「ふむ、つまり何者かの妨害にあったと?」
「はい……」
学院長室では、オールド・オスマンがシエスタの報告に頭を悩ませていた。
昨晩、シエスタはマントに波紋を通し、ハングライダーのように空を飛んでいた。
だが滑空中に『エア・ハンマー』らしき魔法を受け、墜落死の危機に陥ったのだ。
「悪質じゃのう、こうなると生徒同士の問題は生徒同士で…という訳にもいかんし」
「はい……」
学院長室では、オールド・オスマンがシエスタの報告に頭を悩ませていた。
昨晩、シエスタはマントに波紋を通し、ハングライダーのように空を飛んでいた。
だが滑空中に『エア・ハンマー』らしき魔法を受け、墜落死の危機に陥ったのだ。
「悪質じゃのう、こうなると生徒同士の問題は生徒同士で…という訳にもいかんし」
シエスタは元平民であり、波紋という得意な魔法を使うのを理由として、魔法学院では生徒と同じ扱いを受けている。
つまりは、貴族扱い。
しかし貴族至上主義者が少なくないトリステイン魔法学院の貴族子弟達にとって、元平民のシエスタが簡単に受け入れられるはずはなかった。
つまりは、貴族扱い。
しかし貴族至上主義者が少なくないトリステイン魔法学院の貴族子弟達にとって、元平民のシエスタが簡単に受け入れられるはずはなかった。
オールド・オスマンには一つの誤算があった。
シエスタが吸血鬼を退治したのを理由に、『シュヴァリエ』の称号を得られるよう便宜を図ろうとしていたが、それがフイになってしまったのだ。
領地を持つことで得られる爵位ではなく、実力と功績によって与えられるシュヴァリエの称号をシエスタが得ることで、少しでも立場を固めようと考えていたのだ。
シエスタが吸血鬼を退治したのを理由に、『シュヴァリエ』の称号を得られるよう便宜を図ろうとしていたが、それがフイになってしまったのだ。
領地を持つことで得られる爵位ではなく、実力と功績によって与えられるシュヴァリエの称号をシエスタが得ることで、少しでも立場を固めようと考えていたのだ。
だが王宮からは、「シュヴァリエを得るには従軍が必要だ」との返事が返ってきたのだ。
近年、シュヴァリエを得ようと功績をねつ造する事件も報告されているので、審査が厳しくなるのは当然だった。
オールド・オスマンは、「タイミングが悪いのう」、とため息をついた。
近年、シュヴァリエを得ようと功績をねつ造する事件も報告されているので、審査が厳しくなるのは当然だった。
オールド・オスマンは、「タイミングが悪いのう」、とため息をついた。
「オールド・オスマン、私、自分で解決してみたいと思います」
シエスタの力強い言葉に、オスマンが驚く。
「ほう? 勝算はあるのかね」
「…………」
シエスタは無言で頷く。
「ならワシは余計な手出しはせんよ、じゃが一つ忠告をさせてくれんかの」
シエスタの力強い言葉に、オスマンが驚く。
「ほう? 勝算はあるのかね」
「…………」
シエスタは無言で頷く。
「ならワシは余計な手出しはせんよ、じゃが一つ忠告をさせてくれんかの」
「『勝者』でも『敗者』でもない、第三の立場を得るよう努力しなさい」
「第三の立場?」
「戦争に例えるとな、傷病兵を治癒する水のメイジのような立場じゃ。波紋は吸血鬼を打ち倒す……しかし、吸血鬼に先導された群衆は打ち倒せん。それを味方に付ける立ち回り方を学ぶんじゃ」
シエスタは少し考え込んだ後で、頷いた。
「……はい。」
「第三の立場?」
「戦争に例えるとな、傷病兵を治癒する水のメイジのような立場じゃ。波紋は吸血鬼を打ち倒す……しかし、吸血鬼に先導された群衆は打ち倒せん。それを味方に付ける立ち回り方を学ぶんじゃ」
シエスタは少し考え込んだ後で、頷いた。
「……はい。」
シエスタは学院長室を出た後、キュルケとタバサの二人を探し、波紋の訓練をしている教室へと来て貰った。
「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、お願いがあります。」
「私達に頼み? 何かしら」
「実は……」
シエスタが説明しようとしたところで、タバサが口を開いた。
「シルフィードから聞いている」
タバサは、シエスタが夜に波紋の訓練をして、その最中に魔法で邪魔された事など、シルフィードが見ていることを話した。
