ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十三話 『亜熱帯の夜』

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匿名ユーザー

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――――――前略お母さん
大分天気も安定してきて過ごしやすくなってきましたね。タルブ村では良い風が吹く頃だと思いますが、穀物の育ちは良いですか?弟妹たちは元気にしてますか?
お父さんもお仕事大変だろうけど、疲れたときはヨシェナヴェを食べて元気を出してください。それと、まだひいおじいちゃんのかたみはちゃんとありますか?
なんだかんだであれがないとタルブ村は落ち着かない気がします。
こっちはタルブ村よりも暑くてお仕事も大変だけど、楽しい人たちばかりで辛くはないです。貴族様にお出しするような料理もいくつかおぼえました。
・・・材料がないけど。
料理長のマルトーさんは気のいい人だし、他のみんなも優しいです。この間みなさんにヨシェナヴェを作ってあげたら好評でした。でもやっぱり故郷の味には勝てません。
それと最近気になる人が出来ました。いつか一緒に挨拶に行けたら・・・なーんて。きゃ、わたしったら!
ところでシエスタは売られそうです。

第二十三話 『亜熱帯の夜』


朝食に限らず食事時の食堂は騒がしい。貴族のマナーはどこへやら、友達とだべくる声がそこかしこから聞こえてきてちょっとしたお祭りみたいなありさまである。
そしてそんな中を素早く、かつ精密な動きでメイドたちが配膳を行い空いた食器を下げていく。そのうち彼女達は時を止めれそうだ。
「どうしたのよウェザー。さっきからキョロキョロして」
ルイズが今し方飲みきったスープの皿をメイドに下げさせながら尋ねてきた。ウェザーはアルビオン以降ルイズからちゃんとした食事を供給されているので食堂で、しかもルイズの隣で食事をしているのだ。
ちなみに席は優しい優しいマリコルヌ君に貸してもらっている。ただではなんなのでウェザーはマリコルヌの目の前でスプーンを錆びさせる一発芸を見せたらいたく感動してくれたらしく、震えながら席を譲ってくれたのだ。
まったく彼は太っ腹である。いや、リアルな腹じゃなくて比喩的な意味で。
「ん・・・いや、何でもないんだ。それよりルイズ、ほっぺにスープついてるぞ。もっと落ち着いて食え」
ウェザーは自分の頬を指さして教えてやるが案の定反対側のほっぺをルイズは触るので埒があかない。痺れを切らしたウェザーが指で取ってやり、ナメた。
「この味は!・・・・・・コンソメスープの『味』だぜ・・・」
「あ、あああんたも同じの食べたでしょッ!」
ルイズは顔を真っ赤にして叫んだが、それ以上このことを言及すると墓穴を掘りそうなのでやめた。
「ま、まあ何でもないならいいけど。でも間違ってもメイドに色目なんか使うんじゃないわよ。特にご贔屓にしてるご飯を恵んでくれる娘とかは特にねえ」
「・・・おう」
急にすごんだルイズの気迫に押されてついつい答えてしまった。口に詰めたパンの味はよくわからなかった。


食事後、ルイズを授業に送り出してから厨房に向かった。この時間なら片づけも一段落している頃だろうから迷惑にはならないであろうという配慮であった。聞きたいことがあるので落ち着いていた方がいい。
そしてそうこうしないうちに厨房につく。ドアを開ければ案の定全員休みに入っていた。しかし異様に活気がない。その中からマルトーを見つけて声をかける。
「よおマルトー。景気はどうだい」
するとマルトーは鈍い動きでウェザーに顔を向けると、ため息を一つ吐いてから返事を返してきた。
「見ての通りさ・・・」
厨房を見渡してみるが、見ての通りと言うことはどうにも繁盛していないとしか受け取れなかった。
「元気ねえなあ・・・ちょいと聞きたいことがあってな、今朝食堂でシエスタを見なかったんだが・・・風邪でもひいてるのか?」
ウェザーがそう言うとマルトーの眼には涙がたまり、ほどなくしてウェザーにしがみついて泣き出してしまった。
「ヘイ、ヘイ!落ち着けマルトー、どうした?」
「うう・・・シエスタは・・・シエスタはぁ・・・・・・うおぉーんッ!」
埒があかない。ウェザーが困り果てていると、新米の青年コックが話してくれた。
「実はシエスタのやつ・・・モット伯に連れて行かれたんスよ」
聞いたことのない名前だった。伯がつく辺り地位はありそうだが、連れて行かれたとはどういうことだろうか。
「モット泊ってのは王宮でも結構な地位にいる貴族で、何の用かは知らないスけど三日前に学院にやってきて、そんでシエスタを見たみたいなんス」
そのあとをマルトーが嗚咽混じりに継いだ。
「おう、モット伯ってのはよぅ・・・ひっく、平民の娘ェ屋敷に雇ってはグス、グス・・・夜な夜な弄んでは壊してるって噂の貴族でな・・・しかも怪しげな『薬』も捌いてるらしくって・・・・・・うおぉーシエスター!」


