ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

タバサの大冒険 第8話 その1

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 ~学生寮の部屋~

「それでは…えーと、余ったDISCの回収の方をお願いします……と」
『そこで送信ボタンを押すんだ』
「あ、はい。よいしょっ」
 ポルナレフの指示通りに、シエスタが今までパソコン上で書いていた電子メールの内容を送信する。
 暫く待つ内に送信終了の文字が画面上に表示され、メールが確実に送信されたことを知らせる。
「……ふぅ。この「ぱそこん」って言うの、何度使っても中々使い方が覚えられませんね…」
『それは仕方が無いな。まず使われている言葉自体が君達の世界の物とは違うし、そもそもこうした機械自体、私の世界でも誕生してから数十年……
 ここまでの機能を持つようになったのも僅か十年足らずの話でしか無かったからな』
 携帯用のノートパソコンの前で深く嘆息するシエスタに、ポルナレフはそう答える。
 モニター画面には、かつての友人達の国で使われていた、彼にとっても異国の言葉が並べられている。
『それに私とて、この国の言葉はあまり詳しくは無い。少しぐらいなら読めるんだがな』
 一人はある旅の中で命を落とし、もう一人はその旅の後で別れて以来、二度と再会することは無かった。 
 ポルナレフは、もう二度と出会うことの無い友人達の姿を思い出しながら言う。
「でも、すごいですね。遠い所にいる人にも、こうやってお手紙みたいなのを出せるんですから」
『そうだな』
 既に、生活必需品やその代わりになるDISCを仕入れる為に「パッショーネ」「レストラン・トラサルディー」と言った、この世界で生み出されるDISCやアイテム、生活用品等を回収し、販売・提供している集団と何度か電子メールの遣り取りをしているが、未だに電子メールの仕組みは良くわからない。
 ポルナレフから、電子メールの送受信以外にもこのパソコンが持つ機能について色々と聞かされてはいたが、そのどれもが、ハルケギニアで使われている魔法よりも余程御伽噺めいているとシエスタは思う。
 そんな彼女の心の内を見透かしたかのように、ポルナレフもその言葉に同意する。
『私の世界でも、少し昔では考えられない話だ……全く、時代とは常に変わる物なのだな』
「あ、その言い方、おじさんみたいですよ、ポルナレフさん」
『ハハハ…シエスタから見れば、私は立派なおじさんだよ。おまけに今では死んでしまった幽霊だしな』
 自分の体内に居住空間を作ることの出来る亀のスタンドの中で、自らの肉体を失ったポルナレフは笑う。
 シエスタは再びテーブルの上のパソコンに視線を向け、感慨深げにその金属製の機械を撫でる。
「……こういうのが当たり前にある所から、サイトさんは来たんですよね。
 今までずっと、もしかしたらって思っていましたけど…
 やっぱり、サイトさんは私なんかとは全然違う国の人なんですよね……」
 名門貴族の子女でありながらも、満足に魔法の使えないゼロのルイズが、それでも辛うじて
召喚に成功した使い魔――異世界からやって来たと言う平民の青年、平賀才人が大事そうに“それ”を持っていたことを思い出しながら、シエスタは言う。

 平賀才人の持っていた“それ”と寸分違わぬ形をしている目の前のパソコンもまた、この世界が生み出した無数の“記録”の一つ。どういう理屈だかは不明だが、電力の存在する亀の中ならば問題無く利用出来るこの平賀才人のパソコンも、“本来”のシエスタがいるハルケギニアでは必要な電源を供給出来ずに、ずっと以前に動かなくなって久しい。
 シエスタと出会ってから、彼は自分の生まれた世界の色々な話をしてくれた。
 特に、彼女の生まれ故郷に奉られていた、祖父の形見である「竜の羽衣」が彼の生まれ故郷で作られた乗り物であり、他ならぬ彼女の祖父自身も平賀才人と同じ国からやって来た異邦人であると言う話を聞いた時は、半信半疑ながらも大層驚かされたものだった。
 やはり、彼は自分とは違う世界の人間なのだ。いつかは元の世界に帰ってしまうのかもしれない。
 そうなれば永遠に会えなくなってしまう。ちょっと頼りなくて、女の子に対して優柔不断な所もあるけれど、それでもいざと言う時は誰よりも勇敢で一生懸命で、トリステイン魔法学院に通う貴族達とは違う、平民である自分と同じ目線で物事を考え、接してくれたあの人と。
 今ここにいる自分は魔法学院で暮らすあのシエスタ本人では無いけれど、それでも平賀才人に惹かれ、彼に想いを寄せ続けて来た彼女の記憶を確かに持っている。
 本来の世界で時を過ごして来た者達と全く同じ記憶や精神を持つ者……
 この世界で生み出される“記録”と言う存在は、そういうものだった。
 今の自分が感じているこの不安と焦燥もまた、ハルケギニアのシエスタが胸に抱いている感情と寸分違わぬものなのだ。
 少なくとも、彼女のような“記録”が形作られたばかりの、その瞬間だけは。
「……サイトさんに、会いたいな」
 この世界が作り上げた“記録”にはそれぞれに役割が与えられている。
 そしてシエスタと平賀才人がそれぞれに担う役割は、お互いに交わってはいない。
 彼女がこの世界に“誕生”してから、未だに再会していないその青年の姿を思い出しながら、シエスタはそう呟いた。

