ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二十二話 『湿気った心に蔓延る黴』

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第二十二話 『湿気った心に蔓延る黴』

ある日の朝。トリステイン魔法学院の女子寮の窓に竜が顔を突っ込んでいた。
「ねえお姉さま・・・授業始まっちゃうのね」
「・・・・・・」
「ほ、ほら!新しい通販雑誌が届いたのね!あ~新しいタバ茶はおいしそうなのね~!わ、この人色々開発してるお偉いさんなのね。どこかお姉さまに似てるの!」
竜の手で器用にページを捲っていくシルフィードだが、タバサは依然寝間着のままベッドに大の字になって寝転がっていた。
しかし眠っているわけではなくその眼はしっかりと開かれている。
じっと天井を見続けていた彼女だったが、小さな体を起こすと着替えを始めた。
「行く気になってくれたのね!」
しかしタバサは首を横に振った。制服のボタンを留めながらシルフィードの方を見もしないで答える。
「街へ行く」
「・・・あ、サボるのね?じゃあ乗って乗っ――」
「今日は馬で行くからいい。それとおしゃべりは厳禁」
そう言い残して杖を取ったタバサはシルフィードを残して廊下に出た。
「お姉さま・・・・・・そうだ!」
シルフィードは項垂れていた顔を上げると、女子寮を離れ憎いくらいに晴れた空を裂いて飛んでいった。


「――というわけなんだわ」
「それはまた災難だったみたいだね。ウェザー」
ウェザーとギーシュはベンチに座っていた。ここに至るまでの経緯を簡潔に述べるのならば、キュルケとのデートの約束を果たすために街へ出かけ、食事やショッピング、歌劇を見てそろそろ帰ろうとしたらちょっとしたトラブルが起きてしまった。
急いで帰ったが日もとっぷりと暮れてしまっていたために案の定ルイズは怒り、「テメーの帽子剥ぎ取ってやるぜッ!メーン!」とか「マリコルヌだッ!減量不可能よッ!」とかまたぞろハイになったルイズと一悶着起こした。
結局アルビオン以降改善された食事も抜きにされ、ほとぼりが冷めるまで顔を見せないようにしているわけである。
そしてたまたま草むらを歩いていたら現れた野生のギーシュをゲットして暇つぶしにつき合わせているのだ。
「まあシエスタのおかげで餓死だけは――」
その時一陣の風が二人の背後から吹き抜けた。ギーシュは思わず顔を手で庇う。
「ぺっぺ!砂が飛んできた・・・てあれ?ウェザーは?」
風が止むと、今さっきまでウェザーが座っていた場所はもぬけの殻で、辺りを見渡しても影もない。まさかこの間みたく貴族派の手が伸びたのかと焦ったが、空から羽ばたきの音が聞こえてきたので見上げてみると、
「あれは・・・タバサのシルフィード?」
口に人間らしきものをくわえた風竜がその翼をばっさばっさと羽ばたかせて遠くなっていくのが見えた。
「うーむ・・・彼の災難はまだ終わらないらしいな」
達観した顔でそう言って見せたが、自分自身にも災難が降りかかることになろうとはこの時のギーシュに考える術はなかった・・・


「きゅいっ!(痛い!)」
「あのなあ・・・お前は俺を殺す気か?」
学院の端っこの方にある人が寄りつかない寂れた塔の屋根の上に降ろされたウェザーは手始めにシルフィードを殴った。運ばれている間服の襟をくわえていたためにウェザーは首が絞まらないよう格闘していたのだからこの仕打ちも当然といったところだろう。
しかしシルフィードはウェザーの非難を意に介することもなくウェザーに突っ込んで押し倒した。
「うおおお!重いッ、重いッ!」
「きゅいきゅい~!(お姉さまが、お姉さまが~!)」
「あ?なんて・・・?」
どうやらシルフィードは泣いているらしかった。
「まてまて、とりあえずおちつけ。な?」
シルフィードに押さえ込まれた耐性のまま頭を撫でてやり落ち着けようとしてみる。その成果なのか、少し落ち着いたシルフィードはウェザーの上からどいて向き合うと訥々と話し始めた。
「きゅいきゅい・・・きゅーい(実は最近・・・お姉さまの調子がおかしいみたいなの)」
「ふんふん・・・」
「きゅいきゅいきゅきゅい(なんか思い詰めたみたいですごく暗いのね)」
「続けて」
「きゅきゅきゅきゅきゅいきゅいきゅいきゅーいきゅ(そこで人生経験豊富そうなウェザーに一つ解決策を御教授お願いしたくて連れてきたのね)」
「そうか・・・・・・わかった」
「きゅい!(ホント!)」
再び突っ込んできたシルフィードを押さえてウェザーは言った。
「どうやら・・・使い魔同士だからといって意思疎通が出来るわけではないらしいな。何言ってるかサッパリだ」
「きゅ・・・きゅい~・・・きゅいきゅい(ちょ・・・そんなあ・・・それじゃあ用はないのね)」
背景にガーンとか書かれそうな感じで落ち込みだしたシルフィードは再び項垂れてどこかに飛んでいってしまった。屋根の上にはウェザーだけが残された。
「・・・・・・どうやって降りるかな・・・ここ」
ウェザーの呟きは高所独特の強風に飲み込まれてしまい誰にも届くことはなかった。


タバサは一人街を歩いていた。特に目的はない。ただあそこにいたくなかっただけだ。違う。それも嘘。結局はキュルケたちに会いたくないだけなのだ。タバサにも自信と言うものがある。しかし今やそれはヒビだらけだ。
実際自分はウェザーと闘ったら勝てるのだろうか?いや、そもそもキュルケには?まさかギーシュやルイズよりも下ではないか?次々と不安が浮かんできてタバサはいつの間にか知らない道に入ってしまっていた。
「・・・」
暗くジメジメとした光の当たらない路地。壁にはコケやらカビやらが生えている。まるで今の自分の心の中を映し出したかのようで、知らずのうちにタバサは口を歪めていた。
最近負けが込んでいるから弱気になっているのだ。らしくない。いつから勝ち負けにこだわるようになったのだろうか。元来タバサは勝負をしない。勝ちか負けかではなく生か死、成功か失敗しかしないのだ。
負けていようと任務が成功すればいい。勝ったところで死んでは意味がない。そうやって生きてきたのだ。勝敗なんてものはサイコロ博打ぐらいでしか気にしたことはない。しかしそれが今はどうだ。
正直に言えば誰の影響かはわかっていた。浅黒い肌の下に通う血は彼女の二ツ名のごとく熱く、人よりも劣っていることをよしとしない、代々の宿敵とことあるごとに勝負を持ちかける真っ赤な女性。
自分が長年かけて作り上げた氷の檻を、真っ赤な母性で溶かしていく人。でもそれをイヤだと感じたことはない。彼女が近くにいると、自分の冷えた心に春風が吹くような、心地よい温かさがあるのだ。
だからこそ今は会えない。今彼女にあったら自分は彼女を拒んでしまう。自分は力を欲しているのに、居心地のいい彼女は自分から刃を奪っていってしまうような気がする。尖った氷はもう溶けてしまっていた。だから自分がイヤなのだ。
矛盾を許容してしまえそうな自分が、憎らしかった。そんな風に考え事をしていたせいだろうか。いつもなら気付けただろう汚水の水たまりを踏んづけてしまった。泥が白いタイツを汚していた。
「周囲に目がいかない・・・たまたま今日はついていないね、厄日かな?」
不意に声がした。タバサは辺りを見回すが、こんな所には自分しかいない。つまり自分を呼んだのか。タバサがさらに注意深く辺りを警戒すると、狭い通路の奥に人がいた。建物と建物の隙間、壁に隠れてひどく分かりにくい場所だ。

