ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-22

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匿名ユーザー

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不思議な光景だった。

首都を覆い尽くす五万の兵が、二つに割れる。
この世界に石版を携えた予言者が居たとしたら、その再来だと思われただろう。

「KUAAAAAAAAAAAA!!!」
「BUAAAAAAAAAAAA!!!」

吸血鬼と吸血馬の雄叫びが戦場に響く。

反乱軍五万の先端は、真っ先に手柄を立てようとする傭兵達で構成されていた。

彼らはは眼前に迫る馬を見て、喜んでいた。

しかしその喜びは、馬の接近と共に打ち砕かれる。

ニューカッスルの城壁を飛び越えて反乱軍の眼前に降り立った巨馬は、ハルケギニアで軍馬として使われる馬より、一回り大きい程度の馬。

巨馬と呼ぶにははるかに小さいが、この戦いを生き残った傭兵達は口々に『あれは見たこともない巨大な馬だった』と伝えている。
それは、吸血馬の圧倒的なパワーが印象づけた『伝説』だったのかもしれない。



ニューカッスルへと続く街道を、吸血馬が行く。
五万の大群をものともせず走り抜ける。
吸血馬の前では、人間の身体は血袋と同じようなものだった。
大通りを埋め尽くすような傭兵の群れを踏みつぶすと、反乱軍の兵士達が槍を構えていた。
上空には竜、地上には槍衾。

ひるむことなく突撃してくる吸血馬を見て、隊列の一部が崩れるが、そんなことはお構いなしに馬は空を飛んだ。
地震のような揺れが兵を襲う、馬は翼もないのに空へと舞い上がり、今まさに火のブレスを吐かんとしていた竜を踏みつけた。


「陛下!」
「………!」
「手綱はありません、たてがみをしっかり握って!」
「…!」
ルイズはウェールズの手を取って、吸血馬のたてがみを握らせると、自身も宙へと飛んだ。
竜騎兵は、あまりの出来事にブレスを吐くタイミングを失っていたが、目の前に飛んできたルイズを見て、慌ててその向きを変えようと手綱を引いた。
だが、思ったよりも早くルイズの腕が竜騎兵の胴を貫いた。
右手は竜騎兵の血を吸い、左手は竜の首へと突き刺さる。
食屍鬼のエキスを注入せず、ただ勢いよく竜騎兵の血を吸い尽くす。
左手の指先が竜の脊椎へと到達すると、ルイズは落下しながら竜の神経を浸食した。

きりもみ状態で地上へと落下する竜は、地上すれすれで体制を立て直す。
地上に群がる傭兵達と、つい先ほどまで主人だった竜騎兵に向けて炎のブレスを吐き、竜は空へと舞っていった。

ウェールズは吸血馬の背で、不思議な感覚に包まれていた。
ニューカッスル城で死ぬつもりだと覚悟していたのに、いざ槍衾の中を駆けると、その槍がいつ自分の身体を貫くのかと恐ろしくなる。
だが、この巨馬は槍衾を飛び越え、竜の飛ぶ高さにまで跳躍し、メイジの魔法を避けるように走る。
『死ぬか、助かるか』
ウェールズは、まるで夢を見るように戦場を駆け抜けた。

上空ではルイズが竜を操り、他の竜騎兵を翻弄している。
しっかりとした戦術など無かったが、その非常識な戦い方は誰もが恐ろしいと感じてしまう。
脳のリミッターを破壊された竜は、疲れや痛みを忘れて羽ばたき、他の竜に突撃する。
ルイズはすれ違いざまにデルフリンガーを振り、竜の翼を切り裂いていく。

地面を走る吸血馬は、パワーと体力こそグリフォンや竜に匹敵するが、速度は劇的に速くない。
その強靱な脚力が、人間も、建物も、オーク鬼も、魔法の刃すらもものともせず駆けていくのだ。
メイジが作り出した炎の壁があっても、動物の枠組みを外れた『吸血馬』は、決してひるまない。

ルイズは竜騎兵の一群を混乱状態に陥らせると、吸血馬の前に竜を飛ばした。
血を吸われ、疲弊しきったはずの竜が五匹、他の竜よりも早く力強く飛ぶ。
ルイズはこの先にある、反乱軍の本陣と思わしき場所に向けて竜を突撃させる。
一騎の巨馬で戦列を分断された上、竜が司令部へと飛び込み、反乱軍は未曾有の大混乱なり統率を失う。
ルイズは、私の役目は戦うことではない、逃げることだと自分に言い聞かせ、最短のルートを通って首都ロンディニウムを後にした。


この日『竜を操る鉄仮面』と『巨馬を操る騎士』の噂が、瞬く間にアルビオン中に広まった。


「陛下?」
「………」
「ウェールズ陛下、どこか怪我でも?」
「え? あ、いや…驚いていたんだ」
場面はアルビオンから、ラ・ロシェールからそう離れていない森の中に移る。
ルイズは逃げる途中に奪った竜のうち一体に、港まで来いと命令していたのだ。
竜は風竜ではないため、馬一頭と人二人を運ぶのは難しいが、アルビオンからトリステインに向かうのなら滑空だけで済む。
体力的にも問題はないと思えたが、竜は体力の限界を迎えてしまい、地面に着地してすぐ身体を横たえてしまった。
食屍鬼のエキスは注入していないので、殺すのは躊躇われた。
ルイズは髪の毛から作り出した触手を竜の脳髄に差し込んで、この場所で休ませることにした。
しばらくすれば、また飛べるようになるだろう。

二人は、トリステインの宮殿を目指し、森の中を進むことになったが…。


ルイズはウェールズの乗った吸血馬を先導して、森の中を歩いていた。
途中、ウェールズが口を開く。
「奇妙な事だが…夢を見ていたようだ」
「夢?」
「ああ、戦場を一騎で駆け、突破するなどと、誰が信じようか。トリステインの”烈風カリン”殿でもこうはいくまい」

ルイズはふと気づいた。
自分は『石仮面』と名乗ろうとしていた。
だが考えてみれば、これは一種のコンプレックスかも知れない。
ルイズは甲冑のマスクを外すと、それを宙に投げた。

「仮面は、もう外すのか」
「鉄の仮面を付けていたら、カリーナ・デジレ様に怒られますもの」
「……不思議な人だな、君は。最初は平民かと思ったが、使い魔を従えている上、”烈風カリン”殿の名前まで知っているとは」
「強者の名前は自然と耳に入るのよ」
「ところで、着の身着のままで来てしまったが、このままでは君に報酬を払うこともできないな…願わくば、トリステインの城まで同行して頂けるだろうか、そこで『風のルビー』を君に差し上げたい」
「気遣いは無用よ、ほら」
ルイズがローブをめくり、身体の至る所にくくりつけた革袋を見せた。
報酬代わりに貰った食器類や、他宝物類もそこに入れられている。
「そんな沢山身につけて戦っていたのか?」
「まあね、本当は私とブルリンの分だと思ってたんだけど…」
「ブルリンとは、その馬のことかい?」
「馬?また、へんな冗談を言うのね、私と一緒にいた髭面の男よ」
「いや、パリーからは、傭兵は君しかいないと聞いて……髭面と言われても記憶にないのだが…」

「……えっ…」


ルイズの呟きは木々の間に吸い込まれて、静かに消えていった。

まるで、最初から存在していなかったかのように……



一方、シエスタはある村の村長宅で、傷ついた身体を休めていた。

隣のベッドには、トリステイン魔法学院の教師、疾風のギトーがこれまたボロボロの姿で眠っている。
つい数時間前までの戦いが嘘のよう。
シエスタは体力を回復させようと、波紋の呼吸を意識しながら、意識を闇に落としていった。


昨日シエスタは、ラ・ロシェールとは別方向、ガリア寄りの村落を目指して馬を歩かせていた。
オールド・オスマンは、シエスタの曾祖父の残した日記と『太陽の書』の内容を照らし合わせ、解読を進めていたが、そこには気になることが書かれていた。

『波紋はそのままでは戦闘に役立たない』

日記には、波紋の利用法についてかなり細かく書かれており、コルベール先生が見れば興奮すること間違いなしだろう。
だが、吸血鬼に対しては驚異的な効果のある波紋も、困ったことに対人戦闘、対メイジ戦闘に於いては有効とは言い切れない。
日記に書かれていた利用法のほとんどは、メイジを敵と仮定している。

仮に『メイジの食屍鬼』が作られたとしたら、今のシエスタでは全く相手にならず殺されてしまうだろう。
リサリサのような『達人』ほどの波紋があれば話は違ってくるのだろうが、とにかく今はシエスタの使える『武器』を探すのが第一だった。


今回、シエスタが目指しているのは、特殊な繊維の産地。
山奥に生える蔓草の樹液は、乾燥しても波紋に反応するらしい。
それを採取して、今後に役立てることが、旅の目的だった。

シエスタに同行するのは『疾風のギトー』。

「まったく何で私がこんな…ブツブツ」
「ミスタ・ギトー先生、道しるべの石が見えました」
「ん?ああ、地図の通りだな、よし、目的地までもうすぐだ」
「はい!」

ギトーは困っていた。
なにせシエスタに同行させられたのは、オールド・オスマンの皮肉たっぷりな言葉が原因だからだ。
『風は最強なんじゃろ?なら途中でオークに囲まれても君なら何とかなるじゃろう』
他の先生の前で、こんな事を言われては拒否も出来ない。
悪くない額の特別手当が支給されると言うが、泊まりがけで辺鄙な村に植物採集しに行くのは辛い。
ただ、シエスタは他の生徒と違い、嫌われ者のギトーを素直に慕ってくれているので、少しだけ救われたような気がしていた。

「…何で私はあんなに嫌われているのだろう…そもそも風は最強だし、強さに憧れる年齢なら私を慕ってくれても…ブツブツ…」
「……先生、先生!」
「ん?」
「村が見えましたよ」

ギトーは、せめて美味しい名物料理でもあればいいのだが…と考えながら、馬を村へと進めた。
二人は、村長宅で事の次第を説明した。
この土地で魔法薬の原料になりそうな物を採取するためトリステイン魔法学院から来たと告げると、村長は顔をほころばせた。


この近くには薬草類が多いため、薬の原料を採取しに来る人も少なくはないのだとか。
トリステインの城下町『ピエモンの秘薬屋』の店主もここに来ていたそうだ。
先代の村長の話だと、オールド・オスマンも何度か訪れているのだとか。
「この近くの森は、魔法薬の原料になるコケ、キノコが採れます。オールド・オスマン様は先代村長が一度お会いしたそうで…」
応接室らしき場所で楽しそうに語る、この村の村長は、顔に深いしわを蓄えた骨太の人で、体格もよく、髪の毛が黒々としている。
壁には魔法薬の原料となる植物類のイラストが沢山描かれており、この村が何を自慢にしているのか一目で分かった。
ギトーは『平民の家などこんなものだろうな』と考え、
シエスタは『応接室に通されるなんて、どうしよう…』と考えていた。

「ところで貴族様、今日はもう暗く、森の中は危険です。明朝にご案内しますが、それでかまいませんでしょうか?」
「ああ、かまわんよ」
「お願いします」
ぺこり、と頭を下げるシエスタを、村長は驚いたような目で見た。
それを見てギトーが一言告げる。
「この子はね、訳あって平民の家で生まれたが、怪我や病を治す魔法が使えるのでね、魔法学院で預かっているのだよ」
「そ、そうでございましたか、いや、貴族様に頭を下げられるなんて、ちょっと驚いてしまいまして」

ふと、部屋の外から誰かの視線を感じた。
扉の方を見ると、タバサと同じかそれより小さいぐらいの少女が、応接間を覗き見していた。
村長はそれに気づき、その少女を見る。
すると少女はぱたぱたと足音を立てて、逃げるように去っていった。

「あの、今の子は?」
シエスタが質問すると、村長は応接室の扉を閉め直してから、二人に話し出した。
「はい、今のはうちの村で預かってる子供でして…どうも商人の子供らしいんですが」
「らしい? …親が分からんのか」
ギトーも興味を牽かれたのか、話を聞く。
「はい、ここから離れた街道で、物取りに襲われたらしいんです。馬車の中で泣いているのを村の者が発見しまして」

「そうだったんですか…」
シエスタが残念そうに呟く。
波紋が生命を癒せても、心まで癒すことは出来ない。
それが少しだけ悔しかった。

「ああやってお客様を見てるんです、きっと親を捜しているんでしょうが…」
「ふむ…可哀想にな、物取りなど風のメイジがいれば一網打尽だろうに」
ギトーもまた、残念そうに呟いた。
心底、風系統に自信を持っているらしい。

自信と、それなりの実力があるはずなのに、自分では戦おうとしないのがギトーの困ったところだが。
村長もシエスタもそんなことは知らない。

「さ、湿っぽい話をしていては料理が不味くなります、特産キノコのたっぷり入ったシチューを出しましょう」
そう言って村長が立ち上がる。
「貴族様のお口には合わないかもしれませんが、このキノコはハゲや胃腸の弱まりに効果がありまして………」

自慢げにキノコの効能を説明する村長。
この土地の人間がハゲないのは、希に採取されるキノコのおかげらしい。
「コルベール先生が聞いたら喜びそう…」
「確かに…」


先ほどの少女が、今度は窓の外から二人を見つめていた。

少女は、長すぎる八重歯を剥き出しにして、にやりと笑った。




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