ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-38

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匿名ユーザー

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「アルビオンが見えたぞー!」
怒鳴る船員の声で、ギアッチョは眼を覚ました。慣れない空飛ぶ船での
睡眠で痛む頭と軋む身体を半ば無理やりに引き起こす。
「――ッ・・・」
睡眠をとり過ぎた時のような気分の悪さに頭を抑えて、ギアッチョはふぅっと
息を吐き出した。気だるげに隣に眼を遣ると、ベッドの上は空。
「眼が覚めた?」
待っていたようなタイミングで上から降って来た声に、ギアッチョは緩慢に
頭を上げる。隣のベッドの主が、両手にコップを一つずつ携えて立っていた。
ギアッチョの返事を待たずに、彼女は片方のコップを差し出す。
「・・・水、飲む?」
だるそうな声で「ああ」と答えて、ギアッチョはコップを受け取った。取っ手を
傾けて一息に飲み干すと、徐々に頭が冴えてくる。軋む身体を捻ってから、
ギアッチョは彼女――ルイズに眼を戻した。
「・・・昨日といい今日といい、おめーが早起きしてんのは珍しいな」
ルイズは既に制服に着替え終わっている。困ったように溜息をつくと、
「今日はあんたが遅いのよ わたしはいつもの時間に起きたもの」
そう言って自分のカップに口をつけた。ルイズから眼を戻して、ギアッチョは
節々が痛む身体に鞭打って立ち上がる。首や肩をコキコキと鳴らすと、
眼鏡を探しながら口を開いた。
「悪ィな」
「え?」
意味を掴みかねているルイズに、コップをひょいと上げることで答える。
「あ・・・べ、別にあんたの為に汲みに行ったわけじゃないわよ なんだか
あんたが寝苦しそうだったから、わたしのついでに持ってきてあげただけ」
ついでという部分を幾分強調して早口にそう言うと、空になったギアッチョの
コップを奪い取ってルイズはぱたぱたと走って行ってしまった。

ルイズの背中を見送って、デルフリンガーはカシャンと柄を持ち上げて笑う。
「いやはや、見てるこっちが恥ずかしくなる程の純情ぶりだね」
「ああ?」
なんの話だと言わんばかりの眼をこっちに向けるギアッチョに、デルフは
内心やれやれと呟いた。
――やっぱりネックは旦那だねこりゃ
ギアッチョ達の世界で、カタギの人間と恋に落ちるような者は中々珍しい。
理由は種々あるわけだが、ギアッチョはそれ以前に愛だの恋だのという
もの自体に全く興味がなかった。彼にとっては、リゾットチーム以外の人間は
殆ど全てが敵か、またはどうでもいい者のどちらかであった。例えば一人の
女性がいて、彼女がそのどちらであるにせよ、ギアッチョには微塵の興味も
沸きはしない。殺すか、捨て置くか。彼の前には、それ以外の選択肢など
出ようはずもなかった。そんなことが何年も続くうちに、ギアッチョからは
もはや恋だとか愛だという概念それ自体が失われてしまったのである。
これはいかんと思ったメローネが愛読書のハーレム漫画を無理やり
読ませたこともあったが、次々と女絡みのトラブルに巻き込まれる主人公に
ついて「このガキはスタンド使いか何かか?」などと呟くギアッチョには、
さしものメローネも匙を投げざるを得なかった。「敗因は漫画のチョイスだろ」
とはイルーゾォの言であるが。
勿論デルフリンガーがそんなことを知る由もないのだが、これだけ度々こんな
場面に遭遇すれば流石に彼にもギアッチョのことが分かって来たようで、
デルフリンガーは半ば本気で二人の行く末を心配していたりする。
返事をしないデルフから、ギアッチョは早々に視線を移して身体を伸ばして
いた。若干身体が楽になったことを確認して、ひょいとデルフを掴む。
「お?」
「アルビオンとやらを見に行くぜ」


アルビオンを「見上げて」、ギアッチョは絶句した。広大無辺の大空に、
溜息が出るほどに巨大な島――否、大陸が一つ、悠然と浮遊している。
「――・・・・・・」
正に文字通りの意味で絶句して、ギアッチョはアルビオンに眼を奪われている。
それは当然だ。この神々しいまでに美しくも雄大な景観に、圧倒されない
人間が一体どこにいるだろうか。
珍しく驚嘆の表情を露にしているギアッチョが面白いのか、ワルドと話をして
いたルイズはくすりと笑って口を開く。
「驚いた?」
「マジにな・・・」
「あれがアルビオンよ ああやってずっと空を彷徨ってるの 普段は大洋の
上空に浮かんでることが多いんだけど、月に何度かハルケギニアの上に
やってくるわ」
大きさはトリステインの国土程もあるのだとルイズは説明する。それを受けて、
「通称『白の国』、だね」
ワルドも解説に加わった。ギアッチョはアルビオンの下方にちらりと眼を移す。
アルビオンの大河から流れ落ちた水が、霧となって下半分を白く覆っていた。
「・・・なるほどな」

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
鐘楼で見張りに当たっていた船員の大声で、船内に一瞬で緊張が走った。
ギアッチョは言われた方向に首を向ける。こちらより一回りも大きい黒塗りの
船が、明らかにこちらを目指して近づいて来た。
「・・・貴族派の連中か?お前らの為に硫黄を運んでいる船だと教えてやれ」
船長の指示で見張りが手旗を振るが、黒い船からの返信はない。皆一様に
いぶかしんでいるところへ、副長が血相を変えて駆け寄って来た。
「せ、船長!あの船は旗を掲げておりません!空賊です!」


二十数門もの砲台が、こちらを睥睨している。いかなワルドやギアッチョと
言えども、もはや逃走は不可能だった。
黒船のマストに、停船命令を意味する信号旗がするすると登り、
「・・・裏帆を打て・・・・・・停船だ」
苦渋に満ちた顔で、船長は絶望の命令を出した。

黒船の舷側に、銃や弓を持った野卑な男達がずらりと並ぶ。一斉にこちらに
狙いを定められて、ルイズはびくりと小さく肩を震わせた。ギアッチョは感情の
読めない顔で、一歩ルイズの前に進み出る。
「・・・ギアッチョ」
冷静に、彼は状況を分析する。黒船からは、既に小型の斧や曲刀を持った
賊達がこちらに乗り移って来ていた。大砲を使われることはないだろう。
仲間諸共沈めてしまうからだ。しかし示威としてはこの上ない威力を発揮
している。それが証拠にこちらの船員達はすっかり怯えあがり、もはや
物の役にも立ちはしない状態であった。もっとも、ギアッチョは元々彼らを
戦力などと考えてもいなかったが。
――奴らの銃は大方オレ達三人に狙いをつけている・・・こいつを突破
するなぁ少々骨だな おまけに剣を持った奴らもオレ達を包囲してやがる
これだけ四方八方から狙われりゃあ満足に立ち回れるかも怪しいもんだ
ワルドの野郎は自力で何とかしてもらうとしても、ルイズを放っておく
わけにゃあいかねーからな・・・
しばし黙考した末に、ギアッチョは投降を選択した。まさかこの場で
殺されるなどということはないだろう。貴族にはいくらでも「使い道」がある。
どれだけがんじがらめに縛られようが、ホワイト・アルバムがあれば
脱出は容易い。負けを認めるのは多少・・・いやかなり屈辱だが、今は
四の五の言っている場合ではないことの解らないギアッチョではなかった。
「そこのてめーら!剣と杖をこっちに放りな!」
と高圧的に命令する空賊に、ギアッチョは苛立つ顔一つ見せず従った。

ぼさぼさの黒い長髪に眼帯と無精髭という、実にステレオタイプな風体の
男がどすんと甲板に飛び降りる。ギアッチョはまるで創作ものの海賊船長
だなと思ったが、どうやら男は本当に賊の頭らしく、じろりと辺りを見回して
荒っぽく言葉を吐いた。
「船長はどこだ?」
その声に恐る恐る答えた船長と幾つか言葉をかわした後、男は震える
船長の首筋を曲刀でぴたぴたと叩いて笑った。
「船も硫黄も全部買い取ってやる!代金はてめーらの命だ!」
隅から隅まで響き渡るような大声でそう叫ぶと、男はニヤリと笑ったまま
仲間のほうを向いた。
「おい、こいつらを船倉に叩き込んどけ」
空賊に引っ立てられて行く船員達を満足に見遣って、男はルイズ達に
向き直る。
「これはこれは、貴族様方が御同船なされていたとは存じ上げませんでした」
大げさな身振りで白々しくそう言って、男は愉快そうに下卑た笑いを浮かべた。
曲刀を肩に担ぎ、どすどすとルイズに歩み寄る。ルイズの顎を片手で持ち
上げて、男は値踏みするように彼女を眺めた。
「こりゃあ大層な別嬪さんですなぁ どうです?私の元で靴磨きでも?」
人を小馬鹿にした笑みでそう言う男の手を、ルイズはぱしんとはねのけた。
怒りを込めた眼で、キッと男を睨みつける。
「下がりなさい!わたしはトリステインからの使い・・・大使よ!」
堂々と己の正体をバラすルイズにワルドは不味いという顔をし、ギアッチョは
やれやれといった感じに首を振った。しかしルイズはそんな彼らの心中も
忖度せず、だが毅然として胸を張る。
「わたし達はアルビオンの王党派に、正統な政府たる王室に用があるの
今すぐ皆を釈放してここを通しなさい!」

「おいおいお嬢ちゃん あんた頭は大丈夫かね?」
賊の頭は不可解な顔でルイズに問い掛ける。
「俺達が貴族派と結託してる可能性ってヤツを考えなかったのか?」
恫喝するような調子で語りかける男に、ルイズはあくまで王女の使いと
しての誇りを持って相対する。
「だったらどうだと言うの?わたしはあんた達みたいな人間に嘘をついて
下げるような頭は持ってないわ!」
その言葉に男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、やがてげらげらと
おかしそうに笑い出した。
「カハハハハハ!ええ?貴族のプライドの為に命を捨てるってか?あんたら
貴族ってなァ全くもって度し難い奴らだな!」
「そんな下らないものじゃないわ」
「何・・・?」
まるで貴族自体を否定するような言葉が当の貴族から出たことに、頭は
再び眼を丸くする。それは手下の空賊達も、そしてワルドも一緒だった。
「これはあんた達みたいな外道を許せないわたし自身の、そして
トリステインを代表する者としての誇りよ!あんたなんかには永遠に
理解出来ないでしょうけどね!」
貴族でありながら、彼女の言葉は貴族のものでも平民のものでもない。
ただ一人、ルイズ・フランソワーズ、彼女自身の言葉だった。頭は彼女の
綺麗な髪を引っつかみ、鼻先まで顔を近づけて脅嚇し、首筋に刃を
押し当てる。しかしびくりと身を固くしながらも、ルイズは頭の眼を見据え
続けた。逆境にあって尚、彼女の旭日のような誇りと「覚悟」は潰えない。
そんな彼女を、ギアッチョはただ黙って見つめている。男は手を変え
品を変えてルイズを脅し続けるが、彼女は何をされようがついに男に
屈しなかった。ルイズの「覚悟」が本物であると悟り、今にも人を殺さん
ばかりだった男の表情がふっと和らぐ。

男の物腰は、賊のそれから一流の貴族のものに一瞬にして変化した。
彼は己の黒髪に手をやり、
「どうやらその「覚悟」は本物のようだ 失礼を詫びよう、私は――」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

突如上空から雄叫びが聞こえ、男もルイズも、その場の誰もが天を振り
仰いだ。彼らの真上にいたのは、竜だった。そして甲板に大きく影を落とした
それから流星のように飛び降りて来た金髪の少年はッ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぶァァッ!!」
くぐもった悲鳴と共に、見事に甲板に激突した。
「ギ、ギーシュ!?」
天から隕石の如く落下した少年に、ルイズが初めて大きな動揺を見せる。
ギーシュは鼻を押さえてフラフラと立ち上がると、造花の杖を頭に向けた。
「や、やひッ!賊め、ルイズをはにゃせッ!」
フガフガと鼻を鳴らしながら言われても何の迫力もないのだが、当の空賊
達はギーシュの体を張った一発芸に呆気にとられて言葉も出なかった。
そんなギーシュの横に、情熱に染まった髪を持つ少女が降り立つ。
「空賊であらせられる皆々様、よろしければ武器をお捨てになって
下さりませんこと?さもなくばこの微熱のキュルケと雪風のタバサ、あと
鉛の・・・青銅?・・・青銅のギーシュが、不本意ながらこちらで大暴れ
させていただくことになりますわ」
優雅な身振りで一礼するキュルケに合わせて、シルフィードに乗ったまま
臨戦態勢のタバサが降りてきた。
予想外の展開にルイズは眼を白黒させている。ギアッチョとワルドも、
大小違いはあれど共に驚きの色を含んだ顔で彼女達を見ている。
空賊の頭と手下達は今度こそ驚愕の顔で固まっていたが、数秒の後
彼らは殆ど同時に、弾かれたように笑い出した。しかしその笑いには、
今までの野卑な声とは違う爽やかさがあった。

実に大きな声でひとしきり笑った後、頭は改めてルイズ達に向き直った。
「君は実に良い仲間を持っているようだ すまない大使殿、数々の無礼
許して欲しい」
ルイズに謝罪しながら、男は己の髪を掴む。男の力にしたがって、それは
するりとはがれた。彼は次に眼帯を取り外し、そして最後に髭を外す。
その下に現れたのは、金糸の如き髪と蒼穹を映したかのような瞳を持つ
凛々しき青年だった。ぽかんと口を開けたまま固まっているルイズ達を
見渡して、青年は威風堂々たる所作で口を開いた。
「私はアルビオン王国空軍大将にして、王国最後の軍艦、この『イーグル』号が
籍を置く本国艦隊司令長官・・・」
にこりと爽やかに微笑んで、彼は己の名を名乗る。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
「・・・プ、プリンス・オブ・ウェールズ・・・?」
あまりの事態に頭が混乱しているルイズ達のそばで、ギアッチョとワルドは
冷静にウェールズを観察している。一人はなるほどなという顔で、一人は
興味深げな顔で。
「我々空軍の役目は反乱軍共の補給線を断つことなのだが、困ったことに
空賊に身をやつさねばおちおち空の旅もままならぬ状況でね
大使殿、君のこともなかなか信じられなかった まさか外国に我々の
味方がいるなどと、夢にも思わなくてね・・・重ねて言うが、試すような真似を
してすまなかった」
そこでウェールズは一度言葉を切る。そうしてルイズ達を見渡して、まるで
太陽のように眩しい笑顔で「そして」と言った。

「明日滅びる国へようこそ、客人方」


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