ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十四話 『カントリーロード』前編

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第二十四話 『カントリーロード』前編


「さてと、皆さん」
コルベールは禿げ上がった頭をぽんと叩いた。彼は先日起きた侵入者の一件で、「フーケに続きまたしても!この学院は狙われていますぞ!」などと叫び怯えていたが、喉元過ぎれば何とやら。今ではすっかり調子を取り戻していた。
もっとも、あの侵入者たちの真の恐ろしさは実際に戦った五人にしかわからないだろうが。
そもそも彼は戦闘や争いと言った類に興味がないようである。興味があるのは学問と歴史、そして研究と言ったインドア派だ。
だから彼は授業が好きだった。自分の研究の成果を存分に開陳できる、いわば趣味と実益を兼ねた発表会みたいなものだった。
そして今日もまた、彼の奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入な研究の賜物が机の上にその全貌を明かすのであった。
「それはなんですか?ミスタ・コルベール」
生徒の一人が指さした先には妙な物体があった。長い円筒状の金属の筒に、これまた金属のパイプが延びている。
パイプはふいごのようなものに繋がり、円筒の頂上にはクランクがついている。
そしてクランクは円筒の脇にたてられた車輪に繋がっており、さらにその車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついていた。
いったいこれで何の授業をおっぱじめようと言うのかと、生徒たちは興味深くそのがらくたのような金属の塊を見ていた。
コルベールはそんな彼らの好奇の視線を受けてたいそう嬉しそうに笑うと、もったいぶった咳払いを一つしてから語り始めた。
「えー、『火』系統の特徴を、誰かこのわたしに開帳してはくれないかね?」
そう言うと教室を見渡す。教室中の視線がキュルケに集まった。
『火』のゲルマニアでも名門のツェルプストー家の出身であり、彼女自身『微熱』の二ツ名を冠する『火』の使い手である。
そんなキュルケは教室中の視線を髪を掻き上げて受け流すと自信たっぷりに答えた。
「情熱と破壊が『火』の本領ですわ」
「そうとも!」
自身も『炎蛇』の二ツ名を持つ『火』のトライアングルメイジであるコルベールは、にっこりと笑って言った。

「だがしかし、情熱はともかく破壊だけが『火』の司る本懐ではどうにも寂しいじゃありませんか。このコルベールは『火』は使いようだと考えております、諸君。使い方一つでいろんな楽しいことができるのが『火』なのです。いいかねミス・ツェルプストー。破壊するだけが――燃やし尽くすだけが『火』の本懐では決してない」
「・・・・・・・・・」
キュルケは意外にも真面目にコルベールの話しに耳を傾けていた。実際彼女はコルベールの授業に助けられたことがある。熱した鉄を冷却することで砕く。
もしこの授業を聞いていなかったら果たしてキュルケたちの命は文字通り凶刃の前に散っていただろう。
以前ならば話しも適当に聞いて爪の手入れでもしていただろうが、今のキュルケはコルベールに尊敬の念さえ抱いていた。
自分とは全く違った『火』――『情熱』を持った人間なのだと。
「でも、その妙なカラクリはなんですの?」
キュルケが興味深げに尋ねると、コルベールの笑みはますます嬉しそうになっていく。
「うふ、うふふ、よくぞ聞いてくれました。これは私が発明した装置ですぞ。油と火の魔法をつかって動力を得る装置です」
クラスメイトは口をぽかんと開けてその装置に見入っている。ウェザーもその例に漏れずに食い入るようにその装置を見ていた。
「まずこのふいごで油を気化して・・・」
コルベールがしゅこしゅこと足でふいごを踏む。
「すると、この円筒の中に気化した油が放り込まれる」
コルベールが円筒の横の穴に杖の先を入れて呪文を唱えると、断続的な発火音がが聞こえ、気化した油に引火したのか爆発音に変わった。
「ほら!見てご覧なさい!この金属の円筒の中では気化した油が爆発する力で上下にピストンが動いておる!」
すると円筒の上にくっついたクランクが動き出し、車輪を回転させた。回転した車輪は箱についた扉を開き、ギアを介してぴょこっ、ぴょこっ、と中からヘビの人形が顔を出した。
「動力はクランクに伝わり車輪を回す!ホラ!するとヘビ君がぴょこぴょこご挨拶!面白いですぞ!」
しかしコルベールの熱っぽい口調とは裏腹に生徒たちの反応は薄かった。熱心に聞いていたキュルケたちでさえ理解できずに置いてけぼりをくらっている。
この中であの装置の意味を理解できている者はコルベールとウェザーだけであろう。

