使って、年頃の娘達は噂話に興じる。
最近はシエスタもその輪に加わることが多い。
元平民、しかもラ・ロシェールより遠い村出身のシエスタは、時々質問攻めにされる。
田舎では都会とは違った風習があるのではないか、とか勘ぐられるのだ。
ハルケギニアでは、始祖ブリミルに永久の愛を誓うことで婚姻が成立する。
とは言っても現実には妾をもつ貴族も多く、正妻と愛妾を分けることが存在が暗黙の了解となっていた。
田舎ではそのような風習がないから近親相姦も当たり前だとか、夜這いの風習があるとか。
むちゃくちゃな質問をされるたび、シエスタは顔を真っ赤にしながら訂正していた。

シエスタはキュルケ、タバサといった実力者と仲が良い。
しかも、他の女生徒との交流を深めている現在では、シエスタを面と向かって馬鹿にする者も少ない。
何せ魔法が使えないという理由で、公爵家の娘であるルイズですら馬鹿にされる世界なのだ。
治癒の魔法を使えるシエスタに、面と向かって『成り上がり者』と言える者は少なくなっていた。


ある日の昼休み、シエスタはモンモランシーに呼ばれ、部屋を訪れていた。
「ごめんなさいね、急にこんなことを頼んじゃって」
モンモランシーが薬の調合をしながら、シエスタに話しかける。
「いえ、私も魔法薬の材料を直接見てみたかったので、丁度良かったです」

シエスタはコケ類の入った瓶を手に取り、波紋を少しずつ流していた。
このコケ類は魔法薬に使うものだが、いざ使おうとした時には既に茶色く変色していたそうだ。
所々緑色が残っているのを見ると、まだ完全には枯れていないのだろう。
シエスタが流した波紋と、少量の水分により、コケはみずみずしさを取り戻した。

「凄いわ、これが『純粋な生命力』なのね」
モンモランシーに褒められ、シエスタは嬉しそうな顔をした。
「えへへ…あ、他にお手伝いすることはありませんか?」
「そうね、じゃあこっちのカゴに入ってる薬草もお願いしちゃおうかな」
「はい!」

シエスタが頼まれたのは、魔法薬の材料に波紋を流すことだった。
生命力を高める波紋を流すことで、腐りかけの木の実でも、しなびた葉っぱでも、みずみずしさを取り戻せるのだ。
もっとも、完全に乾ききったものでは波紋も通用しないので、いくつかは無駄にしてしまったが。

「ありがと、これで最高の香水が作れそうだわ」
「いえ、私もいろんな魔法薬の材料を見せて貰えましたし、勉強になりました」
「貴方の魔法って『水』に似てるけど、ちょっと違うのね?他にはどんなことができるの?」
「うーん…」
ここでシエスタは少し考え込む。
キュルケ、タバサには波紋について話したが、これ以上波紋を知る人を増やしていいのだろうか?
オールド・オスマンとは、特定の協力者だけに他人には波紋を教えないという約束をしている。
とりあえず、魔法っぽく見せかけておくことにした。


「そうですね、ええと…ちょっとこの水を頂きます」
「いいわよ」
シエスタは左手でダミーの杖を持ち、水差しの水を杖に流した。
水は杖を伝わって床に落ちる…かと思えば、杖の先端で水は止まり、不自然な大きさの水滴が出来上がった。
「私、『レビテーション』は使えませんが…」
そう言いながら杖を天井に向け、波紋を流す。
すると杖の先端に溜まった水が天井に伸び、張り付いた。
呼吸を整えつつ、吸い付くように波紋をコントロールすると、天井に伸びた水のロープがシエスタの身体を天井へと引き上げた。
「水で身体を引き上げてるの?凄いわね」
「はい、水や油を媒介にすれば、水のカーテンを作って弓矢を防ぐことも出来ます」
「ふーん、水のライン…って所かしらね」
モンモランシーが感心したように呟く。

そこで丁度、授業開始を告げる鐘が鳴った。

「あっ、いけない、午後の授業始まっちゃうじゃない」
モンモランシーが慌ててノートを手に取る、シエスタはそれを横目に、窓際へと移動した。
「私、午後は外の授業なので、これで失礼しますね」
シエスタはそう言うと、窓から飛び降りた。
「ちょっ、あんた飛べないって言ったじゃないの!」
それを見たモンモランシーは驚き、窓から身を乗り出して杖を構えた。
シエスタが空を飛べないと知っていたので、レビテーションをかけようと思ったのだ。
しかしその心配は杞憂に終わった。

