ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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ちりちりとあてられる熱に、顔のうぶ毛が焦げたような錯覚を、ルイズは覚えた。
裸で立ち尽くすキュルケが、赤い炎を纏って正面に立っている。
それに目を奪われる。美しさもあり、それ以上に、畏怖もあったために。
ドアを焼き焦がしたキュルケの炎が、蔦のようにルイズの部屋に這うように進入する。
それに合わせるように、キュルケもまた一歩、踏み出した。
「……ごめんなさいねルイズ。あなたが意地悪するんだもの……。すこし乱暴しちゃったわ」
最後に残ったドアノブを弄びながら、キュルケがくす、と微笑む。
ルイズは、キュルケが部屋のドアを壊したことに、どこが少しの乱暴よ、と怒鳴ってやりたかったが……、声が出てこなかった。
震えていたのだ。乾いているわけでもないのに、喉が貼りついたように動かない。
そのルイズが見ている前で、キュルケが手に持っていたドアノブがどろりと溶けて落ちる。ドアノブだった液体は、キュルケの胸に垂れ落ちて床に零れ落ちた。
床が焦げ付いてぶすぶすと音を立てる。だが、キュルケの肌は火傷一つ起こしていなかった。
「キュ、ルケ……? あ、あんた、ホントにキュルケ?」
信じられなくて、ルイズが尋ねる。声が震えて上ずっていたのが、自分でも分かったが、そんなことは気にならなかった。
「どうしたの? ……ルイズ、そんなに汗かいて……。風邪でもひいたの?」
微笑が、妖しい魅力を醸しだす。間違いなく、キュルケはさっきまでの彼女とは、違っていると、ルイズは確信した。
キュルケが、ルイズがいつも座っている椅子に手を置いた。次の瞬間、椅子は炎に包まれ、ドアと同じように焦げて朽ちていく。
その変わり果てていく椅子と対照的に、……キュルケは、実にうっとりとした表情を見せていた。
恍惚とした表情をしている。椅子が燃えるのが、本当に気持ちいいと言いたそうに。
「……はぁ。たまらないわ。……何を燃やすたびに、心地よくて、気持ちよくて」
燃え尽きた椅子の、灰と化した背もたれを手の隙間から溢しながら……、キュルケが、そう言った。
「でも、こんなのじゃ、足りないの……。私のこの、熱さを、静めてくれるのは……。あなたたち、じゃないと……」
掴むような仕草で、キュルケが手を伸ばす。
それと同時に、炎が巨大な腕となって、ルイズもろとも使い魔達を捕らえる為に、伸びた。

それより、僅かに早く、ルイズが叫ぶ。
「ば、ばかぁ! ここ何階だと思ってぇ?!」
乱暴に開け放した窓から、四人全員、飛び降りた。

歯の根が噛み合わないのを、ギーシュは自覚する。
目の前にいるツェルプストーは、明らかに同じ教室で授業を受けていた彼女とは違っていた。
その理由も、原因も彼は心当たりがある。
その正体はわからない。わからないが……、その片鱗は、彼にもわかった。
あれは、ヤバイものだ。多分、一介のメイジ、並みの貴族風情が、手にしてはいけないほどの、禁忌なのだと。
できるなら、一生知らないでいる方が幸福なものなんだろう。……そう、彼は理解した。
だが、それは再び、彼の目の前に現れていた。
やっぱり、あれは悪魔なんだ。人を惑わし、不幸を運ぶものなんだ。そう、彼は考えていた。
――悪魔の、手のひら。彼はそう呼んだ。
悪魔は、人と取引をして、代償に魂を奪うのだと、何かの本に書いてあったのを、思い出す。
それなら、今度は僕の魂を、奪いに来たのだろうか?
歯の震えが膝まで及んでいるのにやっと気付いて、ギーシュは座り込みたくなった。
だが、それは無理矢理胸倉を掴まれ、できなくなる。彼が以前、決闘したルイズの使い魔、ジャイロ・ツェペリによって。
既に扉は破られ、魔女は数歩の位置にいる。並々ならぬ炎の濁流が、彼女を中心に渦巻き、全員がその余熱だけで炙られていた。
キュルケが、もしここにいる全員を殺す気なら、それは一瞬で済むだろう。
それだけの炎を、今の彼女は従えている。生きる希望が、熱で焼かれて削がれていくような感覚を、才人は感じた。
だが一人、最後まで足掻こうとしている者が、彼の後ろに、一人いた。
「おい……。オメー、浮かぶことはできんのか?」
ジャイロが、ギーシュの胸倉を掴んだまま、問う。
「う……浮く?」
「あの赤い髪も青いチビも、以前オレの目の前で浮いていやがったんだ! オメーもそれができんのかって聞いてんだ!」
「レ……『レビテーション』のことか?! それとも『フライ』か?!」
「どっちでもいい! できんのか?! できねえのか?! どっちだ!」
「で……、できる!」
それが合図だった。

ジャイロが、ギーシュの首を抱える。才人がルイズの胴を抱え込む。ジャイロが、才人のベルトを掴む。
ルイズがなにやら叫ぶが、気にも止めない。
開いていることを確認した窓を開け放って、その向こうに飛び込んでいく。
夜の闇と、その中に輝いて浮かぶ二つの月だけが、才人にははっきりと見えた。
「む、無茶だ! 詠唱も唱えないのに、浮くことなんてぇ!」
「ごちゃごちゃ喋んな! すぐに地面だ! しっかり浮かばせろ!」
「む、無茶いうなぁぁぁぁ!」
ああ、これは死ぬ、とルイズは思った。
使い魔であるジャイロが機転をきかせて、キュルケの魔手から主人を守ったと思ったが、すぐにそれは、地獄の直行便だったんだと、気付かされる。
『レビテーション』も『フライ』も、物体を浮遊させる魔法に違いない。だが、用途が違うのだ。
そしてそのどちらも、『自分を含めて数人まとめて浮かばせる』という効果は持たない。
ましてやギーシュはドットメイジ。『フライ』を使って自分一人浮かばせるならまだしも、数人分の体重を支えきるほどの魔力の行使はできない。
つまり――、わたし達は、地面にこのまま墜落して、激突する。
こんな状況になって、こんなこと冷静に分析したくないのに、とルイズは思った。そしてそれ以上に――、死にたくない。と思った。だから。
「い、いやあああああああああああっ!!!」
声が続く限り、ルイズは叫ぶのだった。
がくん、と落下とは別の衝撃を感じた。瞑っていた目を恐る恐るあけると、落下のスピードが遅くなっている。
ギーシュの魔法が成功したのだろうか? そう思ってギーシュを見ると、彼はまだ、必死に詠唱を続けていた。
上を見上げる。見慣れた部屋のカーテンが一枚、中心に渦のようなしわを作って、広がっていた。それが、地面から空気を抱き込むように広がって、落下のスピードを減速させていたのだ。
「おチビの部屋のカーテンを破って持ってきてよォ……。その中心に“回転”をかけた……。“回転”は隅々まで伝達し、カーテンに空気を受けても堪えるだけのパワーを持たせたぜ」
ジャイロがカーテンの両端を掴んで、四人全員の体重と落下を支えている。

「ま……まるでパラシュートじゃねえか!」
才人が叫ぶ。
「まーこれでよォ、地面の激突を免れる……、にはちょっと足りねェ。おいギーシュ! さっさと魔法を使え! このままじゃ寿命を先伸ばしにしただけだ!」
苦い顔をしながら、ギーシュが詠唱を完成させる。そして唱えられた魔法は『フライ』だった。ギーシュの体が重力の制限から開放され、その体が浮き上がる。
「ま、魔法は成功した。だけど……」
がくん、と浮いたギーシュの体が再び落下する。
「や、やっぱり重い! 四人は重量オーバーだ!」
ビリ、と、嫌な音がする。見上げた才人は、見なきゃ良かったと後悔した。……ジャイロがパラシュートとして使っていたカーテンに、大きく裂け目ができていたのだった。
「い、いやあああああああああああっ!!!」
ルイズが叫ぶ。
「わ、わああああああああああああっ!!!」
ギーシュも叫ぶ。もはやこの落下を止める手立てはない。みんな仲良く――、地面とキスだ。
ジャイロも……こりゃヤベエ、と思った。才人も、これはマジヤバイだろ、と思った。
やがて、重力が再び働きだして……四人はまたも加速する。
だがこのとき、ルイズが杖と一緒に握り締めていた乗馬用の鞭。これを……才人が、ルイズの手ごと……、握りしめたのである。
僅かだが紋章が輝く。その時、才人の体が軽くなったのだ。自身の変化に気付いた才人が、一か八か、賭けにでる。
自分達のすぐ傍にあった、女子寮の外壁――それを他の三人を支えながら、蹴る。蹴る。蹴る。蹴りながら地面を目指す。
壁を蹴った分だけ落下の速度はブレーキがかかっていく。
そしてそのまま、地面まで降り立つ――まで、数メイル、というところで。才人が、壁のでっぱりに躓いて、転んだ。
ジャイロが投げ出された。ギーシュも振り落とされる。ルイズだけは、才人が手を握っていたから、離れなかった。
ギーシュが地面に背中をしこたま打ちつけた。その上に、ジャイロが降ってきた。
才人は、ルイズを庇うように地面に倒れる。ルイズは才人の上に乗って地面に落ちたから、怪我一つない。