「で、それがどうかしたんですか?」
誰かがとぼけた声で感想を述べた。コルベールは自慢の発明品がほとんど理解されず無視されていることに悲しくなったが、おほんと咳払いをして説明を始めた。
「えー、今は愉快なヘビ君が顔を出すだけですが、たとえばこの装置を荷車に乗せて車輪を回させれば馬がいなくとも進む!たとえば海に浮かんだ船の脇に巨大な水車をつけて装置で回せば、風がなくとも船は進むのですぞ!」
「そんなもの、魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」
生徒のその一言はあっという間に教室中に伝播し、誰も彼もがそうだそうだと頷いた。
「諸君!よく見なさい!もっと改良すればこの装置は魔法無しで動かすことが可能になるのですぞ!例えば火打ち石を利用してですな・・・」
コルベールは興奮した調子で語るが、やはり生徒たちには受け入れてもらえない。
皆一様にその装置に対する興味を無くしていたが、そんな中で一人立ち上がり拍手を贈る者がいた。ウェザーである。
「それは『エンジン』だな?すごいじゃないか、それを独力で発明するだなんて!ノーベルものだなミスタ・コルベール!」
教室中の視線がウェザーに集まる。
「エンジン?」
コルベールはキョトンとしてウェザーを見つめた。
「俺のいたところじゃあそれを使ってあんたが言った通りのことをしている」
「なんと!やはり気付く人は気付いておる!おお、きみはミス・ヴァリエールの使い魔君だったね」
コルベールは彼が自分の発明を理解してくれたことと、『ガンダールヴ』であることを思い出し、ますます興味を持った。
「君がいたところと言っていたが、どこの生まれかね?」
コルベールが身を乗り出して聞いてくるのでウェザーはしまったと思いながらどうしようか迷っていると、ルイズが代わりに答えてくれた。
「ミスタ・コルベール。彼は、その・・・・・・東方の・・・ロバ・アル・カリイエの方からやってきたのです!」
「なんと!あの恐るべきエルフの住まう地を通って!いや、『召喚』されたのだから通らずともハルキゲニアにはこれるか。
なるほど・・・エルフの治める東方の地では学問や研究が盛んだと聞くが・・・君はそこの生まれなのか。なるほど」

コルベールは納得したように頷いた。ウェザーもここはルイズに合わせるべきだと判断して答えた。
「そう、俺はそのロバ・ネコ・トリイヌ・・・いや、これは音楽隊か・・・ま、まあそこからきたんだ」
コルベールはうんうんと頷くと再び教壇に立ち教室を見渡す。
「さて!では皆さん!誰かこの装置を動かして見ないかね?なあに!私がやったとおりにやるだけです。ちょっとタイミングにコツがいるが、慣れれば簡単ですぞ!」
しかし誰も手を上げなかった。コルベールはがっかりして肩を落とした。と、その時マリコルヌがルイズを指さした。
「おいルイズ!お前がやって見ろよ!」
「なんと!ミス・ヴァリエール!この装置に興味があるのかね!」
コルベールが食いついたのを見てマリコルヌが続ける。
「フーケに継いでまた盗賊を捕まえたお前なら朝飯前だろ?」
ルイズはマリコルヌが自分に恥をかかせる気なのだと気づいていた。マリコルヌは最近何かと噂になるルイズが気に食わないのだろう。
だがもちろんルイズもむざむざとマリコルヌの鬱憤につき合ってやるつもりはない。しかし、
「どうしたルイズ?やってみろよ、ゼロのルイズ」
その一言で理性がショートした。マリコルヌごときにナメられては黙っていられない。ルイズは立ち上がると一度ウェザーをちらりと見て、それから無言でつかつかと教壇に歩み寄った。ウェザーはそんなルイズの様子に軽くため息をついてから「りょーかい」と小さく呟いた。
コルベールもルイズが徐々に近づいてくるに連れて彼女から放たれるドス黒いオーラを感じ取り、同時に彼女の実力と結果を思い出した。
嫌な汗をだらだらとかきながら何とか説得を試みる。
「あ、いや、ミス・ヴァリエール。その、なんだ、うむ、また今度にしないかね?」
その言葉にルイズが下からぐるりとコルベールを見上げた。首が不気味に傾いており、瞳孔は完全に開いている。
コルベールの説得は物言わぬ恐怖の前にあえなく屈した。ただ天井を仰ぎ「おお、始祖よ・・・」と嘆くしかなかった。生徒たちも各々机の下に隠れ始める。
ルイズはそのままコルベールがしたようにふいごを踏み、気化した油を送り込む。大きく深呼吸をしてから杖を穴に差し込んだ。コルベールが祈るように目を瞑る。

ルイズが杖を差し込んだとき、机の下にいたマリコルヌに異変が起きていた。いきなり何かに机の上に押し出されてしまったのだ。
教壇ではルイズがもう詠唱を始めていた。
慌てて机に潜ろうとするが見えない何かに阻まれて跳ね返されてしまうのだ。もの凄く弾力のある、まるで空気を詰めた袋のような感触のものに。
マリコルヌがどうしようかと迷っている間にルイズは魔法を完成させた。期待通りの大爆発。
装置は粉々に爆発し、ルイズとコルベールは吹き飛んび、マリコルヌは光に飲まれ爆風で飛んだ。
しかも装置の中の油に火が燃え移り辺りに炎を振りまいたのだ。教室が恐慌状態になる。
しかしそんな中ルイズはケガもないようで、すっくと立ち上がった。あらかじめ用意して貰ったエアバッグで衝撃を殺したのだ。
とは言え、爆発のあおりで制服はボロボロ、顔中が煤だらけではあるが。
だがそんな格好でも、この教室の惨状を見ても、意に介した風もなく腕を組み、コルベールに言い放った。
「ミスタ・コルベール。この装置壊れやすいです」
そのコルベールは黒板に叩き付けられたために気絶していたので返事はなかった。代わりに生徒たちが口々にわめいた。
「お前が壊したんだろうがッ!いい加減にしてくれよ!」
「つか炎!燃え移ってるし!」
「消せ消せ!水だ水ーッ!」
おたおたする生徒たちの中、モンモランシーが立ち上がり呪文を唱えた。『水』系統の呪文、『ウォーター・シールド』であった。あらわれた水の壁が炎を消し止めた。

モンモランシー教室中からの喝采に満足そうな顔をしながら、勝ち誇ったようにルイズを見た。
「こんな爆発が使えるだなんてすごいわね。是非とも御教授・・・して欲しくないわね」
教室中から笑いが起こり、ルイズは悔しそうに唇を噛み締めた。
その後、もちろん例の如く破壊された教室の後片づけを命じられたルイズと手伝わされたウェザーが片づけを終えたのは夜だった。
以前よりも遙かに被害がひどく、ウェザーはルイズの爆発が成長したのではと思ったとか。
そしてくたくたになった二人が部屋に戻ろうとしたとき、気絶から回復したコルベールに呼び止められた。
ルイズは、すわ復讐か、とウェザーの後ろに隠れたがコルベールもコルベールでルイズからやや距離を取っているためになんだか珍妙な間合いになってしまった。
間に立つウェザーが話を促す。
「あ、ああ、そうだったね。オスマン学院長からの連絡なのだが、王宮から君たちを明日借り受けたいとの事でね。明日の朝には迎えの馬車が来るはずだから早めに休みなさい」
それだけ伝えるとコルベールは去っていった。ルイズとウェザーはお互いに顔を見合わせ、何で呼ばれたのかと話し合いながら部屋に帰って寝た。
どうでも良いこととして、マリコルヌはクラスメイトはおろか掃除をしたルイズとウェザーにさえスルーされ、たまに蹴り入れられて、起きたときには真夜中だったことに気付いて・・・新たなプレイに目覚めた・・・


翌日、トリステインの王宮に一台の馬車がやってきた。王宮の前で止まると扉が開き、中から二人の人間が現れた。
黒い上下に角の生えた帽子を被った長身の男と、桃色が鮮やかな長い髪の小柄な少女である。
「いらっしゃい。ルイズ、ウェザーさん」
ルイズとウェザーと呼ばれた二人が声の方を向くと、白いドレスを纏った美しい少女と、青いコートを羽織った青年がこちらに向かってきていた。
そのどちらもが高貴な雰囲気を漂わせている。アンリエッタとウェールズだ。
ルイズはそんな二人にスカートの端を摘んで膝を曲げて礼を取った。
「本日は姫殿下並びに皇太子殿下にお呼ばれしましたことを誠に感謝いたします」
丁寧な口調でそう言った。しかしウェザーは頭を下げるでもなく片手をあげてフレンドリーに話しかけたのだ。
「よおご両人。ヨロシクやってるか?」
その瞬間神すら気付かぬ速度と角度でルイズのローキックがウェザーのすねに炸裂した。
「あんたは~~!姫様たちには敬語を使いなさいって言ったじゃない!」
しかしアンリエッタとウェールズは不機嫌な顔もせず、むしろ微笑んでルイズたちを見ていた。

「いいのですよルイズ」
「ああ。彼は命の恩人であり、大切な友人だからね。堅苦しい挨拶なんていらないさ。もちろん君もだ、ヴァリエール嬢。いや、ルイズ・・・でいいかな?」
「こ、光悦至極にございます!」
しかしルイズは余計にかしこまってしまい、そんな様子を見て他の三人は笑った。
「さ、立ち話もなんですわ。わたくしの部屋に来て話しましょう。美味しいクックベリーパイを用意してあるの」
ルイズはクックベリーパイと言う単語に涎で反応しかけたが、一つの問題点に気付いてアンリエッタに尋ねた。
「姫様のお部屋ではウェザーが入ることは出来ませんわ」
いくら友人だと言われてもさすがに私室に平民を招いては問題になる。ルイズは心配そうにアンリエッタとウェザーを見ていたが、ウェールズが前に出た。
凛とした声がよく通る。
「すまないがウェザーは僕が借りていくよ。色々と話したいことがあってね」
わずかにではあったが、アンリエッタに目配せをしたのをウェザーは見逃さなかった。しかし気付かなかったルイズはそれならばと納得したらしい。
四人は二組に別れて中と外へ向かった。

アンリエッタの部屋は白を基調として、落ち着いた色の上品な家具たちが居並び高貴な雰囲気を醸し出していた。
「どうしたのルイズ。早く座りましょう」
アンリエッタに促されてルイズは部屋の中央にある椅子に腰掛けた。
目の前のテーブルにはなるほど、アンリエッタが言ったとおりできたてのクックベリーパイが用意してあった。
見ているだけで涎が出てきそうなふっくらとした生地と香ばしい香りがルイズの唾液腺を突き続ける。
「まあルイズったら、相変わらずコレには目がないわね」
アンリエッタはクスクスと笑いながら手ずからルイズのさらによそってやった。
「さ、召し上がれ」
「はい、いただきます」
しばらくはそうしてお菓子やお茶を楽しんだり昔の思い出に花を咲かせたりして二人は笑いあい、懐かしい気持ちになった。
「はあ、本当に懐かしいわね。でも昔のことも良いけど今のことも聞きたいわ」
「?と言いますと・・・?」
ルイズは紅茶を啜りながら首を傾げたが、アンリエッタは笑顔のままだ。
「だから、ウェザーさんとはどこまで行ったのかしらってことよ」

その瞬間ルイズの口から盛大に紅茶が噴出された。
ちなみにルイズとアンリエッタは向かい合っていたわけで、不意打ちに噴出した紅茶を避ける術をアンリエッタが持っているはずもなく、もろにかぶってしまった。
ルイズはむせながら顔を赤くして立ち上がった。
「げほっ!けぽっ!ひ、姫様は何か勘違いしておられるようですが、あいつはわたしの使い魔であって恋人なんかじゃありません!」
ルイズが捲し立てるがアンリエッタは紅茶をかぶってなお笑顔のままだった。ハンカチで顔を拭きながらルイズに言って返す。
「あら、わたくしはあの方とルイズがこの国のどの辺りまで言ったことがあるかを聞いただけで、恋人だなんて言っていないわよ?でも、そう・・・あなたたちもうそこまで・・・」
「だだだだから違うんですって!」
必死に弁解するルイズだが、アンリエッタはおかしそうに笑うだけだった。その内ルイズもからかわれているだけだと気づいてそっぽを向いてしまった。
「もう!姫様なんて知りません!」
「あはは、そんなに怒らないでルイズ。悪かったわよ。でもね、ルイズ。どんな人であれ、好きになったのなら後悔のないようになさい」
その時ルイズはアンリエッタの顔にかすかな影が差したのに気付いた。
「・・・姫様?」
アンリエッタは俯いて唇を噛むと、意を決したようにルイズに向き直った。ルイズも姿勢を正す。
「あのね、ルイズ。今日あなた達を呼びだしたのは・・・・・・」


ウェザーとウェールズは王宮の庭を歩きながら話をしていた。
ウェールズを国内に置いておくことに反対する者もいたが、アンリエッタ誘拐の際に彼女を救ったことで一気に情勢は傾き晴れてトリステインに亡命とあいなったわけである。
「結構いい待遇受けてるんじゃないのか?」
ウェザーの問いにウェールズは苦笑しながら答える。
「まあ、置いてもらえているだけでも結構なものだよ。それに兵も三百ほど与えて貰った」
「三百?」
「まあ、与えられたと言うか借り受けたというかだがね。四分の三以上が平民か傭兵で残りも落ち目の貴族と、要するにていのいい厄介払いという感じかな。
 噂というのは空からでも降って来るみたいでね、『三百で五万を退けたウェールズ殿ならばこれで戦果を十二分に上げられるでしょう』だそうだ。
覚悟はしていたが人に嫌われるというのはやはり辛いな」
しかしそう言うウェールズの顔からは屈辱や無念と言った表情は窺えない。しっかりと前を見ているのだ。
「言葉のわりには気にしてなさそうだな」
「まあね。貴族だけが力を持つわけではない。貴族に出来ないことが平民には出来る。それを証明して見せたのは君だ。ウェザー」
真面目な顔で言われてウェザーも何だか気恥ずかしくなってしまった。
「よせやい、気持ち悪い」
「ははは。照れなくても良いだろう。事実そうなのだから」
ふとウェールズが足を止めた。そこは王宮の裏にある更地で、兵隊たちの訓練場所なのだろう。事実そこでは兵たちが剣を振るっていた。
全員が同じ動きを乱れずに行うさまは圧巻ではあった。
「これが僕の兵たちだ。君に見せたくてね」
その中の一人がウェールズに気付いたようで手を休めてこちらにやってきた。短い金髪に青い目。なにより驚いたのがその兵が女性だと言うことだ。

