ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第8話 その2

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 ~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~

「フム。この世界が“記録”で成り立っている以上、こうした船の“記録”もあるか。
 これもまた大迷宮の主が仕掛けた試練の一つと言う訳だな……
 ならばデルフ君の言う、要塞という表現もあながち間違ってはいないのかもしれんね」
『んじゃあ、つまりこういうことかい?この船を攻略しなきゃー先へは進めない……』
「そういうことになるだろうね」
 自らもまたこの世界で生み出された“記録”であるツェペリが、デルフリンガーの言葉を肯定する。
『はー。今更言うのも何だが、面倒な話だな。
 間違いねぇ、その大迷宮の主って奴ぁそーとーな性悪野郎だね』
 タバサも全く同感だったが、敢えて同意の言葉は口にせずに、再び甲板の様子を見回してみる。
 一通りぐるりと歩き回ってはみた物の、次の階層の入口になりそうな物は見つからなかった。
 甲板で見つからないならば、船の中だ。船内に通じる扉を見つけて、改めて探索を続行せねばならない。
 それを探す為に、タバサが一歩踏み出そうとした時だった。
「ウニャー」
 何やら聞き覚えのある動物の鳴き声が、彼女達の耳に入って来た。
『あ…なんだ?』
 その鳴き声がした方向に視線を向けると、柱の影に立ち尽くす小さな影が見えた。
「…………猫」
 全身に斑模様の服を着込んだ猫が、じっとこちらを見据えている。
 やがて雄であるらしいその猫は、中々に恰幅のいいその体を反転させ、御丁寧にブーツまで履いた足で駆け出していく。
「あ」
 気になって、ついタバサは猫の後を追い掛けてしまう。暫しの追いかけっこの末に、その猫は行く先にあった僅かに開いているドアの中へと滑り込み、その姿を消して行く。
「行ってしまったな」
 いつの間に追い掛けて来たのか、タバサの後ろに立っていたツェペリがそんなことを言って来る。
『こんな船に猫がいるってのも妙な話だぜ。こりゃどー考えても、絶対に罠だな』
「うん」
「同感だね」
 デルフリンガー達の言う通り、あの猫は間違いなく自分達を誘い込もうとしているのだとタバサも思う。
 ドアの先に広がっているであろう船内で、どんな敵が待ち受けているのかも知れない。
 ただ一つ、このレクイエムの大迷宮に辿り着く前に、あの古ぼけたホテルの中で戦ったエンヤ婆と同様、今までとは明らかに違う敵が襲い掛かって来るであろうことだけは間違いないだろう。
「……でも、行かないと」
 それでも、次の階層へ辿り着く為には、タバサ達がこの先に進まざるを得ないのもまた事実。
 思い通りに誘導されているのは気に入らない話だったが、その考えを振り払ってタバサはそう宣言する。
「行かないと、進めない」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。
 あまり誉められた発想では無いが、他に手が無い限りは止むを得んか」
『そもそも、敵さんが罠を仕掛けて待ち伏せしてるなんざいつもの話だしな』
 消極的ではあった物の、タバサの決定にツェペリが一応の同意を示し、デルフリンガーもいい加減にこの大迷宮にも慣れて来たとでも言わんばかりに、諦めたような声で口を開いた。
「気をつけて進む」
 これもまたいつもの話だったが、この大迷宮を進むにはそれが一番の近道でもあった。
 タバサは先程の猫が姿を消したドアに向けて歩いて行き、それを大きく開いて船内へと足を踏み入れる。

「……あなたの」
『うん?』
 船内の通路を歩きながら、思い出したようにタバサはデルフリンガーに向かってふと口を開く。
「あなたの持ち主は、すごい人だと思う」
『オレの持ち主ィ?ってーコトは、今の相棒かい?』
「うん」
 あのゼロのルイズに異世界から召喚されて来た彼女の使い魔であり、デルフリンガーの相棒、平賀才人。
 ハルケギニアに伝えられる伝説の使い魔ガンダールヴの資格を持つ青年。
 そして、一度はその命を狙ってしまったにも関わらず、伯父一族の手によって囚われていた自分を救ってくれた、今は離れ離れになってしまっている大切な仲間の一人。
 慣れないハルケギニアで一人ぼっちになってしまっても、今までの日々を懸命に生きて来た
あの人に対して、同じ境遇に陥った今のタバサは深い尊敬と共に改めて親しみを覚えていた。
 そんな自らの胸中など知る由も無いだろうが、どうしてもタバサはそのことをデルフリンガーに伝えたくなった。
『……はて。アイツ、ここ最近、何かスゲーことでもやったかね?』
「ずっと前から、すごかった」
『フム……わかんねーな。しかし突然そんなコトを言い出すなんて、一体全体どーしちまったんだ?
 相棒のことが恋しくでもなったのか?ああ、ひょっとして、実はお前さんも相棒に惚れてたとか!?
 あータバサ、それなら悪いこたぁ言わねぇ。もう一度良~く考え直した方がいいぜ。
 確かにアイツはいいヤツだと思うけどよ、女にゃホンットにだらしのねーヤツだからなぁ。
 ルイズにシエスタに……キュルケのヤツは最近大人しくなったみてーだが、今度は代わりに、あのぼいんっぼいんのハーフエルフの嬢ちゃんと来た!
 それにあの姫様もまんざらじゃねーみてぇだし、他のイイ男を見つけた方がぜってーお得だって!』
「ばか」
 そうデルフリンガーに捲くし立てられると、まるでタバサが召喚した使い魔の風韻竜に話し掛けられている気分になって来る。あの臆病で騒がしくて、すぐ自分に甘えて来るシルフィードの存在も、今から思えば懐かしい。
 なんとなくシルフィードがこの場にいるような錯覚を覚えて、タバサはついデルフリンガーの柄をぽこんと叩いてしまった。

