ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-18

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匿名ユーザー

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虚無の曜日。
休日であるこの日、シエスタは朝早く自分の服を掃除し、洗濯する。
一通り部屋の掃除を終わらせた後、マジックアイテムの入ったポーチを腰に付け、マントは畳んで小さなバッグにしまい込む。
一般的なメイジ達よりも小さく作られた杖は、腰ではなく脇の下に下げて、外出の準備を終えた。
魔法学院の裏門で、貴族用に作られた靴よりも丈夫に作られた靴の紐を確認する。
シエスタの曾祖母が伝えたという”ブーツ”という靴らしい。
忘れ物がないか再度確認すると、シエスタは駆けだした。

走りながら考える。
貴族の生徒達と一緒に授業を受け、最初に感じたのは恐怖だった。
何せ貴族の使う魔法は、この世界で無くてはならないものであり、同時に平民を蹂躙する力でもある。
貴族の生徒の中に放り込まれ、シエスタは泣きそうになった。

だが、シエスタという異質な存在を受け入れさせるため、オールド・オスマンはルイズを利用する。
オールド・オスマンは、土くれのフーケを道連れにルイズが起こした爆発の規模を教師陣に説明し、一つの仮説を立てた。
「ミス・ヴァリエールは魔法を『失敗』していたのではなく『暴走』させていたのではないか」
魔法の暴走などという事象は聞いたこともない。
しかし、その破壊力と、自分自身までをも傷つけてしまう危険な魔法がこれから先現れないとも限らないとし、トリスティン魔法学院は既存の魔法だけではなく、文献に残された『特殊なケース』に目を向けることになる。
それが他ならぬオールド・オスマン自身であり、シエスタでもあった。

魔法の原理を研究するため、自身の身体を実験台としていたオールド・オスマンは、まったくの偶然で長寿を手に入れたと説明した。
もちろんこれには『波紋』が関わっているが、その事はロングビルとシエスタ以外には伏せられている。

シエスタの場合は、曾祖母リサリサが『東方より癒しの力を伝えた人物である』と説明することで一応話はまとまった。
この背後には、ルイズの母、カリーナ・デジレの働きもある。
若きメイジ達の育成に細心の注意を払い、未知の現象をただ『失敗』と断じるのではなく、その原因究明に勤めるようにとメッセージが届いたのだ。

また、意外なことに、魔法学院の教師の一人『疾風のギトー』がシエスタを評価してくれた。
疾風のギトーは風系統のメイジであり、風の魔法に強い自信を持っている。

授業が始まれば「風は最強だ」「風に勝る属性はない」ばかりを繰り返し、度が過ぎるためか、同じ風系統のメイジからも煙たがられている。
その評価が変わるのは、ギトーがシエスタを指名した日だった。




「……む、今日から一人多いのだったな、右奥の君」
「はっ、はい!」
「ミス・シエスタだったかな、オールド・オスマンから話を聞いている」
シエスタは突然名前を呼ばれ、緊張して返事が上ずってしまう。
「早速だが、私の属性は風、二つ名を『疾風のギトー』という」
依然、シエスタに視線を向けたままのギトーは、杖を取り出して得意げに言った。
「諸君らの前で、風が最強であることを示そう。折角だ…ミス・シエスタ、君の得意な魔法を私に放ってみたまえ」
「えっ!?」
「オールド・オスマンが言うには、君は特殊な魔法を使うそうだな、良い機会だと思ってね」
シエスタは驚き、慌てたが、そこでキュルケが助け船を出した。
「ミスタ・ギトー。ミス・シエスタは治癒に特化したメイジですわ、そんな彼女に人を傷つけさせようなどと仰っては、疾風の名が泣きますわよ」

キュルケの言葉を聞いて、ギトーが顔を綻ばせた。意外だった。
「ほう!治癒か!これはいい、なら是非それを見せてくれないか」
「えっ…えっと…」
シエスタが困ったように辺りを見回す、すると、窓際に置かれている花瓶に気が付いた。
いつも手入れされている教室には珍しく、何本かの花は枯れかけていた。
シエスタはおもむろに立ち上がり花瓶に手を当てると、呼吸を整える。
そしてオールド・オスマンの言葉を思い出す。

『君はいつも、重い物を持ち上げる時、呼吸を整えてから持ち上げるそうじゃな?それをやってみたまえ』


大丈夫。
何回も練習した。
だから大丈夫。


シエスタは身体の中を流れる”何か”を感じていた。
呼吸をする度に身体の内側から”何か”が流れていく。
呼吸がそれを押し出すように、一定の方向にそれを向かわせるように、ゆっくりと確実に呼吸を整えていく。
生徒達の耳に、コォォォォォォォ…という風のような音が聞こえたかと思うと、花瓶に挿された花に異変が起こった。

つい先ほどまで萎れていた花が、水分を吸収できずに枯れかけて変色した花が、まだ花の咲かぬ蕾のまま腐りかけた花が、だんだんと生気を取り戻していく。
三十秒ほど続けた後、花は生けられた時のように、いや、野に生えるよりも活き活きとその花を咲かせた。
そして教室にふわりと風が舞う、実際には窓の閉められた教室で、魔法も使わずに風が起こるはずはない。
花から漂ってくる香りが、まるで風のように教室中に舞ったのだ。
それと同時に、シエスタの身体が光り輝いて見えた生徒も居たが、目の錯覚だと思い黙っていた。