最後は雄叫びに変わってしまったので再び青年コックが話してくれる。
「そんでシエスタを自分の邸宅で雇いたいからって・・・マルトーさんも手を尽くしたんスけど、相手は貴族っス。結局押し切られて今朝早くにシエスタはモット伯の邸宅に向かったんスよ・・・」
なるほど、だから厨房に活気がないわけだ。素朴で可憐なシエスタは厨房でも人気者のようだし、家族同然に接してきた人間を生け贄に捧げられるのを指をくわえて見ているしかできないのだから。
「このままじゃ・・・今日の晩にもシエスタはヤツの毒牙にかかっちまうよ。・・・なあウェザー・・・シエスタを助けてやってくれねえか?あの貴族のボンボンをのしたときみてえにさあッ!頼むよ我らが剣!」
マルトーがウェザーにしがみついて必死に頭を下げる。周りのコックたちも請うような視線をウェザーに向けていた。しかしウェザーは頷かなかった。
「シエスタが・・・いやがったのか?」
「いや・・・わかりましたとだけしか・・・で、でもそんなの口からでまかせで絶対助けて欲しかったはずだ!」
「そんなの誰にもわからねえだろ。それに貴族に呼ばれたんだ・・・仮に俺が行ってシエスタを連れ帰ったとしたらモット伯はシエスタの家族をどうする?必ず何かしら圧力をかけてくるだろう。さすがにそこまで面倒みきれないぜ・・・」
「そんな・・・・・・」
マルトーは床に膝をついてしまった。
「シエスタは全部わかって向かったんだ。あいつが助けを求めたワケじゃあるまいし、余計なことをしてもシエスタが困るだけだ・・・」
厨房中からため息や嗚咽が漏れ聞こえるが、ウェザーは背を向けてドアに向かう。と、例の青年コックがウェザーを呼び止めた。
「本当は・・・シエスタに二、三日してから渡すよう頼まれてたんスけど・・・これ」
青年がポケットから紙を取り出してウェザーに渡す。そこには丁寧な字で何かが綴ってあった。生憎とウェザーはまだ字を完璧には読めなかったが、その手紙から伝えたかった想いは読みとれた。
ウェザーは強く手紙を握るとポケットに入れて外に出た。
「バカ野郎が・・・助けて欲しいんならそう言えよ・・・」
ウェザーの絞り出すような声は大気をわずかに震わせた。


ルイズが夕食を終えて自室に帰ってくるとそこには不審者がいた。頭に何か丸いかぶり物をした背の高い男が背を向けて立っている。驚いて荷物を落としてしまい、その音に男が振り向いた。
白いズボンに白い上着。口元に牙、額には角のような装飾がなされて顎には亀裂が走っている。眼の部分は暗くその奥を覗くことは出来そうにない。だが、不審者に違いはない。
「き・・・きゃーむぐ!」
思わず叫びそうになった口を不審者に塞がれてしまった。必死にもがいてみるが力が強くて抜け出せない。恐怖に震えそうになったとき、くぐもった声が聞こえてきた。
「待てルイズ、俺だ」
「あ、生憎とそんな趣味の悪い頭持ってる人は知り合いにはいないわ・・・」
「いや、だから俺だって」
そう言って不審者はかぶり物を上にずらして顔を出した。
「ウェザーなの?なにそれ」
ルイズが目を見開いてウェザーとかぶり物を交互に見つめる。
「なにって・・・前にお前らに帽子買って貰ったじゃねえか。あの時タバサに貰ったやつだよ。服は厨房のやつらに借りたんだ。かぶり物はフルフェイスタイプだから顔が全部隠れて丁度いいし、実際お前が見ても誰かわかんなかっただろ?」
少し興味を示していたルイズがその一言で疑うような眼に変わった。したからじとーっと睨んでくる。
「丁度いい・・・?ウェザー・・・なにする気かしら?ご主人様にお話ししてご覧なさい」
「あー・・・ちょいと仮装パーティーの準備をな」
「はあ?仮装パーティーなんて誰とするのよ」
「人数は不明だが多分そこそこいるんじゃねえかな?豪邸らしいし」
「でもあんたを呼ぶ人間なんてほとんど決まってるじゃない。キュルケタバサギーシュ・・・あとはウェールズ様とかかしら」