 そして船内を探索することしばし。今の所、船の中に誰かがいるような気配は無かった。
 先程通った操舵室らしき場所では、山のように積み重ねられた機械が勝手に明滅を繰り返していたのだが、それらがこの船の航行に必要なのだろうと言う推測以外は何を考えても無駄だと判断して無視することにした。もし今ここにコルベールがいたら嬉々として使い方を調べようとしたのだろうが、今のタバサ達に必要なのは次の階層に進む為の入り口だった。
 今はまだ見つからないが、タバサ達を狙う敵も必ずこの船内の何処かに潜んでいるはずだ。
 こんな時には階層内の敵に自分達の位置を知らせ、誘き寄せることの出来る「エンプレスのDISC」があればいいと思うのだが、こんな状況でも無い限りは、ただ単に使い勝手が悪いだけのカス札と言うこともあって、今は一枚も持っていなかった。
 注意深く周囲の様子を窺いながら、タバサは次の船室に通じるドアのノブに触れ、右手でそれを回す。
 中を覗いてみれば、どうやら貨物室らしい。目の前の通用口の前にただっ広い空間の中に大量の木箱が積み上げられている。
「………?」
 そのまま室内に入ろうと一歩踏み出した瞬間、タバサは右手に妙な違和感を感じていた。
 右手が妙に熱い。いや、これは冷たいのか?正体のわからぬ違和感はそのまま右手全体に広がって行き、そして深く切り裂かれて止め処なく出血する自分の右手を確認した時、ようやくタバサはそれが何者かの攻撃による物だということに気付いた。
「う……!?くぅっ…!」
『何ッ!?タバサ!?』
 傷付けられたことを自覚した瞬間、明確な痛みがタバサを襲う。
 指が切り飛ばされていなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。
 右手から零れる赤い雫が、彼女の足元に染み広がって行く。
「敵の攻撃か!」
『だが一体どこから仕掛けて来やがったんだ!?オレにゃあ全然見えなかったぞ!?』
「…わからない…!」
 周囲を見回しても、襲撃者の姿らしきものはどこにも見えない。
 ただはっきりしているのは、自分達の近くに潜んでいる敵が確実にいるということだけだ。
「ムゥ……ともあれ、まずはその怪我をどうにかせねばな。タバサ、手を出してくれ。
 波紋でダメージを和らげておく。その後でしっかり応急処置をするんだ」
「うん……」
 ツェペリに言われるままに、タバサは出血の止まらない右手を彼に向けて差し出す。
 その手を優しく掴みながら、コォォォォォ…と言う独特の呼吸音を立ててツェペリが体内の呼吸を整える。
「波紋疾走(オーバードライブ)!」
 そして空いていた側の手で、ツェペリはタバサの右手に波紋を流し込む。 
 波紋とは、言うなれば人為的に生み出された生命エネルギー。
 石仮面の力によって生み出される吸血鬼や屍生人にとっては、天敵である太陽光と同様に肉体組織を崩壊するよう作用するが、人間に対してそのエネルギーを与えるならば、体内の生命活動を促進させ、傷の痛みを和らげて癒す力を早めることも出来る。
 この異物が体内に入り込んで来るような感覚はどうにも好きになれなかったが、それでもツェペリが流した波紋によって、それまで右手に走っていた痛みが少しずつ和らいでいくのがタバサにははっきりと自覚出来ていた。
「これでよし。先程襲って来た敵のことは気になるが、かと言ってここでじっとしている訳にもいくまい。
 この部屋へは私が先に入ろう。タバサ、君は傷の手当てをしながら付いて来てくれ」
「わかった」
 ワインがなみなみと注がれたグラスを片手に、ツェペリが貨物室の中へと入って行く。
 それに続いて、タバサも懐からほんの僅かに余っていたゾンビ馬の糸を取り出し、左手と口を使って器用に右手の傷を縫合して行く。