「あなたですよ。青い髪の貴族様」
タバサは少し躊躇したが結局そこに向かうことにした。
「いらっしゃいませ・・・」
薄汚れたローブを頭まですっぽりと被り机に向かって座っている男だった。机の横には『一件3エキュー』と書いた札が貼ってある。上には怪しげなナイフや水晶、カードなどが置かれている。
なるほど、この男は占い師というわけだとタバサは納得した。
「ひとつ『占って』行きませんか?運命は変えられないが『悩み』や『不安な事』には対策を立てられる。いや・・・料金はお安くしときますよ」
「・・・・・・」
タバサは男の顔を見てみるが、特に敵意があるとか裏がありそうな顔ではない。本当にただの占い師のようだった。しかし少し警戒を緩めた矢先にその占い師の男が放った言葉に身構えた。
「あなたの故郷は・・・ガリア王国ですね・・・?しかもあまり良い思い出がないでしょう~~?故郷には?」
「・・・・・・あなたは何者」
「これは貴族様面白いことを言いなさる。占い師ですよ、わたしは」
注意深く周りの気配を探るが他に人はいない。待ち伏せや暗殺の可能性は少ないし、この男本当にメイジではないらしい。ならばなぜわかった?
そんなタバサの不安をよそに占い師は続ける。
「あなたは友達にも言えない『秘密』を持って生きているんだ。『光と影』『表と裏』・・・『二つの人生』と言ってもいいかもしれない。
 しかしそれを決して表面上に出すことなく、決して諦めずにしたたかに生きてきた・・・今までも・・・そしてこれからもそれは続くだろう」
「・・・なんて?」

占い師は立ち上がった。
「ああ・・・ぶしつけで失礼だが、普通はこんなこと言わないんだが・・・あなたの人相には職業柄何か惹きつけられるモノがあるんです。
 あなたをよく占わしてくれないでしょうか?最近は客もいないし・・・半額・・・いや、一エキューでいいので・・・」
「・・・あなたが言ったことは誰にでも当てはまる。人はみんな秘密を持って生きている・・・大なり小なり」
しかし占い師はタバサの話など聞こえないかのように占いを続けた。
「力を探している・・・・・・それもとびきり大きな大きな力を・・・」
「・・・だから、誰でも力を求める。人は他人よりも上にいたいと思う生き物だから・・・」
しばし考えた後タバサは机の前に立った。机の上に金貨を五枚置いた。
「でも興味がある。どう占うの?」
「いえ、すでにもう占っています・・・・・・今そのタイツについたドロの形でわかる・・・」
タバサは自分の足を見た。跳ねたドロがちょうど手のような形に見える。
「わたしの故郷の占いでは数千年前から偶然に出来た形でみるのが一番よくわかると言われています・・・それは『運命の"印"』ですから・・・」
占い師が身を乗り出してそのドロを凝視する。眼は真剣そのもので、思わずタバサも息を呑んでしまった。
「『母親』だ・・・・・・うむ・・・あなたが力を欲する理由は『母親』ですね・・・あなたは四年・・・いや、五年前に父親を亡くし、そして母親をなくしかけた・・・その母親を救うために力が必要なんですね・・・」
タバサはなすがままにされていた。なぜならこの男が言うことはひどく正確だからだ。ガリアの手の者かと観察してみるがどこにもそれらしい物は見て取れない。だとすれば本当に才能のある占い師なのだろう。
「んん?おや、あなた・・・近い内に大事な物を失う可能性がありますよ。これは・・・・・・」
その瞬間ものすごい勢いでタバサは男の手を振り払った。そしてみなまで聞かずわき目もふらずに早足で路地を走っていく。


「ああ・・・すばらしい手だった・・・困難と絶望。しかしそれは裏返せば解放と希望でもあるのです。力はあなたのすぐ側に・・・どうかお忘れなく・・・」
聞こえるはずもないであろうが男はそう言った。すると、そこへ一人の男がやってきた。いきなり机の上に金貨をばらまくと占い師にこう聞いてきた。
「あの制服・・・たまに街で見かけるがどこのものだかわかるかい?」
「トリステイン魔法学院の制服ですハイ」
「グラッツェ」
男はそれだけで別の路地に消えていった。占い師は金貨を急いでかき集めるが、足下にも金貨が落ちているのに気付いて取り上げようとした。腰を曲げて手を下ろし掴んで持ち上げる。
「ふう・・・いかんな、最近腰が痛い。職業のせいかな・・・ん?」
そこで占い師はふと机の上に別の手が乗っているのに気がついた。人の顔より手を見ることが多い職業柄、すぐにその手が他とは違うことに気がついた。
「ちょ・・・ちょっとまってくれ・・・この『手相』・・・何か気になる・・・不思議な形で・・・なんというか・・・美しい~~っ、なんて美しい手相なんだ~~~~こんな手は・・・初めて見たァ~」
恍惚の表情を浮かべて占い師がその手に頬ずりをした。しかしその時この手相のさらに奇怪な事実を見つけてしまった。
「ン?あれ?・・・なんだ?おかしいぞ・・・『寿命』のところがおかしいぞ・・・今気づいた。この手寿命が・・・全然ないッ!はっ!」
そして気付く。この腕の正体に。
「なるほどうわははははははは!これはオレの手でしたァぁぁぁいつの間にかぁぁぁーッ!」
叫びのけ反った占い師はそのまま後ろに倒れてしまった。そして、二度と立ち上がることはなかった。その体はまるで周りのコケやカビの生えた壁と同化しているかのように見えた。



タバサは早くここを立ち去りたかった。あの占い師のせいだ。街になんか来るんじゃなかった。最悪の気分だ。
しかし少し先の小路からまたも自分を呼び止める声がかけられた。
「君・・・少し疲れているみたいだね」
第一声がこれだ。怪しいなんてものじゃない。元々立ち止まる気のなかったタバサは無視して進もうとしたがかまわず男は続ける。
「君は魔法学院の生徒だろう?制服でわかったよ。私は怪しい者じゃないんだ、ただの医者でね、少々精神面もかじっているんだが・・・今疲れているといったのは君の心のことだ。そう、まるで重いものを背負い込んでいるかのように疲れている・・・」
その言葉にタバサは足を止めた。止めてしまった。咎めるように男を見上げる。恐らくこの男は占い師の話を――
「ああ、さっきたまたま偶然近くにいたから話が耳に入ってきてね・・・本当それはすまなかったと思うよ。でも、私は医者だからね、救える命や治せる病気を前にして黙っていられなかったんだ」
案の定男は立ち聞きをしていた。最悪だ。見たところ男は貴族ではない。平民だろうとは思うのだが奇抜な格好をしている。白い服は前面に網掛けの十字架があり、へそのところが見えているし、頬や鼻や額にペイントなのか入れ墨なのか模様が入っている。
髪の色は緑で、まるで小さなキノコがいくつも生えているかのようだった。言動は丁寧だが何か言いしれぬ不安をいつしかその男に覚えていた。
「私の故郷ではね・・・疲れた心を癒すのは決まって『美しいモノ』と決まっていたのだよ。美人でも黄金比でもかまわないが・・・とにかく美しいモノには心を癒す作用がある。
 それはもはや義務といっても過言ではないのだよ・・・そうは思わないかい?もっとも、美しさなんてのは個人の基準に頼るモノだ。『ビーナス誕生』に感激する者がいれば蟻がたかる飴玉に心打たれ涙する者だっているわけだ、極端な話し。
 君にも何かそう言った心落ち着くものとかあるんじゃないかな?」
確かにタバサにもある。母から貰ったあの人形。かつてはあれを胸に抱き母の愛を感じていたこともある。だがそれをこの男にはばらしたくなかった。
知られたらその全てを蹂躙されてしまうような、怖気の走るような恐怖をこの男は背負っている気がしてならない。


「だが・・・この世にはなぜか『芸術作品』と呼ばれるモノが存在するんだ・・・おかしいと思わないかい?芸術が人の心を震わせるモノだというのならばこの路地を這い回るゴキブリに感動する者さえいればそれだけで美術館に保存決定だ・・・・・・
 つまるところ『芸術』なんてものは、長いこと残っているもののことをいうのかも知れない・・・過去、それは我々の手の届かない神秘に満ちた謎なのだよ・・・人々はそこに感動する。好奇心をくすぐられる」
そう言いながら男は壁に立てかけてあった棒を掴むとタバサに差し出してきた。ぐるぐる巻きにしていた布を外すと、棒のように見えたそれは剣であったことがわかった。
「なんにせよ、君の心の疲労を癒すには美しいものを見るのが一番だ・・・この剣のような・・・ね」
タバサは一刻も早く立ち去るべきだと思った。しかし体はそれに反して男から剣を受け取ってしまう。柄を握ると力を入れていないのにあっさりと抜けてしまった。そして男が言うとおり、その剣は美しかった。
刀身は冷たい水で濡れているかのように怪しく光り、刃紋の乱れ刃が刃先にまでしっかりと伸びており、妖艶な揺らめきさえ見せている。柄と鍔の装飾はそれほど凝ってはいないが、むしろその方がいい。この剣は刀身を際立たせるべきであるのだから。
その剣に魅せられていると、不意に犬の鳴き声がしたような気がした。そしてすぐに気のせいでないことを理解する。剣が呼んでいるのだ。インテリジェンスソードだろうか、徐々にハッキリとしてきた音は鳴き声から人語に変わる。その瞬間にタバサは膝をついてしまった。
「おいおい、大丈夫かい?」
男が手を差し伸べるがタバサはその手を振り払うと、頭を押さえたまま立ち上がった。
「さわらないで・・・」
男を睨みそれだけ言うとおぼつかない足で路地の出口を目指した。その手には依然剣が握られたまま・・・・・・
「学校か・・・フフフ、この世界の情報と新しい種類の絶望の顔、両方が手にはいるというわけだ・・・」
男は薄ら笑いを浮かべたままタバサの消えていった方角を見続けた。


