ある日の事だ。
平賀才人が命じられた部屋の掃除をしていた時、偶然にもそれを見つけ出した。
革で出来たベルト…それは紛れもなく『首輪』だった。
平賀才人が命じられた部屋の掃除をしていた時、偶然にもそれを見つけ出した。
革で出来たベルト…それは紛れもなく『首輪』だった。
顔中を流れる嫌な汗。
以前、キュルケの部屋を訪れた際、ルイズが言っていた言葉を思い出す。
『……今度、こんな真似したら首輪を付けるわよ』
あれは本気だったのか。
だが自分には怒られるような事をした記憶はない。
それとも知らない間に、ルイズの癇に障るような事をしでかしてしまったのか。
首を握り締めたまま、才人は理不尽な暴力に打ち震える。
以前、キュルケの部屋を訪れた際、ルイズが言っていた言葉を思い出す。
『……今度、こんな真似したら首輪を付けるわよ』
あれは本気だったのか。
だが自分には怒られるような事をした記憶はない。
それとも知らない間に、ルイズの癇に障るような事をしでかしてしまったのか。
首を握り締めたまま、才人は理不尽な暴力に打ち震える。
「……あれ?」
ふと気付く。
自分用に買ったにしてはあまりにも小さすぎる。
それこそ本当に犬用の物とサイズが変わらない。
その上、その首輪はボロボロで少し力を入れただけでも千切れそうだ。
ふと気付く。
自分用に買ったにしてはあまりにも小さすぎる。
それこそ本当に犬用の物とサイズが変わらない。
その上、その首輪はボロボロで少し力を入れただけでも千切れそうだ。
「あーあ、とうとう見つけちまったか」
壁に立て掛けてあったデルフリンガーの声が部屋に響く。
その声はどこか過去を懐かしむようでもあり寂しげにも聞こえた。
壁に立て掛けてあったデルフリンガーの声が部屋に響く。
その声はどこか過去を懐かしむようでもあり寂しげにも聞こえた。
「これが何か知ってるのか?」
「ああ、知ってるとも。俺の前の相棒の物さ」
嬢ちゃんも口には出さなかった。
他の連中も何も言わなかった。
話さずに済むのなら、それに越した事はなかった。
彼の前任者、ルイズの使い魔であった奇妙な来訪者の事を……。
「ああ、知ってるとも。俺の前の相棒の物さ」
嬢ちゃんも口には出さなかった。
他の連中も何も言わなかった。
話さずに済むのなら、それに越した事はなかった。
彼の前任者、ルイズの使い魔であった奇妙な来訪者の事を……。
世界とは自分の認識できる範囲に過ぎない。
知らなければ、それは存在しないのと同じだ。
だから、この狭い実験室こそが彼の世界の全てだった。他には何も無い。
人の命さえも道具と見なす彼等の実験動物に対する扱いは過酷を極めた。
遺伝子操作を行い、あらゆる環境の変化に耐えられる生命を作る実験など、
医学の発展の為という範疇から外れた異常な研究がそこでは続けられていた。
ここまで生き延びてきた実験動物も数えるほどにしかいない。
知らなければ、それは存在しないのと同じだ。
だから、この狭い実験室こそが彼の世界の全てだった。他には何も無い。
人の命さえも道具と見なす彼等の実験動物に対する扱いは過酷を極めた。
遺伝子操作を行い、あらゆる環境の変化に耐えられる生命を作る実験など、
医学の発展の為という範疇から外れた異常な研究がそこでは続けられていた。
ここまで生き延びてきた実験動物も数えるほどにしかいない。
そして今日、彼の最後の仲間が死んだ。
レーザーで全身を撃ち抜かれた上に、火炎放射器で焼却されたのだ。
今や形さえも残っていない。
数日経っても空いたままの仲間の檻を眺めて、
ここには二度と戻ってこない事を彼は悟った。
レーザーで全身を撃ち抜かれた上に、火炎放射器で焼却されたのだ。
今や形さえも残っていない。
数日経っても空いたままの仲間の檻を眺めて、
ここには二度と戻ってこない事を彼は悟った。
彼の本能が“次は自分の番だ”と告げていた。
だが抗った所でどうにもならない。
命も運命も全て他人の手の平の上。
仲間同様に注射を打たれ、水槽の中へと沈められていく。
彼が目覚めた時、その時こそが命の終わる時なのだ。
だが抗った所でどうにもならない。
命も運命も全て他人の手の平の上。
仲間同様に注射を打たれ、水槽の中へと沈められていく。
彼が目覚めた時、その時こそが命の終わる時なのだ。
…だが『ドレス』の崩壊と共に彼の運命は解き放たれた。
彼が目覚めた場所、それは見慣れた実験室の中だった。
自分を閉じ込めていた水槽は砕け、辺りは水浸しになっていた。
周りには誰もいない。
それどころか壁には見た事もない巨大な穴が開いている。
自分を閉じ込めていた水槽は砕け、辺りは水浸しになっていた。
周りには誰もいない。
それどころか壁には見た事もない巨大な穴が開いている。
恐る恐る穴へと近づいていく。
初めて目にする部屋の外の景色。
実験室とは代わり映えのない風景だったが、
それでも彼の目には一筋の希望が見えた。
初めて目にする部屋の外の景色。
実験室とは代わり映えのない風景だったが、
それでも彼の目には一筋の希望が見えた。
“ここから出られるかもしれない”
それは生きる為の脱出。
この先に何があるのかは分からない。
それでも何もしないで死ぬのを待つよりは遥かにマシだ。
それは生きる為の脱出。
この先に何があるのかは分からない。
それでも何もしないで死ぬのを待つよりは遥かにマシだ。
廊下を駆ける。それを咎める者など誰もいない。
鳴り響くサイレンの中、赤く明滅するランプが周囲を照らす。
どこまでも続くかのような錯覚の中、彼は走り続けた。
鳴り響くサイレンの中、赤く明滅するランプが周囲を照らす。
どこまでも続くかのような錯覚の中、彼は走り続けた。
…だが、その道は途切れていた。
降りた隔壁が完全に向こう側を遮断している。
壁へと爪を立てる。
だが、そんな物で鋼鉄をどうにかできるはずがなかった。
初めから希望など無かった。
この道はどこかに続いていると信じていた。
でも、どこにも繋がってなどいなかった。
降りた隔壁が完全に向こう側を遮断している。
壁へと爪を立てる。
だが、そんな物で鋼鉄をどうにかできるはずがなかった。
初めから希望など無かった。
この道はどこかに続いていると信じていた。
でも、どこにも繋がってなどいなかった。
元来た道を振り返るが、それも叶わない。
建物中に響き渡る爆音。
そして炎と爆風が周囲を飲み込んで迫り来る。
目前の隔壁と背後から近づく明確な死。
逃げ場など何処にも無い。
建物中に響き渡る爆音。
そして炎と爆風が周囲を飲み込んで迫り来る。
目前の隔壁と背後から近づく明確な死。
逃げ場など何処にも無い。
絶望の中、彼は壁に出来た巨大な隙間を目にした。
さっきまでこんな物は無かった。
だが、そんな事はどうでもいい。
一か八か最後の勇気を振り絞り、彼はそこへと飛び込んだ。
さっきまでこんな物は無かった。
だが、そんな事はどうでもいい。
一か八か最後の勇気を振り絞り、彼はそこへと飛び込んだ。
「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ!
神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」
神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」
キュルケやモンモランシーの前で啖呵を切った手前、失敗は許されない。
自分を見つめる視線の多くが“どうせ失敗するだろう”という揶揄や嘲笑だという事も分かっている。
『ゼロのルイズ』…その名で呼ばれる度、何度歯を食いしばって耐えただろうか。
だけど今日から違う。二度とその名を呼ばせはしない。
サモン・サーヴァントに成功し、一人前の魔術師として歩みだすのだ!
自分を見つめる視線の多くが“どうせ失敗するだろう”という揶揄や嘲笑だという事も分かっている。
『ゼロのルイズ』…その名で呼ばれる度、何度歯を食いしばって耐えただろうか。
だけど今日から違う。二度とその名を呼ばせはしない。
サモン・サーヴァントに成功し、一人前の魔術師として歩みだすのだ!
「私は心より求めうったえるわ! 我が導きに答えなさい!」
詠唱と共に振り下ろされる杖。
それと同時に巻き起こる大爆発。
いつも通りの結果に咳き込みながらも失笑が起こる。
そう。ここまではいつも通りの結果だった…しかし。
それと同時に巻き起こる大爆発。
いつも通りの結果に咳き込みながらも失笑が起こる。
そう。ここまではいつも通りの結果だった…しかし。
「……おい。嘘だろ」
「そんな…ありえない」
「そんな…ありえない」
視界を覆う砂埃が静まるにつれ失笑が止んでいく。
代わりに響き渡るのは周囲のどよめき。
何度も目を疑うがその光景に変化はない。
ルイズが引き起こした爆発の中心、そこには気絶した一匹の犬がいた。
それは紛れもなく彼女の召喚が成功した証。
代わりに響き渡るのは周囲のどよめき。
何度も目を疑うがその光景に変化はない。
ルイズが引き起こした爆発の中心、そこには気絶した一匹の犬がいた。
それは紛れもなく彼女の召喚が成功した証。
「……やった。やったわ」
思わず口から洩れる歓喜の声。
打ち震える感動に両の拳を力強く握り締める。
キュルケのサラマンダーには及ばないけど、これだって立派な使い魔だ。
もう誰にもゼロなんて呼ばせない。
打ち震える感動に両の拳を力強く握り締める。
キュルケのサラマンダーには及ばないけど、これだって立派な使い魔だ。
もう誰にもゼロなんて呼ばせない。
「ミス・ヴァリエール。
嬉しいのは分かりますが授業の時間も押していますし、早く契約を済ませてください」
「はい! 先生」
満面の笑みで応える。
使い魔へと歩み寄る足取りも軽い。
まるで別の自分に生まれ変わったよう。