「ホンギャ!ホンギャ!ホンギャア~!」
 それでも一向に赤ん坊は機嫌を直そうとはしない。
 その様子を見て、シエスタはようやく赤ん坊が何を求めているのかを悟る。
「…どうもお腹が空いてるみたいですね。何かご飯を作ってあげないと…」
「メシか……だったらミルクでも作るか?それぐらいなら俺でも出来るだろ」
「う~ん。それよりも、出来ればちゃんとしたご飯の方がいいんですけど…」
 噴上裕也の提案に、シエスタは困ったような表情を浮かべて首を振る。
「仕方がありません。私、今から作って来ますから。
 ユウヤさん、ちょっとだけ赤ちゃんのことをお願いしますね」
「うっ。やっぱり俺が見てなきゃダメか」
「ダメですよ。それに、この子だって女の子なんですから、女の子に優しいユウヤさんならそのぐらい出来ますよね?」
 言外に、下手に赤ん坊を扱ったらタダでは済まさないと言っているのは明白だった。
 気は進まなかったが、彼女の言う通り、このまま赤ん坊に食事を摂らせないという訳にはいかない。
 食事による栄養分の摂取は人間の生活において最も重要な行為だ。
 その重要性を誰よりも知るが故に、自らも栄養補給に特化したスタンドを発現させた噴上裕也は、観念したように頭を下げる。
「……わかったよ、何とかやってみる。だけどシエスタ、なるべく早く戻ってきてくれ」
「はい、勿論です。いつまでも赤ちゃんのお腹を空かせておくわけにはいきませんものね」
 にっこりと笑ったつもりだったが、赤ん坊のスタンドのせいでシエスタの笑顔は噴上裕也には見えない。
 頭を掻きながら、噴上裕也は透明になっている赤ん坊の“臭い”を辿って、その体に触れる。
 その感触を受けて、シエスタは既に透明になりつつある噴上裕也に向けて赤ん坊を渡す。
「フギャア!フギャア!フギャア!フギャア~!!」
 心なしか、シエスタに抱かれていた時より赤ん坊の泣き声が大きくなった気がする。
 コイツとはとことん相性が悪いんだな、と噴上裕也は赤ん坊を抱きかかえながら、そんなことを思う。
「なあシエスタ」
「はい?」
「全速力で頼むぜ」
「はい、わかりました」
 既に再び亀の中のスタンドに入り込もうとしていたシエスタに向けて、噴上裕也は心の底からそう願った。