「では今日の授業はこれまで。予習復習はしっかりやっておくように」
コルベールが教室から去ると同時に生徒たちががやがやとし始めた。一日の授業は終了し、これから何をしようかと友達と話したりしているのだ。だがそんな中、ルイズは教科書を立てて顔を隠すと唇を尖らせて机に突っ伏していた。
今日の授業のほとんどをこの体勢で過ごしたために顎が押さえ付けられて赤くなってしまっている。そしてその姿勢のまま何かぶちぶちと言っている。
「どうしよー・・・ウェザー今日一度も顔会わせてくれなかったしやっぱり怒ってるのかなあ。そりゃあ確かにマリコルヌを上から押し付けたのは悪いとは思ってるけど・・・でもでもウェザーだってキュルケと夜遅くまで遊んでるなんてさ・・・絶対ヤッちゃたにちがいないわ
 ・・・でもわたしと同じ部屋で寝てるくせにわたしには手出さないってどー言う了見よ・・・やっぱ胸?そんなにメロンが好きかあのおっさん?貧NEWはステータスだって姫様言ってくれないかなあ・・・ダメだ、姫様も巨乳だったわ・・・はあ・・・」
「『毎晩体を熱くして待ってるのに何で来ないの?』」
「そうなのよねえ、準備はばんた・・・ってキュルケ!」
ルイズは慌てすぎてのけ反りイスごと後ろに倒れてしまった。そんなルイズを上から見下ろすキュルケの口は、三日月のごとく笑っていた。ルイズは耳まで真っ赤にしながらおたおたしている。
「ふーん。ルイズは毎夜枕を涙で濡らしていたわけだ」
「キュルケ、ち、が、その、あれよ、そう!違うのよ!て言うか最後のは明らかにアンタのセリフじゃない!」

「はいはいムキにならない。まったく・・・本当にトラブルに巻き込まれちゃっただけだって言ってるじゃない」
キュルケが笑いを引っ込めて手を差し出す。ルイズがそれを掴むと勢いよく引き上げられた。さらにスカートや背中についたほこりを払ってやる。
「じゃあトラブルって何よ。ウェザーに聞いても言ってくれないし、アンタの口から聞くわ」
ルイズが憮然としてそう言うとキュルケは困ったように頬をかいた。
「うーん・・・それが夢みたいな出来事でさあ、あたし自身よく理解できてないし詳しいことはダーリンに口止めされてるのよね」
「へえ・・・二人だけの秘密ってわけ?いい度胸じゃないあいつ・・・ご主人様をないがしろにしてツェルプストーと秘密を作るだなんて・・・」
「悪かったわよ」
「ん?・・・キュルケあなた熱でもあるんじゃないの?」
ルイズが手を伸ばしてキュルケの額に触れる。
「そりゃああたしは『微熱』だもの」
「そうじゃなくてさ。なんか普通に謝るアンタって怖いわよ・・・」
「失敬ね。でも本当に何でもないわ。もうあたし行くけど、戸締まりされる前に帰りなさいよ」
手をひらひらさせながらキュルケはドアから出ていった。ルイズはしばしキュルケの額に触れた手を見つめていたが、やがて握ると道具を持って扉に向かった。
「あれ、そう言えば今日タバサ見てないわね・・・だから元気なかったのかしら?」
そう呟いて扉を閉める。誰もいなくなった教室に静寂と闇が漂った。


「はあ・・・」
夜もとっぷりと暮れ、大半の生徒たちが寝息を立てている頃、自室のイスに座り空を眺めるキュルケの口からため息が漏れる。それは別に夕飯を食べ過ぎたからとかではない。正直に言えば今日一日中ずっとため息ばかりだ。原因はわかっている。
「タバサの様子がおかしい・・・」
最近は最近だが、振り返ればアルビオンにいた頃から少しおかしかった気もする。自分にしかわからない程度の変化ではあるが、だからこそ見逃すはずはなかった。そしてこの間のアンリエッタ誘拐事件から完全に塞ぎ込んでいる。
授業には出ないし食事も食堂ではとっていない。さっきも様子を見にタバサの部屋へ行ったのだがもぬけの殻であった。
「あーあ。力になってあげたいんだけどなー」
タバサは親友だ。ルイズは喧嘩友達と言うか悪友というかで、タバサとは立ち位置が違った。親友であるところのタバサとは結構本音で付き合えてると思う。お互いのダメ出しも良い意味で遠慮がないし、どちらかの良いことは二人の良いことでもあった。
困ったときは力を(主にタバサが)貸してきた。しかしキュルケが奥を見せてもタバサは決して奥を見せていない気がする。もちろん親友だからと言って全てをさらけ出せなんて言うつもりはない。だけれど、親友に頼られないというのは結構辛い。
お互いに親友だなんて確認したことはないけれど、タバサとは確かに通じ合っていた。だからこそ今のタバサの力になってやりたいのだが・・・
「今度暴露大会でもしようかしら?『ドキッ!女だらけの暴露大会!ポロリもいるよ』とでも銘打って。メンバーはそうねえ・・・あたしタバサルイズに・・・モンモランシーもギーシュとどうなったか聞こうかしら。どうせだから下級生当たりからも――」

と、その時部屋の扉がノックされた。今日は誰とも約束を入れていないはずだが、果たしてきたのは誰か。
「どちら様かしら?」
キュルケの声にドアの向こうの人物はしばらく沈黙を通すと、静かにこう言った。
「タバサ」
キュルケはドアの外の人物が以外で思わず反応が遅れてしまった。
「開けて」
「ああ・・・ええ、もちろんよ。待ってて」
タバサにせかされて急いで扉を開ける。そこには小さな親友が立っていた。
「こんな時間にどうしたのよ?まあタバサなら大歓迎だけど・・・」
「ありがとう」
キュルケは絶句してしまった。なんとタバサが満面の笑みで返してきたのだ。これにはさすがのキュルケも顔を赤らめてしまった。
(フレイムも月まで吹っ飛ぶこの衝撃・・・すごい破壊力ね)
主人の心の声を感じ取ったのか、部屋の隅で丸まっていたフレイムが首をもたげた。
タバサはそのまま開け放たれた窓に向かうと、くるりとスカートを翻してキュルケに向き直った。その表情はすっきりとしたもので、キュルケの不安していたモノは影も見せない。
「あら、何だかご機嫌ね」
「・・・これ」
しゃべり方だけはいつものままにどこか軽い調子で手に持っていたモノを差し出して見せた。布に巻かれてはいたが先端から柄が見えたので剣だと認識できた。
「あら、授業サボってなにやってるのかと思ったら剣なんか見てきたの?でもあなたが使うには大きすぎない?」
キュルケの言うとおり小柄なタバサには不釣り合いな大きさの剣だった。鞘だけを見てもタバサが使えば長剣の部類に分類されそうだった。あの長い杖といいこの剣といいタバサは長い物を持つのが好きなんじゃないだろうかと思えてしまう。


「それにメイジが刃物なんか持ってどうするのよ。振り回しながら戦う?あは、ちょっと面白いかも」
キュルケが笑うとタバサも笑った。なんだ、タバサがおかしいだなんてやっぱり自分の思い過ごしだったんだ。そう思う一方で、あのあのタバサの笑顔は何かが『違う』と警鐘を鳴らしてもいた。
「水を頂戴」
「ああ、うん」
キュルケは机に置いてある水差しに杖を振りコップに注がせる。ちょうどタバサに背を向けるような格好で・・・
(考え過ぎよね。たまたま『あの日』だっただけよきっと・・・)
その時、不意に部屋が暗くなった。それは月が隠れたせいだと思ったが、首筋にちりちりするものを感じたキュルケは本能で横に飛んだ。次の瞬間机が真っ二つに切断された。
上に乗っていたコップも水差しも、中身の水でさえも。瞬間とは言え水の断面が崩れることなく見え、それからあふれ出した。
キュルケは急いで起きあがり、切断の犯人を見た。親友である、タバサを見た。
「・・・タバサ?」
「チィ、ハズしたか・・・だがこれはどうだッ!」
タバサはいつの間にか抜き身になった剣を大きく振りかぶり横薙ぎにキュルケを襲った。しかしキュルケはまたもギリギリで前周り受身を取ってかわす。空気の裂ける音が背筋を冷やした。
「やっぱりあんたタバサじゃないわね・・・タバサをどうしたのッ!答えなさいッ!」
その言葉にタバサはクスクスと口元を隠して笑った。そして両手を広げて見せる。
「何言ってるのキュルケ?私タバサよ」
「タバサはそんな饒舌じゃないわ・・・」
キュルケがそう言うとタバサはいきなりぞんざいな態度をとり、男っぽい口調になった。剣の刃先を床に向け、柄を握る右手を額に持ってくる。
「ククク・・・いかにも、俺はこのお嬢ちゃんじゃあない。ちょいと体をお借りしただけさ」
「乗っ取り!一体どうして!」


「どうして?どうしてだと?決まっている!お前を斬るためさッ!」
キュルケはそのさっきの前に後退っていた。しかし狭い室内ではすぐに壁に背が付いてしまった。
「逃げ場は・・・ない。お前の命・・・」
タバサが円を描くように剣を振り下ろして迫る。その速度はさっきよりも速い。
「もらいうける!」
「くッ・・・」
キュルケは手を咄嗟に背に回してノブを回した。キュルケが背にしていたのは壁ではなく扉だったのだ。少し開いた隙間に体を滑り込ませて『ロック』の魔法をかけ、廊下の壁に背を預ける。
「扉は木だけど壁はさすがに斬れないでしょうね・・・」
周りの生徒も自分のプライベートを守るためか『サイレント』を部屋にかけるクセがある。巻き込むわけには行かないから丁度よかった。
キュルケは呼吸を落ち着けながら考える。あの体はタバサのモノだと言っていた。それがハッタリなのかどうなのかはまだ判別できない以上はタバサ自身に手は出せない。しかしタバサの体格でマジにあんな剣を軽々と振り回す辺り怪しいが・・・
「え・・・?」
キュルケは不意に脇腹に熱を感じた。見下ろしてみると不気味に輝く刀身が脇腹を掠めていた。
「なん・・・でッ!」
慌てて反対の壁に離れて今し方飛び出してきた剣を見る。剣はそのまま壁を真横にずれていき扉に到達するしキラッキラッ、と瞬いたかと思うと扉を細切れにしてタバサが現れた。
しかも奇妙なことにその壁は斬れていない。確かに刀身が真横に通過したはずなのに傷一つついていないのだ。
「フフフ・・・もう少し右だったか・・・おしい」
「物質透過・・・?その剣一体・・・」
脇腹から流れ出る血を手で押さえながらキュルケが尋ねる。しかしタバサは笑いながら剣を振り上げるだけだった。高く掲げられた剣の刀身が窓から入る月明かりを浴びてその怪しさを増していく。


「女の柔肌・・・さぞかし気持ちいいんだろうなァ!ウシャァーッ!」
キュルケは痛む脇腹を堪えて後ろに飛び退くと同時に杖を向ける。タバサなのかどうかの確認が出来ない以上は仕方がない。最小限のダメージで気絶して貰う。
「『ファイヤーボール』!」
杖の先から放たれた火球は真っ直ぐにタバサに向かい、直撃した。
「どうよ!」
しかしキュルケの叫びもむなしく火球は真っ二つに切り裂かれてしまった。
「その程度か?前に殺したやつからもっと強い魔法を憶えてるんだぜオレは!」
タバサはニヤニヤと勝ち誇った笑いを浮かべながらキュルケに迫る。キュルケは悩んでいた。どうする?もっと強力な魔法を使うか?しかしもしも本物のタバサだったなら・・・そう思うと反応が遅れてしまった。
タバサがいつの間にか目の前に立ち、剣が横薙ぎに一閃され、キュルケは肩を斬られて倒れた。
「あ・・・く・・・」
「フフフ・・・冥土のみやげに教えてやる。この体は本物のタバサさ。その証拠を教えてやる。お前は背中にほくろが三つあるな?」
キュルケは驚いた。それを知っているのは今まで関係を持った男たちか、着替えを見たことがあるタバサしか知らないはずなのに。
「わかったか?親友の手によって殺される・・・一応あいつの命令なんでね。じゃあ、お前の命もらいうける!」
タバサがトドメとばかりに逆手に柄を握り、突き刺そうと振り上げた。キュルケは手を出せないとわかると、身を縮めて目を瞑った。しかしその耳にのんきな声が聞こえてきた。
「やっと・・・降りられたぜ・・・風が気持ちよくてついついうとうとしていたらいつの間にか真っ暗なんだからなあ・・・まいったぜ。ところでお前ら、そりゃなんの遊びだ?」


「ウェザーッ!」
階段のある踊り場の角から出てきたのはウェザーだった。そののんきな声とは裏腹に眼はきつくタバサを睨みつけている。どうやら事情はあらかた飲み込めているらしかった。
「タバサ・・・いや、乗っ取ってるお前、こいつはどういう了見だ?おい」
「フン・・・お前の方が楽しめそうだな」
タバサはキュルケに背を向けてウェザーと対峙すると、無防備にもずかずかと近づいてきたのだ。ウェザーもこれには驚いたのか、どうしたものかと躊躇してしまった。
「フフフ。友達を殺さねばならない状況で・・・どれだけ絶望せずにいられるかな?ウシャア――ッ!」
「オラッ!」
タバサが近づいたのを見計らってウェザーも踏み込み、刀身ではなくその細腕を狙った。
「なに!」
しかし見た目に反してその力は強く、剣を弾き落とすつもりが逆にウェザーが弾かれかねないほどだった。
「これは・・・マズイ!『ウェザー・リポート』ッ!」
押し切られると判断したウェザーは強風を吹かせてタバサを飛ばした。体重は軽いままらしく勢いよく飛んだタバサは窓をブチ割って外に落ちた。
慌てて二人は窓の下をのぞき込んだ。そこには何事もないかのようにピンピンしているタバサの姿があった。
「驚いたぞ・・・まさかここにもオレやチョコみたいな奴がいるなんてな・・・だが、今の攻撃、憶えたぞ!」

そう言うとタバサは闇の中に紛れて消えた。
「・・・キュルケ、こいつは一体どうなってるんだ・」
「わたしにもわからないの・・・ただタバサが体を乗っ取られて・・・」
そう言うキュルケは震えていた。ウェザーは優しくその背中を撫でてやる。そしてそのタイミングで隣室のルイズが部屋から顔を出してきた。
「ふああ・・・ちょっとこんな夜中にうるさい・・・・・・へえ・・・こんな夜更けに逢い引きかしら、ウェザー?今日一度も顔見せないと思ったら――」
泣いてるんだか怒ってるんだかわからない顔で迫ってくるルイズをウェザーは言葉で押しとどめた。
「ルイズ、緊急事態だ。あとでいくらでもかまってやるからキュルケを保健室で治療してやってくれ。ただし他の奴にはバレるなよ?」
真っ直ぐと眼を見て真剣な声でそう言ってくるのでルイズはただこくこくと首を縦に振るだけだった。それを確認したウェザーが今し方割られた窓から飛び降りた。
ルイズはその窓から外を見た。なんだか今日の月の明かりは怪しくて背筋を震わせた。