杖の先端が寮の壁にひっつき、落下の勢いを殺していたのだ。

余裕を持って地面に着地すると、シエスタはものすごい勢いで走り去っていった。

「あれが田舎育ちのバイタリティかしら…」

モンモランシーは、別の意味でも感心していた。


その後、モンモランシーはいつものように授業を受け、午後の授業を終えた。
夕食を告げる鐘が鳴り、廊下を歩く生徒達は皆食堂へと向かっている。
だが、約二名ほどその流れに逆行する者がいた。
キュルケとタバサである。
「ちょっと、モンモランシー、あんたも来なさい」
「えっ!?何、ちょっと、何よ!」
モンモランシーは突然のことに何がなんだか解らなかったが、キュルケの迫力に押されて渋々後をついていった。

キュルケに引きずられていった先はヴェストリの広場だった。
既に夕方が近くなり、空は薄暗くなりかけている。
ヴェストリの広場は日陰になっており、普段は人気がない。

だが今日は違った、ヴェストリの広場では、シエスタとギーシュが対峙していたのだ。

「ギーシュ!?」
モンモランシーが驚いて声を上げる、それに気づいたギーシュが前髪をキザったらしくかき上げて、恭しくモンモランシーに頭を垂れた。
「モンモランシー、見届けに来てくれたんだね!嬉しいよ、嬉しくて卒倒しそうだ!」
「ちょっとギーシュ、何する気なのよ」
「ミス・シエスタは君の作った香水の瓶を踏みつけたんだ、これは君に対する侮辱と言って差し支えない、だから僕は彼女に決闘を申し込んだ!」
「差し支えあるわよ!」
「僕はこれから君の名誉のために戦う…見ていてくれモンモランシー!」

そう言うとギーシュは、薔薇の造花を振り、花びらを舞わせた。
すると花びらが鎧のような形になり、ギーシュの得意とする青銅のゴーレム『ワルキューレ』が練金された。

「ギーシュ!止めなさい!お願い、止めてよ!」
「大丈夫、僕は『青銅』のギーシュ、ミス・シエスタが例えスクエアでも勝ってみせるさ!」
「そうじゃないったら!ああもう!」


二人のやりとりを聞いていたキュルケが、モンモランシーの肩を掴んで自分に振り向かせた。
「ちょっとモンモランシー、ギーシュったらあんたに首っ丈じゃないの」
「え、ええ、でも、ちょっとやりすぎよ、香水の瓶ぐらいいくらでも作れるのに」
「そう言う問題じゃないわよ、あんたギーシュに何かしたでしょ?」
「………」
「なんで目を背けるのよ」
「………だって、仕方ないじゃない、ギーシュったらいつも浮気してばかりで、みんなギーシュが悪いのよ!」
「やっぱりアンタが何かやったのね?何か薬でも飲ませたの?」
「………」
モンモランシーがこくりと頷き、それを見ていたタバサが、一言呟く。
「惚れ薬」

その言葉で一同が凍り付いた。
「さあ、決闘の始まりだ、行くぞ!」
前言撤回、約一名がワルキューレを操ってシエスタへと向かわせた。
タバサが杖を向け、ワルキューレを打ち倒そうとするが、シエスタが手でそれを制した。「自分で、やります」

そう言って、向かってくるワルキューレを見据える。
ワルキューレはシエスタより一回り大きい、そして動きも驚くほど素早い。
モンモランシーはシエスタの身体めがけて振り下ろされた拳を見て、思わず悲鳴を上げた。
「やめてえええええええええええええっ!」

ぐしゃ、と音がした。

モンモランシーは顔を手で覆い、惨劇から目をそらしている。
キュルケは、目の前で起こった出来事に驚き、目をぱちくりさせている。
タバサは相変わらず表情を変えなかったが、シエスタの動きをじっくりと観察していた。


