ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第8話 その4

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 ~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~


『さぁーてと』
『ウヒィッ!?』
 只一人残されたソフト・マシーンが、デルフリンガーの言葉に怯えたような悲鳴を上げる。
『残るはテメーだけだよなぁ』
『ウググググ……』
 デルフリンガーの言う通りだった。
 元から大して当てにしていなかった屍生人三体はともかく、スタンド使い二人を目の前で倒されてしまったのは非常にヤバい。ソフト・マシーンという自分のスタンドは、相手にこちらの存在を気取られておらぬ内に、その虚を突いての奇襲戦法を得意とする能力であると、その本体であるズッケェロは自覚していた。
 あるいは、今回のように強力なパワーを持ったスタンド使いとコンビを組んで
サポートに回るという使い方でも、充分に役立てられるのだということもわかった。
 だが、少なくとも自分が一対一の直接対決を不得手としていることだけは間違いは無い。
 敵に手の内を明かしてしまった以上、相手の「厚み」を奪ってやろうと思っても、目の前のタバサは如何様にも対策を講じてそれを封じてしまうだろうし、そもそも、その為には敵に直接手に持った剣で刺し貫いてやらねばならない。
 そこまで接近してしまったら、逆にあのクレイジー・Dの餌食になるのがオチだ。
 どうあっても自分一人で勝てる訳が無い。ならば、やるべきことはたった一つ。
 ここは素直に諦めて、ひたすら逃げるまでだ。
 スピードに関しても平凡な能力しか持たない自分でも、逃げ切れそうな手段が一つだけある。
『動くなッ!』
 そう叫んで、ソフト・マシーンは自分の能力でペラペラになったツェペリの体を引っ手繰り、手に持った剣を未だに気絶したままのツェペリに向けて突き付ける。
『動くなよ……このオヤジを殺されたくなければ、そこで大人しくしているんだ…』
『はっ。勝ち目が無いとわかれば今度は人質かァ?情けねぇ野郎だ、プライドってモンはないのかね』
『ウルセー!いいかテメェ、そっから一歩も動くんじゃねーぞ!
 わかってるよな、ピクリとも動くのは許さねーぜ!動いたらその瞬間にこいつを殺すッ!』
 デルフリンガーの挑発に熱くはなっているが、ソフト・マシーンは未だにツェペリを掴む手を離さずにいる。
 タバサは何も答えない。
 代わりに、ソフト・マシーンが喚いている隙にDISCを取り出し、躊躇無くその能力を発動する。
『な!?テッ、テメー……!』
「ザ・ハンドっ!」

 ガオンッ!!

 ソフト・マシーンの抗議の声を待つまでもなく、タバサとソフト・マシーンの直線上の空間に向けて
あらゆるものを「削り取る」力を持ったザ・ハンドの右手を振るう。
 その一撃によって、彼女達の間に広がる空間が「削り取られ」、まるでソフト・マシーンの体が瞬間移動したかのようにタバサの方向へと引き寄せられて行く。
『ウオオオオオーッ!』
 衝撃の余りに、ソフト・マシーンは思わずツェペリの体を取り落としてしまう。
 そして、引き寄せられる彼の目に映ったのは、先程のフォーエバーの如くクレイジー・Dを叩き込もうと待ち受けているタバサの姿だった。
『ヒギョエェェ!たッ、たッ、助けてくれェ~~~!!』
「クレイジー・ダイヤモンド!」

 ドラァッ!!

 容赦無く叩き込まれたクレイジー・Dの拳がソフト・マシーンにめり込み、そのままラッシュへと繋げる。
 そして最後の止めとばかりにソフト・マシーンを力一杯殴りつけ、先程も彼が潜んでいたクラフトワークによって作り上げられたパイプの「屋根」の残骸へと向けて吹っ飛ばす。
『ウッガァァァァーーーーッ!!』
 かつての相棒のスタンド能力によって「固定」されていたパイプの山に、数え切れぬ程の拳の乱撃を叩き込まれたソフト・マシーンが頭から突っ込んで行く。
 そしてそのまま力を失って、敢え無くソフト・マシーンは消滅する。
 そして、それによってソフト・マシーンの能力から解放されたツェペリが、急激に肉体の「厚み」を取り戻して行く。

「……起きて」
 タバサは未だに気を失ったままのツェペリの許へと近付き、その頬をぺちぺちと叩く。
「………ム……ウゥ~ム……お、おおタバサか…!」
 幾度かタバサがそうしている内に、やがて意識を取り戻したツェペリは勢い良く跳ね起きる。
 そのまま油断の無い表情で周囲を警戒するが、敵の姿が見えないことを確認して、その表情を緩める。
「ウーム。私が今もこうして生きているということは、君がスタンド使い共を片付けて私を救ってくれたと言うことか……ありがとう、おかげで助かったよ」
 一連の状況を察したツェペリが、タバサに向けて素直に頭を下げる。
『フフン、情けねーな、ツェペリのおっさん。そろそろアンタも引退する歳じゃねーの?』
「いやいや。六千年の時を過ごしているというデルフ君を前にして、おいそれとは退くことは出来んよ。
 私もまだまだ、戦士としては未熟なのだということを、今の戦いでたっぷりと思い知ったからね」
『そいつは重畳。この経験を踏まえて今後も精進するんだね、若造のツェペリ男爵』
「ハハハ。畏まりましたぞ、戦士デルフリンガー」
 オーバーなくらいに芝居が掛かった口調で、ツェペリとデルフリンガーが応酬を続ける。
 彼らのその様子を見て、タバサはほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべた。
『………んお!?』
 だが、それも突然船全体を襲い出した震動によって中断される。
 その勢いは、先程の貨物室で積み重ねられた木箱を崩落させようとフォーエバーが仕掛けた物の比では無い。それどころか、時を重ねれば重ねるほど、その震動もより大きくなっていくようだった。
 考えられるのは只一つ。
 この船全体がストレングスと言うフォーエバーのスタンド能力で維持されているのならば、その本体であるフォーエバーが消滅した今、支えとなるスタンドパワーを失ったこの船は崩れ去る運命にあるということだ。
「いかんな…!早く脱出するなり次の階層に行くなりせんと、この船は沈むぞ」
『タバサ!アレはねーのかよ!?ホレ、あの……地図が全部丸わかりになるヤツ!』
「今は、持っていない…!」
 痛恨の表情でタバサが答える。
 デルフリンガーが言っているのであろう、その階層の構造を瞬時にタバサへと伝える「ハーミットパープルのDISC」を、何故、自分は今持っていないのだろうかとタバサは悔やむ。
 あのDISCさえあれば、次の階層への入口の在り処が一瞬でわかるというのに。
『なぬ~~~!?それじゃ本気でヤベェじゃねーか!このままじゃオレ達全員オダブツだぜ!
 ああ、遠い異郷の地。
 その冷たい海の底でこのデルフリンガー様の伝説も密やかに終わっちまうのか……』
「…………っ」
 デルフリンガーの言う通り、入口が見つからなければ、自分達はこの船の下に広がる果てしない大海原へと投げ出され、そこでお終いだろう。
 そして、船が完全に崩れる前に次の階層への入口を探し当てるには、あまりにも時間が足りない。
 だが、だからと言ってここで座して死を待つ訳にはいかない。
 最後まで諦めるものか。
 限られた時間で、何としてでも入口を見つけ出そうと、タバサは一歩を踏み出そうとする。その時だった。
「こっちだ」
 自分を呼ぶ何者かの声が、タバサの耳に入って来る。

 その声から敵意は感じられない。
 タバサは頭を振ってその声の主を探す。そして、それは拍子抜けする程に呆気なく見つかった。
「早くしろ、急げ。オレに付いて来い」
 数刻前にこの船室から逃げ出した筈の、斑模様の服を着た猫がタバサ達に尻尾と顔を向けていた。
 猫はタバサが自分に気付いたことを悟ると、そのまま勢い良くその場から駆け出して行く。
「…………あ!」
 タバサは言われた言葉の通りに、猫の後を追って駆け出して行く。
「あの猫……今、口を利いたように見えたが?」
『しかもこっちに来いだとさ。はてさて、今度は何が出て来るっつーのかねぇ』
 まるで驚いた素振りを見せずに、ツェペリとデルフリンガーがお互いに口を開いてその事実を確認する。
 この世界であれだけ色々な“記録”を見せられ続ければ、今更猫が喋った程度で驚く方が無理と言うものだった。
 タバサとツェペリはその喋る猫に導かれて、激しく震動する船内を右へ左へと駆け抜けて行き、そして最後にとある扉の前へと辿り着く。
「この先にアンタ等がお探しの出口がある。オレに出来るのはここまでだ、せいぜい後は頑張るんだな」
「…………どうして」
 どうしてあなたは自分にそのことを教えようとするのか。
 何よりも先にタバサの口から出てきたのは、そのことへ対する疑問だった。
「アンタがいいヤツだからな」
 そして、彼女の問い掛けに対して、猫は淀みの無い口調でそう答えた。
「あの状況で見ず知らずのオレを助けようとするなんざ、普通は出来ねぇ。大したモンだ。
 オレを拾って育てた癖に、最後にはブッ殺そうとしやがったあのクソ野郎とは大違いだ……
 そういやまだ言ってなかったが、オレの名前はドルチだ。んじゃ、縁があったらまた会おうぜ」
 最後にドルチと名乗ったその猫は、そのまま今までと同じように扉の奥へと姿を消して行った。
『どーするんだい、タバサ。あいつの言ったコトを信じるのか?』
「……信じてみる」
 そう答えて、タバサは扉に手を掛ける。
 あの猫がタバサ達の前に現れる度に、この船に潜む敵との戦闘があったのは事実だ。
 だが、だからと言ってそれが罠だったとも限らないだろう。
 こちらに敵の居場所や次に行くべき場所を教えてくれていたのだと考えることも出来るし、そもそもこの船がフォーエバーのスタンド能力によって構成された物である以上、罠に掛けるとしたら、逆にタバサ達を迷わせた上で、じっくりとストレングスで痛め付けて消耗させる方が自然では無いだろうか。
 そして、タバサの疑問に対する答え。ドルチが敵意を持っているとはどうしても思えなかった。
 いずれにせよ、それが罠かどうかはこの扉を開いてみればわかる。
 タバサはその手に力を込めて、そのまま勢いよく目の前の扉を押し開いた。
 そこは機関室だった。巨大で複雑な仕組みの機械が動く度に、室内に響く唸り声を上げている。
 ふと視線を先に向ければ、確かにドルチが言った通り、機関室の真ん中に次の階層に向けての下り階段が広がっており、そして当のデルチは、既にその機関室の中から姿を消していた。
『おほ…!本当にありやがった!なんだかあの階段も久しぶりに見る気がするぜ』
「急ごう、タバサ」
 歓喜の声を上げるデルフリンガーとは対照的に、いやに淡々とした口調でツェペリが先を促す。
 その態度に僅かな違和感を感じたが、タバサは気のせいだと考えて、促されるままに一歩を踏み出す。
 まさにその瞬間だった。
「――MUUUUOOOOOOO……」
 機械の動きに混じって、別の音が聞こえて来る。
 それは声だった。何者かによる雄叫びの音。
 その声は次第に勢いを増し、こちらへ近付いて来るのがわかる。
「WRYYYYYYYYYYYYーーーーーー!!!」
 そして、タバサ達を先へ進ませぬとばかりに、目の前にその声の主が天井から物凄い勢いで降り立って来た。

「………!」
『なんだぁ!?まだ敵がいやがったのかよ!?』
「FUUUHAAAAAAA……」
 タバサ達の驚愕など意にも介さぬとばかりに、眼前の敵が威嚇するように低い声を漏らす。
 フォーエバーが着ていた船長服よりも更に立派な装丁の施された、高級感溢れる服。
 先程のジャンプを可能とする身体能力を見れば、彼が屍生人か吸血鬼の類であることがわかる。
 だがその視線や表情は、顔一面を覆う石の仮面に遮られてタバサ達が見ることは叶わない。
『時間がねぇ!タバサ、一気に片付けるぞ!』
「わかった」
「――いや、君達は下がっていてくれ」
 静かな口調でそう言って、しかし敵の姿から一瞬たりとも目を離さぬまま、ツェペリが一歩前に出る。
「ここは私に任せてくれ。いや……この敵は私一人で戦わせて欲しいのだ」
『んなっ…!?ど、どういうことだよツェペリさんよぉ!?今は時間が……』
「頼む。デルフ君」
 今までに聞いた事の無い程の真剣な態度で、ツェペリはデルフリンガーにそう懇願する。
「……ツェペリさん」
 そんなツェペリの態度を受けて、タバサも神妙な表情を作りながら彼の顔を見据えながら言う。
「その人は、もしかして……」
「ああ。間違いない」
「………わかった」
『な!?タバサ!?』
 それだけで充分だった。
 そして未だに納得のいかない様子のデルフリンガーの言葉を打ち消すように、タバサは軽く首を振る。
「あの人の…好きにさせてあげて」
『いや、だけどよぉ…』
「私からも、お願い」
『……………』
 どこか悲しげな表情を作ってそう言って来るタバサの顔を暫く見つめた後、やがてデルフリンガーは根負けしたようにふぅ、と深く嘆息してから、言葉を続ける。
『……わかったよ。アンタ達がそうしたいなら、そうすりゃいいさ。
 だがツェペリさんよ、そこまで言った以上は必ず勝てよ。船が沈むよりも早くだ。わかったな?』
「……ありがとう。すまないな、二人共」
 タバサとデルフリンガーに向けて感謝の言葉を口にしてから、ツェペリは再び目の前の石仮面の男へと向き直る。
「まさかとは思ったが…!本当に……本当にこの船に貴様がいるとはなッ…!
 これもまたこの大迷宮の意志なのか……こんな運命を、迎えることになろうとはッ……!」
「KUAAAAAAAAーーーッ!!」
 唇を噛み締めながらそう呻くツェペリの声など意にも介さずに、石仮面の男は咆哮を上げて飛び掛って来る。
「コォォォォォ…!」
 波紋法の呼吸を整えながら、ツェペリは石仮面の男が振り下ろして来た右腕を回避し、すれ違い様に波紋を流し込むべく石仮面の男の腕に自分の両の掌を触れさせる。
「波紋疾……――ッ!?」
 今まさに波紋を流し込まんとする瞬間、ツェペリは体内で練り上げた生命エネルギーの流出が止まるのを感じていた。腕が凍っている。ツェペリに触れられた瞬間、石仮面の男は逆に自分の腕に含まれていた水分を一瞬で気化させ、その影響で周囲の熱を奪って自分に触れるツェペリの手をも凍らせたのだ。
 皮膚の下に走る血管に至るまでを完全に凍らされてしまえば、その場所にまでは生命エネルギーが流れず、従ってそこから波紋を流すことも出来ない。
 これぞ気化冷凍法。
かつてこれと全く同じ技を、吸血鬼ディオ・ブランドーからその身に受けたことをツェペリは改めて思い出していた。
「くッ……!」
 ここまでこの人物が“吸血鬼の肉体”に馴染んでいるとは!
 様々な要因からツェペリは痛恨の表情を浮かべつつ、石仮面の男から自分の両手を何とか引き離そうとするが、石仮面の男の右腕ごと凍らされてしまっているツェペリの手は中々動こうとはしない。
「UOOOOOOOM…!」
 そのまま、石仮面の男は自由に動く左腕を振り上げ、ツェペリの体を引き裂こうとする。
 だがその時、突然飛んで来た銀色に輝くDISCが、石仮面の男の凍り付いた右腕へと突き刺さる。
 その刹那、急激に凍結した部分の温度が上昇し、それを伝わってツェペリの両手の拘束までもが解放されていく。

「むう……ッ!」
 その一瞬の隙を突いて、ツェペリは石仮面の右腕から一気に両手を引き離し、一旦距離を置く為に後ろに向かって跳躍する。見れば、先程から彼の戦いを静観していた筈のタバサがDISCを投げた姿勢のまま、厳しい瞳でこちらの姿を見返して来ている。
 ツェペリの両手を拘束していたのは、気化冷凍法によって氷と化した空気中やツェペリ自身の体内に含まれていた水分。そして彼女が「水を熱湯にするDISC」を投げることで、石仮面の男の右腕を覆う
水分が常温以上の温度へと変わり、それがそのまま伝わってツェペリの両手を覆う氷をも溶かしたのだ。
「一人で戦うのはいい……でも、あなたが危機ならそれを見過ごす訳にはいかない」
 静かに、しかし怒りにも似たその感情を隠そうともしないまま、タバサはツェペリに向けて言った。
 あなたは仲間だから、と続けて呟いた後、彼女は少しだけその表情を緩める。
「……手を出したりして、ごめんなさい」
「いや……おかげで助かったよ。礼を言う」
 素直に感謝の言葉を述べて、ツェペリは再び石仮面の男に向き直る。
 タバサのおかげで両手を覆う拘束も解け、再び血液が循環を始めて少しずつ温度を取り戻していくのが実感出来る。
 だが、この傷付いた両手で再び波紋を流せるようになるまでは、もう暫くの時間がかかるだろう。
 そして、依然として石仮面の男は無傷のままだ。
 今ツェペリ達が立っている船が完全に崩壊するまでの時間も、そう長いものでは無い筈。
 こんな状況で一人で戦うなどと言い出したのは、只のツェペリ自身の我儘と拘りに過ぎない。
 だが――それでも目の前に立つこの男だけは、自分の手で倒さねばならない相手なのだ!
 そして、自分のそんな我儘に、これ以上タバサ達を巻き込む訳にはいかない。
 ツェペリは一気に勝負を決めるべく、再び天井近くまで跳躍。
 手が使えないならば、脚を使うまで。
 スクリュー状に自らの肉体を回転させ、勢いを増したまま一気に石仮面の男に向けて肉薄する。
「波紋乱渦疾走(トルネーディオーバードライブ)!!」
 石仮面の男が空中を飛翔し、その蹴りに波紋ネルギーを乗せて迫るツェペリの姿を見上げる。
 波紋による攻撃と、当たる面積を最小にしての波紋防御。
 ツェペリの親友ダイアーの得意とする「稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)」と同様に、
攻撃がそのまま防御へと繋がる文字通り攻防一体の必殺技だった。
 気化冷凍法は脅威だったが、その射程は石仮面の男自ら触れねば効果が及ばぬ短い距離の筈だ。
 それはツェペリの至近距離に接近していながらも、彼の両手しか凍らせることが出来なかったことから明白。
 そして波紋と共に攻撃を繰り出せば、石仮面の男にそれを防ぐ手立ては無い!
「MUUUUUUU!」
 だが、石仮面の男を始めとする吸血鬼には、ツェペリが知らない能力がまだ一つだけあった。
 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)。
 それはかつてディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの命を奪い、また自らの欲望に殉じて吸血鬼と化して朽ち果てていったツェペリの同門である戦士、ストレイツォによって名付けられた技だった。
 そして今、石仮面の奥に隠された瞳から、超圧縮されて放たれた吸血鬼の体液が、空中から迫るツェペリの体に突き刺さり、そのまま彼の喉元を貫いて行った。
 必殺の気迫で以って放たれた一撃を届けられぬぬまま、宙を浮くツェペリの体が地面へと叩き付けられる。
 それと共に、吸血鬼が身に着けていた石仮面の一部が、体液を撃ち込んだ際の衝撃で砕かれてゴトリと床へと転がった。
 仮面の外れた吸血鬼の顔は、他ならぬ地面に倒れ伏すツェペリの顔にそっくりだった。
「あ……あぁっ…!?」
 それらの一部始終を見ていたタバサが、目を驚愕に見開いて呆然とした声を上げる。
『おでれーた…!だがツェペリのおっさんと石仮面……そしてこの野郎のツラ!全てが繋がったぜ…!』
 タバサの身に付けたベルトに差し込まれているデルフリンガーが、歯噛みしながら呻く。
 彼の言葉通り、石仮面の男を初めて見た時の疑惑は、その素顔を晒すことでついに確信へと変わったのだ。
 かつてツェペリが語った石仮面の神話。彼が波紋を習得するそもそものきっかけ。
 吸血鬼を生み出す力を生み出す石仮面を発見し、それを船に積み込んだ発掘隊の隊長が偶然にもその力を解き放ったことで、人間の世界に吸血鬼の存在が知られるようになった。
 そしてその時に吸血鬼として生まれ変わった発掘隊の隊長こそ、ウィル・A・ツェペリの父親だった。
 そして今、ツェペリ親子はこの世界が生み出す“記録”なって蘇り、再会を果たしてしまったのだ。
 父のような悲劇を生まぬ為に波紋法を体得した息子を、他ならぬその父が殺すという運命を迎えて。
『チ……ィッ…!こんな運命…残酷すぎらぁーね…!』
「…………っ!!」
 その双眸に怒りと憎しみを湛えて、タバサは吸血鬼に向けて装備DISCのスタンドを展開する。
 許さない。例え相手が誰であったとしても。それがツェペリの愛する父親だったとしても。
 この男は、自分の母とは違う。
 心を深く傷つけられ、正気を失ってもなお娘を――この自分を守ろうとしてくれている、あの人とは違う。
 大切な家族の命を奪おうとする者を、許しておくことなど出来はしない。
 冷徹な「意志」にまで高められた殺意を抱いて、タバサは吸血鬼に向けて駆け出して行く。
 彼女の殺意を感じ取った吸血鬼もまた、地面に倒れ伏すツェペリから興味を失ったように顔を向ける。
「…………ま……て……!」
 喉を撃ち抜かれて、文字通り息も絶え絶えのツェペリが地面を這いずりながら、完全に怪物と化した己の父親の足首を掴んだ。
「貴様の相手は、私だ………貴方は…この私と共に…再び、この世界で…滅び去るのだ…」
 既に波紋法の呼吸すら維持出来ぬ程に深く傷付いたツェペリに再び視線を向けて、彼の父親はもう相手が誰なのかも忘れ去ってしまったかのように、自分の息子に止めを刺すべく左腕を高く掲げる。
「WRYYYYYYYYYY!!」
 後一度でいい。後一度だけ、波紋法の呼吸が出来ればいい。
 既に気化冷凍法によって凍らされた両手には、波紋を流せるだけの血液が循環している。
 ツェペリは自分の体に残された生命エネルギーを一点に掻き集めながら、その一度の為に呼吸を練っていく。
「父よ………これが私の……あれからの日々を送って来た……貴方の息子の……全てです……!」
 殺意を込めて振るわれる父の左腕をその目に見ながら、ツェペリは自らの生命エネルギー全てを乗せて、かつて自分の目の前で太陽に包まれて死んで行った父に向かって、最後の波紋を解き放つ。


「深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)――!!」


 ツェペリの体に父親の腕が突き刺さると共に、彼の集めた生命エネルギー全てが波紋となって吸血鬼と化した父親の体内へと流れ込んで行く。
 息子の全てを受け止めて、その生命エネルギーを全身に行き渡らせた吸血鬼は、石仮面の魔力によって得た人間を超越する肉体を崩して行き、やがて完全に消滅する。
「…………!!」
 タバサは急いで、地面に倒れ伏したツェペリの許へと向かう。
 早く彼を助けなければ。今、自分が装備しているクレイジー・Dならば、どんな怪我でも治すことが出来る。
 これ以上、目の前で大切な人がいなくなるのはもう嫌だ。
 どうか間に合って。ただそれだけを願いながら、タバサは身を屈めてツェペリの体に手を伸ばす。
 だが、彼女がツェペリの体に触れようとした瞬間、全ての生命エネルギーを失った彼の体が消滅した。
 この世界で生まれた“記録”が命尽きる時に迎える、「死」の運命だった。


「そ……そんな……っ」
 震える声で呟くタバサが、全身の力を失ってその場に膝を付いた。
 どれだけ地面に手を伸ばした所で、ツェペリの姿は何処にも無い。
 彼はたった今、タバサ達の目の前で、生命エネルギーの全てを使い果たして消滅してしまったのだから。
『ふ…ふざけんなよ……!呆気なさ過ぎるだろ……!?なあ、おい、ツェペリさんよぉ…!』
 苦渋に満ちたデルフリンガーの慟哭にも、応える者は誰もいない。
 今にも崩れ落ちそうな機関室の中では、それでも動きを止めようとしない機械の音だけが響いているだけだ。
「あ……あぁっ……あぁ…あ…」
 また、いなくなってしまった。
 自分の目の前で大切な人が逝ってしまうのを、またしてもタバサは見ているしか出来なかった。
 愛する両親から名付けられたシャルロットの名前を捨て去って、今のタバサという「人形」の名前を名乗ることを決意してから、自分は二度と悲しいと言う気持ちを感じることは無いだろうと思っていた。
 自分には、シャルロットから全てを奪った者達に復讐を果たさねばならないと言う使命がある。
 だから全てが終わるまでは、他の全ての感情と一緒に、悲しいと思う気持ちも封印したつもりだった。
 今では、それが再び大切な誰かを失うことに対しての恐れであり、自分の臆病から来る強がりに過ぎなかったのだということを、タバサははっきりと自覚していた。
 悲しみは、背負って歩くには重過ぎる。
 悲しみを沢山抱えれば、きっと自分はそれに押し潰されてしまうと思ったから。
 だけど、大切な人の存在は、そんなものに負けないくらいの力をタバサに与えてくれる。
 例え深い絶望の淵に追い込まれても、その人達がいてくれるならば、再び立ち上がることだって出来る。
 人は一人では生きられない。自分はもう、一人では戦えない。だが、それでいいのだ。
 孤独な者の強さは、いつかより強い力に直面した時、支えを失って脆くも崩れ去ってしまうものだから。
 そして、だからこそ、大切な人を失った時の悲しみは、何よりも自分の心を深く抉り取って行くのだ。
 わかっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。
 それでも、実際にその瞬間に直面してしまった今、タバサの胸を耐えられない程の痛みが襲っていた。
「――タバサ」
 ふと、顔を見上げる。その時タバサははっきりと見ていた。天に昇って行こうとするツェペリの魂を。
 その姿は、かつて自分を救う為に、その命を捧げてくれたエコーズAct.3とまったく同じだった。
「すまない。私はこれ以上、君と共に戦うことは出来ないようだ。
 だが、ありがとう……私の我儘を聞き届けてくれて。
 かつて怪物と化し、そして今またその姿のまま蘇った父に、今度は私の手で引導を渡すことが出来た……
 フフフ、何とも奇妙な運命だな……これで、せめて父が安らかな眠りに付いてくれれば良いのだが」
 心の奥底から湧き上がる深い感慨を声に含めながら、ツェペリの魂がそう呟いた。
 タバサにはそんな彼の気持ちが良くわかる。
 どれほど変わり果てた姿になってしまったとしても、愛する親を救いたい。
 例えその為に、目の前に残酷な運命が待ち受けていたとしても、決して悔いることは無いのだろう。