シエスタがそれに重ね、『エア・ハンマー』で突然襲われた話をする。
キュルケはその話を聞き、怒りが湧いてきたらしく、目つきが鋭くなった。
「悪戯にしちゃ度が過ぎてるわね」
このキュルケ、窓から男を焼き捨てたことなどすっかり忘れているらしい。
「で、その犯人を捜してほしいってところかしら?」
「いえ、違います」
シエスタの言葉にキュルケが驚く、タバサは無言のままだったが、シエスタをじっと見ている。
「これは私の問題です、危険もありますが、自分で解決しなければならないと思っています……お二人に頼みたいことは、それとは違うことです」
「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、お願いがあります。」
「私達に頼み? 何かしら」
「実は……」
シエスタが説明しようとしたところで、タバサが口を開いた。
「シルフィードから聞いている」
タバサは、シエスタが夜に波紋の訓練をして、その最中に魔法で邪魔された事など、シルフィードが見ていることを話した。
シエスタがそれに重ね、『エア・ハンマー』で突然襲われた話をする。
キュルケはその話を聞き、怒りが湧いてきたらしく、目つきが鋭くなった。
「悪戯にしちゃ度が過ぎてるわね」
このキュルケ、窓から男を焼き捨てたことなどすっかり忘れているらしい。
「で、その犯人を捜してほしいってところかしら?」
「いえ、違います」
シエスタの言葉にキュルケが驚く、タバサは無言のままだったが、シエスタをじっと見ている。
「これは私の問題です、危険もありますが、自分で解決しなければならないと思っています……お二人に頼みたいことは、それとは違うことです」
そして、シエスタが語ったのは、二人を驚かせるに十分な内容だった。
- 波紋は技術であり、平民とメイジの隔てなく、ある程度の習得が可能
- 水に波紋を流すことで、周囲の生物を探知できる
- メイジの索敵能力を高め、感覚を鋭敏にさせる効果
- 吸血鬼に対して絶大な攻撃能力を誇る
- ディティクト・マジックでも解らない吸血鬼や食屍鬼を、波紋で識別できる
- 人間を治癒する『水の秘薬』の効果を、劇的に高めることが可能であること
- 植物や水などを利用した精霊魔法に干渉し、ある程度なら無効化できること
- 波紋を利用して人間の思考を狂わせることも、治すこともでき、ディティクト・マジックに反応しない
- 波紋をメイジに供給することで、集中力、魔力のキャパシティが一時的に上昇する
- 生物の生命力を高めることで、毒や病の回復を促進する
- 食屍鬼になりかけの人間ならば波紋で元に戻すことが可能
- 若さを保ち、美容健康にとても良い
現時点でわかっている『波紋』の効能を、シエスタから説明され、キュルケは感心した。
タバサも表情こそ変わらないが、ほう、とため息をついて聞いていた。
「凄いじゃない……水の秘薬の効果が高まるなんて……具体的にはどのくらい?」
シエスタはマントを外すと、シャツのボタンを外し、肩を見せた。
そこには鋭利な刃物でつけられたような傷痕がついていたが、ほぼ治っている状態だった。
「この間、ギ……吸血鬼と戦ったんですが、その時に受けた傷です」
「あんた吸血鬼と戦ったの!?」
「はい、水の秘薬を使って、ここまで塞がりました」
「その傷を塞ぐのに秘薬を?」
キュルケが傷口をまじまじと見つめる。
「はい、100倍に希釈された水の秘薬を、一滴だけ分けて頂いたんです」
シエスタの言葉に驚く。
水の秘薬といえば、水の精霊の身体の一部であり、同じ量の黄金と同じかそれ以上に高額で取引されている。
シエスタの肩についた傷は、長さ12サント、深さはよく解らないが、浅くはないだろうと思えた。
それがごくごく少量の水の秘薬ですぐに塞がってしまうのなら、水の秘薬を取引している秘薬屋は、秘薬の暴落に嘆いてしまうだろう。
「水のメイジと協力すれば、より凄い効果があるかもしれないわね…ホント驚きだわ」
タバサも表情こそ変わらないが、ほう、とため息をついて聞いていた。
「凄いじゃない……水の秘薬の効果が高まるなんて……具体的にはどのくらい?」
シエスタはマントを外すと、シャツのボタンを外し、肩を見せた。
そこには鋭利な刃物でつけられたような傷痕がついていたが、ほぼ治っている状態だった。
「この間、ギ……吸血鬼と戦ったんですが、その時に受けた傷です」
「あんた吸血鬼と戦ったの!?」
「はい、水の秘薬を使って、ここまで塞がりました」
「その傷を塞ぐのに秘薬を?」
キュルケが傷口をまじまじと見つめる。
「はい、100倍に希釈された水の秘薬を、一滴だけ分けて頂いたんです」
シエスタの言葉に驚く。
水の秘薬といえば、水の精霊の身体の一部であり、同じ量の黄金と同じかそれ以上に高額で取引されている。
シエスタの肩についた傷は、長さ12サント、深さはよく解らないが、浅くはないだろうと思えた。
それがごくごく少量の水の秘薬ですぐに塞がってしまうのなら、水の秘薬を取引している秘薬屋は、秘薬の暴落に嘆いてしまうだろう。
「水のメイジと協力すれば、より凄い効果があるかもしれないわね…ホント驚きだわ」
感心するキュルケの横で、タバサは何かを考えていた。
「……解毒効果は?」
「まだよく解らないんです、ただ、オールド・オスマンは波紋を習得されてから『眠りの雲』にかからなくなった……と言っていました」
「そう」
「……解毒効果は?」
「まだよく解らないんです、ただ、オールド・オスマンは波紋を習得されてから『眠りの雲』にかからなくなった……と言っていました」
「そう」
「それで、お二人にお願いしたいことなんですが、波紋の研究のために協力して頂きたいんです」
「面白そうじゃない、美容にも良いんでしょう?それなら断る理由なんかないわよ」
「私も協力する、そのかわり、解毒作用についてより詳細な効果を知りたい」
「面白そうじゃない、美容にも良いんでしょう?それなら断る理由なんかないわよ」
「私も協力する、そのかわり、解毒作用についてより詳細な効果を知りたい」
「ありがとう、ございます」
シエスタは頭を下げ、二人に感謝の意を表した。
シエスタは頭を下げ、二人に感謝の意を表した。
「ところで、生物を探知するってどんな感じなの?」
「はい、それじゃあ……お二人とも私の手を握って下さいませんか?」
キュルケの質問に答えようと、シエスタが手を出す。
タバサが右手を、キュルケが左手を掴んだのを確認すると、シエスタは呼吸を整えて波紋を流し始めた。
「はい、それじゃあ……お二人とも私の手を握って下さいませんか?」
キュルケの質問に答えようと、シエスタが手を出す。
タバサが右手を、キュルケが左手を掴んだのを確認すると、シエスタは呼吸を整えて波紋を流し始めた。
「「「……!」」」
三人が同時に同じ方向を向く。
黒板の上、三人を見下ろすような位置から何かを感じた。
タバサが杖を取り出し、ディティクト・マジックを唱える。
光の粉が周囲を舞い、タバサの感覚にぼんやりと何かが写った。
黒板の上、三人を見下ろすような位置から何かを感じた。
タバサが杖を取り出し、ディティクト・マジックを唱える。
光の粉が周囲を舞い、タバサの感覚にぼんやりと何かが写った。
シエスタが出て行った後、オールド・オスマンは水パイプを吸おうとし、ちらりと秘書の机を見た。
ミス・ロングビルは用事があるとかで、外出中だった。
「やっぱり美女に怒られつつ吸うパイプの方が美味いのぅ」
ミス・ロングビルは用事があるとかで、外出中だった。
「やっぱり美女に怒られつつ吸うパイプの方が美味いのぅ」
そんなことを呟きつつ、『遠見の鏡』を見ると、そこにはシエスタの姿が映されていた。
場所は、シエスタが訓練に使っている教室だった。
傍らには二人の生徒、確かツェルプストー家の娘と、ガリアから来ているタバサという少女がいて、何かを話している。
オールド・オスマンは、波紋の研究を発展させるつもりでシエスタの立場を良くしようと画策していた。
だが、それとは別に、生徒としてのシエスタ、恩人の子孫としてのシエスタが魔法学院で友達を見つけてくれたのが嬉しかった。
場所は、シエスタが訓練に使っている教室だった。
傍らには二人の生徒、確かツェルプストー家の娘と、ガリアから来ているタバサという少女がいて、何かを話している。
オールド・オスマンは、波紋の研究を発展させるつもりでシエスタの立場を良くしようと画策していた。
だが、それとは別に、生徒としてのシエスタ、恩人の子孫としてのシエスタが魔法学院で友達を見つけてくれたのが嬉しかった。
鏡に映るシエスタは、波紋について説明しているようだった。
ふと、シエスタがタバサとキュルケの手を握ると、三人がオールド・オスマンの方を『見た』。
鏡の中ではすかさずタバサが杖を抜き、何かを呟いている。
唇の動きから『ディティクト・マジック』の類だと予測し、慌てて『遠見の鏡』を停止させた。
鏡の中ではすかさずタバサが杖を抜き、何かを呟いている。
唇の動きから『ディティクト・マジック』の類だと予測し、慌てて『遠見の鏡』を停止させた。
「ふぅ~、生物探知だけでなく、鏡越しの視線まで感じるのかの…いやはや、波紋は恐ろしいわい」
ぷかぁ、と煙を舞わせて、呟く。
「……波紋の効果を教えるのはあの二人か、それにしても波紋を用いた者は、勘が鋭くなるのかのう?」
ぷかぁ、と煙を舞わせて、呟く。
「……波紋の効果を教えるのはあの二人か、それにしても波紋を用いた者は、勘が鋭くなるのかのう?」
いずれにせよ、シエスタの監視は難しくなってしまった。
オールド・オスマンは水パイプを吹かしながら、机の上に置かれた一枚の報告書を手にした。
そこにはアルビオンで『鉄仮面』とも『石仮面』とも呼ばれる傭兵が、鬼神のような活躍で貴族派の包囲網を突破した、と記されていた。
オールド・オスマンは水パイプを吹かしながら、机の上に置かれた一枚の報告書を手にした。
そこにはアルビオンで『鉄仮面』とも『石仮面』とも呼ばれる傭兵が、鬼神のような活躍で貴族派の包囲網を突破した、と記されていた。
「石仮面か……リサリサ先生の仰っていた『DIO』や『柱の男』のように、吸血鬼の王国を作られる前に殺さねばならん……」
オールド・オスマンは、再度、遠見の鏡に魔力を込めた。
鏡に映るシエスタ達は、既に手を離している、今度は視線には気づかれないだろう。
丁度鏡の向こうでは、シエスタが『石仮面』のことをキュルケとタバサに説明しているところだった。
キュルケとタバサの顔が、心なしか青ざめている気がする。
青ざめるのも無理はないだろう。
かつての級友は『勇敢に戦って死んだ』のではなく『操られて死んだ』のだと告げられたのだ。
鏡に映るシエスタ達は、既に手を離している、今度は視線には気づかれないだろう。
丁度鏡の向こうでは、シエスタが『石仮面』のことをキュルケとタバサに説明しているところだった。
キュルケとタバサの顔が、心なしか青ざめている気がする。
青ざめるのも無理はないだろう。
かつての級友は『勇敢に戦って死んだ』のではなく『操られて死んだ』のだと告げられたのだ。
波紋の研究を手伝ってほしいというのも、吸血鬼として人を襲うルイズを殺すため。
オールド・オスマンにも、石仮面への怒りがあった。
人間だったルイズのためにも、吸血鬼と化した『ルイズだった者』を、一刻も早く殺さなければならない。
人間だったルイズのためにも、吸血鬼と化した『ルイズだった者』を、一刻も早く殺さなければならない。
そう決意していた。
だが一つ誤算があったとすれば、オスマンは、石仮面の恐ろしさ『だけ』に、心を奪われていた点だろうか。
ゼロと揶揄された生徒は、オスマンが考えている以上に、誇り高かった。
人間であり続けようとする程に。
ゼロと揶揄された生徒は、オスマンが考えている以上に、誇り高かった。
人間であり続けようとする程に。
- 現時点で波紋を『技術』だと知る者
- オールド・オスマン、ミス・ロングビル、シエスタ、キュルケ、タバサ
- ルイズが吸血鬼だと知る者
- オールド・オスマン、ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ
- 石仮面でルイズが吸血鬼化したと知っている者
- オールド・オスマン、ミス・ロングビル
- 『石仮面』と名乗る吸血鬼に、ルイズの肉体が乗っ取られたと思いこんでいる者
- シエスタ、キュルケ、タバサ
- ルイズが正気だと知っている者
- ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