暗がりの中、二人分の声が聞こえる。
「おお、アヌビス神!ちゃんと親友だけを誘き出しただろーなッ!」
「それがチョコラータ・・・この学校にはスタンド使いがいやがった。風をつかってオレを吹き飛ばしやがってよお・・・」
「なに?スタンド使いが?」
「ああ。でもよお、しっかり餌は撒いてきたからなア、あいつらがこの体の親友だって言うんならぜってーくるぜ!」
タバサがそう言うとチョコラータと呼ばれた男は船上員が使うような望遠鏡を使い窓から外を眺めた。
「ほお・・・確かに一人きょろきょろと辺りを気にしている男がいるな」
「そいつがスタンド使いだぜ。そして赤髪の女も負傷してはいるが間違いなく一番の親友!必ず出てくるッ!」
「うおおおおおお!」
するとチョコラータがタバサの頭を抱きかかえ猟奇的な眼をしながら撫でくり回し始めた。
「良ぉお~~~~しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし。よくやったぞアヌビス神。これで新しい絶望の顔を見ることが出来る。
 人間の精神パワーとは『好奇心』によって増幅されるものだ。人はどの生命よりも好奇心が強いから進化したのだッ!早くみたいッ!親友になすすべなく殺されていくときの絶望に塗り固められた顔をッ!」
「でもあんたの能力を使えばここなんかイチコロだろ?」
「アヌビス神よ・・・親友に殺さなければダメなのだ。その絶望はまだ見ていないからな。そしてここが学校である以上情報が何かしらあるはずなのだ。
 メイジだらけだから何体か捕まえて解剖しよう。依然捕まえたのはラインだったから、次はトライアングルが欲しいなァ・・・教師あたりがいい。だからわたしの『能力』はまだ使えない」


「チョコラータは頭いいからな。文字もすぐ憶えたし。でもこれじゃあオレばっかり働いていて割に合わねーぜ」
「そうか?すまないな。じゃあごほーびをやろう」
チョコラータは服のポケットから紙に包まれた小さな丸い粒を取り出した。紙をほどくとちょっと毒々しい緑をした丸薬のようなものが現れた。
「・・・しまったな。ついクセで角砂糖を探してしまったが、この前解剖したメイジが持っていた粒しかないぞ。しかもとてつもなく苦かった・・・確かはしばみ草とやらをすりつぶしたとか言っていた気がするが・・・」
ふとチョコラータがタバサの顔を見ると、指をくわえて物欲しそうにその丸薬を見つめていた。
「・・・アヌビス神」
「はっ!い、いや、オレじゃなくてこの体の嗜好だぜ?しょうがねえじゃねえか」
「まあいい。二個でいいか?」
「ん~~・・・三個!」
「三個か?苦いの三個欲しいのか?三個・・・イヤしんぼめ!」
「はやくはやく!」
「いいだろう、三個やろう!行くぞアヌビス神!三個行くぞ!」
チョコラータは言いながら振りかぶるとタバサめがけて勢いよく投げつけた。それをタバサはなんなく口でキャッチしたが、一個だけ大きく外れてしまった。
「うおっ悪い・・・ハズした・・・」
しかしタバサは口に含んだ丸薬を二つとも飛ばして外れた一個にぶつけてコースを変えると、手に持っていた剣を一閃させる。タバサが刃を上に向けてつきだした剣の刃の上にはキレイに三つ丸薬が並んでいた。
「良お~~~~しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしたいしたヤツだアヌビスおまえは」
再び頭をこねくり回すチョコラータ。しかし次の瞬間にはもう眼が笑っていなかった。
「そして行けッ!やつらに絶望の顔を刻み込むめ!お前が行くのだアヌビス神!お前がッ!」

ウェザーは一人で夜のヴェストリ広場に来ていた。辺りは静寂に包まれ夜風が草木を揺らす音以外にはなにも聞こえてこなかった。
「出てこい・・・いるのはわかっているぞ」
するとウェザーの背後、建物の影から小さな影が現れた。タバサだ。その手には禍々しい剣を携えてる。
「驚いたぞ・・・こんなところにスタンド使いがいたとはな・・・」
「俺もだよ。人を操るスタンド・・・本体はどこだ?」
「さあな。どっか遠くから見てるんじゃねえか・・・なッ!」
喋り途中で斬りつけて来たがウェザーは慌てなかった。さっきの攻撃を見る限りスピードはそんなに速くない。引きつけてかわしボディーに一撃を見舞い気絶させるつもりだ。
タバサには悪いが手加減するから許せと心の中で呟いたその時、剣速が急に速くなった。
「スピードが増したッ?」
「バカめ!お前のスピードは憶えたッ!」
驚異的な速度で迫る剣を後ろに倒れ込むようにしてなんとかしのぎいったん距離を置く。しかし完全には避けきれなかったためか胸の辺りが少し裂けた。
「く・・・こいつ速いだけでなく重い!」
「当たり前だ。ポルナレフのシルバーチャリオッツと承太郎のスタープラチナのパワーとスピードを憶えた俺の敵ではない・・・そして今のお前の攻撃、憶えたぞッ!」
「なにッ!承太郎だとッ?」
「いかにもッ!ゆえに今の俺のスピードとパワーは誰にも負けなァァァァァいッ!」
そう言うとタバサが一気に距離を詰め、刀を横一線に薙いだ。しかしウェザーは刀身の腹を叩いてそらせた。止まったところで腹に拳を叩き込むが刀の柄で弾かれてしまった。さらに弾いた柄を振り上げてウェザーの顎をかち上げる。
「ぬうぅ!」


「手加減すれば貴様が死ぬぞッ!ホオラァッ!」
よろめいたウェザーに刀が唐竹割りに振り下ろされた。
「死ねぇい!」
「ここだッ!」
しかしタバサの体重を負荷した渾身の一刀は額に刃が触れるギリギリでウェザーが刀を両手で挟み込んで止めていた。それでも抑えるウェザーの腕が振るえ、今のタバサの驚異的な力を物語っていた。
「ば、バカな!チャリオッツとスタープラチナのスピードとパワーで振り下ろしたというのに・・・」
「空気抵抗で減速させた・・・向かい風の中では体が重く感じられて進みにくいだろう?」
ウェザーはよろめいた一瞬に二人の間に空気の層を張ったのだが、タバサのスピードとパワーの前に切り裂かれてしまった。多少の減速には繋がったが、それでもギリギリである。
しかも今鍔迫り合いの形になった後もそのパワーの前にウェザーは押さえ込まれてしまっている状態だ。
「ふん・・・お前のスタンドもなかなかのパワーとスピードだ。それに不思議な能力も使うようだが・・・今のももう憶えたぞ」
そう言ってさらに押し込む刀に力を入れてきた。小柄なタバサからは想像もつかない剣圧の前についにウェザーは膝をついてしまった。
「ぐぅ・・・お前、承太郎と言ったな・・・どういうことだ・・・?」
「貴様も承太郎の仲間だったのか?ふふふ、いいだろう教えてやる。俺は冥界の神アヌビス神、暗示のスタンドさ」
「暗示の・・・スタンド?」
「いかにも。俺はこの剣を抜いた相手に取り付き、そいつを剣の達人へと作り替えるのさ!そして俺は以前DIO様の命を受けてエジプトで承太郎たちと戦ったのだ!」
「だが敗れた・・・と」
「ぐ・・・お前が言うなッ!」
怒ったからかさらに重くのしかかってきた。


「確かにお前の言うとおり敗れはしたが、いつの間にかこの世界に来ていたのだ。刀身も復活しているしなァ!より多くの者と戦い、さらに強くなり、次こそは勝つッ!そしてなぜ親切に俺が話したと思う・・・?」
「・・・・・・・・・」
「俺は冥界の神アヌビス神。つまり冥土のみやげって訳だァッ!」
「そいつはご親切にどうも」
脳天を二つに裂くために渾身の力を込めてきたアヌビス神に対して、軽い調子で答えたウェザーは同じく軽い調子でアヌビス神の刀身を折ってしまった。濁った金属音が夜の闇に響いた。
「と、刀身が錆びてッ!」
「さすが神様は気前がいいな。こいつはお礼だ。シアラァッ!」
『ウェザー・リポート』の拳がうなる。狙いは刀を持つ右手。多少のケガは我慢して貰わねばならないが、それほどまでにこのアヌビス神は強いのだ。
「だが無駄だッ!お前のスピードは憶えたと言ったはずだッ!」
咄嗟に後ろに跳躍すると刀を構えなおした。手で握った部分だけを錆びさせたためにまだアヌビス神は刀としては充分働くだろう。
「しかし、ぬぬぬ・・・またしても俺の体が折られるとは・・・だが、それも憶えたぞッ!この『アヌビス神』一度戦った相手にはもう絶っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~対に負けんのだァァァァァァ――ッ!」
さっきよりもさらに速く踏み込んできて、さらに力強く刀を振り回してくる。ウェザーも対抗しようとするが完全に押し込まれてしまい防戦一方である。
「ウシャアアアアアアーッ!」
「うう・・・こいつ、まだ・・・速くなるッ!重くなるッ!」
その言葉を裏付けるように徐々にではあるがウェザーの体に刃傷がつき始めていた。
「た、耐えきれない・・・」

「ワハハハハ――ッ!もうさっきの技は通用せんぞォ!」
「こいつ・・・強いッ!」
「ワハハハハ――ムッ?」
押しまくっていたアヌビス神が瞬時に飛び退いた次の瞬間にアヌビス神がいた場所がいきなり爆発した。ウェザーにも覚えのある爆発。
「ウェザーを殺させたりなんかさせないんだからッ!」
「ルイズ!」
寮の方にルイズが杖を構えて立っていた。その後ろにはキュルケとギーシュが走ってくる姿も見える。ウェザーはいったんルイズたちのところまで退いたが、アヌビス神は新手であるギーシュを加えたメンツに突っ込んでは来なかった。
「ギーシュ!なぜここに!」
「いや、トイレに行こうと思って起きたらなにやらガラスが割れる音が聞こえてね。気になって見に行ったら彼女達にあって助太刀に来たってわけさ」
寝間着のギーシュは造花片手にそう言った。

「ウェザー、タバサは?」
「見ての通りだがどうも操られているらしいんだ。心当たりはある。本体がどこかにいるはずだ」
「えッ!」
四人は背中合わせになって辺りを見渡し始めた。ウェザーだけはアヌビス神と向かい合う。アヌビス神がジリジリと距離を詰めてきたとき、ギーシュが叫んだ。
「あそこ光ったぞ!あの塔だ!」
全員がギーシュの指さす方を見ると、そこは今日ウェザーがシルフィードに置いて行かれた場所だった。確かに塔の上の辺りがきらっ、と光った。そこは学院の敷地でも端の方、人もあまり寄りつかない場所である。
「よし、走れッ!」
「逃がさんッ!・・・ムッ!」
塔に向かって一目散に走り出したルイズたちをアヌビス神は背後から斬りつけたが手応えがなかった。
「これは・・・霧か?」
辺りを見渡すがすでに一面切りに覆われてしまっている。ルイズたちの姿は跡形もなかった。
「塔へ向かったか・・・しかし俺に切り刻まれて死んだ方が幸せだろうに・・・『奴』にはDIO様とはまた違った寒さを感じたのだ。怖れではない、おぞましさをな・・・」
そう言うとアヌビス神を握ったタバサの姿は霧にのなかに溶けて消えていった。


四人は塔の扉を蹴破るようにして中に入った。小さな窓から入ってくるかすかな明かりでは内部がよくわからない。
「まかせて」
キュルケが詠唱し杖を振ると、炎の弾が壁に張り付いた燭台の蝋燭に灯り徐々に明るくしていく。そしてとりあえず灯の下半分は明るくなった。
「螺旋階段か・・・」
何重にも管を巻いた階段が塔のてっぺんまで続いている。上まで行くのにも一苦労だ。
「あれッ!一番上の回廊に何かいるわ!」
ルイズが指さす方を見上げれば、下の明かりに照らされて浮かび上がった人影が見えた。
「あれが本体だ!登るぞ!」
四人はほこりの積もった階段に足をかけて登り始めた。長いこと使われていないのか、階段の隅には鼠の死骸が転がっていたりする。
階段を上がるたびにキュルケの火が蝋燭に火をつけ、いよいよ全体が明るくなり人影の素顔が見えた。邪悪な笑みを浮かべた男だった。
「登ったな・・・」
「ハッ・・・!」
ウェザーが足を止める。不意に足下に目をやってみると、そこにも鼠の死骸があった。しかしなにかがおかしい。その死骸にはなにか緑色のものが覆っているのだ。まるで、そう、カビのような。
「ウェザーなにしてるの!早く登りましょう!あと半分よ!」
キュルケがそう急かしてきたとき、ざりっ、という地面をするような音が下から聞こえてきた。振り向けば、塔の入り口に妖しく輝く刀を提げ持つタバサの、否、アヌビス神の姿があった。
「事情は聞いていたが・・・あれが本当にタバサなのかい?まるで別人だ・・・」
ギーシュの言葉通りその眼は人を射殺すように尖っていた。

「ヤツの相手はやっかいだが・・・後半分!俺達の方が早く上に着ける!」
ウェザーたちがかけだそうとすると、アヌビス神の笑い声が塔内に反響して響いてきた。
「フフフフフ・・・オレから逃げれるなどとは・・・それは甘い考えだ。甘い、甘い、大甘だ。なぜなら・・・ここらでトドメのとっておきのダメ押しというやつをだすからだ」
そう言ったアヌビス神は折れた刀を頭上高くに放り投げると入り口の影に手を差し入れ何かを掴んだ。
「これにはッ!」
それは杖だった。タバサの身長を超す長さの、紛れもなくタバサ自身の杖がその手には握られていた。
「勝てるかなッ!」
そして重力に従って落下してきた刀を掴むと、杖と刀を頭上で交差させた。
「『魔法』プラス『アヌビス神』ッ!二刀流ッ!」
塔に入ってくるかすかな月光を背にしてアヌビス神は叫んだ。そして一歩一歩階段に近づくと、ゆっくりと上り始める。ウェザーたちは徐々に近づいてくるプレッシャーを感じていた。
「果たしてお前らの強さを学習したアヌビス神を防ぎつつここまで上ってこれるのかな?初めてのシチュエーションで好奇心が疼くな・・・ああ、親友に殺されるときの絶望の顔というのは一体どういったものなのだろうなァ・・・」
恍惚とした声が上から降ってくる。
「ウェザー・・・」
「ああ、わかってる。走るんだーッ!」
「甘いと言ったろうが!」
アヌビス神はその驚異的な力で階段をまるで飛ぶようにして登ってきたのだ。さらに風でこちらの速度を削ぐのも忘れていない。しばらくしないでも追いつかれてしまうだろう。
「よし、ここは僕が!ワルキューレッ!」
ギーシュが振り返り様に造花を振るい戦乙女を七体、階下のアヌビス神の前に作り出した。しかし階段の幅はそう広くないためにワルキューレ同士で詰まってしまいなかなか自由に動けない。

「フンッ、こんなもの憶えるまでもない」
アヌビス神は刀を一振るいしただけで団子状態のワルキューレを解体してしまった。
「ああ!僕のワルキューレがぁ!」
「バカ!ギーシュ走れ!」
ショックだったのかギーシュはつい階段を一段下りてしまった。その襟首をウェザーが掴むが、ギーシュは黙ったまま動こうとしない。
「なにやってるんだ!早く登れ!下から来てるんだぞォ!」
「そのこと・・・なんだけどさ、ウェザー。あ、足がおかしいんだ・・・何かついてるんだ・・・緑色の・・・コケみたいな・・・カビみたいな」
「・・・なんだって?」
ウェザーがギーシュの足を覗いてみるとそこには靴を破って張り付いているカビが見えた。
(魔法・・・じゃない!感じるぞ、スタンドのエネルギーを!)
「気づいたかな?ならば歓迎しよう!ようこそ『黴の塔』へ!そしてもうお前たちは二度と下へは戻れない!」
上の男、チョコラータが叫んび何かを吹き抜けに投下した。それは最初ネコのような形をしていたが、徐々にカビに食われていき、ウェザーたちの横を通過するときには何か棒のついた丸っこいものにしか見えなかった。
だがその事実はウェザーの考えを否定することとなった。スタンドが能力を二つ持つという事はあり得ない。それはつまりこのカビとタバサを操っているスタンドが別々と言うことだ。
とりあえずギーシュのカビを払うために手を伸ばすとウェザーの手にもカビが繁殖しだす。慌てて手を引っ込めると、心配したルイズが戻ってこようと階段から足を浮かせた。
「動くな!階段から足を下げるんじゃないッ!」
ウェザーの剣幕にルイズもキュルケも固まってしまった。
「違ったんだ・・・敵は二人いた!『カビ使い』と『他人を操る』敵が。そう言えばさっきヤツは『俺の体を折りやがった』と言っていた・・・」
「フフン、今頃気づいたか。さっきこのオレ自信が暗示のスタンドだと言っただろうがァーッ!」
気付けば目の前にはアヌビス神が迫ってきていた。