正直なんて言い訳しようか困っていたウェザーだったが、その一言で息を吹き返した。ルイズに詰め寄り捲し立てるように言う。
「そう!そうなんだよ、ウェールズのヤツがなんか話がしたいから来てくれーってな!仮装パーティーだから顔は隠してこいよだとさ!」
「ウェールズ様が?じゃあわたしも行くわ」
「は?」
「だってウェールズ様がいるならアンリエッタ様だっているでしょう?」
ルイズは純粋にあの二人のことを心配しているんだろうがこちらとしては口からでまかせなので連れて行くわけには当然行かない。
しょうがない、やるか。
「あのな、ルイズ・・・」
いつになく真剣な声で肩を掴まれてルイズも身を固くした。
「な、なによ・・・」
「こいつは俺とウェールズの『男の約束』なんだ。わかるか?」
「ハァ?なにそれ」
「その約束の間には女人は決してはいることを許されないある意味で『男の世界』・・・もしもこの約束を違えたり女を連れ込もうものならばそいつはその瞬間から男ではなくなるんだ」
「じゃ、じゃあ女になるの・・・?」
ウェザーが奇妙な間を空けると、ルイズも雰囲気に飲まれてつばを飲み込んでしまう。ゴゴゴゴゴゴとか空耳が聞こえてきそうな沈黙だった。
「違うな・・・男と女の中間の生命体になって・・・どちらかわからなくなってしまうのでいずれ考えるのを止めるんだ」
「そ・・・そうなの・・・」
「だから来るな。いいな?」
「わ、わかったわ・・・ウェールズ様もあんたもそれほどの覚悟なのね」
「そうだ・・・覚悟はできている」

ウェザーはそれだけ言うと扉から出ていく。ルイズはその背を見送るしかできなかった。しかしふと机の上に何かが乗っているのを見つけて近寄って手に取ってみる。
「これ・・・ウェザーの帽子だわ。まあ、あれを被るんならこれは脱がないと無理ね・・・」
そしてしばらく帽子とにらめっこしたあと、被ってみた。少し大きくて目の上まで隠れてしまったがなんとか帽子の体裁は保てている。
「へえ、結構温かいじゃない。いいわねこれ・・・ん?」
机の上に載せた手が何か紙らしきものに触れた。どうやらウェザーの帽子の下敷きになっていたようで見えなかったのだ。
「何かしら・・・手紙?」
ルイズは手にとって広げてみる。そこにはこう書かれていた。
『ウェザーさんへ
わたしはこの度モット伯の館にお勤めすることになりました。お給金も上がるので家族への仕送りも増えます。
慣れない場所で少しだけ怖いけれど、ウェザーさんが以前わたしに『勇気』を見せてくださいました。平民でも貴族様に並び立つことが出来ると教えてくれました。わたしにはウェザーさんみたいな力はないけれど、心だけは負けません。
最後に、ウェザーさんと話をしたりした時間はとても楽しかったです。多分もう二度と会えないですけど、ウェザーさんのことは忘れません。さようなら』
丁寧な字で書かれているが、最後の方は震えていて、水でもこぼしたのか滲んでしまっていた。
「なにが男の約束よ・・・」
ルイズはしばらく手紙を見ていたが、丁寧にたたんでそっと机の上に戻した。そして窓から外を見る。
「ちゃんと帰ってきなさいよ」


