ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-6

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
眼前に迫る鉄槌じみた一撃。
それを後ろに跳び退いて避ける。
だが、それも不十分。
打ち下ろされた一撃に薄氷のように砕け散る地面。
乱れ飛んだ土塊が散弾となり彼の体に容赦なく降り注ぐ。
その威力は投石となんら変わらない。
痛みに耐えかね口から悲鳴が洩れる。
だが、それを耳にしても誰も救いの手など伸ばしはしない。
自分の周りを取り囲むように立つ人間たち。
その姿が、自分を観察していた白衣の男たちに重なる。

まるで悪夢だった。
自分の辛かった記憶も体験も全て向こう側に置いてきたと思った。
ここは自分が思い描いていた楽園だと思っていた。
それが積み木で出来た城のようにガラガラと崩れ落ちていく。
まるで過去が自分を殺しに追いかけて来たかのようだった。


腕に降り積もった土砂を跳ね除けながら、またも振り上げられる拳。
休む間など与えてもらえない。
痛みはあるが足は無事だ。
自分が動けなくなった時が最期だと彼は本能で理解した。
巨人の周囲を迂回するように駆ける。
しかしゴーレムは自身の巨体を僅かに動かしただけで、
再び彼を射程内へと捉え直す。
今度は進路上へと豪腕が振り下ろされる。
それより一瞬早く、彼は頭上に落ちた影に気付き反転を試みた。
だが慣性には逆らえない。
そして叩き付けられるゴーレムの拳。
至近距離で受けたそれは正に爆撃と呼ぶのが相応しい威力だった。

津波の如く押し寄せる土砂を全身で受け止める。
突風に舞い上がる木の葉のように彼の体が地面を滑っていく。
全身をくまなく埋め尽くす打撲と裂傷。
怪我のない場所を探す方が難しい。
よろめきながら、彼はそれでも立ち上がった。
足は満足に体を支える事も出来ず震える。
咳き込んだ口からは澱んだ血が吐き出される。
既に死に体と言ってもいい。
だが、彼の眼だけは死んでいなかった……!


彼を突き動かすのは『生への執着』だ。
以前の、檻の中にいた頃の彼ならこれを運命と思い諦めただろう。

だが、今の彼は違う!
彼は自分の意思で研究室を飛び出し運命に抗った。
そして新たな世界で生きる事の喜びを知った。
生命の価値を知った今だからこそ分かる死の恐怖。

彼は理解した。
生きる事は死に抗う事だと。
それを諦めた時に自分は死ぬのだと。 
惨めでもいい。無様でもいい。
自分は必ず帰るのだ、彼女の元へと…!


「おいおい、よせよ。貴族同士の決闘は禁止だぜ」
「だまりなさい! もしアイツに何かあったらただじゃ済まさないんだからっ!」
突きつけられたルイズの杖に動じることなく、男はおどけて見せる。
魔法を使えない事は知っている。
爆発とて狙いを定められるものではない。
ましてやこちらは二人掛かり。
『ゼロ』の魔法など恐れる必要はない。
俺たちが真に恐れるべきは…。

「へえ。ただじゃ済まさないってヴァリエール家の権力でか?」
「っ……!」
自分を睨み付けながらもルイズが悔しげに下唇を噛む。
予想通りの反応に思わず吹き出しそうになるのを抑える。
いくらヴァリエールの三女とはいえ魔法も使えない欠陥品。
恐らく家の中では立場さえないのだろう。
それが親の力を借りる事に抵抗を感じさせている。
つまり、こいつを恐れる理由など何も無くなったという訳だ。

確かに男の思考はまさに正鵠だった。
だが一つだけ、彼は読み違えていた。
確かに彼女は決して実家の力など借りはしない。
何故なら家名に頼った時点で彼女の誇りが失われるからだ。
彼女のとって家名は重荷にしか過ぎない。
周囲からの期待と、そこから生まれる失望。
だが彼女は弱音を吐いたりはしない。
重圧に耐えかねて膝を屈する事など無い。
魔法が使えなくても、彼女は貴族の誇りだけは持ち続ける。
彼が読み違えていたのは彼女のその強さ。
だが彼らにそれを理解させる事など不可能だろう。


「ただじゃ済まさないってのは……こういう事よ!」
男の目前で杖を振り上げる。
家になんか頼らない。
私は自分の力だけで解決してみせる。
しかし振り下ろそうとした腕は途中で誰かに阻まれた。
男の仲間の仕業と咄嗟に背後へと振り返る。
だけど、そこにあったのは見慣れた赤髪。
「キュルケ…」
思わず彼女の名を呟く。
でも、どこか普段と雰囲気が違う。
男を睨む彼女の表情はいつもより険しかった。

