ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

サブ・ゼロの使い魔-37

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匿名ユーザー

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「桟橋」の階段の先は、一本の巨大な枝に続いている。そこに吊り下げ
られている船の甲板にワルドとルイズはいた。ギアッチョは左手に
デルフリンガーを握ると、昇降の為に備えられているタラップに眼も
くれずそのまま甲板に飛び降りる。着地の衝撃が身体を揺らすが、
「ガンダールヴ」の力はギアッチョにまるで痛みを感じさせなかった。
「便利なもんだな」と呟きながら剣を仕舞う。ワルドに視線を遣ると、
彼は遅いぞと言わんばかりの眼をこちらに向けていた。
「交渉は成功してるんだろーな」
「勿論」
ワルドは杖の先で羽根帽子のつばをついと押し上げ、舳先の方で
船員達に指示を出していた船長に声をかけた。
「船長、もう結構だ 出してくれたまえ」
船長は小ずるい笑みでワルドに一礼すると、船員達に向き直って怒鳴る。
「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」

がくんという衝撃と共に船が浮き上がる。ギアッチョは舷側に乗り出して、
興味深そうに地上を見下ろした。ルイズの話では、船体に内臓された
「風石」とやらの力で宙に浮かんでいるのだという。徐々に速度を増して
遠ざかってゆくラ・ロシェールの明かりを眺めて、ギアッチョはキュルケ達の
ことを考えた。あの三人とシルフィードなら、引き際を誤らなければ死ぬ
ことはないだろう。しかしそう思いつつも、意思に反して彼の心はどこか
ざわついている。今日何度目かの舌打ちをして、ギアッチョは去り行く港の
灯りから眼を離した。ボスを裏切って7人散り散りに別れたあの日以来、
こんな気分になることはもうないと思っていた。
どうしてこんな気持ちになる?彼女達が死んだところで自分にどんな不都合が
あるというのだろう。暗殺者という軛を外れた彼が否応なく人としての心を
取り戻しつつあることに、ギアッチョは気付けない。
「クソ・・・気分が悪ィ・・・」
自由な片腕で欄干にもたれたまま、ギアッチョは不機嫌な顔で眼を閉じた。

包帯と軟膏を持って、ルイズは少し釈然としない顔で船室から甲板へ戻って
きた。怪我人がいるから譲って欲しいと船長に頼んだのだが、薬は高いし
船の上では補充も効かないと言われて二倍以上の金額で買わされたのだった。
しかしまぁそれも仕方ないかなとルイズは思う。身近な国で戦争が起こっている
このご時世、平民からすれば少しでも金は欲しいのだろうし、包帯や薬は
アルビオンに輸出されて品薄になっているのかも知れない。船長ならちゃんと
船員に金を分け与えるだろうし、貴族としてこのくらいの支出はしなければ。
等と素直に考えている辺り、ルイズはまだまだ純粋な少女であった。
欄干にもたれているギアッチョの元へ、ルイズは足早に歩いて行く。
マストの下で、ワルドと船長が何事か話していた。「攻囲されて・・・」だの
「苦戦中・・・」だのという言葉が聞こえてくる。やはり戦況は芳しくないようだ。
どうやら手紙の所持者、ウェールズ皇太子はまだ生きて戦い続けてはいる
らしい。しかしアルビオンの王党派は、もはやいつ全滅してもおかしくない
瀬戸際にいるという。脳裏をよぎった最悪の可能性に首を振って、ルイズは
ギアッチョの元へ逃げるように駆け出した。

「左手、出して」
「ああ?」
後ろからかけられた言葉に、ギアッチョは気だるげに振り向く。両手に
包帯と軟膏を抱えてルイズが立っていた。
「包帯巻くのよ」
「・・・オレをミイラ男にでもする気かてめーは」
ギアッチョはじろりと包帯を見る。どっさりと抱えられたそれは、彼女のか細い
両腕から今にも転がり落ちそうだ。
「う・・・あ、明日の分もいるでしょ!そ、それに交換もしなきゃいけないし・・・
あと、えーと・・・・・・ああもう!とにかく左手出しなさいよ!」
「そこに置いとけ 包帯ぐらいてめーで巻ける」
どうでもいいようにそう言って、ギアッチョは再び空に顔を戻した。