その日はやけに蒸し暑い夜だった。森の中でウェザーは馬を降りた。学院からの借り物なのでちゃんと木に縛って置いておく。それから出来るだけ音を立てないようにして進む。
程なくして屋敷が見えてきた。
しかしその門前には傭兵だろうか、武器を持った者たちが二人いた。当然庭や周りにはもっと大勢いるんだろう。
しかもその屋敷の周りを黒い翼をはやした犬がうろついているのだ。もしかしたらこの辺りの森にすでに潜んでいるのかも知れなかった。
「霧で何とかなるかと思っていたが・・・臭いでばれるな・・・」
しかしこうしている間にもシエスタが危険に近づいているのだ。考えている時間も惜しい。
「しかたない・・・力は食うし大がかりだが、迷ってる時間はないな」
『ウェザー・リポート』が徐々にその形をハッキリとさせて現れた。


「なんか今日は蒸し暑いなあ・・・」
門前の兵隊が隣に話しかける。男たちも常から警戒心全開でいるつもりはないのでこんな世間話はよくあることである。
「ああ。何か南の方みたいだなこりゃ。もう俺鎧の下ベッタベタ」
そういって襟を摘んで風を送る。そうでもしないと気持ち悪さと蒸し暑さで倒れてしまいそうだった。しかしその時男の手に冷たいものが落ちてきた。つい上を向く。
「どうした?」
「いや・・・手に水滴が落ちたから雨かと思ったんだが、全然晴れだな」
「鳥の糞じゃねーのか、おい!」
「ちげーよ!っておい、空が!」
二人が見上げた空にはたしかに二つの月が出ていた――はずなのにものすごい速さで流れてきた雲がそれを隠してしまった。かなり厚い雲のようで辺りが真っ暗になってしまった。屋敷の明かりがなければ完全な闇だっただろう。
その時ビシャンッ、という破裂音のような音がした。音の方を見てみれば兵隊の一人が頭から水を被ったように濡れていた。
「なんだそれ?」
「雨だ・・・それももの凄い・・・」
二人は再び空を見上げた。何かが落下してくるのがわかった。大粒の雨が落下してくるのが。滝のような音とがし始めたときには明かりがあってさえ何メートル先も見えないほどの豪雨になっていた。霧も立ちこめ始めている。
「うおおおおおお!?」
「い、いきなりかよ!」
男たちは痛いと感じるほどの雨からどうやって逃れようかと必死で、二人の間を人間が通った事など気付きもしなかった。


「雨は臭いを消してくれる・・・」
その言葉と同時に兵隊は崩れ落ちた。男はウェザーだった。すでに犬も寝かして森に転がしてある。ウェザーはその雨と霧に乗じて一気に屋敷の扉に迫った。チンタラ時間をかけるつもりはなかった。
屋敷に突入して一気にモット伯のところまで辿り着くつもりだ。そして扉の取っ手を掴んだ。しかし二人の人間が。
ウェザーは慌てて隣に目をやった。ローブを目深に被って素顔はわからなかったが、この屋敷のものだろう。恐らくはメイジで、この豪雨での指示を仰ぎに行く途中だったのだろうか。
お互いの眼があったと感じた瞬間、ウェザーは動いていた。仲間を呼ばれては厄介なのでここで始末しなければならない。風を逆巻いてウェザーの手刀がローブの首めがけて放たれる。しかし相手も手練れらしく反応し、杖を振るって地面から壁を作り出した。
(『土』のメイジ?だが土なら叩き壊せるッ!)
ウェザーの手刀が壁に激突し、そのまま押し切る――ハズだったが、ひしゃげさせただけにとどまってしまう。手応えからどうやら即座に鉄に『練金』したらしい。
ウェザーは腕を引こうとしたがそれよりも早く『練金』されてしまい、腕を壁に取り込まれてしまった。急いで酸化させようとするが敵もこのチャンスに黙ってはいなかった。さらに地面から腕を二本作り出して畳みかけるような拳のラッシュをかけてくる。
「うおおッ!」
ウェザーも片手で応戦するが分が悪く防戦一方である。しかも敵は生意気にもフェイントをかけてきて足下をすくわれ倒されてしまった。片腕が鉄にとらわれているので中途半端な体勢となってしまい、そこへトドメとばかりに二本をまとめた巨大拳が上から飛来する。
「チィ!『ウェザー・リポート』!」
しかしギリギリ一杯で酸化が間に合ったウェザーは両の拳で巨大拳を挟み、潰した。そして跳ねるように起きあがるとローブに向けて踏み込んだ。鉄を壊されたショックからかローブは反応が鈍かった。
(射程距離二メートルに入った。風圧の拳が入る!)
ローブの顔面めがけて荒れ狂う風を纏った拳が強襲する。回避は出来ないだろう。だがローブは回避の代わりに腕をつきだして叫んだ。
「待ったウェザー!わたしわたしッ!」


