ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-41

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匿名ユーザー

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 キュルケは戸惑っていた。パーティーと言われたからには一応の着飾りはしたが、だからと言って酒を飲んではしゃぐような気分にはなれそうにない。周りを見渡して、彼女はひっそりと溜息をついた。
 アルビオン王党派最後の牙城、ニューカッスル城。パーティーはそのホールで行われていた。上座に設置された簡易の玉座に腰掛けて、国王ジェームズ一世は老いた双眸を細めて集った臣下を見守っている。貴族達はまるで園遊会であるかのように豪奢に着飾り、テーブルの上にはこの日の為に取っておかれたと思しき様々な御馳走が並んでいた。キュルケでさえ滅多に御眼にかかれないほど華やかなこのパーティーに、燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のような儚さを覚えて、キュルケはたまらなく虚しかった。
 しかし、それにも増してキュルケを当惑させたのは、ルイズ達仲間の行動だった。ルイズは悲しげな顔一つ見せず、話し掛けてくる貴族達と微笑んで会話を交わしている。ギーシュは沈鬱な顔をしている女性の元へ駆けて行っては、彼女達を笑わせていた。タバサはいつも通りの無口だが、同好の士であるのか十数人の貴族達と共にはしばみ草のテーブルを囲んで会話に興じている。ワルドも
また如才なく笑顔を浮かべて挨拶に回っていた。そしてあのギアッチョまでもが、貴族達に勧められたワインを嫌な顔一つせず飲んでいた。
――どうしてそんな顔が出来るのよ……!
 キュルケにはさっぱり理解が出来なかった。貴族達にも、悲痛な顔をしている者は誰一人としていない。悲しんでいるのは自分だけだとでも言うのだろうか。まるで自分だけが仲間外れのようで、キュルケはいたたまれない気持ちになった。
 キュルケはもう部屋に戻ってしまおうかと思い始めたが、その時彼女の後ろから声がかかった。
「何やってるのよ、キュルケ」
 キュルケは反射的に身体を捻る。腰に手を当てて、困ったような顔でルイズが立っていた。

「一人でどうしたのよ キュルケらしくないじゃない」
「……らしくないって、そりゃこっちの台詞よ」
 キュルケは疲れた眼をルイズに向ける。
「揃いも揃ってどうしたのよあなた達 何でそうやって笑っていられるわけ?さっぱり解らないわ!」
 無理やりにワインを飲み干して、キュルケは首を振った。
「明日全員死ぬのよ?あなた達それが分かってるの?」
「分かってるわよ」
「だったら……!」
 理解出来ないという感情が、キュルケに怒りを感じさせる。珍しく声を荒げるキュルケに、ルイズはどこか優しげな声を掛けた。
「キュルケ」
「……何よ」
「明日全滅するなんてこと皆分かってるわ だけど彼らには死して何かを為す『覚悟』がある だったらわたし達がするべきことは、嘆き悲しむより彼らと一緒に笑うことよ」
 わたしはそう思うわ、と静かに言うルイズをキュルケはハッとした顔で見直す。
「――…………そう……よね」
 何を勘違いしていたのだろう。彼らの為の涙など、もはや溺れてしまう程に流されているに決まっているではないか。今彼らが
欲しいものは涙か?同情か?答えはきっと違うはずだ。
 キュルケはもう一度彼らを見渡す。明日死ぬ身とも思えぬ笑顔で、彼らは穏やかに談笑していた。その笑顔に一片の曇りもないことを、キュルケはようやく理解する。その葛藤も覚悟も理解して、ただ笑って彼らを見送ること。彼らアルビオン王家最後の戦士達が欲しいものは、きっとそれだけなのだ。キュルケは薄く笑って首を振る。
「……まさかあなたに諭されるなんてね」
「しっかりしなさいよ、キュルケ」
 キュルケを悪戯っぽく見上げて、ルイズは彼女に応えた。