「………ム!」
 そして貨物室の真ん中に辿り着いた辺りで、ツェペリは突然足を止める。
 グラスの中のワインが激しく波打ち、震えている。
 ワインが生み出す波紋はグラスを伝わり、腕を伝わり、体を伝わり、地面を伝わり、そしてこの貨物室内にいる何者かの生命の振動を感じ取る。
 このワインはまさしく波紋探知機。
 ワイングラスの波紋を通して、ツェペリは今、自分達に敵意を向ける者の存在を感知していた。
「何者だね。隠れていないで出来たらどうかな?」
 ツェペリの凛とした声が、広い貨物室の中に響き渡る。
 それを受けて、複数のくぐもった声が前方から返って来た。
「オレ達に気付くとは、貴様只者じゃないな」
「そのワイングラス…こいつ、もしや波紋使いか?」
「波紋使い。オレ達の仇敵、憎んでも飽き足らない連中だ」
「どちらでもいい。ここに来た以上、貴様等には死んでもらう」
 周囲に積まれた木箱の上から、複数の影がタバサ達の正面に向けて飛び出して来る。
 数は四体。どれも辛うじて人間と同様に二本の手足を持ってはいるが、その肉体は不自然なまでに盛り上がり、頭部は最早人間の原型を留めておらず、その姿は醜悪の一言。
 そして体から飛び出した何本もの血管が、まるで触手のように中空をうねっている。
「………っ」
 応急処置の途中でまだ縫合の終わっていない糸を地面に垂らしながら、タバサが前に出ようとする。
「君は下がっていたまえ、タバサ。この程度の数の屍生人(ゾンビ)共など、私一人で充分だ」
 ツェペリはそうタバサを制して、屍生人達に向けてまた一歩踏み出していく。
「……気をつけて」
 暫くツェペリの顔を見据えた後、タバサはその言葉を聞き入れて、素直に後ろに下がる。
 そして油断無く屍生人達の様子を窺いならがも、再び糸による応急処置を再開する。
「オレの名はペイジ」
「プラント」
「ジョーンズ」
「ボーンナム」
 一人一人、律儀に屍生人達が名乗りを挙げる。
 そして次の瞬間、四体の屍生人が一斉にツェペリの許へ向けて猛然と駆け出して来る。


「「「「血管針攻撃ッ!」」」」


 屍生人達の体から針のように伸びる血管が、地面に立つツェペリに向けて真っ直ぐに伸びて行く。
 冷静にその動きを見据えていたツェペリはその場で一気に前方へ跳躍、血管の群れを飛び越えてその動きを回避すると共に、そのまま空中を飛びながら屍生人の一体へと迫る。
「仙道波蹴(ウェーブキック)ッ!!」
「UGOOO!?」
 真上から放たれたツェペリの膝蹴りが屍生人の一体の脳天に命中する。
 膝を中心として脚全体に波紋を帯びたその蹴りを受けて、屍生人の一体がその頭部をジュウジュウと溶かしながら悶絶し、当のツェペリはそのままその屍生人を踏み台にするような形で、先程まで彼が立っていた場所とは反対方向の位置へと着地する。
「AGOOOO~!!」
「ジョーンズ!?チィィッ、やはりこいつは波紋使いかッ!」
「その通りだ。そして私は、貴様達のような亡者共を滅するに躊躇いは持たん」
 冷ややかに宣言して、ツェペリは次なる屍生人に向けて拳を叩き込むべく拳を突き出す。
 だがその為には距離が足りない。
 そう思った瞬間、彼の腕が本来の長さ以上に伸びて、屍生人の一体に向けて迫って行く。
「ズームパンチ!」
 自らの間接を外して腕を伸ばし、その際に生じる激痛は波紋エネルギーで和らげる。
 そしてツェペリの拳が屍生人の一体に命中した時、腕全体に流された波紋エネルギーが拳を通じて
屍生人の体に流れ込み、屍生人の肉体と反発を起こしてその肉体組織を崩壊させるべく作用していく。
「GYAAAA!」
 その一撃は先程蹴りを叩き込んだ屍生人と同様に、完全に止めを刺すまでには至ってなかったが、それでも二体の屍生人の体内に流し込んでやった波紋は、暫くの間彼らを無力化するには充分な量だった。
 そしてツェペリは、その間に残る二体を仕留め損なう程の甘い戦士でも無い。
 戦力の半数を失った屍生人達は、文字通り絶対絶命の危機に追い詰められていた。
「クソッ、ペイジまで!」
「やはり波紋使いと正攻法で戦うのは不利ということか……!ならばッ!」
 残った屍生人の片割れがその場で反転、ツェペリに背を向けて一直線に駆け出して行く。
「プラントッ!?」
「そこの小娘の方をッ!確実に潰させて貰うまでよォーッ!KUAAAAAA!!」
 常人を遥かに越える脚力で、応急処置を終えて今までの戦闘の一部始終を見守っていたタバサ目掛けてその屍生人が突進して来る。彼女の身体を刺し貫くべく、屍生人の全身から突き出た血管の束がその場で立ち尽くしているタバサの方向へと向けられる。
 タバサは冷静に屍生人の接近する様子を見据えたまま、そして一歩、後ろへと跳んだ。
「その程度で逃れられると思っているのかァァ!RUOOOOOーーーッ!!」
 咆哮と共に、屍生人の放った血管の束がタバサを狙って伸びて来る。
 タバサは軽く後ろに下がったまま、その場を一歩も動かない。
 そして猛然と疾駆する屍生人の身体が無数の血管針と共に彼女にぐんぐん近付いて来て――
「ウオォォォッ!?」
 タバサまであと一歩と言う所で、それ以上進めなくなった。
 全く痛みを伴わなかったが為に、屍生人には自分の身に何が起きたのかわからなかった。
 だが彼がタバサの目前に迫った瞬間、彼の脚が在り得ない方向へと曲がり、捩れて、気が付いた時には既にその脚は人間としての形すら保ってはいなかった。
「あなた達が私を狙う可能性は、充分にあった」
 全身を支える脚の形を失って、無様に地面を転がる屍生人を見下ろしながら、タバサは言う。
 既に彼女の背後には、装備用として頭に差し込んでいたDISCのスタンドが発現している。
「だから、潜航させておいた――ダイバーダウンのDISC」
 屍生人の足元で、地面から上半身だけを突き出したスタンドが力を使い果たして消え去ろうとしていた。
 あらゆる場所に潜航し、自らに触れた者の構造を内側から自由に作り変えてしまうスタンド。
 目の前の屍生人達が、そしてまだ見ぬ自分の右手を切り裂いた襲撃者が、自分に向けて襲い掛かって来ることを見越して、タバサは既にダイバーダウンを周囲の地面に潜航させていたのだ。
 そして、身動きが取れずにもがいている屍生人に向けて、タバサは装備DISCのスタンドの拳を向ける。
「クレイジー…ダイヤモンドっ!」

