ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十一章 惚れ薬、その傾向と対策

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匿名ユーザー

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 タバサがネズミを倒した店では、報告を受けて出動した衛兵たちは火事場泥棒の防止や現場の保存に努めていた。周囲には物見高い住人が人垣を作っている。
「何があったんだい?」
 野次馬たちの一人が声をかけられ、振り向くと、フードを被った女がいた。
「火事があったんだよ。結構激しくてな」
「へぇ、参ったね……。用事があったんだけど。店主はどこか知ってる?」
 野次馬は燃えた建物が店と知っていることから、女が同じ裏の人間だとわかり、少し口が軽くなる。
「行方不明だと。逃げ遅れたのか、それとも雲隠れしたのか。それとも……。
まあ、とりあえず捕まっちゃいないようだな」
 女はフーケだった。知り合いの店に人垣が出来ていたので、立ち寄ってみたのだが、思ったより大事になっていたらしい。
「やれやれ、心配だね……」
 前回、老婆を訪ねたときの『人生最後』という言葉がフーケには引っかかっていた。
「他に何か、知らない?」
「そうだな……。火事があった後、店から出て来た奴がいたぜ。メイジみたいなガキだったが……」
 フーケの目が細められた。
「メイジ? どんな奴だい?」

第二十一章 惚れ薬、その傾向と対策

 袖を引かれ、リゾットは立ち止まった。袖を引いたのは後ろを歩くルイズではなく、横を歩いていたタバサだ。
「どうした?」
 タバサの視線を追うと、そこには露天商が品を広げていた。
「……まさか、何か買って欲しいのか?」
 先ほどルイズが買ったペンダントについて自慢していたため、そう言ったが、リゾット自身がそれはないな、と内心で否定していた。タバサが物を欲しがるタイプには見えないからだ。それだけにタバサが頷いた時、リゾットは驚いた。
「……なぜ俺に頼む? お前は金に困っているわけじゃないだろう?」
 思わず訊くと、タバサはしばらく黙っていたが、俯いてポツリと答えた。
「貴方に何か買って欲しい」
「……俺に?」
「そう」
 タバサなりの冗談なのかとも思い、リゾットは彼女の表情や仕草を注意深く観察する。だが、そこからは嘘や演技は読み取れなかった。
 リゾットとルイズが驚きの余りしばらく硬直していると、タバサは首を小さく傾げた。
「……ダメ?」
「いや、構わないが……」
 タバサには何度も助けられている。小物一つ買うくらいなんてことはない。
 気を取り直して露天商を覗く。主に銀細工を扱っている店のようだった。様々な小物が並んでいるが、タバサの趣味がわからないので選びようがない。
「何か、欲しいものはあるか?」
 尋ねられたタバサは顔を赤らめて首を振る。
「貴方が買ってくれるなら、何でもいい」
「……分かった」
 体調も悪そうだし、情緒が不安定なのだろう、と無理やりな判断を下し、リゾットは商品に視線を戻す。買うからには無駄にならない物を選びたい。
 しばらくして、リゾットは銀細工をあしらったしおりを手に取った。露店で売っているにしては凝った意匠で、中々の逸品に見えた。
 店主に金を支払い、そのしおりをタバサに手渡す。
「ありがとう」
 タバサはそれを宝物であるかのように両手で受け取ると、そっと本に挟んだ。
「な、な、何でわざわざリゾットに買ってもらうわけ?」
 ようやく再起動したルイズが震える声でタバサに訊く。タバサはその質問に小さく首をかしげた。ルイズがペンダントを買ってもらったと聞いて自分も何か買ってもらいたくなったのだ。その感覚自体は今までにも幾度か感じていた。ただ、今ほど激しくなかっただけだ。今、ようやくそれが何か分かった。

「これが……」
 何事か、小さく呟くと、タバサは身を翻して雑踏の中に消えた。
 それを見送るリゾットの背中に、空気が凍るような冷たい声が掛けられる。
「リゾット……。あんた、タバサに何をしたわけ?」
 振り返ると、ルイズはぎろり、と音が出そうな勢いでリゾットを睨んでいた。だが、リゾットの方にもまるで心当たりがない。
「特に何もしていない」
「嘘! あのタバサがあんな風になるなんて、どう考えてもありえないじゃない!」
「同感だが……。デルフ、お前は心当たりあるか?」
「いや、さっぱりだね」
 ルイズは困惑するリゾットをしばらく唸りながら睨みつけると、八つ当たり気味に脛を蹴りつけた。リゾットは足を上げてそれをかわす。自分の身に覚えがないことで蹴られる道理はない。
「帰るわよ! しっかりエスコートしなさい!」
「分かった。また後ろをついて来い」
 リゾットが先に立って歩き出す。ルイズはその後ろに寄り添うようについていった。

 部屋に帰ってきた頃にはもう既に日が落ちていた。ルイズは、ベッドの上に横たわると、始祖の祈祷書を開いた。機嫌は持ち直したらしい。
 リゾットは買ってきた服を自分の衣装箱にいれ、床に座り込んだ。特にやることもないので、ハルケギニアの文字の勉強を始めることにする。最近色々とやることが多くてサボりがちだったため、幾らか忘れているかと思ったが、覚えた単語についてはすんなり読めた。
 しばらくそうやって勉強していると、視線を感じた。顔をあげると、ルイズがリゾットをじっと見ている。
「何だ?」
「退屈。何か話して」
「どんな話だ?」
「何でもいいわよ。ご主人様が退屈なんだから、お相手しなさい」
 突然そんなことを言われても話題を思いつくわけがない。リゾットはしばし考えていたが、やがてルイズの抱えていた始祖の祈祷書に目を留めた。
「お前の『虚無』の呪文は、その本に書かれているんだったな」
「そう。私がこの『水のルビー』を嵌めると、白紙に浮かんで見えるの」
「この間は爆発だったが、他にも使えるのか?」
 ルイズは首を振り、杖を取り上げた。
「他には何の呪文も浮かんでこないの。肝心の『エクスプロージョン』にしても……」

「問題があるのか?」
 頷くと、ルイズはゆっくりと呪文を唱え始めた。
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」
 そこまで唱えて、耐え切れなくなったようにルイズは杖を振る。直後、部屋の隅に置かれていたリゾットの毛布が爆発して飛び散った。
 そしてルイズは白目をむいて、ばたりとベッドに崩れ落ちた。
「おい、ルイズ! どうした!?」
 リゾットはルイズを抱き起こし、揺さぶりながら頬をぺちぺちと叩いた。しばらく揺さぶると、ルイズをぱちりと目を開けた。
「あうぅぅぅ……」
「起きたか……。大丈夫か?」
 頭を振ると、ルイズは自分が抱きかかえられていることに気付き、頬を染めた。
「は、離して。ちょっと気絶しただけだから……」
「ああ……」
 リゾットはルイズを床に立たせた。
「今のは?」
「うん……。最後まで『エクスプロージョン』を唱えられたのは、あのときの一回だけで、それから何度唱えようとしても、途中で気絶しちゃうの。一応、爆発は起きるんだけど」
「どういうことだ?」

「多分、精神力が足りないんだと思う。魔法の源が精神力だって言う話はもう知ってるわよね?」
「ああ……」
 毎回授業に出ていたリゾットは魔法についての基礎知識は大体把握している。重ねる系統が一つ増えるごとに精神力の消費はおよそ倍になり、クラスが一つ上がるごとにその消費量が半分になる。
 威力だけでなく、使える魔法の回数においても、クラス間の差は大きいのだ。
「つまり、お前が今、気絶したのは精神力が切れたからか?」
「そう。無理するとさっきみたいに気絶しちゃうわ。呪文が強力すぎて、私の精神力が足りないんだわ……」
「この間はどうして使えたんだ?」
「そうね……。どうしてなのかしら……。それが疑問なのよね……」
「普通に考えれば、長年溜まっていた精神力が爆発した、ということだと思うが……」
 ルイズははっとした顔になった。
「そうかもしれないわ……」
「何か心当たりがあるのか?」
「ええ。スクウェアメイジといえど、スクウェア・スペルはそう何度も唱えられないの。下手すると、一週間に一度、一月に一度だったりするの。例えば、スクウェア・クラスの『錬金』は黄金を生み出せるけど、何度も唱えられないし、造れる量もわずかだから世の中が贋金だらけにならない」

「…………」
「つまり、強力な呪文を使うための精神力が溜まるのには、時間がかかるってことなの。私の場合も、そうなのかもしれないわ」
「大体どれくらいで溜まるんだ?」
「わかんないわ。自分でも……。一月なのか、もしかしたら一年なのか……」
 ルイズは考え込んでしまった。
「しかし、呪文を唱えるのが途中でも効果が出るものなのか? 確か、途中で止めた場合は何も起きないと思っていたが……」
「そうね。やっぱり『虚無』は特別なのかも。呪文詠唱が途中でも効力を発揮するんだもの。他にそんな呪文、聞いた事がないわ」
「こういうのもなんだが……使い勝手が悪いな」
 いつ、どれほどの威力で使えるか分からない能力というのは、戦術や戦略を立てる側からすると戦力に計上しづらい。そういう意味から言えば、『錬金』や『レビテーション』などの基礎的な魔法の方がまだ使える。
「う……。ま、まあ、これ一つっていうことはないだろうし、もっと使い勝手がいい魔法があるわよ、きっと。それに、簡単なコモン・マジックは成功するようになったの。それでとりあえずは我慢するわ」
 ルイズはうんうん、と自分を励ますように頷いた。リゾットはそれを見て、若干安心した。突然、強力な力を手に入れると、その使い手は往々にしてその力を持て余す。虚無の魔法の威力次第だったが、この使い勝手の悪さだとそういった心配は無用のようだ。

「じゃ、そろそろ寝るわ。着替えるから、向こう向いていて」
 リゾットはルイズに背を向けると、爆発で布切れになった毛布を片付ける。
「ん、いいわよ」
 リゾットが毛布の残骸を部屋の隅に纏め終わった頃、ルイズは着替え終わり、もそもそと布団の中に潜り込んだ。片手だけ外に出してくるので、リゾットはその手を握った。最近、毎晩こうしないとルイズは眠らないのだ。
 しばらくそうしていると、ルイズが布団から顔だけ出し、部屋の隅にまとめられた毛布の残骸を見た。
「そういえば、あんたの毛布、ふっ飛ばしちゃったのよね……」
「気にするな。実際に爆発の程度を知ることが出来た」
 しばらく間があって、言いにくそうにルイズが言った。
「でも、毛布を台無しにしたのは私よね……。責任を取る必要があるわ。いつまでも、床ってのはあんまりだし。だから、その……ベッドで一緒に寝てもいいわ」
 だが、リゾットは首を振った。
「……いや、遠慮しておこう。気遣いは無用だ」
「何で? ご主人様が気を使ってあげてるのに」
 むっとしたルイズに、リゾットは淡々と答える。
「狭いし、俺は人が近くにいると眠れない」
 それは暗殺者として培った悲しい性質なのだが、ルイズには口実と取られたらしい。ルイズは布団を頭から被り、中から拗ねたような声を上げた。
「……ならいいわ。床で寝てなさい」
 それからしばらくして、リゾットは握った手と息使いから、ルイズが眠ったことを確認した。

 その後、自分も眠ろうとしていたリゾットは廊下を誰かが歩く気配に目を開いた。誰かがトイレでも行こうとしているのかと思ったが、気配の持ち主は部屋の前で立ち止まっている。
 リゾットは音もなく立ち上がると、ナイフの位置を確認し、扉を開ける。暗い廊下にタバサが立っていた。
「タバサか……。どうした、こんな夜中に?」
 ルイズが眠っているため、声を潜めて尋ねる。
「相談がある。私の部屋まで来て」
「……今か?」
 暗闇の中でタバサが頷いた。
「体調はもういいのか?」
 再び頷いた。
「分かった。なら行こう」
 タバサについて、廊下を歩く。道中、二人は口を開かなかった。階段を上り、五階のタバサの部屋についた。タバサは中へ入る。
「どうぞ」
 リゾットは戸口で立ち止まっていたが、タバサに促され、中に入る。タバサがベッドに腰掛けたので、リゾットは空いている椅子に座った。
 そのまましばらく、タバサは何も言い出さなかった。リゾットを何度か見るのだが、結局何も言わず、また俯く。
 沈黙が部屋を支配した。お互い、無駄口を叩くタイプではないが、相談があるといわれたのに何も話さないのはどうも居心地が悪い。

「相談と言うのは?」
 仕方なく、リゾットから話を振ってみた。タバサはしばらく躊躇するように口を開いたり閉じたりしていたが、やがて俯いて言った。
「一緒にいて欲しい」
「……どういうことだ?」
 タバサが顔を上げる。その白い頬がほんのりと色づいていた。
「……会いたいと、思った」
「俺に?」
 リゾットの怪訝な声に、タバサは頷く。
「会えばきっと辛くなる。でも、貴方が近くにいなければ、情緒が安定しない」
「……」
 リゾットはじっとタバサを見つめた。その表情は熱に浮かされているようではあるが、やはり嘘や演技、企みの類は読み取れない。
「何かがおかしい。でも原因が分からない。このままだともうすぐ取り掛かる任務に支障がでる。解決するまで、一緒にいて欲しい」
 タバサはそう言うと、熱っぽい目でリゾットを見つめた。こちらを頼り切ったような、それでいて断られることに対する不安に怯えているような、何ともいえない光がタバサの瞳をよぎる。
「……分かった。出来る範囲で、だが力を貸そう」
 こくり、とタバサが頷く。相変わらず無表情なのだが、どことなく嬉しそうに見えるのが印象的だった。

「とりあえずもう遅い。今夜はひとまず帰る。俺も少し眠りたいからな」
 席を立って扉へ向かうと、リゾットは袖を引かれた。振り返ると、タバサがコートの袖を掴んで不安そうにリゾットを見上げている。
「……行かないで」
「一緒にいる、というのは今からなのか?」
「貴方がいなければ多分、眠れない」
 リゾットは少し考えた。
「……分かった。お前が寝るまでは側にいる。それでいいか?」
「いい」
 リゾットがベッドの端に腰掛けると、タバサは布団の中に入った。リゾットはそのままタバサが寝付くのを待つ。ふと、手が伸びてきて、頭巾を取られた。
 振り返るとタバサがリゾットの頭巾を抱きしめていた。
「おい……」
 取り返そうとすると首を振る。
「これで我慢する」
 こうまで態度を豹変させられるとどう扱っていいかわからない。仕方なく頭巾は諦め、タバサがこうなった原因を考える。
 そこでふと、モット伯の屋敷を襲ったときにフーケが持ち出した薬のことを思い出した。あのとき、確かに惚れ薬がどうとか言っていた。魔法が存在する世界だ。惚れ薬の一つや二つあってもおかしくない。
(実際にどういう効果があるか、フーケに訊いてみるか……)
 考えをまとめているうちに、タバサは安心しきった顔で眠っていた。リゾットはそれを確認すると、足音を消し、部屋から出て行った。

 翌朝、ヴェストリ広場でいつも通り訓練を行うリゾットのところへ、タバサがやってきた。特に何をするでもなく、その場で本を広げて読み始める。
「また組み手でもするか?」
 一応、聞いてみるがタバサは首を振った。その顔色を見る限り、どうやら一晩たっても症状は改善されたわけではないようだ。
 基礎筋力トレーニング、格闘技術訓練、スタンドの操作訓練と、一通りこなして水場で汗を流していると、シエスタがやってきた。タバサに気がつき、少し意外そうな顔をする。
「おはようございます、リゾットさん、ミス・タバサ」
「ああ……」
 シエスタから飲み物を受け取る。
「シエスタ、頼みがある」
「はい、何でしょう?」
「暇があるときでいい。これを修理してくれ」
 今までの戦闘で破損した衣類を取り出す。
「汚れは自分で落としたんだが……」
「ああ、縫うんですね?」
「面倒掛けてすまない」
 シエスタはそれを受け取り、クスッと笑った。
「どうした?」
「いえ、リゾットさんって何でもできるイメージがあったので……」
「……そう見えるだけだ」

「そういえば最初はお洗濯もできませんでしたね。大丈夫ですか? 何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」
 デルフリンガーがカタカタと鳴った。
「生活能力のねー兄貴としっかり者の妹か、お前らは」
「あははははは……。私、お兄さんはいませんよ? 弟ならいますけど。
 それじゃあ、確かに受け取りました。私はまだ仕事があるので、これで」
 シエスタが笑い声をあげ、一礼すると帰って行った。
 リゾットが踵を返すと、タバサがじっとこちらを見ている。
「何だ?」
「シエスタが好きなの?」
「いや、そういう関係じゃない。あの家事能力は尊敬しているがな」
「そう……」
 本を閉じると、リゾットの後をついてくる。何となくその光景は雛が親鳥の後をついて歩く様を連想させた。
「これからルイズを起こしに行くが……ついてくるのか?」
 タバサは頷いた。
「邪魔はしない」
「構わないが……」
 ルイズは確実に不機嫌になるだろう、と思うと少し困った。
「一緒に居たい」
 何の裏もない、純粋な態度にリゾットは弱い。渋々了承した。
「……分かった」

 ルイズの機嫌は悪かった。何故といえば、自分の使い魔のせいだ。リゾットが何か仕事でミスしたわけではない。いつもの時間にルイズを起こしたし、食堂で椅子を引くことも忘れなかったし、授業にもついてきた。問題はそこではない。
 その間、何故かずっとタバサが一緒にいたのだ。邪魔をしたりするわけでもないし、本を読んでいるだけなのだが、リゾットとの距離が近いのが気になった。
 教室でタバサがリゾットの隣に座ると、ルイズの我慢は遂に限界を迎えた。
「もう、タバサ、貴方、一体何がしたいのよ!?」
「彼と一緒に居たいだけ」
『なっ!?』
 ルイズはもちろん、騒ぎを聞きつけて近くに来たキュルケも驚いた顔をしている。
「う、うう~…どうせ本を読んでるだけじゃない! 別にリゾットの近くじゃなくたっていいはずでしょー!?」
「近くであってもいいはず」
「タバサ、貴方、急にどうしたの?」
 キュルケが尋ねると、タバサは首をかしげた。
「分からない」
「分からないって……」
 困惑した様子のキュルケに、タバサは視線を移した。

「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいんだけど……ちょっと驚いちゃって」
 ルイズはまだイラついている様子だった。
「う~っ、リゾット、あんたも何か言ってやりなさいよ!」
「実害があるわけじゃないから、いいんじゃないか?」
「良くない! 何だかイライラするのっ!」
 リゾットは、タバサに向き直った。
「タバサ、ルイズが気に食わないらしい。出来れば」
「嫌」
 言葉の途中で遮られた。仕方ないので、リゾットがタバサに代わって謝る。
「タバサは今、俺の近くにいないと情緒が安定しないらしい……。何かの影響だと思うが、今のところ原因を調査中だ。少し我慢してくれ」
「情緒が安定しないってどういうことよ?」
 ルイズがタバサに詰め寄るが、タバサは本から目を離さずに答えた。
「……不安になる」
「何よ、それ~~っ!」
「授業」
 タバサの声に教壇を見ると、コルベールが咳払いをしていた。
「ミス・ヴァリエール。授業を始めたいので、静かにしてくれませんか?」
「すいません、ミスタ・コルベール」
 ルイズも渋々席につく。リゾットを小さく睨んで、呟いた。
「後で説明しなさいよ」

 授業の後、人のまばらなヴェストリの広場にリゾット、ルイズ、キュルケ、タバサが集まった。
「で、タバサは一体どうしちゃったの?」
 ルイズはじと目でリゾットを見る。リゾットは首を振った。
「今のところ、原因は分からない。ただ、原因は考えてみた。一つはスタンド攻撃の可能性、もう一つは惚れ薬だ」
「惚れ薬? ご禁制品じゃない」
 ルイズの言葉に、リゾットが頷く。
「そうらしいな」
「タバサはそれを飲んじゃったの?」
 タバサは首を振った。
「心当たりはない」
 タバサの言葉に、キュルケは考え込んだ。
「単純にタバサがダーリンを好きになったって言う可能性もあるけど……」
「それにしても変化が急激過ぎるだろう」
「あら、恋はいつだって唐突なものよ?」
 面白そうに笑うキュルケを、ルイズはじろりとにらんだ。
「キュルケ、ふざけないで。真面目な話をしてるのよ」
「ごめんなさい。でも、ダーリンも好かれて悪い気分はしないでしょう?」
「正気と引き換えだからな……。それに、タバサも俺もやらなければならないことがある。今のタバサの状態はその妨げになるな」
「ふーん……。まあ、いいけど、これからどうするの?」

「フーケに連絡を取った。裏の事情に詳しいからな。今夜には来るはずだ。
 スタンド使いの攻撃だった場合は……本体を探さなければならないな」
「時間がない」
 タバサが呟いた。
「何かあるの?」
 ルイズが尋ねると、タバサは頷いて、付け加える。
「明日の昼には実家へ出発する」
「へぇ……。そういえば、タバサの実家ってどこなの?」
 タバサは答えない。答えたくないのか、答える必要がないと思っているのか、その表情からはよく分からなかった。だが、全身からそれ以上の質問を拒む、頑なな気配を発していた。
「何か事情がありそうね。嫌なこと聞いて、ごめんなさい」
「いい……」
 タバサは片手を本から離すと、テーブルの下にあるリゾットの手を握った。
「一緒に」
「お前の実家へ、か?」
「そう」
 タバサはじっとリゾットの目を覗き込んでいた。ルイズはそれを見て不機嫌そうに横を向いていたが、その目に土で出来た小さなゴーレムが映った。

「ねえ、あれ……」
 ルイズが指差し、その場の全員がゴーレムに気がついた。
「あれ、フーケのよね?」
 ゴーレムの形はフーケがルイズたちと戦ったときのものだ。
「ああ。こんな日が高い時間に来るとは……何か急用があるのか?」
「とりあえず、ついて行ってみたらどうかしら?」
 キュルケのその言葉で、全員、ゴーレムについて歩き始めた。ゴーレムは風の搭の入り口で土に戻る。
 魔法学院は、本搭を中心として、五芒星の形に搭が配置されている。風の塔はそのうちの一つで、ほとんど授業にしか使われない搭であり、入り口は一つしかない。
 四人は搭の扉を開く。中にはフーケが居た。
「おや、大勢だね。こんなに歓迎されてるとは思わなかったよ」
「色々あってな……。それより、こんな時間にどうした?」
「ああ、ちょっとね。確かめておきたいことがあって……」
 フーケはタバサに視線を投げかけた。
「昨日の昼過ぎ、トリスタニアのあるもぐりの秘薬屋で火事が起きた。それだけなら大したことじゃないんだけど、そこの店主が消えちゃってね」
 フーケの目つきが鋭くなる。
「火事が起きた直後、あんたが出てきたのを見た奴がいる。店主がどこに行ったか、じゃなきゃあ、どうなったか、知らないかい?」

「ちょっとフーケ、何か誤解があるみたいだけど」
「ルイズ、説明はタバサ自身にさせろ。……できるな?」
 割って入ろうとしたルイズをリゾットが遮り、タバサに促す。タバサは頷いて、口を開いた。
「……彼女は死んだ」
「どういうことだい?」
 タバサはネズミのスタンド使いとの間で起きた戦いの説明を始めた。

「……そう。スタンド使いにね……」
 話を聞き終わった後、フーケは長いため息をついた。彼女が生きていないことはある程度、覚悟していた。ただ、殺した犯人がまだ生きているなら、何らかの報いを受けさせるつもりだったが、それも無用だったようだ。
「……納得したよ。あんたを疑って、悪かった」
 タバサは頷いた。その無表情を見て、フーケは微笑んだ。
「あんたのことは良く知らないけど、無表情具合はリゾットといい勝負だね」
「リゾットと同じ……?」
「そう、もう少し感情を出した方が人生楽しいよ。リゾットもね」
 リゾットは僅かに肩を竦めた。
「練習してみるが、すぐには無理だ」
「はいはい、『長年の癖だ』って言うんだろ? 強制はしないよ」

 リゾットとクスクス笑うフーケのやり取りを見て、タバサはほんの少し眉根を寄せた。ただそれだけだが、タバサにしては最大限の感情表現になる。
「フーケが好き……?」
「……嫌いではないが、お前の思ってるような意味じゃない」
「嫌いではない、ねえ……」
 フーケが苦笑した。
「そう……」
 タバサは俯くと、きゅっとリゾットに抱きついた。ルイズの眉が跳ね上がる。
「ちょっとタバサ、人の使い魔に何をするのよ!」
 だが、タバサはルイズに構わず、そのまま囁くように言った。
「私、頑張る」
「何をだ?」
「秘密……」
 フーケはそんなタバサを見て、目を丸くした。
「その子、どうしたの? そんな積極的な子だっけ?」
「違うと思うんだけど……」
「惚れ薬よ! それ以外考えられないわ!」
「惚れ薬?」
 苦笑するキュルケと、不機嫌そうなルイズに、フーケは反応に困ったような笑みを浮かべた。

 それからしばらくして、状況の説明を受けたフーケは頭痛がしたかのように頭を抱えた。彼女の推測通りなら、今回の事件の責任は自分にもある。
「え~と……じゃあ、まずはその……、惚れ薬かどうかを確かめようか」
「できるの?」
 ルイズの質問に、リゾットが口を挟んだ。
「『ディテクト・マジック』か?」
「あ」
 キュルケとルイズがそろってその手があったか、というような顔をした。フーケは呆れたように首を振る。
「あんたたち、相当頭に血が上ってたんだね……。好きな男が独占された程度で冷静さを失っちゃ、立派なメイジにはなれやしないよ?」
「そうみたいね……。反省するわ」
 苦笑してそれを認めたキュルケとは対象的に、ルイズは顔を赤くしながら不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ふん、うっかりしただけよ。別に私は使い魔のことなんか何とも思ってないんだから!」
「はいはい。じゃあ、ともかく『ディテクト・マジック』を使うよ」
 フーケは杖を掲げ、呪文を唱える。光の粒が舞う。
「やっぱりこの子、何か魔法がかかってるわね」

「惚れ薬とは限らない」
 タバサが否定するように言うと、フーケは言いづらそうに切り出した。
「実はその……心当たり、あるんだよ。……惚れ薬に」
「どういうことだ?」
「モット伯から奪い取った惚れ薬があっただろう? あれを売り払ったのがさっき言った秘薬屋でね……。まだ売れてないなら、店にあったはずなんだ」
「飲んでない」
「それが厄介なことに、飲まなくても気化した薬を吸うだけで効果がある奴でね。火事の最中に吸ったんだろうね。
 飲んだ場合と比べて、少し効果が落ちるはずなんだけど……」
「効果が落ちる? これでか?」
 タバサはリゾットにぴたりと寄り添っている。これで効果が落ちているのだとしたら、本来はどれほどだというのか。
「直接飲んだときの威力はそんなもんじゃないよ。以前、まともに飲んだ人間を見たことがあるけど、もっと病的で盲目的だったよ」
 その場の全員はそうなったタバサを想像してみたが、誰も想像できなかった。
「まあ、それはいい。……解除薬は?」
「店内にあったはずだけど、どうなってるかは分からないね。火事場泥棒の一人や二人いただろうし……買った方が早いんじゃない? 少し値が張るけど」
「お金なら大丈夫よ。ダーリンとやってる会社は好調だし」
 タルブの戦いでほとんどの船を失ったトリステインは国の内外に船の製造を依頼していた。その恩恵はリゾットとキュルケの事業にも及んでいるため、二人ともかなり所持金に余裕があった。

「そうかい。じゃあ、解除薬を探してみるけど、希少だし、私が使ってたところがなくなったからね……。見つかるかは分からないよ」
「どれくらい持続するんだ? 場合によっては効果切れを待つ方が早そうだが」
「個人差があるからね。一ヶ月後か、一年後か……」
「探して。全力で」
 ルイズが即答した。少し目が据わっている。その迫力に、フーケは思わずたじろいだ。
「あ、ああ……分かったよ。でも、そんなに急ぐなら、作った方が早いんじゃない?」
「作れるの?」
 フーケは頷いた。
「秘薬作りは私の専門外だからどう作るか分からないけど、水のメイジなら作れると思うよ。まあ、そっちはあんたたちでも探してみて」
「明日の昼までには無理そうだな……」
「無理だね。何か期限があるなら、諦めるしかないんじゃない?」
 リゾットは頷くと、自分の主人に話しかけた。
「ルイズ、悪いがタバサと一緒に外出する許可をくれ」
「仕方ないわね……私も行くわ」
「ああ……タバサ、いいか?」
 だが、タバサは首を振った。
「駄目」

 タバサのはっきりした意思表示に、ルイズは顔を曇らせる。
「何で?」
「駄目」
 もう一度、はっきりと拒否する。それを見て、キュルケが口を出した。
「諦めなさいよ、ルイズ。タバサは惚れ薬の効果でこう言ってるんじゃないわ」
「何でキュルケにそんなことが分かるのよ」
「分かるわよ、親友だもの」
 きっぱりと言ったキュルケの一言は、理屈を超えた説得力があった。ルイズは仕方なく諦め、リゾットに指を突きつける。
「タバサに何かしたら、お仕置きだからね!」
「……俺はそんなに信用がないのか」
「だって……あんた、肝心なところで命令を聞かないじゃない」
 リゾットは今までを振り返る。確かにそういうところもあった。
「それを言われると返す言葉もないな……」
 二人の様子を見ていたキュルケが名案を思いついたように声を上げた。
「じゃ、あたしがルイズの代わりにダーリンを見張っていてあげるわ」
「な、何よそれ! 余計な心配が増えるじゃない」
「そう? でも、あたしがどこへ行くかはあたしの勝手でしょう? ねえ、タバサ、あたしも一緒に行っていいかしら?」
 タバサは少し考えると、頷いた。
「決まりね。最近暇だったし、旅行なんて楽しみだわ」
「遊びに行くんじゃないんだがな……」
 リゾットは呟きつつ、ルイズが不貞腐れたように口を尖らせているのに気がついた。
「ルイズ」
「何よ」
「心配しなくても、俺は薬でおかしくなっている人間を襲ったりはしない。その程度の分別はある。信用しろ」
「……わかったわよ! あんたが帰るまでに解除薬を手に入れておくわ! きちんとその恩を返しなさいよ!」
「了解だ。……フーケも、頼んだ」
「まあ、金は貰ってるし、仕方がないね。任せられておくよ。代わりといってはなんだけど、無事、この件が解決したらどっか飲みに連れてってよ。もちろん、あんたの奢りで」
「分かった」
 実は二人の台詞には『ルイズを』という言葉が隠されているのだが、それを言うと間違いなくルイズが不機嫌になるので、二人ともあえて名言を避けた。
 大人は言わなくてもいいことは言わないこともできる生き物なのだ。
「それじゃ、私が解除薬の市販品を探すから、ルイズが作れる人間に当たりをつけておくってことで、いいね? 見つかればそれでよし、見つけられなかった場合はその人に頼むってことで」
「あんたと組むのは不本意だけど、仕方ないわね。それでいいわ」
「じゃ、早速調査にとりかかるから、今日はこれで」
 フーケは風の搭を昇っていく。どうやら『フライ』を使って屋上から出て行くらしい。ふと、足を止めて、タバサに振り返った。

「そうだ、タバサ……。礼を言うよ」
「何に?」
「古い馴染みの仇を取ってくれて、さ。あの婆さんは食えないけど、嫌いじゃなかったからね」
「……」
 タバサは表情を変えない。フーケも反応が欲しかったわけではないらしく、そのまま搭を昇っていった。
 フーケがいなくなったので、後に残された四人は順に外へ出て行く。ふと、リゾットが振り返ると、タバサはじっとその場に立ち尽くしていた。
「どうした?」
 声を掛けられ、タバサは振り返った。言おうかどうか、迷ったようだが、やがてぼそぼそと呟いた。
「……私は店主を盾にした……」
 リゾットはその言葉の意味をしばし考えた。
「ネズミのスタンド攻撃からか?」
 タバサは頷いた。
「死体だったんだろう? なら、気にするな。生き残るためにしたことだ。お前が悪いわけじゃない」
「うん……」
 そしてしばらくしてから顔を赤らめ、呟いた。
「不思議」
「何がだ?」
「気持ちが少し軽くなった」
「……なんでも抱え込むのは心に悪い。今後も何か気になってることがあるなら、俺にでもキュルケにでも相談すればいい」
 タバサは頷いて、リゾットのコートの裾を掴んだ。
「……貴方は?」
「?」
「相談できる人はいるの?」
「俺は……」
 リゾットは言いよどんだ。考えてみればリゾットは元の世界にいる頃から、相談をされる立場になったことはあっても持ちかける立場になったことが余りない。それがプライベートな内容のこととなると尚更だ。
 黙り込んだリゾットに、タバサは声を掛けた。
「私には相談していい」
「お前……」
「これは薬とは関係ない。私は薬を嗅ぐ前から貴方を信頼している」
「ちょっとリゾット! 何してるのよ! 早く行くわよ!」
 外からルイズが呼ぶ声が聞こえ、リゾットは会話を中断した。
「今行く! ……タバサ、行くぞ」
 タバサはこくりと頷いた。何かを訴えるような眼差しを向けてくる。
「……そうだな……。相談したいようなことができたら、そのときは頼む」
 タバサは無表情に、しかしどことなく嬉しそうに頷くと、リゾットのコートの裾を掴む手に力をこめた。
 搭から外へ、二人は連れ立って踏み出した。




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