ウェザーの拳が顔面ギリギリ、鼻の頭に触れるかどうかで止まった。吹き抜けた風がローブを剥ぎ取る。そこから現れたのは――
「フーケ!お前なにしてんだ!」
紛れもなくフーケであった。フーケも驚いたような顔をしている。
「あんたこそ。そんなかぶり物して、ウェザー・リポートって言わなきゃ誰かわかんなかったよ。それでこんな所に何の用だい?」
フーケにそう言われてハッとした。シエスタがマズイのだ。慌ててドアを開けて中に入ると、フーケも一緒についてきた。
「何で来るんだよ!」
「そりゃあわたしの目的がこっちにあるからさ」
「目的?・・・俺はモット伯に」
「あら奇遇。わたしもモット伯だよ。でも急いでるみたいだね?」
ウェザーとフーケは走りながら目配せすると拳をつき合わせた。共闘の意味であった。
「こっちだよ!」
フーケがウェザーを牽引するように先行した。盗賊ならばこの屋敷の下調べでモット伯の部屋くらい把握しているのだろう。しかし角を曲がったとき、今度は別のローブが通路の先に現れた。
「メイジだッ!」
フーケが叫んだとおりローブは懐から杖を取り出した。しかしウェザーは臆することなくフーケを追いこすと、明らかに射程外から思いっきり拳を振った。するといきなり後方から猛烈な突風が通路の窓を破壊しながら吹き抜けた。
狭い通路で、メイジは避けることも迎え撃つことも出来ずに壁に叩き付けられる。そこへフーケが取り出した袋の中身をぶちまけた。中身は土だった。そして杖を一振るいして鉄に変えると、メイジの手足を拘束して猿ぐつわもかませた。それから意識を落とす。
そこまでで十秒かかっていないだろう。
「即席にしては良いコンビじゃないか。どう?本気でコンビ組んで盗賊やらない?」
「遠慮・・・するッ!」
走った勢いそのままに勢いよく扉をブチ開けると寝室に出た。男が一人にベッドの上には――
「シエスタ!」
駆け寄ろうとしたときフーケに突き飛ばされて何かが頬を掠めたが床に転がった。フーケがウェザーの上に倒れている。



「フーケ!」
「大丈夫、かすっただけ・・・」
しかしローブの腕の部分が破れて赤く滲んでいた。出血しているのは明らかである。ウェザーはフーケを背に回して立ち上がり男を見た。いかにも貴族と言った風体の男で、杖の先には身卯が集まっていた。
「モットは水のトライアングルだよ・・・」
「・・・・・・」
ウェザーが迎撃の体勢を取るとモット伯が憤慨しながら水の鞭を放ってきた。その顔のはなぜかもみじがついていた。
「おのれおのれおのれぇぇぇッ!平民の分際でこの私を拒むとはッ!貴様らもだ!この私のお楽しみを邪魔するとは許せんッ!」
モット伯の鞭はまるで生きたヘビのように巧みに、素早く襲いかかってきた。ウェザーもスタンドで防いでいる。
「ウェザー、わたしにかまうな!」
「いや、問題はない!」
そう言ってついに鞭をたたき落とした。しかしモット伯は余裕の顔である。
「くくく・・・この私の魔法をうち破るとは平民にしてはやるほうかもしれん。が、水がある限り私は負けない!」
そう言って再び杖を構える。その先には徐々に水が溜まっている。が、しかしその水球はせいぜいビー玉程度の大きさしかなかった。
「な、なんだこれはッ!?」
「お前が水のメイジだって言うんなら話は早かったんだよ。水分なくしちまえばいいんだからな」
モット伯は何を言っているのかわからないらしく怯えた表情を見せたが、ウェザーのことを多少なりと知っているフーケは違った。
「あんたまさか・・・」
「この部屋の空気を乾燥させた。外の雨も止ませたしな。水蒸気から水を作り出すって授業でやってたから対処は楽だったぜ。・・・さてモット伯、今日は蒸し暑いからなあ、その残り少ない水で俺と遊んで見るかい?」
震えだしたモット伯を蹴り飛ばして杖をへし折った。みっともなく転げたモット伯はフーケに任せてシエスタの様子を見る。
どうやらまだ何かやられたわけではなく、魔法ででも眠らされたのだろう。寝息を立てていた。安心したところでモット伯に向き直る。



「お、お前たち、私にこんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな!縛り首ではすまさんぞッ!」
「わめくんじゃねえ。シエスタが起きちまうだろうが」
「そうだ、そもそもあのメイドが私に刃向かうから時間がかかってしまったのだ・・・」
話し途中だったがウェザーはかまわずモット伯のケツを蹴り飛ばした。
「ガタガタわめくんじゃねえと言ったんだぜ、俺は。お前に選択権がないのはこの状況を見ればわかるだろう?」
「ま、待て、わかった金ならいくらでも払うしこのメイドも返すから命まではどうか取らないで!」
もともと命まで取るつもりはなかったし、金はいらないがシエスタを返してくれるというのだから問題はなかった。しかし頷こうとしたらフーケに遮られてしまった。
「フーケ?」
「あんたやっぱり素人だねえ。こんな口約束信じるんじゃないよ」
そして「ちょっとこいつ見張ってな」と言って壁に耳を押し当てて軽く叩き出した。しばらくそうしているウチに音の質が違う場所に当たった。すると杖を向けて『練金』を唱え、壁の一角を土くれに変えてしまった。ウェザーの口から思わず感嘆の声が上がる。
「おおー、すごいな」
「わたしは『土くれ』のフーケ様だよ?これくらい朝飯前もいいところよ」
そして土くれをどけるとその先には隠し部屋があり、袋が山積みになっていた。フーケがその一つから小さな錠剤を一つ取り出して舐めてみる。
「・・・やっぱりね。クソ忌々しいもん思い出しちまったよ」
そう吐き捨ててモット伯の前に袋の中身を全てぶちまけて見せる。見る見るうちにモット伯の顔が蒼白になっていき口をパクパクしだした。
「ねえモット伯、これって禁制の薬よねえ・・・人の心を虚ろにして好き勝手に出来るって言う全国で御法度の薬・・・違うかしら?」
フーケの凍えるような声と射殺すような視線に当てられたモット伯があうあうと口走るがもはや言葉になっていなかった。


「こんなもの大量に隠してナニをしてたのかしら?女を好き勝手に扱えて楽しかった?征服欲は満たされた?ねえ、答えてよ!」
「ぴぎぃっ!」
フーケの足がモット伯の股間を強襲した。いや、爆撃した。音と反応でウェザーにはもうそこが二度とスタンドしないであろうことはわかっていた。
泣きながら股間を押さえるモット伯をさらに容赦なく蹴り上げたりかかとを落としたりしていたがさすがにそろそろヤバイと見てウェザーがフーケを後ろから羽交い締めにして押さえた。
「はなせっ!このゲスチンにお返ししなきゃあ気が済まないわよッ!」
「お前が薬を恨む気持ちもわかるが待て。ここで殺すとお互い厄介だろうが。俺もお前も、お前の家族も」
その言葉でようやく落ち着いたのか、フーケはウェザーの腕を振り払うと汗と雨で濡れた髪を整えた。ウェザーはため息を一つ吐いてから床で痙攣しているモット伯の耳を摘んで話した。
「まだ聞こえてるな?」
荒い呼吸音しか聞こえないが聞こえていると判断して話を進める。
「シエスタは返してもらうしあの薬も俺達が預かる。誰かにこのことを話したら・・・」
みなまで言わないことが逆に恐怖となったのかモット伯は機械仕掛けの人形のようにカクカクと首を縦に振った。
「オーケー、それじゃあお前に用はないからもう寝ていいぞ」
そして当て身をくらわせる。シエスタを背負いフーケと共にドアから外へ出る。最後にぐったりとしたモット伯に向かって別れの挨拶をする。
「Have a good night。良い夢見ろよ」
そして静かにドアを閉めた。後に残されたのは土くれと安らかな寝顔のモット伯だけだった。


雨の匂いの残る森に三人はいた。シエスタは寝ているが、火を囲んで座りその火を覗いている。フーケがそこに袋を投じる。モット伯から奪った薬である。最低量があれば脅しにはなるし持ち運びやすいからと言う理由だそうだが、すでにモット伯は再起不能だろう。
ウェザーはその火に手をかざしながらフーケに聞いた。
「で、結局お前はその薬を目当てにここにきたと」
「そう言うこと。アルビオンであんたとわかれてから街に下りてお土産とか物色してたらさ、最近怪しい薬が出回ってるって小耳に挟んじゃってね。職業柄耳は利くし、クセで噂は集めちゃうんだよ」
「調査の結果モット伯に行き着いたと・・・」
「その通りよ。でもあいつは氷山の一角に過ぎないわ。他にも禁制の薬とかであくどく稼いでる貴族がわんさかいるわよ。わたしだって日向を歩ける職業じゃないけどね、節度ってものをわきまえてるわ。ルールと言っていい。
 薬を自分達で楽しむ分にはまったくもって問題ないわ。個人の自由だし他人のことにそこまで首突っ込むつもりもないもの。それで滅びても自業自得。同情の余地はないわ」
そしてさらに二つほど燃やした。火が大きくなる。
「でもね、それを平民、それも子供たちにばらまくのが許せないのよ。わたしに家族がいるからってところもあるけどね。最初は手の届きやすい金額で試させて、いざ依存性が強くなればとても平民の給金じゃ手の届かない値を出す・・・それだけで一家は崩壊よ」
「アルビオンにも・・・いたのか?そういった子たちが」
「おそらくは貴族派ね・・・資金集めと同時に王党派の貴族がそれを捌いていると噂を流せば民衆の心はお城から離れていくわ」
フーケは視線を逸らして答えた。ウェザーは火を見ているとアルビオンでの出来事を思い出す。ウェールズの失ったものを思い、胸が痛んだ。沈痛な沈黙が森を支配したが、それを嫌ってかフーケが少し大きめの声で話しかけてきた。


「アルビオンと言えばさー」
ウェザーが視線をフーケに向けた。
「貴族派なんだけど、最近どうも鉄臭いね」
「・・・戦争でもする気か?」
「そこまで行くのかはわからないけど、戦艦の大幅改修や兵隊の増員を熱心にしてたりであまり穏やかじゃないのは確かだね」
ウェールズに報告しておくべきかとウェザーは神妙な顔つきになったが、ふと疑問に思ったので尋ねてみた。
「何でお前がそんなこと知ってるんだよ。わざわざ調査したのか?」
するとフーケはおたおたしだして、火の加減のせいか顔が赤く見えた。
「へ?え?そ、そりゃああんたはウェールズを助けた人間だし、ウェールズには貸しもあるし、も、もしかしたら知ってたほうがいいかなーってだけで、べ、別にアンタが関わりそうで心配だからとかじゃ全ッ然ないからねッ!」
炎越しに凄んだ顔がおもしろくって笑うと石を投げられた。
「笑うんじゃないよまったく・・・とにかく、伝えたからね」
そしてフーケは立ち上がると残りの袋を持って森の中に消えていった。ウェザーもそれを見送るとシエスタを馬に乗せて落ちないように支えてやり走らせた。



シエスタが体に感じる振動で目を覚ます。
「え?あれ?わたしモット伯の館で・・・」
「おう起きたか」
シエスタが見上げるとそこには謎のかぶり物を着た謎の男がいた。
「き・・・きゃーもご!」
シエスタが叫びそうなのをまたぞろ口を押さえて防いだ。そして手綱を持ったままの手でヘルメットをずらして顔を見せる。
「ウェザーさん!?」
シエスタはびっくりしているらしく眼を白黒させている。
「あの、でもわたしモット伯のところで・・・」
「ああ、モット伯ならもう帰っていいってさ。いやあ、(一方的に)話せばわかる人だな」
シエスタは半覚醒の脳で過去に遡り一つの答えに辿り着いた。