「なんだと!」
ギーシュが驚きのあまり声を上げた。
「……?」
モンモランシーが顔を覆っていた手を下ろし、シエスタの方を見た。
するとシエスタに殴りかかったワルキューレの顔面が陥没し、地面に倒れていいた。
よく見るとシエスタの手から蔓草が伸び、その先端には小さな重りが結びつけられている。
おそらく、釣り竿の要領で加速をつけて、重しをワルキューレの顔面に打ち込んだのだろう。
「ギーシュさん、瓶を誤って踏んでしまったことには謝罪します、ですから、決闘なんか止めて下さい」
シエスタが決闘を止めさせようと、ギーシュに語りかける。
しかしギーシュはなお興奮したような口調で叫んだ。
「僕に降参しろと言うのか!僕は、僕はモンモランシーの名誉のために戦っている」
ギーシュの様子は明らかにおかしい、ギーシュは普段から馬鹿だが、悪い奴ではない。
だが、モンモランシーを優先するあまり、貴重な治癒の使い手であるシエスタにまで決闘を挑み、ワルキューレを向かわせようとしているのだ。
「モンモランシー、ギーシュの奴どう見ても正気じゃないわよ」
キュルケがモンモランシーの襟首を捕まえ、まるで尋問するかのように話す。
「…そうよ、私、ギーシュに惚れ薬を飲ませたわ…まさかこんな事になるだなんて、思ってもみなかったもの!」
わんわんと泣くモンモランシー、だが、それを見たギーシュが今度はもう一枚花びらを飛ばし、キュルケの側にワルキューレを練金した。
「ツェルプストー!モンモランシーを泣かせるとは、許さないぞ!」
「あんたのせいじゃない」
「くっ、減らず口を…」

ギーシュが再度杖を構え、四体のワルキューレを作り出した。
動けるワルキューレは五体、シエスタが地面に押さえつけているワルキューレを含めれば六体が出現している。
ギーシュが作り出し、同時に使役できる限界の数だった。

「ミス・ツェルプストー!君の相手をするのは、ミス・シエスタを躾けてからだッ!行け!ワルキューレ!」
まるで指揮棒のように杖を振り、ギーシュがワルキューレを操る。
五体のワルキューレが横並びに隊列を組んでシエスタに向けて駆けだした。
だが、シエスタはその場から動かなかった。


「シエスタ!逃げなさいよ!」
キュルケが声を荒げる。
ギーシュを止めなければシエスタが大けがすると思ったのだろう。

シエスタは微動だにしない、代わりにキュルケに答えたのはタバサだった。
「大丈夫、彼女は『波紋』を試す気」

ワルキューレがシエスタに襲いかかろうとしたその瞬間、シエスタの身体が浮いた。
「杖も使わずに飛んだ!?」
ギーシュが驚いて声を上げた、シエスタは身体の筋肉をコントロールし、足首から下の力だけで驚くほど跳躍したのだ。
座った姿勢のまま五体のワルキューレを飛び越えると、シエスタは腕に巻き付けた蔓草に波紋を流した。
ピン、と張った蔓草でワルキューレを囲むと、今度は『くっつく波紋』を流して蔓草を巻きつけた。
人間よりも力の強いワルキューレ達だったが、腕力とは異なる波紋の『接着力』でお互いの身体を固定され、五体とも抱き合うようにしてその場に固まってしまった。

「ギーシュさん、もう止めて下さい、お願いします!」
「まだだ…まだ一体分はある!」
シエスタの声も虚しく、ギーシュは残された精神力でワルキューレを作り上げると、シエスタへ走らせた。

シエスタは腰のベルトに下げた棒を取り出す。
長さ12サント、直径1サントほどの棒で、そこには小さい穴が開けられている。
武器に詳しい者が見れば、それが吹き矢のようなものだと解っただろう。

確かにこれは吹き矢だ、だがシエスタが放つのは矢ではない。
決闘を申し込まれた時から、口の中で貯めていた唾液だった。

「パウッ!」
波紋で高い圧力のかけられた唾液が、吹き矢の先端から弾丸のように噴出し、ワルキューレの胴体にめり込んだ。
バッ、とマントを翻すような音が鳴り、次の瞬間、ワルキューレの身体が砕け、その破片がギーシュへと降り注ぐ。

「ぐわっ!」
「ギーシュさん!?」

破片を避けきれなかったギーシュは、うめき声を上げて倒れた。
シエスタが慌ててて駆け寄ると、いくつかの青銅の破片が身体に突き刺さっている。

モンモランシーがギーシュに駆け寄り、泣きついた。
「ギーシュ!ギーシュ…ごめんなさい、私のせいで…」
「モンモランシー…君が泣くことじゃない、僕は君の名誉を守りたくて、勝手にやったんだ」
「そうじゃないわ、違うの、貴方が私に尽くしてくれるのは薬のせいなの…ごめんなさい、ごめんなさいギーシュ…」
「何を言っているのさ…薬が効いていようと、効いていまいと、僕は君を一番深く愛しているよ」