 ああ。この人と自分は同じなのだ。
 だがそのことに気付いた時には、彼はもう自分の目の前で逝ってしまった後だった。
 タバサの顔が悲しみに歪む。
 それが今のタバサが心に抱いている気持ちを、素直に表現した結果だった。
「……そんな顔をするんじゃない。君にはまだ、果たさねばならぬ使命があるのだろう?
 ここで立ち止まってはいかん。このレクイエムの大迷宮を統べる存在が、君のことを待っている。
 戦いの思考を忘れるな。勇気を奮い立たせ、正義の道を歩いて行け。
 そうすれば、何も恐れることは無い」
「わかってる……だけど…だけどっ……!」
「私の為に泣いてくれる、か……こんなことを言うのも何だが、嬉しいものだな。
 だが、今は涙を拭わねばならない時なのだ。君のその気持ちは確かに私に伝わっている。
 それだけで私には充分なのだよ。幸福とはこういうことだ……。
 一度死んだにも関わらず、再び君のような仲間に出会えたことを、私は誇りに思うよ」
 そのままツェペリは少し視線を横にやって、タバサの持つデルフリンガーの姿を見る。
「デルフ君、どうかタバサのことを宜しく頼む。
 そして君が彼女と共に、君の言う相棒の元に帰れることを、私は信じている」
『……ああ。任せとけよ、ウィル・A・ツェペリ男爵』
「お願いするよ、戦士デルフリンガー」
 これで最後だ。今まで辛うじて保たれていたツェペリの魂が、急速に形を失って霧散して行く。
「ツェペリ……さん…!」
「さらばだ、二人共。君達の進むべき正義の道に、希望の光があらんことを」
 そしてタバサとデルフリンガーが見ている前で、ウィル・A・ツェペリの魂は天へと還り、その姿を消した。
 彼女達はその姿を、ただじっと、いつまでも見ていることしか出来なかった。
『…………タバサ』
 長い沈黙の果てに、デルフリンガーが静かに口を開く。
 船を襲う震動は更に勢いを増しており、最早いつ崩壊するとも知れぬ状態にあった。
「……何も…言わないで」
 体の奥から搾り出すように、タバサが掠れた声でそう言った。
「今は…何も………言わないで……」
『ああ……わかったよ』
 それきり、デルフリンガーは口を紡ぐ。
 後に残る音は、機械の駆動音と崩れ去ろうとする船の震動だけだった。
「………涙が……止まらない……」
 やがてタバサは、ゆっくりと次の階層へと繋がる階段に向けて歩いて行く。
 胸が痛い。心が悲鳴を上げている。視界がぼやけて、目の前の一歩を踏み出すことすら危うい。
 だけど決してタバサは歩みを止めなかった。
 そして、彼女が階段を降りきった時、スタンドで作られたその船は完全に崩壊して跡形もなく消え去って行った。


 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued……



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