 衣装を整えながら、キュルケは「それにしても」と呟く。
「ルイズ……あなた変わったわね」
「……そう?」
 きょとんとした顔をするルイズを見遣って、キュルケは笑う。
「以前のあなただったら、早々にここを抜け出して一人で泣いてたでしょうからね」
「なっ……それはあんたでしょ!肖像画に描かせてやりたいぐらいの顔してたくせに!」
 などと言い返しながらも、ルイズは何かを考え込むような仕草をした。
 その格好のまま、ルイズはぽつりと口にする。
「…………そう、かも知れないわね」
 片手に持ったワインに口をつけて、ルイズはホールに眼を向けた。
 中央近くでウェールズと言葉を交わしている男を見つけて、ルイズは嬉しいような困ったようなよく分からない顔をする。
「……感化されたのかしらね あいつに」
「……ギアッチョ、ね……」
 キュルケはルイズに習ってホールの中央に眼を向ける。
 不思議な男だった。所構わずキレる暴れる、殺人に躊躇すらない無愛想な平民。なのにルイズは、そしてギーシュやタバサまでが彼に何らかの影響を受けているように思う。恋愛感情ではないが、
 キュルケもまたギアッチョにどこか惹かれている自分を感じていた。
 有体に言えば――友情、だろうか。それとも、
――友愛……かしらね?
 キュルケは腕を組んで呟いた。

 学院の教師達よりも遥かに頼りになる男。それが彼女達の共通した認識だった。しかしそれでいて、ギアッチョには何故だか危うげな所がある。頼れる仲間であると同時に、キュルケにとってギアッチョはどこか心配になる友人だった。もっとも、友人とはこっちが、というか殆どギーシュが一方的に名乗っているだけの話だったが。
――やれやれ……こっちのラブコールが届く日は来るのかしらね
 ギアッチョが自分達に自身のことを話す日は、果たして来るのだろうか。ギアッチョと共にいればいるほど、彼の正体が知りたくなる。
 もしもギアッチョが口を開く時が来るのならば、それはきっと自分達を友人として認めてくれた時なのだろうとキュルケは思った。

「……ところで……あの、キュルケ」
「え?あ……何?」
 思考に没入していたキュルケは、その声で我に返った。ルイズに眼を遣ると、彼女は何だか不安そうな顔で自分を見ている。
「…………その ラ・ロシェールで…………どうして、助けてくれたの?」
「へ?……え、えーと、それは……」
 あまりにストレートなルイズの質問に、キュルケは思わず焦った。
 今までのルイズなら、「誰が助けてくれなんて言ったのよ!」で終わりだったはずだ。やっぱりルイズは変わったと、少々混乱気味の頭でキュルケは考えた。
「…………か、考えてみれば ギアッチョを召喚した時も、キュルケが真っ先に……た、助けてくれたじゃない……?フーケの時だって……」
 不安げな眼で二十サント近く身長の違うキュルケを見上げて、ルイズはおずおずと問い掛ける。
「……どうして?」
「ど、どうしてって……当たり前でしょ?あなたはと……」
「と?」
 友達、と言いかけてキュルケはハッと我に返った。
「う……と……と、当代きってのライバルなんだから!」

――あ……危ない危ない ギーシュに影響されてたわ……
 初めて自分に向けられたルイズのしおらしい言動に混乱していたキュルケは、何とか自律を取り戻した。心でほっと溜息をついてルイズに向き直ると、彼女は少し俯いているように見える。
「……そうよね わたし達、宿敵だものね……」
――う…………
 しん、と二人の間が静まり返る。今まで何度も言ってきた言葉のはずなのに、キュルケは何故だかどうしようもなく胸が痛んだ。
「宿敵」というたった二文字の言葉がこれほどまでに心を抉るものだとは、今まで思いもしなかった。
優しい言葉の一つも掛けてやりたかったが、プライドと家名に邪魔をされて、キュルケは何を言うことも出来なかった。
自分もルイズと同じだということに、キュルケはようやく気付く。
 二人を嘲笑うかのように続く静寂が痛い。今すぐそれを打ち消したくて、キュルケは思わず言ってしまった。
「……そうよ、こんなところで死なれちゃあなたの恋人を奪う楽しみがなくなるもの …………さ、私はパーティーを盛り上げて来るとするわ 格の違いを教えてあげるからよく見てることね」
 捨て台詞のようにそう言って、キュルケはルイズの返答も聞かずに歩き出した。背中に感じるルイズの視線を振りほどくように、キュルケは足早に去ってゆく。歩きながら、キュルケは思わず胸を抑えていた。いつもと同じ売り言葉のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろうか。答えに気付かない振りをして、キュルケはパーティーの人ごみに姿を消した。

 わたしは馬鹿だ、とルイズは思う。自分は一体キュルケに何を言って欲しかったのだろう。ヴァリエールとツェルプストーとして、同じ一人の人間として今まで散々いがみ合ってきたキュルケに、今更何を言って欲しかったのだろうか。
――馬鹿よ、わたしは…… わたしとキュルケは永遠に宿敵同士……それ以外に、わたしを助けるどんな理由があるというの?
 ルイズは俯いて片手のワインに眼を落とす。「宿敵」という言葉の重みを、彼女もまた痛い程感じていた。

 ポロン、と澄んだハープの音が響く。耳慣れないその音に、ルイズは思わず顔を上げた。
「……キュルケ」
 ジェームズ一世の御前でハープを奏でているのは、他ならぬキュルケであった。己に集う幾百の視線を物ともせずに、キュルケは優雅にハープを弾いている。その旋律の美しさに、ルイズは眼を見張った。普段の彼女からは想像もつかない繊細な手つきで紡がれる音色に、この場の誰もが聞き惚れていた。
「これはなかなか、大したものだね」
 隣から見知った声が聞こえて、ルイズはそっちに顔を向ける。
 ワインを傾けながら、ワルドがそこに立っていた。
「ワルド」
「彼女にこんな特技があったとはね…… それに面白い弾き方をする静かな曲だというのに、どこか情熱的だ」
 ルイズは改めてキュルケを見る。正しくワルドの言う通り、キュルケの演奏には繊細さと情熱が渾然一体となって現れていた。まるでキュルケ自身を表したかのようなその音色に、いつしかルイズも瞳を閉じて聞き惚れていた。

 万雷の拍手に包まれて演奏を終えたキュルケを見届けてから、ワルドはルイズに向き直った。
「ルイズ 今、少し話せるかい?」
「ええ……どうしたの?」
 ワルドは真剣な顔でルイズの瞳を覗き込む。
「ウェールズ殿下が式を挙げてくれる…… 明日、結婚しよう」
「え…………」
 ワルドのプロポーズに、ルイズはワイングラスを取り落としそうになった。何だかんだで結論を先延ばしにしているうちに、ルイズは結婚の話などまだまだ先だといつの間にか思い込んでいたのである。ワルドは既に明日の挙式の媒酌をウェールズに頼んでいるらしい。つまり、これ以上話の先送りは出来ないということになる。
 いきなり決断を迫られて、ルイズはしどろもどろで返事をした。
「え…………えっと、その……わ、わたし……」
「いきなりで驚かせてしまったかな しかしどうしてもあの勇敢な皇太子殿に、僕らの婚姻の媒酌をお願いしたくてね」
 ワルドはそこで言葉を切って、ルイズの両肩に優しく手を置いた。
「愛しているよ、可愛いルイズ 君は僕を都合のいい男だと罵るかもしれない だけどルイズ、君を前にして自分の気持ちを偽ることなんて僕には出来ないんだ」
 ルイズから一瞬たりとも眼を逸らさずに、ワルドは堂々として言う。
「……受けてくれるかい?僕のプロポーズを」

「……ワルド、わたし……」
 ルイズは強制的に、思考の海に引き戻された。どうして快諾出来ないのか、どうしてギアッチョが心に引っかかるのか。蓋をしていた疑問が、再びルイズの中で回りだした。自分はワルドが好きではないのだろうか?いや、それは違う。ワルドのことは好きだ。好きなはずだ。
 幼い頃からの憧れは、今だって消えてはいないのだから。
 ワルドとの婚姻を拒否すれば、父や母は悲しむだろう。しかし結婚してしまえば、ギアッチョはどうなるのだろうか。同じ部屋に暮らすというわけには勿論いかないだろう。それどころか、気軽に会うことさえ出来なくなるかもしれない。未だウェールズと話し合っている彼に、ルイズはちらりと眼を向けた。
――だけど………………きっと、そのほうがいいんだわ
 少し悲しげに眼を伏せて、ルイズは独白する。
 この旅で解ったことがある。ギアッチョの心は、未だに暗殺者のものなのだ。彼は常に敵を殺すつもりで戦っている。ワルドとの決闘でさえも、一度はワルドの首を薙ごうとしていた。恐らくそれは、半ば以上に無意識の行動なのだろう。ギアッチョにとっては、敵は殺すものであり、攻撃は命を絶つ為のものに他ならない。そして、ギアッチョはもはやそういうことを意識すらしていないのだ。刃を使うなら首を、臓腑を、腱を断つ。拳を使うなら眼を狙い喉を潰す。
 急所以外の場所を狙うという選択肢は、そうする必要がある時初めて現れる。神経、細胞の一つに至るまで、彼の心身は未だ暗殺者のそれに他ならなかった。
 しかし、彼はもう暗殺者ではないのだ。いずれイタリアへ送り返す日が来るとしても、その地でさえ彼は暗殺者「だった」男に過ぎない。