シエスタは二人の熱々ぶりに驚いていたが、すぐに気を取り戻し、ギーシュの身体に刺さった青銅を引き抜き始めた。
「モンモランシーさん、波紋で水の魔法をサポートします、ギーシュさんの身体を治療しましょう」
「え、ええ、解ったわ」
「断る!モンモランシーの瓶を踏みつけた貴様に…むぎゅっ」
なおも抵抗しようとするギーシュの顔面を、キュルケが踏みつけた。
「あんたねえ、決闘相手の情けぐらいちゃんと受け取りなさい」

傷口は浅くはなかったが、命に関わるような傷ではなかった。
モンモランシーはルーンを詠唱してギーシュの身体に杖を向けた。
シエスタが傷口を覆うようにして手を当て、波紋を流し込む。
すると傷口がピクピクと動き、血が止まっていった。

「凄い、いつもより効率が良いわ」
モンモランシーが驚く。
「波紋は自然治癒力を高めます、あまり深い傷には対処できませんが…水のメイジ様と協力すれば相乗効果で深い傷にも対処できるんです」
シエスタの説明に、なるほどね、とモンモランシーも頷いた。

キュルケとタバサも、治癒の様子を見守っていたが、その効率の良さに驚かされていた。
一通り波紋を流し終え、怪我も九割方治療することが出来た。
シエスタは、治癒魔法との協力でどの程度の怪我を治せるのか、知りたかった。
成り行きとはいえギーシュを波紋の実験台にしたのだ、シエスタは心の中でギーシュに謝った。

その後ギーシュは、タバサの発案でモンモランシーの部屋に運び込まれていた。
中庭にはタバサが『サイレント』の魔法をかけていたらしく、この決闘騒ぎは誰にも気づかれていないようだった。
夕食の時間が終わらないうちに、一行はモンモランシーの部屋に移動した。

ギーシュをモンモランシーのベッドに寝かせると、キュルケがモンモランシーを椅子に座らせた。
「で、納得のいくように説明しなさいよ、ギーシュがこの調子で喧嘩を吹っかけて回ったら、あんた退学じゃ済まないかもしれないわよ」
「磔獄門」
モンモランシーの正面からキュルケが詰め寄る、タバサもそれに合わせて物騒な言葉を用いる。
「あ、あの、私には怪我がありませんし、そんなに怒らなくても」
シエスタが口を挟むが、キュルケが首を横に振った。
「もうシエスタだけの問題じゃないわよ、それに、タバサがね…すっごい不機嫌なの」
見るとタバサはじっとモンモランシーを見つめている。
その様子は普段と変わらない気がするが、キュルケにはその不機嫌さが解るのだろう。
これが『親友』なのかな、とシエスタは思った。


「…ごめんなさい、ちゃんと全部話すわ」
そう言ってモンモランシーが事の次第を話した。
ギーシュは自身を薔薇に例え、女性を喜ばせるのが自分の役目だと言い切るほどの女好きだが、手を出すことは無いらしい。
つまりギーシュにとって自分と親しい女性はすべてガールフレンドであって、恋人ではないのだ。
しかし、ギーシュが唯一恋人として接していたモンモランシーにとっては、それが辛くて仕方がなかった。
他の女性に『過剰に』優しく接するギーシュ、それが我慢できず、ついに禁断の『惚れ薬』を調合し、それをギーシュに飲ませてしまった。

惚れ薬の効果は覿面で、ギーシュは他の女性を見向きもしなくなった。
気をよくしたモンモランシーは香水をギーシュにプレゼントしたのだが、それがいけなかった。
ギーシュは授業が終わってから、モンモランシーのことばかりを考えて、『ああ、愛しのモンモランシー、ディナーの時間だよ!』とか呟きつつ廊下を歩いていた。
当然、廊下を横切ろうとするシエスタには気づくことなく、シエスタと衝突してお互いに尻餅をついてしまった。

その拍子にギーシュの胸ポケットから香水の瓶が落ちたようで、シエスタが立ち上がるとき、偶然それを踏みつけてしまったようなのだ。
ギーシュは割れた瓶を拾い集めつつ、小声でシエスタに決闘を申し込んだらしい。
あまり大騒ぎしてはモンモランシーに迷惑がかかるので、二人だけでこの決着を付けたいとのこと。