ルイズは少しムッとする。わざわざそんな言い方をしなくてもいいではないか。
「左手出しなさいってば!」
ルイズは意固地になって繰り返す。
「てめーで巻けるって言ってるだろーが」
「自分じゃ巻きにくいじゃない!巻いてあげるって言ってるんだから大人しく
聞きなさいよ!」
「いらねーってのが分からねーのかてめーは いいからそこに置け」
「あんたこそ出せって言うのが分からないの!?いいから出しなさい!」
絶対巻いてやるんだから!と躍起になるルイズと全く巻かせる気のない
ギアッチョは、一進も一退もしない攻防を続ける。無表情で拒否を繰り返す
ギアッチョにいい加減疲れてきたルイズは、はぁと溜息をついて尋ねた。
「もう・・・どうしてそんな意地になるのよ」
借りを作るのは面倒の元だ、と言おうとしてギアッチョはハッとする。
ここはそういう世界ではないのだ。そしてルイズはそんな人間ではない。
進んで手当てをしておいて貸しを作ったなどと、考えすらしないだろう。しかし。
「・・・な、何よ」
ギアッチョはじろりとルイズを見る。
彼にも矜持というものがある。大の男が年端もゆかぬ――しつこいようだが
ギアッチョはそう思い込んでいる――少女に包帯を巻かれる等という状況は
とても容認出来るものではなかった。そんなギアッチョの心境を感じ取ったのか
どうなのか、
「分かったわ・・・じゃあこうしましょう あんたが包帯巻くのをわたしが手伝うわ」
ルイズはそう言って、まるで名案でも思いついたかのようにえっへんと残念な
胸を張った。その拍子に次々と包帯が甲板に落ちて、ルイズは慌ててそれを
拾い集める。そんなルイズを見下ろして、ギアッチョはしょーがねーなと考えた。
借りがどうだと言うのなら、そもそも命を助けられた時点でこれ以上ない借りを
作っているのだ。借りを返すということで我慢してやることにして、ギアッチョは
あくまで投げやりに口を開いた。
「・・・勝手にしろ」

「――ッ!」
ギアッチョの左腕を捲り上げて、ルイズは息を呑んだ。仮面の男の雷撃に
よって、ギアッチョの左腕は見るも無残に焼け爛れていた。
「ひどい・・・」
ルイズは思わず声を上げるが、
「この程度で騒ぐんじゃあねー」
ギアッチョはことも無げにそう言って、ルイズの腕の中の包帯と軟膏を一つ
無造作に掴み取った。それらをポケットに突っ込むと、ショックを受けている
ルイズを放置して船室へと入って行く。船員に言って水を貰い、痛みをこらえて
傷口を洗い流し軟膏を塗りつける。それから包帯を取り上げると、右手と口で
器用にそれを巻いていく。半分ほど巻き終わったところで、
「ひ、一人で何やってんのよあんたはーーーっ!」
ようやく正気を取り戻したルイズが飛び込んで来た。
「も、もうこんなに巻いてるじゃない!わたしも手伝うって言ったでしょ!?」
「だから勝手にしろって言っただろーが 来なかったのはおめーの勝手だ」
しれっと言ってのけるギアッチョに、ルイズの肩がふるふると震える。これは
キレたか?と思ったギアッチョだったが、
「・・・何よ 手当てぐらいさせなさいよ・・・」
ルイズの口から出てきたのは、実に弱弱しい言葉だった。少し眼を伏せた
格好で、ルイズは殆ど呟くような声で言う。
「・・・姫様に頼まれたのはわたしなのに、わたしだけが何も出来ないなんて
最低よ・・・ あんたもワルドも、キュルケ達まで戦ってるのにわたしは何も
出来ずに見てるだけなんて、こんなのメイジのやることじゃないわ・・・
挙句にわたしを庇ってこんな大怪我までされて・・・せめて手当てぐらい
しなきゃ、わたし・・・!」
ルイズの言葉は、彼女の悔しさと申し訳なさを如実に物語っていた。
ギアッチョは改めてルイズを見る。俯いて立ち尽くすルイズの拳は、痛い
ほどに握り締められていた。