「全員上がれ!俺が止める!」
「させるかァーッ!」
アヌビス神がなにかを詠唱して杖をルイズたちの前に向けると、その階段から氷の壁が吹きだしてきた。これでは先に進めない。
「キュルケは氷を溶かせ!ギーシュ走れッ!上るんだッ!」
しかしギーシュは一向に動こうとしない。腰が抜けたようにウェザーに支えて貰っているだけだ。
「だめだ・・・僕はこいらとは戦いたくない・・・これ以上はヤバイんだ・・・」
「なに言ってやがる!テメー今までだってワルドや偽ウェールズに立ち向かってきたじゃないか!」
「あれは魔法だったからだよ・・・今までの敵は全部魔法で戦ってきた・・・でも今回のは一体何なんだ?これはもう魔法じゃない・・・」
しかし泣き言を言ったところでアヌビス神は止まらない。せまい階段でも透過能力を使い襲ってくる。
「ウシャー!」
横薙ぎの一閃を放ってきたがそれをウェザーはなんとしゃがんでかわしたのだ。アヌビス神と上のチョコラータが驚く。ウェザーとギーシュがカビに襲われていないのだ。
「おいチョコラータ・・・これはどういうこった?なんでこいつらカビが生えねえんだ!下に沈んだのによォーッ!」
「さっきのお礼だ、教えてやるよ・・・この塔内の空気を乾燥させた。カビは・・・湿度がいるからな。繁殖のためには湿度が」
「なにぃ?」
「おちつけアヌビス神!よく見ろ!足下だ、カビが少しだが生えてきているぞ」
見れば速度は遅いがゆっくりとカビが足から上ってきていた。
「どうやらスタンドパワーはわたしのカビの方が上だな・・・ここから落ちれば関係なくカビるぞ」
「そうとわかれば・・・ウシャアアアアアーーッ!」
アヌビス神がウェザーに迫る。ギーシュを庇いながら勝てる相手ではない。いや、万全の状態だったとしても一対一はたして勝てるのかどうか。だがそれでも・・・
「やるしかねえ!『ウェザー・リポート』ォ!」

狙いはタバサの両腕。罪悪感は伴うが骨折してもらうつもりだった。しかし、すでに速さを憶えられているために両の拳は空を切る。刃が怪しくきらめいて迫る。
「ハッハッハァ!やはりこの体には全力で打ち込めんかー?」
「ウェザーさがって!」
絶体絶命のウェザーは後ろを振り向くことなくギーシュを抱えてしゃがんだ。カビが少し上ってくる。その真上を巨大な炎球が突っ込んできた。
「うおおおおお!?」
咄嗟にアヌビス神が剣で切り裂く。ウェザーが振り返るとキュルケが杖をかざしていた。背後の氷はキレイに溶けてなくなっている。
そしてなんと、キュルケは杖を構えたまま階段を下りてきたのだ。徐々に足下からカビが這い上がってくる。
「ばかなッ!乾燥で成長を抑えているとは言え何段も降りたら死ぬぞッ!」
「だからどうしたって言うの?あの子が泣いてるのよ?わたしに助けを求めてるのよッ!」
その言葉に驚いてアヌビス神が頬に触れると確かにその指には水滴が乗った。それは奥底にしまわれたタバサの慟哭か、魂の訴えか。
「友達が泣いているのに助けれなくて何が親友だって言うのッ!」
炎球がいくつもアヌビス神の剣めがけて飛ぶ。
「お前の攻撃パターンはもう憶えたッ!」
しかしアヌビス神は飛来する炎球を切り裂き弾き飛ばしながら徐々に階段を上っていき、ついにキュルケを射程距離に捕らえた。折れた剣が大上段に振りかぶって振り下ろされる。
「つ・・・」
キュルケも見越して避けようとするが足のカビのせいで動きが鈍ってしまった。タイミング的にもう避けられない。しかしそんな時、アヌビス神の目の前で爆発が起きた。
「ぬうッ!」
爆発から体を庇ったために剣はキュルケには届かなかった。そしてキュルケたちもこの爆発の主が誰かはもうわかっていた。
「ツェルプストーにばかり良い格好はさせないわ!」


ルイズが杖を構えながら叫んで見せた。その姿を見たキュルケが顔を弛めると、今度はアヌビス神に向き直りバカにしたような口調で話し始めた。
「どうしたのかしら?憶えたとか絶対に負けないだとか偉そうなこと言っていたけど、剣が折れたら何も出来ないのかしら?」
キュルケの挑発にアヌビス神はムッとしたらしく、手の中の剣に目を落とした。しかしすぐにニヤリと笑うと杖を剣の先にあてがった。
「言っただろうが。魔法と剣の二刀流だとな!」
ひび割れるような音と共にアヌビス神の剣の先に氷の刃が出来上がっていく。タバサの魔法による氷の刃が。しかしキュルケは慌てない。むしろ嬉しそうな顔をして笑ってさえいる。
「なんだ?何がおかしい?」
「あなた・・・『冷やした』わね?ところでルイズ、いきなりぶしつけな質問だけれど、あなた熱した金属を急激に冷やすとどうなるか知ってるかしら?」
まだひび割れる音は続いている。ルイズもアヌビス神はキュルケが何を言っているのか理解できないらしい。
「コルベール先生の今日の授業でやってたわそう、知らない。ふうん・・・そう」
「なんだお前・・・言えよ!どうなるのか!」
「知りたい?そう、じゃあ教えてあげるわ。『ヒビ』が入るのよ。ちょうど今のあんたみたいに・・・」
「なに?」
アヌビス神が剣に目を落とす。そこには、見るも無惨にひび割れた刀身の姿があった。
「そんなッ!テメエ、さっきの炎は・・・うああ!ダメだ!これ以上は崩れる!崩れてしまうッ!」
慌てて氷を解除するがすでにヒビは刃全体に回っていた。これではもう切った衝撃で砕けてしまうだろう。そんなアヌビス神を指さしてキュルケが一言。
「どう?『憶えた』かしら?」
これでアヌビス神はリタイアだろう。戦闘自体にはほとんど関与できなくなった。残りの問題は一つだけ。
「しかも登る分にはカビは怖くはない!行くぞ!」

階段を上がろうとしたとき上から声がしたので警戒して足を止めた。チョコラータは焦った様子もなく、回廊の手すりに肘をつき頬杖をつきながら階下での戦闘を眺めていた。
「アヌビス神よ・・・わたしがお前と組んだ最大の理由はわかっているな?『憶える能力』でも『物体を透過する能力』でもない。お前が無生物だからだ」
ウェザーたちは背後で何かが動く音がしたために振り返った。そこには螺旋階段の手すりに登ったタバサ――アヌビス神の姿があった。
「なんだと・・・まさかお前ッ!」
「そして『友に殺される絶望の顔』を見ることは出来なかったが・・・代わりに『友が黴で朽ち逝く様を見た絶望の顔』を見せて貰おうかッ!」
「あ~あ、せっかくいい体見つけたってのによォ・・・もったいねーの」
チョコラータの叫びをGOサインに受け取ったアヌビス神がまるで軽く跳ねるかのようにして飛び降りた。
「タバサァァァァッ!」
全員が絶叫するがどうすることも出来ない。降りることはすなわち死を意味するからだ。しかし、全員の視界を赤が横切った。キュルケが手すりを蹴って飛び降りたのだ。
「キュルケ何を・・・」
「タバサが・・・呼んでるのよ!」
空中でタバサをキャッチすると階段めがけて蹴り飛ばす。タバサは壁に叩き付けられた衝撃からかアヌビス神を手放してしまった。それを見たキュルケは満足そうに笑うと、重力にそって下へ落ちていく。カビが体中を襲いだす。
「キュルケェェェェェェッ!」
その時、空中でキュルケの動きが止まった。いや、手がキュルケをキャッチしたのだ。青銅の腕が。ギーシュがゆっくりと起きあがる。
「今のがもし、操られ飛び降りたのがもしッ!いつも側にいる大好きな人だったらと思うと・・・愛しのモンモランシーだったらと思うとッ!」
ギーシュは階下で瓦礫と化していたワルキューレを再び『練金』して巨大な腕を二本作り出して受けとめたのだ。
「キュルケ!僕だってそうしたさッ!」
そしてギーシュは階上のチョコラータを睨みつける。そこにはもう怯えはなかった。
「彼らを野放しにしておくことは決して許される事じゃないッ!」
「ギーシュ・・・あんたちょとカッコイイじゃない・・・」
タバサのもとまで運ばれたキュルケはそう呟いて気を失った。

