ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-26

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匿名ユーザー

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「虚無って……何、これ」

 アンリエッタも、ウェールズも、ルイズの疑問に答えることは出来なかった。
 ルイズが更にページをめくり『始祖の祈祷書』を読み進めようとすると、よりいっそう『風のルビー』が強く輝いた。

「風のルビーが、輝いている」
 アンリエッタがルイズの手にはめられた『風のルビー』を見ると、ウェールズの言ったとおり、不自然なほど強く光を反射して輝いていた。
「本当…ねえ、ルイズ、『始祖の祈祷書』を私にも……」

 アンリエッタが試そうとするが『始祖の祈祷書』には何の文字も現れない。
 もしやと思い『風のルビー』をはめて試すが、やはり何の文字も現れなかった。

「ルイズ、私の『水のルビー』でも読めるか、試して?」
「…………」
 ルイズは無言のまま、アンリエッタの差し出した指輪を受け取り指にはめた。
「読める……読めるわ……」
『始祖の祈祷書』には、『風のルビー』をはめた時と同じように文字が浮き出ていた。

「まさか……私が、そんな、そんな」
 ルイズは顔を押さえ、狼狽えた。
 この本に書かれていることが本当なら、私は虚無の使い手。
 今までの魔法の失敗は、私が系統魔法ではなく虚無の魔法の使い手だったからだと考えれば納得がいく。
 だが、納得できない。

『なぜ吸血鬼になる前に教えてくれなかったのか!』

と、怒りにも似た感情が『始祖の祈祷書』に向けられる。
 だが、本はそのまま、本として無機質な顔を見せたままだった。

 アンリエッタから水のルビーを借りて、始祖の祈祷書を読もうとしていたウェールズだったが、自分には読めないことが分かると、顎に手を当てて何かを考えていた。
「アンリエッタ、この本がニセモノである可能性は?」
「ウェールズ様が疑われるのも無理はありません、ですが、『始祖の祈祷書』は過去に魔法学院やアカデミーで研究されているはずです。この本には『固定化』以外になんの魔法も付加されていないはずですわ……」

 アンリエッタの言葉は少し震えていた。
 ルイズの言葉が本当なら、伝説だと思われていた『虚無』の手がかりが現れたことになる。
 そして、ルイズを悩ませていた魔法失敗の原因が、今解明されるかもしれないのだ。
 アンリエッタは王女として、一人の友人として、期待せずにはいられなかった。

「そうなのか……ならば、石仮……いや、ミス・ルイズ。虚無の魔法とはどんなものなのか、確かめられるような魔法は書かれていないのか?」
 正直なところ、ウェールズはまだ『虚無』に対して懐疑的だった。
 アンリエッタやルイズを信用してはいるが、虚無の魔法ともなれば、その内容を確かめてからではないと信用は出来ない。

『伝説の虚無系統を、この目で確かめてみたい』というのが本音かもしれないが……



 虚無の魔法に対して懐疑的なのは、ルイズも同じだった。
 あまりにも突然の出来事で、頭が混乱しているのかも知れない。
 だが、今は『これが虚無である』と確かめられるような呪文を探すのが先だ。
 ルイズは一心不乱にページをめくり、文字を探した。

「……以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』……意味は、爆発?」

 爆発と聞いて、ルイズとアンリエッタが「あっ」と声を上げた。

 ルイズはいつも、呪文を唱えると、爆発を起こしていた。
 あれは、ここに書かれている『虚無』ではないだろうかと、思い当たったのだ。
 考えてみれば、爆発する理由は誰も答えられなかった、ラ・ヴァリエール家の教育係も、両親も、姉も、誰もその疑問には答えられなかった。