「主人を庇うのが使い魔の仕事なんだろーが」
包帯を巻く手を休めてギアッチョは言うが、その言葉はルイズの傷をえぐる
だけだった。
「そうだけど・・・そうだけど違うもん 使い魔だけど、あんたは人間だもん
・・・何よ 何でも出来るからって、どれもこれも一人でやらないでよ・・・
一つくらい、主人らしいことさせてよ・・・」
ここまで深刻に悩んでいるとは思わなかった。ギアッチョはがしがしと頭を掻く。
ルイズはこう見えて責任感が強い。何も出来ずただ守られているだけの自分を、
彼女は許せないのだろう。
「・・・てめーでやれることをすりゃあいいんだ 拗ねることじゃあねーだろ」
「・・・拗ねてなんかないもん 使い魔の前で拗ねる主人なんていないもん」
拗ねながら落ち込むという若干高度なテクニックを披露するルイズに軽い
頭痛を感じたが、しかし一方でギアッチョにはルイズの無力感が痛いほどよく
分かる。フーケ戦で己の無力を痛感したギアッチョに、今のルイズはどうしても
捨て置けなかった。
自分を誤魔化すようにはぁと溜息をつくと、彼は左手をルイズに突き出した。
「・・・片手でやるのはもう疲れた 後はおめーがやれ
一度やると言ったんだからな、嫌だと言っても巻いてもらうぜ」
その言葉に、ルイズの顔が一瞬ぱぁっと明るくなる。それに気付いてルイズは
ぷいっと怒ったように顔を背けて答えた。
「い、言われなくたってやってあげるわよ!しょうがないけど、言ったことは
やらなきゃダメだもの ご主人様が直々に手当てしてあげるんだから、
かか、感謝しなさいよね!」
誰が見ても照れ隠しと分かる顔で早口にそう言って、ルイズはギアッチョの
右手から包帯の端をひったくった。手持ち無沙汰になったギアッチョはフンと
鼻を鳴らして眼鏡を押し上げると、何をするでもなく黙り込んだ。

まるで白磁のような手で、ルイズは包帯を巻いてゆく。未だに燃えているかと
錯覚するほどに熱い腕を、その冷たい指で冷ましながら。
たどたどしい手つきではあるが、出来うる限り優しく丁寧に巻こうと苦心している
ことが十二分に伝わってくる。良くも悪くも、真っ直ぐな少女だった。
一心不乱に包帯と戦っているルイズを見下ろして、ギアッチョはふと思う。
ペッシを見守るプロシュートは、こんな感じだったのだろうかと。もっとも、
ペッシとルイズの容姿には本当に同じ人間同士かというほどの差はあるのだが。
「おめーも物好きな野郎だな」などと冗談交じりに話していたことを思い出す。
しかしあいつの気持ちが、今なら少し――本当にほんの少しだが、分かるかも
知れない。そのうち地獄でプロシュートに会ったら、「オレもヤキが回ったもんだ」
と言ってやろうかとギアッチョは思う。しかし少なくとも、手紙を回収するまでは
そっちには行けそうにない。ならば当面はプロシュートに学ぼうかと彼は考えて
みた。あんな時こんな時、あいつはどう説教していただろうか、どうフォローして
いただろうか。「何でオレはこんなことをバカみてーに考えてんだ」と心中毒づき
ながらも、ギアッチョはプロシュートの偉大さを痛感した。ギアッチョが覚えている
だけでも、プロシュートは結構な回数ペッシをブン殴っていた。にも関わらず、
ペッシはプロシュートを変わらず「兄貴」と慕っていたのである。
――カリスマってヤツか?
いや、それはリゾットだろうか。まあどの道、とギアッチョは結考える。どの道
自分にプロシュートのような真似は出来ない。特に額に額を当てる彼の得意技
など、ギアッチョがやれば恫喝にしか見えないだろう。
オレはオレで適当にやらせてもらうとしようと結論づけて、ギアッチョは己の
左腕に眼を落とす。包帯は既にその大部分を包んでいた。
ついでにプロシュートはこの状況ならどうするだろうかと考えてみる。
「『手当てした』なら使ってもいいッ!」と真顔で言うプロシュートが何故か思い
浮かんで、ギアッチョは思わず口の端がつり上がった。そんなギアッチョと偶然
眼が合って、彼の笑みをどう解釈したものか、ルイズは少し顔を赤らめて眼を
逸らした。


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