ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-25

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匿名ユーザー

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 シエスタがギトーと共にトリステイン魔法学院に向けて馬を走らせている頃。

 ルイズは、トリステインの王宮で、一人で待たされていた。

 デルフリンガーは武器なので王宮には持ち込めない。
 そのため、吸血馬と共に馬舎に預けてある。

 ルイズが待たされているこの部屋は、言わば従者を待たせるための部屋なのだが、王宮だけあって間取りは広く、調度品も美事な物ばかりだった。
 実家にも同じような部屋があったのを思い出したが、それと比べても広く、そして堅牢な作りをしている。

 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。

 トリステインの王宮に来るまでの間、ウェールズにブルリンのことを覚えていないのかと何度も質問した。
 だが、ブルリンのことなど覚えていないという。
 念のためデルフリンガーを握らせて質問したが、デルフは『嘘つているとは思えねー』と言っていた。

 本来なら、王宮にウェールズを送り届けたらオサラバしようと思っていたのだが、王宮を見てルイズの考えは変わった。
 アンリエッタは、ルイズのことを覚えているだろうか、存在そのものを忘れ去られていたら、自分はどうするべきなのだろうかと、悩んでいた。
 それを確かめるため、あえてウェールズの従者として城に入り込んだのだ。

 従者である自分がアンリエッタと面会できるとは限らない、だが、いざとなれば夜の闇に紛れて会いに行くつもりだった。

 右手には、報酬として渡された『風のルビー』が輝いている。
身元が確認されたウェールズから、せめてもの礼だと言って渡されたものだ。

 ルイズはつまらなそうにため息をつき、ソファに背を預けた。

 コンコン、と扉がノックされ、一人のメイドらしき女性が何かを運んできた。
 運んできたのはクックベリーパイと、紅茶。
 メイドが部屋を出たのを確認すると、ルイズはフードを外し、居住まいを正した。
 クックベリーパイはルイズの大好物。
 久々に食べるので、緊張しつつも笑みを浮かべてしまう、なかなか異様な光景だ。
 一口食べてみると、甘みと酸味の絶妙なバランスがルイズの舌を刺激し、ルイズを喜ばせた。

 吸血鬼になってからというもの、食べ物といえばトロル、オーク、牛馬の血、場末の酒場で注文した肉料理、ドラゴンの血……
ほとんど血ばかりで、人間だった頃好んでいたものは食べていない。
 血は吸血鬼としての喜びを満たしてくれるが、お菓子の好みはまた別だ。
 甘いものは別腹、という言葉があるが、まさにその通りだと実感する。

 パイの上には、ハルケギニアで採れる苺を、クックベリーのジャム漬けにしたものが乗せられている。
 パイを食べ終わった後、これを舌の上に乗せ、レロレロと転がして遊ぶのがルイズの癖だった。
 子供のころ、親からも、教育係からも、姉からも怒られたのをよく覚えている。
 魔法学院ではこの癖は見せないように我慢していたが、今は誰も見ていない。
 ルイズは小指の先ほどの苺を唇で挟み、右手の人差し指の上に乗せ、もう一度キスをしてから口の中に放り込み、その感触を味わった。



 懐かしい。
 そういえば、アンリエッタが真似をして、従者の……ラ・ポルトに怒られていたっけ。
 昔を思い出すと、思わず顔がほころんでしまう。
 けど……吸血鬼になった私は、人間の敵。
 私がルイズだと知っていても、アンリエッタは私を切って捨てるに違いない。


 喜んだり悩んだりを繰り返していたルイズ。
 その思考は、突然開かれたドアの音と、自分に飛びついてきた少女によって中断された。

 バタン、とノックの音もなく扉が開かれる。
 ルイズは臨戦態勢を取ろうとしたが、扉を開いたのが衛兵ではなく、室内用のドレスを着た少女だと気づき、ルイズは硬直した。

「ルイズ! ルイズ!ルイズなんでしょう!」

 ルイズの名を叫び、涙を流しながら抱きついてきた少女の姿を見て、ルイズは戦意を完全に喪失してしまった。
「あ…いえ、私はルイズじゃ……」
 ルイズはなんとか誤魔化そうとしたが、抱きついた少女がそれを遮った。
「嘘!パイを食べたあの仕草、覚えてるわ!一緒にラ・ポルトに怒られたじゃない!なんで、なんで死んだなんて嘘をついたの!?ルイズ……うっ……ぐすっ……」

 ルイズは、完全に油断していた。
 この部屋が『遠見の鏡』で監視されていた可能性は十分にあったのに、それを失念していたのだ。

 だが今のルイズにとって、そんなことはどうでも良かった。
 アンリエッタが自分のことを覚えていてくれた、それだけがルイズにとって嬉しかった。でも、嬉しいという感情を表に出してはいけない。
 今はアンリエッタを自分から引きはがすのが先だ。

 なにせ、アンリエッタの後を追ってきたウェールズが、顔を真っ青にしているのだから。

「姫様、離れて、私に触れちゃ駄目よ、王子様が困ってらっしゃるわ」
「ルイズ、ルイズ、貴方なのでしょう?そんな言い方は止めて!昔みたいに、友達として接してはくれないの?」

 ルイズはアンリエッタを軽々と引きはがした。
 アンリエッタはなおもルイズに抱きつこうとするので、ウェールズがアンリエッタの手を握り、落ち着かせた。

 アンリエッタはルイズを連れて部屋を移動する、今度は従者の待機室ではなく、上等な調度品が置かれた応接間だった。
 テーブルを挟み、ルイズと向かい合わせの形でアンリエッタとウェールズが座る。
 アンリエッタが人払いをし、ディティクトマジックで遠見の鏡が使われていないかを確認すると、改めてルイズに語りかけた。

「わたくし、ウェールズ様が傭兵に助けられたと聞いて驚いたわ、貴方に直接礼を言おうと思ったけど、従者が『傭兵に会うのは危険です』なんて言ったの」
「それで、遠見の鏡を使って覗き見したの?」
「いいえ、先ほどの部屋は『疑いのある者』を一時的に隔離する部屋なの、遠見の鏡でずっと監視されている部屋なのよ」
「なるほどね…迂闊だったわ」
「でも驚いたわ、顔も髪の毛の色も、思い出の中のルイズそのままだった…その人がクックベリーパイをあんな風に食べる人なんて、もう、だから私、気が動転して…ごめんなさいね、いきなり抱きついてしまって」
「もう、私がルイズだと、確信を持ってるのね?」
「ええ!あんな美味しそうにパイを食べる人、貴方だけよ!ルイズ・フランソワーズ」
 アンリエッタの笑顔が、ルイズにはとても懐かしかった。
 それがルイズの心に罪悪感を募らせる。

「…………姫様、ごめんなさい、もう、私はルイズ・フランソワーズではありません、私は…」
「ルイズ……あなたの身に何が起こったの? 私、あの日のことをよく覚えているわ。後日あなたが死んだと聞いて…本当に、私、どうしたらいいか分からなかったわ」
「姫様のせいではありませんわ」
「衛兵のいない隙を狙って現れた、『土くれのフーケ』をルイズが追いかけて、相打ちしたと聞いたときは…………ううん、生きていてくれたから、この話は止めましょう。」
 一呼吸置いて、アンリエッタが真剣な表情で、ルイズの顔を見た。
「ルイズ、どうして生きていると教えてくれなかったの?それに、貴方が単独でウェールズ様をここまで連れてきたなんて、とても信じられなかったわ。貴方の身に何が起こったの?」

「……ごめんなさい、ごめんなさい姫様、ルイズはもう死んだの、ここにいる私は人間じゃないの」
「ルイズ」
「私は、吸血鬼よ、日の光を浴びても平気な、吸血鬼なの」
「ルイズ、何を言ってるの?」
 困惑するアンリエッタに、ウェールズが言った。
「アンリエッタ、彼女の言っていることは、本当だ」

 驚いたアンリエッタはウェールズを見る、ちらりと首元を見ても、ウェールズの首には傷痕は無い。
 ルイズに向き直り、うつむいたルイズの首をのぞきこむように見ても、吸血鬼に噛まれた傷痕どころか、傷一つ見えない。