 ただ、彼らの望む結果を出せなかったから、ルイズの魔法は『失敗』で片づけられていたのではないか。

 ルイズは更にページをめくる。
 こんな所で爆発を起こしてしまったら、それこそ大問題だ。
 別の何かはないかと、必死になって探した。

 ルイズは本を凝視し、精神を集中させた。
 ふとページをめくる手が止まる。
 光と共に文字が浮かび上がり、別の呪文が姿を現した。

「初歩の初歩……〝イリュージョン〟……描きたい、光景……強く心に思い描くべし、なんとなれば、詠唱者は、空をも作り出すであろう…………かしら」

 ルイズは、静かに詠唱を始めた。
 それはアンリエッタとウェールズも聞いたことがない、長い呪文。

 だが、ルイズにとっては、なぜか懐かしく、そして心落ち着く呪文だった。

 ルイズは思い描く。

 アンリエッタとウェールズの姿を思い描く。

 テーブルの上に、二人が並んで立っている姿を想像して、詠唱する。

 詠唱する。 詠唱する。 詠唱する……

 テーブルの上に雲のようなものが集まり、徐々に人間の形を成して、色が浮かび上がっていった。

 テーブルの上に立つのは、高さ15サント(cm)程のウェールズ、アンリエッタの姿。

……だけではない。

 羨ましい程のスタイルを持つ赤毛の女性。背丈より高い杖を持ち眼鏡をかけた水色の頭髪の少女。薔薇の造花を持った金髪の少年。長い髪の毛を綺麗にロールさせた女性。
 ぽっちゃりとした体型で肩に鳥を乗せた少年。黒い頭髪と瞳を持つメイドの少女。眼鏡をかけた緑色の頭髪を持つ女性。逞しい肉体と髭をたくわえ豪華な鎧を着た男。ルイズを金髪にして眼鏡をかけたような女性。ルイズと同じ髪の色で目つきの優しい女性。

 ほかにも沢山の人の姿が、まるで人形を並べていくようにテーブルの上に形作られていった。

「すごいな……、少し、確かめさせて貰うよ」
 テーブルの上に作られていく人形に向けて、ウェールズは『ディティクト・マジック』を唱える。
 光り輝く粉のような物が舞い、その存在を調査していく。
「手で触れることはできないが、ディティクト・マジックにすら反応しない幻……これが虚無なのか…」
「水でも、風の系統でもありませんわ、これが『虚無』の初歩なのね、ルイズ…………ルイズ?」
 ウェールズが感心する一方、アンリエッタはルイズの表情に影が差していたのを見逃さなかった。



 コンコン と、応接室にノックの音が響く。
「姫さま、会議の時間が迫っておりますが……」
 アンリエッタは、ウェールズの処遇と、ワルド子爵の裏切りについて会議があるのを思い出した。
「ルイズ、後でまたお話ししましょう。すぐに部屋を一つ準備させますから」
 ルイズはうつむいていた顔を上げ、アンリエッタを見て言った。
「は、はい……あ、私のことは、どうか誰にも言わないで」
「大丈夫ですわ、貴方がウェールズ様を守って下さったように、わたくしも貴方を守りましょう」
「……ありがとう」

 アンリエッタとウェールズの二人は応接室を出ると、外で待機していた侍女がアンリエッタの言付けを受けて、すぐに上等なゲストルームへとルイズを案内した。

 侍女が恭しく一礼し、ゲストルームを出て行くと、ルイズは糸が切れたようにソファに倒れ込んだ。

『イリュージョン』を唱えた影響なのか、ルイズの精神は思ったよりも疲弊していた。
 侍女が出て行った途端、緊張の糸がほぐれたのだ。

 ルイズは目と口を半開きにしたまま、意識を手放した。



 夢の中で、ルイズは魔法学院にいた。

『ツェルプストー!見てみなさい、ふふーん、アタシは虚無に選ばれたのよ!』
『へー、すごいじゃない。でもその胸なら納得よね』
『ああああアンタ!エクスプロージョンでぶっ飛ばしてやるわよ!』
『ミス・ヴァリエール……貴方にお願いがある』
『え?お願いって……』
『タバサがお願いだなんて珍しいじゃない』
『虚無なら、ハシバミ草を育てる魔法があるはず』
『そ、そんなもん、無いわよ』
『……ふぅ』
『何よその落胆したようなため息はー!虚無よ虚無!凄いのよ!伝説よ!』
『ハハハ、ミス・ヴァリエール、君が虚無に選ばれただなんて、なんの冗談だい?』
『えい、金的』
『ウッギャー!』
『ちょっとルイズ!あたしのギーシュに何するのよ!』
『あれぐらい当然の罰よ、罰』
『駄目なの!ギーシュを罰していいのは私だけなのよ!』
『モンモランシー…あんた本当にギーシュが好きなのね。ならプレゼントよ”イリュージョン”』
『えっ、あ、ギーシュが一人、二人、三人……や、そんな、そんな沢山のギーシュに見つめられるなんて、私…ぽっ』
『あら、ヴァリエールったら、本当に虚無の魔法を使えるのね』
『ふふん、やっとツェルプストーも私の力を認める気になったのね』
『でも私はもっと派手なのがいいわ、心の底から恋を焦がすような、熱と光は無いの?』
『あるわよ』
『ふーん、じゃあやって見せなさいよ、ゼロのルイズ』