「どきなさい」
単純明快に彼女は命令を告げる。
それを相手を屈服させる意思に満ちた高圧的な言葉。
だが声は冷静そのものだった。
ならば、相手の脅しにわざわざ従う必要などない。
彼女の視線に冷たいものを感じながらも男は牽制する。

「貴族同士の決闘は…禁止、されて…」
「決闘?」
男は自分の声がかすれている事に気付いた。
相手に気圧されている事を自覚していなかっただけ。
吐いた言葉は牽制になどなりはしない。
逆に、彼女はその言葉に対し妖艶な笑みを浮かべる。
そして自分の胸から杖を取り出し男へと突き付けた。


「貴方達の中に、この『微熱』のキュルケに決闘を挑む勇敢なメイジがいて?」
真っ向から向けられる視線と杖。
その恐怖に全身が硬直する。
男はキュルケの覚悟を知り、無謀な挑発だったと後悔した。
彼女は本気だ…。
決闘が禁止されていようと関係ない。
勝負を挑めば容赦なく相手を焼き払い灰燼と成すだろう。
家名に傷が付こうが学院を放逐されようが『やる』といったら彼女は『やる』。
その凄みが言葉だけで伝わってきた。
逆らってはいけない。
これ以上、彼女という火に油を注いではいけない。
炎の中に飛び入る虫のような運命を辿りたくなければ…。

「わ、分かった…」
どうせ今から向かったところで間に合いはしない。
大人しく命令に従い道を開ける。
後ろにいた俺の連れは何も出来ず、おどおどしているだけだ。
まるで平然と絨毯の上でも歩くかのようにキュルケとルイズが歩き去っていく。
自分が無事で済んだ事に胸を撫で下ろす。


「ああ、そうそう」
「!?」
振り返るキュルケに男達がびくっと身体を震わせる。
彼女は自分達を見ていない。
その背後にいる誰かへと視線を向けているのだ。
そこへと振り返り、再び身体が硬直する。
後ろではキュルケの使い魔であるサラマンダーが口から僅かな火を吐き出していた。
「もう邪魔してくる事はないと思うけど…一歩でも動いたら焼き殺していいわよ」
「きゅる! きゅる!」
「ひっ!!」
主の命に頷くサラマンダーに悲鳴を上げる。
大切な友を傷つけられて冷静でいられる人間なら、
彼女に『微熱』などという二つ名は与えられなかっただろう。
この後、彼等は存分に彼女達の怒りを思い知らされる事となった。

足止めを突破した彼女たちは広場へと向かう。
廊下を駆け回る彼女達の姿に周囲の奇異の視線が集まる。
だが、そんな些細な事に構っている余裕はない。
彼女は自身の持てる全力で駆ける。
脳裏に次々と浮かぶ最悪の事態を振り払いながら…。


処刑場と化した広場。
そこで彼は死地に活路を追い求めた。
目指す先は巨人の足元。
幾度回り込もうとしても決して逃れられない。
ならば自分から懐に飛び込む。
それが彼に残された最後の策だった。

突然の特攻に虚を突かれたゴーレムが一瞬戸惑う。
傷を負っているとは思えぬ渾身の疾走。
対するゴーレムの動きは鈍い。
恐らくは拳も振り下ろせて一度。
それさえ避けてしまえば逃げおおせる。

だが彼は失念していた。
ゴーレムの拳だけが脅威なのではない。
あの『巨体そのもの』が武器だという事を見逃していたのだ…!

ゴーレムが前のめりに倒れる。
焦っての転倒ではない。
それは、その体格を利用したボディプレス。
城壁じみた土塊が雪崩のように迫る。
その範囲は拳とは比較にならない。
迂回していたならばまだしも彼が向かったのは前。
彼に逃げ場はなかった。
巨人がその身体で陽の光を遮るように、
彼の微かな希望の光も絶望の影に掻き消されていく。


地響きと共にゴーレムの身体と大地が接触する。
砂煙が舞い上がると同時に響き渡る使い魔の絶叫。
視界が晴れた先に広がる光景に生徒達が声を失う。

彼は胴から下を失っていた…。
ゴーレムの巨体に押し潰されて見えないが、
そこから溢れ出した異様な量の出血が全てを物語っていた。
呼吸も僅かにひゅうひゅうと空気の抜ける音を奏でるだけ。
かろうじて生きている、その表現が最適だろう。

先ほどから囃し立てていた生徒達も惨状に目を背ける。
取り巻きの男もさすがにやりすぎだろうと思った。
いくら大義名分があろうとやってる事は動物虐待だ。
ここまで過剰にやってしまっては自分達に非があると思われてしまう。
だが男は同時に安堵していた。