「……ルイズ、ウェールズ様、そんな、冗談でしょう?」
 だが、アンリエッタの希望は、ルイズがその正体を見せることで、完全に砕け散った。
「姫様、この部屋に『目』と『耳』は?」
「この部屋にはありませんわ」
「その言葉、信じます」
 ルイズは口を大きく開いた、すると犬歯がカタカタと震え、瞬く間に凶悪な『牙』へと変化した。
「…………ルイ……ズ……?」
「姫様、私は、もう人間じゃないの、どう? 怖くなったでしょう?」


 ルイズは思った。
 アンリエッタに嫌われれば、自分は人間など吹っ切ることが出来る。
 ここから逃げ出して、顔を変えて、フーケと手を組んで、盗賊や傭兵でもやって生きた方が幸せかも知れない。

 ルイズは、アンリエッタに嫌われるつもりで、牙を見せた。

 だが、アンリエッタは怖がるどころか、どこか寂しそうな顔でルイズを見つめていた。
 そして、多少芝居がかった仕草で顔を覆い、涙を拭いた。
「ルイズ、あなたはルイズよ、私はカゴの中の鳥…王宮で私はひとりぼっち…他人と混ざることの出来ない苦しさは私が一番よく知っているつもりです」
「姫様」
「アンリエッタ」
 ルイズとウェールズが驚く。
「ねえ、ルイズ、あるとき、私はこんなことを言われたの、『王族は国民の血を吸って生きる花です』って。私はあなたよりずっと沢山の税を、血を吸っているの……」

 そう言うとアンリエッタは、突然立ち上がり部屋を出た。
 廊下で待機している従者に何かを告げ、しばらくすると従者が絹で包まれた何かを持ってきた。
「ルイズ、ね、昔宮廷ごっこをして、遊んだのを覚えている?」
「ええ、何度目かで、私がお姫様役になった時、従者のラ・ポルトに怒られて……仕返しに服まで交換して、ラ・ポルトを騙そうとしたわ」
「その後、宮廷中がニセモノ騒ぎで大変なことになったのよね」
「姫様、どこからかカツラまで持ってきたんですよね、懐かしい……本当に懐かしい…です」

 二人は笑い合った、本当に久しぶりの笑いだった。
 ウェールズもまた、アンリエッタとの出会いの話をして、三人で笑い合った。

 そして、一通り談笑が済むと、アンリエッタは包みを開け、中から一冊の本を取り出した。
「ねえ、ルイズ、おままごとのつもりでいいの、この本を使って、アンとウェールズの結婚を祝う祝詞を……」
「アンリエッタ!君は何を」
「ウェールズ様、私をはしたない女だとお笑い下さい、ゲルマニアに嫁ぐ前に、一度だけ、一度だけ夢を見たいのです」
『結婚』という単語を耳にし、ルイズの笑顔が一転した。
「姫様、では、本当にゲルマニアの皇帝と……」

 アンリエッタは無表情で、静かに頷いた。

「アンリエッタ、これは『始祖の祈祷書』じゃないか、いくらおままごとと理由を付けても、こんな事をしては…」
「でも……せめて、ウェールズ様、私に勇気を下さい……」

 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。
 アンリエッタが『お姫様』なのだと、否応なしに理解してしまった。
 政略結婚のために育てられた『お姫様』は、せめて結婚前に思い出を作りたいと思っているのだろう。
 ルイズは、この申し出を受けるべく、『始祖の祈祷書』を開いた。
「これは……古いルーン文字かしら」

『序文、これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。』

「この世のすべての物質は……小さな粒より……四つの系統は……」

 ぶつぶつと呟き始めたルイズを、アンリエッタは何故か訝しげな目で見ていた。
「ルイズ、何を呟いてるの?」
「え? ああ、ごめんなさい、ところで、この本のどこからどこまでが祝詞なの?」
「『始祖の祈祷書』は白紙のはずよ、代々の王家はその本を読む形で祝詞を唱えるの、祝詞は毎回違うはずよ」

「……でも、書いてあるわよ」

 ルイズはそう言ってページをめくり、適当なところを指で指した。
 書かれている文字を指でなぞりつつ、アンリエッタとウェールズに聞かせるよう、音読していった。

「異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ」
「詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る」
「我はこの書の読み手を選ぶ、資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれ……選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ」

 心なしか、ルイズの声は震えていた。

「されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 』」

 ルイズの指にはめられた『風のルビー』が、きらりと輝いた。


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