 ルイズはこれ以上、彼に血に塗れた道を歩かせたくなどなかった。
 もう十分じゃない、とルイズは呟く。ギアッチョ自身がそう思っていなくとも、殺人という行為は確実に彼の心を蝕んでいる。
 出来ることなら、ギアッチョには平穏に暮らして欲しかった。
 だが、自分と一緒にいればまた今回のような事態が起こるかもしれない。自分と――いや、メイジと関わり続ける限り、争いと無関係ではいられないのではないか。ならば、とルイズは思う。
 ならば、自分とはもう一緒にいないほうがいいはずだ。ギアッチョにはマルトーやシエスタ達がいる。彼らと共に生きることこそが、ギアッチョにとっての幸福なのではないだろうか。
 出来ることなら、ギアッチョにはずっと傍にいて欲しい。しかし、それがギアッチョを殺人へ向かわせるというのなら。
 スッと顔を上げて、ルイズははっきりとワルドに答えた。

「……喜んで、受けさせてもらうわ」

 パーティーは和やかなムードのまま幕を閉じた。宴の始末をしているメイド達の他には殆ど人のいなくなったホールで、ギアッチョ、キュルケ、タバサの三人は、眼を回して床に倒れているギーシュを呆れた顔で見下ろしていた。
「…………うっぷ……」
 どうやら調子に乗って飲みすぎたらしい。ギーシュは真っ青な顔を気持ち悪そうに歪めている。
「あなた船の上から酔いっぱなしじゃない しっかりしなさいよ」
「ふぁい……調子に乗りすぎまひた……っぷぁ……」
 キュルケは溜息をついて隣の二人を見遣る。
「……ねぇ、これどうするの?こんなの担いで行きたくないわよ私」
「しょうがねーな……凍らせて転がすか」
「ええっ!?二つ目の選択がそれ!?」
「せめてもっと人間らしい方法を」と言うギーシュと「今のてめーは家畜以下だ」と言うギアッチョ達の間で、結論はなかなか出なかった。
 いい加減業を煮やしたギアッチョはもうここに放置していくかと言いかけたが、その時タバサが何かを考え付いたように顔を上げた。
「待ってて」
 と短く口にしてどこかへ行ったタバサが持って帰ってきたものは、ご存知はしばみ草のサラダだった。小皿に山のように盛られたそれを、タバサは構えるように掲げ上げる。ギーシュは真っ青な顔から更に血の気を引かせてあとずさった。
「……あはははは……じょ、冗談がキツいねタバサは…… その量は明らかに致死量を超えウボァーーー!!」
 タバサの右手に構えられた毒物はギーシュの口に裂帛の気合と共に叩き込まれ、ギーシュは見事な放物線を描いて再び頭から倒れ落ちた。

 ウェルギリウスと名乗る男に連れられて辺獄から氷結地獄までたっぷり地獄観光をした後で、ギーシュの意識はようやくハルケギニアへ帰ってきた。
「ハッ!?ハァハァ……こ、ここは一体!?あの悪魔は!?」
 冷や汗をダラダラと垂らしながら怯えた様子で周囲を見渡すギーシュに、キュルケはこめかみを押さえてタバサを見た。
「……タバサ」
「何」
「やりすぎ」
「……修行が足りない」

