ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第九話

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虚無の曜日より、日付を跨いで僅かに三分。
ルイズは中庭で、蒼い髪を持つ少女と対峙していた。
才人とシエスタの姿は無い。彼らは、日付を跨いだ事もあり、すでに自室へと下がっている。
つまり、これより先、ルイズと蒼い髪を持つ少女―――タバサとの会合を止める者など一人も居ないと言う事に他ならない
「まずは・・・・・・お礼を言うわ。
 貴方のお陰で、予定より早く、学院に帰る事が出来たんだから」
助かったわ、と告げるルイズに、タバサは僅かに首を動かし、その言葉を受け取る。
「でも―――」
二の句を継げるルイズの声色が変化する。タバサにとって最も身近で、最も嫌悪すべき感情を内包して。
「貴方が放った氷の矢・・・・・・痛かったわ。死ぬ程ね」
憎悪が爛々と燈る瞳は、もしも眼力だけで人を殺せるなら、13回はタバサを睨み殺す程の殺意を秘めていた。
だが、その殺意もすぐに飛散する。
ルイズ自身が瞳を閉じ、タバサを見つめるのを止めた為にだ。
「貴方は・・・・・・危険。だから、あの時は、殺すしかないと考えた」
キュルケはタバサにとって、掛け替えの無い大切な友人だ。
タバサ自身、自分の愛想が悪いことは理解している。
こんな自分に友人が出来るはずも無いと考えていた。だと言うのに、キュルケは自分に対して、まるで当たり前のように親しく接しくれる。
嬉しかった。
母親の再起と、父親の仇への復讐に生きていただけのタバサに、誰かと一緒に居る事の楽しさを思い出させてくれた。
その事実が、タバサにとって、ただ只管に嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。
そんな友達を、目の前に居るこの女は才能奪い、あまつさえ殺す所であったのである。
「危険・・・・・・危険ね・・・・・・確かに、あの時、私は考え無しだった事を認めなければならないわ。
 あの時の軽率な行動で、私は大切な友達を失う所だったんですもの」
虚空に視線を漂わせ、自然と口から紡がれたルイズの言葉に、タバサは目を大きく見開き驚きを表現してしまう。
「それは・・・・・・どういう意味?」
「・・・・・・あの時、キュルケは私を庇ってくれた。それで、ようやく分かったのよ。
 キュルケは、私にとって本当に大切な人だって事に」
正確に言うならば、それは切っ掛けであり、本当に大切な友人であると確信したのは、後にキュルケの『記憶』を確認した時だが、そこまで伝える理由など無い。
「貴方は・・・・・・もう、彼女を殺すつもりも、才能を奪うつもりも無い?」
「決まってるじゃない。友達にそんな事出来ないわよ」
堂々と宣言するルイズの瞳は、先程の殺意は微塵も感じられず、高潔な輝きが見て取れる。


タバサには分からなかった。
あの戦いの時の、まるで世界全てを憎むかのように嘲笑していた少女。
それとも、今、目の前で、真っ直ぐ過ぎる瞳をしている少女か。
タバサには、分からなかった。

一体、どちらが本当のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのかが。


どちらが本当なのか、或いは、どちらも本当では無く、今だ彼女には隠された本当が存在するのか。
そこまで考え、タバサは頭を振った。
違う、今はそんな事を考えている時では無い。
今、ここに居るのは、目の前に佇む者に問うべき事柄があるからだ。
「訊ねたい・・・・・・事がある」
本題を切り出す。
訊ねなければならない事柄。
確認しなければならない事象。
「精神的に壊れていた彼を、貴方は治した・・・・・・どうやって?」
要約し過ぎた問い掛けに、ルイズは首を傾げた。
彼とは誰か?
それに治したとは?
自分は、果たしてそんな事をしたのだろ―――
「―――あぁ、ギーシュの事ね。
 何、あいつを治した事が、どうかしたの?」
別段、特別さを感じる事の無い抑揚の声に、彼女にとって、ギーシュを治した事が、本当になんでも無い事である事を表している。
「貴方が・・・・・・彼を治した?」
「正確に言えば、私じゃあ無いわ。こいつよ」
そう言って指し示す方向には、二つの月明かりに照らされたホワイトスネイクが銅像のように微動だにせず、ルイズとタバサ、二人を視界に収める形で立っていた。
「貴方の使い魔が、彼を治した?」
「そうよ」
「どうやって?」
「どうやってって・・・・・・」
怪訝な顔付きで、ルイズは疑問を投げ掛け続ける少女を見る。
授業なので見かける彼女は、無口を極めたように何事も語らない事が多い人物だ。
だと言うのに、今の饒舌めいた問いは一体なんだと言うのか。


「ねぇ、逆に聞くけど、どうして治した方法を知りたいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ここまで彼女が熱心になる理由をルイズは尋ねたが、帰ってきた答えは沈黙だった。
答えたくない。
もしくは、踏み込まれたくないか。
大方その辺りだろうと、当たりを付けたルイズは、敢えて答えを促さなかった。
言いたいのであれば、彼女は語るだろうし、言いたくないのであれば語らない。
確かに少し気になる事ではあるが、飽くまでそれは少しだけの興味だ。
何も、無理矢理に聞きたくなる程では無い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が続くタバサに、ルイズはホワイトスネイクに視線だけで合図を交わす。
ホワイトスネイクは微動だにしなかった身体を動かし、タバサへと近づいていく。
「アノ男ハ、治ッタノデハ無イ。忘レタダケダ。
 マァ、広義的ニ見レバ治ッタト言ウ表現モ間違イデハ無イガナ」
「治ったのでは無い―――?」
静かに語りかけるホワイトスネイクに、タバサは呆然と語りかけられた言葉を反芻する。
「ソウダ、治癒トハ、根源ニ病巣ガ無ケレバ成リ立タナイ行為ダ。
 ツマリ、新シク、治癒ト言ウ『記憶』デ病巣ヲ上書キシタト言ウコト。
 私ガ、アノ男ニ行ッタ事ハ、治癒トハ、マッタクノ逆ニアタル。
 私ハ上書キスルノデハ無ク、ソレマデノ『記憶』ヲ病巣諸共奪ウ」
「・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・」
「人間ハ『記憶』ニ異存スル生キ物ダ。自分ノ体調ハ勿論、ソノ他ノ事柄モ全テナ。
 酒ヲ呑ンデイナイ人間ニ、酒ヲ呑ンダト言ウ『記憶』ヲ与エレバ、与エラレタ人間ハ、呑ンデモイナイ酒ニ酔ウダロウ。
 ツマリ、ソウイウ事ダ。『記憶』ヲ抜カレ、自分ガ壊レタ事スラ忘却サセレバ、人ハ壊レル前ノ『記憶』ニ基ヅイタ人間ヘト戻ル」
完全なる忘却。
今まで歩いてきた道を奪い、壊れてしまったその時まで強制的に引き返させる。
「治すのではなく・・・・・・戻す・・・・・・」
「ナルホド、物分リハ良イラシイナ」
納得するかのように頷くタバサに、ホワイトスネイクは感心からか、賛美を口にする。
なるべく簡単に説明したつもりであったが、まさか、こうまですんなりと理解してくれるとは、ホワイトスネイクも考えていなかった為にだ。

だが、そんな賛美は彼女にとっては関係無い。
理屈は理解できた。
予想していたモノとは、若干掛け離れた方法であったが、それでもタバサにとっては十分望み通りの働きをしてくれるだろう。
差し当たっての問題は、どのように頼むかだ。
生半可な言葉は恐らく通用しない。
いや、それよりも、自身を殺そうとした者の頼みなど果たして聞いてくれるのだろうか。
「何を考えているかは知らないけど、早くしてくれる。
 朝っぱらから出掛けてた所為で、眠たいんだけど?」
見せ付けるかのように欠伸をするルイズを見て、決意を固める。
真っ向から正攻法で頼む以外、自分には道など無い。
キュルケに仲介を頼むと言う手段もあったが、このような事に彼女を巻き込みたくは無かった。
「貴方の使い魔に壊れる前の状態に戻して欲しい、人が居る」
「・・・・・・私は医者じゃないし、こいつも当然違うわ」
「彼の事は?」
「ギーシュの時は、才能を返すついでよ」
本当は、ギーシュとモンモラシーに同情していたキュルケの悲しそうな横顔を嫌って、壊れる前の状態に戻したのだが、そんな事をタバサに知られるのに抵抗があったルイズは、出任せを述べた。
「嘘」
ささやかな過ぎる程度の虚偽であったが、タバサは、その虚偽を見抜いていた。
「嘘じゃないわ」
幾分ムキになったかのように反論するルイズに、タバサは口を開こうとするが、止める。
先程と同じように、また脱線してしまっている。
元の道筋に修正しなければ。
「貴方が医者でも無ければ、私を恨んでいる事も知っている。
 だけど・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」
そこで一旦言葉を区切り、次に紡ぐべき言の葉を探すように中空へと視線を漂わす。
その間、ルイズもホワイトスネイクも、決して言葉を挟まず、タバサの口から紡がれる音を待っていた。
やがて、虚空へと向けられていた視線が、ゆっくりとルイズへと向けられた時、タバサは続きを口にする。
「例え、それがどんな苦難がある事だろうと、私が出来る事ならなんでもする。
 だから、お願い・・・・・・・・・・・・私の頼みを、聞いて欲しい」

言葉一つ一つに想いを込めた懇願。
その重さは、計り知れない程に重く、懇願されているはず立場だと言うのに、ルイズは息苦しさを感じてしまう。
「なんで、あんたがそこまで必死なのかは知らないわ」
息苦しさを紛らわす為に、ルイズは口を開く。
「人に言えない事情とやらがあるんだろうけど、私にそれを聞く気は無いわ。
 そりゃ、気にはなるけど、あんたは話したくないから故意に伏せてるんでしょうからね。
 他人が話したく無い事を無理に聞き出すような野暮な真似、私はしないわ」
最も、自分に対しての事柄は、これには当て嵌まらないが。
「ともかく・・・・・・あんたが、そこまで必死に頼んでくるなら、私も考えないでも無いわ」
何も減るものでは無いし、頼みを聞くのは構わなかったが、ルイズは一旦、そこで言葉を止めて考える。
相手は、自分の事をあそこまで傷つけたメイジだ。
あの時、キュルケから才能を奪った事は間違いだと認めるが、
だからと言って、ボコボコにされたのを忘れろと言うのは無理な話である。
早い話が、ルイズはタバサに対して一泡吹かせてやりたいと思ったのだ。
「頼みを・・・・・・聞いてくれる?」
「まぁね、でも、条件があるわ」
そこで、ルイズは首に手を当て、考えた。
どのようにすれば、目の前の少女に付けられた傷の鬱憤を晴らせるのか。
才能を捧げさせる事が真っ先に頭に浮かんだが、忌々しい事に、この娘はキュルケと仲が良い。
(何か・・・・・・何か無いかしらね)
キュルケの中で自分の株が落ちる事無く、尚且つ、相手に自分と同じぐらいの痛みを与える方法。
言わば、直接的でなく、少女が自発的に行う形の苦痛。
ホワイトスネイクの能力使用が頭に浮かぶが、万が一にも頭部からDISCが抜け落ちたりすれば、事が露見する危険性がある。
かと言って、他に思いつく方法も無いが。
(他人にバレても良いDISC? そんなものある訳無いじゃない)
露見しても、別段罪に問われないのは、相手に有益になるモノだけだ。
ホワイトスネイクのDISCにそんなものなどあるはずが――――――


「あっ」
思わず漏れてしまった単音に、ルイズは思わず手で口を塞ぐ。
それは、咄嗟に浮かべてしまった、あまりにも邪悪な笑みをきっちりと隠していた。
「これを・・・・・・あんたが使いこなせるようになったら、あんたの頼みを聞いてあげる」
その言葉と共に、ルイズはタバサへ一枚のDISCを投げる。
「これは・・・・・・」
投げられたDISCの表面には、右半身が砕けた人型が映っている為、ギーシュの頭から落ちたDISCとは、何かが違うと言うのは、タバサにも理解できた。
(ルイズ)
(何よ?)
厳しい面持ちでDISCを見つめているタバサを横目に、ホワイトスネイクの幾分焦れたような声がルイズの頭に響く。
(何ヲ考エテ、アレヲ渡シタノカハ知ラナイガ、今スグニ考エ直シタ方ガ良イ。
 アレハ、他者ニ渡シテ良イ程、生易シイ力デハ無イ)
(それは使いこなせたらの話でしょ?
 確かに、こいつは強いけど、アレを扱えるかって言うと、また別問題じゃない?)
なんやかんや理屈を付けてはいるが、要するに、ルイズはタバサが無様に吹っ飛ぶ姿が見たいのだ。
あの時、自分が、あのDISCを挿し込み吹っ飛んだように。
「それに入ってるのは、簡単に言うと使い魔みたいな存在よ。
 スタンドとか言う種族だけど、扱えれば並の魔獣、幻獣なんかより、よっぽど強力って言うね」
ルイズの何処か楽しげな説明に耳を傾けつつ、タバサは、これが果たして安全かどうかを思慮していた。
確かに、ギーシュの頭から落ちた物とは違うのは見て分かるが、それでも得体の知れない物である事に変わりは無い。
最悪、相手がこちらを謀殺しようとしている可能性もある。
タバサは、ちらりと、自分の後ろで夜空を見上げている使い魔にアイコンタクトをする。
ギーシュの時は、頭部に強い衝撃を与えたら、原因と思しき円形の物体が出てきた。
ならば、もし、自分が死ぬような暗示が、この円形の物体に入っていたとしても、シルフィードに尻尾で自分の頭を殴らせれば良い。
多分、凄く痛いだろうけど。
すぅ、と息を吸い込み、タバサは覚悟を決めた。


「はぐぅ―――ッ!」
頭部が裂け、その間に形ある物挿し込まれていると言うのに、痛みは不思議と無かった。
だが、それでも、得体の知れない奇妙な物体を自分の頭に入れていると言う事実が、タバサの口から声を漏れさせた。
そのあまりに嗜虐心を刺激する声に、ルイズは思わず生唾を飲み込む。
「――――――ンッ」
艶かしさとは、また違った色気を纏ったタバサだったが、頭部に完全にDISCが挿入されると、様子が一変した。
パクパクと酸素を求める金魚のように口を開閉しながら、両手で胸の辺りを押さえ始めたのだ。
「きゅい~」
尋常で無い様子に、彼女の使い魔の風竜は心配そうな声で鳴くが、タバサは喘ぎながらも風竜に大丈夫と告げる。
(ちょっと!!)
タバサのそんな様子に、ルイズは不満たっぷりの声をホワイトスネイクに掛ける。
(どういうことよ!! なんであいつは苦しそうな顔してるだけで吹っ飛ばないのよ!!
 おかしいじゃない!!)
予想とは違った光景に文句を吐くルイズであったが、ホワイトスネイクは言葉を返す事は無く、油断の無い目つきで、タバサを見据えている。
相変わらず、タバサは何かを耐えるように両手で胸を押さえ込んでいた。
「ちょっと返事ぐらいしなさいよ!!」
何時までもホワイトスネイクから返答が来ない事に、腹を立てたルイズが、思わず怒声を上げてしまうが、それはこの状況において取ってはいけない行動の一つだった。
「ダメッ!!」
タバサの悲痛な叫びに、ルイズは何がダメなのよ! と叫び返そうとしたが、口が動かない。
(なっ!!)
いや、口だけでは無い。
喉も、瞼も、指も、足も、何もかもが動かない。
(何よ、これ!?)
自分だけでは無い。ホワイトスネイクも、あの風竜も、草も、雲も何もかもが『静止』している。
静寂と停止を約束された世界。
その中で動くのは、今にも泣きそうなぐらいに苦しげな表情をしているタバサと、何時の間にか彼女の横に立っていた、黄金色に輝く右半身が欠けた人型のみだった。
(あいつ・・・・・・ホワイトスネイクと同じ感じがする・・・・・・)
身体が動かないと言う危機的な状況であると言うのに、ルイズはそんな事をぼんやりと思っていた。
だが、次の瞬間に身を固くする。
人型が、ゆっくりとルイズへと向かって動き始めたのだ。
ゆらりゆらりと、人型が動く中、ルイズは喉一つ動かせず、唾液を嚥下することすら出来ない。


(やばいわね・・・・・・このままだと)
さっき、ホワイトスネイクに言われた言葉が、今になってようやく分かった。
なるほど、確かにこれは他者に渡していいような力では無い。
他者を動けなくする能力とでも言うのか。
あらゆる者を停止させ、その中を自分だけが動ける。
(圧倒的じゃない)
ホワイトスネイクが最強と呼んでいたのも納得する。
戦う者として、これほどまでに圧倒的な能力は存在しない。
「―――ダメッ!」
タバサが呟いた言葉に、思考に集中していたルイズは、黄金色の人影が自分の目の前にまで到達し、尚且つ、隻腕を振り上げている事に気がついた。
(マズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!)
能力の考察などしている暇では無い。
今すぐにこの力から逃れ無くてはならない。
でなければ、自分はあの隻手で土手っ腹に風穴を開けられてしまうと言う、考えるのもおぞましい結末になってしまう。
必死に拳から逃れようと、身を捩ろうとするが依然として静止空間は続いている。
(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動きなさい!!)
必死の祈りが通じたのか、拳が腹部を貫く寸前に空気が、風が、そして身体が動き始める。
「動けェええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇ!!」
喉も動くようになり、ルイズの口からは思考とまったく同じ形の意味が声となり周囲に木霊する。
『無駄ァァァ!!』
しかし、その動きすら砕くと言わんばかりの拳圧が彼女の横っ腹に喰らいつく。
「―――ッ!!」
痛みに顔を顰めるルイズであったが、幸いにして脇腹の肉が多少削げた程度と軽傷であった。
ギリギリだった。
後、もうほんの少し、静止空間が続いたなら、かすり傷どころの話では無かっただろう。
安心するのも束の間、ルイズは無理な体勢になった為に倒れてしまった身体を起こす事も無く、即座に人型の砕けている右半身の方向へ転がる。
服が汚れるのも気にしない。命には代えられないからだ。
転がり、人型の背後へと回りこむと、ホワイトスネイクの手を借り一瞬で体勢を立て直し、杖へと手を伸ばすが、詠唱を開始したところで、ホワイトスネイクの腕が顔の前に出され、その動きを制止した。


(落チ着ケ。ソシテ、良ク見テミルトイイ)
頭に直接響いてくる声に、ルイズは杖に手を掛けたまま、自分の脇腹を掠め取っていった人型を見る。
『無駄アァァァァァ!!』
相変わらず人型は、奇妙な叫び声を上げつつ拳を振り上げ、渾身の力を持って殴りつけていた――――――壁を。
「はっ?」
察し難い人型の行動に、ルイズは思わず呆けたような一声を発してしまう。
いやいやいや、少し落ち着きなさい私。
ほら、息を吸って、吐いて、吸って、吐いて――――――さぁ、もう一度。
『無駄無駄無駄無駄!!』
やっぱり壁を殴っている。
あんなに圧倒的な力を持っていながら、何故に壁を?
理解の範疇を超えまくってる光景に、ぽつーんと突っ立っていたルイズだったが、後ろから聞こえてきた、呻くような声に振り返る。
人型の後ろに回りこんだと言う事で、ルイズは人型とタバサの丁度中間点に居た。
と言う事は、つまり、後ろから聞こえてきた呻き声の持ち主は、蒼色の髪の少女でしか有り得ない。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァハァ・・・・・・」
「ちょっと、大丈夫?」
先程から額に汗を浮かべ、呼吸を荒くしているタバサに、ルイズは不機嫌な声ながらも体調を気遣うような発言をする。
無論、ルイズにはタバサの体調を心配するような殊勝な心がけなど一切無く、所謂、社交辞令のようなものだ。
本音を言うと、そのまま、くたばってしまえば良いのにとか考えていたが、それはそれで面倒な事になる。
そんな事をルイズが考えている中で、一際大きな音が、人型が殴っている壁から聞こえてきた。
どうやら、断続的な拳打に耐えられず、とうとう壁が崩壊したらしい。
「あ~、もう! どうしてこうなるのよ!!」
下手をしたら、また謹慎期間が延びてしまうであろう事態に、ルイズは心底苛立った声を上げる。


本当なら、タバサが吹っ飛んだ姿を拝んだ後に、即座に自室のベッドで寝息を立てているはずが、どういう訳か、怪我も増え、おまけに大切な睡眠時間も刻一刻と減っていく。
ままならないとは、まさにこんな事を言うのだろうとルイズは思ったが、よくよく考えてみれば、自分が横しまな考えを抱かず、タバサにDISCを渡さなければこんな事態にはならなかったのだ。
つまり、今のルイズの状況は完全に自業自得であったりしたが、その考えにまで至った所で苛立ちは治まらない。
むしろ、膨れ上がるのがルイズの性格であった。
「とりあえず、あんたはさっさとあいつを消しなさい!」
顔色が青くなりだしたタバサに、一階の壁を破壊し尽くし、今度は一階の破壊の影響でヒビだらけの二階の壁を殴り始めた人型を消すように声を掛けるが、タバサからの返事はゼィゼィと喘息患者がするような呼吸音だけだ。
「ルイズ・・・・・・ドウヤラ彼女ハ、ソレ所デハ無イヨウダガ」
「そんな事は分かってるわよ」
あっけらかんとしたルイズの態度に、ホワイトスネイクは肩を竦める。
「何モ、消スヨウニ命ジナクトモ、私ガ、マタDISCニ戻セバ良イダロウニ」
呆れたように呟くホワイトスネイクの言葉に、ルイズは一瞬硬直した。一瞬だけ
「そんなことが出来るならもっと早くやりなさいよ!!」
次の瞬間には、顔を真っ赤にして自分の使い魔へと怒鳴りつけていた。
怒鳴りつけられたホワイトスネイクは、タバサの頭からスタンドDISCを、即座に引き抜く。
その一動作で、今まで破壊の限りを尽くしてきた右半身の砕けた人型は、何の余韻も残さずにキレイさっぱりこの世界から消失した。
大規模な破壊の爪痕を残したまま。


「どーすんのよ、これ」
途方に暮れて呟くルイズであったが、どうにもこうにもなるはずが無い。
一階は言わずもがな、見ると、五階にある宝物庫の壁にまで見事にヒビが入っている。
「きゅいきゅい」
ぐったりとしているタバサを器用に自分の背に乗せた風竜が、これまた器用にルイズの肩を翼でぽんぽんと叩く。
恐らく慰めているつもりなのだろうが、今のルイズにとっては煩わしい事、この上ない。
「止めなさい」
「きゅいきゅい」
「止めなさいってば」
「きゅ? きゅきゅきゅい!!」
「だから、止めなさいってば!!」
しつこい慰めに、怒声で返答したルイズだったが、すぐにその身体はホワイトスネイクによって竜の背に吹っ飛ばされる。
「なっ!?」
主に手を上げた!? と頭に血が一瞬で上ったが、目の前に飛び込んできた光景に、ルイズは、ただ口をあんぐりと開けるしかなかった。
土の塊が、音も無く蠢き、全長30メイルにもなるゴーレムが誕生しようとしている光景が、そこには存在していた。


フーケは、舞い降りた幸運に小躍りでもしたい気分だった。
宝物庫の弱点である物理的衝撃について考えあぐねていたフーケの前に現れた二人の少女。
どちらにも見覚えのあったフーケは咄嗟に身を隠し、その場を観察していたが、
やがて、一人の少女が苦しみ始めると、突然現れた亜人が学院の壁をどんどん壊し始めたのだ。
その衝撃的な光景に、思わず呆けてしまったが、その亜人がどんどん壁を壊していくのを見るにつれて、フーケは思いがけない幸運が舞い込んだ事に気がついた。
どういう訳か、特別に頑丈に作られ『固定化』の魔法まで掛かっている学院の壁を、隻手隻脚の亜人は、いとも簡単に壊している。
その破壊は、放射状にヒビを発生させ、そのヒビ割れが宝物庫まで届くと同時に、もう一人の少女の使い魔が、苦しみ始めた少女に何事かをすると、壁を破壊していた亜人は、一瞬にして消えてしまった。
「なんだか知らないけど、これはチャンスなのかねぇ」
自分のゴーレムでは無傷の壁を破壊するのは不可能だが、ヒビの入った壁となれば話は違う。
ニヤリと歪められた口から詠唱が紡がれる。
それは、魔力と土を媒介とし、彼女の目的を果たす為の存在を作り上げるのであった。


「何なのよ、もう!!」
空へと舞い上がったシルフィードの背中で、ルイズは思い通りにいかない事態に、金切り声を上げていた。
彼女の眼下では、ヒビが入り脆くなった壁に、ゴーレムがトドメを刺している。
「宝物庫」
顔色は優れなかったが、なんとか意識を保っているタバサが、ゴーレムにより壊された壁の中に入り込む人影を見て、そう呟いた。
「宝物庫って・・・・・・それじゃあ、あいつ!?」
そういえば、モット伯の『記憶』DISCに、この頃、貴族相手に盗みを繰り返している土のメイジが居る事が記されていた。
確か名前は・・・・・・
「『土クレ』ノ、フーケ・・・・・・ダッタナ」
シルフィードの前足に掴まっているホワイトスネイクが、その名を口にする。



『土くれ』のフーケ
貴族の屋敷の壁や金庫などを、錬金の魔法より、まさに『土くれ』に変えて盗みを働くと言う強力な土系統のメイジ。
また、錬金が効かない場合などは、攻城戦でも出来そうな巨大なゴーレムを従え、貴族や衛兵などを蹴散らし、目的の物を奪っていく。
まさに怪盗と呼ぶに相応しい人物なのであった。


眼下に居るゴーレムは、サイズから見ても、まず間違いなくフーケが作ったものであろう。
となると、次なるフーケの目的は、このトリステイン魔法学院の宝物庫の何かと言う事になる。
「この私の目の前で、盗みを働こうなんて随分生意気じゃない!!」
喜々とした表情でルイズが杖を振るうと、杖の回りの空気から水分だけが抽出され、巨大な水泡が生成される。
その水泡は、ふわふわとゴーレムの上空に漂っていき、一気に弾けた。
「よし!」
ゴーレムに確り水が被った事を確認して、ルイズは右手の杖を今度は、先程より激しく振るう。
乗り慣れたシルフィードの背で、どうにか気分が落ち着いてきたタバサは、今、ルイズが何をしようとしているのか、見当がついていた。
どうやら彼女は、土で作られたゴーレムに水をたっぷり染み込ませ、その水を操る事でゴーレムの操作系統を奪おうしているらしい。
最初は、あまりにも常識を逸脱した魔法の運用に、タバサは呆れたが、ゴーレムの動きが見る見ると鈍くなっていくのを目の当たりにすると、その呆れが間違ったものであると認めざろうえない。
「くっ―――」
ならば、自分も手伝う為に水をゴーレムに掛けようと杖を手にしたが、呪文を紡ごうにも、力が入らない。
原因は分かっている。先程のDISCの所為だ。
自分でも良く分からなかったが、あの半身の欠けた人型が現れている最中、自分の精神力や体力など、とにかく生きるのに必要なモノが、どんどん自分の身体から、人型に流れていったのが、感覚的に理解できた。
特に、あの静止した空間の消耗は半端では無かった。
正直な話、もし、あの空間が、ほんのちょっぴりでも続いていたら、自分は衰弱死していただろうとタバサは思っている。
一秒にも満たない程度の僅かな『静止』であったが、それだけでもタバサの身体に、信じられないぐらいの負担を掛けていたのだ。
「あんたは休んでなさい」
タバサの詠唱の気配を察知したのか、ルイズが下のゴーレムを見据えたままで、そう告げる。
確かに、今のタバサは呪文一つ、まとも唱えられないだろうが、だからと言って、目の前で行われる不正を見逃せるかと、問われればタバサは首を横に振るだろう。
「頑固なのね、あんた」
相変わらずタバサの方を見ないルイズであったが、言葉の韻に何処と無く今までに無い響きが混じっている。
が、次の瞬間には、全ての感情を一つの言葉にしてルイズは紡いでいた。
「ホワイトスネイク!!」
自らの使い魔の名を叫ぶその声にはどうしようも無い程の焦燥が込められており、それは――――――


「仕留めた・・・・・・?」
シルフィードの眼下、ゴーレムの肩の上に戻ってきたフーケは、今、ゴーレムから放たれた岩石が風竜を絶命させたかどうかの疑問を口にしていた。
宝物庫から戻ってきてみたら、たっぷりと染み込んだ水によって動きを鈍くさせられていたゴーレムにフーケは歯噛みしたが、それが空を飛んでいる風竜の上に居る少女によって行われている事に気付くと、魔力をゴーレムの右腕に集中させ、壁の破片を対空砲火のように、風竜へと放り投げたのだ。
ただの岩石ならば、シルフィードも避けることも出来るのだが、フーケは投げる瞬間に、岩石を砕いていた。
その為、散弾銃のように拡散した石の雨に、シルフィードは晒され、無防備な腹にしこたま石の飛礫を喰らってしまったのだ。
「まぁ、こんなもんだろうね」
ゴーレムの動きが正常に戻った事を確認してから、フーケはそう呟き、さっさと学院から離れるように、指令を下すのであった。


「きゅぅ~~~」
「だあぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛がってないで、さっさと翼を動かしなさいよ、コラァ!!」
頭部への石は、全てホワイトスネイクに弾かせたが、それ以外の箇所に石がモロに入ってしまったシルフィードは、痛みのあまりに翼をはためかす事を忘れ、その身を重力に引かれ、地面に激突20秒前である。
「シルフィード!!」
叱咤するタバサの声に、ようやく翼を動かし始めるシルフィードであったが、翼にも石は当たっており、どうしても力強く羽ばたく事が出来ない。
「きゅいきゅいー!!」
言葉で表すとしたら、ごめんなさいと言うのが適切であろう鳴き声を上げるシルフィードが地面と落ちる寸前、その身体が宙へと浮く。
ギリギリで、ルイズが『レビテーション』の呪文が唱え終わったのだ。
危機を脱した事に安堵するシルフィードであるが、ルイズとタバサは、ゴーレムが城壁を一跨ぎで乗り越えるのを、唇を噛み締めながら見つめるしかなかった。

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