 噴上裕也がこの赤ん坊を連れて学生寮の部屋にやって来てから、平賀才人のパソコンで赤ん坊の世話に必要な生活用品を色々と取り寄せているので、ベビーフードを作る為の食材に関しては問題はない。亀のスタンドの中に調理場のスペースも増設してあるので、その気になれば学生寮の部屋と亀のスタンドがあれば充分生活は出来る。
 逆に言えば、この世界で日常生活を送る為の必要最低限の環境を整える為に、シエスタも含めてこれらの空間が存在しているのだとも言える。
 そして噴上裕也が赤ん坊の泣き声を必死に押さえつけようと四苦八苦することしばし。
 ようやく、皿に盛られたベビーフードを片手に持ったシエスタが亀の中から出て来た。
「ユウヤさーん、シズカちゃーん?どこですかー?」
 “臭い”で相手の様子や居場所を察知出来る噴上裕也とは違い、シエスタには透明になった状態の二人の様子はわからない。
 きょろきょろと見回しても、透明になった範囲がより広がっている室内の様子しか見えない。
「おう、ここだここだー」
「どこですかー?見えないんですけどー?」
「ベッドの上だ、すぐ来てくれー」
「はーい」
 未だに赤ん坊の声が止んでいないので、それに負けないくらいの大声を上げて噴上裕也は答える。
 そのベッド自体も透明となっていてシエスタの目には見えなかったが、位置はわかる。
 何かにぶつかって転んだりしないように注意を払いつつ、シエスタは普段ならベッドが置かれている
場所に向けて、ゆっくりと近付いて行く。
「その調子だ。そのまま左…じゃなくて、お前の方から見て右に2、3歩って所だ」
「この辺ですか?」
 噴上裕也の言葉通りに歩みを進め、シエスタは空いた方の手を伸ばす。
 ぽふん、と何かに当たる感触。
「あ。二人とも、みーつけた」
「おう。随分と美味そうなモンを作って来たらしいな、臭いでわかるぜ」
「うふふ、有難うございます。えーと、それじゃあどうしようかな……っと」
 流石に片手では赤ん坊を抱けないので、一旦膝をついて床に離乳食の入った皿を置く。
「それじゃユウヤさん。赤ちゃん、お借りしますね」
「あいよ」
 そして膝をついたまま、噴上裕也から慎重な動作で透明の赤ん坊を受け取る。
 赤ん坊の体が上を向くように、自分の腕と体でしっかりと固定してから、シエスタは片手を伸ばして皿と一緒に持って来たスプーンでベビーフードを一掬い。そのまま赤ん坊の口元へと運んでいく。
「はーい、待たせちゃってごめんなさい。ご飯が出来ましたからねー」
「フギャ……ふぇ?」
 ベビーフードの臭いを嗅ぎ取った赤ん坊が、泣き声を止めてスプーンの中のそれに口を近付けて行く。
 シエスタのアシストを受けて、そのままスプーンの中身を一含み。
「ウキャ♪ウキャキャ♪」
 シエスタの作ったベビーフードがお気に召したらしく、赤ん坊が手足をバタバタ動かして次の一口を催促し始める。それと共にアクトン・ベイビィの能力が勢いを弱め、室内の透明化が解除されていく。
 そして赤ん坊の注文通りに次の一口を運ぶシエスタの目の前に、憔悴した様子の噴上裕也が姿を現した。
「…ユウヤさん、お疲れですね」
「ああ、スゲー疲れた。どーも俺は、このガキにゃ好かれてねぇみてーだからなぁ…。
 まァしかし、お前さんの方は結構気に入られてるみてーだな。
 そういやタバサにも割かし懐いてたっけか、コイツ」
「あはは。もしかしてこの子ってば、「女の子が好き」とか」
「有り得るな。いやマジな話、俺よりかは女の方が抱かれ心地がイイってのはあると思うぜ。
 何よりもまず“臭い”が違う。人それぞれではあるんだが、大概は女の“臭い”の方が 甘ったるくて柔らかいんだよな。逆に男の“臭い”は強くなりがちなんだが、それは多分、 男は女にガキを生んでもらわなくちゃなんねー都合上、女を引き寄せる為に強い“臭い”に ならざるを得ないからなんだろうな。
 ま、ともあれ男の俺の“臭い”は、このガキみてーな赤ん坊には刺激が強いのかもしれねー。
 体内に溜まっている不純物が少ない以上、ガキの感覚ってのは鋭敏なモンだからな」
「もうっ。良くはわかりませんけどそのお話、何だか言ってることがエッチっぽいですよ」
「簡単に言やあ、抱いたり抱かれたりは男よりも女に限るって話だな。少なくとも俺はそーだぜ?」
「はいはい。まったく、ユウヤさんってばエッチでいけないお兄さんでちゅねー。ねえシズカちゃん?」
「オギャ」
 シエスタの胸に抱かれながらベビーフードを平らげている赤ん坊――
 乳母車や服に縫い付けられていた刺繍などから、静・ジョースターと言う名前が判明した彼女が、シエスタに同意するかのように声を出した。

「…しかしお前、マジで美味そうなモン食わせてるな」
 物欲しそうに静の食事を覗き込む噴上裕也が、そんなことを呟いた。
 自慢の鼻をヒクつかせて、“臭い”を元にベビーフードの正体を探ってみる。
 トロトロに煮込まれているベビーフードから漂ってくるのは、ミルクに卵黄、それにバナナとパンの“臭い”。
 どうやらこれは、それらを一つの鍋の中でトロトロになるまで煮こんだものらしい。
「これ、実はポルナレフさんに教えて貰った物なんですよね」
「ポルナレフの旦那に?」
 静に離乳食を食べさせながらのシエスタの言葉に、噴上裕也は地面をのろのろと歩く亀の方に視線を向ける。
「旦那、アンタにも子供がいるのかい?何だか意外だな、アンタには独身ってイメージがあったんだが」
『いいや。君の言う通り、私は独身だよ』
 亀のスタンドの中から姿を見せて、ポルナレフが噴上裕也の言葉を肯定する。
『昔の知り合いが赤ん坊に作ってるのを思い出してな、それをシエスタに教えてみたんだ。
 あの時は花京院が随分と参っていて、どうしたものかと不安に思ったものだが……』
「知り合いねぇ。それもやっぱり、あんたの言うスタンド使いの仲間って奴か?」
『そうだ。その人の名は、ジョセフ・ジョースター……この赤ん坊の義理の父親になるらしいな』
「……ジョセフ・ジョースターか」
 今はもう懐かしい、かつての仲間の名前を、ポルナレフは感慨深げに口に出した。
 そしてその名前は、噴上裕也にとっても全く未知の名前と言うわけでは無かった。
「仗助の親父だな……まさか、アンタが仗助の親父と知り合いだったとは思わなかったぜ」
『こちらも、君がジョースターさんや承太郎を知っているとは思わなかったよ。
 だがそれ以上に、ジョースターさんに隠し子がいたってことの方が驚きだな……
 そして、この赤ん坊や仗助という息子もスタンド使い。
 スタンド使いが互いに惹かれ合うというのも運命だが、どうやらそれ以外にも
 ジョースターさん自身は子宝に恵まれると言う運命も背負っているらしいな』
 そう呟くポルナレフにつられて、噴上裕也もシエスタの胸元でベビーフードをがっつく赤ん坊に視線を向ける。余程腹が減っていたのか、それともベビーフードが美味いのか、見ていて気持ちの良いくらいの食べっぷりである。
「………ムゥ」
 なまじ嗅覚が発達しているせいで、ベビーフードの芳醇な香りをダイレクトに嗅ぎ取ってしまい、噴上裕也はその“臭い”を通じて激しく食欲を刺激される。
「なあシエスタ……こいつの食ってるメシ、後で味見してもいいか?」
「ダメですよ」
 物凄い速度でシエスタにそう即答される。
「なんでだよ」
「シズカちゃんだって女の子ですからね。
 ユウヤさんが食べちゃったら関節キスになっちゃうじゃないですか」
 そう答えるシエスタの顔は大真面目だった。
「お前なァー、こんなガキと間接キスもクソもねぇだろうが」
「そういうわけにはいきません。
 女の子がそういうことをしていいのは、この人ならお嫁さんになってもいい、って思った人だけなんです。
 私達がこの子を預かっている以上、こういうのはキチンと守らなくちゃいけません」
 次第にシエスタの言葉が熱と力を帯びて来る。
 当の静は食事中で御機嫌な為か、スタンド能力を発動させる気配など欠片も見せずに、
口の周りを零れたベビーフードで好き放題に汚している。
「間接キス程度でそりゃ幾ら何でもオーバーだぜ。
 普通にキスするってんならまだ話はわかるけどよォー……
 ちょいとウブ過ぎるってゆーか、少女漫画でも今時そんなネタなんざ使わねーぞ」
 寧ろ自分が何か飲み物を飲んでいると、逆に間接キス目当てに群がって来るようなタイプの女の方が馴染み深い噴上裕也には、シエスタの言葉は感覚的に理解し辛い話だった。
 だがそう言えば、彼の近所に住んでいると言う漫画家の書いた本には、今シエスタが言っていたような台詞が何処かのシーンであった気がする。あれを最初に見た時は随分と古典的な表現だと思ったが、
シエスタからこんな話を聞いた今では、あれはあれでリアリティがある描写なのかもしれないと噴上裕也は思った。

「オギャ、オギャッ」
「とにかく。これと同じのを食べたいなら、お鍋に少し残ってるのがありますから、それで我慢して下さい。
 ……はーい、お姉ちゃんのご飯はおいちかったでちゅか?お腹ぽんぽんになりまちたかー?」
 噴上裕也に言ってから、シエスタは皿の中の離乳食を全て平らげた静にそう微笑み掛ける。
 今言われたことに関しては兎も角として、シエスタのそんな優しさに満ちた表情を見ると、やはり女と言う生き物は自分よりも遥かに大きい存在だと噴上裕也は思う。
 この世界に広がるレクイエムの大迷宮と呼ばれる空間から、静を連れて初めて彼がこの部屋にやって来た時、確かに目を丸くしてはいたが、詳しい事情を説明したら彼女は快く静の面倒を見ることを引き受けてくれた。そして本来なら厄介者に過ぎない自分がこの部屋に居続けていても、全く気にした様子を見せずに明るく振舞っている。
 そんなシエスタに対して、噴上裕也は深い恩義と尊敬を抱いていた。
 女は大きな人間愛を持っている。
 それが噴上裕也の持論であり、彼が女性を尊敬して止まない理由の一つでもある。
 元の世界で事故に遭った彼を甲斐甲斐しく世話をしてくれた女性達もまた、噴上裕也に惜しみなくその愛を注いでくれたし、自分はそれに報いる為ならば命を賭けても惜しくは無いと思っている。
 愛には報いで以って答えねばならない。
 それこそが自らの尊敬を形として示すことに繋がるのだと噴上裕也は思うのだ。
「……仕方ねーな。んじゃ、食いに行くついでにその皿、洗って来てやるよ」
 そして噴上裕也は今、本当に些細ではあるが、シエスタのその愛に報いる為の言葉を口にする。
「えぇっ?いや、そんな、悪いですよ」
 そんな噴上裕也の言葉に、シエスタは面食らったような面持ちで彼の顔を見上げる。
 トリステイン魔法学院に奉公するメイドの彼女にとって、家事全般は仕事の一部だ
 。時折、あの平賀才人が仕事を手伝おうかと持ち掛けて来るぐらいならともかく、それを全部肩代わりするとなどと言う話にはまるで慣れていない為、シエスタはつい自分の耳を疑ってしまう。

「気にすんなって。鍋の中のメシを食い終わったら、そっちの方も洗っとくぜ。いいだろ?」
「それは構いませんけど……でも、本当にいいんですか?」
「俺がやりたいからそう言ってんだよ。こっちが忙しい所を呼び付けちまったってのもあるしな……
 ここに世話になっている以上、俺も何かやんねーとな」
 シエスタが床に置いたままの皿を拾い上げて、噴上裕也は腰掛けていたベッドから立ち上がる。
「ユウヤさん……」
「このガキの面倒を見るのだって、いつまでもアンタに頼りきりって訳にはいかないからな。
 まあ、まずはこのガキに好かれることから始めなくちゃなんねーか」
「ホギャ」
 そう言って、噴上裕也がシエスタの胸の中で抱かれる静を見下ろす。
 当の静は元気一杯とばかりに手足をばたばたと動かしている。
 服越しからでもわかるシエスタの豊かな胸に触れる度に、ぽふん、とその手が弾かれる。
「きゃっ」
「……全く、女の癖に羨ましいヤツだぜ。まあ、どーせ赤ん坊だし意識してやってるワケじゃねーのか」
「もうっ!ユウヤさんったらっ」
 今のは流石に気恥ずかしかったのか、顔を赤くしてシエスタが抗議の声を上げる。
「まあ悪ィけど、とにかくこいつを洗い終わるまでそのガキの面倒を見といてくれや。
 忙しいって言うなら、何とかそいつの御機嫌を取ってみるけどよ」
「いいえ。丁度一段落ついた所ですし、そもそもここってそれほどお仕事とか無いんですよね」
 基本的に、今のシエスタがやらねばならない作業と言えば、この学生寮の部屋と亀の中のスタンドの掃除や身の回りの物の洗濯、平賀才人のパソコンを使っての生活用品の確保。
 後はせいぜい自分の為の食事を作るぐらいである。
 亀の中に住んでいるポルナレフは肉体を失った幽霊だし、静と噴上裕也の二人が居候を始めたからと言って、大して全体的な作業量が増える訳では無かった。
 広大なトリステイン魔法学院で日がな一日中働いている“本来の”シエスタに比べれば、その忙しさには天と地ほどの差があるのだ。
「暇を潰すなら昼寝するなり、亀の中でテレビを見るなりすればいいってワケか。
 まったく、まさかこんな所でネコドラくんやキャプテン翼が見られるとは思ってもみなかったぜ」
 部屋の中をのろのろと歩く亀に視線を送りながら、噴上裕也は言う。
 驚くべきことに、亀のスタンドで生み出された部屋の中には実際に映るテレビまで置いてあった。
 この世界が全て“記録”で作られている都合上、見られる番組は既に放映済みの物ばかりだったが、他にめぼしい娯楽が存在しない以上、テレビがあるというのは日本に住む現代人の噴上裕也には有り難い話であった。

「てれびですか…面白いしすごい物だとは思うんですけど、まだ使い方が良くわからないんですよね……
 なんだか下手に動かして壊しちゃっりしたら怖いですし」
 ただでさえ慣れないパソコンを使わざるを得ない羽目に陥っていることもあり、辟易した様子でシエスタがぼやく。
「どちらかと言うと、私はここにある本を内緒でお借りして読むことが多いんですよね」
 トリステイン魔法学院の学生寮のある一室を模したこの部屋の本棚には、整然と、しかし所狭しとばかりにぎっしりと本が詰まっている。
 しかし、そこに書かれている文字は噴上裕也にとっては異世界の物。
 開いた所で、前衛的な暗号文が一面に広がっているだけなので、全く読み解けるものではなかった。
 そしてまたシエスタにとっても、この部屋の持ち主である貴族が日常的に読むような魔法に関する学術書や専門書などは、読んだ所で到底理解出来そうも無かったが、
中には「イーヴァルディの勇者」などの物語も僅かながら置いてある為、それらを少しずつ読んでいけばそれなりに暇は潰せるものだった。
「本か。そういえば、この部屋は確か……」
「はい」
 噴上裕也の言わんとすることを察して、シエスタは頷きながら言った。
「この部屋は間違いなく、ミス・タバサのお部屋です。正確には、その“記録”を元に作られた物ですが」
「………タバサか」
 その名前を聞いて、噴上裕也はこの部屋の足元に広がる大迷宮で出会った少女の姿を思い出す。
 過去として過ぎ去ってしまったものの“記録”で作られているこの世界の中で、唯一現実の時間を生きている異世界からの来訪者。自らもまたこの世界によって生み出された存在である噴上裕也にとっては、二重の意味での異邦人であり、そして彼が今この場所にいるきっかけを作った相手でもある。 
 後で知った話だったが、彼女は本来ならハルケギニアにおける貴族――
 魔法の力を行使するメイジであるにも関わらず、この世界に迷い込んだ際に、魔法を使う為に必要な杖を失ってしまったとのだいう。
 それは自分のようなスタンド使いが、そのスタンド能力を奪われるのに等しい話だと噴上裕也は思う。
 戦う為の牙を砕かれた獣と同様に、本当ならば、今のタバサはただの非力な少女でしかない。

 だが、それでも彼女は、この世界が生んだスタンド能力を形に換えて行使出来るDISCを武器にして、元の世界へと帰るべく、レクイエムの大迷宮を支配する存在を目指して今も戦っているはずだった。
 噴上裕也はタバサがどんな運命を背負っているのかは知らない。
 しかし、それが如何に重く、そして苛酷なものであるのかは彼にもわかる。
 それは心を閉ざして、自らの痛みに対してどこまでも無頓着にならねば耐えられない程のものであり、だからこそ彼女は自らが傷付くことをまるで厭わずに戦うことが出来るのだ。
 あんなに小さく、抱き締めれば折れてしまいそうなくらいに細い体で、彼女はどれ程の戦いを今迄潜り抜けて来たのだろう。そして、これから先、彼女にどんな苛酷な試練が待ち受けていると言うのだろうか。
 噴上裕也は、本当はタバサという少女は心優しい女性なのだと思っている。
 一度は敵として立ちはだかった自分を赦し、またスタンド使いに攫われた静を助ける為に、必死になって戦った彼女の姿を、そして静に向けて優しく子守唄を歌って聞かせた時に見せた、あの悲しげな微笑みを見れば、彼女の胸にどれほどの深い愛情が秘められているかが良くわかる。
 だが、だからこそ、彼女は自分が傷だらけになってでも、戦うことが出来てしまえるのだろう。
 愛が強ければ強いほど、激しければ激しいほど、人間は形振り構わずにどこまでも走り続けてしまう。
 そして誰かを深く愛するが故に、人は傷付き、苦しまねばならない時もある。
 きっとタバサは、そんな経験を他の誰よりも多く積み重ねて来たのだろう。
 誰かに報いて貰う為の物ではない。
 惜しみなく与え続ける為の愛情こそが、苛酷な戦いの中にあって彼女を今日まで支え続けて来たのだ。
 きっと自分が思っている以上に、タバサは強い女性なのだろう。
 例え目の前に立ち塞がる障害がどれほど辛いものであろうと、運命を切り開いて行ける力を持っている。
 だがそれでも、これからも激しい戦いの度に傷付いて行くだろう彼女の姿を思うと、噴上裕也の心は張り裂けそうになる。
 彼女が背負っている運命を肩代わりしてやれない自分の無力さを呪わずにはいられない。
 自分はタバサが心置きなく戦えるよう、大迷宮の中で拾った静を連れてこの場所にやって来た筈だ。
 だが、それでも自分は「恐怖」に駆られて、タバサを見捨ててしまったのでは無いかと、噴上裕也は悔やんでいた。現在、彼女と共に行動しているウィル・A・ツェペリという人物が、噴上裕也に向けて言ったお前は己自身の「恐怖」に敗れ去ったのだと言う言葉そのままに。
 だが、それでも――
 噴上裕也はタバサの身を案じ続けるだろうし、そして彼女には忘れないで欲しいと思う。
 彼女を愛し、その身を案じる者がゼロでは無いのだと。
 背負っている運命を共に分かち合い、肩代わりしたいと思っている者が確かにいると言うことを。
 誰かに与える為だけの物では無い、彼女自身に与えられる為の愛が存在していることを。
 本当ならば今すぐにでも彼女の許へ飛んで行きたい所だが、それが叶わない以上は
ここで待ち続けるしかない。そしてもし、今度タバサが助けを求めて来た時は、今度こそ彼女の力になる為に何でもするつもりだった。
 それを伝える為にも、どうかタバサには無事でいて欲しいと噴上裕也は願う。
 今、彼女を支えるのは、ツェペリとあのデルフリンガーとか言う口喧しい喋る剣に任せるとしよう。
「タバサ。お前は今、何をやっている……?」
 答える者は誰もいない。
 あの静ですら、今は満腹になったせいで、再び深い眠りに落ちようと口を噤んでいるだけだった。



 ~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~

「……くしゅん」
『うん?風邪でも引いたか、タバサ』
「大丈夫」
 ずずっ、と軽く鼻を啜って呼吸を整えてから、タバサは周囲を見回す。
 今までに通り抜けて来た階層は、規模の大小こそあれ、どれも平面的な構造の、如何にも迷宮と言う佇まいであった。だが今回は、そんな物とは全く異なる異質な空間が目の前に広がっていた。
「ここは…どうやら船のようだねぇ」
 タバサ達も頭の中で考えていた内容を、ツェペリが代わって口にする。
 今、彼女達が立っている金属的な構造物の上から見えるのは、四方一面に広がる青い海。
 前後に細長く伸びる長方形の足場と、あちこちに聳え立っている柱のような物を見れば、確かにここが船の甲板であることは容易に想像は付く。しかしツェペリを除いたタバサとデルフリンガーには、それを素直に受け入れる為にはどうしても拭えない違和感があった。
『まァ、海の真上にあるってこたぁ船なんだろうけどよぉー……
 こんな物々しい船、今まで見たことねーぞ?これじゃあまるで城とか要塞じゃねーか。
 まったく、オレ様マジでおでれーたぜ』
 デルフリンガーの言葉に、タバサも小さく頷いて同意する。
 彼女達の世界ハルケギニアにおける船舶とは木造が基本であり、構造物の全てが金属類で出来ている船などは例え国家所有の戦艦の中にすら存在していない。
 またタバサ達が暮らしている地域では、天空に浮かぶアルビオン大陸を別にすれば、基本的に人間達の住んでいる国家は全て地続きとなっている為に、海洋航海の技術はそれ程発展している訳でも無かった。寧ろ「風石」と呼ばれる魔法の力を秘めた石によって空を飛行する「フネ」の方が、船舶としては主流なくらいであった。
「それに……帆が無い」
 続けて言ったタバサの言葉も、彼女達が今いる場所が船の上だと受け入れ難い理由の一つだった。
 ここが船である以上は、風を受けて速度を上げる為の帆が必要となる筈である。
 それは風石で飛翔するフネですら例外では無い。
 風石のみでもフネが飛行することは可能だが、それでは消耗品である風石も消耗する一方であり、だからこそ風石の消耗を軽減し、尚且つより航海の速度を高めるべく、帆を掲げて空に吹く風を利用しなくてはならないのは、海上航海用の船と何ら変わりは無いのだ。
『こりゃどう見てもオレ達の世界の船じゃねーな。ツェペリさんよ、こりゃアンタの世界のモンだろ?』
 甲板の上でありながらも、何処を見回しても帆の一つも見受けられないこの船が
ハルケギニアの技術力で作られた物だとは到底思えない。
 ならば考えられるのは只一つ。デルフリンガーの言う通り、この船は目の前にいるツェペリが存在していた世界で作られた物だということだった。
「うむ、恐らくはそうなるのだろうな。だが」
『だが?』
「私もこんな形状の船は見たことが無い。恐らくは私が生きていた時代よりもっと後……
 そう、例えばフンガミ君が暮らしていた頃の時代ならば、こういう船もあるのだろうね」
 甲板に立っている柱の一つを軽く小突きながら、ツェペリは言った。
 ツェペリとあの噴上裕也が元の世界で暮していた国は、お互いにその存在自体は知られている物の、位置的には遠く離れているのだと言う。
 そもそも、彼ら二人の間には生まれた時代そのものに百年程の差があるらしい。
 魔法の力によって繁栄するハルケギニアで生まれたタバサには、百年程度で大幅な技術革新があった時代などは聞いたことは無かったし、六千年にも及ぶ長き時代を生きて来たデルフリンガーにとっても、彼の生まれたばかりの頃と比べて、今のハルケギニアが技術面で目覚しく発達したと思える所はそうそう無かった。

 だが、ツェペリ達の世界には魔法の力が無いと言う。
 それならば、魔法の力の代替として、あの破壊の杖や竜の羽衣を作り上げるような科学技術が発展し、たった百年の差でまるで別世界のように技術革新が起きると言うこともあるのかもしれない。
 そして、自身も優れたメイジでありながら、魔法の力に頼らない科学技術を研究しているせいで変わり者扱いされているトリステイン魔法学院の教師コルベールが自分で作った「エンジン」とやらを披露した時、これを改良すれば船だって動かせるという話をしていたことを、タバサはふと思い出していた。
 今、自分が立っている船や、以前戦ったことのある「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」のスタンドによって強化されていた車などは、そのエンジンの仕組みを実際に応用・発展させて動いているのだろう。
 それに実際、コルベールはタバサの親友キュルケの財力を借りて建造した飛行船「東方(オストラント)号」に、あの竜の羽衣の研究成果や平賀才人からの話を基にして、魔法以外の技術で動く仕掛けをふんだんに盛り込み、それらの実用を成功させていた。
 コルベール一人で考えたアイデアですらそうなのだから、より大勢の人間が寄り集まって研究や考察を重ねれば、ハルケギニアなど問題にならぬ速度で科学技術が発展するのは当然の帰結と言えるだろう。
 今までにも平賀才人から、何度か彼が生まれた世界についての話を冗談半分に聞いていたが、ある程度の誇張はあるにせよ、彼の話は概ね真実であったのだと今のタバサは認めざるを得なかった。
 この世界に来てからと言うもの、タバサはハルケギニアで築き上げて来た自分の考え方や価値観の類が、如何に狭い視野に限られた物だったのかを嫌と言う程思い知らされて来たが、それと共に、これ程までに何もかもが違う世界で生まれながらも、あの平賀才人はよくもあそこまでハルケギニアに順応して、今まで暮して来たものかと改めて感心する。
 既にタバサは、平賀才人がツェペリや噴上裕也達と同じ世界からやって来たことを疑ってはいない。
 そしてもし、自分が逆に彼の住む世界へと迷い込んだとしたら、恐らくは何も出来ずに途方に暮れるだけだったであろうとも思う。
 そこには愛する母も、親友も、憎むべき伯父一族もいないから。
 今まで研鑽を重ねて来た知識や魔法の力も、全ては母を守り、伯父一族に復讐を成し遂げる為のものだ。
 それが両親から与えられた名前を捨ててまで、今までタバサが築き上げて来た全てだった。
 だが、己自身の全てを一方的に奪われてしまえば、人はその先、一歩も進めなくなってしまう。
 この世界に迷い込んだ直後は、タバサもそうして歩くべき道を見失ってしまった。
 だが、この世界で始めて手にしたスタンドのDISCに宿っていた、あのエコーズAct.3が再びタバサに道を指し示してくれた。彼が自分を救う為にその身を犠牲にして、タバサの目の前で逝ってしまったのは確かに悲しいことだが、あの時エコーズAct.3から受け継いだ未来への希望は、更に先へと進めねばならない。
 それこそが誇り高く散って行った彼の生命に対して、唯一報いることになるのだとタバサは思う。
 そして今、彼が作ってくれた未来によって、タバサはこの世界でも新しい仲間を大勢作ることが出来た。
 この世界で力を貸してくれる人達がいる。ハルケギニアに帰って会いたい人達がいる。
 それがどれだけ、自分にとって至福なことなのか、今のタバサにははっきりとわかる。
 大切な仲間達の想いを無駄にせぬ為にも、タバサはこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。
 元の世界に帰る為に、大迷宮を支配する存在に会うと言う目的が定まっている以上、後はそこに向けて全力で進むだけだ。
「出口を探す」
『いや、探すっつったってよぉ。本当にそんなモンがあるのかね、この船の中に』
「きっと、ある」
 この船もまたレクイエムの大迷宮の一部である以上、次の階層に通じる道は確実に存在している筈。
 強い確信を持って、タバサは頷いた。





+ タグ編集
  • タグ:
  • ディアボロの大冒険
  • タバサ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー