ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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匿名ユーザー

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「……あ~。まあなんだ、その、……悪かった、な」
ジャイロが一応、頬を掻きながら反省の気持ちを込めてマルトーに謝罪する。
「いや。俺もあんまり悪乗りが過ぎたぜ……。っいつ痛つつ! シエスタ! もっと丁寧に塗ってくれ!」
マルトーの頭にできたばかりのタンコブに、シエスタが腫れに効く薬を塗っていた。
「もう。コック長、ふざけるのも仕事に差し支えないくらいにしてくださいよ。コック長に何かあったら、私たちだけじゃ厨房は切り盛りできないんですから」
むっとした表情を見せながらも、心底心配しているシエスタに、マルトーも詫びる。
才人が、ジャイロを見捨てて後ろを振り向いたそのあと、後ろから聞こえてきたのはマルトーの悲鳴だったのだ。
前方から組み付かれ、座った姿勢のジャイロにかぶさるように襲ってくるマルトーを、ジャイロは撃退した。
それはもう、見事なフロントスープレックスを決めて。
3カウント中、ビシッとブリッジも出来上がっていたくらい見事なやつを。
シエスタがその瞬間の光景をよく見ていたらしく、やや興奮した口調で才人に説明する。
そんな凄い技が展開されると分かっていたら、後ろなんか振り向くんじゃなかった、と才人は少し後悔した。
そしてマルトーが完全にのびたのを確認したジャイロが、ゆっくりと起き上がると、……いきなり才人に向かって、コブラツイストを極めてくる。
「おのれこんガキャァー! 裏切りやがってどーしてくれよーか――ァ!」
「い、いて! いてえって! いやマジ痛てえ! タップ! タップ! ロープロープ!」
「あ、あははは……。ジャ、ジャイロさん、もうそのくらいで許してあげたほうが……」
苦笑いを浮かべたシエスタが、二人の仲裁に入る。
その間も、才人の骨がビシバシと嫌な音を鳴らし続けていた。

「本当にいいんですか?」
シエスタが、厨房の出入り口から夜の闇を見る。
外に出た二人に、困ったような、寂しいような、そんな表情を向けていた。
「ああ。さすがに厨房に、寝泊りなんてできねーだろ。料理する場所で寝っ転がってたら、明日の掃除が余計に手間だしな」
ニョホホ、とおどけた調子で、ジャイロが言う。
「料理もらえただけでもありがたいのに、サウナも使わせてもらったしな」
そう言った才人の髪は、湯上りのようにしっとりと濡れている。
「オレは野宿に慣れてるんでな……。まあこいつはどーだかしらねーが、いざとなったら厩にでも寝泊りするさ」
「う、馬と一夜かよ……。なんか、すごそーだな」
「厩だって慣れりゃいい寝床だぜ? なんつっても聖人の多くは厩で誕生してるくらいだしな」
オメーも知ってんだろ、キリストとか、と、ジャイロが言った。
「ま、まあ俺達も普段は藁が寝床だしな……。はあ、人間らしい暮らしをしてみたいぜ」
才人が夜空を見上げ、次いで、地面を向く。その先に、はぁぁ、と情けない溜息を吐いた。
「おチビの考え方次第だろーな。ま、いつ変わるともしれねえもの待っててもしょうがねえだろ」
おら、そろそろ行くぜ、とジャイロが促す。
「わーったよ……。んじゃ、シエスタ。また明日」
「はい。また明日」
「また来いよ! 『我らの剣』! 『我らの銃』!」
才人とジャイロ。シエスタとマルトー。お互いに手を振って、その距離は段々と離れていく。
才人が、空をふと、見上げた。
星空が、とても綺麗だった。