「……いつつ。……無事か?! 才人! おチビ!」
ジャイロが少し離れて倒れている二人に叫ぶ。
「……っげ、げほっ……。な、なんとか……」
才人が答えた。ルイズは、もう起き上がっている。
「怪我はないわ……。ちょっとニョホ! あんたこんな無茶して! しかもご主人様を巻き添えにするなんて、信じられないわよ!」
怒りを隠さないルイズが、叫ぶ。また蹴りを見舞おうとしているようだった。
「助かったんだからいいじゃねーか。あのまま部屋にいたら、とんでもねーコトになってたぜ」
ジャイロがそう言い返す。それには一理あったらしく、ルイズが黙った。
そしてジャイロは、自分の下敷きになったギーシュに向いた。
「さって……。おい! おいオメー! まだ生きてるか?!」
ジャイロの問いかけに、ギーシュが、呻く。
「……う。……ま、また骨が、折れたみたい、だ」
「まー喋れるみてーだから大丈夫だろ。……おい。オメー、まだ用事は済んじゃいねーぞ」
「こ、……これ以上、何をすれば……?」
瀕死のギーシュに、何をさせようというのかと、ルイズは首を傾げる。
「もうじき、あの赤髪姉ちゃんが追ってくる。……だがオレらは丸腰だ。まともにやりあったんじゃ、勝ち目がねェ。……そこでだ」
「……武器、作ってくれよ」
傍まできた才人が、ギーシュにそう言った。

「武器……、っていわれても」
君達正気かね? 僕のこの怪我見てよ。今すぐ治癒の魔法かけてもらって養生しなくちゃ死んじゃうよ? ねえ、マジで言ってんの? ねえってば。……そう、口には出したくても出せないギーシュであった。
「とりあえず……、俺には、剣をくれよ」
才人が、『決闘』で使ったギーシュの作った剣を注文する。
「オレには鉄球を頼む」
ニョホホ、とジャイロが笑う。
「……剣は、できる。鉄球……? 鉄は、駄目だ。……鉄は、僕は錬金できないんだ」
「できねーだァ? んじゃしょーがねー。 とにかく球だ。球体が二個必要だ」
「に、二個……勘弁して……、もう、魔力とか、た……足りなくて」
剣一本、そして青銅の球体を一つ、ギーシュは『錬金』で創り出した。だが、それが限界だったのだろう。がくっ、と崩れ落ちて、ギーシュは気絶した。
「あ! おいオメー! もう一個作れ! しかもこの球体歪んでんじゃねーか! おい! おいオメー! 起きろこのヤロー!」
何度目かのジャイロがギーシュの首を掴んで持ち上げ、揺さぶる。だがギーシュは全く目を覚まさない。

「……しょーがねー。これで戦うしかねーか。おい才人。オメーは準備できてるか?」
「なんとか、……な」
才人とジャイロが、立ち上がる。戦いに臨む男の背中に、ルイズが声を上げた。
「あ……あんた達本気? あのキュルケに立ち向かって、勝てるっていうの?! キュルケはギーシュとは比べ物にならないわよ!」
振り向いたジャイロが、ルイズを見つめて、答えた。
「おチビ、あいつの狙いはオレ達だ。オメーはギーシュとどっかに隠れてろ。……殺すわけじゃねえ。なんとか元に戻してみる」
ジャイロが歩き出す。才人も、その後ろをついて行く。
「ま、待ちなさいよあんた達! キュルケを、元に戻せるの!?」
「ルイズ、ギーシュが言っていたぜ。キュルケは『悪魔の手のひら』が取り憑いているせいで、おかしくなってんだってよォ」
「な、なによ『悪魔の手のひら』って?! そんなの聞いたことないわよ?!」
「あれがオレの知っているとおりのものならよォ……。『悪魔の手のひら』は、その人間の『未知の才能』を引き出す場所のこと、なんだがな」
メイジってやつは、魔法を使うのが才能なんだろ、とジャイロが言った。
「だったら……、魔法がより強力になってるって考えて、間違いねーんじゃねえか? ……だがよォ、オレが知ってる限りじゃ『感情が暴走』するってのまでは、なかったと思うんだがな……」
黒い景色に、突然赤い彗星が現れた。彼らを追って――、キュルケが窓から飛び降り、そして着地の衝撃を炎の熱気で相殺し、鮮やかに……着地したのだった。


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