ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-24

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匿名ユーザー

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「…!………!」
シエスタは混乱していた。

突然後ろから羽交い締めにされ、口を押さえられたのだ。
先ほどまでシエスタとギトーを案内していた男、アレキサンドルが、突然シエスタを押さえつけ、岩陰へと拉致したのだ。
後ろから羽交い締めにされたため、アレキサンドルの顔は見えない。
だが、獣のような呼吸音がシエスタの恐怖を煽っているのは確かだった。

「!……!…!」
身体を動かして逃げようとしても、アレキサンドルの腕はガッチリとシエスタを捕まえており、ビクともしない。
シエスタは、しばらく身体を動かしていたが、観念したように身体の力を抜いた。
だが、アレキサンドルは何もしない。
二秒、三秒、四秒……少し待っても何もしない。
服を脱がそうとする気配もないし、脱ぐ気配もない、何かがおかしい。

気が付くと、辺りには霧が漂っており、昼頃になるのに日差しが弱い。

「(日差しが…弱い?)」

シエスタの脳裏に、ある言葉が思い出される。
曾祖母がオールド・オスマンを助けたとき、何と言っていた?
確か、『人間の皮を被った吸血鬼』とか言っていた気がする。

辛うじて動くだけ首を動かし、アレキサンドルの顔を見る。
すると、まるで火傷のように皮膚が真っ赤になり、耳を澄ますと呼吸音の他にも、シュゥシュゥと何かが焼けるような音が聞こえてきた。
「(この人、まさか、食屍鬼…!?うそ…そんな、そんな…)」
シエスタの足が震えた。
怖い、怖いのだ、平民が貴族の学生に混じるのとはまた違う、生存本能的な恐怖がシエスタを襲った。

吸血鬼は、人間を食料としか思っていない。

自分は…食われてしまうのか?そんな恐怖感だった。

だが、シエスタの思考は少しずつ変化していく。
取り押さえられた時は恐怖一色だったが、考える時間だけはあるのだと気づく。
シエスタは呼吸を整え、血液の流れを意識し、呼吸の奥底から生まれてくる力を全身に巡らせた。
辛うじて動かせる左手で、アレキサンドルの脇腹に触れる。

身体の中を振るわせ、指先から音が発射されるようなイメージを描き、呼吸を繰り返す。指先へと十分にため込まれた『波』は、シエスタの指先から勢いよく放たれた。

バチバチバチッ!
と、音がして、次の瞬間アレキサンドルの手から力が抜けた、シエスタは腕を払いのけ、前に跳躍してからアレキサンドルに向き直る。

すると、突然アレキサンドルは身体を思い切り反らせて、硬直した。
びくん、びくんと身体を震わせると、その身体から、シュー、シューと音を立てて、煙が吹き出した。

シエスタはその光景を呆然と見ていたが、すぐに気を取り戻し、呟いた。

「……成功、したんだ」

目の前の人間は、いや、人間だったものは、石膏細工のように固まり、そして砕け散った。

普通の人間ならこの光景を見てどう思っただろうか、異常な事態に驚き、腰を抜かしてしまうだろうか。
少なくとも、シエスタは違った。

呼吸を整えつつ、腰のベルトに下げた小さなアクセサリーを手に取って、それの中身を見つめていた。
直径3サント(cm)程のそれは、ワインの代わりに水の秘薬を少量溶かした水が入れられており、球体の半分ほどが水で満たされている。
オールド・オスマンが他のメイジに作らせ、シエスタに持たせたその球体は、ごく少量の波紋を流すことで内部の水面に小さな波が立つ。

一つの波は、自分から、もう一つの波は、おそらくギトーのもの、では、もう一つの波は…
少なくとも、服を残して風化していくアレキサンドルのものではない。

シエスタが周囲の気配を探っていると、上から何かの音が聞こえてきた。
「大丈夫か!」
ばさばさとマントを翻しながら、ギトーが岩山の上から降りて来た。
「ギトー先生!この辺りは危険です、早く戻りましょう!」
「ああ、わかっている」

と、ギトーは杖を取り出し、シエスタに向けた。

「君は危険だ」

一瞬、呆気にとられたシエスタだったが、ギトーの首に見慣れぬものがついていたのを発見し、背筋に強烈な悪寒が走った。
二つの傷跡。
あれではまるで、吸血鬼に血を吸われたようではないか。
「あの…ミスタ・ギトー…」
シエスタがおそるおそる話しかけた時、上から声が聞こえてきた。

「不思議な魔法を使うんだね」
シエスタが上を見ると、岩山の上から何者かがシエスタを見下ろしていた、ローブに包まれているせいかその顔は見えないが、それが何者であるかは予測が付いていた。
「…まさか、吸血鬼?」
フードの奥に隠れた顔が、くすりと笑った気がした。
「そうだよ、吸血鬼」
「なんでこんな時間に…霧が出てるからって、この明るさじゃ吸血鬼は表を歩けないはず…」
「そうだよ、霧を作り出して、皮のローブを着ても、熱くて仕方ないの。でもね…人間も同じ事をするでしょ?」
「人間と、同じ?」
「そうだよ、このあたりに生える薬草だって元々はふもとの方に生えてたの、人間がそれを採りすぎるから、こんな岩山の上にしか残ってないの」
「貴方も危険を冒して食料を得る……そう言いたいの?」

シエスタの言葉に満足したのか、吸血鬼はクスリと笑って頷くと、呪文を唱え始めた。
「”枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ”」
先住の魔法によって伸びた枝が、ツタが、シエスタの足を拘束した。
「きゃぁっ! なに、何、これっ」


混乱するシエスタに追い打ちをかけるが如く、吸血鬼はギトーに命令する。
「ねえ、先生、その子の魔法はちょっと怖いわ、だから始末してくれない?」
「………」
ギトーは静かに頷くと、杖を振りかざした。
「あ、ちょっと待って、霧は吹き飛ばさないでね」
その言葉が聞こえたのか、ギトーは『ウインド・ブレイク』を詠唱するのを取りやめて、『エア・ニードル』を作り出した。
ギトーの杖に魔力が集まり、渦となって青白く発光する、それを見たシエスタは驚き戸惑ったが、かえってそれが冷静な思考へと導いた。

あの魔法を食らえば、人間の胸ぐらいは簡単に穿たれてしまう。
波紋はある程度肉体を強化する、しかし『エア・ニードル』を受けて平気だとは思えない。
ならば、まず第一に考えるのは、ここから逃げる方法だ。

「くっ…は、外れないっ…」
身体を動かそうとしたものの、手足は木の枝に掴まれてびくともしない。

もがいているうちに、ギトーが目の前にまで迫り、その杖の先端がシエスタの胸元に向けられた。

『波紋には、弾く波紋と吸い寄せる波紋の二つがある』
「!」
不意にシエスタの脳裏に、日記の一部が思い出された。
ギトーの杖がシエスタの胸に突き刺さろうとしたその瞬間、シエスタは自分の身体に『弾く波紋』を流した。
バチッ、と音がして手足を拘束していた木の枝が剥がれる。
すかさず身をかがめて、ギトーの腕を掴んだ。
「えーい!」
シエスタは後ろに転びながらギトーの腹に足を当て、ギトーを投げ飛ばす。
シエスタの曾祖父が見れば『巴投げ』と称したであろう動きは、まったく偶然の動きだった。

すかさすシエスタは体勢を立て直す。
だが一瞬早くギトーが身体を起こし、その杖をシエスタに向けていた。
「『エア・カッター』」
「きゃあっ!」
咄嗟に木の陰に転がったが、風の刃はシエスタの左肩をざっくりと切り裂いた。
「あうっ!痛っ…」
痛みのためその場にうずくまろうとしたが、そんな余裕は与えてくれなかった。
一瞬、視界に青白い光が見えたので、それが魔法による光だと気づいたシエスタは肩を押さえながら後ろへ転がった。

めきめきめき、と音を立てて、盾にしていた木が右横に倒れたのだ。
ギトーが『エア・ニードル』で、木ごとシエスタを切り裂こうとしたのだろう。

このままでは殺されると思ったが、シエスタの目にある物が映り、その考えは吹き飛んだ。
倒れた木の枝には、あるものが寄生していた。
特徴的な細かい葉に、曾祖父の日記に書いてあった通りの太さ、探し求めていた蔓草だ。
ずざっ、ずざっと足音を立てて近づいてくるギトーを見つめながら、シエスタは右の手で蔓草を握りしめる。
そしてありったけの『くっつく』波紋を流し込んだ。

シエスタの身体が一瞬だけ輝き、蔓草がまるで別の生き物のように手に巻き付いた。
ふっ、と短く呼吸をして波紋を練り、今度はギトーに向けて蔓草を向け、『弾く』波紋を流す。

ビシビシビシッ、と音を立てて蔓草がまっすぐに伸び、ギトーの顔の右脇をかすめた。
すかさず『くっつく』波紋を流すと、今度は蔓草が縮み、ギトーの身体を一瞬で拘束した。
慌てて『エア・カッター』の呪文を詠唱しようとしたが、それよりも早くシエスタが駆け、ギトーの頬めがけて握り拳をブチ当てる。
「サンライトイエロー・オーバードライブ!」(山吹色波紋疾走)

瞬間、ギトーの身体に電流のようなものが流れ、バチバチバチという連続的な破裂音が鳴り響いた。

そして、ギトーの身体は力を失い、どさりと地面に倒れ込んだ。


「はぁっ、はぁっ……」
シエスタは呼吸を整えつつ、木に寄生していたもう一本の蔓草を手に取った。
それを見下ろしていた吸血鬼は、驚き戸惑いながらも、シエスタを拘束すべく呪文を唱える。
「…何なの?その力は精霊魔法でもない」
「はぁっ……よくも、よくもギトー先生を!」
シエスタの形相が変わる、興奮によって怒りの感情をあらわにしたシエスタは、吸血鬼を睨み付け、歯ぎしりの音が鳴るほどに身体に力を入れていた。
「あなたの相手なんかしてられないわ、”枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ”」

シエスタの身体に向けて木々の枝が伸びる。
枝がシエスタの身体に絡みついた所で、シエスタは『弾く』波紋を流した。
バチン!と音が鳴って木々の枝がシエスタを離れ、元の位置へと戻っていく。

「そんな…!?」
それを見た吸血鬼は驚いた、目の前にいるメイジは杖を持っていないのに、精霊魔法に干渉してしまうのだから。
「アレキサンドルさんの、かたきっ!」
驚く吸血鬼めがけて、波紋によって硬直した蔓草を投げる。
風を切る音を鳴らして、まるで吸い寄せられるように、槍のように硬直化した蔓草が吸血鬼の胸に突き刺さった。

「がっ! ……そんな、どうして、人間は、こう……」
岩山の上から逃げようとした吸血鬼は、まるで人形のように落下して、どすんと音を立て地面に衝突した。
吸血鬼の着ているローブがめくれ、その素顔が見えると、シエスタは驚いた。
「あなただったのね…まさか、吸血鬼だとは思わなかったわ。」
そこに居たのは昨晩村長の家で見かけた、幼い少女。
魔法の効果が切れたのか、次第に霧が晴れていき、太陽光が吸血鬼の素顔を照らす。
するとみるみるうちに顔が焼けこげていった。

「どう、して どうして、にんげんは、わたし を、きらうの」
吸血鬼が辛うじて絞り出したであろう言葉は、シエスタに不快感を与えた。
オールド・オスマンの言葉が脳裏をよぎる。
『吸血鬼を野放しにしておけば、タルブ村も一晩で全滅してしまうぞ』
そうやって何度も何度も、吸血鬼の恐ろしさを教え続けられたシエスタの言葉は、いつものシエスタからは想像も出来ないほど冷たく、そして自信に満ちていた。
「吸血鬼は人間の敵よ」

「………」
吸血鬼は何かを言おうとしていたが、太陽光に焼かれて骨を露出させた吸血鬼には、もはや語ることは出来なかった。

「う…」
吸血鬼が燃え尽きると、何処からかうめき声が聞こえた。
シエスタが声のした方を振り向くと、ギトーが苦しそうなうめき声を上げて、首をガクン、ガクンと揺らしていた。
「ギトー先生!? おかしいわ…太陽に焼けてない、もしかして、食屍鬼になっていないの?」
シエスタがギトーに駆け寄る、ギトーは蔓草に絡められたまま苦しそうにうめいていた。
ギトーの首筋に手を当てて、波紋を流す、左手で吸血痕に『くっつく』波紋を流し、右手で反対側から『弾く』波紋を流す。
すると、首筋の吸血痕から、ぴゅっ、ぴゅっと、血に混じってどろりとした別の液体が噴出された。
その液体は波紋を流しているシエスタの手に触れると、ジュウジュウと音を立てて蒸発していく、おそらく吸血鬼の『エキス』だろう。
シエスタは念のためにギトーを拘束したまま背負い、回収できる限りの蔓草を腰に巻き付けて、その場を後にした。


そして夜中、やっとの事で村に帰った二人が吸血鬼を退治したと告げると、村は蜂の巣を突っついたような大騒ぎになった。
ギトーをベッドの上で休ませ、念のため何度か波紋を流し、吸血鬼のエキスが残っていないのを確認する。

自身の傷も、途中で摘んだ薬草と波紋のおかげで出血は止まっている。

シエスタは興奮していた。

幼子の姿をした吸血鬼を殺した罪悪感もあったが、それを上回る興奮がシエスタの心を覆っていた。
メイジでも手こずると言われる吸血鬼を、まだ幼い吸血鬼だったとしても、それを打ち倒したのだ。
その上食屍鬼になりかけたギトーを殺さずに、生かすことが出来た。
シエスタは、メイジの使う魔法ほどの利便性はないが、吸血鬼退治に特化した『波紋』に言い様のない喜びを感じているのだ。

「『高いところにいる敵は自分を有利だと思っている』『相手が勝ち誇ったときそいつは既に敗北している』……日記に書いてあった通りね」

シエスタは晴れ晴れしい気分でベッドに身体を預けると、目を閉じた。

村人への細かい説明は明日にしよう、そう考えながら、シエスタの意識は闇に落ちていった。







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