「……それでよ。マルトーの親父さん、『どうすればそんなに剣が使えるようになるんだ?! 俺にも教えろよ!』って言うんだぜ。
でも俺は今まで剣なんて振ったことが無かったから、『知らない。勝手に動いて斬ったんだ』って言うんだけど、
『まったくお前は達人だ! 全然誇ったりひけらかしたりしねえ! ますます気に入ったぜ!』って言うんだ。親父さん、本気で俺を剣の達人だと思ってるんだ。まいったよ」
夜道を歩きながら、二人は学院の敷地を闊歩する。寝床に使えそうな場所を探していたからだ。
「そりゃまあ、あんだけ派手に暴れりゃそう見られるな。それにしてもオレなんかよ、『我らの銃』だぜ、銃。オレは鉄球を使うんであって銃は使わねーのに、銃を使うと思われてんだぜ。……どーするよ?」
「どーするって……どーするんだよ?」
「いや、だからよォ……。どーしよっかと思ってなー」
なんの意味も無い、取り留めの無い、話のやり取り。二つの月だけが、その話の聞き取り手だった。

「なあジャイロ」
才人が、歩くのを止めた。
「お前は……、元の世界に、帰りたいか?」
なんとなく、才人はジャイロに、そう尋ねた。
「ああ、帰りたいね」
間髪入れず、彼は答えた。
「そっか。……そうだよな。……俺も。……、……俺、も」
帰るんだ。と、才人は呟くように答える。
「オメーは」
ジャイロが、今度は才人に問う。
「オメーは……、向こうにどーしても戻らなきゃならない理由が、無いのか?」
無いのか、向こうに戻る理由が。血を吐いても傷を負っても。なにがなんでも戻らなきゃならない理由が。
「……俺は」
そこで、途切れる。向こうに、自分の世界に戻ったら、何がしたいのか?
いろいろ、あるけれど。あるはず、なんだけど。……命をかけてまで、戻りたいかと、言われれば。
「オレはあるぜ」
そう、ジャイロはキッパリと言った。
「オレが戻らなきゃよ。一人、……死ぬ、ヤツがいるんでな」
ジャイロは、才人を置いていくように、前にどんどんと歩き出す。
後ろから彼の背中を見ていた才人に、いまの表情を、見せたくないようにして。

寝るのに都合がいい場所を探すというのも、なかなか骨が折れると、才人はうろうろしながら、そう考えた。
夜風にさらされすぎない、雨露を凌げる囲いや庇がある場所ならなおよいのだが、そんな場所が早々簡単に見つかるわけもないのだ。
「この調子じゃ、本当に厩に寝泊りじゃないか? なあ……、さっきシエスタに『もしよろしかったら、私達が寝泊りしている宿舎に来ませんか?』って言われたんだから、乗っときゃよかったんじゃないか?」
「あー、おチビにバレたときのことを考えなきゃなァ、それもアリなんだがよォ」
バレたら……、死にますね。……というか、殺されますね。
なんかもう嬉々として『第一の爆弾!』とか言われながら爆破されそうですもんね。
そんなどこぞの殺人鬼のごとき態度のご主人様を妄想し、ぶるるっ、と才人は身震いする。
「しかたねーな。んじゃよォ、今夜はおウマちゃんとこで御厄介になる……か」
ジャイロの顔つきが変わった。才人の傍まで近づき、その隣で、小声で話しかけてきた。
「よォ、気付いてるか、才人。……誰かに見られてるぜ」
「えっ……。まさか、ルイズ?」
「いや……。こいつは勘だが、おチビじゃねえな。……視線が陰険だぜ」
視線を感じた方向に、ジャイロは目を向ける。才人も、それを目で追った。がさり、と茂った草木の向こうに、何かが、動いた。
「いる! いる! いるよマジでいるなんかいる!」
「ああ。……しっかしズイブンと間抜けな隠れ方だぜ。こいつなら、まあ心配するほどでもなさそーだ」
そう言うなり、足元にあった石を一つ、ジャイロは手にとって、茂みに向かって投げた。
スコーン、と随分軽い音がして、「痛いぃ!」と、間抜けな声が聞こえた。
「ん? あ。この声……」
「マヌケが出てきたようだぜ」
茂みから出てくるなり、そいつは頭を伏して、二人の前にあらわれる。

「ご、ごめんさないほんとごめんさない許してマジでお願いほんとにごめんいやごめんさないわたしがわるうございました!」
貴族というには、余りにも態度が卑屈すぎだとジャイロは思い、あれ? こいつってこんなヤツだったっけ? と才人は思った。
「許すも許さねーも、オメーの返答しだいだ。こんな夜中に、オレ達に一体何の用だ? ええ?」
「あ……、いや、それは……その」
伏していた頭を、そいつは気まずそうに上げた。
かなりの包帯やら止め具やらで固定された格好で、ミイラ男そのものの姿ではあったが、……それは間違いなく、先日彼らと派手に決闘をやらかした貴族。ギーシュだった。
「……ほォー。そんでフラれた女ともう一度話がしたいから協力してくれ、……と。そりゃオメー、自業自得だろーが。身からでた錆って言葉、知らねーのか? オメーは」
「いや、まあ……。それは、そーなんだ、……です、けど」
決闘の後、ギーシュは他の生徒達にバレないように水面下で付き合っていた女生徒から、絶縁を突きつけられた。
その結果に、彼は納得できないのだという。
ギーシュの弁解を聞くと、この数日間は記憶が曖昧で、自分がどんな行動をとったのかはっきりしていないのだという。
記憶にあるのは、強烈な痛みが走ったこと。なんだか絶望感に苛まれたこと。なんだか最高にハイッ! っていう気分になったこと。そしてまた強烈な痛みを味わったこと……。
そして霞がかかった頭が鮮明になったとき、自分の体は骨折やら打撲やら……なんだかとんでもないことになっていた。
そんな体にも関わらず、彼は痛む体を引きずりながら、愛しの思い人に会いに行った。
しかし、彼女は自分に会ってもくれなかった。
愕然とした気分でフラフラと敷地を歩いているうちに、夜になってしまった。
そのとき、二人を見かけたのだ。
思わず、ギーシュは彼らに見つからないように、茂みに隠れた。
彼らに対する、自分の心が抱いた感情は一つ。“恐怖”だった。
『決闘』自体の記憶が曖昧なギーシュではあったが、体が覚えていたらしい。彼らを一目見ただけなのに、膝が力を失くし、大量の脂汗が流れ出た。
震えは指先から毛先まで覆い、歯の根が振動し、舌の呂律が回らない。
――逃げよう。
そう、思った。だがそのとき、全く別の考えが、彼の頭に響いたのだ。

彼らはルイズ・フランソワーズの使い魔だ。つまり、あいつらは男のくせに、堂々と女子寮に入り浸れる身分!
彼らに頼めば、モンモランシーと話すチャンスが作れるかもしれない!
愛は、恐怖を克服した。
しかし、何と言って彼らに声をかければいいものやら。その踏ん切りがつかないまま、視線だけを彼らに向けていた。
そうこうしているうちに、ギーシュは下手な潜伏を見破られ、ジャイロに石を投げられた。
スコーン、と衝撃が頭を揺さぶったとき、なんともいえない幻覚が、ギーシュには見えた。
『貴方、“覚悟”してる人ですよね……? 相手を殺そうとしたってことは、自分も殺されるってことを、常に“覚悟”してる人ですよね……?』
してませんよ! そんなの!
その瞬間、ギーシュは彼らの前に踊りでて、必死に謝った。
ごめんなさい許して! 許してもらえるなら靴でも何でも舐めます! そこまでしても生き延びたいんです! 生きてモンモランシーとゴールIN! したいんです!
そんなことまで、不覚にも考えてしまった。
「まー。そのぐらいなら、聞いてやってもいいな。なあ、ジャイロ?」
才人がにんまりとした表情で、ジャイロに尋ねた。
「まぁな。ただオメーに会うかどーかは、その女の意思だ。あとはオメーがなんとかしな」
「……あ、……ありがとう! ありがとう!」
協力を承諾してくれた二人に、ギーシュは感謝の言葉を述べた。
「ただし条件付きだ」
「……へっ?」
「今晩泊めろ。おまえの部屋に」
才人のにんまりとした笑顔。ジャイロの歯をむき出した笑顔。その気迫に押されるように。ギーシュは、頷いてしまった。
二人が衆道者でないことを、ただひたすら、願いながら。

「それにしてもよ」
ジャイロが、ギーシュに尋ねた。
「オメー、なんでそんなに怪我だらけなんだ? オレより浅い怪我なのにどーしてオレより治ってねーんだよ? むしろ増えてねーか?」
ジャイロですら、腹部を貫通するほどの大怪我を、治癒の魔法やら秘薬やらで、数日で治っている。
もちろん完治とまではいかない。まだひきつるほどの痛みは残っているが、大げさに包帯を巻いたりやギプスをつけるほどのものではなくなっている。
なのに、目の前のギーシュはほぼ全身ミイラ男状態である。
一体、何故? とジャイロではなくても、才人も気になったので、聞いてみると。
「……モンモランシーに、会いにいくたびにね。増えるんだ。……怪我が」
オメー……、もうそりゃ見込みねーんじゃねーか? オイ。
「でも、それも含めて……、この胸の骨折も、治してもらいたいんだ。……他でもない、モンモランシーにぃ!」
くせぇー! キザったらしい匂いがプンプンするぜぇー! 環境でキザになっただと!? 違うね! こいつは生まれついてのキザだ!
ジャイロは呆れていた。この男の鈍感さに。いや、恋ゆえの盲目さ、と言っておこう、あえて。
そして才人も呆れていた。ナニコノスケコマシ、シネバイイノニ。と。
二人は、主人が眠るこの女子寮に再び、戻ってきた。
主が眠るとは、少し語弊があるかもしれない。学院の生徒、とりわけ熱心な生徒なら、勉強のために机に齧りついている者もいる時間帯である。
ギーシュが会いたいという彼女――モンモランシーも、まだ起きているかもしれない。
「で? そのモンモンランランとかいう女がいるのは、どの部屋だよ?」
「違うってジャイロ。悶々らんぽう……? だっけ?」
「モンモランシーだ! ランランでもらんぽうでもない! 二度と間違えるな!」
「オメー、付いてくる気か? 男子生徒が入ると厳罰なんだろ? たしか」
「入り口までだよ。あとは君達に任せるしかない。……くれぐれも、頼んだよ。僕を打ち負かした君達だからこそ、頼むんだ」
「わぁーったわぁーった。まあ、行ってくるからよ。楽しみに待ってろ」
ギーシュを残して、二人は進む。その後ろ姿を、ギーシュは見えなくなるまで見送っていた。