いいえ、違うわ。これこそが私。
『ゼロのルイズ』じゃない本当の『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。
その私の使い魔が今、眠りから目覚める。
嬉しいのは分かりますが授業の時間も押していますし、早く契約を済ませてください」
「はい! 先生」
満面の笑みで応える。
使い魔へと歩み寄る足取りも軽い。
まるで別の自分に生まれ変わったよう。
いいえ、違うわ。これこそが私。
『ゼロのルイズ』じゃない本当の『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』。
その私の使い魔が今、眠りから目覚める。
あまりの眩しさに目を覚ます。
そして顔を上げて辺りを見回した。
どこまでも続く廊下も絶壁のような隔壁もない。
いや、そんな事など一瞬で忘れてしまった。
そして顔を上げて辺りを見回した。
どこまでも続く廊下も絶壁のような隔壁もない。
いや、そんな事など一瞬で忘れてしまった。
目覚めた時、世界は大きく変わっていた。
薄暗い照明は燦々と輝く太陽に、
白一色だった天井は澄みきった青空に、
冷たく無機質だった床は柔らかく心地よい芝生に、
そして世界を覆う壁など存在しない。
地面も空もどこまでも果てしなく広がっている。
薄暗い照明は燦々と輝く太陽に、
白一色だった天井は澄みきった青空に、
冷たく無機質だった床は柔らかく心地よい芝生に、
そして世界を覆う壁など存在しない。
地面も空もどこまでも果てしなく広がっている。
“なんて……美しい”
思わず息を呑む。
彼は初めて研究所以外の世界を知ったのだ。
体中を駆け巡る興奮に、いてもたってもいられず走り出した。
目の前の景色が幻でない事を確かめるように、ただがむしゃらに駆け回る。
彼は初めて研究所以外の世界を知ったのだ。
体中を駆け巡る興奮に、いてもたってもいられず走り出した。
目の前の景色が幻でない事を確かめるように、ただがむしゃらに駆け回る。
「こら! 待ちなさい!」
目の前で逃げ出した使い魔に唖然としていたルイズ。
だが、すぐさま大声を上げて後を追いかける。
目の前で逃げ出した使い魔に唖然としていたルイズ。
だが、すぐさま大声を上げて後を追いかける。
「はは、見ろよ。ルイズの奴、使い魔に逃げられてやんの」
「やっぱルイズは『ゼロのルイズ』のままだよな」
周りから湧き上がる爆笑の渦。
傍から見れば主人と使い魔の追いかけっこ。
見世物としては珍しく面白いものだった。
キュルケの口から“やれやれ”と溜息が洩れる。
まあ、少なくとも召喚に失敗して学院にいられなくなるという事はなくなった。
使い魔に多少の問題はあるようだけど、それはいつもの事。
溜息に安堵の色が混じっていた事は秘密にしておこう。
「やっぱルイズは『ゼロのルイズ』のままだよな」
周りから湧き上がる爆笑の渦。
傍から見れば主人と使い魔の追いかけっこ。
見世物としては珍しく面白いものだった。
キュルケの口から“やれやれ”と溜息が洩れる。
まあ、少なくとも召喚に失敗して学院にいられなくなるという事はなくなった。
使い魔に多少の問題はあるようだけど、それはいつもの事。
溜息に安堵の色が混じっていた事は秘密にしておこう。
走る。ひたすらにどこまでも走り続ける。
息が切れるのも構わない。
澄んだ空気を肺に取り入れる度に力が湧いてくる気がした。
存分に駆けずり回った後、芝生に横になる。
新たな世界を思う存分満喫した彼は思う。
ここは別世界だ。
運命を支配する残酷な手も存在しない。
この世界はこんなにも生命に満ち溢れている。
息が切れるのも構わない。
澄んだ空気を肺に取り入れる度に力が湧いてくる気がした。
存分に駆けずり回った後、芝生に横になる。
新たな世界を思う存分満喫した彼は思う。
ここは別世界だ。
運命を支配する残酷な手も存在しない。
この世界はこんなにも生命に満ち溢れている。
そう、自分は生きている。
今までは自分の『生』などというものはなかった。
だが今は確かに生きている実感がそこにあった。
生きている、それだけの事がとても素晴らしく思えた。
今までは自分の『生』などというものはなかった。
だが今は確かに生きている実感がそこにあった。
生きている、それだけの事がとても素晴らしく思えた。
「ようやく追いついたわ!」
掛けられた声に振り返る。
桃色の髪と黒いローブ。
薬品の匂いも金属の匂いもしない、
彼が初めて目にした『人間』の姿がそこにはあった。
掛けられた声に振り返る。
桃色の髪と黒いローブ。
薬品の匂いも金属の匂いもしない、
彼が初めて目にした『人間』の姿がそこにはあった。
世界を越えた一人と一匹の出会い。
それが後に語られる事なく消えていった使い魔の冒険、その始まりだった……。
それが後に語られる事なく消えていった使い魔の冒険、その始まりだった……。