 ドラララララララララァッ!!

「AGYAAAAAAA!!」
 絶え間なく続くラッシュが、屍生人の体へと叩き込まれて行く。
 クレイジー・Dの拳が容赦なくめり込む度に、人間を超越した筈の彼の肉体が更に歪に変形して行く。
 そのまま止めとばかりに与えられた最後の一撃によって、その屍生人の体が先程ツェペリに波紋を流され悶絶していた仲間達の元へと吹き飛ばされる。
「ウゲッ」
「グギャ」
 蛙が潰されたような悲鳴を上げて、三体の屍生人の体が折り重なって地面に倒れ伏した。
「おお……ジョーンズ…ペイジ…プラント…!何ということだッ…!」
「後は貴様だけだな」
「くッ」
 ツェペリの気迫に気圧されて、最後に残った屍生人が後ろへと一歩退く。
 そして後ろでは、クレイジー・Dを展開したままのタバサが厳しい瞳で屍生人の動向を窺っている。
 前門の虎、後門の狼。あるいは袋の鼠と言うべきか。屍生人に逃げ場は無かった。
 張り詰めた無言の睨み合いの末、一番最初に動き出したのは――
 目に見開いて驚愕の表情を浮かべるタバサだった。
「――後ろっ!」
「何ッ!?」
 悲鳴にも似た彼女の叫びを耳にして、ツェペリは半ば反射的に真横へと飛ぶ。
 その刹那、ツェペリの背後から巨大な影が飛来して、物凄い勢いでそれまで彼の立っていた場所を通り抜けて行く。
「AGOOO!!」
 ツェペリとその陰の直線上に立っていた屍生人が、彼の背後から飛んで来た運搬用のクレーンの直撃を受け、頭と胴体を潰されてその場へと崩れ落ちる。
 そして先端に鋭い鉤爪状のフックを括り付けたクレーンは、その勢いを全く殺さぬままタバサの方に向けて突っ込んで来る。しかし既にその進行方向から外れていたタバサには命中せず、先程彼女達が入って来た通用口の真上の壁に突き刺さってその動きを止めた。

『な…何だったんだよ今のは!?オレ様すげぇおでれーたぞ!?』
「………っ!」
 大慌てで喚き散らすデルフリンガーの言葉にすぐには答えず、タバサは銀色に輝くDISCを一枚取り出し、四人で固まって倒れている屍生人達の一体に向けてそれを放り投げる。

『こっ……このバカ犬!エロ犬!スケベ犬!ヘンタイ犬ーーーーーーっ!!』

 タバサにとってはトリステイン魔法学院のクラスメイトであるゼロのルイズの記憶が封じ込まれたDISCが屍生人の体内に差し込まれ、やがてそのルイズのDISCに刻み込まれた力によって屍生人の体が大爆発を起こし、それに巻き込まれた残りの屍生人達もまとめて塵となって消滅する。
「……ふぅっ」
 爆発の後に残ったのは再び静寂。
 タバサ達が周囲を見回しても、誰かが隠れている気配は感じ取れない。
「いやタバサ、先程は君のおかげで助かったよ。再び真っ二つになって死ぬのはもうゴメンだからね」
 それまで散々激しい動きをしておきながら、雫一つ零れていないワイングラスを揺らしてツェペリが言った。先程は波紋探知機として屍生人達の接近を感じ取ったワインも、今は何の反応も示していない。
『しかしよぉー。今の柱と言い、タバサの怪我と言い…この船、想像以上にヤバいんじゃねーのか?』
 残りのゾンビ馬の糸を全て使って傷を縫合したタバサの右手を見ながら、デルフリンガーが口を開く。
「そうだね。そして何よりも問題なのは、我々がまだ敵の正体を掴めていない、と言うことだな。
 敵の立場になって考えよ――これもまた戦いの思考の一つだが、その考えに基づくと、 敵は我々に気付かれることなく、こちらを攻撃する手段を持っていることは間違い無い」
『コソコソ隠れて不意打ち狙いってコトかい?ったく、どんな奴かは知らねーが、陰険なヤローだぜ』
「だが奇襲も立派な作戦だよ、デルフ君。そして、そうした敵を倒す為には――」
「隠れている所を、見つければいい」
 ツェペリの視線を感じたタバサが、彼の言葉に続いて答える。
 彼女のその答えに、ツェペリは満足そうに頷く。
「その通りだ、タバサ。先程の屍生人の迎撃といい、君はもう充分に戦いの思考を実践しているようだ。
 ジョナサン・ジョースターも私の自慢の生徒だったが、もしかすると君には私が教えることなど何も無いのかもしれんな」
 ひとしきり鷹揚に笑ってから、ツェペリは不意に厳しい表情を作って言葉を続ける。
「ともあれ、こうも我々の不意を突いた戦い方をするということは、まず間違いなく敵はスタンド使いだろう。
 またそいつは、スタンド能力で近接戦闘が出来るパワーを持っている訳では無いようだ。
 もしそんなパワーがあるならば、今の屍生人と同様に直接我々の目の前に姿を現しているだろうからね」
『つーことは、フンガミの野郎が使っていたよーな自動操縦型のスタンドか』
「恐らくはな」
 少し前の階層まで共に戦った仲間と、そして彼が行使していたスタンドの姿が、皆の脳裏に浮かぶ。
 噴上裕也とハイウェイスター。この大迷宮で偶然拾った赤ん坊を安全な場所に送り届ける為に彼がタバサ達と別れてから、もう随分と長い時間が経ったように思える。
「フンガミ君のスタンドと同様に、遠隔操作で操るスタンドが相手ならば、逆に接近戦は不得手ということだ。
 先に本体のスタンド使いを発見して、直接叩いた方が早いだろう。
 そして最後に、これが最も重要になるが、敵はどうやら金属を武器に使うのでは無いかと考えられる」
『金属ゥ~?』
 唐突と言えばあまりにも唐突なツェペリの言葉に、デルフリンガーは訝しげに声を上げる。

『そりゃ一体どういうこったい。なんで今の段階でそんなことがハッキリと言えるんだ?』
「………木箱」
 デルフリンガーの質問に、周囲に積み上げられたそれらに視線を送りながら、タバサが答える。
「木箱が、崩れて来ない」
 もし周囲の木箱が、今タバサ達の立っている場所に向けて崩落して来れば、先程彼女らの不意を突くかのように飛来して来たクレーンと同様の致命的な破壊力を生むだろう。既に四人の屍生人達が倒された以上、仲間達を巻き添えにする心配も無い筈なのに、依然として木箱は沈黙を保ったままだ。
 そしてタバサが先程触れたドアノブもまた、クレーンと同様の金属であることを踏まえれば、敵が金属を自在に操る――あるいはそれに近い能力を持っているのでは無いかと推測出来た。
『フム……木で出来た箱は動かねぇ、だから敵が好きに出来るのは金属だけ、か。なるほどな』
「これからはドア一つ開けるにも苦労しそうだが、仕方がないね。
 現にドアノブに触れたタバサがこの有様だ。
 下手な所を触れば、その場で我々は全滅するかもしれんな」
 口調こそ冗談めかしているが、ツェペリの目には冗談の欠片も混じってはいなかった。
「気をつけながら、移動する」
 生憎と、今の自分達にはそれ以外に出来ることは無い。
 そのことを確認するように呟いてから、タバサは再び先へと進もうとする。その瞬間だった。
「…………っ!?」
 突然、地震でも起きたかのように貨物室の床が震え出した。
 震動は次第に勢いを増して行き、思わずタバサはバランスを崩してその場に膝をついてしまう。
 そしてふと、急に視界が暗くなった。
 頭上を見上げれば、限りなく正方形に近い形の巨大な塊が、宙に浮いてタバサ達に影を作っているのが見える。
『――落ちて来てるじゃねーかぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!』
 天井近くまで積み上げられた木箱が降り注いで来る中で、 先程のタバサ達の推測を全力で否定するかのようにデルフリンガーの悲痛な叫びが貨物室の中に反響する。