螺旋状の階段を進み、二人は二年生の宿舎となる階に到着した。
モンモランシーの部屋を探して、ギーシュが会いたがっていると、伝える。
それだけで今夜の宿は手に入るのだから、安い用事である。
「さって……。おい才人、そのリンリンランランとかいう女の……。おい?」
横を向く。才人の、姿が無かった。
後ろを振り向く。通り過ぎてきた主人の――ルイズの部屋。その隣の部屋に、才人が赤い大トカゲに銜えられて連れ込まれていくところだった。
「おいおい。なにやってんだオメー。……つーか、あの部屋は」
ルイズと犬猿の仲の、……たしか名前は、キュルケという赤い長髪の女生徒の部屋だ。
昼間あられもない姿で才人を誘惑していたのは記憶に新しい。
「まだ諦めてねーってのか……。微熱だかなんだか知らんが、ねちっこい執着は考えモンだぜ」
少年を見捨てるわけにもいかず、ジャイロはキュルケの部屋に向かう。
ドアの鍵は開いている。そのノブに手をかけ、開けた瞬間。赤いトカゲに飛び掛られた。
「うおっ!?」
大トカゲの力は凄まじく、マルトーを投げ飛ばしたジャイロが、あっさりと身動きを封じられた。
「きゃー♪ これで二人とも捕獲成功ね。フレイム、グッジョブ!」
ベッドの上で才人に馬乗りになって身動きを封じていたキュルケが、親指を立てて使い魔をねぎらう。
「な、なんだぁ!? おいオメー! 一体オレ達捕まえて、ナニしよーってんだァ?!」
「いやねぇ……。レディの口からナニしたいなんて、……言わせたいの? もう、せっかちなんだからぁ」
下着姿のキュルケが、才人の胴体に臀部を乗せて身動きを封じていた。……というよりも、才人は身動きする気がないようである。
「おい! おい才人! オメーなに満足気に寝そべってんだァ? つーかヤベェぞ! オメー! そのまま引っ張られていくと、間違いなく地獄に行くぞ!」
「い、いや、ジャイロ……。俺、この地獄だったら、堕ちてもいいかなー……って」
「オメーはバカか! おチビにバレてみろ! 天国味わった100倍は地獄を味わうぞ!」
その言葉に、一瞬才人は、ビクッと体を強張らせる。

『へ、へ~え、そ、そう。あのにっくきキュルケと、男女の関係を、も、もも、持った……??!! い、いい、いいい、犬ゥ――ッ! 去勢よッ! 去勢してあげるわッッッ!!!』
ああ、言いそうだね。つーか言う。言うだけじゃなくヤる。絶対、殺る。
「だぁいじょうぶ。……あたしが、守ってあげるから、ね。……いいでしょ。あたし、もう……」
耳元でボソボソとなにやら囁かれ、才人の顔がボッと真っ赤になる。
「ねぇ……。これ以上、じらさないでぇ……」
キュルケの唇が、才人と重なる。
その直前だった。
「「「「「キュルケ! その男達は誰なんだ!」」」」」
キュルケの部屋の窓から、五人の男達が、覗き込んでいた。
「あら? ペリッソン、スティックス、マニカンにエイジャックス、ギムリまで。何の用?」
「「「「「今夜は僕と一緒に過ごすんじゃなかったのか!?」」」」」
五人が五人とも、一言一句間違わずハモッていた。
ふぅ。とキュルケが短く溜息を吐く。そして「フレイム」と使い魔に命じた。
火トカゲは火炎を吐き、五人は仲良く、地面に墜落して行った。
「今夜は先客がいるの。また今度ね。今度があるかわからないけど」
「「「「「あ、あんまりだー! 救いがないぃぃぃぃっ!!」」」」」
恨み言まで、ユニゾンして。
「さぁ。これで邪魔者はいなくなったわ……。ゆっくりとこの時間を、愉しみましょう」
妖しい笑みを浮かべながら、キュルケが再び、才人にゆっくりと顔を近づける。
そして、唇が触れたか、触れないかというとき、ものすごい勢いで、ドアが開いた。
「と、と、隣の部屋が煩いと思って来てみれば……、な、な、何をやってるのよあんた達は!!」
乱暴にドアを開けたのは、寝巻着姿で右手に鞭を持ったルイズだった。
ドアがぶつかった勢いで、馬乗りになっていたフレイムがよろめき、その隙をついて、ジャイロが立ち上がる。……その顔に、鞭の一閃が決まり、ジャイロが呻きながらしゃがみ込む。
げしっ。しゃがんで手ごろな高さになったジャイロの頭を、怒り心頭でキュルケの部屋に入ってきたルイズが、いきなり蹴っ飛ばした。

「ルイズ!」
突然の乱入者にキュルケは憤りを隠さない。が、怒りの度合いなら、ルイズのほうが上手だった。
「ツ、ツェルプストー……、あ、あんた誰に断りもなく、人の使い魔を連れ込んでいるのよ!」
ひぃうん、と手に持った鞭が唸る。
「あら、ヴァリエールのものを奪うのはツェルブストーの宿命よ。それがたまたま、あなたの使い魔だってだけでしょ?」
キュルケはこういう修羅場には慣れているのだろう。余裕でルイズの怒りを受け流す。
「サイト。来なさい」
怒りが篭った、実に落ち着きを装った声で、使い魔に命令する。
「え……。あ、いや、俺は、そのー……」
「来なさい」
「ハイ」
キュルケを押しのけ、才人が起き上がろうとする。
「サイト……。イッちゃうの……?」
キュルケがそれを止める。潤んだ瞳で見つめ、それが決断を鈍らせる。
「あ、あの、えーと。お、俺は」
「サイト。最後にもう一度だけ言うわ。キュルケから離れて、こっちに来なさい」
ある意味で、究極の選択だった。

「この犬ゥ! 一度ならまだしも、二度もあんな女の誘惑にのるなんてぇ!」
自分の部屋に戻ったルイズが鞭を振るう。そのたびに才人は怯えた子犬のような悲鳴を上げる。
「痛て! 痛てえ! いてえって! マジでやめろってば!」
「なによ! デレッとして! あんな女に誘惑されたくらいで、なになびいてるのよ! ばか!」
「その辺にしとけよ、おチビ」
仲裁に入ったジャイロの顔に再び、鞭が飛んだ。
「あんただって同罪でしょ! 二人してキュルケの部屋に入って! 不潔よ! あんた達二人とも不潔だわ!」
「……っつ~。まあ、確か、部屋に入ったのは認めるがよ。……何もなく終わったんだ。よしとしようじゃねぇか……うごっ!」
またも鳩尾に、ルイズの蹴り技が一閃する。
「あんた達はそれでよくても! わたしの気が収まらないの!」
またもジャイロにむかって振り上げられた鞭を、才人が掴んで、止めた。
「なによ! 放しなさいよ! ばか!」
「そっか……。ごめん。ごめんよ、ルイズ」
「は、はあ? 何よいきなり?」
才人が、ルイズの目をじっと見つめる。
「俺、気がつかなかった。……当然だよな。そうだって気付いていたなら、あんなこと、できやしない」
「な、何よ?」
「ルイズが、俺のこと好きだったなんて……。俺やっとわかったうぉごぅぇいやぁ!?」
股間に、前蹴り一発。
才人は砂のように崩れ落ちていった。
「誰が? 誰を? ねえ? よく聞こえなかったわ。もう一度! はっきりと! よく聞こえるように! 言ってよ!」
「そ……そんな。じゃ、じゃあ……惚れてるのは、ジャイロのほうなのがぁぅごぃるぅっ!?」
才人はルイズに、さらに踏まれてなじられていた。
才人のものすごい勘違いぶりに、ジャイロは呆れるより、感心していた。
コンコン、と、唐突にドアがノックされる。
「……誰よ。こんな時間に」
ガチャ、とドアを開けると、……包帯を巻いた不審人物が立っていた。
「き、きゃああああああああ!」
寝静まる時間には非常に不釣合いな悲鳴が、廊下を駆け巡った。

「し、静かに! 僕だ! 僕だよヴァリエール!」
部屋に入ってドアを閉めると、包帯を解いたギーシュが声を上げる。
「あ、あんたギーシュ?! なんであんたがここにいるのよ?!」
「いや、実は……、話すと、少し長くなるんだけど。そ、それより君達! さっきの件はどうなったんだ?!」
「まだだ。こっちも野暮用で忙しくてな」
ジャイロがうんざりした口調で答える。
「まだだって?! 急いでくれよ。さっきの悲鳴でいつ宿直の先生達が来てもおかしくないんだ」
「いや、こっちもそれどころじゃなくなってきてなァ……」
コン、コン、と、静かに、ノックされる。
「ま、まずい! 先生だ!」
ギーシュが慌てふためく。
「ちょ、ちょっと! ギーシュ! とにかく隠れて!」
ルイズがベッドの向こうにギーシュを追いやろうとする。
「……ねぇ。ルイズ。……起きてるんでしょ?」
さっき散々聞いた声がした。
「……キュルケ? 脅かさないで。何の用よ」
「さっきのこと、なんだけど……。謝りたいと思って」
「謝る? 貴方が!?」
信じられない。といった顔で、ドアの向こうをルイズは見つめた。
「ええ。あたしって恋が多いの、知ってるでしょ……。でもそれはあたしの問題であって……、あなたに迷惑をかけたいわけじゃないの。それは、信じて欲しいわ」
ルイズは無言で、キュルケの声を聞いている。そして。――おかしい。そう、思った。
キュルケは勝気な女性だ。見下しはすれど、協調や和を重んじることは非常に少ない。特に、同性――さらに特に、ルイズに対しては。
それが、今回は私が悪い。非は自分にある。ですって?!
信用できないにも、ほどがある。
「ねぇルイズ。このドア……開けて」
ルイズはドアの前に立ち、かかる鍵を全部閉めた。
「嫌。キュルケ、また明日教室で会いましょう。それじゃあね。おやすみ」
そう言って、つかつかとベッドに戻っていく。
「ル、ルイズ……。何も部屋に入れるくらい、いいんじゃないか」
才人がルイズに言うが、ルイズは頑として首を振らない。

「駄目よ。キュルケがあんなこと――、謝るなんて、いうわけないもの。これは罠よ」
「ルイズ……おねがい。信じて。あたし火照っているの。ううん。もう、……ついの」
「はあ?」
最後の言葉が、聞き取れなかった。
「……つい。……あつい……、熱いの。熱いのよぉ! 我慢できないくらいに!」
「キュ、キュル、ケ……?」
「お願い、入れてぇ! あたしの火照りを静めてぇ! あなたの使い魔にしか、頼めないのぉっ!」
突然、部屋が暑くなった。
まるで冬から夏に、瞬時に変わったかのような、それほど劇的な変化。
熱気は、ドアの向こうからにじり寄ってくる。
そしてそのドアが――中心から、焦げ付いていた。
まるで掌のように、黒く焦げ付きは広がっていく。
ルイズはその光景を、呆然と眺め。
才人は止めどなく流れる汗が、冷たく感じた。
だが、残る二人は、少女と少年とは、全く違う反応を見せていた。
ジャイロは、この感覚を――、ヤバイと、感じていた。
そして、この感覚は、以前、出会ったことがある、ヤバさだと。
そして、もう一人、ギーシュもまた、これを見て、恐怖を感じていた。
彼はこれを、この感覚をよく知っていた。なぜなら、これは以前、自分の中にあったものだから。
絶望を覚えた日。ギーシュはそれに触れていた。それは触れた瞬間、自分と融け込むという、吐き気を覚えるような現実を見せ付け、忽然と消えた。
その日から数日、ギーシュは記憶が曖昧になっている。
だが、それだけはよく覚えていた。気持ち悪くて、忘れたいと思っているのに――忘れられない。
「……手の、ひらだ」
そう、呟いたギーシュの胸倉を、ジャイロがいきなり掴んだ。
「何だって……? おい! オメー! いま何て言った! あれが何だってんだ!」
「あ、悪魔だ。……あの手のひらは、悪魔。…………悪魔の手のひらだああぁぁっ!」
ギーシュが叫んだと同時に、ドアが燃え尽きて、崩れ落ちる。
ネグリジェが燃え尽き、全裸となったキュルケが、炎をドレスとして着飾っていた。
その姿は、紅蓮の魔女と呼ぶに、ふさわしいものだった。


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