もう、あの犬は動けない。
戦いともいえない一方的な暴行は終わりだ。
あの犬を手違いで殺してしまう事も最悪予想されたが、
今から治療すれば命だけは助かるだろう。
ここまでやれば生意気な後輩に対して十分な制裁になった筈だ。


だが、それに反し男は杖を下ろそうとはしない。
それどころかゴーレムを再び起き上がらせようとしている。

「おい、もう十分…」
「まだだ!!」
取り巻きの言を遮る男の怒声。
突然の事に驚き、男の方を注視する。
獣のような荒い息遣い。
目は血走りながら倒れた犬へと向けられている。
男の取り巻きは事態を察した。
彼は正気を失っている、と。


愉しい。なんて愉しいんだ。
あんなちっぽけな生き物が相手なのが不満だが、
自分の力を思う存分振るって捻り潰すのは堪らない。
親父は何が愉しくて狩りなんかするのかと思っていたが、
成程これなら病み付きになるのも頷ける。
これがヴァリエールの小娘だったらどんなにか……。

自身の思い浮かべた凄惨な光景に身を振るわせる。
彼の察した通り、男は正気を失っていた。
自分の持つ暴力に溺れ、自身を見失っているのだ。
魔法は日常のように使いこなしている。
だが貴族間の決闘は禁止され、
平穏なトリステインでは戦争もそうそうあるものではない。
その力を実際の戦闘で使う機会などそうはない。
彼の深層にある不満はルイズの事ではなかった。
自分の魔法を思う存分振るい暴れたかった欲求不満である。
それがルイズという捌け口を見つけ、破壊衝動として現れているのだ。


ここまできて止められるものか。
そう。悪いのは全て『ゼロ』とその使い魔だ。
主どころか自分の身さえ守れなかった弱い使い魔と、
それを助けに来られなかった主。
もしアイツに少しでも同情の声があるならば。
これだけの数の生徒だ。誰かが止めに入っていただろう。
皆は俺を支持している、何の問題もない!

それなりに切れる頭も全ては自分の弁護の為。
彼は理由が欲しかっただけだ。
力を振るうのではなく、彼は自分の力に振り回されていた。
しかし愉しかった時間もあと僅か。
後は死にぞこないに止めを刺すばかり。

今度、里帰りしたら親父と狩りにでも行くか。
だがそれだけでは今日のような興奮は二度と味わえないだろう。
いずれは慣れて飽きてしまう。
そうだな。その時は適当な理由で平民を狩るとするか。
その前にまずは盛大に最後の仕上げをするとしよう。

ゴーレムの巨大な足が緩やかに持ち上がっていく。
自身の巨体を支える脚。
破壊力は拳よりも遥かに上だ。
振り下ろされれば原型さえも留めないだろう。
放置しておけば死ぬであろう相手に、男は容赦すら思いつかなかった。


「……ここまで」
離れた場所から見守っていたタバサが呟く。
やはり何かの勘違いだったのだろうか…?
窮地に陥っても彼に変わった様子はなかった。
なら静観は終わり。
惨事を食い止めるべく彼女は動く。

校舎の一部が崩落した際に起きた怪現象。
その原因が彼女の使い魔にあるとタバサは睨んでいた。
だから、あの時と同じように身に危険が迫れば何かが起きるのでは…?
そう期待したのだが上手くはいかなかった。
それどころか重傷を負うという予想外の事態まで起きてしまったのだ。
シルフィードに至っては、きゅいきゅいと騒ぎ出し今にも飛び出しそうな勢いだ。
同じ使い魔として彼とは仲良くしていたのだ、無理もない。
もし自分が制止していなければ、あのメイジは生きてはいなかっただろう。

まずはゴーレムの排除。
杖を掲げ、風の系統魔法を唱えるタバサ。
だが不意に呪を紡ぐ彼女の唇が動きを止めた。
幾度となく死線を乗り越えた勘だろうか。
風に乗って聞こえてくる異様な音が彼女の注意を喚起したのだ。
落ち着こうとする意思とは裏腹に高まっていく心拍数。
恐怖を堪えきれなくなった足が震えだす。
頭ではない、身体が理解しているのだ。
『アレに触れてはならない』と…!

その音は男の耳にも届いていた。
既に虫の息の犬から響く奇怪な音。
似ている物があるとすれば獣の唸り声か、
彼のいた世界ならばエンジン音が最も近いだろう。

だが、どれもが誤り。
この場にいる者たちが耳にしているもの、それは『胎動』だ。
あらゆる生物を凌駕する潜在能力を持ち、
どんな環境下であろうと生存できる生命力を兼ね揃え、
己の身体を意思によって武装と化す『戦闘生物』
科学者たちの狂気が作り上げた『究極の生命』

それが今、異世界ハルケギニアの地で目覚めようとしていた…!


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー