ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十七話『LAST WORLD その②』

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第十七話『LAST WORLD その②』


 ルイズたちが学院の門に着くと、コルベールの姿が見えた。
「話はミス・タバサから聞いております。オールド・オスマンは医務室にてお待ちです」
 彼女たちが馬車から降りると、代わりにコルベールが馬車に乗り込んだ。
「……『彼女』はわたしが運んでおきます。あなた方は先に行ってください」

十歩ほど歩いたところで、ルイズが崩れ落ちた。負傷の度合いを考えれば、無理もなかった。
「リンゴォ……あの、ちょっと……肩を貸しなさい……」
 肩を貸す、とルイズは言うが、リンゴォと彼女では背丈が違いすぎる。
 自然、リンゴォがルイズをおぶる形になる。
「さて、医務室とやらはどこだ?」
 背中の少女に尋ねるが、返事が返ってこない。
 訝しむリンゴォの耳に、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
 考えてみれば、ほとんど一日寝ていないのだ。ルイズにとってはそれだけでもかなりの負担である。
 リンゴォの背中に張り詰めていたものが解け、ルイズは眠りに落ちてしまった。
 リンゴォも自身の瞼が少し重くなってきているのを自覚していた。
 眠気だけのせいではないが、足がふらつく。
 その背に羽のように軽い少女を背負ったまま、彼は当てずっぽうに歩き出した。

 ルイズが目を覚ましたのは、医務室のそばの廊下だった。
「こちらが、医務室です」
 目覚めて最初に聞いたのは、女の声。
 ぼやけた頭で周囲を見回したが、もう声の主は見当たらなかった。
「下ろして、リンゴォ……もう、ここで……。立てるから」
 別に背負われたままでも問題はなかったが、見栄を張ったルイズは歩いて部屋に入りたかった。
 ドアを開けると、ベッドの上にキュルケとタバサ、あとなぜかギーシュ。
数名の医療メイジが動き回り、オスマンが一人椅子に座っていた。
「お……来たかね、ミス・ヴァリエール。こっちに来たまえ、君にもベッドが必要じゃろて」
 オスマンが手招きをしてルイズを招き寄せる。

 ルイズはキュルケの隣のベッドに横になって治療を受ける。
 リンゴォにもベッドが一台あてがわれ、同様に治癒魔法をかけてもらっている。
「ミス・タバサから一応の話は聞いたが…やはり君からの話も聞かせてくれんかの?」
 オスマンに促され、ルイズはぽつりぽつりと事の顛末を話し出した。
 話を聞き終え、オスマンはルイズ、タバサ双方の証言を自身の脳で重ね合わせた。
「そうか、そうか……。大変じゃったのう…」
 老人の顔は、どこか遠くを見ていた。

「あらためて、よくぞ『破壊の杖』を取り戻した! フーケ討伐も含め、まことに大儀であった!」
 少し形式ばったオスマンの言葉に、ルイズとタバサはベッドから体を起こして一礼する。
「この度の諸君らの働き、見事である。…そこで、じゃ」
 やや堅苦しかったオスマンの顔が、好々爺のそれに戻る。
「宮廷に『シュヴァリエ』の爵位申請を出しておいた。もちろん君たちの、な。
 その事は、追って沙汰があるじゃろう。…と言っても、ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っておるからして……彼女には精霊勲章の授与を申請しておいた」
 それを聞いたルイズは、しばし呆然とした顔で、『へあ……?』と間の抜けた声を上げた。
 正直な話、ここまでの褒美が出るなどとは考えもなかったのである。
 タバサは相変わらずの無表情だが、キュルケが起きていれば、その微妙な表情を読み取っていたであろう。
「ほ、本当ですか……!?」
「嘘なんか吐かんよ、当然の事じゃ。君らは、それだけの働きをしたのじゃからなあ」
 喜びを隠そうともしないルイズだったが、歓喜に震える中、脳裏を『この国のシステム』がよぎる。

「オールド・オスマン……リンゴォには……その、何も?」
「無いよ。平民じゃもん」
 ルイズの心に、不可思議な変化が起こった。納得しているはずなのに、何かが納得していない。
 有耶無耶な感情が顔に出ていたのか、それを見たオスマンは彼に対し私的に報奨金を与えるとして場を収めた。
 とはいえ、ルイズの心の靄が晴れたわけではない。もっとも、それ以上は口に出さなかったが。
「さて、今宵の『フリッグの舞踏会』じゃが、予定通り執り行う。勿論、今夜の主役は君たちじゃ」
 丁度そのタイミングで、コルベールが室内に入ってくる。
 彼に促されるとオスマンは最後に、しっかり着飾るのじゃぞ、とだけ言って医務室を出た。