「ウーム……私の考え違いだったか。いや、しかしそれでは先程タバサが受けた傷の説明が付かんな……
 フム、これはもしかすると…」
『ツェペリのおっさんよォォォ!こんな時に何ノンキに考え事してんだぁぁぁぁ!?
 さっきの御高説、どっからどー見ても完ッ璧に大ハズレじゃねーかよぉぉぉぉッ!!!』
 あと数秒で木箱の下敷きというこの状況下の中で、不自然なまでに冷静に推測を続ける
ツェペリに対し、完全に取り乱した様子のデルフリンガーが大声で喚き散らす。
 頭上を見上げるまでも無く、一同を押し潰そうと木箱の雨が容赦なく雪崩れ落ちて来るのがわかる。
 しかしツェペリはあくまでも余裕の表情を崩さぬまま、未だに地面へ蹲ったままのタバサに向けてその手を伸ばした。
「タバサ、準備はどうかね?」
「いい」
 ツェペリと同じく取り乱した様子一つ見せずに、タバサは差し出されたツェペリの腕を力強く握り締めて答える。
「しっかり掴まってて」
 そう言って、タバサはツェペリの腕を掴んだまま、足を一歩だけ踏み出す。
 その刹那、彼女の体がまるで爆発に巻き込まれたかのように前方へと勢いよく吹き飛ばされて行く。
『うおおおおーーーーーッ!!?』
「……エコーズ……」
 その衝撃に驚きの声を上げるデルフリンガーの叫びを耳にしながら、タバサは小さくその名を呟いた。
 タバサにとって掛け替えの無い存在であるスタンド、エコーズAct.3。
 彼自身のスタンドとしての特性として、エコーズAct.3は「あらゆる物を重くする」と言う能力を持っていた。
 そして、彼がその姿に至る一歩手前の形態であるエコーズAct.2には、それとは別の能力として尻尾の先端を変形させて擬音を表わす言葉を書き込むことにより、書き込んだ言葉そのままの現象を引き起こすことが出来る。
 例えば地面に「ドッグォン」と何かが爆発するような言葉を書き込めば、その文字に触れた者はまるで爆風に巻き込まれたかように遠くへと吹き飛ばされる効果が生まれるのだ。
 そして今まさに、エコーズAct.2の能力を封じ込めたDISCによって、その文字を書き込んだタバサは自ら文字に触れることで、腕を掴んだツェペリと共に、木箱が床に崩落するまでの間隙を縫うようにして、先程入って来た通用口とは反対方向に向かって吹き飛ばされて行く。
 大丈夫。きっとエコーズが自分達を守ってくれる。
 タバサはそれを信じて、爆風の勢いに身を任せて宙を飛んでいた。
『おおおーっ!壁!壁壁カベカベカベカベーーーーーッ!!』
 その勢いで木箱の雨を潜り抜けた彼女達の目の前に、今度は一面に広がる金属製の壁が見えて来る。
 エコーズAct.2の文字による衝撃も、重力に従って次第にその勢いを落として行ってはいるのだが、今のままのスピードでは地面に落下するよりも先に壁へ激突する方が先だった。
 まともに激突すればタダでは済まない。頭からぶつかるなら脳挫傷、体を打ち付ければ内臓を痛めて血を含んだ咳を吐くぐらいの羽目になるのは確実だろう。
 いずれにせよ、そんなダメージを大人しく受ける訳にはいかない。
 タバサは先程エコーズAct.2のDISCを使用する際に、あらかじめ装備しておいたDISCのスタンドを空中に浮いている体勢のまま展開する。
「――スパイス・ガール!」

 WANNABEEEEEEEE!!

 女性的な外観をした人間型のスタンドが、タバサ達の目前に迫った壁に向けて拳を叩き込む。
 それとほぼ同時にタバサ達は、変わらぬ勢いのままに金属で覆われた壁へと叩き付けられる。
 だが、スパイス・ガールのスタンド能力で「柔らかく」なった壁は、激突の衝撃を全て緩和し、タバサ達の体を優しく包み込む。そしてスパイス・ガールの能力が解除されることで、元の平面の形を取り戻そうとする壁と共に、その壁にめり込む形になっていたタバサ達の体が室内の側へと押し戻される。
 タバサとツェペリが壁に押されて悠然と床に着地した頃には、既に貨物室を襲った震動も木箱の崩落も、全てが収まった後だった。

『……はー。ったく、死んだかと思ったぜ……おでれーたってレベルじゃねーぞ、おい…』
「ハハハ、私もあまり生きた心地はしなかったがね。ま、これもタバサを信じればこそだな」
 タバサがDISCのスタンドで地面に何か細工をしていたのを見た時、ツェペリは自分の命を彼女に預けることを決めた。
 あの状況下では、下手に自分が動いた所で現状を打破出来るとは思えなかった為だ。
 もし、自らの力ではどうしても対処出来ない状況に追い込まてしまったらどうするか?
 その時は仲間に頼るまで。自分は今、一人で戦っている訳では無いのだ。
 今までの戦いの中で、ツェペリは命を預けるに相応しい仲間であるとタバサのことを評価していた。
 僅かな期間の中で目覚しく成長を遂げて行くジョナサン・ジョースターとは少し違うものの、自らの非力さを理解した上で、思考と戦術で以って冷静に戦いに臨むタバサの存在は、やはり側で見ていて頼もしいものだ。
 ただ、時折己の限界を超えて無茶をするきらいがあるのは、やはり彼女がまだ若いからだろうか。
 それとも、自らが果たさねばならぬ使命に心を囚われるあまり、焦りや気負いがあるのだろうか――
 恐らくはその両方だろう。ツェペリ自身にも経験があるからこそ、わかる。
 父を人ならざる吸血鬼へと変え、大勢の人々の命を奪った石仮面を葬り去るべく、全てを捨てて波紋法を学んだ自分になら。
 そして、何か一つタバサが無茶をする度に、いつも心配ばかりしていたあの噴上裕也ならば彼女が上辺ほどには無感情な少女では無いことに気付いているだろう。
 冷静ではあるが、冷徹では無い。
 普段から無口で無表情を装っているからこそ、いざと言う時には胸の内に秘めた感情の動きが浮き彫りになることもあるのだ。
 その感情は戦いに臨む際には時として命取りになる。
 だが、それを完全に失ってしまっては人間として必要な正義の心をも失ってしまう。
 かつては誇り高き戦士として謳われた古代の騎士タルカスが、邪悪な吸血鬼ディオ・ブランドーの手によって屍生人として蘇生させられた時、ただ残忍で凶暴なだけの怪物へと変貌していたように。
 そして“生前の”自分は、愛弟子ジョナサンを救うべくタルカスとの戦いの中で死を迎えた。
 あの時は、ツェペリに波紋法を与えた師トンペティが予見した通りに運命が訪れた。
 ならば今はどうだ?
 一度“死んだ”この自分には、この世界でどのような未来が待ち受けているのだろうか。
 ――それは今考えても仕方があるまい、とツェペリはふと胸の内に浮かんだ想いを振り払う。
 生前の運命が何であれ、今この場に立っている以上は、自分が望む目的の為に歩いてかねばならない。
 この大迷宮の最深部にあると言う、吸血鬼に力を与えるエイジャの赤石を自らの手で封印する。
 その為に、自分は今、ここでこうしてタバサ達と共に行動を共にしているのだから。
「とにかく礼を言うよ、タバサ。君のおかげで助かった」
「うん。でも気にしないで」
 それからタバサは、仲間だから、と小さな声で呟いた。