「ところで君達聞いたかい?」
 はしばみ草のおかげで酔いと共に抜けてしまった抜けてはいけないものが何とか身体に戻ると、ギーシュは何事もなかったかのように平然と口を開いた。
「何のことよ?」
 三人を代表して、ややうんざりした顔でキュルケが問う。
「結婚だよ!さっきそこで子爵がルイズにプロポーズしてたんだ」
「……それホント?」
「本当さ しっかり聞き耳……じゃない、聞こえてきたんだから」
 胸を張るギーシュを無視して、キュルケは簡潔に問う。
「ルイズの返事は?」
「……OK、だそうだよ 明日ウェールズ殿下の媒酌で式を上げるらしい」
 その言葉に、キュルケは顔を複雑にゆがめた。
「何よそれ…… バカじゃないの?学院やめることになるかも知れないのよ!」
「ぼ、僕に言われても困るよ 本人が決めたことならしょうがないだろう?ねぇギアッチョ」
 ギーシュが助けを求めるようにギアッチョに眼を向ける。いつも通りの読めない顔で一言、彼は「まぁな」と呟いた。

「何か悩んでる風ではあったがよォォ~~ それに自分の意思で答えを出したってんならオレ達に文句を言う余地はねーだろ」
 ギアッチョは顔色一つ変えずにそう言うと、キュルケが言葉を差し挟む前にパン!と手を鳴らす。
「ほれ、てめーらはとっとと部屋に戻って寝ろ 追って沙汰はあるだろーが、式に出るにしろ出ねーにしろ朝は早くなるからな」
 確かに、非戦闘員を乗せる船の出港は早い。睡眠を取っておかなければ、最悪アルビオンに骨を埋めることになるだろう。
 まだ不服そうな顔をしているキュルケを促して、ギーシュはホールの出口へ向けて歩き出す。タバサがその後をついていくが、
「タバサ、てめーは残れ」
 ギアッチョの言葉で、彼女はぴたりと足を止めた。次いでギーシュとキュルケも彼を振り返る。
「ギ、ギアッチョ まさかとは思うが君、そんな趣味が」
 全てを言い終える前に、ギーシュはウインド・ブレイクで扉の外へ消え去った。
「意外と荒っぽいことするわね」
「口は災いの元」
 殊ギーシュに関しては正にその通りだと思いながら、キュルケはギアッチョに顔を戻す。
「で、私達がいるのはお邪魔なわけ?」
「そうだ」
 即答されてキュルケは少し驚いた顔をしたが、ギアッチョがそう言うなら仕方ないと判断して、少し唇をとがらせながらも頷いた。
「……そう言うならしょうがないわね じゃ、私達は先に戻ってるわ」
 片手をひらひらと振って、キュルケはあっさりと歩き去った。
 彼女が扉の向こうへ消えたのを確認してから、タバサはギアッチョを見上げて口を開く。
「……何?」

 廊下に大の字になって伸びているギーシュを見下ろして、キュルケは溜息をついた。
「なんなのよ、もう……」
「ギアッチョのことかい?」
 言いながらギーシュはむくりと起き上がる。
「……ルイズのことよ どうしてこんなに慌てて結婚しなくちゃいけないわけ?退学することになるかもしれないしギアッチョとも疎遠になるじゃない!」
「全くだね 薔薇は多くの人を楽しませる為にあるというのに」
「……あなたが言ってももう何の説得力もないわよ」
 造花の杖をキザに構えるギーシュをジト目で睨む。なんだかバカらしくなって、キュルケは更に一つ溜息をついた。そそくさと薔薇の杖をしまうと、ギーシュは急に真面目な顔でキュルケを見る。
「……学院に居たくないということも、あるのかも知れないね」
「……え?」
 「だってそうだろう?学院内に自分の味方が誰一人いない状態で、僕はむしろよくルイズがここまで頑張ってこれたと思うよ」
「そ、それは違うわ!」
 慌てたように言うキュルケに、ギーシュは困った顔で笑う。
「そう、違うよ。僕達はもういつだって彼女の味方だし、先生にもルイズをなんとかしてやりたいと思っている人だっているはずさ。
 だけどルイズは、きっと言わなきゃそれに気付けないんだ」
「……私は――」
「……ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい?
 両家の確執は僕にも分かるよ だけどルイズはルイズで、君は君だ。そうだろう?」
 答えないキュルケの瞳を覗き込んで、ギーシュは続けた。
「これが最後のチャンスかもしれない 彼女に会いにいこう、キュルケ」

