ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

エレオノールの来訪者

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匿名ユーザー

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 ある日、私が勤める職場――
 トリステイン王国が誇る王立魔法研究所(アカデミー)に、新しい研究員が来訪した。薄気味の悪い男だった。歳の頃ならば、私の両親よりも遥かに年上だろう老人だ。この世の全ての物を実験材料として見ているかのような、まるで獲物を狙う爬虫類を思わせる男。
 彼に対する第一印象をはっきり言えば、私はその男が気に入らなかった。

 確かに、私の所属するアカデミーの風聞は誉められたものでは無い。魔法技術の発展の為にはあらゆる犠牲を厭わず、非人道的な人体実験など日常茶飯事。そんな噂がまことしやかに流れる程に、世間からの評判は最悪だった。
 だが、少なくとも私がこの職場に勤め始めるようになってからは、そんなことは一度たりとて行われていない。かつての『実験小隊』が行っていたような非道の行為など、到底許せる物ではない。そうでなければ、誰がそんなマッドサイエンティスト共の仲間になどなるものか。

 しかし、そうした風聞を踏まえて言うならば、その新しい研究員はまさにアカデミーのイメージにぴったりの男だった。隙あらば同じ職場で働く我々すら『解剖』しかねないような、危険な雰囲気が彼からは感じられた。
 だが間も無くして、そんな彼の雰囲気など気にならなくなる程の、何とも奇妙なことが判明した。
 彼は我々のようなメイジでは無かった。
 魔法の力を使えない、ただの非力な平民に過ぎなかった。
 これはお笑いだ。
 ハルケギニアでも一、二を争う魔法技術の研究機関であるこのアカデミーの一員に魔法を使えない平民が入ってくるなどとは!
 その事実が判明した途端、アカデミーの研究員達は彼に対して侮蔑と嘲笑で以って接するようになった。
 当然だろう。
 このハルケギニアの社会において、貴族と平民の身分関係は厳格なものだ。
 ましてや、トリステイン王国のメイジの中でも、エリート中のエリートしか入ることを許されないアカデミーにおいて、彼のような平民が研究員として招聘されることなど何かの間違いにしか思えなかった。
 私も含めて、誰もがそう思っていた。
 だがその考えは、大きな間違いに過ぎなかったことを、私達は思い知らされることとなる。

 彼は天才だった。
 あらゆる科学技術に通じており、特に生物学に関する知識は、他のアカデミーのどの研究員よりも上だった。
 それだけに留まらず、彼は己自身が持つ知識と、今までアカデミーが蓄積し続けて来た魔法の技術体系を組み合わせ、それまで私達メイジが思いつくことのなかった全く新しい魔法の応用法を次々に編み出して行った。
 彼がアカデミーの中で急速に発言力を高めていったのは、自明の理だったと言えるだろう。
 気が付けば、平民だからという理由だけで彼を蔑む者は誰一人いなくなっていた。


 そしてある日、彼は私の妹カトレアの話を聞き付けて、私にある提案を持ち掛けて来た。

「私の持っている薬を使えば、妹さんの体を治療することが出来るかもしれない」

 彼は確かにそう言って来たのだ。
 生まれた頃から病弱で、今も満足に外を歩くことすらも叶わない、可哀想なカトレア。
 私も、父も母も、末の妹ルイズも、誰もがカトレアのことを心配していた。
 それだけでは無い。
 奉公人として働く平民達も含めて、ヴァリエールの家で妹の身を案じぬ者などいなかった。
 今までも、私達は何度となくカトレアの体を治す為に八方手を尽くして来た。
 だがその全ては徒労に終わった。
 私がアカデミーの研究員に加わった理由の一つには、カトレアの負担を少しでも軽くする為の手段を探し出して、妹に思う存分外の世界を歩いて欲しかったと言うのもある。
 それに、不安もあった。
 今まで何度試しても駄目だったのに、今更この男が言う薬などで何とかなると言うのか?
 そもそも、万が一その方法が失敗したら、カトレアの身はどうなってしまうのだ?
 彼の言う薬が、カトレアの身体に更なる負担を掛けてしまう保証は無いと誰が言えるのだろう!


 私はその時は一度、彼への返答を保留した。
 今は遠いトリステイン魔法学院に通うルイズは兎も角として、父と母、そして他ならぬカトレア自身ともこの件について良く話し合う必要があると思ったからだ。
 私の一存だけで、カトレアの治療を無理強いさせることは出来ない。
 その日、ヴァリエールの家に帰った私は、夕食の席で家族に向けてその話を口に出した。
 父と母は揃って、カトレアの治療に難色を示した。
 幾ら相手がアカデミーの研究員とは言え、ただの平民如きに大切なカトレアの治療を任せることなど出来ないと言うことだった。
 まあ、それも当然だろう。
 私も両親の立場だったら、きっと同じことを言ったに違いない。
 ヴァリエールの家に暮らす者にとって、カトレアは等しく大切な存在なのだ。
 そのカトレアの身にもし何か間違いがあったとしたら――
 両親が口にした不安は、尤もな話なのだ。

 やっぱり、この話は断ろう。
 そう考えかけた私の意志を覆したのは、他ならぬカトレアの一言だった。

「姉さまの御友人の方が仰ることならば、間違いは無いと思います」

 それから、静かな声でカトレアは「その治療を受ける」と答えた。

 他ならぬ妹の口からそんな言葉を聞かされて、両親は強く反対した。その内容は先程、私に向けて言った反論と全く同じものだった。ただ少し、先程よりも言葉の中に強い感情が込められていたが。

 だが、妹もまたそんな両親の血を受け継いでいる。
 普段は大人しくて物静かな優しい子だと言うのに、一度こうと決めたら梃子でも動かない。
 長い口論の末に、結局折れたのは両親の方だった。
 やはり父や母にしても、カトレアの病弱な体質を治してやりたいという気持ちがあったのだろう。
 普段の両親を知っている私からすれば、寧ろ拍子抜けする程あっさりと、カトレアへの治療が許可されることとなった。


 ――そして、その時が、私と妹の運命を決定付けた最後の瞬間だったのだ。


 ヴァリエールの家にやって来たその男がカトレアに施した治療は、何とも簡素な物だった。たった僅かな時間の治療で、今までか弱かったカトレアの身体にみるみる活力が溢れ出して行き、数日もすれば、一人で馬に乗って遠出が出来る程の体力が身に付いていた。
 私は喜んだ。
 父も母も、ヴァリエールの家で暮らす全ての者が、そんな妹の姿に心から喜びを覚えた。

 だが、一週間も過ぎた頃から、妹の様子が少しずつ変わっていった。
 まず最初に、あの子が大切に世話をして来た筈の動物の姿がいなくなった。

 殺されたのだ。

 ある者はグズグズにその体を溶かされて。
 ある者は全身をバラバラに引き裂かれて。
 ある者は跡形もわからぬ程にその身を焼き尽くされて。

 最初の内は、ヴァリエールの家に明確な悪意を持つ何者かの嫌がらせでは無いかと思われた。
 だが、だからと言ってこれほど残酷な方法で動物達を殺す必要があるのか?
 そもそもどうやって、警戒厳重なヴァリエールの屋敷に忍び込むことが出来たと言うのか?
 他にも様々な要因が積み重なって、結局その事件の実行犯はわからず終いだった。


 そして何よりもおかしかったのは、当のカトレア自身が然程哀しんでいるように見えなかったのだ。
 妹は、目の前で誰かが傷付けば、まるで我が事のように相手の身を案じる心優しい子のはずだ。
 そして、殺されたのは今まであれほどあの子が大切にしていた動物達だと言うのに、一体何故――?


 私の中に芽生えた違和感は、日を追う毎にどんどん膨れ上がって行く。それはまるで、回復の一途を辿るカトレアの体調と正比例するかのようだった。
 そして、その正体が判明するのは、術後の経過を見るという名目で、カトレアに『治療』を施したあの男が、ヴァリエールの家を訪れた時のことだった。


 突然にカトレアの部屋から男の悲鳴が聞こえると共に、私は迷うことなく妹の部屋へと飛び込んだ。
 そこにいたのは、以前に殺された動物達と同様、手首を溶かされ、体を大きく切り裂かれた男。
 そして――その姿を異形の化け物へと変えて、男に対して襲い掛かるカトレアの姿だった。

「ウオオォォォ~~~~~ムバルバルバルッ!!」

 人間の物とは到底思えぬ咆哮を上げて、かつてカトレアであった『もの』は私に向けて飛び掛って来る。既に病弱だった頃の妹の面影など微塵も感じさせない、凄まじい速度であった。
 床に転がった男が、満身創痍の状態でありながらも「奴の頭に向けて火の魔法を使え」と絶叫する。
 その言葉を受けて、咄嗟に私は普段から忍ばせていた魔法の杖を取り出して、手に握る。
 だが、妹の動きは私のそれを遥かに上回っている。
 あっさりと私の腕を掴み取り、目の前の男のように私の体を溶かすべく、妙な液体を流し込んで来る。激痛に顔を顰めながらも、私は魔法で生み出した炎を、異形と化した妹の顔面に向けて叩き込む。

「ウオオオオオ~~~ム!!」

 顔に炎を纏ったカトレアは苦悶の悲鳴を上げながら、化け物の姿のまま自分の部屋を飛び出して行く。
 私は妹を追うよりも先に、重傷を負って息も絶え絶えのその男から、全てのからくりを聞き出すことにした。


 まず最初に、自分はとあるメイジの手によって異世界から召喚された人間であるとその男は語った。
 彼はある組織で働いていた研究員であり、カトレアの治療に使ったのは、彼が生み出した化け物の幼生体だと言う。
 その化け物は、人間に寄生することで、寄生した人間の体を乗っ取って圧倒的な力を与えること、化け物の幼生体と共に召喚された彼は、元の世界では完成させられなかった化け物を今度こそ完璧なものとすることを条件に、とある貴族の口利きでアカデミー入りしたこと、そこで学んだ技術を基にして更に化け物に改良を加えたこと、その実験材料として妹を選んだのだと言うことを語った。

「より完璧な『バオー』を生み出すことで、軍事的にも医学的にも我が『ドレス』は優位に立つ!そしてもし、地球に戻れなくとも『バオー』さえ完成すれば私がこの世界を支配することも出来ようッ!その為に私は、『バオー』を完全に制御する為の品種改良をも行ったのだ!」

 命の灯火が消える直前、狂気に満ちた瞳で男は語った。
 だが結局、彼の目論見は失敗し、妹はただの化け物へと成り代わってしまった。
 誰の命令も受け付けずに、今や無差別に殺戮を繰り返すだけの、ただの化け物に。


 許せなかった。
 あの男の下らない野望の為に、心優しいカトレアはあんな姿になってしまった。
 だが最も許せないのは自分だ。
 あんな悪魔のような男の口車に乗せられて、愛する妹を化け物へと変えてしまったのだ。
 それはカトレアを愛した、父や母、末の妹、そしてヴァリエールの家の者全てに対する裏切りだった。


 ごめんなさい、私のカトレア。
 馬鹿なお姉ちゃんがやったことは、決して許しては貰えないことだけど。
 せめて、これ以上あなたに辛い思いはさせないから。


 私は魔法の杖を握り締めながら、逃げたカトレアを追う。
 かつては戦場でその名を馳せた父も母も、今は公用で家を空けている。
 私一人で何とかせねばならない。私が、カトレアを止めるのだ。
 あの化け物は『火』に弱い。そして化け物の本体がいる頭を潰し、焼き払えば、その活動を停止する。
 先程死んだ男から聞かされた話を思い返しながら、私は屋敷中を駆けてカトレアの姿を探す。
 その内に、かつての動物達と全く同じ方法で殺されていた奉公人達の死体が目に入ってくる。
 焼かれ、突き刺され、溶かされ、切り刻まれた彼らを殺したのは、私なのだ。
 ヴァリエールの屋敷に住む家族をその手で殺めることなど、優しいカトレアには出来るわけが無い。
 私は自分の犯した罪を真正面から見据えながら、とにかく、走る。

「バルバルバルバルバル……!」

 そして、ついに見つけた。
 中庭に立ち尽くして咆哮を上げるカトレアの姿を。
 それはまるで、あの子が小さい頃に悪い夢を見て、私や母様に泣き付いていた時のよう。


 今、カトレアは夢を見ているのだ。
 意地悪な悪魔のせいで、永遠に覚めることのない悪い夢を。
 大丈夫だよ、カトレア。今から、お姉ちゃんがあなたを助けてあげるから。
 私は愛する妹を意地悪な悪魔から解き放つ為に、魔法の杖を強く握り締める。




 どのくらいの間、私達はそうしていたのだろうか。
 ゆっくりと全身を炎に包まれたカトレアの体が、地面へと崩れ落ちて行く。
 それと共に、私の身体も力を失って、カトレアの上に覆い被さるようにして倒れる。

 もう指先一つ、動かせる力は残っていない。
 顔にかけた眼鏡は砕け散り、体のあちこちは元の形を留めていない部分の方が多いくらいだ。
 そして、それはカトレアの方も同じだった。
 母様譲りの綺麗な髪も、雪のように白い肌も、腹立たしいほど豊かで女性的な体付きも。
 あの美しかった妹の姿は、何度と無く私の魔法を浴びた今の姿からは連想出来ない。

 だが、今はもう化け物に操られて、さっきのように暴れ回るようなことは無かった。
 身動ぎ一つせずに、カトレアは私の下で静かに眠っている。
 何だか懐かしい。
 こうして妹と一緒に眠るなんて、一体何年ぶりなのだろうか。


「こ、これは……姉さまッ!?一体どうなさったんですか、エレオノール姉さま、ちい姉さま!!」


 ぼぉっとしてきた頭に、誰かの声が聞こえて来る。
 誰だっけ。どこかで聞いたことがある気がする。凄く久しぶりに聞くような、声。



「姉さま!しっかりしてください!姉さま!姉さまッ!!」


 ああ、思い出した。ルイズだ。私達の一番下の妹のちびルイズ。
 そういえば最近、カトレアの様子を見に帰って来るとかって言ってたっけ。

 でもね、ちびルイズ。私は今、とても眠いのよ。
 見てご覧なさい、カトレアだって疲れてぐっすり寝ているでしょう?
 何時まで経っても、あなたってば本当に甘えん坊なんだから。
 たまには、お姉ちゃん達だってゆっくり休ませて欲しい時もあるのよ。


「どうか目を覚ましてください!お願いです、カトレア姉さまぁ!エレオノール姉さまぁッ!」


 うるさい。ああ、うるさい。
 カトレアお姉ちゃんはね、今までずっと恐い夢を見てたの。だから、エレオノールお姉ちゃんは恐い夢を見せる意地悪な悪魔をやっつけたのよ。
 あなたにも今度そのお話をしてあげるから、今はお姉ちゃん達を寝かせて欲しいな。


 ………………


 うん。大丈夫だよ。
 あなたがもう恐い夢を見ないように、お姉ちゃんがずっと側にいてあげるから。





 おやすみなさい、カトレア。


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