「ウェールズ様、おいででしたか」
「ああ、アニエスか。練兵の具合は?」
「は、大分さまにはなったかと」
そこでようやくウェールズはウェザーが説明を欲しがっている事に気付いたのだろう。
「ああ、すまない。彼女は僕の隊で副隊長を務めて貰っているアニエスだ。剣や銃の腕前は他隊の者にもひけは取らない」
「勿体なきお言葉です。それで、失礼でなければそちらの方の名をお聞かせ願えませんか?」
「ああ、そうだな。彼はウェザー。君と同じで平民だが、僕の大切な友人だ」
しかしアニエスは友人という言葉に怪訝そうな顔をした。ウェザーも女が副隊長なのかと疑問に思う。
「なんだよその目は?俺がウェールズのダチだってことになんか不満でもあるのか?」
「貴殿も私に不満がおありのようだが?しかし奇妙な格好をしているものだな・・・帽子とか」
「あ?この帽子にケチつけるのかオメー!だったらオメーだって鎧なんぞ着込んで、どこぞでフリフリのお洋服でも着飾ってた方がお似合いだぜ」
「なに!私は軍人だぞッ!そんなもの着るはずがないだろう!」
「軍人だからって・・・かてえ野郎・・・もとい女だな。もっと頭を柔らかくしないと老化を早めるぞ」
「貴様の知ったことかッ!だいたい貴様こそその変な帽子、さては中身は禿げていてそれを隠すために被っているのではないか?」
「俺をどこぞのコッパゲと一緒にすんなッ!蹴り殺すぞッ!」
歯を剥き出してガルルルルと威嚇し合う二人の間にウェールズが割って入っり、引き離すように腕を張る。
「まてまて、こんな所で争うな!アニエス!彼は友人だと言っただろう!ウェザーも!挑発しないでくれよ」
ウェールズにそう言われたので二人はそっぽを向いて渋々承諾した。アニエスはウェールズに一言言ってから練兵に加わるために戻っていった。ウェールズは苦笑いだ。
「あれが副隊長ねえ・・・大丈夫かよ?」
「さっきも言ったとおり、彼女の強さは証明済みだ。組み手ではメイジにも勝っているし、周りにも気が配れる。隊長気質というか、人を纏めるのは上手いよ」

「俺は絶対あいつの下で働きたくないがな。で、あいつは四分の三のほうか?それとも少数派?」
「彼女は平民さ。魔法は使えない。だが、魔法もなく剣と銃のみでメイジに打ち勝つことの凄さは君ならわかってくれると思うが?」
「俺のいたところではもっと凄まじい女たちがいたがな・・・」
徐倫とエルメェスの顔を思い出す。いざという時にやるのはいつだって女なのだ。
「しかし平民が副隊長って・・・実力があったって男や貴族が黙ってるとは思えないんだが」
「だろうね。実際に文句は上がったが、ならば彼女に勝てる者がいるのかと言えば誰も名乗りは上げなかった。さっきも言ったとおり人を纏めるというか、面倒見は良いよ。
 それに僕は能力ある者を登用すべきだと思う。ゲルマニアとは違うが、平民の能力にももっと目を付けるべきだと思っている。アルビオンを取り戻したのならもっと新しい風を吹かせなければ・・・」
ウェザーが空を見上げたのでウェザーもつられて見上げる。雲は穏やかにゆっくりと流れている。しかしこの空の上に敵はいるのかと思うと少しばかり雲が憎かった。気を逸らそうと別の話題を振ってみた。
「じゃあお前とアンリエッタが結婚したらトリステインもそうなるのか?」
「・・・・・・」
「あ、そうだお前、子供出来たらいの一番に見せろよ。名前が欲しいな。ウェールズとアンリエッタの子供ではイマイチ呼びにくい。このウェザーがゴッドファーザーになってやろう。
 アルビオンとトリステインの間に吹く風と言う意味の『ドーバー』というのはどうかな?ってまだ気が早いか!ガハハハ!」
しかしウェザーの明るい声とは反対にウェールズは悲しそうに笑うと、ゆっくりとウェザーに向き直り、絞り出すように話し出した。
「実は君に大事な話があるんだ・・・・・・」


ウェザーとルイズ。二人は学院に帰る馬車の中、向かい合って座りながら別々の方を向いていた。ルイズが右の窓を見ればウェザーは左の窓。
ウェザーが天井を仰げばルイズが俯く。
徹底的にお互いがきっかけを作るのを避けているかのような仕草。嫌な沈黙がせまい馬車の中に重く沈殿していく。
その息苦しさにとうとう耐えきれなくなったルイズが切り出した。
「ウェザー・・・あのね、さっき姫様からコレを渡されたの」
ルイズはそう言って一冊の本を持ち上げて見せた。古びた皮の装丁がなされた表紙はボロボロで触っただけでも破れてしまいそうだ。
ルイズがぱらぱらとめくる羊皮紙でできたページはすっかり色あせておりその白さを失っていた。
茶色くくすんだ姿が歴史を感じさせるが、中身は何と真っ白なのだ。
「これね、『始祖の祈祷書』って言うの。始祖ブリミルゆかりの伝説の書物で国宝なのよ・・・トリステインの伝統で、王室の結婚式の際には貴族から巫女を選びこの本を持って詔を唱えなくちゃいけないのよ」
ルイズは白紙のページをゆっくりと一枚一枚、ウェザーの返事を待つかのように捲るが、ウェザーは外を向いたまま動こうとしない。その眼は外すら見ていないかのようだ。
「でね、今度の姫様の結婚式の巫女役にわたしが選ばれちゃったみたいで・・・詔を自分で考えなくっちゃいけないのよ。でもどうしたらいいのか・・・」
ルイズの声は徐々に小さくなっていった。肩も小刻みに震えている。
「でも・・・姫様のお願いなのにね・・・これは喜べないよぉ・・・」
その時ようやくウェザーはルイズを横目で見た。小さな体をさらに縮こめて拳を握り震えている。
いつもなら気の利いた言葉でもかけてやるのだが今のウェザーにそんな余裕はなかった。だからつい、尖った口調で言ってしまったのだ。
「そりゃアンリエッタとゲルマニア皇帝の挙式で巫女やるんだからな」
その言葉にルイズはウェザーを見たがすでに視線を外していた。
アンリエッタたちの話はこうだ。


「――――今日あなたを呼びだしたのはね、コレを渡すためなの」
「これは?」
アンリエッタが机の上に置いたのはずいぶんと古ぼけた本だった。年期というか歴史を感じさせるようなボロさを惜しげもなく振りまいている。
「これは『始祖の祈祷書』よ。知ってるでしょう?」
もちろん知っていた。国宝でありながら偽物が頻繁に出回っており、それらだけでも学校の図書館の書架くらいなら埋めてしまえそうなほどだ。
そしてその祈祷書が使われる場所も知っている。
「王族の結婚式では選ばれし貴族がこれを持ち詔を朗じるのです。そしてわたくしはあなたを選びました。ルイズ」
そう言って『始祖の祈祷書』をルイズに差し出す。ルイズはしばらくその拍子を見ていたがにわかに表情を明るくした。
「じゃあとうとうウェールズ様との婚姻が決まったのですね!」
しかし、はしゃぐルイズに対してアンリエッタの微笑みは苦悶に満々ていた。
「姫様?どうしたのですか・・・?」
ルイズが心配そうに尋ねるがアンリエッタは答えなかった。
それでも唇を噛み、何かをこらえるようにしてからゆっくりと話し出した。
「ルイズ・・・わたくしは・・・わたくしは・・・」
苦々しくアンリエッタはそう紡ぎだした。


「アンリエッタと結婚できねえってのはどういうことだ・・・?」
ウェザーが今にも怒鳴りそうになるのを必死に抑えながらウェールズに尋ねた。ウェールズも視線を外してしまっている。
「クロムウェルがアルビオン帝国皇帝を名乗り不可侵条約を結んできた。トリステイン・ゲルマニア両国において早期の同盟は必要不可欠だ。軍事同盟は締結したが、国と国が力を合わせるにはもう一押し必要なのさ」
「それが・・・それがアンリエッタの政略結婚だってのか・・・?」
「ふふ・・・おかしなものだな。僕はこうして生きているというのに、まるで世界から除け者にされたような気分だよ」
ウェールズは自嘲気味に笑った。なんとも渇いた笑いだった。
ウェザーは拳を強く握り、ウェールズに何かを言おうとしたが手で制され、ウェールズは首をやんわりと横に振った。
「君が僕たちのために動いてくれることは素直に嬉しい。ともがいると言うことは本当に良いことだ。でも今回はアルビオンの時とはわけが違う。
 トリステインは滅び行く王家ではないんだ・・・この同盟が成立しなければさらに多くの民草が被害を被るだろう」
もとより自分に同盟を阻止してどうするのかという疑念はあったが、ウェールズの言葉で完全に疑念が心を覆ってしまった。
「君はよき友人だ。ルイズも・・・だからどうかアンリエッタを祝福してやって欲しい」
ウェザーは握った拳を振り上げて――――振り下ろした。力強く握られたそれが何かに触れることはなかった。