 キュルケは言葉もなく立ち尽くしている。ギーシュもまた、他に言うことはないという眼で、無言のままキュルケを見つめていた。
 重い沈黙が場を支配する。ほんの数秒、しかしキュルケにとっては無限のように感じられた数秒の後、彼女は苦しげな顔を隠すようにギーシュに背を向けた。
「………………私は、あの子の友達なんかじゃないわ」
 絞り出されたその言葉に、今度はギーシュが溜息をついた。
「……それが君の答えかい」
「事実を言っただけよ」
 素直じゃないのは分かっている。意固地になっているのも理解している。だけど、認めるわけにはいかない。自分達の意思がどうあれ、自分はツェルプストーで彼女はヴァリエール。未来永劫、それだけは変わらないのだから。だから――そう、今自分がここにいるのは、ただの気まぐれなのだ。他に理由などありはしない。それが、キュルケの答えだった。
「……それじゃしょうがないな、この話はおしまいにしよう。僕一人頑張ったところでどうにもならないからね ……僕は寝るとするよ」
「え?ちょ、ちょっとギーシュ……!」
 キュルケの声を掻き消すように「おやすみ」と言い放って、ギーシュはマントを翻して去っていった。
「……何よ 一人前に怒ったってわけ……?」
 キュルケはその場から動けなかった。後を追うことも怒鳴ることも出来ずに、彼女はまるで叱られた子供のような顔で立ちすくむ。 綺麗な指先で赤い髪を弄って、キュルケは自分の心を誤魔化すように呟いた。
「……つまんない」

「……概ね理解した」
 相変わらず小さな声でそう言うタバサを見下ろしてギアッチョは問う。
「頼めるか?」
 こくりと頷いて、タバサは了承の意を表した。ついと眼鏡を押し上げて、ギアッチョは「悪ィな」と口にする。
「どうして?」
「見れねーだろ」
「……別にいい あなたが正しいなら、見る意味はない」
「ま……あくまで可能性の話だがな」
 そう言うと、ギアッチョは次々に片付けられてゆくテーブルに眼を移す。
「……ここまで深く関わってんだ 任務の詳細ぐれーは教えてやってもいいとは思うんだがよォォ~~」
 ままならねーもんだ、と呟くギアッチョを見事な碧眼で見つめて、タバサはふるふると首を振った。
「かまわない あなた達の立場は理解出来る」
 その言葉に追従ではないリアルなものを感じて、ギアッチョはタバサに眼を戻す。どうにも不思議な少女だった。

 燭台に照らされた廊下を並んで歩きながら、ギアッチョはここでも本を読むタバサを見て一つ知りたかったことを思い出した。
「……学院のよォォ~~ 図書館とやら、ありゃあ誰でも入れるのか?」
 タバサは怪訝な顔でギアッチョを見上げる。ギアッチョが読書に勤しむタイプだとは、どう見ても思えなかったのだ。
「……平民は、入れない」
 タバサは怒るかと思ったがどうやら予想の範囲内だったらしく、ギアッチョは一言「そうか」とだけ返事をした。

「……調べ物?」
 と訊いてから、タバサはハッとした。自分はこんなことを訊く人間だっただろうか。他人に干渉しなければ、干渉されることもない。それが「タバサ」の生き方のはずだった。だというのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。そんなタバサの胸中など知らず、ギアッチョは当たり障りのない言葉を返す。
「そんなところだ」
 そこでタバサはふと思い出した。そういえば、ギアッチョが召喚されてから程なくして、ルイズが毎日図書館に通うようになったはずだ。
 勤勉な彼女は今までも週に数回は勉強の為に足を運んでいたが、日参するようになってからはどうも別のことをしているようだった。
 一度彼女に使い魔を送り返す方法を知らないかと訊かれたことがある。その時はギアッチョと喧嘩でもしたのだろうと思っていたが、ひょっとすると何かのっぴきならぬ事情で今もそれを探しているのではないだろうか。そう認識したタバサの理性がストップをかける前に、彼女の口は言葉を紡いでしまっていた。
「……帰りたい?」
 言ってから、タバサはしまったと思った。ギアッチョは二重の意味で少し驚いたが、しかし特に追求もせず口を開く。
「――……どうなんだかな」
 タバサははぐらかされたのかと思ったが、彼の表情を見るに、どうやら本当によく分からないらしい。自分の推測が当たったことよりも、今のタバサには何故かギアッチョの去就が気になって仕方がなかった。