「ああ!そうでした・・・わたしモット伯の寝室に呼ばれて・・・いたされちゃうんだって思ったんですけど、ウェザーさんがミスタ・グラモンに挑んだときのことを思い出して、気づいたらモット伯をはたいちゃってて、
 『私に触らないでッ!』ていったら何だか頭がふわふわしてきて・・・そこまでしか・・・」
興奮して倒れてしまったんだろう。しかしこの娘は思ったよりもすごいかも知れない。
「でも、本当に助けに来てくださったんですね!わたし嬉しくて・・・」
ぼろぼろと泣き出してしまったシエスタがウェザーにしがみついてきた。ウェザーもそのままにしておいてやる。その内に落ち着いたのか顔を上げてウェザーを見た。
「あ、あの!本当にありがとうございました!このご恩は絶対返しますから!」
「ご恩だなんてよせよ。俺はお前に飯奢って貰ってるから貸しなら俺の方があるくらいさ。だからきにすんな」
「でもでも!私を救ってくださったんですから今までの貸しなんて吹っ飛んじゃいますよ!」
これは何を言っても無駄だと判断したウェザーは少し考えてから打開策を出した。
「じゃあ、今度とびっきり旨い飯をごちそうしてくれよ。それで貸し借り無しな」
「はい!」
シエスタはとびっきりの笑顔で答えた。月に照らされたその顔で貸し借りにお釣りがきそうな気がしたが、もらえるものは貰っておくことにした。


夜中のうちに学院に着いた二人はとりあえず別れた。シエスタはもともと自分が寝泊まりしていた場所で寝て、明日オスマンに事情を話しに行くことにした。ウェザーもいいかげん寝たかったのでやや急ぎ足で部屋に向かう。
鍵がかかってたらどうするかと思っていたが、幸いにもと言うか不用心にもと言うか鍵はかかっていなかった。ゆっくりと扉を開けて中に入り、ベッドを確認したがルイズはいなかった。
部屋を見渡すと机のあたりから寝息が聞こえるので見てみればルイズは机に突っ伏したまま寝ていたのだ。
しかもウェザーの帽子を被ったまま。
ウェザーはその格好にほくそ笑むと、起こさないように帽子を取り抱き上げてベッドに寝かせる。なんだか娘を寝かしつけてるみたいで不思議な気分だった。自分も寝ようとベッドから離れると、その腕を何かが掴んでいた。
振り返れば寝息を立てたままのルイズがウェザーの手首を握っている。ため息を一つついてウェザーはベッド脇の床に腰を下ろして手を掴ませたまま眠った。
大小の月が寄り添うように、いつしか二人の寝息が静かな夜に奏でられた。

ルイズ――朝眼を覚ましたら超至近距離にウェザーの顔があったことに驚いて思わず一撃かましてしまい、素直に謝れなくて飯抜きを宣告。
ウェザー――ルイズの一撃で眠気を吹っ飛ばされさらに飯抜きを宣告されたが帰ってきたシエスタの心づくしの料理に助けられる。
シエスタ――ウェザーと共にオスマンに事情を話しに行くがすでにモット伯から連絡があったと言われ問題なく戻ってこれた。さっそく厨房に顔を出したウェザーに料理を振る舞う。そしてウェザーを見る眼が尊敬から憧れへ変わった。
フーケ――モット伯を脅迫して得た薬のルートを手に入れた。同時にちゃっかりモット伯の館から盗んできた財宝を売りさばいた。
モット伯――フーケとウェザーにさんざん蹴られたことでMの道に目覚めた。しかし同時に彼の二ツ名が『不勃(たたず)のモット』あるいは『叩いてモット』になってしまった。ただ本人は嬉しそうだが。
モット伯に使えていたメイジ――魔法すら使えずに出番終了したがフーケに縛られてからその道に興味を持ち、今ではモット伯と主従が逆転して縛りまくっているとか。

To Be Continued…

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