今ルイズの指には水のルビーが光っている。巫女を引き受けたルイズがアンリエッタからせめてもの報酬にとよこしたのだ。
その輝きがより一層馬車内の空気を悪くいていた。
「何とか助けられないかしら」
ルイズは指のルビーを眺めながらそう呟いた。それに窓の外に背さんを置いたままウェザーは答える。
「あるぜ」
「本当ッ!?」
「ああ。アンリエッタ結婚おめでとうって祝福してやるのさ」
「ちょっとウェザー・・・・・・それ本気で言ってるの?」
ルイズの声に怒りがあらわれたのが手に取るようにわかりながらウェザーはなおも調子を崩さなかった。
「他に何が出来る?それともお前はアンリエッタに『好きでもない人と結婚してあなたって本当に不幸な女ね』とでも言うのかよ。ああ?」
「そんなことするわけないでしょ!もっとまじめに考えてよ!」
「まじめさ。そしてまじめに考えるとやっぱり俺達には何もできないってことがよくわかるんだよ」
「そんな・・・じゃあ何のためにウェールズ様を助けたのよ!」
「・・・知るかよ」
心中は穏やかではなかったが端から見れば投げ遣りなウェザーにルイズはとうとうキレた。がたんと立ち上がって怒鳴りつける。
「なによそれ!あんたあの二人が幸せになって欲しくないの!?」
「うるせーなッ!俺だってどうにかできるもんならどうにかしてるよッ!だが今回のはワケが違うんだッ!ウェールズ一人担ぎ出せばいいもんじゃねえ!下手を打てばお前の祖国がなくなるんだぞッ!」
ウェザーもこのやるせなさをどこかに放り投げたかったためにルイズに爆発してしまった。あまりの剣幕にルイズが涙目になり必死に嗚咽を堪えようとしている。
ウェザーは一瞬しまったかと思ったが、やるせなさが勝り放っておくことにした。幸いにも馬車は学院に着いたらしく止まってくれた。
「ついたぜ」
ウェザーがそう言うと、ルイズは完全に停止する前に飛び出してウェザーに背を向けたまま宣告した。
「もういいわ!あんたなんかクビよ!わたしの部屋には入っちゃダメだからね!どっかそこらヘンで野宿でもすればいいわ!そうよ!それで野垂れ死んじゃえばいいわッ!」
それだけ言うと寮に向かって全力疾走で駆けだしていった。その後ろ姿を見届けたウェザーは無言で馬車から降りるとルイズとは反対の方向に歩いていった。


魔法学院東の広場。通称『アウストリ』の広場のベンチに腰掛け、ルイズは一生懸命に膝の上の『始祖の祈祷書』とにらめっこをしていた。
なんのかんの言ったところで自分は頼まれた以上詔を考えなければならないのである。
正直言えば祝福できたものではないが、国のためには仕方がない。三日前に王宮から帰ってくる時は気が動転していたのだ。
だからウェザーに怒鳴って、困らせて、挙げ句の果てにクビ宣言までしてしまったのだ。
自分にも非があるのを理解していながらもルイズは素直に謝れずにいた。そもそもあれから三日たつがウェザーの姿を一度としてみていない。
もともと行く当てはないのだから本当に野垂れ死んでいるんじゃないかと心配になるがプライドが足を動かすのを阻む。
「・・・・・・はあ・・・」
ルイズは盛大にため息を吐くと祈祷書の下から複雑に毛玉が絡み合ってできた歪な枕もしくは蓑虫の人形を取り出した。一応本人は帽子のつもりである。
本と睨めっこばかりしていても良い案は浮かばないだろうと趣味でもある編み物を始めたのだが、マフラーやセーターを作ろうと思っていたはずなのにふと気付くと帽子を作っている自分がいるのだ。
それに気付くと慌ててそれを祈祷書の下に隠して再び詔を考えるが、どうしても思考は三日前のことに戻り、ウェザーのことになり、で、帽子を編み始めてしまう。
「・・・はあ」
「なーにため息なんかついてるのよッ」
背後からの声にルイズは慌てて帽子を祈祷書の下に隠して振り向いた。キュルケが手を上げてたっていた。
「こんな晴れの日に本読んでるのはタバサだけで充分よ。で、何の本かしら?」
「これは『始祖の祈祷書』っていう、国宝よ国宝」
ルイズは自分がアンリエッタの結婚式で詔を詠みあげる事を話した。するとキュルケはすぐにトリステインとゲルマニアの同盟だと気付いたようで、笑いながらルイズの肩に腕を回してきた。
「じゃあこれで晴れてあたしたちも手を取り合って歩んでいくってわけねー。歴代の宿敵と肩を組める平和にかんぱーい」
しかしルイズはキュルケの腕を払いのけた。

「姫様は国のために好きでもない人と結婚させられるのよ?これが笑っていられる?あなただってもし自分が好きでも何でもないような人間といきなり結婚しなきゃいけなくなってもまだ笑っていられる?」
キュルケは思うところでもあるのか、あっさりと両手をあげて肩をすくめて見せた。
「そりゃあね、あたしだってウェールズ皇太子を救出した時いたわけだし、できることならアンリエッタ様とくっついて欲しいわよ。でも、あたしも一応ゲルマニア人でね・・・立場としては結構複雑なのよ」
そう言われてルイズはキュルケがゲルマニアからの留学生であったことを思いだした。宿敵ではあるが、共に任務をこなした仲間としてみればキュルケの立場は確かに複雑だった。
ルイズが深刻そうな顔をするのとは対照的にキュルケは面白いものを見つけた悪戯な笑みを浮かべる。
「ところでさっきまで何を編んでいたの?」
沈んでいたルイズが一気に浮上して頬を朱に染めた。
「な、なにも編んでなんかないわ」
「編んでたわよ。ほらここ」
キュルケは素早く祈祷書の下から毛玉の塊を取り上げた。ルイズも慌てて取り返そうとするが長身のキュルケが小柄なルイズの額に手を置いて突っ張るだけでルイズの腕はむなしく空をかくだけだった。
「ふみゃー!返しなさいよーッ!」
「これ・・・何?」
キュルケが取り上げたものは前衛的というか、破滅的というか、見ていると気持ち悪くなりそうな物体だった。
「ぼ、帽子よ」
「帽子?蓑虫のぬいぐるみにしか見えないわよ。だいたい帽子には頭入れるところがあるはずでしょ?これ、ないじゃない」
「こ、これからあけるのよ!」
ルイズはやっとの思いでキュルケの手から編み物を取りすと恥ずかしそうに俯いた。対照的にキュルケはにやにやと笑っている。

「・・・なによ」
「んー?いやね、プライドの高いあなたが使い魔に帽子を編んであげるだなんて今日は雪かしらって心配で心配で・・・」
「う、うるさいわね!あんなヤツなんかに誰があげるもんですか!」
「あなたも難儀な性格ね。そんなんだからウェザーに愛想尽かされて逃げられるのよ。あたし知ってるのよ。ここ最近ウェザーがあなたの側にいないこと。
 とんがるのは勝手だけど、好きなら好きって言わなきゃ伝わらないわよ。はねつけるのもいいけどたまには包んであげるくらいじゃないと男は落ちないわ。これ、あたしの経験論ね」
「だ、誰が好きなもんですかあんなおじさん。好きなのはあんたでしょ?どこが良いのか知らないけど」
するとキュルケは頬を染めて手をそこに当てて体をくねらせた。
「そりゃあルックスはいいし背は高いし、謎が多くてミステリアスじゃない。頼りになるし経験豊富だし・・・ああんもう最高!あんな人ゲルマニアにもいなかったわ!」
キュルケの様子にルイズはムッとしたが、自分には関係ないんだと言い聞かせて溜飲を抑えた。そして何も言い返してこないルイズにキュルケは心底つまらなさそうに告げた。
「じゃああたしがウェザーを手に入れても文句は言わないでよね。好きでも何でもないんだからいいでしょ?」
「ええそうよ!どうぞご勝手に!」
ルイズのその様子にとうとうキュルケも匙を投げた。手を大仰に開き肩を竦めると背を向けて歩き出す。そして背を向けたまま言い放った。
「使い魔はメイジにとってパートナー。あなた勉強は出来た方だと思っていたけど、そんな基本もわからないようじゃいよいよ持って『ゼロ』ね」
ルイズは何も言い返せなかった。やり場のない怒りを帽子に込めて叩き付けようとしたが、それすら空しく思えてしまい、帽子に顔をうずめて静かに泣いた。

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