『まあ何とか助かったからいいような物の……なあ、ツェペリさんよぉ』
「何かな?」
『敵さんの能力ってのは一体何だと思うね。どーも、金属を使うって言うだけじゃ無さそうだぜ?』
 先程まで木箱の雨に潰されかけた恨みがあるのか、意地の悪い口調でデルフリンガーが聞いて来る。
 しかしツェペリは彼の言葉に含まれていた棘や皮肉の類は一切気にせず、フム、と再び考え込む。
「確かに君の言う通り、先程の私の推測は正しい予想では無かったようだ。
 正確に言うならば、金属“だけ”を使うという表現がな……
 先程我々に向けて木箱を崩して来た揺れと言い、次に考えられるのは――」
『船の中のモンを自由に操れる能力ってワケかい?』
「違う……船のスタンド」
 冗談交じりに言ったデルフリンガーの言葉に、後から続いたタバサが修正を入れる。
「この船そのものが……誰かのスタンド能力」
 そして、その場にいる皆の想像を代弁するかのように、彼女はそう呟いた。
『……スタンドで作った船、か。まー普通だったら悪い冗談で済ませただろーけどよぉ。
 ここまで来ちまうとそれ以外に考えられねーよなぁ』
 半信半疑という様子ではあったが、それでもデルフリンガーはタバサの言葉に同意する。
 無論、確証は無い。だがその可能性はかなり高いはずだとタバサは思う。
 以前に戦ったスタンド「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」は、本来ならばガラクタ当然のポンコツ車の外見・性能を強化すると言うスタンド能力を発揮していたし、レクイエムの大迷宮の番人とも言うべきエンヤ婆の「正義(ジャスティス)」もまた、幻のホテルを生み出す程のスタンドパワーを持っていた。
 だとするならば、彼らと同じように船一つを丸ごと生み出し、操作出来るスタンドが存在していても不思議では無いだろう。
 非常識とはタバサは思わなかった。この世界で触れた異世界の文化一つを取ってみても、自分の想像を絶する物であった以上、自分の想像を超えるよう突拍子も無い能力を持ったスタンド使いがどれだけ出てきても不思議では無いのだ。
 そしてここは文字通り敵の腹の中であり、自分達の行動は全て敵に筒抜けとなっていると考えるべきだろう。
「…だが、それだけとも思えんが……ん?」
 貨物室に入る直前、タバサを襲って来た敵の攻撃にあくまでも拘るツェペリが彼女の右手の傷に視線を送ると、その先に見覚えのある相手の影が視界の中に入って来た。
 斑模様の服を着込んだ猫。先程、この船内にタバサ達を誘導して来た張本人だ。
「あ」
 一同の視線に気付いたその猫は、ニャーゴと一鳴きした後に再び踵を返して目の前から去って行く。
「あの猫……また姿を現したな」
『ハッ。あのドブチ野郎、まるで「ご苦労さん、今度はこっちだ」って案内してるみてーだな』
 恐らくはデルフリンガーの言う通りなのだろう。
 だが、今はまだ、この船に潜むスタンド使いに対しての手掛かりは、あまりにも少ない。
 敵がこちらを誘い込む気ならば、それに乗って相手の同行を見極めるのが一番手っ取り早い。
 死中に活。確かに下策には違いなかったが、ここで手をこまねいているだけでも同じことだ。
「あの子を追う」
 言うが早いか、タバサは貨物室の外へ向かって出ようとする猫を追って走り出していた。
「……やれやれ。何だか着実に敵の罠に嵌まって行ってる感じがするねえ」
『まーな。だけどそれも、虎穴に入らずば何とやらってヤツなんじゃねーのかい?』
「違いない」
 軽く肩を竦めて、ツェペリも彼女の後を追って物凄いスピードで駆け出して行く。


「クレイジー・ダイヤモンド…!」

 ドラァッ!!