「素晴らしい…」
ギトーが、呟いた。

ギトーの言葉は生徒達にとって意外なものだった。
何人かの生徒は、シエスタの魔法(波紋)を見て『それぐらい水のメイジなら誰だって出来る』と言おうとしたが、ギトーの言葉にそれを挫かれた。
「諸君、風は最強だ、すべての障難を吹き飛ばし、また風は偏在する」
そう言いながら杖でシエスタの席を指し、シエスタに自席に戻るよう促す。
「だが今の治癒を見て分かるとおり、治癒に適する水の魔法のようなことはできない、風は最強であるが故に攻撃に特化しているのだよ」
それから一時間、授業は皆の予想とは違う方向に進んだ。
相変わらず『風は最強だ』とか『風は何者にも負けない』と繰り返すが、それは攻撃手段としてのもの。
最強だからこそ、『傷』を癒す『水』のメイジを、風の系統が保護してやらねばならないと熱弁していた。

シエスタをからかってやろうと思っていた貴族は出鼻を挫かれたのだ。
不満そうに腕を組んで黙り込んでいたのを見ると、ギトーの言葉に驚いたが納得はしていない様子だ。

授業が終わると、興味を牽かれた生徒達から質問攻めにされ、シエスタはしどろもどろになりながら”波紋”について答えた。
オールド・オスマンから口止めされている部分もあるので、詳しく説明することは出来なかった。
しかし、水の魔法と違い生命を癒す能力に特化していると説明すると、特殊な治癒魔法の使い手として生徒達に受け入れられるのだった。

それには、ルイズの死が関係している。
微熱のキュルケ、風上のマリコルヌ、青銅のギーシュ、香水のモンモランシーは特にルイズのことを良く覚えていた。
常日頃馬鹿にしていた相手が、その失敗魔法が原因で死んだというある種のトラウマがあるのだ。
ルイズは爆発を起こすという特殊なケースだった。
今度のシエスタは、爆発ではなく癒しの力を使う。

ある者からは贖罪のためにシエスタを受け入れ、ある者からは癒し手としてシエスタを受け入れ、ある者は成り上がりの平民を嫌い、そしてタバサは………

「……もしかしたら」

シエスタの”力”に、一つの可能性を期待していた。

魔法学院から馬で二時間ほどの距離にある、小さな池。
ルイズが死んだと言われている場所だが、オールド・オスマンが言うには、訓練に丁度良い場所らしいい。
シエスタはここで”波紋”の訓練をしろと言われていた。

ここにたどり着くまで、シエスタは馬と大差ない速度で走り続けていた。
そればかりか、途中で休憩すらしていない。

タルブ村にいた頃は、一日がかりで山菜を採りに行くこともあった。
重い荷物を遠くから運んでくることもあった、しかし、これほど長距離を休まず走り続けた事があっただろうか。
シエスタは、自分の身体の中に、不思議な力がわき上がってくるのを実感した。


一通りの訓練を終えて、夕焼けが射す頃に、シエスタは魔法学院に帰還した。
「失礼します」
「鍵はかかっとらんよ、入りなさい」
シエスタはオールド・オスマンに一日の様子を報告した。
訓練の内容、成果、それらを毎日報告しろと言われていたのだ。
今日はロングビルが休みのため、学院長室にはオールド・オスマンとシエスタの二人しかいない。
「よく分かった、やはり水の上に立つのはまだ無理かのう」
「はい…申し訳ありません…」
「……ついこの間まで平民として過ごしていたんじゃ、上達が遅いのは仕方ない。…しかし、こちらにも急がねばならぬ理由があるんじゃ」
「理由、ですか?」
オールド・オスマンは、懐から一冊の本を取り出した。
それは土くれのフーケに盗まれ、ロングビルが持ち帰った『太陽の書』だった。
「それは、この間の本ですね」
「うむ、いいかねミス・シエスタ、これから言うことを誰にも言ってはならんぞ」
「…はい」
オスマンがディティクトマジックを唱え、次にサイレントの魔法を唱える。

「君がタルブ村から持ってきた、ひいお爺さんの日記は読ませて貰ったんじゃが…ワシには全部は読めん。この『太陽の書』と同じ、異国の文字で書かれておるようでのう」
「はい、その本も、日記も、ひいお爺さんの生まれた国の文字で書かれてるそうです」
「そうじゃろう、そうじゃろう。そして君はその文字を教わっている…と。」

オールド・オスマンは『太陽の書』のあるページを開き、それをシエスタに見せた。
「このページを読んでみなさい、君なら読めるはずじゃよ」
「はい。えーと…」

『この仮面は人間を吸血鬼に変身させ…』

学院長室に、シエスタの音読する声だけが響く。
しかし、シエスタの声はだんだん小さくなっていき、一ページ読み終わる頃には顔が青ざめていた。
「吸血鬼って、怖いんですね…本当にひいお婆ちゃんが、こんな吸血鬼と戦っていたんでしょうか」
「………ショックを受けるのはまだ早いぞ、これを見たまえ」
オールド・オスマンが差し出したのは小さな箱、中には復元された『石仮面』が入っている。
「これって、この本に書かれている『石仮面』ですか?」
「本物は唇と顎の部分じゃ、他は全部復元した物であって、人間を吸血鬼にしてしまうような効果はないわい」
「そうなんですか…でも、これが存在するという事は、吸血鬼が存在するって事…ですよね」
「まあ、そういう事になるじゃろうな」
「それじゃあ、私は、この石仮面で吸血鬼になった人を……退治するために魔法学院に入学させられたんですか」

オスマンは無言で頷いた。

「無理に、とは言わん、だが、人間と吸血鬼を区別できる魔法など、存在しないんじゃよ。その”波紋”意外にはのう」
「……わかりました、やります、私、自分にできることをします」

「ルイズ様が仰っていました、貴族は貴族の、平民には平民の、一芸に秀でた物には一芸に秀でた物としての役割があるって…ですから、私、精一杯やってみます」


オスマンはにっこりと微笑んだ。

しかし、微笑みの仮面の裏に、途方もない罪悪感があることを、シエスタは知らない。




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