「彼女の正体の件……口止めしなくてもよろしかったので?」
 意外そうな口ぶりでコルベールは尋ねた。
 彼はてっきり『ロングビル』については隠蔽するものと思っていたのだ。
「人の口に戸は立てられんよ……ま、歩きながら話すことでもあるまい。わしの部屋で聞こう」
 コルベールの表情は重い。生徒の命が無事だったとはいえ、手放しで喜ぶ気にもなれなかった。

 ルイズと、そしてリンゴォは一日分の睡眠をがっつりと取った。
 眠りながらでも治療は出来るから問題は無いはずである。しかし、問題が起きた。
 最初は静かだったルイズの寝息が、だんだんと大きくなっていくのである。
 それは最終的には寝息といった類ではなく、完全に寝言だった。それも、見事な発音の。
 しかし、学院の医療メイジたちはプロフェッショナルである。その程度の事では動揺しない。
 ここで、予想外の事態が起こる。
 ルイズの隣で眠るキュルケが、その寝言に呼応するかのように、自身も寝言を言い出したのだ。
「……おにょれツェルプストー、今日こそ因縁に決着をつけてやりゅわ……!」
「ふふ、むにゃ、フフフ、片腹痛いわ…。『じぇろ』のるいじゅごときが……はっ!」
「にゅふふふふ、今更気付いても遅いわよ……もう囲まれている……!」
「……しょ、そんな……! 辿り着いたと言うの? 『おっぱいの向こう側』に……!?」
「わたしはそれを手に入れるためなら、全てを捨てられるのよ……けどあなたにそれは無理」
 そんな寝言が幾つも重なり、メイジたちは精神をひどくかき乱され、治療にかなりの遅れが出た。

 とはいえ、彼らは曲がりなりにも魔法学院の職員であり、フリッグの舞踏会が始まる前には全員の怪我がほとんど全快し、ついでにルイズのおめめもぱっちりだった。
「なに? キュルケったら、まだグースカ寝てるの?」
 ベッドの上で伸びをしながら、椅子に座って本を読むタバサに尋ねた。リンゴォはもう医務室にはいない。
「まだ一度も目を覚ましてない」
 いつもと変わらない調子だが、それがどこか心配そうな声にルイズには聞こえた。
 少し心配だったが、気にするほどでもないと思い直すと、ルイズは一旦部屋に戻ることにする。
 大方の仕事が終わった医療メイジたちも医務室を出払い、タバサとキュルケだけが残された。

 窓の外を見ると、もう完全に日が落ちていた。あと一時間もすれば、舞踏会は始まるだろう。
 こきり、と首を鳴らしてタバサは再び本に目を落とす。
 やはりあの男がいないと読書が進む。そんな風に考えながら、親友の目覚めを待つ。

「……ねえタバサ、わたし……負けたの?」
「わたしたちの勝ち」
 起きていたのか。いったいいつから? それを考える前に、タバサは質問に答えていた。

「慰めてくれなくたっていいわよ。……確かに、タバサの言うとおりだったかもしれない……」
 実際のところ、タバサ自身もこんな言葉で慰めになるとは思っていなかった。
 それに、慰めるよりも先に、自身への無力感があった。まだ強さが足りない。 表情が僅かにきつくなる。

 強さが足りない。そんな思いは、キュルケもまた深く噛み締めていた。
(敗因は誰のせいでもなく……私自身の背後にあるもの……か。
 まいったわねぇ、わたし、やられっぱなしは趣味じゃあないのよ)
 反撃あるのみ。誰に反撃するのかは自分でもわからないが、キュルケに湧いた思考はとにかくそれだった。
「そのためには……『飢える必要あり』ね……タバサ、あなたみたいに」
 タバサは驚いた。おおよそキュルケは、この敗北にへこたれずに、さらに強くなろうと考えている。
 それは全く驚くに値しない。キュルケはそういう人間なのだ。それをタバサは良く知っている。
 驚いたのは、自分の『飢え』をキュルケに見透かされていた事。
「やっぱね、人間は成長してこそって誰かが言ってた気がするし……それに何より、ダーリンってば強い女が好きそうな感じがするのよね。本能でビンビン感じるわ」
 男も目的か。タバサは友人のしたたかさにちょっと感心するとともに、その『男』について考えてみた。
 彼は強い人間が好きというよりも、弱い人間に興味が無いのだ。タバサが今までに見たどんな人間とも違う。
 タバサはちょっと理解できないが、キュルケはその手の新しい刺激に弱いのだろうか。


「ね、タバサ……強くなるっていうのは、わたしだけじゃなくて、アンタも一緒によ?」
「わたしも?」
 突然の誘いにタバサは驚く。一緒に強くなろうなんて、どうにもタバサには理解しづらい変な誘いだ。
 この友人はいつも唐突だ。けどもそんな彼女に納得してもいる。
「そうよ。わたし一人だけじゃあ寂しいでしょ? 誰かといれば、なんだってきっと楽しいわよ」
 楽しい。その言葉に、タバサは心中で戸惑った。
 強くなることと、楽しいということは、彼女の中でまるで繋がりの無い言葉だった。
 一人では寂しい。その言葉は自分に向けられているようにタバサは感じた。
 今までタバサは、たった一人でその牙を砥いできた。誰にも悟られぬよう、暗闇で。
 寂しいなどとは感じなかったが、楽しいと感じることも、決してなかった。
 一緒に強くなる。彼女となら、それが出来るかもしれない。キュルケはそんな風に感じさせる女だった。

「……だったら……『LESSON1』は……『冷静に怒れ』」
 ベッドから起き上がるキュルケに手を貸しながら、タバサはそっと呟いた。
「どういうこと? レッスンってのはともかく…怒ったら冷静じゃないでしょ?」
 タバサの発言によくわからないといった顔でキュルケは応える。タバサはその反応を見越したように言葉を続ける。
「怒りは人に力を与える……今日のあなたのように。だけどそれだけではダメ。呑まれずに、頭と心を別に考える。
 たとえばそれを極めれば、殺すと心が思う前に敵を殺す事だって可能になる。……たぶん」
「たぶん、って……まあでもそういう感じなのね。ちょっと喩えが物騒だけど、わかりやすくていいわ。
 けど、今の話には、ちょっと間違いがあるわね」
「……間違い?」
「ええ。愛以外に、人を強くするものなんか無いわ」



 魔法の実力も、戦略も、何より戦闘経験もキュルケよりは上回っている、とタバサは考えている。
 だがもし自分と彼女が果たしあう事があるとすれば、斃れるのは自分ではないか。そんな予感があった。
 きっと最後に人生の勝者となるのは、彼女のような人間なのだろう。本を閉じてキュルケを見る。

「さてと、今のわたしは飢えに飢えてるわ、オトコにね。せっかくのパーティ、ダーリンのハートを射止めて見せるわ!
 おめかしおめかし、う~ん、どの衣装か悩むわねぇ」
 キュルケに背中を押されながらタバサは医務室を出る。本の続きは、また明日にしよう。そう思った。


 一瞬、猛烈な不安が体を突きぬけ、ルイズは鏡を凝視した。
 普段と何も変わりが無い事を確認して安堵するが、ほんの一瞬、自分の髪の色に違和感を感じた。
(……気のせいよね? 今画風がなんか変わったような気が……っていうか何よ画風って……
 マジに寝過ぎたみたいね。せめてパーティーが明日だったら良かったのに……)
「けど……」
ルイズは溜息をつきながら、一着のドレスを手に取る。
 どうも最近、寝覚めが良くない。最近に限った話ではないが、近頃特にそれがひどかった。
 感覚としては、悪夢を見て、起きてしまえば内容は忘れてしまうのだけれど、悪夢を見た事実は覚えている。そんな感じ。
 鏡で自分の表情を確かめる。まかり間違っても舞踏会で変な顔をするわけにはいかないからだ。


(う~ん、やっぱコレかしらね、うん)
 ルイズはガンガンと鳴り響く頭で、ようやっと今宵の衣装を決定する。
 さっそくリンゴォに着替えさせようと思ったが、思いとどまる。
 彼は服を着せるのが下手だ。一度着替えさせた折、ルイズはそのことを理解していた。
 日常の普段着なら気にする事もないだろうし、事実ルイズはこれからも彼に着替えをやらせるつもりだ。
 しかし、ドレスについてはしっかりと着こなしておきたい。ならば自分で着たほうが良いと判断したのだ。


「ね、リンゴォ、今日のパーティー、アンタどうすんの?」
 ふと気になって、リンゴォに話しかける。他愛もない世間話だし、ルイズはリンゴォのほうを見てはいない。
 リンゴォはそこで本から顔を上げ、意外な、ルイズにとっては意外な返事を返した。
「パーティーには行かん。だからどうすると言われてもどうもしない、としか答えられないな」
「な! な、なんで来ないのよ!?」
 反射的にルイズは彼に振り向く。ハッキリ言えば、今のはリンゴォが来る事を前提にしての会話だったのだ。
 なんて勝手なヤツだ。ルイズはそう思った。別にそんな約束は無かったが、とにかくそう思った。
 というかそもそも、御主人様が目覚める前に勝手に医務室を出るあたり、ルイズには信じられなかった。

 リンゴォにしてみれば、舞踏会のような貴族臭い場所など、何の興味も無かった。
 成程ルイズという個人単体には興味はあるが、だからといってルイズの関わるもの全てに興味があるでもない。
 いや実際、ルイズの持つほとんどのものは、彼にとって忌むべきものであるのかもしれない。
 だとすれば、二人の間にあるものは何なのか。それはわからない。どちらともなく、相手を見つめた。

 しばしの間部屋を静寂が包み、少し落ち着いたのかルイズは静かに呟く。
「まあ別に……無理に来いとは言わないけれど、来てくれるって言うなら、その……見せたいものがあるの」
 彼はその言葉には答えず本を閉じると、窓の外の双月を眺めた。つられたようにルイズも月を眺める。
 月が雲に隠れると、気が向いたらな、と言い残してリンゴォは部屋を出ていった。
 月に気をとられたルイズは、使い魔を引き止めるタイミングを逸してしまった。
「もう! もう! 何なのよアイツ! 自由すぎるわよ明らかに! 使い魔の自覚あんのかしら!?」
 一人きりの部屋にルイズの悪態が響く。ベッドに体を投げ出して愚痴をこぼしていると、『目が覚めた』。
「……? やっ……ば! ひょっとして、寝てた? え? どのくらい? うわ、うわわわ!」
 錯乱しながらも着替えを済ませ、鏡の前で一度ポーズを決めて、ルイズは部屋を飛び出した。

「ああ、ミス・ヴァリエール、ちょっと待ちたまえ」
「はい? 何でしょう、ミセス・ロビンスン」
 女子寮を出た直後、ルイズは先程の医療メイジに呼び止められた。
「君も今夜の舞踏会には参加するだろうからほとんどの治癒は終わらせておいたが……
 まだ完璧に治療し終わったわけじゃあない」
 そう言って、彼はルイズのほうを指差す。
「その左肩のところだ」
 そう言われて、ルイズは自身の左肩に目をやる。だが、別段痛みも何も感じない。
「左鎖骨なんだがな…。ああ、別にほとんど気にする事はない、動き回っても問題はないはずだ。
 ダンスだってできるし……。完璧じゃないということだけなんだ。
 だからまあ、明日になったらもう一度医務室に来て欲しい、と言う事さ」
 問題ない、と言われても少し不安になったルイズは、恐る恐る左肩に手を触れてみる。
 コンコン、と軽く叩いても何の違和感もなく、ルイズは安心して溜息をつく。
 それを見て彼は少し苦笑する。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。君は相当頑丈だよ、君の使い魔に似て、ね」
 思ってもない言葉にルイズは目を丸くした。
「使い魔って……リンゴォですか!? そ、そんな悪い冗談、よして下さい! 誰があんなむさい男に!」
 リンゴォに似ている、という言葉にルイズは傷の事も忘れて抗議する。
「いや実際、彼は相当タフだよ。人間なら、あんな怪我で立ち上がれるはずがないからね。
 ま! その話は明日にしよう。さあさ、踊ってきたまえ、若いうちは踊るもんだ」
 まだ納得できないと言った顔で、それでもしかしルイズはその場を立ち去る。
 しかめ面のその顔はレディの顔ではなかったが、その表情は歩きながらにだんだんと変わっていく。
(似ている、か……わたしがアイツと……)
(考えてみれば、どこが似ている、どころか…アイツの事なんて何一つ知らないのよね)
 いったん足を止めると、ルイズは深く息を吸い込んだ。
(ま、小さな共通点ってことで……よしとするわ)
 吸い込んだものを全部吐き出すと、少しだけ早足に歩き出した。




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