『ほえ面かいても知らないわよっ!”エクスプロージョン!”』


 洪水のような熱と光に、魔法学院と級友達、そして自分自身が焼かれ、ルイズは目を覚ました。

 ソファから身体を起こして窓を見る。

 外には見慣れた月が二つ浮かび、ゲストルームをうす明るく照らしていた。

「……夢?」

 自分の身体を触り、焼けこげていないか確かめる。

 服を確かめても、夢の中のように魔法学院の制服は着ていない。

 ルイズは「ふぅ」とため息をついて、再度ソファで横になった。

「戻りたい」 学院に。

「戻りたい」 人間に。

 ルイズの小さな呟きは、誰にも聞かれることなく、月明かりに消えていった。



 その頃、会議を終えたアンリエッタは、ルイズの作り出した幻のを思い出していた。
 あの幻で作られたのは、ルイズの父母、姉達、魔法学院の制服を着た人々。
「子供の頃から、強がってばかり……」
 空に浮かぶ二つの月を見上げると、月は一つの球体が二つに分裂するかのように位置をずらしていた。

 アンリエッタは『おともだち』を、どんな手を使ってでも守ろうと決心していた。
 ウェールズと再会できたのも彼女のおかげなのだから。
 アンリエッタの表情は、いつもよりも遙かに堂々としていた。
 沸き上がる『自信』も『決意』も、『おともだち』がくれたものだと思っていた。

「アニエスなら……ルイズに協力してくださるかしら?」
 会議では、ウェールズの亡命を受け入れるには至らなかったが、親衛隊の新設が決定された。
 ワルド子爵の裏切りが、親衛隊の新設を後押しする形となり、『銃士隊』の結成が決定されたのだ。
 その隊長として、アンリエッタが選んだのは「アニエス」という平民の女性。
 元傭兵のアニエスは、今はトリステインに所属する軍人として並々ならぬ功績を上げている。
 アンリエッタは彼女に『シュヴァリエ』の位を与えたかったが、まだ他の貴族からの反感も大きく、実行には移せていない。
 だが、機会を見てアニエスを中心とした『女性だけで構成された近衛兵』を集めるつもりだった。



「私も、私のお友達も、ずっと子供のままなのかもしれませんわ……」

 アンリエッタは、ルイズと同じ月夜を見上げていた。



 そして、数日後。
 トリステイン魔法学院では、ある変化が生徒達を驚かせていた。

『風が最強だ!』と耳にタコができそうな程繰り返していたギトーが、どこか大人しくなり、傲慢さがなりを潜めてしまった。
 それどころか、属性の使い分けと、連携を中心として授業が進められていく。
 その変化に驚いたある生徒は『魅了』で記憶を改ざんされたのではないか……と言い出す程だった。

 もう一つの変化は、シエスタの変化だった。
 いつもより堂々と、自信に満ちた笑顔を見せて、授業を受け、実技に挑戦し、キュルケ達との会話にも物怖じしない、それは女性としての自信と言うより、戦士としての自信だったのかもしれない。
 もっとも、それに気づいているのはキュルケとタバサぐらいのものだが。
 元は平民なので、シエスタはどの貴族に対しても丁寧に接していたが、そのせいかマリコルヌが何かを勘違いして得意げにしていたのは秘密だ。

 だが、いかに治癒の力を持つとはいえ、シエスタは元平民。
 平民と貴族が同じ授業を受けるなど、馬鹿馬鹿しいと言って、シエスタに敵意を向ける者も存在していた。

 シエスタは空を飛べない。
 そのため、魔法学院の外で規模の大きい風の魔法を実習する時など、走ってその場まで移動する。
 他の生徒達は『フライ』の魔法を使って移動している。
 単独で空を飛行する魔法、風の基礎中の基礎、『フライ』すら使えないシエスタを馬鹿にする者も多かった。
だが、キュルケ達は違う。
 ルイズが死んだ罪悪感からか、それとも純粋にシエスタの『治癒』の力を認めているのか、『フライ』が使えないからといってシエスタを馬鹿にすることは無かった。

 キュルケ達と仲の良いシエスタを見て、ある生徒がこんなことを呟いた。
『キュルケは、平民上がりのメイジを飼っている』

 その噂は瞬く間に広がり、キュルケとシエスタは侮蔑と好奇の混じった視線に晒された。
 だが、元々同姓から羨まれ、恨まれるキュルケは気にしていない。
 シエスタもそれがどうしたと言わんばかりの、堂々とした態度でいつもの生活を繰り返している。

 そうなると面白くないのは、噂を広めた当人達。



 キュルケとシエスタへ向けられていた好奇の視線、それが少なくなるに従って、今度は二人の人気が高まっていった。

 姉のように振る舞うキュルケ。

 優しい妹のようなシエスタ。

 二人の人気を妬む、一部の生徒の『危険な』嫌がらせが実行されるのも、時間の問題だった。



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