「ルイズじゃあねーか どこに行ってたんだおめー」
 ギアッチョの声で、タバサの思考は中断された。前に眼を遣ると、そこにはルイズがギアッチョに出くわしたことに驚いたような顔で立っている。
「……あ…………」
 かと思うと、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり――次の瞬間、ルイズは一言も発さぬままに俯いて駆け出していた。
「ああ?」
 ギアッチョが何か問い掛けるより早く、自分達の横を一目散に駆け抜けて、ルイズはそのまま回廊の薄闇に走り去った。
 肩越しに後ろを覗き込んで、ギアッチョはやれやれと言わんばかりに首を振った。
「……相変わらず行動の読めねーガキだな。まだ何か悩んでやがるのか?」
 パタリと本を閉じて、タバサは呟くように答える。
「……恐らくそう」
 自分に眼を落としたギアッチョを見返して、タバサは「でも」と言葉を繋ぐ。
「私の考えが正しいなら、これは彼女自身の問題」
「ほっとけっつーことか?」
「私達が何かを言っても、彼女は頑なになるだけ」
 フンと鼻を鳴らして、ギアッチョは再び歩き始めた。
「全然解らんが……ま、てめーがそう言うならほっとくか」
 オレにもまだやることがある、と呟くギアッチョをタバサは幾分歩調を速めて追いかけた。

 どこをどう走ったのかは全く覚えていない。ギアッチョと眼が合うことだけが恐くて、ルイズはただただ闇雲に廊下を走り回り――気付けば彼女は、いつの間にか自室に辿りついていた。思い切って扉を開くと、ギアッチョはまだ戻ってはいないようだった。服も着替えずにベッドに飛び込み、頭から毛布を被る。煩く鳴り響く心臓を押さえて、ルイズはぎゅっと身体を縮こまらせた。
――何なのよ…………
 ルイズは自分が解らなかった。ワルドのプロポーズを受けてから、彼女の脳裏にはずっとギアッチョの姿がちらついている。頭から追い出そうとすればするほど、それは鮮明な像を結んでルイズの心を責め立てた。理由なんて知らない、分からないとルイズは己に言い聞かせるように繰り返す。
 しかし、この胸の苦しさだけはどうしても誤魔化せなかった。廊下で偶然ギアッチョと出くわした時、ルイズは思わず何かを叫んでしまいそうで――反射的に、逃げ出してしまった。
――……最低……
 ぽつりと呟いて、ルイズは深く眼を閉じた。
 今は眠ろう。明日になれば、きっと忘れられる。だから、今はただ眠ろう。
 しかし、意志に反して――彼女は一向に眠れなかった。

 屋上の見張り台から、ギアッチョは一人地上を見下ろしていた。
「……流石に冷えるな」
 雲の上の更に上を、風が容赦なく吹きすさぶ。チッと舌打ちして、ギアッチョは視線を前方に向けた。双つの月が、見渡す限りの雲海を煌々と照らしている。
「絶景かな、ってぇやつか」
 身を投げたくなる程の美しさだった。チームの奴らにも見せてやりたいもんだと考えて、ギアッチョはフッと笑った。
――あいつらにそんな情緒はありゃしねーか
 かく言う自分もそうだったが、とギアッチョは思い返す。
 イタリアにいた時には、周囲のものを景色として見たことなど殆どなかった。この世界に召喚されて、ギアッチョは初めて物事をあるがままに見ることが出来たのだった。
――……そこんところは感謝してやってもいいかもな
 そう考えて幾分自嘲気味に笑った時、背後からギィッと扉の開く音が聞こえた。
「……よーやくおいでなさったか」
 雲の海を眺めたまま、ギアッチョは待ち人に声だけを投げかけた。
「待たせたね さて、こんな深夜に一体何の御用かな?二人仲良く月見酒と洒落込もうというわけでもなさそうだが」
 風に長髪をなびかせて、背後の男は薄く笑う。フンと退屈そうに鼻を鳴らして、ギアッチョはそこでようやく彼に振り向いた。
「何、大した用件じゃあねーんだがよォォ~~
 ちょっと腹割って話でもしようや、ええ?ワルド子爵サマよ」
 帽子のつばを杖で押し上げて、ワルドは口の端をつり上げて嘯いた。
「いいだろう こんなに月の美しい晩は、誰かと話もしたくなる」




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