「だがこれで・・・ようやく安心して上に行けるぜ!覚悟しろよ、テメーッ!」
ウェザーたちが階段を駆け上がるが依然チョコラータは余裕の表情だ。ポケットから何か砂のようなものを取り出して見せた。
「ふん・・・わたしがなんの対策もしないでここまで登ってきたとでも思っているのか?なぜ階段を選んだと思っているんだ?壊せば落ちるからさ!まったく貴族というのはいろんな物を持っているな。
 火薬に苦い飴・・・そしてメイジという研究対象を。すでにこの火薬を要所要所に仕掛けてある!この足下の着火装置を使えばお終いというわけだ!」
「まさかお前、すでに!」
「ああ解剖したさ。何人やったかな?」
「何が楽しいんだテメエは!」
「楽しい?違うね。これは好奇心だ。なぜ人には足がある?好奇心のためだ。なぜ人には手がある?好奇心のためだ。なぜ人には眼がある?好奇心のためだ。なぜ人には鼻がある?好奇心のためだ。
 なぜ人には口がある?好奇心のためだ。なぜ人には耳がある?好奇心のためだ。なぜ人には脳がある?好奇心のためだ。なぜ人には謎がある?好奇心のためだッ!」
その時チョコラータめがけて鋭い何かが飛来してきた。ギリギリだったがチョコラータはスタンドの腕でそれを弾き飛ばした。すると天井から声がする。
「あー!てめ、バカチョコ!殴るから欠けちまったじゃねーかッ!このバカラータ!」
アヌビス神が天井に刺さって何かをわめいている。下を覗けば飛ばした犯人が荒い息でこちらを睨んでいた。タバサだ。
「あなたは・・・・・・許さない!」
「許さない?そう言うことは絶対的な優位に立ってから言うものだ!状況は依然変わりなくこのわたしが優位!貴様らは落ちて行けッ!」
その言葉と共に階段を支えていた部分から光がおきて爆発した。階段が、崩れていく。ウェザーたちが、落ちていく。徐々にカビがその身を包んで行く。

「さあ見せろッ!表情をッ!わたしに絶望の表情をッ!」
チョコラータの顔が愉悦に歪む。歯茎を剥いたその顔は醜い悪魔のようだ。
「よおーく見せるんだッ!希望が尽きて絶望に歪むその顔をッ!命を終える瞬間の顔をッ!絶望をわたしの方に向けながら落下していけえええええええええ!うわはははははははははははははハボッ!」
しかし地獄のような笑いは急に止まった。まるで喉に何かを突っ込まれたような、無理矢理せき止められたような。
「は・・・ガガ?」
「あーあ。言っとくけどチョコラータ、俺のせいじゃあないからな」
声は脳天から聞こえてきた。手をそえてみれば何か棒状のものが頭にはある。
(まさか・・・刺さってんのか?まさかッ!またなのかッ!)
「こう言うのを『因果応報』って言うんだろうな、ええおい?」
塔の天井に黒雲が膨らんでいた。
「あがが・・・」
「その剣が避雷針代わりだ。試してみるか?カビと雷の速さ比べだ」
「お、が・・・ぐ、『グリーン・・・」
「全開ッ!『ウェザー・リポートォォォォッ』!」
ウェザーがカビにまみれた手を高く突き出すと、轟音と共に雷がアヌビス神を伝いチョコラータの脳に極大の電流を流し焼き切っていく。
「ヤッダーバァアァァァァァアアアアア!」
チョコラータの絶叫と共に落雷によって塔も崩れていく。そして同時にカビもバラバラと死滅して体から離れていく。


「しかし着地にエアバッグが間に合うか・・・」
「任せて」
タバサが口笛を吹くと崩れ始めた壁をブチ砕いてシルフィードが突っ込んできた。そして背に全員を乗せるとそのまま反対の壁から抜け出した。少し離れた場所に着地した。
「もう降りても大丈夫なのよね?」
「ああ・・・もう終わったよ」
ウェザーの言葉に安心したのか全員が飛び降りた。さすがに疲れたのか地べたに転がる。しかしタバサだけはみんなに背を向けてどこかへ歩いていくのだ。
「タバサ?どこ・・・行くの?」
「・・・迷惑をかけてしまった。ここにはいられない・・・」
キュルケの問いにタバサは背を向けたまま答えた。ルイズもギーシュも複雑な表情をしたが、キュルケは何事でもないと言った風に立ち上がりタバサに追いついて――顔を殴った。
「迷惑かけた?なら謝ればいいじゃない。それで解決でしょ?あたしたち友達じゃない!」
キュルケが拳を握ったままそう言うと、頬を押さえていたタバサが俯いたまま謝った。
「ごめんなさい」
そしてふらりともたれ掛かって――腹に一撃くわえた。キュルケが咳き込んで背を曲げる。
「・・・でも殴られたのは痛かったから別」
「こ、の・・・やったわねえ・・・」
そして殴り合いを始める二人。そしてそれを見守るルイズとギーシュ。
「・・・一体彼女達は何をやっているんだね?・・・うわ!顔に!」
「青春ってヤツでしょ?・・・キュルケ横からきてるわよー」
「青春って・・・普通ああいったものは男同士の青春じゃないか・・・ってタバサ右―ッ!」
「本人たちは楽しそうだしいいんじゃないの?手加減してるでしょ・・・あ、二人ともダウンした」
「何で笑顔なんだ・・・ていうかあの塔先生たちにどう説明すればいいんだ?」
「盗賊が入ったから退治しましたで良いんじゃないかしら・・・あれ?ウェザーは?」

ウェザーは一人ルイズたちから離れて崩れた塔の前に来ていた。お目当てのものはすぐに見つかる。瓦礫の下から黒く焼けこげた何かが覗いている。
そして対照的に輝く剣が。
「喋れる内に答えろ。お前とこいつはどこから来た?この世界の住人じゃあないんだろう?」
少しの間をおいてから剣が答えた。
「それを聞いてどうするね?帰るのかい、地球へ」
「いや・・・入り口がある以上お前らのようなスタンド使いが現れないとも限らないからな・・・塞ぐなりなんなり対策を立てるだけだ」
「なんだオメー、帰る気ゼロかよ。まさかここに住むからそのためにそうするってんじゃねえだろうなあ?」
「・・・・・・・・・お前らはここの空気を汚しすぎる」
「くッ・・・フフフフ・・・フフフハハハハッ!」
「何がおかしい・・・」
「ははははははははッ!そりゃあお前、まるで俺達がこの世界にとっての不純物みてえな言い草だからよォ。ヒヒヒ、それを言うならお前だってこの世界にいていいはずがないんだよなァ」
「・・・ッ!」
「まあいいさ・・・お前がそうじゃないと言いはるんなら試してみな」
ウェザーは何も言わなかった。言えなかったのかはわからない。
「まあ、俺は自分がどこから来たのかはしらねえんでな、代わりに一つだけ教えてやるよ。お前もスタンド使いならわかっているはずだが、『スタンド使いは引かれあう』・・・
俺が出会ったのはたまたまチョコの野郎だけだったが、お前が生きている限りこのルールから逃れることは出来ねえ。案外もう会ってたりしてな・・・ククク・・・きっとまだまだ不純物はいるんだろうなァ!ああ、畜生ッ!そいつらと戦えないのが残念だぜ・・・」
アヌビス神の刀身にはさらに細かい亀裂が出来始めていた。風に吹かれただけで折れてしまいそうだ。

「最後にお前の名を聞かせな。異界で朽ち逝く俺への手向けだと思ってよォ・・・」
「冥土の神がなに言ってやがる。・・・・・・ウェザーだ。ウェザー・リポート」
「ウェザー・リポートか・・・憶えたぞッ!」
いよいよ亀裂は刀身全体に広がり、小さな欠片が欠け始めている。
「ウェザー、貴様の風がこの世界の空気を入れ換えるのか、それとも吹き荒らしていくのか・・・あの世で見ててやるからせいぜい気張るんだなッ!フッククククク・・・フハハハハハハ、ハーハッハッハッハッハ・・・・・・・・・・・・」
ひときわ強い夜風が吹き、ついに刀は砕け散った。完膚無きまでに、再生不能なまでに。もう二度と戻らないであろうその姿は、いずれウェザーも辿る道なのかも知れない。
(俺はルイズの使い魔・・・だが、なぜ俺を呼びだした?)
静けさを取り戻した世界に、しかしアヌビス神の哄笑だけがいつまでも高く高く響き続けている気がした・・・・・・。

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