そして、シエスタとギーシュの決闘騒ぎになったのだ。
シエスタは念のためキュルケとタバサにだけ伝えておいたが、手伝ってくれとは言っていない。

「呆れた、男をつなぎ止められないからって、薬まで使うなんて…」
「しょうがないじゃない…浮気ばかりするギーシュが悪いのよ!」
「はいはい、それで、解毒薬はあるんでしょ?早くギーシュを元に戻してやりなさいよ、今回みたいな事、何度も起こされたらたまんないでしょ?」
「…………」
「あの、モンモランシーさん、早く解毒した方がいいと思います、今回は私が相手だったから良かったですけど、もし別のメイジ様に決闘なんか申し込んだら大変ですから…」
「………無いの」


「「は?」」
キュルケとシエスタの声が重なる。
「解毒薬、無いの、水の秘薬がないと作れないんだけど、ものすごく高価だし、秘薬屋にも在庫がないって…」
「………モンモランシー!あんたねえ、もうちょっと周りの迷惑を考えて薬を作りなさいよ」
タバサがキュルケを見た。
心なしか『どの口が言ってるんだ』と批難めいた視線にも見える。

「だ、大丈夫よ!どうせ薬なんだから、放っておけば治るわよ」
目を逸らしつつ答えるモンモランシーに、不審なものを感じたのか、今度はタバサが質問した。
「どのくらい?」
「い…一ヶ月か、一年か」

沈黙が流れる。

ずっと考え込むような仕草をしていたシエスタが、不意に立ち上がり、言った。
「もしかしたら、解毒、できるかもしれません」
シエスタはベッドで寝ているギーシュに近寄ると、頭を抱え上げた。
自身の膝の上に乗せると頭に波紋を流し込んでいく。
その様子を見たモンモランシーがあからさまに不機嫌な表情になったが、キュルケが『シエスタの魔法には解毒作用がある』と説明したので、渋々とギーシュを見守った。

波紋を流し始めて数分後、ギーシュの身体からどっと汗が噴き出してきた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「たぶん大丈夫です、汗が出ているのは薬の成分が体外に押し出されてるからだと思います…でも、念のため見ていただけませんか?」
モンモランシーが杖を手にし、ギーシュの身体をなぞっていく。
「水の流れが活性化されてる…他に害になりそうなところも見あたらないわ」


二人のやりとりを見ていたキュルケは、『水』系統がまったく解らない。
「ねえタバサ、わかる?」
「毒を押し出そうとしてるのは解る」
「ふうん」
タバサはシエスタの波紋をじっと見つめていた。
もし、ギーシュの身体から毒を押し出せるのなら、もしかしたら…と期待しているのだ。

そして数分後、目を覚ましたギーシュは、早速シエスタにアプローチをかけようとしてモンモランシーに殴られた。
シエスタの『波紋』には、強い解毒作用があると、ここで証明されたのだ。


そして翌日、タバサは半ば無理矢理シエスタをシルフィードに乗せて実家に帰って来た。
なぜかキュルケが同行することになったが、タバサは何も言わなかった。

オルレアン邸の紋章を見たキュルケは、タバサが王族の出だと知って驚いたが、シエスタはそのあたりはまだ無知だったのでよく解らなかった。

挨拶もそこそこに、タバサは急ぎ足でシエスタを母の部屋へと連れて行った。
さすがのキュルケも、いつもと違うタバサの雰囲気に気が付いたので、タバサの母には会おうとしなかった。

キュルケは、二人を待っている間、執事のベルスランからタバサの出自について色々と話を聞いていた。

タバサの本名、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
父親はガリアの弟王オルレアン公であり、現在ガリア国王の地位に就いているジョゼフによって暗殺された。
そして、タバサの母は、毒の盛られた料理をタバサの代わりに食べて、心を病んでしまった。
その毒は恐ろしいほど強力なもので、持続性が強く、水のスクエアでも治療できぬほど厄介なものだそうだ。

その話を聞いてキュルケは表情を険しくしたが、我慢が限界になりそうだったのは、次の話を聞いたからだ。

タバサは、『北花壇騎士』として、ジョゼフの娘イザベラに危険極まりない任務を与えられているという事だ。
タバサの強さ、冷静さ、そして他人とは距離を置く姿勢が、納得できてしまった。

できることなら、こんな形で納得したくはなかったが。



ここで自分が怒っても仕方がないが、キュルケの怒りは収まらなかった。
だが暴れても意味がない。
キュルケは庭に出て、タバサと共に戦ったであろうシルフィードに寄り添った。

タバサのもっとも身近な友人が、このシルフィードだと知っているからこそ、キュルケはタバサの代わりにシルフィードに寄り添ったのだ。
「シルフィード、あんた、タバサをちゃんと守ってあげなさいよ」
「きゅい!」