 この船全体がスタンドの可能性がある以上、迂闊に手で触れる訳にもいかない。
 タバサの頭に装備された攻撃用DISCのスタンドが放った一撃が、目の前の金属製の扉を吹き飛ばした。
 天井は大小様々なパイプが剥き出しになっており、先程の貨物室程のスペースは無いが、それでも結構な広さの船室だ。
 その船室の真ん中で、タバサ達が追い掛けていた猫が立ち止まってある一点をじっと見つめていた。
『なんだい。今まで逃げてばっかいたってーのに、今回はやけに余裕だな』
 タバサ達が近付いて来ても、その猫は特に警戒した様子も無くヒクヒクと鼻を鳴らしている。
「…………」
 タバサはその場に屈み込んで、猫の頭をぽふぽふと触ってみる。
 特に抵抗する様子も無く、タバサのされるがままに身を任せている。
 そこで今度は顎を撫でてみる。
 ごろごろ。目を細めて呻き声を上げる。嫌がっている訳では無さそうだ。
 ――面白い。今度はどこを触ってやろうか。耳の裏?それとも腹か?
 全部撫でるのもいいかもしれない。目の前の猫の存在は、無意味にタバサの嗜虐心を刺激する。
『ん……?おい、見てみろよタバサ』
「はっ」
 思わず猫を撫でるのに夢中になってしまった。それもこれも、こいつが可愛いのがいけないのだ。
 デルフリンガーの呼び声で正気に戻されたタバサは、慌てて猫を撫でる手を止めて視線を脇に向ける。
「…………猿?」
 タバサ達の視線の先には、頑丈そうな錠前で閉ざされている鋼鉄製の檻。
 その中で、まるでハルケギニアのオーク鬼やトロル鬼もかくやと言う程の、巨大な猿が鎮座していた。
『こりゃおでれーた。猿が本を読んでやがる……』
 その猿は口元に紙煙草を咥え、煙を吐き出しながら、胡乱な瞳で手にした本をパラパラと捲っている。
 紙煙草と言う物自体を見たことの無いタバサには、猿の咥えている物の正体まではわからなかったが、
彼が手にしている本については見覚えがある。
 正確に言えば、それと良く似た物を見たことがある、と言うべきだろう。
 不自然なまでに鮮明に描かれた半裸の女性の絵に、見慣れない文字による装飾。
 親友キュルケの実家に家宝として伝わっていた、異世界から召喚されし書物にそっくりだった。
 以前シエスタを強引に召抱えようとしたあのジュール・ド・モット伯に対して、あの平賀才人がシエスタを取り戻すために決闘を挑んだ際、仲裁にやって来たキュルケがあの本と引き換えにシエスタを取り返したと言う騒動を、タバサは良く覚えている。
 そう言えば、平賀才人はあの本も自分と同じ世界から同様に召喚されて来たと言っていた気がするが、ともあれ、あの召喚されし書物には「男性の欲情を駆り立てる」と言う力があるとされており、
それが好色なモット伯の琴線に触れたというのは間違いないだろう。

 一応、タバサも問題になったあの本をキュルケから読ませて貰ったことはあるが、目を通した所で何の感慨も湧かなかったし、そもそも、己を高める為の知性の研鑽と言う目的で読書を心掛けている
自分には、娯楽の為の本などは気分転換用に時々読めればそれで充分なのだ。
 だがそれでも、この世界で戦いに明け暮れる日々を送っていると、何でも良いから本を読みたくなって来る。
 時折大迷宮の中に落ちている、あのコミックスとやらの文字が読めたら良かったのに。
 タバサはDISCのパワーを強化する為の大切なコミックスの存在が、たまに恨めしく思える時さえある。
 だが、今はそんなタバサの読書に対する姿勢やこだわりなどはどうでも良い。
 問題なのは、人間の男の欲情を煽る類の本を、目の前の猿が当たり前のように読んでいると言う点だ。
「……ツェペリさん」
「何かね、タバサ」
「あなたの世界では……猿も本を読むの?」
「いいや。少なくとも、私の知る限りでは普通の猿は本など読まんよ」
 我ながら相当に間の抜けた質問だとは思ったが、それでもタバサは大真面目な表情で尋ねる。
 そしてツェペリも、タバサの言わんとしていることを察知して、同じく真剣な口調で答えた。
『と言うことは……ひょっとするか?』
「ああ、ひょっとするだろうね」
 そこでようやく、猿はこちらの存在に気付いたかのように、手にした本を放り捨てて振り向いて来る。
 口に咥えた煙草を檻の中に擦り付け、その火を消す。
 そうした一連の仕草だけで、この猿が相当な知能を持っていることが窺える。 
 特にそう感じさせるのは、そのあまりに人間的な仕草以上に、火を恐れていないことだ。
 動物にとって、火とは未知の力だ。
 人間が他の動物以上に繁栄して来た背景の一つは、火の力を自在に使いこなして来た為だ。
 言い換えれば、人間とは火の「恐怖」を克服し、支配したその「恐怖」を与えることで他の生物達を駆逐してきたのだとも言える。
 それはツェペリやスタンド使い達の世界でも、タバサの生まれ育ったハルケギニアだろうと変わらない。
 だが、火を前にして全く恐れを見せず、逆にそれを煙草の為に使ってみせるこの猿は既に動物の範疇を越えている。
 そして、それは同時にこの猿が火の「恐怖」を上回る「力」を持っている傍証にも成り得る。
 猿はタバサ達の方に視線を向けたまま、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。そして。
『コイツっ…!やっぱりコイツが、スタンド使いかぁーッ!!』
 デルフリンガーの叫びを肯定するように、船室の天井を走るパイプの群れがタバサ達に降り注いで来た。





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