タバサはシエスタを隣の部屋で休ませると、母の居る部屋に戻ってきた。

シエスタの『波紋』でも、母の身体を蝕む毒を治療できなかった。

タバサの心は、落胆と、気絶するまで母のために波紋を流し続けてくれたシエスタに対する感謝が渦巻いている。

ふと、母の姿を見る。

いつものように縫いぐるみを抱きしめているかと思ったが…違った。


目が、合った。


「シャルロット…?」
「あ…」
「シャルロット、あなた、シャルロットでしょう?」
「母様!」
タバサは母に抱きついた。
母は縫いぐるみでなくタバサを抱きしめ、そして頭を撫でた。
左手でタバサを抱え、右の手で髪の毛をすく、まるで赤子を撫でるように。

「シャルロット…ああ、夢を見ていたみたい、貴方が傷だらけで帰ってきたときも、私は夢を見るように貴方の姿を見ていたわ、ごめんなさい、ごめんなさい、シャルロット」
「母様…」
タバサは、ぼろぼろと涙をこぼして母に寄り縋った。
「私を、母と呼んでくれるのね、私のせいで貴方を苦しませているのに…」
「違う、違う…母様がいてくれるから、私はがんばれるの」
「………ありがとう、シャルロット」

いつまでそうしていただろうか。
時間にして、数分の間だったが、タバサにはそれが無限にも感じられた。


「うっ…」
「母様?」
「ごめんなさい、シャルロット…また、私、夢が」
「母様、母様!」
「シャルロット、よく聞いて、お友達に無理をさせてはいけないわ、私のことを思ってくれるなら、お友達を大切になさい…」
「母様、やだ、行っちゃいや!」
「ま…た、夢を…見る…」

がくりとタバサの母が力を失い、タバサにもたれかかる。
そして、次に目を覚ましたときは…


「シャルロット…おお、私のシャルロットはどこ?」
タバサの母の目には、すでに娘の姿は映っていなかった。
さっきまでと同じように、縫いぐるみの娘を捜して、抱きしめる。
自分を抱きしめてくれた手が、今は縫いぐるみを抱きしめている、その事実がタバサにはとても悔しかった。


「…待ってて」
タバサは、そう呟いて部屋を出た。

シエスタのおかげで、解毒の糸口は見えた。
だからこそタバサは、待っていてほしいと、母に語りかけたのだ。
元通りになるまで、待っていてほしい。
笑顔で暮らせるようになるまで、待っていてほしいと。


廊下に出たタバサは、血相を変えたキュルケと鉢合わせした。
「タバサ!ちょっと来て!シエスタの様子が変よ!」
「!」
タバサは驚き、キュルケと共にシエスタの元へと駆ける。
シエスタはタバサの部屋で寝かされていたが、その様子は確かに異常だった。

発汗が止まらず、しかも身体のあちこちが水分を失ったかのように皺ができている。
頬はこけ、顔色は真っ青になっていた。

「ああ、お嬢様、シエスタ様の様子が…」
「私がやる、ベルスランは重湯を持ってきて」
「は、はい、ただいま」

タバサは杖を抜いてシエスタの身体に当て、水の流れを感じた。
シエスタの身体を流れる水が、まるで枯れかけの泉のように力を失い、よどんでいた。
「タバサ、どう?原因、わかる?」
「…生命力が低下してる、たぶん、波紋の使いすぎだと思う」
「まずいじゃない」
「何とかする」
そう言うとタバサはルーンを詠唱し始めた。

シエスタの『波紋』のような生命エネルギーとは違うが、身体の中を流れる水の流れを調節し、滞りをなくすことぐらいなら出来る。
「うっ…あ、タバサ…さん…」
「喋っちゃ駄目」
「大丈夫、です、波紋の呼吸を、再開、すれば、これぐらい…」
「……ごめんなさい、無理をさせた」
「いえ、いいんです、私こそ、役に立てませんでしたから」

こんな辛そうな状態になっても、なおも謝ろうとするシエスタに、タバサは胸を打たれた。

「そんなことない」
タバサの目には涙が浮かんでいた。
「そんなことない」
母に抱きしめられたことと、母の言った『友達』という存在が、押し殺していたタバサの感情を引き戻したのだろうか。

キュルケはそんな二人を見つめて呟いた。
「もう、これじゃ私がお邪魔虫じゃない…」

拗ねたようなその言葉に、シエスタとタバサが、思わず笑みをこぼした。




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